ポケモンストーリーズ!投稿板
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  •   [No.2443] 蛇足 投稿者:白色野菜   投稿日:2012/06/01(Fri) 21:08:44     62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:TEST1】 【TEST2】 【TEST3】 【TEST4】 【TEST5

    数年前に有名なゲーム会社が数十年前のゲームのシリーズの最新作を最新技術を結束して出した。

    ゲームのシリーズの名前は「ポケットモンスター」

    使われた技術の名前は「AR」と「VR」

    ARは拡張現実。

    VRは仮想空間。

    ARでポケモンは何時でも何処でも人の側にいられるようになった。
    勿論マナーの問題はあるが、食事を共にすることも一緒に授業に出席することすら可能になった。


    VRによって、人はポケモンの世界へと行けるようになった。
    さすがに五感は完全には再現されていないが処理落ちもなくかなり快適だ。
    トレーナーとして、旅をしながらバトルを磨くもよし、ブリーダーとして美しさを磨くもよし脇道をそれて育て屋さえ持てる自由度は高くそれなりに評価されているらしい。


    ここはそんなゲームが流行っている世界。
    ここは少し遠い未来の世界。









    という話を、書きたかったけれど文章能力が足りなかったです。
    【書いてもいいのよ】【焼いてもいいのよ】
    【批評歓迎】


      [No.2143] 私があの子達と出会った訳 投稿者:akuro   投稿日:2011/12/24(Sat) 18:43:54     74clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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     ピピピピ……ピピピピ……カチッ!

     私は目覚まし時計を止めると、ガバッと起き上がった。

     「ついに、この日が来た……!」

     ーーポケモンと、旅に出られる日が!

     一週間前、私は幼なじみのレオンと共に町外れのシンジ湖へと行き、そこで初めてのポケモンバトルを体験した。
     私の助言を聞かずに草むらへと入ったレオンを追いかけ、鳥ポケモンと遭遇したっていう……。
     慌てて逃げようとして、そこにあった誰かのカバンに躓いて転ぶとか、恥ずかしすぎる。
     でもその拍子にカバンから出てきた2つのモンスターボールの中のポケモンで、私達はなんとか鳥ポケモンを倒せた。 私は青いポケモンを、レオンは緑のポケモンを使って。

     それからフタバに帰る途中に、私達の使ったポケモンの持ち主……ナナカマド博士に、そのポケモンを託された。
     嬉しかった。 ポケモンと旅に出られることになったから。

     その事をジョウトに住んでるいとこに話したら、ポケモンをプレゼントしてくれるって言われた。 私はいいと言ったんだけどいとこの……ヒバナさんはどうしてもプレゼントすると言いはった。 まったく頑固なんだから。
     それで一週間後にシンオウに行くと言ってたから、旅立ちはその日……つまり、今日に決まった。

     私は服を着替えて、一階へと降りる。 この家ともしばらくお別れか……少し寂しい。

    「あらシュカ。 おはよう」
    「おはよーお母さん。 ヒバナさん、今日いつ来るって?」
    「9時には来るって言ってたわよ」
     私は時計を見た。 今は7時……ってことはあと2時間か。

    「さあ、朝ご飯にしましょう! 今日からしばらく会えないから、シュカの好きな物、たくさん作ったわよ!」
    「わあ、ありがとう! いただきまーす」



     朝食を食べ終えた私は、荷物を確認した。 財布に、きずぐすりをいくつか。 それから相棒が入ったモンスターボールを腰のベルトに付けた。 ポッチャマというらしいこのポケモンを、私はうみなと名付けた。 

     ピンポーン……

     あ、チャイム。 ヒバナさんが来たのかな。 私は急いで一階に降りて、ドアを開ける。

    「やっほーシュカ久しぶり! 元気だった?」
    「……」

     あれ、ヒバナさんの隣に知らないトレーナーさんが。 誰だろう……?

    「あ、この子はエンジュ! 私のトレーナー仲間なの♪」
    「ヒバナ、なんで私までシンオウに来なきゃなんないのよ。 あなたがシュカ? 私はエンジュ。 よろしく」
    「よ……よろしくお願いします」
     私はエンジュさんに向かって軽く頭を下げた。 なんか気難しそうな人だな……

     それから私達はテーブルに座って、軽く話をした。 なんでもエンジュさんはホウエン地方のトレーナーらしく、ヒバナさんに頼まれて私にプレゼントしてくれるポケモンを捕まえてくれたらしい。 って、ことは……?
     「はい、これ♪」
     ヒバナさんが差し出したのは、2つのハイパーボール。
    「え、2体も……ですか?」
    「うん、そう!」
    「いや、そんなに貰う訳には……」
    「せっかく捕まえたんだから! はい♪」
     そう言ってヒバナさんは私の手にボールを押し付けた。
    「右のボールがロコンのひばな! 左のボールがマイナンのらいむだよ!」
     そう言われたので見てみると、可愛い顔をして眠っている小さな狐と、ニコニコと笑ってる青い耳の兎がいた。
    「わあ……可愛い! ありがとうございます!」
    「どーいたしまして! じゃあ私はそろそろ行かなきゃ! エンジュ、あとよろしく!」
     そう言ってヒバナさんは家を飛び出していった。
    「え、もう行くんですかっ!?」
    「ヒバナ、ウツギ博士から電話が来て、すぐ帰らないといけなくなったんだって。 私ももう帰るわね……」
     エンジュさんがため息をつきながら立ち上がった。
    「あ、あの!」
     私はヒバナさんに深くお辞儀した。
    「ありがとうございました!」

    「……楽しんでね」
    エンジュさんはそう呟き、帰っていった。



     私はお母さんに見送られて、フタバタウンを出発した。 腰には3つのボールが揺れている。
     これからどんなことが起こるんだろう……私の胸は喜びと期待に満ち溢れていた。

     

    [好きにしてください]


      [No.1841] ラピメント 投稿者:   《URL》   投稿日:2011/09/12(Mon) 17:38:44     203clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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     彼女は私を捕まえて、至極嬉しそうにしていました。
     満面の笑みで私を抱え上げ、「これからよろしくね、リグレー」と何度も繰り返すのです。
     しかし、彼女は私を見てはいませんでした。

     それがはじまりでした。


    □×××××


     月が綺麗です。
     雲のせいでしょうか、あんな風に空に紺藍の濃淡が付いているのを、私ははじめて見ます。
     冬は寒くて敵いませんが、そのせいで月や星が綺麗に見えるのは、なんと言いますか意地悪な気がします。ええ、意地悪。

     天然のプラネタリウムもいいですが、私はツバキに毛布を掛けることにします。
     私の主人、ツバキが風邪をひいては嫌ですから。
     ツバキは何か夢を見ているのでしょう、むにゃむにゃと寝言でお礼のようなものを言いました。その様子が微笑ましくて、私はふと胸の奥に小さな火が灯るのを感じました。
     そして、私は夜闇に紛れて動くものがいないか、サイコパワーで辺りに気を配るのを忘れずに、再び空を見上げ、星を数える作業へと戻ります。

     私はツバキを守らなければならないのです。命に替えても。


    □×××××


     私を捕まえた彼女は、まずこう指示しました。
    「はやく進化してね、リグレー」
     相変わらずの満面の笑みで、しかし少しも私を見ていませんでした。

     修行が始まりました。
     彼女は私を野生のポケモンと戦わせたり、トレーナーのポケモンと戦わせたりしました。とても熱心でした。
     捕まえられてひと月も経たぬ内に、私は身に付いた強さをさらに大きな器に移したいと願う衝動を身に溢れさせ、気付くと眩い光を放ってひと回り大きな土気色の体へと進化していました。

    「やったわね、オーベム」
     彼女は、それはそれは大喜びしました。その場で幼い少年でもないのに、年甲斐もなくその場で何度もジャンプして、バトルしたトレーナーが吃驚するぐらい、異様な喜びようでした。
     しかし、それは私が進化したからなのでしょう。そう合点してバトル相手が去って行くと、彼女は大喜びの表情のまま、私をギュッと抱き寄せてこう言ったのです。
    「ねえ、お願いがあるの。聞いてくれない?」
     彼女は大喜びの表情のまま――口元は異様に釣り上がり、目を油まみれの死肉のようにギラギラさせて、私に頼み事をしました。


     私は頷きました。
     難しいことですが、進化した私に出来ないことではありません。
     それに私は彼女のポケモンですから、断ってどうするというのでしょう。

    「ありがとう、オーベム」
     彼女は嬉しそうにお礼を言いました。しかし、相変わらず私を見ていないような、そんな気がしました。



     私はその夜、ボールから外に出されました。
     月は下弦だったか上弦だったか、とにかく半月で、それに薄い雲がいっぱいかかっていたのをよく覚えています。
     水銀灯を模した街灯が、明るく道を照らしており、そこかしこのビルやマンションからも光が漏れ出していて、星がよく見えない夜でした。
     私は地面から半端に浮きながら、目的地へと移動します。
     私が着いたのは、あるマンションの一室の近くでした。
     マンションといっても、彼女が住んでいるような古くて狭いものではなく、新しくて綺麗で一室が広いものでした。彼女が住む、三階建ての木造のアパートメントとは違い、鉄筋コンクリートで建て上げられた、階が二十はある大きなものです。
     月明かりでは細部が分かりませんが、外壁をレンガ模様の壁で設えてあり、ベランダなどは角形ではなく少しカーブを描いていて、なかなかお洒落に作りこんでいるようでした。部屋の窓はどれも大きく、どれも凝った装飾の木枠にはめ込んでありました。
     私は目的地周辺に着くと、テレポートを開始しました。
     慣れない場所に行くのですから、できるだけ目的地との距離を縮め、対象をはっきりイメージしなければなりません。
     私は部屋のすぐ外にいます。
     ここから中に入るのですが、出入口になりそうな所には鍵が掛かっていますから、テレポートで中に入らねばなりません。

     私は大きな窓に引かれた花模様のレースのカーテンの隙間から中を窺い、家具の位置を把握すると、それらにぶつからないようテレポートで中に飛びました。

     リビングのような場所に来た私は、耳を澄まし、人の気配がする方へと進みます。
     手入れの行き届いた布張りのソファ、重そうな黒いテーブル、使った形跡のあまりない対面キッチン。
     そういったものを横目に見て、私は寝室へと進みました。
     リビングにあったフロアスタンドライトを小さくしたような照明に、小さな橙の明かりが灯っています。
     ひとりには広すぎるベッドの上で、男が眠っています。
     その寝顔は端正で、整いすぎるほどに整っています。ただ、顎が細すぎると思いました。
     それ以外の部位は、厚みが辞典ほどもある羽毛布団に覆われて見えません。

     私は男の枕元に足をそっと乗せると、三色の電球が付いたような手を男の頭にかざしました。そして、目を瞑りました。

     彼女の願いはごく単純なものでした。
    「彼と恋仲になりたいの」
     ただ、ひとりでは叶えられない願いでした。



     彼女はうっとりとした面持ちで、レストランのテーブルについています。
     フロアに敷き詰められた絨毯は足音を吸い込めるほどに分厚くて、薄紫に唐草模様みたいなものが描かれています。
     私たちの他には、客の姿は数人しか見えません。しかしその誰もが、一目見て上等だと分かる靴を履き、男はスーツを、女は飾り立てられたドレスを着て、気取った手付きで料理を口に運んでいるのです。
     大きな窓の外に夜景が見えます。家やビルに細かな明かりが灯って地上の星空のようになっているのが、高い場所から一望できるのがよく分かりました。地上の星空とは言いましたが、妙に等間隔で寂しげに瞬いたりして、どうにも本物の星空のような情緒がありません。遥か遠くでは、奇っ怪な形のネオン看板が、繰り返し同じ言葉を吐き出して、チカチカ光っています。
     彼女の鞄に入ったモンスターボールの中からでも、そんな風に周りの様子がよく見えました。そして勿論、彼女の顔も。

    「今日は来てくれてありがとう」
     男の声がしました。
     私は男の方を見ますが、白いテーブルクロスに遮られて見えません。
     彼女は照れたように首を振ります。
     きっと相手はあの男性だと、私は思いました。
    「乾杯」
     チャン、と高い音がしました。彼女が動きました。右手にグラスを持って、中の液体に口付けするようにワインを飲んでいます。
     そして、少しの静寂。
    「何故だか、急に君に会いたくなってね」
     彼女の口元が緩みます。
     ただ緩んだ、というよりは、口からこぼれ出そうな邪悪なものを飲み込んで、笑いで誤魔化しているみたいに見えました。
    「オードブルでございます」
     黒と白の服のウェイターがやって来て、料理の説明を始めました。
     彼女は口を真一文字に結んで説明を聞いています。
     食器同士が当たるかちゃかちゃという音。
     テーブルに食器が当たる静かな音。
     料理の説明をするウェイターの声。
     その合間合間に、二人の声がします。

    「暫く会ってなかったね。何だか懐かしいよ」
    「まさかあんな所で再会するなんて思ってもみなかった」
    「修学旅行の時のこと、覚えてる? くじ引きで一緒の班になったんだっけ」

     思い出を引き出す男の台詞に、彼女は黙って頷きながらワインを口に運びます。
     男が「覚えてない?」と言うと、女は穏やかに笑って「覚えてないわ」と返します。
     そして、話している内に、「ああ、思い出した」と言うのです。


     ここまで至るのには、正直、骨が折れました。

     記憶というものはそう簡単に外からいじれるものではないのです。
     対象が動くと駄目。相手に気付かれても駄目。記憶を探る間、当然私は動けませんし、サイコパワーを脳みそをいじるのに使ってしまっていますから、襲われたら念力で迎撃することもままならないのです。
     だから、男が眠っている間にこっそりやるしかありませんでした。

