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当時は子供で、友達もいなく、遊ぶ金もなく、行きたいところもなく、食べたいものは親に言えばそのうち食卓に上ったし、
恋人がいるほど大人でもなく、テレビはドラマばっかりでつまらなく、時間だけは無限にあった。
ポリゴンがテレビで凡ミスをしでかしてくれたせいで、クラスメートたちはポケモンから離れていた。
永久に埋まらないポケモン図鑑を抱え、わたしの主人公ユウは、終わらない旅をカントー地方でしていた。
もう何周回ったかわからないカントーだった。
イワヤマトンネルはノーフラッシュでクリアできたし、
コインはとっくに9999枚を二回貯めていたし、
おいしいみずとサイコソーダとミックスオレはすべて99本持っていたし、
その他の道具も99持っていた。
レベル100のポケモンが、手持ちどころかハナダのどうくつで遊ぶために作ったパーティ、
チャンピョンロードで遊ぶために作ったパーティの18体すべてプラス、プクリン5体だった。
このセレクトは今でも理由がわからない。
薄べったいゲームボーイの緑黒画面が、あの時、世界だった。
ポケモンたちの鳴き声も電子音、ポケモンたちはぶっちゃけ妖怪じみてて怖いし、“なみのり”したらみんな同じポケモンになっちゃう上に
主人公が行方不明になるし、“かいりき”はどう見ても主人公が押してるし、
せいめいはんだんしは陰気で音が怖い街にしかいなかったし、
エスパー強すぎだし、スターミーとケンタロスとフーディンが無双してるし、
いあいぎりは主人公を突き抜けて生えていた。
そんなことはどうでもよかったけど。
大事なのは、この世界のどこまで行っても、優しくて何かが好きな人ばっかり居たことだった。
いいなあいいなあ、皆楽しそうで、と思ったことを今でもはっきり覚えている。
こっちの世界は、男の子たちは陽気で優しいか、陰気で優しいか、地味に優しいかのどれかで、
ゲームが好きでスポーツが好きならたいてい友達だったけど、
女の子たちは、好きな男の子の話してるか、おしゃれの話をしているか、誰かの悪口を言ってるかで
あまり楽しくなかった。
その思いは今、26歳になっても引きずっていて、「どうしたらもっと楽しく、やりたいことだけやって生きていられるだろう」と
常に考えているダメな大人になった。
ここじゃないところで、自分自身の本当の人生が待っていて、
そこにたどり着くまでの繋ぎが今なんだと、なんとなく信じて楽になりそうなフリをして生きてる。
ちっとも楽でも楽しくもない。
ある晩、夢を見た。初代手持ちのリーダーポケモン、リザードンと会った。名前はエリザベス。
男か女かわからなかったから、女の子のヒトカゲをもらったことにした。
タケシで初めての“ひんし”にして、カスミで数えきれないほど“ひんし”にして、リザードになって倒した子。
セキチクジムクリアのためにレベルをあげていたら翼が生えて、女の子なのにこんなにかっこよくなってどうするの、と思った。
“そらをとぶ”は覚えられないし、“つばさでうつ”も覚えないけれど、翼が生えて惚れ直した。
いつかこの子に載って“そらをとぶ”ができたらな、と思っていた。
度重なる引っ越しの(なんせ一年に一回とか二回のペースで県をいくつも超えていた)せいで、
カセットはもうどこかに行ってしまったけど、それでもあの子と旅をしたことはちゃんと覚えてる。
あの子がいたから、あの時なんとか楽しく生きてこれたんだ。
エリーは人の言葉を話さなかった。だから夢でも、グルルと鳴いただけで一言も話さなかった。
夢では初めて会ったね、おまえ。触った感じは、暖かかった。お前恒温動物だったのかい。そうか。
息から動物のにおいがした。
目にヤニが溜まっていたので、ハンカチでぬぐった。頭を抱きしめた。
動物の強い筋肉を腹や腕で感じながら、ただ、もう一度会えて、うれしかった。言いたいことや聞いてほしいことが山ほどあった。
私はもう大人になって、自分の稼ぎで食えるようになったよ。
友だちもできたよ。みんな好きなこと考えるために生きてるよ。
行きたいところもたくさんできたよ、世界は見た限りだと美味しかったしきれいだったよ。
好きな人も何人かできたよ、大事にされて大事にして、すごく幸せだったよ。
テレビはあいかわらずつまらないけど、インターネットってものがそこそこ面白いよ、
時間はあんまりないけど、あの頃よりたのしく生きてるよ。
違う、こういうことが伝えたいんじゃない。起こったことなんか伝えたってどうしようもない。終わったことなんだから。
エリーのいない間に起こったことなんか多すぎてとても言えない。きっとエリーもそうだろう。
