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ダゲキとナゲキの胴着ってどこで手に入れているんですかね? と今まで思ってたんです。立体ポケモン図鑑によれば、ダゲキとナゲキの足の裏はつまさきより後ろが白いそうですが、もしかしたら体色なのかもとも考えました。こういう関係があっても面白そうですね。
ただいま午前六時頃、頂上はもうすぐだ。
僕は白い息を吐きながら、ひたすら歩いていた。
ジャンパーなどを着込んでいるが、それでも寒い。
ここは初日の出が見やすいと途中の町でおばあちゃんに教えてもらった、ちょっとした山。
おばあちゃんいわく、昔、おばあちゃんの彼氏とよく元旦に行っていたらしく、穴場で人が全くいなかったという。
ちなみにおばあちゃんも彼氏である人も流石に年で膝を悪くしたらしく、行けないとのこと。
年の瀬だったこともあり、僕は折角だからその穴場スポットに行くことにしたのであった。ついでに初日の出を写真に収めておばあちゃんに見せるというのも悪くない。
そんなに高い山ではないが、寒さもあって、体に疲れが蓄積されていく。
今はないが、山を登る前には野生のポケモンとバトルもしていたし……。
ふと、僕が空を見上げてみると、そこで支配していた暗闇が徐々に力を失くしてきていた。まずい、もたもたしていたら、初日の出を拝めなくなる。僕は歩くスピードを速めた。
そんなこんなでなんとか山頂に着くと、そこは野原が広がっていて、人は誰もいない。
確かにここは穴場だ。人もいないし、ここならゆっくりと過ごせそうだ。おばあちゃんとその彼氏がここで色々なことを語りあっていたのかなぁ。
初日の出はまだ昇ってはいないようで、ホッとした僕は温かいお茶を飲もうと、リュックから水筒を出そうとしたときだった。
目の前には一匹のポケモンが。
え、いつのまに!?
そう驚いて目を丸くさせた僕に対し、目の前のポケモンはこちらを興味津々そうに見つめてくる。
白い上半身に紫色に染まった下半身。
両腕に伸びている、体毛が印象的な二足歩行のポケモン――コジョンドだ。
『なぁ、アンタ。ここに初日の出を見に来たってクチでアルか?』
「え」
『ははーん。どうやら図星みたいでアルね。まぁ、そうでアルね。、ここ見晴らしがいいから、初日の出にはピッタリでアルね』
「いや、あなたがしゃべったことに驚いているんですけど」
『うん? しゃべってなんかいないでアルよ。今、波動を使ったテレパシーみたいなことをしているだけでアルさ』
言われてみれば……凛とした姐御肌という言葉を思わせる言葉は耳にではなくて、脳に直接響いている感じがする。
ちなみに本で読んだことあるけど、コジョンドはルカリオみたいに波動を扱うことができるという記事を昔読んだことがある。
人間の言葉を使うのもそうだけど、テレパシーを使うポケモンと会うなんて、夢にも思わなかったなぁ――。
「ぐえ!?」
『夢じゃないでアルよ?』
「だからって、ぐふ、ボディーブロー一発、決めないで下さいっ」
どうしよう、このコジョンド。
なんかエスパーぽくって怖いんですけど。
あぁ、あれか僕から漂う波動の調子(気って言えばいいのかな)で、気持ちが分かったりするのかなぁ。
うん、なんか面倒くさい相手に会ってしまったようだぞ、これは。
『まぁ、とりあえず。名ぐらいは名乗っとくでアル。わたしは『あんにんどうふ』という者でアルよ。アンタは?』
「初陽。宮村初陽(みやむらはつひ)って言います」
『へぇ、ハツヒって言うのでアルかー。なんか女の子っぽい名前でアルな」
「いや、僕、女の子ですし」
『マジでアルか!』
なんか失礼だぞ、このコジョンド。
確かに、俗に言うボーイッシュみたいなかっこうばっかりしているから、勘違いされることもあるけどさ。
『それで、ここには初日の出を見に来たのでアルよな?』
「えぇ、そうですけど」
『今年は何年か知っているでアルか?』
「唐突ですね、辰年ですけど」
『そこで、初日の出が上がるまで、ワタシが辰年にかけて龍を披露するでアル!』
本当に唐突すぎるよ、あんにんどうふさん。
でも、確かに余裕を持ってきた為か、初日の出までにはまだちょっとだけ時間がありそうだった。
まぁ、ちょっとした暇つぶしにはいいかもしれないけど……。
『いいでアルか? よく見ているでアルよ? 『とびはねる』からの……』
グッと、あんにんどうふさんが膝に力を込め始めた。
相当な力を込めているからなのか、地面がメキメキっと鳴った。
『しょうりゅうけーん!!』
確かに龍だけど、それ技名ですよ!!??