     男の記憶の中をざっと把握し、私は想起回数の少ないものから手をつけました。
     あまり思い出さない記憶の方が、いじりやすいのです。
     私は男が子供の頃、小学校とか呼ばれているものに通っていた時期の記憶を選び出し、その記憶の景色の中に彼女を紛れ込ませました。
     本当は男と彼女が会ったのはごく最近になってからでしたが、男と彼女は小学校時代からの知り合いであるということにしました。
     男は彼女に会うと、昔を懐かしむようになりました。
     私はさらに記憶をいじりました。
     進学した後、たまたま道で会った幼い頃の初恋の相手が彼女だったことにしました。
     男はあの時、運命を感じたんだと彼女に言いました。
     ひと月ほど前、男が彼女のハンカチを拾って渡したことにしました。
     男は何も言いませんでしたが、私はその記憶の中で、男の手が女に触れたことを知っていました。

     そうやって、男の中に彼女の割合を増やしていきました。

     その道中、男は彼女と親しく話すようになりました。簡単なランチを共にするようになりました。
     そうやって、男が自分で自分の中の彼女の割合を増やしていけば、もう成功したも同然でした。

     彼女がお手洗いに立ちました。
     彼女が鞄を持ち上げた時、一瞬だけ彼の、彼女を穴が開くほど見つめている恍惚とした顔を見ました。
     必然の結果でした。

     私はこの時、鼻高々でした。見事、彼女と彼を恋仲にするという難題をやってのけたのですから。
     さり気なく彼の記憶の背景の中に彼女の姿を挿し込みました。
     ふとした瞬間、男の前に彼女が現れたのだと、そう仕組みました。
     男はそれに気付かず、彼女が運命の女性だと、そう思い込んだのです。私は誰も知らない定理を見つけたかのように、浮かれ、自惚れていました。

     彼女は用を足すと、鏡の前に立ってにっこり笑いました。それはまるで、笑顔の練習をしているようでした。


     彼女は度々、男と会うようになりました。
     会う度に不思議と彼女は美しくなっていきます。
     もう私の力は必要ありませんでした。
     それでも私は隔日毎に男のマンションを訪れては、細かに記憶をいじり続けました。
    「小学校のアルバムを見たんだけど、君の写真が見つからないんだよ」
     と言われれば、その夜、男の中の些末な矛盾を始末するために参上しました。
    「ねえオーベム。私、今日のディナーの時、知ったかぶりしてワインの名前を間違えちゃったのよ」
     と言われれば、男性の寝室に入り込んで彼女の粗相の記憶を消しました。
     男はますます彼女に夢中になりました。もう彼女しか見えてないと言っても、過言ではありませんでした。
     いつしか、私が手を下さずとも、男は自分で自分の記憶を書き換えていくようになりました。
     男は肥大した彼女の記憶に合わせるように、自分の真実を記憶した部分を塗り替えていったのです。

     そして、来たるべくしてその日はやって来ました。
     男は小さな箱を鞄から出すと、手で捧げ持つようにしてその蓋を開けます。
    「わぁ……」
     彼女が感嘆ともため息ともつかない声を上げます。
     ブリリアンカットを施された金剛石が、白金の環に抱かれて光を反射しています。
     彼女が熱っぽくそれを見つめ、その彼女を男が見つめていました。
    「結婚しよう」
     彼女は頷きました。当然の帰結でした。


     男と彼女は結婚し、晴れて夫婦となりました。
     大きな会場を貸し切り、夫婦の関係者も大勢呼び、豪華な料理が振舞われ、結婚式は盛大なもの、となるはずでした。
     出来なかったのです。
     前日に新郎が倒れ、高熱を出してうんうん唸っていたのですから。
     医者にはただの疲労だと言われましたが、私は頭の中をいじったせいではないかと、密かに焦っていました。
     しかし、診断では何も見つからなかったらしく、私はほっとしました。
     それともうひとつ、結婚式が出来なくて私はほっとしました。
     結婚式に新郎の昔馴染みがやって来て、思い出を話すこと、その想定をすっかり呆けて忘れていたのです。
     何はともあれ、ボロを出さずに済みました。
     結婚式は挙げられなくとも結婚は出来るらしく、彼女は男の病が治るとすぐ、広くて綺麗で新しい男のマンションに入り込みました。

     それからの生活は順調でした。
     男は仕事が忙しいらしく、四六時中一緒にいるわけにはいきませんでしたが、彼女に会う時は、それはそれは楽しそうにしていました。
     彼女の方も、望みのものを手に入れられて満足そうでした。男は金持ちで、ルックスもいい。服飾やインテリアのセンスもありましたし、美味しい食を提供するレストランを見つけて彼女と共に食事をするのを好みました。

     息子も生まれました。
     男に似て顎が細く、彼女と同じ臙脂色の髪をしていました。

     部屋の中には原色の玩具が溢れ、彼女と息子と私の三人で、共に遊んで過ごすことが多くなりました。
     男は帰って来ると真っ先に息子の元へ向かい、高い高いをするのが習慣になりました。豪華な食事より、子供と家でのんびりと食べるご飯の方をより好むようになりました。男は色々な絵本を買ってきたり、家にいる僅かな時間でその絵本の読み聞かせをしようとしたり、とにかく息子の気を引こうと必死でした。その努力が実って息子が父親に反応を返すと、父親はその反応を十倍にして喜びました。
     逆に彼女はつまらなさそうにしています。
     そうしてある時から、私と息子を残して外に出るようになりました。
     幼い子供を置いていくなんて、とは思いましたが、私が面倒を見ているので大丈夫でしょう。
     彼女は前よりも晴れやかな顔をしていることが多くなりました。楽しそうに息子をあやすようになりました。実は、ちょっと彼女はヒステリックになって始終イライラしていて、私は心配していたのです。でも、これで良かったと想いました。
     きっと、外で息抜きをしてきたのが良い方向に働いているのでしょう。
     私は息子と遊ぶのに夢中でした。
     彼女がめかしこんでいるのに気付きませんでした。


    □×××××


     私はツバキの隣にゴロリと横になり、白金の粉を撒いたような夜空を見上げます。
     毛布は被りません。そうする資格がありませんから。

     ツバキはぐっすりと眠っています。臙脂色の髪が、夜風に吹かれてそよいでいます。その寝顔を見て、私の胸はチクリと痛みました。

     いつも、思うのです。
     どこで間違ったのだろうと。
     間違いに気付いた時、記憶を書き換えてしまえば良かっただろうか、と。


    □×××××


     平穏に、日々は過ぎました。
     息子は学校に通い始めました。テストの度に良い点を取り、友達と一緒に野球ごっこに興じているようでした。
     夫は相変わらず仕事が忙しく、彼女は相変わらず、時々外出していました。
     そんなある日のことです。

     その日は平日の昼下がりで、息子は学校に行っていました。
     彼女はいつものように出て行き、私は部屋にひとり取り残されました。

     ふと、私は彼女がどこに行くのだろうかと思いました。
     私はそっと部屋の前にテレポートしました。
     そして、階段を降りて玄関に向かう彼女の後を、こっそりつけたのです。

     彼女は慣れた様子で町中を歩いて行きました。
     いつも行くデパートの方向とも、公園の方向とも違います。
     彼女は空き缶がいくつも転がった薄暗い通りを通って、繁華街の方向に進んでいきました。
     昼間から明かりの灯ったネオンの看板の下を通り、彼女は小汚い店の前にいる、だぶだぶのズボンを履いて小麦色の肌をした、筋肉をそれなりに付けているけれども頭の悪そうな目をした青年に話しかけます。
     青年もにこやかに彼女に挨拶すると、二人揃って店に入ってしまったのです。
     これは浮気だ、と私は思いました。
     彼女は息抜きする振りをして、浮気をしていたのです。
     いえ、私の早とちりかもしれません。彼女はただ、男友達と会っただけかもしれないじゃないですか。しかし、それにしては、化粧が凝っていた気がしました。
     二人は店から出てきません。私は早々に偵察を切り上げて帰りました。


     夜、夫が家に帰って来ると、彼女は笑顔でそれを迎えます。
     息子も嬉しそうです。
     夫の話に相槌を打ちながら聞き、彼女は料理を食卓に並べます。

     あんなに幸せな家族なのに、浮気などするはずがない。
     私はそう思いました。ただ、確かめたかったのです。

     私は彼女の自室に入り込み、彼女の寝顔を眺めました。
     彼女の体が三つ入りそうな広いベッドの中央に埋もれるようにして、彼女は眠っています。
     部屋にはドレッサーとクローゼットがあるだけで、他には何もありません。カーテンは開け放たれたままで、大きな窓の向こうに、町が出すスモッグで埃を被ったかのように灰色に汚れた星空が見えました。月のない夜でした。
     私はドレッサーの上にある化粧品がどれも、黒いケースに金文字で上等そうに設えてあるのを横目に見ながら、静かに彼女の近くまで移動しました。邪魔にならないよう、枕に足を乗せ、ベッドのヘッドボードに体をもたせかけました。そして、目を瞑りました。

     忘れていた感覚が蘇りました。
     細い管の中を通って、電飾のようにチカチカ光る彼女の記憶を探ります。
     彼女の記憶を見、しかし壊してしまわないように。
     注意深く記憶を調べながら、私は懐かしい気持ちになりました。
     私と会った時の記憶。男と食事に行った時の記憶。息子が生まれた時の記憶。どれも少しずつ色褪せていて、そのためにかえって懐かしさを喚起されます。
     私は夢中になって思い出のアルバムを捲るように記憶を見て回っていましたが、本来の目的も忘れられませんでした。

     私は最近の、色鮮やかな記憶を探りました。
     彼女は青年と食事をしています。夫とは食べないような、脂ぎってソースが無闇矢鱈とかけられた、不味そうな料理です。
     彼女は青年に笑いかけ、青年も彼女に笑いかけます。
     食事が終わり、彼女が支払いを済ませると、二人は店を出て繁華街のさらに奥地へと向かいます。

     そして。

     私は雷で打たれたようになって、思わず彼女の記憶から手を引きました。
     乱暴にサイコパワーを止めたので、その周辺の記憶に傷が入ったかもしれません。でも構いませんでした。
     私は体の芯が冷えたような感覚を味わいながら、彼女の頭にもう一度手をかざしました。
     そんなはずはない。
     彼女が浮気などするはずがない。
     完璧に近いぐらい素晴らしい夫がいて、利口で愛嬌のある息子がいて、何故。
     私は再び彼女の記憶を探りました。
     今度はもっと丹念に、昔まで遡って調べました。

     それに関係する記憶はとても鮮やかだったので、すぐに分かりました。
     やっぱり、浮気だったのです。
     さらに言えば、相手はあの青年ひとりではありませんでした。
     複数の相手を取っ換え引っ換え、そう、幼い赤ちゃんだった息子を放って外に出ていったあの日から、彼女の浮気は始まっていたのです。
     彼女の思い出は、家族と過ごした時間で彩られてはいませんでした。
     家族との生活をいかにも楽しそうに過ごしながら、いかに年下の男性を引っ掛け、深い関係まで持っていくかに重点が置かれていたのです。それが、彼女の生活の根幹といっても、差し支えありませんでした。それがずっと、ずっと続いていました。彼女の記憶の中で、輝いているのはそれでした。
     息子がテストで百点満点を取ってきても、野球で大活躍しても、その記憶には敵いませんでした。息子の成長は横に押しやられ、彼女の中には名も知らぬ卑しい目をした男たちの記憶ばかりが繁茂していました。息子が歩き出しても、つかまり立ちしても、寝返りを打っても、彼女の浮気相手には敵わないというのです。彼が「まんま」と言い、「ママ、パパ」と言い、「オーベム」と言うようになっても、彼女は。
     なぜ。
     どうして。
     息子は? 息子のことは?
     私は脳みその中を見るのを止めて、眠り続ける彼女の顔を見つめました。

     その顔は綺麗です。
     若々しくて、瑞々しくて、艶やかです。これも浮気をしていたからでしょうか。

     私には分かりませんでした。
     どうして彼女が浮気をするのか。
     あんなに完璧な夫を苦労して手に入れて。そう、私が、苦労して、手に入れて。

     ……。

     私は彼女の顔を、とっくり、じっくり、眺めました。
     彼女は昔から私を見ていませんでした。
     昔から今の夫となる人を見つめ、そして今は、息子を見つめていると思っていました。
     私は一度も彼女に見られたことがありませんが、それでも悲しいと思ったことはない、はずでした。


     私は彼女の顔を網膜に焼き付けました。きっと彼女のこんな顔を見るのも、最後でしょう。
     私は手をかざしました。


     その次の日は、凪のように穏やかに、静かに過ぎました。
     彼女は外出もせず、ただにこにこと笑って食事を作り、息子の話を聞き、帰りの遅い夫を夜更けまで待っていました。彼女はいつもより機嫌が良いくらいで、それがかえって不気味でした。
     あれはただの凪ではなく、嵐の前の静けさだったのでしょう。
     私はもう、引き金を引いてしまったのです。
     小さな蝶の羽ばたきのように、微かな引き金を。
     そしてそれは回りまわって風を狂わし、大嵐を呼んだのです。


     夫はクレジットカードの請求書を見て、度肝を抜かしました。
    「どうしてこんなに使ったんだ?」
     夫の問いにも聞く耳持たず、風の吹くまま、お気に召すままといった調子で高い笑い声を上げながら、彼女は般若のような表情で豪奢なドレスを次々と取り出しては、体に合わせて投げ捨てていきます。
     夫が腹に据えかねて彼女の肩を掴んで自分の方を向かせると、彼女は目を丸くして、「あなた誰?」と言いました。

