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目の前には、侵入者を拒む、重厚で隙間のない扉。
その横にはキーボードとモニタがあり、パスワードを入力せよと待ち構えている。
前にもこんなことがあった気がする。
悪の組織はこう、奥まった部屋にでかい扉をつけてロックをかけて、重要なブツを保存するのが好きなんだろうか。
「でも、まあ、今回は大丈夫だよね」
例によって紙を貼っていない障子なみに穴だらけの警備を潜り抜けた僕は、抱きかかえていたパートナーのエルフーンを降ろして、ポケットから一枚の紙を取り出した。
組織の構成員の誰かが、お間抜けにもパスワードを書いた紙を机の上に置きっ放しにしていてくれたのだ。
今回はいつかのように半日も草むらの中に座る羽目にもならなかったし、すこぶる好調だ。
悪い連中を一網打尽にするための証拠その他を手に入れて、さっさとオサラバしよう。
手の中の紙切れと、キーボードを見比べる。数字が十一個並んだパスワード。
「楽勝、楽勝」
そう言ってキーボードに手を触れようとした時、携帯のバイブが鳴った。
なんだよこんな時に、と悪態をついて携帯を開く。
……上司からだ。
内容は、
『ロック ↑↓↑↓←→←→LR』
僕は黙って携帯を閉じた。
なんだろう、あの人は。僕をカモかなんかだと思っているのだろうか。
「僕だって、騙されてばっかりじゃないぞ」
キーボードに手を伸ばす。
慎重に、紙切れに書かれた、十一個の数字の並びを入力していく。
最初にゼロ、次にハチ、次はまたゼロ……
ゆっくり、確実にテンキーを押していく。
そして、深呼吸してから、エンターキーを押し込んだ。
『侵入者ハッケン! 侵入者ハッケン! タダチニ撃退セヨ!』
「えええええっ!」
いつぞやと同じくるくる回る赤ランプが辺りを照らし出し、悪の組織の皆さんが続々と到着する。
次々にモンスターボールを投げ、ザコ敵の嵐。
「やってられるかあっ! カリュブス、ドリルライナー!」
色々とどす黒い念のこもった台詞を吐きつつ、ボールから出したドリュウズに技の指示。
壁をぶち抜いて逃げようとしたが、いっぱい人が追っかけてくるので、技の指示を飛ばしながら、全力で撒いた。
驚かないぞ。この人とこんな所で会っても、絶対に驚かないぞ。
「遅かったなあ、キラン。鬼ごっこでもしてたか?」
なんで上司がここにいるんだよ……。
僕の憂いなんかどこ吹く風、彼女は呑気にヒウンアイスを食べている。
僕は横を向いて、ため息をついた。
「また失敗したんだな。それで落ち込んでるのか」
「失敗はしましたが……それで落ち込んでるんじゃありません」
「やっぱりあのパスワードは不味かったか」
そうですよ、と言おうとしたが、何故か自然にため息が出た。
僕の幸せいくつ逃げたんだろう、と切ない思いに囚われた。
「折角ハッキングして、パスワード変えといたのにな」
「そうですか」
「まあ、警報装置を作動させて大暴れしてくれてたから、その隙に証拠は押さえたけど」
そうですか、とため息をつく。
今回は、素直にあのコマンドを入力しとけばよかったのか。
何もかも虚しくなって、僕はポケットから紙切れを取り出し、風に乗せた。
「ゴミを捨てるなよ、キラン」
上司が紙切れを拾って、僕に差し出した。
いいです、と片手を上げて断ったが、なおも上司は食いついてくる。
「良くないよ。これ、誰かの電話番号だろ」
そう言って僕の胸に紙切れと、どさくさに紛れてヒウンアイスのカップを押し付けると、さっさとアーケオスを呼び出して飛んでいってしまった。
紙切れには、080で始まる十一桁の数字。
僕は呆けたみたいに、アイスのカップを持ったまま紙切れを見つめてつっ立っていた。
ウィリデが僕を突っついて、いつの間に取り出したのか、メール着信のライトが付いた携帯を差し出した。
『証拠の提出、代わりにやっといてくれ』
アイスのカップの底がパカっと取れて、中から小さなデータカードが出てきた。
データカードを手の平に移すと、なぜだろう、泣きたいのに笑いたい気分になってきた。
「……帰ろうか、ウィリデ」
フワモコパートナーと手をつないで、僕はゆっくり歩き出した。
【書いてもいいのよ】
【タグ付け忘れてたのよ】
【↑↓↑↓←→←→LRなのよ】
【携帯番号をそこらに置きっ放しにしちゃ駄目なのよ】
お題 すれ違い
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