片腕を天にまっすぐ伸ばして高く飛んでいる、あんにんどうふさんがやがて地上へ戻ってくると、その顔は無駄に爽やかだったりした。
『どやでアル。中々、カッコイイ昇り龍だったでアルな』
嘘を言っても波動やらなんやらでばれそうだし、ぶっちゃけてもいいよね、これ。
「見事なスカイアッパーでしたね。というか、コジョンドってスカイアッパーなんて覚えましたっけ?」
『違うでアル! これは『しょうりゅうけん』でアルよ! スカイアッパーと一緒にしたらいけねぇでアル!』
「いや、本物の龍を見せるのかと思ったのですけど、まさかスカイアッパーだったとは」
『だ・か・ら! これは『しょうりゅうけん』である!』
「だからって、それってパクリじゃ」
『技の素晴らしい応用の仕方って言って欲しいでアル!』
駄目だ、あんにんどうふさんはこれと言ったら聞かないタイプだと見た。
僕がそう決め込んでいると、あんにんどうふさんはハァハァと息を荒くさせながら、『次、行くでアル!』と宣言した。ちょっと待って、まだ何かあるの?
『いくでアルぜ! 『とびげり』を応用させた――』
あんにんどうふさんがそう言いながら助走して、飛びながら横回転を加えた。
回転スピードは中々のものだったからか、ヒュッヒュッと風を切らす音が響き渡る。
『たつまきせんぷうきゃーく!』
確かにそれも竜だけど!!
グルグルと鮮やかな横回転蹴りを見せた、あんにんどうふさんは着地すると、今度はふらふらと足取りを狂わせていた。
『特別サービスで回りすぎたでアル』
「またパクリですか」
僕の言葉に不服だと、あんにんどうふさんがまた食ってかかる。
『だからパクリではないでアル! 技の素晴らしい応用の仕方と言うのでアル!』
「それと……龍って、別にどこにも龍なんて出てこないじゃないですか、技を見せたいだけですか?」
『何を言ってるでアル。ワタシの技の中に龍を見なかったでアルか?』
「いや、見てないですけど」
『なるほど、アンタの実力にはまだ早すぎて、見えなかったでアルか』
なんか、気に障るようなことばかり言っているような気がしてならないんだけど。
『仕方ないでアルな。ならこれなら、修行が足りない奴でも見れるアルから、やってみるでアルぜ』
そう言うと、あんにんどうふさんは両目を閉じて両手で何かを包むかのような形を取ると、深呼吸をした。
息をゆっくりと吐き終え、そしてうなり声をあげながら力を込めると、両手から蒼い玉が浮かび上がってくる。
『はどうだんからの……ど・ら・ご・ん・ぼーる!!』
あんにんどうふさんの叫び声とともに、その両手から発射されたのは龍の顔を象った蒼い玉。
勢いがすごくて、一瞬だったけど、確かにあれは龍の顔だった。
うん、それは確かにすごかったけど、色々ツッコミたいことがあって逆に困る。
さて、キリ顔を決めている、あんにんどうふさんになんて言おうか。技名に関してか、それとも今までの技も含めてどこから知ったということか、でもやっぱりこれが一番だよね、うん、きっとそうだ。
「人に向かって撃つなぁ!!」
『え、よく見えただろうアル』
「それでも、何か間違いがあって、年越した先に死んだら元も子もないだろう!?」
『ま、まぁ、落ち着くでアルよ?』
「頬をギリギリかすったのに、落ち着いていられるかっ!」
『おおう、魂がしょうりゅうけん、でアルか。うまいでアルぜ』
「それ言うなら昇天! ぜっんぜんうまくないわっ!」
僕がそこまで言ったときだった。
遠く後方から何やら甲高い鳴き声が聞こえた。
なんか「モエルーワ!!!」って聞こえたような気がするんだけど。
『アカンでアル、なんか知らんけど、どうやらレシラムに当たってしまったでようアルぜ』
「え、レシラムさんって、あの伝説の?」
昔話で聞いたことあるけど、本当にあのレシラムっていうポケモンだったら、会ってみたいなぁ。だって、あのレシラムだよ!? 昔話通りだったら白くてもふもふしている伝説の龍らしいんだけど、ぜひとも会ってもふもふさせていただきたい。あ、でも伝説のもふもふって安くないのかな、なんか代償で取られたりして……。
『やる気満々な波動がここまで伝わってくるとは流石でアルな』