     男が息を呑みました。
     睨みつけるように私を見ましたが、私は知らんぷりをしました。
     これでよかったのです。
     他に男がいるのならば、夫がいてもいなくても変わりないでしょうから。

    「ねえ、あなた誰なの?」
     いっそ天真爛漫と評してしまいたいような調子で、彼女はそう言い放ちます。しかし、その目は純真とは程遠く、濁り切っていて錆びた鉄のようです。色とりどりのドレスを投げながら、彼女は割れた悲鳴のような甲高い声で笑うのです。
     元夫は、がっくりと肩を落としました。


     それから、彼女は買い物に大半を費やすようになりました。
     高価な宝石、服、靴、バッグ、化粧品、使いもしないそれらをカード払いで買い、カードを差し止められると、俗に言うサラ金から金を借りて買い物するようになりました。
     当然、返済などできませんが、彼女はまるで借りた金をもらったもののように使うのです。
     毎日のように装飾品を抱えて家に戻る彼女の目元には大きな隈ができていました。彼女の目は常に敵を警戒しているかのように釣り上がり、ギラギラとして、買い物をしていなければ誰かに襲いかかってしまいそうな、そんな雰囲気でした。まるで、金を使い続けなければ生きていられないと、そう言いたげな目をしていました。
     広かったマンションから引越し、狭いアパートに一室に移ることになっても、彼女は事態を理解できていないようでした。
    「いい加減にしてくれ! 買い物をするなと、何度言ったら分かるんだ?」
     狭い四畳の二部屋きりの和室に、所狭しとバッグや、ストールや、装飾品の類が敷き詰められていて、過剰装飾の布切れに囲まれた男が声を荒げます。しかし、彼女は目を離せば再び買い物に繰り出します。彼女はきっと、買い物しなければ死んでしまうと思っているのです。男はその内、彼女に何も言わなくなりました。仕事に明け暮れて、帰って来ない日が多くなりました。しかし、離婚しようとはしませんでした。きっと、男の中の彼女の割合が多過ぎて、別れるという選択肢を選べなかったのでしょう。
     夫の代わりにサラ金の取立てが来ましたが、返済の意義を理解できない彼女に、サラ金の方が音を上げました。
     息子は黙って、学校と家の往復を繰り返して、専ら与えられた狭い自室に篭るようにしていました。母親の方を見ようともしませんでした。
     息子はよく、痣や擦り傷を作ってくるようになりました。その時は、遊んでいて転んだのだろうぐらいにしか考えていませんでした。しかし、今思えば、学校でも阻害されていたのかもしれません。彼は何も話しませんでした。ただ、眼光だけが鋭くなっていきました。
     周りに暴風が吹き荒れる中、私だけは台風の目にいるかのように、風が大地に牙を剥き、草木を抉り抜く様を静かに傍観していました。


     過度に成長した熱帯低気圧は、彼女や、夫や、息子の悲鳴を呑み込んだまま、狭苦しい1Kのアパートの部屋に居座り、ますます肥大し続けているようでした。
     彼女は日に何度も買い物に繰り出し、紙袋を腕いっぱいに吊り下げて帰っては、それをサラ金に持って行かれました。しかし、彼女はそれを気にする余裕もなく、次の買い物に繰り出すのです。
     たまに夫が帰って来ても「あなた誰?」と言って追い返そうとします。それでも夫が居座ろうとすると、半狂乱になって叩き出そうとしました。彼女の振り上げた拳が小さな窓に当たり、すぐ外の庭にガラスの破片が散逸しました。窓を直す金も、塞ぐダンボールもなかったので、家の中には延々と寒風が吹き荒ぶことになりました。
     かつての浮気相手に町中で話しかけられても、「あなた誰?」でした。誘われても、その意図がさっぱり分からないようでした。むしろ買い物の邪魔をされて、怒っているようでした。
     いつも行くブティックの店員は覚えているのに、息子の友達の母親となると、さっぱりでした。
     そして、息子が帰って来ても、「あなた誰?」

     ……今、なんて?

     彼女は焦点の合わない、惚けた目で息子を見ていました。
    「あなた誰?」
     くもりのない銀色の針のような台詞が、息子の心臓を刺し貫いていた、と思います。
     針で縫いとめられた息子は、青ざめた顔をして、そして、かつての母親から目を逸らすと、血が流れるのも構わず、針から身をちぎって、狭い自室へと走り込みました。


     どうしてでしょう。なぜでしょう。こんなはずじゃなかったのに。

     私は息子の部屋にテレポートすることもできず、ただその場に浮いていました。

     息子の記憶には触らなかったのに。

     あの日、私は彼女の中の、浮気相手の記憶、浮気相手としたこと、そういった記憶を全て消しました。男に関する記憶は全て消しました。浮気に繋がりそうな記憶は、何もかも全て消しました。必死に夫を手に入れようとした、あの日々の記憶も嫌だったので消しました。
     彼女は少しの間だけ、毒気が抜かれたように静かになりました。一日だけ。
     そして、夫と結婚したもうひとつの目的、金持ちになって欲しい物を我慢せずに暮らすという本能に従って生き始めました。
     少しおかしくなっていました。記憶を大量に消したから、当然かもしれません。

     けれども、息子の記憶には手を触れなかったはずです。


     なぜ。


     そこで私は、重大な間違いを犯していたことに気付きました。
     彼女の記憶の中で、夫はもう夫ではなかったのです。
     夫ではなくただの他人だと、彼女にはインプットされているのです。
     夫がいなければ、子供がいないと考えても不思議ではありません。
     私は失念していました。
     書き換えた記憶が、他の記憶を書き換えてしまうこともあるのだということを。
     彼女には今、金しかないのです。
     息子なんて、いなかったのです。


    □×××××


     言い訳をしますと、記憶を書き換えたり消したりするこの力は、万能ではないのです。
     まず、相手に気付かれてはいけないとは前にも言った通り。その他にも、色々制約があるのです。

     書き換えるのは、想起回数の少ない記憶でなければなりません。
     よく思い出す記憶というのは、鮮明で、強固で、それはそれは書き換えにくいものなのです。
     逆に言えば、書き換えられるということは、それが大した記憶ではなかったということなのです。

     そして、記憶というのは、海原の中の島にぽつんとある宝箱のようなもの。
     人は思い出す度、島に橋をかけて、宝箱を開けに行くのです。
     時折橋がどこにあるか忘れたり、島の位置を忘れたりして、記憶を思い出せなくなることはあります。
     私たちオーベムは、橋を消すことで、その記憶を脳から消し去るのです。
     しかし、宝箱そのものを消す力は、我々オーベムにもありません。
     消された記憶があっても、思い出そうとすれば、何かの切っ掛けで橋がかかり、思い出せることもあるのです。

     だから、というわけではありませんが、息子のことを易々と忘れてしまった彼女にも責任はあるのです。

     私の罪が消えるわけではありませんが。

     そういえば、久しく空を見ていなかった気がします。


    □×××××


     倒れた、と聞いた時、病院に飛んでいったのは私と息子だけでした。
     彼女はいつも通り、金を使うために使って遊び暮らしていました。
     息子は母親から目を背けて家を出ました。私がその彼に寄り添うようにして病院に向かうと、地下に案内されました。

     冷たい部屋に寝かされた息子の父親の顔には白い布が被せられていました。
     床から冷気が這い上がってくるのは、ここが地下だからという理由だけではないような気がしました。
     父親の顔を何気なく見ると、ちょうど目の辺りで白い布が落ち窪んでいて、私は見えない視線に射竦められたような気がしました。それは気のせいではなかったかもしれません。布の下、虚ろな眼窩、崩れ落ちた眼球で、彼が「俺の家族をこんなにした奴は誰だ」と、私を睨めつけている、そんな気がしました。それに耐えられなくて後ろを向いたら、次は背中に視線を感じるのです。背中に長い針を埋めていくような、そんな視線を感じるのです。諦めて遺体の方を向くと、それはさっきのような寒気のする威圧感を放つものではなく、両腕がうっ血したように赤紫色になった、痩せ細った男性の遺体になっていました。それが、まるで見慣れない男性の姿のように見えて、私は震撼しました。

     息子は布の隙間から僅かに見える父親と同じくらい白い顔になりながらも、医者の説明を、二本の足でしっかり立って聞いていました。
     過労だろう、と言われました。急に倒れて、そのまま死んでしまったそうです。
     息子は蒼白な顔で真っ白な布に覆われた父親の顔を見守っていました。その顔には、悲壮なぐらい強い決意のようなものが浮かんでいました。

     これは後になって偶然耳にしたことですが、男の脳みそは、特に海馬の部分が、干物みたいにからからになってひしゃげていたそうです。私が記憶をいじったから、そうなったのでしょうか。私が記憶をいじった人は、皆そうなるのでしょうか。

     病院を出ても、息子は泣きませんでした。
     家に帰っても、いつものようにブランド品に囲まれた母親をちらりと見ただけで、何も言いませんでした。何もしませんでした。
     いつものようにサラ金の取立てが来て、ドアを蹴っていきました。
     息子は何もない自室で、じっと正座をしていました。
     サラ金の連中に、殆ど取られてしまったのです。彼女が買った物も、昔貰った指輪も当然奪われ、息子の学用品までも持って行かれてしまいました。残っているのは私のモンスターボールぐらいでした。

     息子は泣きもせず、ただじっとしていました。

     私は母親の側にテレポートすると、彼女の頭に手をかざしました。
     本来なら眠っている相手にやるべきですが、今の状態の彼女なら、どうとでもなってしまうでしょう。

     私は彼女の頭の中に入ると、

     橋という橋を全部、

     壊しました。



     家の前に黄色い救急車が来て、男が数人がかりで彼女を押さえつけて連れて行きました。
     彼女の目は虚ろで、どこを見ているのかさっぱり分かりません。
     訳の分からない嬌声を上げては、何の前触れもなく体をくの字に折ってしきりに苦しがります。
     彼女の状態は、混沌そのものでした。
     生まれたばかりの赤ん坊が、世の中の秩序を何も知らぬまま、大人になったかのようでした。目に映る色のグラデーションやスペクトルの変化を物体の持つ記号として処理する術を知らぬまま、彼女は景色を見て、混沌の色の洪水に溺れるのです。記憶と共に言葉を奪われた彼女は、それを混沌だと言い表すこともできず、ただ喚くのです。
     連れて行け、と言って男のひとりが車のドアを閉めました。
     黄色い救急車は、黄色いランプを静かに回して発車しました。

     母親を見送った少年の元に、スーツを着た大人がやって来て、これからのことを話しました。
     彼は暫く、施設で過ごさねばならないそうです。
     その後、里親希望者がいれば、そこで暮らせるそうです。
     学校にも行けるそうです。学用品は施設で用意するそうです。

     大変だったね、と言ってスーツの人が少年を抱き締めました。
     彼は人形みたいに、泣きもせずに体を固くしてただつっ立っていました。
     目がビー玉みたいになっていました。


    □×××××


    「……どうしたの?」
     いつの間にか、ツバキが起きていました。
     私は何も言いません。何も言いたくないのです。
     そんな私の頭を、ツバキが身を起こして撫でてきます。

    「星が綺麗なんだ」
     そう言って、ツバキは空を見上げます。
     無邪気な目で、空を見上げるのです。


    □×××××


     私は一時的にモンスターボールに閉じ込められ、どこかの保管庫に入れられることになりました。
     この後、処分されるかもしれません。野生に返されるかもしれません。私にはどちらでも変わらないことでした。

     私はずっと考えていました。
     一体どこで間違えたのでしょうか。彼女の浮気に気付いた時。男性と結婚した時。それとも、はじめから何もかも間違っていたのでしょうか。
     間違えた場所から、順に記憶を書き換えたら、その過去のその地点からやり直すことが出来たでしょうか。
     彼女の記憶を巻き戻し、男性の記憶を正し、そうしていたら、こんなことにはならなかったでしょうか。
     夫より息子より、浮気と金が大切だった彼女は、やり直してもまた同じことをやるのではないでしょうか。
     私と出会わなければ、こんな過ちは起きなかったでしょうか。彼女は他のリグレーを捕まえて、同じ過ちを犯したでしょうか。

     もうどうにもならないのだ、と私は思いました。
     モンスターボールに閉じ込められ、私はもう少年に会うことは出来ないのです。

     彼の人生を滅茶苦茶にしてしまいました。
     どの過去からやり直しても、彼の人生は滅茶苦茶になるような気がします。
     私と彼女が出会ったことが間違いなら、彼が生まれたことも間違いなのでしょうか。だから生まれてからも母親に軽んじられたのでしょうか。
     私はそうは思いたくありません。

     彼を、生まれた時からずっと見てきました。利口で愛嬌のある少年です。顎が細くて臙脂色の髪で、見かけは不健康そうな感じだけれど、本当に元気で、やんちゃな少年なのです。彼が幸せになるところを見たかったのに。
     彼は私のせいで、家族を失ってしまって、けれどその家族はそもそもはじめから間違いで。


     どうすればよかったのでしょう。


     保管庫の扉が開きました。私の入ったモンスターボールが、迷いなく持ち上げられました。
     私はモンスターボール越しに私を持ち去った人物を見て、思わず声を上げました。

     臙脂色の髪、細い顎。
    「ツバキ!」
     少年は私の声などに耳を貸さず、町の外まで走り抜けたのです。
     そして、もう十分町から離れた所まで来ると、私をモンスターボールから出しました。保管庫にいて時間感覚がなくなっていましたが、夜になっていました。

