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バケツに湯を張る。タオルを入れる。残った家族を外に出し、カーテンを閉めた。
「体拭きますからねー」
「はい、横向いてー」
しぼったタオルを渡し、暖かいうちに体を拭く。一人は白いユニフォームを来た人間、もう一方はハピナスというポケモン。人の言葉を理解できる、認められた医療ポケモンだ。
今、このコンビが行なっているのは清潔のためのケアだった。しかしその受ける人間は何も喋らず、顔も青白く赤みがない。
「葬儀屋さんは四時頃到着だって」
違う人間が二人に声をかけた。それに対し、同じタイミングで了解と答える。今は夜中の三時。やらなければいけないことはたくさんある。けれど目の前の人を綺麗にすることも、やらなければならない。今しがた、死亡確認をされた人間を。
つながれた管を全て取り、身なりを整えた。着せてあげて欲しいと言われた新しい浴衣もしわ一つない。帯を縦にしめて、青白い顔に色をつける。だんだんと生きているかのような色へと戻ってくる。
「はい、出来ましたよ。ご家族呼んできますね」
カーテンを開けて出て行く。使った道具を片付けてるハピナスも、家族と入れ違うように離れた。
朝の四時。葬儀屋が来たと連絡が入って来た。夜中で誰も歩いてる人などいない。カラカラと手入れのされてない車輪がまわって、白いシーツをかぶった人を乗せて行く。最期の連絡を受けて集まった家族を連れて。
エレベーターで降りて、専用の車に乗せられる。もう夜明けも近いというのに、葬儀屋は昼間のようにテキパキと運んで行く。家族が病院にお世話になりましたと頭を下げる。
「おつかれさまでした」
隣で人間が頭を下げる。ハピナスも頭を下げる。再び顔を上げてみた家族は、笑顔だった。
「行っちゃったなあ」
ラベンダーのエプロンに、白いユニフォームが寂しさと疲れを混じらせた顔をする。
「まあ仕方ないか。あー、腹へったなあ」
「ミサキちゃん……まさかお見送りの後にそんなこと良く言えるね」
ハピナスはため息をついて人間を見る。
「仕方ないじゃん、サチコは夕飯食べたんでしょ。私悪いけど昼から何も食べてないし」
そういってミサキはタバコを取り出す。そして近くのベンチに座ると、ハピナスの方に手招きをしていた。
「ミサキちゃんは何人目?」
ふとハピナスが聞く。だまってタバコを持ってない方の手でミサキは指折り数える。
「1年目で3人、2年目で2人、3年目は同時フラット体験で、4年目からは多くなってもう10人以上かな」
「それで、なれちゃったの? 悲しく無いの?」
「ないね」
タバコの煙が宙に浮かぶ。ミサキといえば、ハピナスの方を向くことなくただひたすらビルの間から見える空を見ている。青くて深い闇のような空を切り裂くように白い光が見えてくる。
「慣れてなんかない。ただ、サチコ」
「何?」
「どのような人間だって、人生っつードラマがある。そのドラマの終わりがこんな古い病院だって、終わりは終わりだ。その終わりを、綺麗に見送ることが必要なんだよ」
ハピナスはいつも不思議だった。この人間、本当に営業スマイルというものが得意で、少しでもプライベートに入ればこんな乱暴な口調だ。しかもタバコを吸うものだから匂いですぐ解る。
「お見送りなんて言うけれど、私は送ってるつもりはない。健康じゃなくたって、家に帰ることが出来るんだ。やっと帰れるっていうのに、そんなガツガツ悲しまなくたっていいじゃん。むしろ本人にとって喜ばしいことだと思うんだけど」
「それはミサキちゃんの考えじゃ……」
「しょうがないじゃん、私死んだことないから気持ちとかは想像しかできねーし。死生観とかはもう自分の意見でしかねーよ。それに、誰が帰ろうが、まだ重症はたくさんいるしな」
「重症?」
「5時になったら見回りして、6時になったらドプラムとめて、あとその隣でカタボン更新だ」
「あ、そうだ!」
「忘れてたとか言わせねえ。つうかたしかにハピナスはやらないけど」
「忘れてた。忙しくて」
「忙しいなんて言い訳にしかすぎねえよ。死んで行く人もいれば、管理しないと生きていけない人だっている。そんな人たちを守るのだって仕事だし、なにより」
「医療という戦場の兵士だから、だよね」
「よく解ってるじゃん。だったらつべこべ言わずさ、目の前の事柄を黙々と処理するべし」
ミサキは立ち上がる。そして両腕を伸ばした。ミサキの手と、眩しい日の光が重なる。
「あかつき戦線異状なし。本日も多忙なり」
振り向いたミサキは、すぐに呼び出しのPHSに応答する。
「んじゃあ、行くかサチコ! まずは転倒したという大崎さんからだ!」
「えええ!! 転倒!?」
「そうだ! 隊長から連絡あったぞ! すぐに向かえ!」
夜明けの病院の廊下を、一人と一匹が走っていった。