……うん、そんなこと考えている暇はないよね。
『ワタシより強い奴に会いに行きたいでアルが、龍を魅せることに全力を注いでしまったでアルから、また今度がいいでアルぜ』
「はぁ……なんで、僕まで逃げるハメに」
『というわけで、おまけにおなかすいてペコペコで力が出ないでアルから、運んで欲しいでアルぜ。龍を魅せた料金はそれじゃ足りないでアルが』
「金取るのかよっ!!」
僕はそうツッコミながら、ポケットから空のモンスターボールを取り出してあんにんどうふさんを入れると、その場から逃げるように走り去った。無我夢中になって、走っていく。山を下っていく。追いつかれてしまうのだろうか、そうなったらおしまいだ。色々な意味でおしまいだ。残念ながら今の僕の手持ちじゃ伝説に勝てるだけの力量はないし、もちろん僕のトレーナーとしての腕前も含めてだ。
『逃げ切れるわけがないでありんすでしょう』
「げっ!?」
頭に響くはんなりとした柔らかな声。
そして僕の体に降り注がれた大きな影が一つ。
その影が通り過ぎたかと思うと、僕は浮いていた。
空を飛んでいた。え、もう死んだとかなしなんだけど。
『いきなり、止まれと言うても、それじゃあ止まれはできんせんでしょうに』
「あ……」
『安心してくださいでありんす。私はあくまで方向音痴な弾を飛ばした輩に用があるだけでありんすから』
なんだろう、レシラムさんの声を聞いていると、不思議と自然に気分が落ち着いてくる。
すると、僕はレシラムさんの腕につかまれて空を飛んでいるんだということに気がついた。暁に変わりゆく空が神秘的である。
『さて、そろそろ降ろすでありんすですよ』
「あ、は、はい」
レシラムさんも俗に言うテレパシーというやつなのかな、頭に直接響き渡ってくるや。
ゆっくりと旋回しながらレシラムは先程、あんにんどうふさんといた山の頂上に僕を運ぶと、そこで優しく降ろしてくれた。なんだろう、てっきり捕って食われるのかと思ったんだけど、違っていたみたい。目の前にいるのは白いもふもふな毛で覆われ、そして優しそうな澄み切った空色の瞳を持つ龍だった。なんか聖母ってこういう方を言うんだろうかというオーラがありそうな感じだった。
『さて……私に変な弾をぶつけた方を出して欲しいでありんすが……』
「えぇ、もちろん。それはよろこんで」
僕は即快諾した。
当たり前だよね、そうだよね、ちゃんと謝らなきゃいけないよね、これ。
僕はポケットからモンスターボールを一個取り出し、あんにんどうふさんを出すと、彼女はムスっとした嫌な表情を浮べていた。
『なんで出したでアルか、裏切り者』
「しょうがないよ。あんにんどうふさん、ここはちゃんと謝らないと」
僕がそう促したはずなのに、どうしてか、あんにんどうふさんはなんかカンフーのようなポーズを決めていた。
あんにんどうふさん独特の謝り方なのかな、そうなのかな。
『まぁ、いいでアル。ここで会ったがラッキーデー、勝負するでアルぜ!』
僕の淡い期待なんてすぐに吹っ飛んだ。
「ちょ、あんにんどうふさん」
『いいでありんすよ。身を持って償ってもらうことにしまうでありんすです』
『話が早くて、助かるでアルぜ』
もう駄目だ。
この二匹を止めることなんて僕にはできなかったよ。
もうこうなったら、二匹の戦いを黙って見る他ない僕をよそに、あんにんどうふさんとレシラムさんがにらみあっている。あ、もうちょっと離れて見たほうがいいよね、飛び火とかマジ怖いし。
『いくでありんすよー!』
先に動き出したのはレシラムさんの方だった。
その大きな口から赤い炎が勢いよく吐き出されるが、あんにんどうふさんは身軽にそれを避けると、一気にレシラムさんとの間合いを詰める……って、ちょっと待て。あんにんどうふさん、アナタおなかペコペコで動けなかったんじゃなかったけ?
『もらったでアルぜ! くらえ、とびはねるからの、しょーりゅーけん!!』
レシラムさんも目を丸くするほどの速さで一気に『しょうりゅうけん』を決めるけど、流石に体格差もあるし、そんなに効かないんじゃないかな――。
甲高い悲鳴を上げるレシラムさん。
後ろによろめいたレシラムさん。
効果は抜群のようだ……って、え!?