言葉にはならないけれど、エリーもいろんな大冒険をして、たくさんの人に出会って、いくつもの別れを経験したんだ。
黙って腕に込めた力を強くした。あったかいなあ、お前。熱いくらいだ。
目が覚めた。木目調の天井。自分の部屋。朝6時。
さっき、エリーに何が言いたかったんだろう、と夢の続きを考える。
「会えてうれしかった」? そんな生半可な言葉ではない。
「あの頃より楽しく生きてるよ」? 違う。
「君が居てたのしかった」? そんな後ろ向きな言葉が言いたいのではない。
寝床から起き上がる。顔を洗って歯を磨きながらも、さっきエリーに言いたかった言葉を探す。洗濯機のボタンを押す。
寝起きはダメだな、頭がぼんやりする。
鍋に水を入れて火にかけて、夕飯の残りをレンジで温め始めて、部屋に戻ってよろよろ着替える。
なんだろうね一体。
ジーンズをはいて、ネルシャツを着て、カーディガンを羽織る。台所からお湯が沸いてる音がする。ティーパックを放り込む。
もぐもぐと残り物を食べてちょこっとお茶を飲んで、ぼんやりする。
唐突に文が降ってきた。
そうだ、そうだよな。お前と私だものな、こんな協力で頼もしいパートナーはちょっと他に居ないよな。
これを言わせるためにお前は会いに来てくれたのか。
「行くぞ、エリー。どこまでも一緒だ」
こんなこと、照れくさくて言えやしない。
エリーもポケモンもただのデータだ。そんなことはもう何百回も考えたし知ってるしわかってる。
なのになんでこんなに大事で、10年以上も大事でたまらないのかを考えても答えなんか出ない。
好きだから。これでいいだろ。これ以上の答えなんかねぇよ。
ただの電子のデータだよ。いいんだよ、私はエリーから、冒険って楽しいねって教わったから。
……ここまでこっぱずかしい事書いておいて何を誤魔化してる。
私はエリーから、生きてるって楽しいかもしれないよ、って教わっていた。
今はこのかまぼこ板強のサイズの世界しかないかもしれない。
でも世界はいつだってちょこっとずつ広くなっているし、
今が生きづらくてもそれがずっと続くほど我慢強くもないし、
嫌なことは嫌だって思ってそれを意思表明してもいいし、
そういうことをしても、自分のことを好きでいてくれる人は存在する。
そういうことに気が付くために、エリーは「もうちょっと待てば生きやすくなるから」って
私が気が付いていないところでも、ずっと言っててくれたのだ。
そのもうちょっとを待つために居てくれた。
「さて、行こうか」
ゲームほど楽しいことばっかりじゃないけど、四天王もロケット団も出てこないけど、
私は私の場所へ還る。
なんか騒がしいと思ったらチビのイシズマイが家を取られて泣いていた。
家、というか殻、というか、つーか岩?なんでもいいや、あの背負ってる奴。
その横でチビのドッコラ―がはぎ取った岩をぶんまわしたりお手玉したりと遊んで、いや多分トレーニングのつもりなんだろうが危ないだろうがこのクソガキ。
当たり前だが託児所の中で角材なんか持たせられるわけがないわけで、仮に持ったとしてもパプリカが速攻で叩き折るから同じことで、手持無沙汰だったチビ筋肉ダルマはそこらにいた漬物石を取ったかなんかしたんだろう。
あーもう、俺が嫌いなのは群がるガキと泣きわめくチビだ。合わさったらなおムカつく。こら、まとわりつくなイシズマイ。いや今住んでないからイシ・・・なんだ?学がないと上手いことも言えねぇ。
背負ってるものがないといつもは抱っこも躊躇するがさすがに軽い。つまんでやりたくなるがさらに激しく泣きそうだからやめた。
とにかくおいこら、それ返せ。
言う事聞かんかボケ。
投げようとすんな、危ねぇ。あとイシズマイさらに泣くからやめろ。
しょうがねぇ。
パプリカ、実力行使。
結果、ドッコラ―のガキにたんこぶができてイシズマイは泣きやんだ。
しかしなんか手を打たないとどうせまた似たようなことするんだろう。ダンゴロでも投げられたら今度は別の意味で危ない。
そんなわけで部屋に転がっていたバーベルを持ってきた。
15キロ。姉貴とケンカしたとき、確か片手で俺に向かって投げてきた。あの時は死ぬかと思った。
お、挑戦すんのか。
・・・ピクリともしてねぇな。まぁ頑張れ。仮に持ち上げられるようになったら今度は30キロの奴でも持ってこよう。あれも姉貴は片手で投げたから。
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余談 風呂で思いつくシーンはこんなのばっかりです
【ギャップ萌え? そんなモノ狙ってないのよ】
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