     なぜでしょう。どうしてでしょうか。
     私は彼に酷いことをしたのに、なぜ、なぜ。

    「ラピメント」

     ツバキが呟きました。
     意味が分からず、私が止まっていると、彼は恥ずかしそうに笑ってこう言いました。

    「ラピメント。お前の新しい名前だよ。これから一緒にいよう。ずっと一緒に生きようよ」

     なぜ。

    「俺にはもう、お前しか家族がいないからさ」

     私は涙を堪えました。
     彼には言葉では尽くせないほど、取り返しの付かない、酷いことをしました。
     なのに、彼は家族だからと言って、私を手元に置いてくれるのです。私を見ていてくれるのです。私を、抱き締めてくれるのです。

     私は誓いました。ツバキのためなら何でもします。
     ツバキを守るため、幸せにするためなら、鬼にだってなりましょう。
     ツバキにとって私がたったひとりの家族であると同時に、ツバキは私にとって、家族であり、主人であり、守るべき唯一無二の存在なのです。


    「ラピメント、星が綺麗だ」


     ツバキ、私はあなたを守ります。必ず、この命に替えても。
     それが私に出来る、あなたへの罪滅ぼしなのです。

     刃のような二十三夜月が空に掛かっています。
     星はそれぞれに点のような光を放っています。
     まるで、橋を無くして手が届かなくなった浮島の宝箱のようだと、私は思いました。





    【書いてもいいのよ】
    【描いてもいいのよ】
    【何してもいいのよ】
    昔のが出てきたので投げてみた。


      [No.1544] なんと。 投稿者:スウ   投稿日:2011/07/08(Fri) 23:39:06     66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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    西条流月さん、はじめまして。
    骨にまでしみるくらい、感想、ありがたいです。
    これ書くためにクマシュンのことちょっと調べたら、波乗りなんかを覚えるようで驚いたりしてました。
    まさか秘伝要員に使えるとは気付かず、ゲーム中は通り過ぎて……けっこう損してたかもです。
    シロナさんは何をするにしても行動派な感じがしていたので、取りあえず色々と曲げて書いてみました。
    ナナミさんの方は意味もなく、もっとオリジナルからかけ離れていると思います。
    この二人はそもそもゲームの登場人物でもありますし、案外動かしやすいことに最近気付きました。
    それを踏まえて、この二人を主軸にあれこれ冒険するようなものを何とか模索してるのですが、どうも考えがまとまらず予定が先送りされている状況です。
    いつかお披露目したいとは考えているのですが。

    と、言ってるうちに、一行でも筆が進めばと怠けている他力本願な自分を叱咤して……
    それでは、ありがとうございました。


      [No.1252] フワライドが突き刺さっていた 投稿者:音色   投稿日:2011/05/30(Mon) 23:48:35     110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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     フワンテ事件はまだマジだった。大体私のゴーストホイホイ体質からしてこの流れでフワンテどもが寄ってこないと考えない方がおかしい。
     絡まることはなくなって、代わりにゴ―スを持ちかえったりお土産渡したりして風任せな関係を築いていれば害もない。
     ・・とか思ってたんだけどねー。

     ある日、自転車押してヨマワル連れてヌケニンおともにゴ―スinポケットで家に帰ってみれば。
     フワライドが突き刺さってました、物干し竿に。
     

     別にうちにある物干し竿はいたって普通の物干し竿で、好き好んでポケモンが突き刺さるような魅力的なフォルムはしてません。マジで。ただの竹竿だから。
     だのに紫風船は絡まり幽霊気球は突き刺さる。呪われてるのかこれは。清めの札を張るべきか、それともおニューの物に買い替えろという暗示か。
     私のゴーストホイホイ体質が絶好調なだけかもしれないが、全く持ってありがたくもなければ嬉しくもない。どうしろというんだ。
     とりあえず被害深刻なフワライド。あれですよ、下の方のいかにも穴があいてます、な空間からじゃなくて真横からどっすり刺さってます。貫通してないのは幸いなのかどうか。
     ヨマワルは卒倒しかけた。先に家に入ってなさい。ゴ―スはビビって縮こまっていた。ヌケニンは、無表情だった。
     なんというか、異常過ぎて逆にシュールだ。というか、どうやったらベランダに立てかけてある物干し竿にあそこまで深く刺されるんだろうか。謎だ、謎すぎる!
     とか謎を追っても仕方がないので、被害者(別に死んではないけども、いやその前にゴーストなんだけど)を救助しに向かう事にした。
     

     別に今日風が強いとかそんな日じゃなかったにもかかわらず、物干し竿ごと紫気球を取りこむ。誰か刺さるところもろに見た奴いる?いない?そう、いたとしても気絶するかなんかしてるかきっと。
     とりあえず抜いてみる。・・血とか出ないかな。いや、その前に突き刺さってるところから漏れてるの空気だけだから大丈夫か。(そうなのか?)
     せーの、ってあっさり抜けた。拍子抜けするくらい単純に。そのあとがヤバかった。
     派手な音が立てて残りの空気が全部抜けて部屋の中を気球がびゅんびゅん飛び回りながらしぼんでいく。
     お前はどこの漫画出身だぁぁあ!突っ込む気力も削がれるくらい見事にやらかしてくれました。あーぁ、他のゴーストポケモン共リアクション取れてないよ。唖然。何なの今日は。


     応急処置、でっかいバッテン印の絆創膏(もどき)で穴をふさぎます。なに?口が二個あるように見える?しょうがないだろ、こればっかりは。
     さて、問題はどうやって空気を入れよう。家にあるのは自転車用の空気入れだけなんだけどいくらなんでもあれじゃあねぇ・・。
     ヘリウムガス?そんなもん家にあるか。プロパンガス?おい、“ゆうばく”の威力を上げてどうするんだ、んなあぶないもん。ガスがつけば何でもいいと思うなよお前ら。
     ・・なにそれ、あぁ浮き輪とか膨らませる足で踏むタイプの空気入れか・・。うーん、それで何時間やれば大丈夫なんだろうね・・。あ、みんなそっぽ向いた。やりたくないのね。


     次の日、一日ほっといたら自動的に回復してました。要はあれか、穴さえふさげたら自分で膨らめるのか?ポケモンって不思議。
     もう刺さるな、とか言って送り出す。こればっかりはもうシュールすぎてやだ。


     後日、家の周りのあっちこっちの木々にフワライドが引っ掛かりまくっているのを発見した。

    「・・ブームかなんかなのか?」


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    余談  意味不明だけどごめんね。こんなお話ばっかりなの。


    【次なんだっけ】
    【何しても問題ナッシング】
     
     


      [No.949] 11番目は巳佑をくり出して来た!! 投稿者:巳佑   投稿日:2010/11/10(Wed) 12:28:22     83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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    ★前置き:「行け!! 巳佑!! 『だいばくはつ』だ!!」

    というわけで、
    皆様の勇姿に続いて私も、
    赤裸々(せきらら)に書いてみます!!(汗)

    とりあえず今までの小説歴は……。

    今まで書いたものは個人的に二種類に分けているのですが……。

    『Another story』
    これは、自分の好きになったアニメやゲームなどを
    パロディ(例えばこの作品のキャラクターで学園生活を書いてみよう的な)
    にしてみたりなどした物語で、
    今まで長いのから短いのまで六本ぐらい完結させました。

    『Original story』
    これは自分でキャラクターや世界観を考えて書いてみた物語で
    今まで長編(だと思う)一本と短編一本を完結させました。
    (長編の方は所要時間5、6年。
     それを書いている間に、あれもこれも書いてみたい!
     といった感じに別の物語をやってしまい、後回しにしてたのですが、
     大学合格を機に一気に完成させました。
     今年の三月中旬ぐらいです。)

    ちなみに(上記のとは別に)初めて物語を書くという体験をしたのは
    恐らく、小学校6年生の時の授業で、
    何か物語を書いてみようというものでした。
    ……たしか私が書いたのは当時の干支の辰(龍)が四季を旅して、
    次の干支の巳にバトンタッチするといった物語だったはず……です。
    記憶が間違えてなければ。(汗)

    そしてポケモンの物語ですが長編の方はまだ完結作はありません。(汗)
    一つはポケモン救助隊をベースにした物語。
    もう一つは連載版の方でお世話になっている狐日和です。
    (今は狐日和の方を進めています。)

    ちなみにAnother storyでは
    『ロス・タイム・ライフ』という物語(ドラマで放送されてました)を元にしたモノもあるのですが。
    (『ロス・タイム・ライフ』とはオムニバス形式の物語で、
     ある人が死ぬ時に何故かサッカーの審判団が現れるんです。
     そして、その審判団が持っている電光掲示板には制限時間が表示されていて、
     その時間は、その人が今までの人生の中で無駄にしてきた時間みたいで、
     その残された時間の中での、その人の最期の物語……だったはずです。
     間違えてたらごめんなさい。)
    それをポケモンの世界で
    『ロス・タイム・ライフ ポケモンレンジャー編』とやってみたのが
    初めて完結させた(別作品とのコラボですが)ポケモンの物語だと思います。

    ……それを投下してみても大丈夫でしょうか?
    とりあえず、投下してみますね。(汗)


    ちなみに、その物語を書いていたのは2009年の五月頃です。
    えへへ……私、馬鹿でして。(汗)
    『浪人生活二年目』の中、
    勉強の傍らでボチボチとノートに書き上げてました。(汗)


    (ここまでのことも含んで)49KBもあるので、
    少々、長いですが……。
    そして、ツッコミどころがたくさんあると思いますが……。
    それでは、どうぞ!!


    ―――――――――――――――――――――――――

    「最後まで諦めるな!!」
    その言葉はまさしくそうだと俺から見たら、そう思うぜ。
    だってよ最後までやってみなきゃ分からねぇだろ?
    それに動かなきゃ何も起こらないだろ?
    サッカーはボールを蹴らなきゃ始まらないし、
    一人一人のプレイヤーが動かなきゃ攻撃も守備も始まらないだろ?
    だから、オレも最後までこの戦いを諦めねぇ。

    ―――――――――――――――――――――――――

    「ふぅ〜。疲れた疲れた。今回もお疲れ様、ピカチュウ」
    「ピカッ」
    とあるポケモンレンジャー施設。
    ここは日頃、ポケモン関係の事件……。
    例えばトレーナーがポケモンを盗難されたり、
    ポケモンが災害にあったり、
    他にも色々……。
    そういった事件を解決する為に東西南北に奔走する組織の施設。
    ポケモンレンジャーと呼ばれる、
    まぁ、ポケモンを助ける奴等が集まる場所だという事だ、ここは。
    かくいうオレもポケモンレンジャーでまだ4年目のこれからっていうヤツだ。
    「ピカピカッ」
    俺の肩に乗っているのは俺の唯一のポケモンでパートナーのピカチュウ。
    オレが10歳の時、初めて出逢ったポケモンで、
    パートナー以上に親友だ。だから気持ちも伝わる。
    「メシ食いに行こうぜ。お前もハラが減っただろ?」
    「ピカッ」
    オレとピカチュウの絆は誰にも負けない自信がある。
    ピカチュウの笑った顔を見ると
    何故かそんな気持ちがオレの中に広がっていた。

    ――――――――――――――――――――――――――

    場所は変わってレンジャー施設の食堂。
    任務でヘトヘトに疲れきったポケモンレンジャー達の憩いの場でもあり、
    かっこうのサボり場……おっと、今のは聞かなかった事にしてくれ。
    食堂業界歴30年というベテランのおばちゃんから
    Bランチ定食と特製ポケモンフーズを受け取って、
    オレは適当な場所を見つけて座った。
    「はいよピカチュウ。お待たせさん」
    「ピカッ★」
    オレから特製ポケモンフーズを受け取ったピカチュウは早速、食べ始めた。
    むしゃむしゃ食う。
    ガツガツ食う。
    もうどうにも止まらないって感じ。
    あはは。相当、腹減ってたみたいだな。
    さ〜てオレもエコに貢献のMy箸(はし)を手にいざ食事……。
    「冷たっ!?」
    しかし、何か冷たい物を当てられて、
    オレは飯(めし)を食うのを妨害されたぁ!!
    「ハロ〜♪ 今回もお疲れ様、ゴウ♪ ピカチュウ♪♪」
    「やっぱりお前か……! ラン……!」
    「ピカッ♪」
    ピカチュウの頭を撫でた後、ランはオレの隣に断りもなく座って来た。
    彼女はラン。
    ショートカットの亜麻色の髪。
    背は小柄。
    だけど性格は大胆。
    見ての通り、相手に断りもなく隣に座ってくるのが証拠だ。
    ランともポケモンレンジャーなのだがオレみたいにロードワークではなく、
    主に情報などを取り扱うデスクワークの仕事を担当としている。
    後、ロードワークのポケモンレンジャーのサポート役としても活躍していて。
    ちなみにオレはランのサポートを受けている。
    ……まぁ、つまりオレとランは相棒だという事だ。
    「それよりも……んぐぐ……ゴウ……モグモグ……んぐ……」
    口の中にモノを入れながらピーチク、パーチクしゃべってはいけません。
    「何だよ」
    「んぐ……ふう〜。あっそうそう。今度の休日ってゴウの予定、空いてる?」
    ポケモンレンジャーにも戦いの間、束の間(つかのま)の休みがある。
    まぁ、万が一の大事件が起こった場合は返上になっちまうけど。
    「まぁ……一応、空いているけど……」
    おあいにくさま、オレには彼女がいないし。
    休日の大体を暇人野郎として過ごしている。
    ……ごめん。
    する事が他にないだけで、
    本当の事を言うとピカチュウとトレーニングをしたりしている。
    「じゃあさ、今度の買い物に付き合ってよ〜! バーゲンで欲しい服があってさ」
    「オレはお前の戦闘兵かっつうの!」
    「どうせ暇なんでしょ?」
    「……はい、そうです」
    否定出来ません。
    メチャクチャ悔しいったらありゃしねぇ。
    ランの目が笑っていて笑っていない。
    「じゃあ、ヨロシクね★」
    結局、表現出来ない、ランの殺気に屈してしまったオレであった。