『なるほど、しょうりゅうけん、だけにドラゴンタイプの技でアルのか!』
「んなわけあるかぁー!!」
私はそう叫んでみたが、レシラムさんは顔色を悪くさせて、あんにんどうふさんを見つめていた。これってマジな話? 僕は信じないよ?
『よっしゃ、次はとびげりからの、たつまきせんぷうきゃくでアル!!』
「それも竜だけに、効果抜群なんて、そんなアホな話があるわけ……」
『うきゅうー!!』
『ふぅ、あったでアルぜ』
「……もう、何も言うまい」
その後もあんにんどうふさんは攻め続け、最後はあの『どらごんぼーる』とやらにレシラムさんは倒された。
仰向けに力なく倒れているんだけど、僕には信じられない風景だった。
なんていうか、これ、あんにんどうふさんの一方的な勝利だよね? そうだよね? えっと、レシラムさんが弱いの? それともあんにんどうふさんが強すぎるだけなの? もう訳が分からないよ。
『ま、負けてしまいましたでありんすですわ……』
『ふ、ワタシに惚れるでないでアルぜ?』
あんにんどうふさんがすごい調子に乗っているのがなんか腑に落ちないんだけど。
僕が心の中でそう文句を呟いていると、レシラムさんがゆっくりと起き上がり、そして、僕の方へと歩み寄ってくる。その顔には優しそうな微笑みが浮かび上がっていた。そうか、なるほど。きっとこのレシラムさんはバトルが苦手なんだよ、きっと。そうに違いない。そういうことにしとくから、あんにんどうふさん、あまり調子に乗っちゃ駄目だよ?
『中々、見事な戦いでしたでありんすなぁ……いやはや、このようなコジョンドを持っているからには間違いない。あの、モンスターボールとかってありますかでありんす?』
「え? ま、まぁ、ありますけど……」
レシラムさんに言われるがままに僕がモンスターボールを取り出すと、レシラムさんはニコッと笑った。
『そういえば、名前を訊いてなかったでありんすね。訊いてもよろしいでありんすか?』
「えっと宮村初陽です」
『はつひ……これからよろしくおねがいしますでありんす。英雄として、この世界を救ってくださいでありんす』
え、今、この龍、なんて言った?
レシラムさんに問いただそうかと思ったら、先にレシラムさんが爪で器用にモンスタボールの開閉スイッチを押して、そのまま入っていっちゃった。その後、レシラムさんからは何も聞こえなくなってしまった。どうやら、レシラムさんは僕のことを、あんにんどうふさんを引き連れているスゴ腕トレーナーと勘違いしているみたいらしい。
そして、その後のレシラムさんの言葉が全くよく分からない。
僕が頭を悩ましていると、あんにんどうふさんがいつのまにか近寄ってきていて、僕からモンスターボールを一個を取っていった。先程、あんにんどうふさんを運ぶ為に使ったモンスターボールだ。
『世界を救うってことは強い奴に会える可能性もあるってことでアルぜ、きっと! というわけで、これからよろしくでアルよ、ハツヒ!』
そう明るく言うと、あんにんどうふさんは勝手にモンスターボールの中に入っていった。
完全に顔を出した暁が僕の顔を照らしている。
これから慌ただしくなりそうな一年の幕開けに一言述べておこうかと思う。
「うん、どうしてこうなった」
【書いてみました】
明けましておめでとうございます!
