西友東所沢店に勤めている。そしてそこには、従業員食堂がある。
わたしが赤いきつねをすすっていたときに、
となりに座った青果担当の早瀬さんが、「最近の万引きはずうずうしいのよ」と怒っている。
向かいに座っている、男児靴担当の五代さんが「なぁに?」と聞き返している。
半そででは少し寒い、陽気。
わたしはそれを黙って聞いている。
「売り場にね、りんごの芯が転がってるのよ」
「なにそれ」
「その場で食べたってことじゃない」
「万引きじゃない!」
「うちの店さ、靴とか18足盗まれたじゃない」
「そうなのよね、夜間は人が少ないから」
「朝来たら売り場にりんごの芯が転がってるのよ
頭に来たから防犯ビデオチェックしたけど、
人はなんにもうつってないの」
「うちの店のビデオじゃあ、人が写っててもわかんないわよね」
「経費削減とかいって安物入れるからね」
やっぱ赤いきつねの魅力はおあげ。
「で、うちの課長がさ、ローテーション組んで見張るー言ってるのね」
「無理でしょ確実に 家事どうすんの」
「夜とか無理。課長ひとりでがんばって」
赤いきつねだけじゃ足りなかった。今度はおにぎりでも持ってこよう。
戻ったら売り場見て在庫見て補充して、電球とファックス用紙がきれてるから納品業者にファックスしよ。
その前に新しいパートさんの様子見て、ちょっと話しよう。
わたしが北京飯店のミニ中華弁当を食べていたときの話。
警備主任の太った中国人みたいなおじさん（心のニックネーム:ちゃんちゃんこ）と、コアマネージャーが話してた。
ちゃんちゃんこは激怒していて、店長も怒ってて、その怒りはお互い同一のものを向いていた。
打ち合わせは瞬殺だった。
いい大人がコーヒーとタバコと新婚さんいらっしゃいで力なく切れているのはちょっと面白い。
半そでのお客さんが増えていく日々。今日は雨の日でちょっとぼんやりできる。
「防犯カメラの経費、結構高いんですよね」
「人、増やしたいですね」
「無理ですねぇ 本国の決定には逆らえません」
「だいたいアメリカに万引きないんですかね」
「万引きされても補填できる売り上げがあればおっけーらしいですよ」
「セルフレジなんて導入できませんよ」
マーボーナスうめぇ
あの店長無愛想通り越して能面だけど 料理うめぇ
「もう人間なんて」
「鈴木さんしっかり」
「スタンガンかなんか押し当てて壊されたっても何も写ってないんだから
証明できないよ」
「当番制でみんなで夜間見回りするか」
エビチリってエビってだけでもうだいすき
エビうまい エビおいしい
いつのまにかちゃんちゃんことコアマネは居なくなっていた。
エビもナスも最高にうまい。
ていうかチャーハンもうまい。うますぎる。
わたしが北京飯店のマーボーナスとホイコーローの入ったミニ中華弁当（450円）を食べながら
納豆まき二本をほおばっていたときの話。
フードコートに男子の大群がDS片手に固まり、女子がミスドに固まり、要するに7月25日のことだった。
お掃除担当の課長の畠山さんが、ご飯時にあるまじき話をしていた。
「ちょっと前からずっと、裏のゴミ捨て場あるでしょ? あそこの木の下に、ずっと動物の糞があるのよ」
「あそこ従業員用通路じゃないの」
「ペットとかつれてくるひといないのに、なんでずっと捨てられてるのかほんとわかんない」
「やぁねぇ」
ああ 肉サイコー
やっぱ幸せはたんぱく質のかたちだと思うの
いいともをだらだら観ながらきゅうりのつけものを食べていた。
喫煙室に入って、寝具担当の山田さんにもらい火して、天気の話でも始めようかと思ったら
すげー怒ってた。
「ちょっと聞いてくださいよ八戸さん」
「なんですか」
「万引きなんだけどほんとにひどいの! 羽毛布団の引き裂かれたのが見つかったの!