    ―――――――――――――――――――――――――――

    小さな頃。
    「夢は何ですか?」とよく聞かれた事が誰にもあると思う。
    オレも大人に訊かれて、ものスゴク迷った。
    夢ってなんだ?
    夢って何をするものなんだ??
    そんな悩みがあった、お年頃の昔のオレはある日の事、
    (実は)幼なじみだったランのおつかいに付き合わされていた。
    そして、その店先で。
    「全員、動くじゃねぇ!!」
    マスクを被った黒ずくめの男達。
    その手には銃を持っていた。
    The 強盗事件。
    逆らえば殺される――。
    その時、その場にいた人達はそう思っただろう、
    言われたとおりに皆、一歩も、眉一本も動かさなかった。
    泣く子も黙るという言葉を体現しているかのように
    オレもランもその場で止まっていた。
    その15分ぐらいの頃だった。
    「おわっ!?」
    「きゃっ!?」
    いきなり後ろから抱き抱えられて店の外へ。
    そして、そのまま車の中へ。
    そこにはあのマスク野郎達。
    そして頭に突きつけられたのは銃口。
    「動いたら、頭、アイちゃうから気をつけなよ? おチビちゃん?」
    泣く子も黙る恐怖がガキなりにもオレの中で伝わった。
    いわゆる人質というやつだと気付くのに時間はかからなかった。
    このまま死んでしまうのか、オレ。
    まだ今日のアニメも見ていないのに――。
    ランもきっと絶望を感じていただろう、泣きそうな顔をしていた。
    なんだよ、神様。
    オレとランはおつかいに来ただけなのに!
    ランなんか、明日、誕生日なのに!!
    そんな行き場のない怒りと悔しさが溢れていた。
    『犯人に告ぐぞ〜!! 
     今スグ、馬鹿な鬼の真似はやめて、素直に降伏しろぉ〜!!』
    そんな時だった。
    一人の男の声が電波に乗って聞こえて来た。
    「オイッ、やべぇぞ!! 
     男一人がドードリオに乗って追いかけて来てるゾ!!」
    仲間の一人が慌てたような口調で指を指していた。
    『ったく……しょうがねぇな。
     五秒やるから降伏しろよなぁー!!』
    「五秒って短くねぇかぁ!?」
    ……確かに。
    この時ばかりはオレも心の中で、そうツッコンでしまっていた。
    『5・4・3・2・1・0。
     はい、時間切れ〜!!
     これから強制施行に入るから、そのつもりでな!』 
    そう、言葉が届き終わったや否や、急に場の空気が止まった感覚が体に走る。
    「おい! どうした!?」
    「く、車が動かなくなっちまったぁ!!」
    時が止まった感じがしたのはソレが原因だった。
    走っていた車は何故だか、何時の間に止まっていた。
    オレだけではなくランも目を丸くしていた。
    「クソ……!! こうなったら……!! おい、テメェら!!!」
    車を止められて黒ずくめのマスク野郎達が逃げる術(すべ)をなくしたかと
    オレは思っていたんだが……まだ実はあった事を数十秒後、知る事になる。
    「おい!! 動くんじゃねぇぞ! 
     じゃなきゃ、このガキ達の命はねぇぜ!?」
    唯一の方法。
    それは人質。
    オレとランを抱き抱えながら車から出た4人の黒ずくめ野郎達。
    もちろん、オレとランの頭には銃口が当てられていた。
    当然、セーフティーは外されている。
    引き金が引かれたら、その先は地獄だ。
    地……獄……なのに……。
    「ったく。子供を人質にするなんてよ……
     お前等、卑劣の中の卑劣だよな〜」
    この人、全く犯人の言う事、聞いてませんよ!?
    馬耳東風ですよ!!??
    ドードリオで追いついた謎の男は静かにこちらへと歩み寄って来た。
    「お、おいヒトのハナシを聞いてんのカ!? 本当に撃つゾ!?」
    「お前等の言う事を聞く事自体なぁ……嫌なんだよ、コッチはな」
    逆撫で(さかなで)するような言葉で
    黒ずくめのマスク野郎達から
    プチッと何かが切れる音が聞こえて来た。
    ……まさか、理性がブッ飛んだってヤツじゃねぇ……よな……?
    「だ……ダマれ! ダマれ!!
     本当にこのガキ達の頭を穴アキにするゾ!!??」
    ……マジでマジ切れする5秒前?
    「撃てるもんなら撃ってみろよ」
    衝撃の一言。
    「腰抜けなお前等に出来るならな」
    プチッ
    トドメの一言。
    ……って、え?
    「言ったナ!! 言いやがったナ!!!!
     こんなガキ達、すぐさま、あの世にいかしてやるヨォ!!!!!」
    死を覚悟……という前に、
    恐怖で何も考えられなかった。
    思わず目をつむった。
    ………………。
    …………。
    ……。
    アレッ?
    「な、なんで撃てねェンダ!?」
    「セーフティーも外しているハズだゼェ!!?? って、うわァ!?」
    「は〜い、ちょっと失礼するよ」
    おそるおそるオレは目を開けてみた。
    すると視界には例のおじさんが現れて来た。
    「ちょっとじっとしててくれよ。スグに終わるからさ」
    オレ達を安心させるかのように、おじさんは笑ってそう言うと、きびすを返した。
    「お前等がなんで撃てなかったのか、教えてやるよ。サーナイト!」
    おじさんが誰もいない方に叫んだかと思うと、急に光が現れて、そこからサーナイトが現れた。
    まるで天使が舞い下りたかのようであった。
    「サイコキネシス。ヨロシク!」
    おじさんがそう一言、言った。
    刹那――。
    「ぐわぁっ!!」「動かネェ!?」「どわぁっ!?」「ギャアッ!?」
    四方向から悲鳴があがった。
    「いいか。まず一つにサーナイトをあらかじめ出しておき」
    おじさんは黒ずくめのマスク野郎達に近づきながら、何処(どこ)からかロープを出した。
    「お前等に気付かれないように隠れて」
    一人目。
    「お前等に気付かれないようにサイコキネシスを」
    二人目。
    「お前等の銃の引き金にかけておいて撃てなくしといたんだ」
    三人目。
    「引き金が引かれなきゃ、銃は撃てねぇもんだからな」
    四人目。
    「サーナイト、ご苦労様。ありがとな」
    手慣れた手つきで黒ずくめのマスク野郎達をロープでぐるぐる巻きにしたおじさんが
    サーナイトとハイタッチを交わすと、サーナイトと一緒にオレ達の方へと歩み寄った。
    「すまなかったな。敵を騙すにはまず味方から、とは言うが、怖がらせちまって」
    おじさんが静かに微笑むと今まで怖かったモノがせりあがって来ていたのか、ランは泣き出してしまった。
    サーナイトが優しく、ランを抱き締めてくれた。
    大丈夫だよ。
    もう恐いモノなんかないよ。
    と慰めてくれているかのようだった。
    「だが、まぁ、もう大丈夫だ。ジュンサーさんも来てくれたようだしな」
    気が付けばパトカーが辺りを囲んでいて、
    黒ずくめのマスク野郎達はその場で現行犯逮捕、御用となった。
    「よく頑張ったな、お前達。カッコ良かったぞ!」
    おじさんが勇ましく白い歯を見せて笑ってくれた。
    その時、俺の中で何かが吹っきれた。
    そして心の中で何かが産まれた。
    まだ、オレが幼かった頃、ポケモンレンジャーに命を助けてもらった時の事だった。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    ……とまぁ、こんな事件を通じて、
    オレは人やポケモンなどを助ける仕事がしたいという夢を持って、
    今、現在に至るという事だ。
    ランも同じだった
    「よぉ〜。相変わらず仲つむまじき夫婦だなぁ、お二人さん」
    そう言いながら、オレの隣に座ったのは中年のおじさん。
    昔の事を考えていたオレにとっては少し不意打ち気味で少しビックリしたけど。
    「アハハ! 隊長ったら、そんなワケないですよ!!」
    大笑いをして隊長の冗談をツッコむラン。
    ……なんだろう。
    冗談の話題なのに涙が出そうになるんだけど。
    気のせいという事にしておこう。
    「全くビックリさせないで下さいよ、隊長」
    「まぁ、そう言うなよ。ちょっとしたオチャメ・ジョークじゃねぇか」
    ……どの年がそう言う!?
    と、オレが心の中でツッコミを入れた相手の隊長とはその名の通りで、
    ここのポケモンレンジャー施設のリーダー的存在の一人である。
    そして、ここだけの話……。
    「それに飯は一緒に食った方が楽しいだろ?」
    この隊長こそ、
    この人こそが、
    昔、オレとランを強盗犯から助けてくれた張本人である。
    本名はダイチ・サトウ。
    40歳一歩手前、妻子持ちである。
    「それにしても、昔と比べて任務をこなすのがサマになって来たよな。お前等」
    「い、いきなりどうしたんですか、隊長」
    会話の急展開というのも隊長の特徴の一つである。
    「昔は任務が終わらなくて、飯が食えないよ〜って泣いていたよな〜」
    「そうなんですよ〜。ゴウが本当に要領が悪くて悪くて」
    ……ぐっ、確かに昔はよく失敗しては昼飯を食いそこねて、
    結局、相棒であるランも連帯責任というヤツで昼飯にありつけず、
    最終的に最終責任という事で決して多くない給料で
    よくオレがランにおごっているというのがお決まりのパターンであった。
    「……言い返す権力は滅相(めっそう)もございません」
    「ハハハッ。素直が一番いいってな♪」
    ……あまりの恥ずかしさで体が燃えちゃいそうだぜ……!!
    そんな赤面あり、イジりありの昼飯が続く……。
    『各、ポケモンレンジャーに伝えます!
     各ポケモンレンジャーに伝えます!!』
    刹那――。
    その放送案内の声と共に少なくとも食堂にいた人達全員に緊張が走ったと思う。
    ……今のこの放送案内は間違いなく、緊急の時の放送音だったからな。
    オレも生つばをゴクリッと喉(のど)で飲みこんでいた。
    『ディレエン地方のバルバの森で大規模な大火事が発生!!
     至急、各ポケモンレンジャー達は現地に赴いて指示に従ってください!!!』
    告げられた言葉が終わるか終わらないかの所でピカチュウがオレの肩に乗って来た。
    そのヤル気に満ちた目にオレも熱いモノを心に感じて来る。
    「行くぞ! ゴウ!! ラン!!」
    「ウィッス!」
    「はい!!」
    ポケモンレンジャー総動員の戦いが始まった。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    ポケモンレンジャー施設から急いで出発して約10分。
    オレや隊長を含むポケモンレンジャー達はディレエン地方のバルバの森に着いた。
    バルバの森は山のような起伏があり、そして、そこには今……。
    「……スッゲー燃えさかってるじゃねぇか……!!」
    「……ピカッ」
    大きな炎に包まれているバルバの森があった。
    ……さしずめ炎の森という感じが第一印象だ。
    消防団も駆けつけており、なんとか消火に努めているが、
    予想以上のボヤに手を焼いているようだった。
    「よ〜し、全員そろってるな! 時間ねぇから手短に説明すっぞ!!」
    隊長が大声で説明し始める。
    「今回、俺達のやるべき事は、
     恐らくバルバの森に取り残されたと思われるポケモン達や人の救助!!
     それと……」
    隊長が険しい顔をして続ける。
    「……目撃者の証言などから、
     今回、このボヤ騒ぎを起こした張本人がバルバの森にいるかもしれない事が判明した」
    全員の心に緊張が走った。
    天候とかではなく、この大火事を起こした、
    いわば犯罪者がいるという事に衝撃が走ったと思われる。
    ……オレもピカチュウも同じ心境だ。
    「今回は救助と共に、そのホシの追跡、出来れば現行犯逮捕を頼む。
     ホシの特徴は身長170センチメートル前後、茶髪に、黒サングラス、黒のコートに青のジーンズ。
     そして……鼻ピアスをしているという事だ」
    犯人の特徴も言い終わり、
    後は出発するだけの時、隊長は咳ばらいを一つ。
    「行く前に一つ、お前等に言っとくぞ」
    これは大きな任務に行く前に隊長がやる恒例の儀式、喝入れみたいなもんだ。
    「いいか、炎を甘く見るな! 煙をあまり吸うな!
     ……これだけの大火事だ。何が起こるか分からねぇ、いいか?
     絶対に無茶をしない事、そして絶対に死ぬな! 分かったな!?」
    いつも隊長がくれる言葉は裏表がない一直線な力があって、
    不思議と勇気が湧いて(わいて)来る。
    ……よし。
    心も体も準備万たんだぜ!!
    「よし! それじゃあ……」
    その一声で皆、身構え、
    「全員、出動!!」
    任務開始の声と共に走り出した。
    「ピカチュウ、行くぜ!!」
    「ピカッ!!」
    オレとピカチュウも燃えさかるバルバの森へと走り出した。
    絶対に助ける!! 
    その気持ちを心にしっかりと刻み込みながら。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――

