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[そりゃあ災難だったな。で? 敵はどんな奴だった?]
電話口の向こうであいつが身を乗り出しているのが分かる。この手の話になると、誰だって野次馬になるものだ。
寒空の下、駅前の公園には何羽ものマメパトが地面をつついている。帽子をかぶった爺さんがしわくちゃの手でパンのかけらを撒く度に、そいつらは忙しそうにそれを追いかける。
敵、か。俺はついさっき見たその容姿を思い浮かべて、沈んだ声を出した。
「……背高くてさわやかな笑顔の似合う大学生らしき男」
[やっぱ年上かーっ! しかも背が高くてさわやか系とか、お前と正反対なビジュアルじゃねぇか]
「うるさいな」
それは自分でも思ったよ。
大きな羽音と共にマメパトたちが飛び立った。小さな子供がそれを捕まえようとふくふくした手を伸ばす。
[ははっ、でもさ。そりゃ分が悪すぎるだろ。だいたいさー、あんなかわいい子他の男がほっとくわけないじゃんよ。理想高すぎたんじゃね?]
「さっきから言いたい放題だな、お前」
やっぱりこいつに電話をしたのは間違いだった。じわじわとジャブが効く。
偶然駅で見かけた気になるあの子。その隣にいた奴の姿を見た瞬間、俺の季節は春から見事なバク転を決めて冬へと逆戻りした。あの子のあんな顔、見たことない。楽しげに男と腕をからませ、幸せいっぱいですオーラを振り撒いていた。
直感で勝てるわけがないと悟り、ああこれが失恋かと悟り、そして誰かにぶちまけたい衝動の成すままに携帯を取り出して通話履歴の一番上にあった相手へ電話をかけた。相手はすぐに出た。それがこいつだ。もう少しちゃんと相手を選べばよかったと今更ながら思う。
[ま、女なんて星の数ほどいるんだし。早く新しい春見つけろよ]
無茶を言うな。これだけ落ち込んでいるのに新しい春なんぞどうしろと。通話の切れた電話に対して愚痴っても仕方がないのは分かっているが。
ふと足元に目をやると、マメパトがいた。二匹も。
一匹がグクルゥ、グクルゥと鳴きながらほわほわした鳩胸を膨らませた。それから向かいの一匹に向かってお辞儀を繰り返すと、その場でちょこちょこ足を踏みかえて一回転。そして再びグクルゥと鳴きながらお辞儀を始める。まるで何かの儀式のようだ。対するもう一匹は、どことなく迷惑そうな表情を浮かべて後ずさりしている。
それを見てなんとなく察しがついた。おそらくこれは、マメパトの求愛行動なのだろう。鳴きながらくるくる回る方がオス、それに関わるまいと言わんばかりに目を逸らしているのがメスらしい。なんだかだんだん回っている方が不憫に思えてきた。
とうとうメスは我慢しきれなくなったのか、あさっての方向へと飛び去ってしまった。儀式の中途半端なところで相手がいなくなってしまったマメパトは、まさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてフリーズしてしまった。
「……お前も振られたか」
仲間ができてしまった。いや、できたところで嬉しくもなんともないが。
「俺もさー、ついさっきだよ。知らない男とすっげぇ楽しそうに歩いてんの。頭真っ白だよ」
近くにあった木製のベンチにどかりと座り込み、とりあえず愚痴る。今の俺にそれ以外のことができるだろうか。
マメパトは足元で小首を傾げてぱちぱちと瞬きした。何を考えているのやら。このポーカーフェイスの裏で失恋の悲しみと戦っているのだろうか。
と、ふいにマメパトが飛び立った。慌てて目で追うと、砂場近くで地面をつついていた他のマメパトの元へ。何をするのかと思いきや、再びグクルゥと鳴いて例の儀式を始めてしまった。当然ながらお相手は、さっきの奴とは全く別のマメパト。おそらくメス。
いやいやいやちょっと待て。どこに突っ込めばいいんだこれ。
「女なんて星の数ほどいる、か」
それにしたって立ち直りが早すぎる。あのマメパトが感傷に浸っていたのはほんの数秒か。
呆然としていると携帯が唸った。ポケットから取り出すとメールの受信を知らせる文字。
「……合コンのご案内?」
この数分の間にあいつが企画したらしい。慰めのつもりだろうか。
俺は苦い笑みを浮かべて携帯を閉じ、公園を後にした。
砂場の方からまたマメパトの羽音がした。
―――――――――――――――
駅前でしょっちゅう見かけるドバトくんたちを見てたらこんな話ができた。
彼らの求愛はよく見るのだけれど、それが成就したところって見たことないです。
でも互いに羽づくろいしている姿を見るとかわいらしいですよね。
鳩胸素敵。もふりたい。
投稿、見直し、ツリー表示へ、の間に感想が付いていてびっくらこきました。
嬉しかったです、ありがとうございます!
そう、夏と言えばもこもこの入道雲、真っ青な空、五月蝿いくらいの蝉の声は欠かせませんよね!
……それが揃ってても休みが無けりゃ完璧じゃないんだようー orz
大人しく思い出に浸るだけで我慢しておきます……。
> 4畳半の天井にロープを張って、カゲボウズをずらっと吊るす。
> おぉ、すごい数だ。天井が真っ黒だ。
カゲボウズ部屋干しとな。
台風っておいしいシチュエーションだ。
部屋にカゲボウズ干したらきっとよく眠れるに違いない。
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