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ホウエン地方は、大きな大陸一つと大小さまざまな島からなる水と緑に囲まれた美しい地方です。各地の伝承を調べてみると、一体いつから伝わっているのか大変興味をそそられるような昔話が残っています。
ヒワマキシティの成り立ち、とか。
記憶に新しい、アクア団とマグマ団の元となった者達の戦争とか。
キナギタウンとマボロシ島の関係とか。
他にも合わせて百を超える伝説、神話、昔話が残っています。それは今でも祖父母から父母へ、父母から子供へと伝えられて残っているのです。
――しかし、そんな話に詳しいホウエン地方の人々でも、あまり知られていない物語が幾つかあります。祖父母、それも八十を超えた人達がやっと知っているような話だというのです。
彼らは、それを話すとき必ず遠い目をして、海の方を見ます。
『今ではバトルフロンティアとして知られている島は、私たちが子供の頃は別の名前がついた小さな無人島だった。今では埋め立てと開発でほとんど昔の面影は残っていないが、夕方、晴れた時に海の方を見ると、空に巨大な影が映ることがある。それはその島よりももっともっと南、ホウエン地方、最果ての地なのだ』
しかし、地図で見てみるとバトルフロンティアがある島より南にそれらしい大きさの島はありません。一度調べてみた友人の話では、それ以上南にいけば別地方の領地に入ることになってしまい、あえなく断念したそうです。
そのことを彼らに言うと、否定するわけでもなく、怒るわけでもなく、その話をしてくれました。
「その最果ての島の名前は、ミナミハ島という。私たちホウエン人と同じ血を引いた者達が、幸せに暮らす島なんだ」
今から数百年前のことです。当時ホウエン地方は、『豊縁』と呼ばれ、今と同じく水と緑豊かな地として知られていました。人々は皆、太陽の光に当たりながら働いていたので、日に焼けた褐色の肌をしていました。
彼らはとても信心深く、獣や植物を無闇に取ることはしませんでした。獣は食料にする分だけを取り、そして残った骨や皮も無駄にすることはありません。彼らはその方法で、その時代よりも前からその地で暮らしてきたのです。
しかし、いつの時代も争いはあるものです。当時に残された記録を見てみると、地の神を崇拝する赤の軍と、海の神を崇拝する青の軍が互いに豊縁全土で争ったと書かれています。
彼らは豊かな地に目をつけ、食料や武器を調達するためにそこに根を下ろしました。そして元々そこに住んでいた人達に言いました。
「もっと植物を持って来い」
「もっと獣を狩って来い」
人々がそんなことは出来ないというと、赤の軍は炎で森を焼き、青の軍は海水で森を枯らしてしまいました。人々は仕方なく、二つの軍に従いました。
二つの軍の領地は今のキンセツシティと百十九番道路を隔てる海で分かれていて、彼らが占領してからはたとえ向こうに恋人や家族がいても会いに行くことは許されませんでした。
土地はどんどん荒れていきました。戦争は酷くなり、人々は食べる物にも困るようになりました。しかし逆らう者は捕まり、軍が使う獣共の餌にされました。
それから数年、豊縁はかつての影も形も無くなっていました。人も少なくなり、皆痩せ細っていました。
しかし、戦争に終わりの兆しは見えませんでした。互いの軍共疲れ果てているはずなのに、それでも戦うのをやめませんでした。それはまさしく『狂気』と言うべき何かが突き動かしているようでした。
ある時、赤の軍の主将が何か新しい武器を手に入れたようでした。遠い、遠い地方の国に残り少ない金貨や銀貨を全て渡し、持って来たようです。
それは、武器とは言いがたいものでした。獣のようであり、機械のようでもありました。
主将は言いました。
「こいつは、名を悪食という。腹が減れば、周りにある物という物を全て喰らい尽くす。明日、こいつを使って青の軍の領地に一斉攻撃を仕掛ける。それまでは刺激しないように静かにしておくんだ。いいな」
とんでもないことです。悪食が腹を空かせれば、敵味方関係なく喰われてしまうでしょう。それだけではありません。生き残っている住人も、残り少ない土地の緑も……
その話をこっそり聞いていた土地の人は、すぐに残っていた仲間を集めました。他説ありますが、赤の軍が本拠地にしていた土地の生き残りを全て合わせても、三十人を超えるか超えないかだったようです。
彼らはこの島から脱出することを考えていました。老若男女、全てがそう思っていました。自分達が他人に強制されていたとはいえ、島の自然を壊してしまったのは紛れもない事実です。しかし、このまま留まっていれば何も修復できないままに悪食に喰われてしまうでしょう。
彼らは考え、考え、そして思いつきました。