    一人一人、別行動となった救助活動。
    「スッゲー熱いな! 大丈夫か!? ピカチュウ!?」
    「ピカ!!」
    「よし、このまま突っ切るぜ!!」
    バルバの森に入った瞬間、そこはもう別次元の世界だった。
    炎があっちこっちで燃えさかっているし、温度だって桁違いに暑くなっている。
    けど、だからこそ長居は無用だし、立ち止まっている暇はない。
    早く取り残されたポケモン達を助けなきゃな!
    『ゴウ、聞こえる? ゴウ、聞こえる?』
    走っている途中、耳につけた通信機から声が聞こえ始めた。
    間違いなくランの声だ。
    「ああ、ランか。大丈夫だ。よ〜く聞こえてるよ」
    『マイクテスト中、マイクテスト中』
    「聞こえているって言ってるだろうが!」
    ……ったく、こんな時にでも冗談を出すとは。
    『ごめんごめん。まぁ、これで緊張も取れたでしょう?』
    ……まぁ。ランらしいと言えばランらしいかな。
    ……良く言えばの話だが。
    「まぁ、とりあえず今のところ無事だぜ」
    『その声を聞けて安心したわ。
     適宜、連絡するから、ゴウの方も何かあったら、スグに連絡しなさいよね!!』
    今回の火事の規模を聞かされて、心配しているかもしれないな。
    だからオレは安心させる一言を言ってやった。
    「……帰ったら、買い物、付き合ってやるから、サポート頼むぜ!」
    そう一言、言うと、通信を一回切った。
    「……ピカッ」
    ピカチュウがなんか照れているようにこっちを見ている。
    ……そんなクサイセリフだったかな……。
    ……ってなんだか緊張が解けたのはいいが解けすぎて、
    これじゃあ……緊張感がなさすぎだ!
    ……って隊長に怒られそうだな。
    「……き、気を取り直して行くぞ!!」
    一言、気合いを自分にピカチュウに入れ、走るスピードをあげていった。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

    バルバの森に入って約20分経過頃。
    「……だいぶ奥地に入ったな……」
    燃えさかる炎は更に勢いを増し、辺りはその名の通り、炎の海となっていた。
    オレとピカチュウは走る足を一旦止め、辺りを確認するように歩く。
    「……ここには逃げ遅れたポケモンとかいなそうだな」
    オレは一息、安堵(あんど)の息をつく。
    ここにはいないという事は、
    ここにいるポケモンの殆ど(ほとんど)が避難する事が出来た可能性があるしな。
    それに地面にはポケモンらしき足跡が所々に森の外に向かって残っていた。
    「……ピカッ!」
    さて、次に行こうかと思った、そんな折だった。
    ピカチュウが何かに気付いたような声を上げた。
    「どうした、ピカチュウ?」
    「ピカ、ピカチュッ!」
    ピカチュウが必死で指を指している方向を見てみると。
    ……可愛らしい容姿に、頭の上には左右に花。そしてスカートのように伸びる葉。
    …………あれって、キレイハナか?
    「……って、大変じゃねぇか!! 行くぜピカチュウ!!」
    「ピカッ!!」
    オレとピカチュウは一緒に走り始めた。
    キレイハナは周りが炎の海の状況に、もしかしたら仲間とはぐれてしまったかもしれない。
    すごい困った顔を浮かべていた。
    ……キレイハナは草タイプのポケモンだ。炎には弱い。
    それもキレイハナの足を止めさせている理由の一つかもしれない。
    とにもかくにも早くキレイハナを助けなきゃ……!!
    「……ピカッ!!」
    「……あっ!!」
    後10メートルぐらいのところで、
    なんと燃えさかっていた一本の木が支えをなくしてしまったらしく、倒れて来た。
    ……しかもキレイハナに向かって!
    「間に合えぇ!!!」
    「ピカッ!!!」
    とっさにオレとピカチュウは同時に
    ヘッドスライディングの用法でキレイハナに向かって飛び込んでいった!
    トンッ……!
    わずかの差でオレとピカチュウの手はキレイハナの体を強めに押した。
    軽い音と共にキレイハナの体は後ろへと飛び、キレイハナはなんとか無事。
    問題はオレとピカチュウだが、
    なんとか倒れこむ木を避ける事が出来て……。
    「なっ……!?」
    「ピカッ!?」
    倒れこむ一本の木をなんとかキレイハナを助けながらすり抜けたと思ったんだが……。
    いつのまにか、
    もう一本の燃えさかる木がオレとピカチュウの方へと倒れこんで来た!
    すり抜けた先に、
    もう一本、木が倒れこんでくるなんて……!!
    「うわぁぁぁ!!!」
    「ピカァァァ!!!」
    耳をふさぎたくなるほどの悲鳴を残してオレとピカチュウは……。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    ……死んじまったのか? オレは。
    暗い意識の中でオレはそう心の中で呟いていた。
    まだ、助けていないポケモンとかいるのに……!
    ……ランとの約束もまだ交わせていないのに……!!
    ……ピカチュウは無事だろうか……?
    『ピィ――――!!』
    様々な悔しさや悲しさやらで頭がごちゃごちゃになっていた、その時だった。
    甲高く鋭い笛の音が響き渡った。
    ……って笛の音?
    しかも、何処かで聞いた事があるような……ないような……。
    ……ていうか、オレ、生きているのか?
    そんな、いちるの想いを胸に秘めながらオレは目を開けて……。
    「……誰?」
    そこにいたのは何処から現れたのか!?
    ……の謎の男4人組が2組。
    「……なんで、サッカーの審判団?」
    ……その容姿はまさしくサッカーの主審らしき人と副審らしき人に時間係(?)の人。
    そして時間係が持っていた電光掲示板には
    『2:35』
    と示されており、もう一人の時間係が持っていた電光掲示板にも
    『2:35』
    と示されていた。
    「……ピカッ?」
    「お、ピカチュウ、大丈夫……」
    最後の「か?」という声はオレの喉から出る事はなかった。
    オレは夢でも見ているのか?
    そう思うのも無理はなかった。
    ……だって、オレとピカチュウにめがけて倒れて来たハズの大木が
    空中で止まっていたから!!
    ……これってなんだ?
    周りの様子を見ても、この倒れて来た大木が
    どこかにつっかかった様子もなく、
    文字通り、
    大木は空中で止まっていた。
    オレは物理とかよく分からないからアレだけど……。
    これ、重力とか運動の方向とか無視してんだろ!!……というぐらいは分かった。
    いったい……ぜんたい……どうなってん……
    『ピッ!!』
    不可解な状況に軽くパニックを起こしそうになった矢先に
    オレの耳に響いた笛の音。
    「あっ」
    そういえば、こいつらの事、忘れてた。
    謎のサッカー審判団。
    『ピッピピッ!!』
    笛の音に導かれるようにオレとピカチュウは立ち上がった。
    「アンタたちは一体、何者なんだ?」
    とりあえず最初の一言はこうでなきゃな。
    『ピ……! ピピ!!』
    ……けれど返って来たのは笛の音のみ。
    一瞬、ふざけてるのか!? とツッコミを入れようとした寸前で、
    オレはハッと何かを思いつき、何とかツッコミの言葉を止めた。
    「……もしかして、しゃべる事が出来ねぇとか……?」
    『ピッ』
    首を縦に振る謎のサッカー審判団。
    なる程な。……どうりで最初の質問の時に審判団達の顔が曇ったと思ったぜ。
    今日のオレ、もしかしたら、いつにもまして冴えてるかも?
    『ピッピ!! ピッ!』
    「ん?」
    さて、どうやってこの審判団から正体やら何やら掴もう(つかもう)かと考えていたら、
    再び、笛の音が鳴り響いた。
    「ピカッ」
    「ピカチュウ」
    そして同時にピカチュウが俺の肩に乗って来た。
    『ピッ!!』
    四度目の笛の音が鳴ったと思いきや、
    審判団が何やら意味深のダンスを始めやがった!
    手を動かしたり、指をオレ達の方に指したり……って、
    これって、もしかして……。
    「ジェスチャーかっ!?」
    審判団から首を縦に振るという肯定の答えをもらった。
    「よし、分かった。とりあえず、それで説明ヨロシク!!」
    本当は……早くミッションの方に戻りたかったのだが、
    今はこの状況を理解するのが先決だ。
    ……そう、オレの体が語っているように思えたからだ。
    『ピッ!!』
    任された! と言わんばかりに審判団の笛が響く。
    よし! こいっ。ジェスチャーは実は自信があったりするぜ。
    というのも、ピカチュウが何かを伝えようする時は
    よくジェスチャーや色々な百面相をしてくれる時があり、
    それ当てっこしたりして、遊んでいる時もあるという、
    カッコ良く言うと裏付けされた経験による自信という事だ。

    指をまずオレとピカチュウの方に向ける謎のサッカー審判団。
    ふむふむ、オレとピカチュウが。

    謎のサッカー審判団の指は続いて空中で止まっている大木の方へ。
    え〜と、その大木が……じゃなくて「に」かな?

    そして大木に向けられた指は胸の方にバッテンを示して、
    そして一本の人指し指は

    ……空へ……?

    …………。

    ……そして、もしかしてバッテンの印は。

    ………………停止?

    ……そして、そして、もしかして一本の人差し指が向けられている空は。

    ……………………………………………………天国?

    ………………これって、もしかして、オレとピカチュウは。

    ……………………………………………………………………………………。

    …………死んだ、のか?

    ……信じられねぇ……嘘だろ……?

    ピカチュウもオレと同じ答えにたどり着いたのだろう、瞳がこわばっていた。
    信じられねぇ……まじで、信じられねぇよ……。
    でも……。
    「つまり……」
    言い出せずにはいられなかった。
    「オレとピカチュウは、あの大木によって死んだけど、
     アンタ達のおかげで、今、生きている……」
    例の電光掲示板の方に目のやり場を移す。
    「ただし、時間制限あり」

    『2:25』

    「時間になったら、オレとピカチュウは本当に死ぬ……てコトか?」

    言い終えた。
    ……心臓の高鳴りが夢じゃない事を伝えている。
    『ピッ』
    審判団の首は縦に振られた。
    それは、すなわち殉職(じゅんしょく)を意味し、
    そして、
    オレとピカチュウの死が真実だという揺るぎない答えだった。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    『ゴウ、聞こえる!? ゴウ、応答して!!』

    「あぁ、充分、聞こえてんぞ、ラン」

    『……やっと出た。
     ちょっと、ゴウ!! アンタ、大丈夫!?
     何かあった!? ケガとかしてんじゃないでしょうね!!』

    「……あぁ、なんとかな。どうかしたのか?」

    『どうかしたか、じゃないわよ!!
     さっき、通信しようとしたけど、つながんなかったのよ!』

    「多分、電波が悪かったんだろ。それより、なんかあったのか?」

    『あぁ! そうよ。その事で通信したのよ』

    「何が起こったんだ?」

    『えぇ、さっき、他のレンジャーが今回の山火事の犯人と接触したらしいのよ』

    「まじか!?」

    『マジよ。それでその接触の際にGPSを犯人に付けたの。 
     それで、その犯人の位置が今一番、ゴウに近いの!」

    「なる程な……。オレがそのホシを追う役になったっていうわけだな」

    『……ゴウにしては珍しく冴えているじゃないの』

    「珍しいっていうな! 流石って言えよ!!」

    『まぁ、それぐらいの元気があるって事は無事ってことよね。安心したわ』

    「……ハメやがったな」

    『ま、ともかく、誘導していくから指示をよく聞いてよね!』

    「あぁ、分かった! …………んで、あのさ、ラン」

    『何よ?』

    「…………」

    『……ちょっと、ゴウ?』

    「ヘマするなよ!」

    『……アンタにだけは言われたくはないわ!!
     確認があるから、一回切るけど、スグにまた連絡入れるからね!!』

    ……ここで一旦、通信が切れた。
    オレはピカチュウと一緒に燃えさかる山の中を走っていた。
    近くには謎の審判団もいる。
    ……正直、自分が死ぬなんて信じられなくて、
    受け入れろ、といっても、
    言葉では簡単でも、実際には難しい。
    だけど、これは幻でもなければ、夢でもねぇ。
    おまけに生きていられる時間は残り………………。
    『1:30』
    2時間を切っていた。
    だったらオレは今を最後まで走り切る。
    最後の0時間0分0秒になるまで、この任務を務めてやる!!
    それが、オレが出来る唯一の事だと思ったからだ。
    ピカチュウも同じ気持ちで、一緒にこうやって最期の根性を見せていた。
    ランから連絡があったのはキレイハナを救出し、安全な所へと逃がして、
    再び、燃えさかる山の中、バルバの森の中を走り駆けめぐっていた時の事だった。
    ……オレが死んだって事、ランは知らないんだよな……。
    ………………。
    けど、いまはソレで任務に支障をきたしたらマズイし、
    オレとピカチュウは、もう、残り時間が少ない。
    犯人を捕まえる為の時間は限られているんだ。
    今、オレとピカチュウにしか出来ない事を最期に成し遂げたい。

    オレの為にも。
    人の為にも。
    ポケモンの為にも。
    ピカチュウの為にも。

    ……ランの為にも。

    負けるわけにはいかねぇんだ。

    「もしもし、ランか?」
    プルルと無機質な機械音が響く通信機を手に取る。
    『準備は整ったわ。それじゃ……行くわよ?』
    「合点、しょうちのすけのラジャー!!」
    「ピカチュッ!!」
    ランの誘導と共にオレとピカチュウは走り始めた。

    諦めねぇ!