ということで、新年最初の投稿をさせていただきました。
新春初笑い的な感じでギャグ路線で書いてみましたがいかがだったでしょうか、面白かったなら嬉しい限りです。
昨年は本当にお世話になりましたです。
今年もチャットなどで『見えないみーさん』とか言われている自分ですが、よろしくお願いしますです。
ありがとうございました。
追伸:これから初日の出を拝みに行って来ます。
【何をしてもいいですよ♪】
【今年一年、龍のように飛躍する年でありますように】
残酷な表現があるので、苦手な方はご注意ください
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アイアントは群れで生活する。
アイアントは雑食だ。なんでも食べる。
アイアントは香りでポケモンを感じる。
アイアントは天敵に命を脅かされている。
チャンピオンロードは意外に餌の豊富な場所で、大量のアイアントが生息している。獲物も多く生息し、トレーナーが食べかけの食料を置いていくこともある。その巣は徐々に大きくなってゆき、アイアントの数も増えていった。ただし、アイアントがたくさんいれば、それを食べにクイタランがやってくる。今日も餌を探しに来たアイアントのチームが、チャンピオンロードをうろついていた。
「人間なんて恐れることはないね」
グループで年長のオオアゴが言った。オオアゴは年長だけあって経験も豊富で、特に彼の繰り出す「かみくだく」は相当な破壊力だと恐れられていた。何度も修羅場を潜り抜けてきたようで、自信に溢れていて時に偉そうと思える発言もする。
「さすがオオアゴの兄貴! 頼りになりますなー! 兄貴がいれば百人力でさぁ!」
ハヤクチはその名の通り、凄いスピードで喋る。よく回るので余計なこともよく口にする。そしてすぐに言うことが変わる。強いものに媚を売り、弱いものに唾を吐きかける。アイアントのような集団社会ではそれは最も利口な生き方なのかもしれない。しかし、それを受け入れるかは別だ、とヒトツメは思う。
「人間怖いですよ! 何するかわからないですし! 奴らと同じぐらい怖いですよ!」
アシナガはグループの中では最年少で、慎重で臆病もの。元来の性格もあるが、まだ慣れていないためにおっかなびっくり進むので、少し遅れがちだった。
何て危ういグループだろうと、ヒトツメは思った。
彼は以前人間に捕まえられたことがあった。トレーナーの下で実力をつけて帰ってきたが、そんな彼を仲間は「玉入り」と呼んで馬鹿にすることがあった。人間の下で身に付けた戦略や知識は仲間のアイアント達には理解されづらいらしく、聞き入れられたことは一度もない。
「おいヒトツメ! テメェは遅れてんじゃねぇぞ! トロトロ歩いてっとまた人間に捕まっちまうぞハハハ」
ハヤクチが笑いながら言い、それを聞いてオオアゴも豪快に笑った。ついでにアシナガはキョロキョロしながらへへへと形だけ笑ってみせた。
ヒトツメは何も言わない。笑いもしない。怒られる原因のアシナガが笑っても文句の一つも言わない。彼は群れの中で生きることを決めたのだ。
主人は死んでしまったらしい。
事故だったそうだ。すでに土の中に埋められていて、最後の姿も見ることはできないまま、一方的な別れだった。ヒトツメの仲間達は主人の知り合いに引き取られていったが、何匹かは貰い手が決まらず野生に返されることになった。
ヒトツメは一番仲の良かった仲間に訪ねた。どうするのかと。
すると、仲間は答えた。帰る、と。
「今日から俺達はもう仲間じゃねぇ。そうだな。だから、次に会うときは敵同士だ」
ヒトツメは頷いた。
「主人に捕まって、玉入りになって初めてアイアントを餌以外のものだと考えた。お前だって、嫌いじゃないぜ」
それに対し、俺はお前が気に入らなかったよ、とヒトツメは答えた。
「そうか。でもやっぱり俺はお前を食ってやりたいと思っていたよ。いつだって思っていたよ。餌じゃないと思っても、お前をどう料理してやろうか、どんな味がするのか、そんなことばかり考えてたよ」
声は笑っていて、いつもの仲間だった。しかし見てしまった。顔を見るとその目は天敵のそれで、口元には炎が漏れ出していた。
「それを確かめたとき、お前に何も伝えられないのが残念だよ。残念なことなら俺はしない。あの人も言ってただろ? なるべく無駄はするなって。馬鹿らしいけどな。あの人の言うことはできるだけ守ってやりたいんだよ。できるだけな」
しばらく沈黙が続いた。影が少し伸びてから、やっと仲間は口を開く。
「俺の言ってること、わかるか?」
ヒトツメは頷いた。
「じゃあ俺の言いたいこと、わかるか?」
すぐに言われた似た質問。ヒトツメは悩んだ挙句、首を横に振った。仲間はそうかと一言だけ返す。少し寂しそうだった。
「次に会うときは敵同士だってことだ。そうだ。だからお前は二度と俺の前に現れるんじゃねえぞ。絶対にだ。じゃあな」