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ポケスコを考えた時、これともう提出したやつをひたすら考えてました。
んでも、こちらのテーマが生死というとても重たいものであり、こちらを取りやめました。
書きかけを最後まで書いたので、これも重たいテーマの割に、文章の中身がスッカスカだけど
まあ、ポケスコのやつも重たい(と自分ではおもってる)ので、あんまり変わりはなかったように見える。
ドプラム
呼吸中枢を刺激する薬
カタボン
血圧を上げる薬。カタボンHiと、カタボンLowがあるが、おそらくこれではカタボンHiのこと。
【お好きにどうぞ】
風のつよい日には
母さんのワガママにはまったく困らされる。
父さんも父さんだ。自分の通勤が大変になるって分かってたはずなのに、どうしてこんな所に住むのを許しちゃうんだ。
おかげで俺は毎朝、五時起きして学校に通わないといけない。
今じゃもう寝不足には慣れたけど、舟を使えない日の苦労は到底「慣れ」なんてもので片づけられそうにない。
引っ越しは今年でもう三度目になる。
今度の家は、シンジ湖のほとりにある。
それも、入口から対岸の方にあるから、学校のあるフタバタウンまでは湖を越えてい行かないとならない。普段なら、父さんが買ってきた舟に一緒に乗って行けるのだけど、風が強かったりして波の高い日にはぐるっと回っていかないとならなくなる。
もちろん歩いて行ったのじゃ、とても間に合わないから、あのデカい炎ポケモンに乗って行くことになるのだけど、アイツに乗るのはホントこりごりだ。
いくら炎ポケモンだからって、風のつよい日にああも全速力で走られては凍えてしまう。しかもガクンガクン揺れるせいで乗り物酔いが絶えない。時々、腹の底から盛り上がってくるモノにこらえきれず、オエッってことも……。当然そんな日には授業なんてサッパリ頭に入らない。
朝起きて、ドアの向こうに舟があるかアイツがいるか。これは今や、俺にとって死活問題とすら言えるのだ。
――シンジ湖周辺、明日の天気は……北東の風14m……。
うぅ……結構強い……。こりゃ明日はアイツに乗って行くことになりそうだ。
毎夜毎夜、七時のゴールデンタイムにバラエティ番組でなく、陰気くさい公共放送の天気予報を聞くようになったのも、こんな所に来てからだ。
予報を見たって天気が変わるわけでない事はもちろん分かってるけど、風邪を引いた子供が何度も熱を測りたくなるのと同じで、気にし出したら止まらない。
明日の事を思うとさっそく気分が重いがいろいろ準備をしなければ。
一通り授業道具をそろえると、まずは、ウインドブレーカーをとってきてハンガーにかけて置いた。こんなんじゃ全然足りないんだけど、あまり厚着をすると湖から先を汗だくになって学校に行くことになる。アイツに乗って行く日は個人的な寒暖の差が激しくなるのが悩ましい。
次に、ボールからカゲボウズを出してカーテンの桟にちょこんとくっつけた。
前はちゃんとてるてる坊主を作っていたんだけど、ゴミばっか増えるって、母さんが代わりに一匹くれた。別にわざわざ用意してくれなくて良かったんだけど、まぁ結構おもしろい奴だしよかったのかな。
――かげかげぼうず〜カゲボウズ〜あ〜したてんきにしておくれ〜。
もちろん、実際には喋らないよ。恥ずかしいし。心の中で呟くだけ。
どうせ効果なんてないんだけど、げんかつぎ、げんかつぎ。
目が覚めた。ベッドから起きる。カーテンは開けない。まだ希望を持っていたいから。
窓がガタガタいってる気がするけど、まだ分からない。もしかしたらまだ舟でいけるくらいの風かもしれない。
リビングには誰もいなかった。父さんはもう出たみたい。母さんはまだ寝ているのだろう。
顔を洗い、歯を磨き、軽く朝食をとって、もう六時。そろそろ出ないと。
運命の時。ドアを開けた先に、舟が泊まっているか、アイツがいるか。
緊張の瞬間…………。
どうだ!!
「あぁ……今日はウインディ……」
10歳の秋、空はどんよりと曇っていた。
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すみません、ダジャレです。風がつよいとWindy(ウインディ)で……
この間、きとらさんに炎の石をいただき自分所のガーディが進化して、ウインディで一つ書きたくなった結果ですww
この話の中でウインディは少々、嫌な日の象徴みたいになってしまってますが、私、イケズキはウインディが大好きです。えぇ、そりゃもう、心底。
あと、この話の主人公は「手に入れるということ」の、ぼんぼんです。やたら贅沢なのは、彼ら家族がメチャクチャ金持ちだからですw
【書いてもいいっす】【描いてもいいっす】
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