    その言葉と共に。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    「大丈夫か? ピカチュウ?」
    「ピ……ピカ……」
    「無理するなって。ホラ、酸素を吸っとけ」
    ランの誘導でバルバの森の更に奥地まで来たオレとピカチュウは小休止をとっていた。
    奥地の燃えさかり度は入り口のと比べて、ハンパじゃなく、
    もう、そこは一面、火の海と言っても過言ではなかった。
    火の海の中では酸素がいちじるしく濃度が低くなっていく。
    それを示すかのようにピカチュウが苦しそうな顔を見せていたが、
    小型の酸素ボンベで新鮮な酸素を送ると、少しだけだが、顔色が良くなった。
    ……後ろの方では例の審判団がオレ達の事を見守っていた。
    ……苦しくねぇのかな?
    ……肩で息をしているけど。
    ……走り疲れしただけっていうような感じだし。
    ……ますます、謎の奴(やつ)達だな。
    かっこうも何故かサッカーの審判団だし。
    『0:45』
    オレとピカチュウの残りの命とも言える、
    2つの制限時間をチラリと見た。
    ……残り45分か。
    まさしく、サッカーの後半戦ってトコだな。
    ……って問題はソコじゃなくて。
    ……残り45分。
    なんとか体がもってくれればいいんだけど、と心配しているのは
    実は酸素ボンベが今のピカチュウに使っている分で最後だったのだ。
    ……オレは約1時間前に使って、それっきりであった。
    ……って弱音を吐いている場合じゃねぇよな。
    最後まで諦めねぇ!
    ……そう決めたんだからな。
    「ピカ……」
    「もう、大丈夫みたいだな。行けるか? ピカチュウ」
    「ピカ! ……ピカ」
    一回ヤル気満々の顔を見せてくれたピカチュウだが、
    その次は申し訳なそうな顔を見せていた。
    「……もしかして、最後の酸素ボンベを使って、ごめん……とか?」
    「ピカッ」
    こくりとうなずくピカチュウ。
    いつもは明るいヤツなんだが、責任感の強いところもあるからな、ピカチュウは。
    「水くさい事、言うなよ。仲間は支えあうもんだろ?
     オレ達、親友だろ? オレの事、信じてくれよ。
     オレもピカチュウを信じてるんだからさ」
    「……ピカ!」
    オレの言葉はピカチュウの心に届いたようで、ピカチュウは笑顔で答えた。
    そうさ、オレとピカチュウは小さい頃から一緒に笑ったり泣いたりして来たんだ。
    親友なんだ。
    ……だからピカチュウが困っている時は助けてやりたい。
    力になってやりたい。
    『ゴウ、ピカチュウ! 大丈夫?
     もうすぐ、犯人と接触するわ!
     ……犯人はナイフを持っているみたいだから、気を付けてよね!!』
    「あぁ、分かった! ……それじゃ、行くか、ピカチュウ!!」
    「ピカッ!!」
    オレとピカチュウは再び走り始めた。
    ……心配しなくても大丈夫だぜ、ラン。
    オレとピカチュウの絆は誰よりも強いんだから。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    「……いた! アイツか!!」
    「ピカッ!!」
    再び、ランの誘導を頼りに走り続ける事、約5分。
    中年おじさんの雰囲気を漂わせる背中が一つ見えた。
    「おいっ!! 待て、てめぇ!!」
    叫び声、むなしく響いただけで、男の足を止める力とはならなかった。
    にゃろう……聞こえてるハズだよな……!?
    だが、ここでキレたら三流だ。
    ……という隊長の受け入りを心に唱えて、
    オレは周りを見渡した。
    燃えさかる炎に包まれている木々、といった風景が続く。
    ……少しずつ犯人との差は詰めていっているが、このままじゃキリがねぇ。
    逃げ道さえ、塞げば(ふさげば)、一気に追い詰める事が……。
    そこまで思ったオレの頭に一寸の電光が走った。
    しめた! 木々をうまく使えばいいじゃねぇか!
    「ピカチュウ! アイツがいる所から5本先の木に10万ボルトを打てるか!?」
    「ピカッ!?」
    「木を倒してアイツの逃げ道を塞いでいくんだ!!」
    「ピカ!!」
    一瞬、オレの突拍子もない意見に驚くピカチュウだったが、
    オレの意図が分かると、
    任せて! と言わんばかりの顔をした。
    ソレを見たオレはこれ以上は何も言わなかった。
    それだけピカチュウの事を信じていたからだ。
    「ピーカ……」
    ピカチュウの赤いほっぺた――電気袋からほとばしる電撃。
    「チュッ!!」
    ピカチュウのタイミングで放たれた電光は真っすぐに伸びてゆき――。
    ドカッ!! と見事、矢で射抜いたように雷は犯人から5本先の木に命中。
    「うわっ!!」
    そのまま木は支えをなくして転倒した。
    轟音(ごうおん)が響き渡って、犯人がビクついて、一回、立ち止まった。
    「待ちやがれっつってんだろ!!」
    「ピカッ!!」
    「ヒぃっ!! く、来るなぁぁ!!」
    オレとピカチュウが声を荒げると、犯人は明らかに驚き、ビビりまくっていた。
    しかし、その恐怖は犯人の防衛本能、
    捕まりたくない! という気持ちを促進させてしまったらしく、
    犯人はすぐに他の道を見つけると再び逃走を図った。
    「くそっ! まだ逃げる気か!!」
    思いっきり舌打ちをしたオレであったが、
    ピカチュウが足止めしてくれた時間の差は、
    結構、オレ達と犯人の間を詰める事が出来た結果となった。
    つまり、歯を喰いしばって、もう一段階スピードをアップさせれば……。
    「ま・ち・や・が……」
    手を伸ばして犯人の肩を掴む、3秒前……。
    「ク……クるなァッ!!」
    1秒前に見たのは赤い液体が横一閃に飛び散る様。
    「痛っ!!」
    犯人が捕まる寸前にナイフをオレに切りつけてきたというのは
    鋭い光を見て、スグに分かった。
    そういえば、犯人はナイフを持ってるってランが言ってたな……。
    犯人が持っているナイフは刃渡り30センチメートルのサバイバルナイフ。
    見た限り、切れ味の良さそうな鋭利な光を帯びているエモノだ。
    「ピカッ!!」
    「あぁ、大丈夫だ、ピカチュウ。それよりも……」
    心配そうな顔で駆け寄ってくるピカチュウにオレは安心させるかのように笑顔を見せる。
    まぁ、実際に切りつけられた右腕からは血が少し流れ出ているが、深い傷ではない。
    ……少し、痛いけどな、やっぱり。
    まぁ、今、大事な問題は、こっちじゃなくて……。
    「テメェが、今回の放火魔って事で……いいよな?」
    オレは睨み(にらみ)付けて、犯人に問いかけた。
    中肉中背の風貌(ふうぼう)、
    印象的な無精ヒゲ、
    そして鼻ピアス。
    犯人はもう逃げても無駄だと分かったのか、
    立ち止まって、オレとピカチュウの方に面(つら)を向かわせているが、
    代わりに、例のサバイバルナイフを両手で持って構えていた。
    「ア……アンタ、何モンだ!!?」
    「オレ? オレはポケモンレンジャーをやっているモンだけど?」
    オレが一歩、前へと進むと犯人の手の震えが大きくなっていく。
    しかし、ナイフを向ける方向はオレに向いたままだった。
    「さてと、テメェの質問に答えてやったんだ。
     今度はテメェがオレの質問に答えてやる、番だよな?」
    もう一歩、オレが前へと進むと、犯人の手の震えは更に大きくなっていく。
    「テメェが今回の放火魔だよな?」
    更にもう一歩、オレが足を前へと踏み出す――。
    「わぁァァァァ!!!!」
    犯人の恐怖感が臨界点を突破したらしい。
    けど、オレは慌てなかった。
    もう少しで犯人の真意が聞けそうだったからだ。

    「ア、アイツらが悪リィんだァ!!
     おれに仕事を辞めさせやがってよォ!!!」

    …………。
    ……………………。

    オレ、怒りで理性が吹っ飛びそうなんだけど。

    「……テメェ……それだけで、
     たった、そんだけの事で、この森に火をつけた、つうのか?」
    「あぁ! そうダヨ!! なんか、文句でもあんのかぁ!!」
    炎の中に消えていくのは身勝手な犯人の意見。
    「ピカ……?」
    「……んだと……?」
    オレと、そして恐らくピカチュウも
    心の中で沸々(ふつふつ)と怒りをこみ上げていた。
    犯人がどんな経緯で仕事を辞めさせられたのかは分からねぇ。
    理不尽な理由かもしれねぇし。
    犯人の勤務態度が悪かったかもしれねぇ。
    ……けどな。
    だからって、その怒りをそういう風に――森を火事にするっていうぶつけ方……が
    一番、理不尽じゃねぇか!?
    「……テメェ……」
    森には多くのポケモン達が住んでいるし、
    多くのトレーナーが通り道に使っているかもしれねぇ。
    ……この火事で、もしかしたら、
    最悪な結果を迎えた奴がいるかもしれねぇ。
    犯人は最悪な事をした。
    「ふざけるのも、たいがいにしやがれぇ!!!」
    仕事を辞めさせられたという怒りを
    放火という殺人で晴らしているも同然だったからだ。
    「ひぃっ!!」
    オレが走りだしたのに反応して思いっきりナイフを振りまくって来た。
    色々な方向に軌道を描くナイフの刃。
    デタラメな、むちゃくちゃな武器の扱いだが、
    それ故に動きが読みにくい。
    だが、それ故にスキが生まれやすい。
    「あめぇんだよ!」
    相手がナイフを思いっきり振る。
    直後にスキが生まれる。
    オレはソコに目をつけて犯人の懐(ふところ)に入って一発ストレートを……。
    「!?」
    しかし、パンチが届く直前にオレの体がぐらついた。
    ……なんだ、体の自由が、今、きかなかったぞ!?
    まるで、貧血を起こして、目まいをさせたかのような感覚だ……。
    …………。
    もしかして……酸素が足りなくなったのか!?
    1時間以上火の中にいて、酸素ボンベを吸わなかった事。
    それが、今、仇(あだ)となって、オレの体を襲って来たのか!?
    「ピカッ!!」
    ピカチュウの叫び声と共に、鳴り響いたのは何かを切る音。
    『ズシャッ!!』
    オレの左腕を深く切られた音だった。
    ……危なかっ……た……!!
    ピカチュウの叫び声に気付いていなかったら、
    間違いなく胸を切られる所だった……!!
    なんとかギリギリの所で致命傷を防いだが、一難去ってまた一難。
    犯人のナイフの切っ先は間違いなく、
    今度はオレの心臓に向かっていた!
    おまけにオレは意識がもうろうとしていて、かわしきる事が出来ない……!
    ピカチュウが駆け寄って来る音と共に。
    犯人のナイフがオレの心臓に向かって――。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    「隊長……!! これ以上は危険ですって!!!」
    「いいから、もう少し待ってろ。もうすぐ、助けが来る」
    かつての救助活動。
    その矢先に起こった事故。
    ゴウの体は宙に浮いていた。
    隊長の手はゴウの手を繋いでいた。
    一歩間違えば、死を招く、断崖絶壁。
    「隊長……」
    「なんだ、ゴウ?」
    ゴクリと響く唾(つば)を飲み込む音。
    「その手を放して下さい」
    諦めの言葉。
    そして、
    道連れを防ぐ言葉。
    「いやだね」
    きっぱりと断りの言葉。
    「ですけど……隊長! これ以上は……!!」
    説得の言葉。
    「るっせぇ!! 最後まで諦めんじゃねぇ!!」
    喝の言葉。
    「最後までやらなきゃ、まだ分からんだろうが!!」
    それは救いの言葉となる。
    「いいか、ゴウ! 
     運命っていうのは、
     ソイツの頑張りで変える事が出来るんだ!」
    そして放った言葉は
    この先
    ゴウの熱血な性格を更に熱くする事になる。
    「最初っから、もう、負けを認めんじゃねぇ!」

    「最後まで諦めるな!! 
     それが生き様っていうもんだろうが!!!!」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    『ズシャッ!!!』
    今度の音は何かを貫通させた音。

    「なっ……!?」
    「へへ……捕まえたぜ」
    ナイフが手のひらから、そして手の甲へと貫通させた音。
    そしてその音と同時にナイフが貫通しているオレの左手は
    犯人の柄(つか)を握る手を掴んでいた。
    「は、離せ……! 離しやがれェ!!!」
    ジタバタする犯人。
    けど、無駄だ……オレの握力をナメんなよ。
    「ピカチュウ! オレの体ごとで構わねぇ! そのまま『でんじは』だ!」
    「ピカッ!!」
    分かった! と言わんばかりのピカチュウの鳴き声の後。
    「ピ〜カ〜……」
    ほとばしる電気の音。
    「チュッ!!」
    そして『でんじは』がオレの体を襲い、
    「ウ……うわァァぁァァ!!!!」
    『掴んだ手』経由で犯人の体にも『でんじは』が流れ込む!
    電撃の音が鳴り止むと、オレは犯人が貫通させたナイフから引き抜く。
    血が一瞬、引き抜かれた動きに飛び散る。
    オレは唇を血がにじむ程、噛みしめて、
    痛みと体のシビれに耐え、
    そのまま一歩、二歩、ステップを後ろから前へと体ごと動かし、
    「オレは最後まで諦めねぇぜ!!」
    叫び声と共にケガをしていない右の拳を
    「グぼわぁぁ!!!」
    体重を乗せて、犯人の顔面に直撃させた。
    犯人の顔から骨が軋む(きしむ)音がハッキリと聞こえる程、
    力強く。
    「ピカッ!!」
    犯人が倒れると同時にオレも倒れた。
    ピカチュウが急いで駆け寄って来てくれた。
    「あぁ、大丈夫だ。ピカチュウ。悪リィな、心配かけさせちまって」
    体のシビれ、そして手の痛みが残っているものの、
    オレはなんとか立ち上がってピカチュウに笑顔を見せた。
    一方、犯人の方は完全にノビているようで、
    今の所、目を覚ます気配はなかった。
    ……勝負アリってとこだな。
    『0:37』
    ……そして確実にオレとピカチュウの終わりが近づいていた。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    『0:27』
    だいぶ消火が進んだ場所にオレとピカチュウがいた。
    そう、オレとピカチュウが本来、死んだ場所だ。
    例の空中で止まっている大木が夢のように。
    けれど、手に走る痛みが嘘ではない事を告げていた。
    「ピカ……」
    「戻って来たんだな……ココに」
    辺りから焦げくさいにおいが漂う中、
    オレとピカチュウはゆっくりと自分達が死んだ場所へと歩いていた。
    そう、本来、死んだ場所へ……だ。
    「いつつ!! ……あっ、ワリィ。ありがとな」
    さっきの犯人との戦いでダメージを受けていたオレは足元をよろめいてしまうが、
    あの例の審判団が肩を貸してくれた。
    ……優しい奴ら……なんだな……多分。
    あっ、そうそう。
    犯人の奴は近くにいたらしいポケモンレンジャーに
    ランが連絡を取って確保してもらった。
    オレの方はピカチュウと一緒に一回戻ると言って、
    先に行かせた。
    そして、今。
    オレとピカチュウはこの場所にいる。
    『プルル……』
    さて、死んだ場所に向かおうとした時、
    通信音が静かに鳴り響いた。
    ……最期ぐらい、我がまま言ってもいいよな……?
    そう、オレが目で語ると審判団は『どうぞ』といった感じで手の平ををさし出した。
    オレはその言葉に甘えさせてもらった。
    「……もしもし、ランか?」
    オレとランの最後の会話が始まった。