「船を、奪う」
赤の軍は海を嫌っています。しかし海に囲まれた豊縁に来るには、空か海どちらかを移動する手段が必要でした。そこで、武器だけは船に乗せて届けていたのです。
その船はかなり風化していましたが、まだ乗ることは出来そうでした。彼らは深夜、悪食を起こさないようにそっと船に乗り込みました。一体悪食がなんだったのかは分かりません。今で言う極秘扱いだったようです。
しかし、あと少しで全員乗り込めるという所で夜が明けてしまいました。水平線の彼方から一筋の光が差込み、悪食の目に当たりました。
驚いて目を覚ました悪食が最初に見た物は、今まさに船に乗り込もうとする子供の姿でした。腹を空かせた悪食は、手始めに自分を繋いでいた鎖を食べ尽くすと、船の方へと向かってきたのです。
大人達は子供を置いて逃げようとしました。しかし船から一人の男が飛び降り、子供を船内へ押し上げ、悪食に向かって走り出しました。
男の思いを汲み取った者達は、船を海へと出しました。海には玉鯨や心魚、毒水母の死骸が浮いていました。
その船が出る所を、赤の軍の主将は見ていました。しかしどうすることも出来ません。一人の男を犠牲にして、彼らは助かったのです。
船に乗って脱出した彼らがどうなったかは何処にも書かれていません。その後、悪食は名前の通り全てを喰らい尽くし、青の軍の領地に攻め込みました。しかし、偶然なのか必然なのか、青の軍も悪食を持っていたのです。
二匹の悪食は両軍の兵、武器、そして互いの体に喰らいつきました。三日三晩の戦いの末、二匹は力尽き、息絶えました。
青の軍の領地にいた土地の人達は、今のヒワマキシティ辺りの地下に逃げ込んでいて、難を逃れました。当時の生活跡が今でも残っています。
軍が全滅したのを知った彼らは、すぐに赤の軍の領地に向かいました。離れ離れになっていた家族や友人、恋人が無事なのかを調べるためです。
しかし、そこには誰一人いませんでした。浜辺に頭部を千切られたと思われる男の死体と、何か大きな物が海へ出たような跡があるだけです。ですが彼らは分かりました。ここにいた人達は、皆海の向こうへ行ったのだと――
それから、何年も何年も経ちました。焼け跡から再び木の芽が吹き出し、小さな木々の群となっていきました。汚れた海は長い年月の中で浄化され、再び美しい風景が戻ってきました。
人々は再び自然との共生の中で独自の文化を生み出していきました。それと共に、後に生まれた子供や孫に彼らのことを話すようになりました。
当時、バトルフロンティアが出来る前の島はナミハ島と呼ばれていました。今でもその島がホウエン最南端だと言われていますが、彼らは違うと主張します。
ナミハ島よりももっと南に、自分達と同じ血を引いた者達が住む島――
『ミナミハ島』があるのだと。
さて、それから更に数百年。今から百年ほど前に、豊縁はホウエン地方と名を変えました。
別地方との貿易、移住の受け入れが始まり近代化が進むようになりました。その中で、昔話は少しずつ薄れていくようになり、これではいけないと思った者達が豊縁昔語という本として出版しようと考えました。
そこで彼らはホウエンにいるお年寄りに昔話を聞いて回りました。その中の一人がミナミハ島の話を聞き、もし本当にあるのなら是非行って見たいと思いました。
彼は優秀なポケモンレンジャーに頼み、ナミハ島……今のバトルフロンティアよりもっと南の海域を調べてもらいました。しかし数日後返って来た答えは、『くまなく探したが、何処にもそれらしい島は見当たらない』と言うのです。
それでも、ホウエンに住む老人達は、自分達と同じ血を引いた者達が、実り豊かで美しいミナミハ島というところで幸せに暮らしていると信じているのです。
(神風紀成 著 ホウエン地方昔話 総集編 ミナミハ島物語 より)
あれから一年が経とうとしていた。
第三次世界大戦、徴兵令が発令され、私の恋人は遠い戦地へと赴いた。
「大丈夫。きっと帰ってくるよ。だからそれまで待っていてほしい」
そう言い残して。
三日前に世界大戦は終わった。勝利を手にしたのは、私たちの国が所属しているホウエン、ジョウト、カントー連合だ。
もし、もしも彼が生きていれば今日、列車に乗って帰ってくるはずだ。
重い不安と、強い期待を胸に、私はよそ行きのワンピースを着た。彼はお腹をすかしているかもしれないと、お握りを鞄に二つ放り込んだ。服が汚れているかもしれないと、洗った彼の服も持っていった。
籍は入れていなかった。同居こそしていたものの、まだ籍は入れていない。
籍を入れる手続きをしようと思っていたその日に、赤紙が届いたのだ。
大勢の人がたくさんの荷物を持って駅のホームに並んでいた。子供連れの婦人が半分ほどの割合を占めている。子どもが「お父さんの乗ったポッポーまだ?」と言う声が耳を掠めた。一瞬、ポッポに乗って帰って来るのかと思ったが、すぐにそれが列車の比喩だということに気が付き、私は頬を赤らめた。