「その、元気で――」
「それ以上くだらないことを言うのは止めろ! 俺の気が変わる前にとっとと消えちまえ!!」
仲間は主人の一番のお気に入りだった。目の周りにある痣のような模様が「カブキ」という人の顔につける化粧に似ていたことから、「クマドリ」という名で呼ばれていた。一番可愛がられていたので、主人がいなくなった時は一番気落ちしていた。何をしてもおかしくない雰囲気で、ヒトツメは怖くてあまり近づけなかったのだ。
結局ヒトツメも昔の住処に帰ることにした。それ以外の場所も方法も知らなかったからだ。
様子がおかしい、そう気づくのが遅れたのは物思いにふけっていた所為だ。しかしそれが異常だと気づいたのも、昔を思い出していたおかげだというのは皮肉な話だ。
まず臭いが消える。そして空気の流れが変わる。というのは、天敵はいつだって攻撃の直前には十分な空気が必要で、それを吸うために風が起きて――。
「どうした玉入り。ビビって動けなくなったか?」
突然動きを止めたヒトツメの気配を感じ、振り向きさらに嫌味を言おうとしたオオアゴの姿が一瞬で消えた。
残ったのは鼻を突く焦げ臭さと生臭い空気。
「あれ? オオアゴさん?」
「バカヤロウ! ハヤクチ! そこから離れろ!」
のこのことオオアゴがいた場所に近づくハヤクチ。それを見てヒトツメは昔人間に聞いた言葉を思い出す。
飛んで火にいる夏の虫。
「ひっ――」
悲鳴を一瞬でかき消す赤い音。
それは死だ。
恐るべき高温で焼け落ちたハヤクチの後ろ脚が片方、嫌な臭みと煙を漂わせて転がっていた。踊り来る火がまるで舌のようにハヤクチの体を絡め取り、燃やし溶かしながら吸い寄せた。残ったのは脚だけ。もうイライラさせる軽口を叩くことは不可能だ。
「うわぁ! うわぁああああああ!」
あっという間に仲間を二匹失ったアシナガを絶望が支配した。叫びながら、とにかくひたすら前脚をぶん回し、めちゃめちゃに動いている。
まずい、とヒトツメは思う。
半狂乱になって動けないアシナガは格好の的だ。動けないモノは生き残れない。
二匹仕留めて余裕を感じているのか、少し態勢の低いアシナガに接近して確実に仕留めるためなのか、姿を見せつけ恐怖におののくさまを楽しむためなのか。天敵はその姿を見せつけるようゆっくりと姿を現し近寄ってくる。そして両手を大きく上げて威嚇している。見慣れた姿のはずなのに、一目見ただけでヒトツメは自身の体が強ばるのがわかった。
お前なのか?
仲間を一瞬で溶かす相当な火力、ただの天敵ではこうはいかないはずだ。天敵の中でも手練。そうなれば可能性は十分にある。しかしそれを確かめる前に彼は動かざるを得ない。すぐ側であがる悲鳴に現実が突きつけられる。すぐに決断を。
その時、ヒトツメは主人の教えを思い出す。
『ヒトツメ、お前の武器は速さだ。その速さで自慢の一撃を当てれば、天敵だって倒せる』
彼はすかさず前足を振り下ろし地面を砕く。岩の塊が飛び散り、中でも一際大きいものが獲物目掛けて勢い良く爆ぜた。
炎が天敵の舌なら、飛び散る岩は彼の牙だ。
岩の牙は天敵目掛けて襲いかかる。
主人の話の続きを思い出す。
『お前の武器は鋭いが、必ず当たるわけじゃない。ただでさえ片目だから命中率も当てにならないかもしれん。外れたらその時は天敵の攻撃が来る。そうすればどうなるかわかるな』
その時はオオアゴの様になるだろう。奴は痛みを感じる暇もなかったかもしれない。それでもオオアゴのようになるのはごめんだ、とヒトツメは思った。
『だから攻撃を繰り出したとき、お前に許される行動がある』
だからヒトツメはそうした。
『祈れ』
岩が天敵に突き刺さり、倒れてしまっても、ヒトツメは中々動けずにいた。
「嘘だろ……?!」
アシナガが恐る恐る近づき、その長い脚でつついても天敵が動かないことを確認すると、大喜びでヒトツメの前をウロチョロしながらまくし立てた。
「信じられないっすよ! 倒しちまったんですよ! しかも一発! 一匹で! 何ですか! どうやったんですか?! 僕にも出来ますか? あなたって本当に――」
嬉しそうにペラペラと、これじゃあ二匹でオオアゴとハヤクチの役を交代したみたいじゃないか、と不機嫌そうに頭を振る。もう、彼には仲間はいないのだ。いるのはアイアントの群れだけだ。
ヒトツメはアシナガの言葉なんて聞かずに吸い寄せられるように天敵の元へ進んだ。当たりどころが悪かったのか、防御力や体力が十分になかったのかもう動くことはない。
乗った岩を払いのけ、動かない体を蹴って転がす。そしてゆっくりと顔を覗く。驚いたように見開いたまま動かないその目は、
違う――ただのクイタランだ。
その時沸き上がる感情に、ヒトツメは戸惑っていた。
はたしてクマドリと遭遇したとき、今回のように攻撃できるのだろうか?