    『ちょっと、ゴウ! あんた、今ドコにいるの!? 連絡はくれないし……!』

    「あぁ、ワリィ。多分、森を下っていると思うから……そろそろ……かな」

    『それなら、いいんだけど……。
     でも! あんたの通信機に備えつけてあったGPSが反応しなくなるし……。
     なんか、あったんじゃないのかな……って』

    「多分、犯人とやり合っている時に、
     どこかヘンな所にぶつけたからかもしんねぇな」

    『……もし壊れていたら、弁償だから。覚悟しなさいよね』

    「……まじか?
     ……なんとかなんねぇかな。
     ホラ! 犯人も捕まえてたんだからさ!!」

    『それと、これとは話は別!!』

    「やべぇ……!
     もし、弁償だったら、払えねぇかも……給料前だし……!!」

    『全く、貯金していないのがワルイんでしょ!』

    「……厳しいな……おい」

    『まぁ……今回は頑張ってくれたし、アタシからも払ってあげるわよ』

    「今回は、じゃなくて、今回も! だろ。
     ……っていうか、ソレでまた昼メシおごって〜
     ……とか言うんじゃねぇだろうな……?」

    『そうだけど、いけない事かしら?』

    「……いや、喜んで、おごらせてもらいます……」

    『分かれば、よろしい』

    ……そんな、いつもと同じような、
    ランが上でオレが下の会話が続いた。
    だが、もう、こう会話とも
    そしてランとも、
    別れる……と思うと、なんか胸が熱くなって来た。
    話してて、今更ながら気付いた。
    ……そういえば、もう死ぬのに、この先の事を話してたな……。
    正直に言うと、もちろん……もっと生きたかった。
    ……この先もポケモンレンジャーとして、
    たくさんのポケモンや人を助けたかった……。
    でも、もう、この死は回避出来ねぇ、死だ。
    ……この通信が最期に告げられる言葉なんだな……。
    オレは意を決して言葉を出した。

    「なぁ、ラン。
     ……一言、言っておかなきゃいけねぇんだけどよ……」

    『なによ、改まった感じだけど?』

    「この前の約束、買い物に付き合うっつう約束……守れなさそうになった」

    『まぁ……約束は約束だし。
     とまでは、流石のワタシも言わないわよ』

    「……そうじゃなくてよ」

    『なによ?』

    「ラン……オレは……オレとピカチュウはもう……」


    『プツンッ!!』


    「え?」

    「死んだんだ」と言う前に通信がなんと切れてしまった。
    ……なんで切れたんだ? と一瞬、疑問が出て来たんだが、スグに分かった。
    ……例の審判団が勝手に通信を切ったのだ。
    「なに勝手に……!!」
    『ピッ!!』
    オレは怒った。
    最期に告げる言葉だったのに!
    もう、ランと話す最後のチャンスだったのに!!
    『ピッピピ!!!』
    オレの怒りと共に笛の音が鳴り響き、
    そして、指でつくったバツ印をオレの前にいきなり指し出された。
    オレはそれを見て、(というより審判団の勢いに押されて)
    その意味を悟った。
    ……。
    …………どうやら我がままが過ぎたらしい。
    「……ピカ」
    「気にすんな、ピカチュウ……どうやらオレが悪かったみてぇだから」
    心配そうに見上げるピカチュウをオレは静かになだめた。
    この制限時間付きの最期の時間は他言無用の約束らしい。
    「……あっ、そうだ」
    もう最後の言葉を
    このまま歯切り悪くさせてしまっていいのだろうか? と。
    オレがそう諦めかけた時、
    一瞬、頭の中で何かが閃いた(ひらめいた)。
    「なぁ……最後に、
     どうしても、アイツに……ランに伝えたい言葉があるんだ。
     ……言葉を録音して残すじゃ……ダメか?」
    『ピッ……』
    「もちろん、お前達の事とか、
     この時間についても言わねぇって約束する!」
    オレがそう言うと、
    審判団が何やら相談しあって、やがて――。
    『ピッ』
    首を縦に振った。
    「ありがとな! 恩に着るぜ!」
    オレはこの最後の機会をくれた感謝の意味も込めて礼を言った。
    「ピカチュウ。ちょっと来てくれ。
     これからちょっと言葉を残すからさ」
    ピカチュウを呼びながらオレは再び通信機を取り出した。
    この通信機は通信機能だけではなく、
    伝言を残しておける録音機能もあるのだ。
    オレとピカチュウは静かに――。

    『それではピーッという音の後に伝言を残して下さい』

    最後の言葉を告げた。

    ―――――――――――――――――――――――――――

    『0:03』

    「残り3分か。なぁ、ピカチュウ」
    「ピカ……」
    残りの時間も後わずかになり、
    オレとピカチュウは審判団に先導されて、
    あの時、
    約2時間30分前と同じ、
    倒木につぶされた時と同じかっこうで、
    オレとピカチュウは横たわっていた。

    『0:02』

    「ピカチュウ……」
    「ピカ?」
    「死ぬ前に一言、
     言っておかなきゃいけねぇコトがあるんだけどよ……」
    ……もう、あとは死を待つ身なんだが……。
    どうしても最期にピカチュウに言いたかった事があった。
    ……いや、ピカチュウと一緒に話したかったというのもあるが。
    「……今まで、オレと一緒に頑張って来てくれて、ありがとな。
     お前と一緒だったから、乗り越えられた問題もあったし。
     ……それと、ごめんな……オレのせいで……」
    今回、オレだけではなく、ピカチュウをも巻き込んだのは
    間違いなくオレのせい……とオレは思った。
    あの時、もっとオレがしっかりしてれば……。
    「ピカッ!」
    「痛ッ! な、なにすんだよ、ピカチュウ!?」
    オレが後悔の念を引いていた時、
    突然、
    ピカチュウがオレの指を噛んで来た。
    小さいけど、それでも鋭い牙は見事にオレの指にささっていた。
    「ピカ! ピカピカ! ピカ! ピカチュッ!!」
    オレの指から口を離したピカチュウは何やら勢いよく訴えかけて来た。
    ……なんか、怒ってる感100パーセントなんですけど……。
    「ピカッ! ピカチュ!! ピカピカ!」

    ピカチュウはちっちゃな手で
    オレを指し、
    自分も指し、
    そして、
    心臓の所に自分の手を当てた。

    ……何年もピカチュウと一緒にいたんだ。
    ……分からねぇ事はない。
    だから、
    ピカチュウが何を伝えたいのかが分かった瞬間、
    オレは泣きそうになった。

    「……オレとピカチュウは親友、だから、いつも一緒。
     ……オレのせいじゃねぇって言いたいんだな?」

    ……自分一人のせいにして……。
    ピカチュウと一緒にいるっていう事を忘れてた。
    ピカチュウは本気で思っている。
    だから噛みついて来た。
    心から、と言わんばかり、叫んだ。
    オレのせいじゃない。
    オレとピカチュウが頑張った、
    その結果、
    運悪く死んでしまった。
    だから、
    オレ一人で抱え込むな。
    ……そうピカチュウは言いたかったのだ。
    「ピカ……」
    ピカチュウは静かに微笑むと、
    オレの噛まれた跡の指を静かに舐めてくれた。

    『やっと……分かってくれたね。
     ……ボクはいつでも、ゴウの親友……なんだから』

    一瞬、そんな言葉がピカチュウから聞こえた気がしたが、

    今は、ただ、一言、こう言いたかった。

    「ありがとな……ピカチュウ」

    ―――――――――――――――――――――――――――――

    『0:01』

    時間というのは、
    あっという間に過ぎるもんで……。
    未だに、オレとピカチュウが死んだ事を信じる事が出来ねぇが……。
    犯人とのやり合いで出来たダメージの痛み。
    ピカチュウに噛まれた指の痛み。
    それらが夢でない事を告げていた。
    「……なぁ、ピカチュウ」
    「ピカ……?」
    「オレ達、死んだ後、どうなんだろうな?」
    正直、この後、どうなるのか分からねぇ。
    ……そういったところ、恐いけど。
    「ピカッ、ピカチュッ」
    ピカチュウは静かに頭を横に振った。
    そして小さな手をオレの手に繋いで来た。
    「……分からないけど……一人じゃねぇ。
     ずっと一緒だ……か?」
    ピカチュウが静かに微笑んで、うなずいた。
    「へへ、そうだよな」
    オレは笑って、そう答えると、
    ピカチュウの手をゆっくりと握った。
    オレ達は今までずっと一緒だった。
    だから、
    きっと、
    これからもずっと一緒だ。
    この想いだって諦めなきゃ、絶対に叶う!
    そう信じている。
    ……だって、
    諦めない事が物語を始めさせるんだからな。

    「ピカチュウ、ずっと、オレ達、親友だぜ!!」
    「ピカ!」

    『0:00』

    『ピッピッピ――!!』

    終了のホイッスルが森の中に響き渡った。
    少年と電気鼠(でんきねずみ)は最期まで手を繋いでいた。
    二人の絆を表すかのような
    綺麗な
    そして熱い
    手と手の繋ぎだった。
    少年と電気鼠を包み込む風は
    とても優しかった。

    一人と一匹の絆が輝いているかのように。

    一人と一匹の絆が離れないように。

    ゴウとピカチュウの親友の証が
    死してもなお、
    そこに、
    輝き続けていた。

    ――――――――――――――――――――――――――

    ピーッと鳴り響くのは開始の音色。


    『ラン聞こえるか? オレだ、ゴウだ』

    『ピカッ! ピカッチュッ!!』

    『悪リィな、時間があまりなさそうだから……手短に話すな』

    『ピカチュッ』

    『そのさ……今まで、その、えっとぉ……』

    『ピカッ!!』

    『分かってるってピカチュウ!
     ……あ、え〜と。
     今まで、その、サポートしてくれて、ありがとな』

    『ピカッピカッピカチュッ!』

    『お前はいい女だからな。
     後は中身を磨いていくように』

    『ピカ……?』

    『いいんだよ、ピカチュウ。
     こういうのは、本当の事を言った方がいいもんだ』

    『ピカ』

    『ま、それは置いといてだな、ラン。
     後、一言だけ言いたい事があるんだけどよ』

    『ピカッピカ』

    『この先、
     色々と大変な事があるかもしんねぇけど、
     絶対、諦めるなよ!』

    『ピカチュッ!!』

    『隊長にも
     今までありがとうございましたって言っといてくれ。
     ……最後までオレ達は諦めなかった。
     という一言もヨロシク頼む』

    『ピカチュッ!! ピカチュ……』

    『……もう時間みたいだな。
     もう一言だけ、最後に言っとくぜ』

    『ピカッ』

    『……おめぇの事、
     ランの事……好きだぜ』

    『ピカチュッ!!』

    『それじゃあな、元気でな、ラン』

    『ピカッ!!』


    ピーッと鳴り響くのは終わりを告げる音色。


    『以上、午後4時35分に残った伝言です』


    通信機が伝える再生終了の案内。


    一部屋に置かれていた
    ゴウとピカチュウが残した言葉。
    ランは静かにソレを聞いた後、
    ゆっくり、立ち上がった。
    「……今日も諦めないで、頑張るわよ〜!!」
    ランは立ち上がると、
    写真一枚、
    ポケットの中から取り出した。
    「ゴウ、ピカチュウ……アタシも……
     あんた達の事、大好きなんだから……見守っていてよね」
    そこに映っていたのは
    ゴウとランとピカチュウが笑顔で写っている写真。
    ……あのバルバの森での放火事件から約半年後。
    悲しみはまだ心に残っている。
    けれど、
    ランはゴウとピカチュウの意志をもらった。
    だから、
    負けていられない。
    そして、
    だからこそ、
    頑張る事が出来る。
    「さて、今日もゴウやピカチュウに笑われないように、
     しっかりしなきゃね!」
    そう言葉を出すランは前へと歩き始めた。

    ゴウとピカチュウの想いと共に。

    諦めない心と共に。

    ―――――――――――――――――――――――――――


    【『だいばくはつ』しながら書いてみました】


    この物語を書いたノートから若干、直していたりしますが
    (漢字の間違いとかなど)
    当時成分95%は含まれていると思います。
    改めて、読み返しながらパソコンに打っていると、
    「ここは……展開的に無理があるんじゃ……?」と
    ……読み返す事の大事さが伝わって来た今日この頃です。

    ロス・タイム・ライフから
    ポケモンレンジャーの熱血な物語を書いてみた結果がこれでした。(汗)
    とりあえず改めて、自分の我がままに付き合ってくれた
    この物語に「ありがとう」と言っておきます。

    そして、ここまで読んで下さった方、
    本当にありがとうございました!


    それでは失礼しました。


    【『だいばくはつ』を恐れないで!!】


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