皆が期待で胸を弾ませている中、歓声と共に列車がホームを貫いた。窓から顔を出したり腕を伸ばしている大勢の男の人たちを見て、きっとあの人も帰ってきていると確信した。あんなにたくさんの人がいるんだもの。あの人だけがいないわけがない。
列車が停車すると中からあふれ出るように人が湧き出し、押し出すように人が殺到した。抱き合う人、赤ん坊を抱え込む人、恋人と思われる女性とキスする人。再会の喜び方は様々だった。
そんな人たちを横目に見つつも、私は常にあの人を探していた。
そして私が見たのは、土で汚れ、軍服のあちこちで穴が顔を出し、少し日焼けしたあの人だった。
涙が頬を伝った。
彼の視線は自分の胸に付けたペンダントと民衆を往復していた。戦地に赴く前に私が彼にプレゼントしたペンダントだ。中には私の写真が入れてある。
私は感慨にふけっていて、彼の元に行くことなど忘れていた。しかし、彼がこちらを向いた瞬間に私は我に返った。彼はどういう反応をしたらいいかわからない様子で、それでもにっこりとほほ笑んだ。私は涙を流しながら彼のもとに駆け寄り、抱きついた。
そして彼はそっと、私の耳元で囁いた。
そして彼はもう一度ほほ笑んだ。
そして彼は、消えた。
*
空気を伝わる砲撃の衝撃音が森を揺るがした。葉と葉が身を寄せ合うたびに乾いた音を発する。
森の中で、二人の男が茂みに身をゆだねていた。一人はペンダントを胸に、一人は銃を腕に。敵に見つかりにくい緑と茶色の軍用服をつけ、体中を土に塗(まみ)れさせていた。
森にはたくさんの地雷が仕掛けてある。もし敵が突入してきた時でも、敵の戦力を減らせるように。地雷が仕掛けられた箇所は地図に記入されている。
「全く、俺たちも運がないな。よりによって突入部隊に入れられちまうなんて」
銃を腕に抱えている男が言った。ペンダントを胸に付けた男が相槌をうつ。
「だけど死ぬわけにはいかない。だろ?」
ペンダントを揺らし、時折息を切らしながら言った。肺も喉も、体中が悲鳴をあげていた。
──そう。死ぬわけにはいかないんだ。故郷で待つ最愛の人のことを思い、胸に下げた希望を腕で強く握りしめた。
刹那、男に降りかかったのは血の雨。隣の男が撃たれたのだ。
「くそっ!」
男は走った。このままでは自分にも流れ弾が当たる恐れがあったし、すでに自分の位置を知られているかもしれない。少なくとも、ここを離れるのが得策だと考えた。
走る。背を曲げ、見つからないように細心の注意を払いながら、一心不乱に。撃たれた仲間が頭を過ぎる。その考えも置き去りにして男は走る。今まで見てきた幾数もの死んだ仲間たちが、過去から追いかけてくる。一層早く、男は走る。そして気がつく。
──地雷っ!!
本当に僅かに盛り上がり、なおかつ土を掘り返された後がある。反射的に身体にブレーキを掛けた。
息を弾ませながら、失った単調なリズムを取り戻そうと男は立ち止まる。
ふと草の擦れる乾いた音が心臓を凍らせた。敵兵か。それとも味方か。あるいは風の悪戯か。次第に音は大きくなっていく。いつでも走りだせるよう、戦えるよう、男は身構える。
現れたのは、黒い狐だった。とても小さな。恐らく先ほどの銃撃音を聞きつけ逃げてきたのだと考えた。
安堵の息を漏らし、そして男に緊張が走った。
黒い狐が真っ直ぐ、地雷の方向へと走って行ったから。
気がつくと男はボロボロになっていた。辺りには置いて行かれた黒煙が空へと登れずに留まっている。
不思議と痛みはなかった。
黒煙の中から黒い狐がおぼつかない足取りで近寄ってきた。その口にはきらきらと光る希望が咥えられている。走り出した時にでも外れたのだろう。
男は狐が持ってきた希望の中から覗く天使を見て、呻いた。
「君にもう一度会う事が出来たなら。どんな形でもいい。もう一度君に会う事が出来たなら」
言い終わると少しずつ眠たくなってきた。世界が黒くかすんでいく。
遠い世界に行く旅の途中、男は彼女へ送る花束として最後にこう言った。
*
希望を咥えた黒い狐は走った。
お母さんもお父さんも、お婆ちゃんもお爺ちゃんもみんな口をそろえて言っていたから。
恩をいただいたら恩で返すのだと。
希望を抱いた黒い狐は走った。男の残した最後の花束を彼女に届けるために。
「愛してるよ」
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一部保存していなかったため少し文章がかわっています。
最近全くアイディアが出ない。。。気分転換に初めからBWやろうかな。
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