攻撃したとして、当てられるのだろうか?
当たったとしたら?
「火でフェロモンが消えて仲間も来ないかもしれないんで、すぐに呼んできます。大物なんで、俺達だけじゃ無理ですもんね」
「一匹だけで大丈夫か?」
「任せてください! ひとっ走りしてきますから!」
足取りの軽いアシナガを見送ると、そこにはヒトツメと天敵だったものだけが取り残される。
「ここにいるんだよな、お前も」
もう焼ける臭いはほとんど嗅ぎ取れなくなっていた。
ヒトツメは独りになって、今はもういない主人の名と、今はもう天敵になってしまった仲間だったものの名前を、そっと呼んだ。
そして彼は主人に教わったそれをする。戦闘以外で初めてそれをした。それをするしかなかったのだ。
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実は某所で先に発表した作品ですが、こちらでの投稿を忘れ、タイミングを逃したのでこっそり投稿。
「そして、故郷にも訪れる」と「主人の教え」は元々一個の作品だったんですが、欲張りすぎてわかりづらい気がして別の物語になりました。似た雰囲気が残るだけになってるけれど。野生のポケモンとゲットされたポケモンによる世界の見え方の変化とか、そういうのが書きたかった作品です。
お読みいただきありがとうございました。
【批評してもいいのよ】
はじめましてしじみです。
猛暑のためすでに全身に汗をかいていたのですが、
レースの展開によりいっそう手に汗をかきました!
読ませる文才とスピード感があいまって、
一気に読めるのに、読んだ後、息をついてしまうような充足感がありました。
あまりのリアリティに、レースが実在しないのが不思議なくらいです。
ここまで作りこめるのってすごいなあと思います。
とにかくこの手の汗をどうにかしたい。
あたしとあいつは仲良く洞窟で雨宿りをする羽目になった。
「ったく・・ついてねぇな」
「そうだねぇ」
せっかくの決闘日和だと思った空は、あれよあれよという間に真黒になり、降り頻る雨は雷鳴を呼んで、とてもじゃないけど続行は不可能だった。
たまには場所を変えて、なんて提案をしなきゃ、すぐにでもお互いの村に帰れるいつもの場所からこんな遠くまで来なかったのに。
「なんだよ、さっきまであんなに晴れたのにさ」
「お前の日頃の行いでも悪いんじゃないのか?」
からかうあいつがあたしを小突く。言ったなぁ、あんたこそどうなのよ。小突き返す。
広くない洞窟。正直に言えば、ここで決闘の続きをやろうかな、とか少し考えた。
でもここは明らかにあたしが不利だ。広けた場所であればあたしは速さを活かせてあいつを掻き回すことができるけど、こんな場所だと伸縮自在なあいつに敵わない。
何より、お互いをこんな簡単に小突きあえるほど狭い場所、二匹で暴れ回ってごらんよ。きっとあっという間にぶち壊れちまう。
雨が降るのがもう少し遅ければ、暴れ足りない体はまだ火照っている。
「っくしゅ」
となりで間の抜けたくしゃみ。
「なんだよ、冷えたのか?」
「うるせぇな」
お前と違って毛皮なんて着てないんだよ。蛇だもんなぁ、そのまま冬眠するんじゃないよ?
他愛もない会話。
そいつを邪魔するのがやってきた。
雨宿り代わりに飛び込んだ洞窟は、どうも先にお客がいたらしく、向けていた背に迫る殺気。
ゴルバットの歯が喰いこむ前に同時にあいつとあたしは振り返った。
普段ならもっと早くに気がつくはずなのに、どうしてあんな時に限ってあたしの勘は鈍ったのか。
わからない。
多分、あいつとの会話に気を取られ過ぎていたから、かもしれない。
雨が上がる頃には、洞窟には、ちょっとした蝙蝠の山ができてた。
「良い運動にはなったな」
「まぁね」
結局のところ、後から後からわらわらやってくるこいつらをあたしとあいつはぶちのめしてしまった。
暴れ足りなくて不満があったあたしたちに勝負を挑む方が悪い。
「ところで」
「なに」
「雨あがったぞ」
「そうだね」
顔を見合わせる。
「続きと行くか?」
「当たり前でしょ」
これからが絶好の、決闘日和だとばかりにお日さまがのぞいていた。
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余談 いつだったか洞窟で雨宿りする二匹が書きたいとか言ったような記憶があるので。
この二匹を覚えておられるお方がいるんだろうか。
【なにしても良いよ】
【何気ない感じで良いよね?】
【御題:雨】
ラプラスが決まった曜日に来るのは、少女に会うためだったのか…!