ほんっとにもーイライラするわ」
「まぁまぁ」
「どうせ盗るなら使って! もしくは売って!」
「気持ち悪いですね、理由が分からなくて」
女の人みたいなほっそいタバコの灰を落とすと、山田さんはまた怒り出した。
「だいたい監視カメラの調子が悪いから警備員増やしたって意味ないじゃん!」
「記録できないからね」
「それ以前に台数足りないし!」
「貧乏だからね」
「ちがうわ ケチなだけよ。カメラ代の何倍も万引きされてるのに導入しないってバカよ」
「爆発すればいいのにね」
「カメラが先に爆発しちゃったじゃないの この子はもう」
「なになに、またやっちゃんがへんなこと言ってるの?」
惣菜の石部さんがやってきた。
やっちゃんは変なこといってません。やっちゃんはタバコ吸ってただけです。
「やっちゃんはたばこ吸っちゃいけないでしょ。ちいさいのに」
「違います」
「万引きひどいねーって 惣菜はどうなんですか」
「はははは、もうね、夜残しのおからがひどいのよー」
「おからですか」
「そう、もう包材がうっちゃらかれててそこいらじゅうべちゃべちゃでさー
お掃除の人もめっちゃ怒ってるのになんで誰も何にもしないんだろうね」
従業員専用の階段をだらだら下りて、地下一階の自分の担当場に着く。
おかしい バカに暑い。スーパーの食品売り場が暑いとかないでしょ。
フードコートのがきんちょが「あついー」とわめいている。カキ氷でも食ってろバカガキ。
持ち場に帰ると皆がばたばたあわてている。
「どしたのこれ」
「はっちゃん大変。エアダクトが故障だって。」
「このクソ忙しい日に……」
ああ店長がキレてるよ。ていうか私以外の社員がみんなキレてるよ。
というか空調死んだら食い物屋に客なんか来ないよ。
回覧板がとなりのカツ屋から回ってきた。皆が本社や担当に電話したり会議したりで忙しそうなので、
わたしが受け取ってサインする。
「どうもー」
「ああ、ダクトの故障ね、モノがつまったらしいのよー」
「一ヶ月に一度ぐらい、空調点検してるじゃないですか」
「そうなの、先月は何にも異常なかったのに、いきなりつまったんですって」
「これだから古い建物は困りますね」
「人間も古いと突然壊れるのよー」
「日々のメンテナンスですねー」
適当に会話して笑いながら回覧板をちらちら見る。
空調 故障 詰まり 業者 早急に 13時 臨時 閉店
ほしい情報だけ拾って、店長に回覧板を手渡す。時計を見る。12時30分。
「店長ー、店きょうは早仕舞いらしいですよー」
店長がこちらをキッと睨んで、回覧板をものすごい速さで見出す。
パートのおばちゃんたちに帰り支度をしてもらって（ほんとにごめんなさい）、
わたしと店長と店長補佐の青島さんと三人で店仕舞いをしながら、きょう売らなきゃいけない
アジと秋刀魚を投売りにする。もってっけー。
洗い物と床の掃除をちゃっちゃと終わらせて、ごみを出してそれでやっと13時。
「今日は帰りなさい」
店長が捨てなきゃならない食材の山を見て、震えながらそう言った。こわい。こわすぎる。
そんなわけで、青島さんとふたりで帰り支度をして店を出た。
食材引取りの業者さんがやってくるまで店長は残るそうだ。こわい。がんばれ業者さん。
更衣室で着替えている。汗でブラがべとべとになってすごく気持ち悪い。
「ねぇねぇはっちゃん」
「なんですか あ、みどりさんおつかれさまです」
事務服のみどりさんに呼び止められた。
「あのね、ちょっと来てくれる」
ついていこうとすると止められた。なんで。
「あ、服はね、これ着てね」
緑色のつなぎを渡された。
わけもわからないけど、おもしろかったから着てみた。でかいよ。手足をまくりあげる。
服に着られたまんまのそのそついていく。
「あのねーダクトつまっちゃってねー つまった箇所が改築に改築を重ねた場所でねー」
ちょっとしたダンジョンですよね、このお店。
あと天井ゆがんでるしパイプの配管のせいでねずみ出ちゃうし。
ゴキブリなら仕方ないけどねずみはドン引きですよ。
「でね、業者の人が大きくて入れないから、その奥に何があるかわからないっていうのよ」
小柄な人を連れてくれば解決ですね。たしかにわたし小さいです。150cmですし。
ってなんで業者がやらないんですかっ。
「小柄な人が出払ってて なおかつ何が起こってるかわからないし
早く直さないと、テナントさんへの賠償金がたいへんなことに」
「じゃあバイト代くださいよ」
「店長の許可は取りました」
店長に身売りされたことに気がついた。なるほど仕事か、これは。
たしかにねー まだ勤務時間だしねー あははうふふ
どんだけ汚いところにつっこまれるんだろうかわたし。
社会人は上司に逆らったら死ぬんです。
断れるのはセクハラと酒だけです。
通ったこと無い通路を通って、通ったことのない階段を通って、裏通路の裏みたいなところに入った。
脚立と、ダクト屋のおじさんたち（でかい）と、店長と、みどりさんと、わたし。入れって事ですね。
入りますとも。
白状するとちょっと、だいぶ、ごめんなさいうそつきました、ものすごくわくわくしていた。
馬鹿はせまいところと暗いところが大好きだ。
秘密基地みたい。とおもいながら入った。たしかに狭い。30センチ以下だ。
成人男性には無理だ。たしかにこの店で小柄で、無茶が聞きそうなわたししか入れないと思う。
ヘルメットをかぶって、ライトをつけて、マスクももらって、入る。
マルコヴィッチの穴って映画で、部屋のダストシューターか何かから