どうも、ラプラスと聞いて飛んできました。セピアと申します。
感想ですが、悲しい別れの中に少女とラプラスの温もりを感じられる作品でした。
最初の出会いから、別れの時までが一定のリズムで書かれ、
その後は季節の移り変わりで時間の流れを速く見せているところも良かったです。
特に語り口調ならではの最後の“オチ”の部分が秀逸でした。
なぜラプラスの声が再び聞けるようになったのか。
ラプラスが一度洞窟から去って、再び戻って来たのか。それとも全く別のラプラスの声なのか。
続きを考えたくなりますね^^
アドバイスとしては、少女の心中の台詞の上下で行間が空いていると読み易かったかもしれません。
『()』ではなく『――――』を使ってみては如何でしょうか?
ありきたりなアドバイスで申し訳ないのですが…
それでは、素敵なお話ありがとうございました。
ちょうど良い下宿をみつけた。大学からも近いし、家賃も格安だ。四畳半と貧乏学生にぴったりの間取りもうれし……くはない。
ともかく、不動産屋の張り紙をみつけた瞬間、それをひっぺがして即刻契約し、翌日引っ越しを決行したのだった。
家具(と呼べるかは疑問)を運び込み、両隣に引越蕎麦を配った俺は、ようやく人心地つけた。前の住民が残していったカーテンをひいて、部屋の空気を入れ替えようとしたのだが。
窓のさんにぶら下がって、俺を見つめる黒いてるてる坊主。ではなくカゲボウズ。
「どうりで安いわけか……」
貧乏学生たちの間で噂のカゲボウズ憑きアパートだったらしい。
不動産屋に殴り込んでやろうかとも思ったが、よく考えてやめた。カゲボウズが憑いているだけでこの家賃だ。教科書代に回せる。人間、我慢が大事だ。よし、我慢するべし。
快晴。気温35度超えの猛暑日のなか、俺は万年床予定の煎餅布団を干すことにした。ついでに溜め込ん洗濯もする。たらい派の俺は夏の暑さ予定も負けず冬の寒さにも負けずに洗濯をしなければいけない。洗濯機を買う余裕がないだけ、という見解もある。
溜まった洗濯物を洗い終わっても、窓のさんにぶら下がったままのカゲボウズたちは身動きひとつしない。こいつら、生きているんだろうか。たらいの水を替えようとした矢先、カゲボウズが動いた。
「うぉっ、動いた」
ふわりと浮かんで、俺に向かってくるカゲボウズ。俺にぶつかるかと思ったが、たらいの中に落下する。じぃっと俺を見つめたまま、動かない。ぽっちゃんと二匹目のカゲボウズがたらいにおちた。
「洗えってのか……?」
こくこくと首を振るカゲボウズたち。洗剤は使っても大丈夫なんだろうか。
「染みてもしらないからな」
とはいえ、心配なので今回は洗剤を使わないでおこう。色落ちしたらかわいそうだ。
それにしても、こいつらは負の感情を食うんじゃなかったのか。たらいの中で幸せそうに笑うのはやめてくれ。俺にどんな負の感情があるってんだ。
「あ、先輩への恨み? 教授の講義のいらだちか。ひょっとして、不動産屋にたいする怒りか?」
思いだすだけで黒い感情が湧き上がってくる。カゲボウズたちはうっとりとした表情で洗われている。洗濯と一緒にお食事が楽しめるなんて、うらやましい……。待て俺、なぜにカゲボウズに嫉妬する。ますます湧きあがる黒感情を食べて、カゲボウズたちはさらに幸せそうな表情になっていく。
一匹のカゲボウズが満足したらしい。浮き上がって物干し竿にぶらさがる。自発的風乾燥をするらしい。次々に浮かび上がっては風乾燥にはいるカゲボウズたち。
「……ほっといていいのか」
スバメとかにおそわれないだろうか。見張っといてやろう。破れた団扇(駅前で配ってた)を持ち出して窓辺に座り込んだ。クーラーなんて高価なものはない。
あぁ、またもや黒感情が……。
洗濯したばかりのカゲボウズたちがまったりとした表情で熱風にはためいている。
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にやけて読んでたはずなのに、なぜか書いていたとは…恐るべしカゲボウズ魔力。
ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい。カゲボウズ憑き下宿にしてしまいました。住んでみたかったのです。こんなアパートがあるなら、速攻で引っ越したい。
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