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  [No.1033] B´s Will〜『B』達の意思〜 投稿者:イケズキ   投稿日:2010/12/13(Mon) 20:44:29   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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B´s Will〜『B』の意思〜

 「あいつ」は五日前の朝、何の前触れもなく、突然現れた。
 宙に浮かんだ「あいつ」の体は黄土色していて、そのやけにでかい頭には奇妙な模様を描くように、いくつかの線が入っている。
 「あいつ」は話かけてこないし、なにも答えない。あんまりにも訳のわからない奴なので、俺は結構本気で、「あいつ」がこのリゾートデザートの砂に乗り移った、バケモノだと思っている。
 しかし、俺はあまり気にしてはいない。それどころか、「あいつ」の事など、どうでもいいとすら思っている。
 「あいつ」が宇宙人だろうが、砂のバケモノだろうが、はたまた新種のポケモンだろうが、俺には関係の無いことだ。この砂漠にいるのは、俺と、俺じゃない「何か」だけ。その事実に変わりはない。
 ただ、気味が悪いし、「あいつ」が時々俺の一人を邪魔するのだけは気に入らないが。


 朝が来た。今はまだ寒いが、じきに太陽の熱で、砂漠は灼熱の暑さに包まれることだろう。

 俺は自問し始めた。

 『俺はいつから、この砂漠にいるのか。
 ――ずいぶん昔からだ。正確な年月はもう忘れた。

 俺はどうして、この砂漠にいるのか。
 ――いるからいるのだ。理由なんて必要ない。

 俺はいつまで、この砂漠にいるのか。
 ――俺がこの砂漠を出るまでだ。追い出されることも、引き止められることもなく、純粋な俺の意思によってそれは決められる。

 俺は誰だ。
 ――俺はブーバーン』

 これで朝の儀式終了。
 砂と、砂に埋もれた城しかない、リゾートデザートに長い間いると、時々自分を見失いかける。まるで、大きな岩が、風雨に曝されて細かな砂になるように、「自分」が風化してしまうのだ。だから、俺は毎朝呪文のように同じ内容の自問自答をして、自分を確かめる。

 今朝の空を見上げた。砂漠は珍しく凪いでいた。
「悪くない。」
 こんな朝は、悪くない。
 俺は感性豊か、というわけではないが、そんな俺でも、自然と感嘆の言葉をあげられる。
 今日の朝は、そんな朝だった。

 今はまだ、俺しかいないこのリゾートデザートだが、昼を過ぎると「獲物」がやってくることがある。それまでは、ゆっくり朝を過ごせる、はずだった。

 ――またいる。

 青い空の下を漂う砂の固まりが、一匹。
 ここのところしょっちゅうだ。やつは何をするでもなく、プカプカと浮いているだけなのだが、せっかくの朝を邪魔されるのは迷惑だ。
 俺はいつものように、奴に向けて腕を構えると、軽く火の玉を発射した。無論、当てはしない。青い朝に、どぎつい赤の炎が吸い込まれていった。摂氏1500度にも満たない火遊び程度の火力だが、邪魔者を追い払う分には、十分に事足りる。
 案の定奴は、すぐにどこかの砂山に紛れ込んでいった。
 俺は、奴と炎が視界から消えたのを確認すると、その場に腰をおろし、一人の朝を満喫し始めた。

 獲物が来たのは、砂漠が、最も砂漠らしくなる時間帯のことだった。
 一人のバックパッカーが、大きな荷物を背負い、暑さと砂嵐の中をやってきた。今日なんかは比較的涼しいほうだと思うのだが、やはりこの時間帯、夏の砂漠は人間にきつ過ぎるのだろう。
 そもそも「リゾートデザート」なんていう名前が悪い。
 俺は、ふらふらと今にも倒れてしまいそうな人間を見て、そう思った。
 ここの一体ドコが「リゾート」なのだ。昼は灼熱、夜は極寒、年中砂嵐が吹き荒れている。俺は昔、俺のトレーナーだった人間と、シンオウを旅したことがある。その時、リゾートと呼ばれる所に行ったが、ここは間違いなく、「リゾート」という表現の対極に位置する場所だろう。
 にもかかわらず、だ。
 人間たちはヒウンシティから次の、ライモンシティに向かうためと、危険をおかしてリゾートデザートを通っていく。
 どう考えても、みんなこの名前に騙されているとしか思えない。この間なんて、まだトレーナーになったばかりであろう、若い少年少女が、信じられないような軽装で通っていった。
 おかげで獲物が手に入る俺としては、なんとも言い難いところではあるが。
 ここで断っておくが、「獲物」といっても、人間捕まえてなんとやら……という訳では決して無い。砂漠で道に迷った人間を見つけては、彼らが持っている食糧のうち、その日俺が食べる分だけ失敬するのだ。もちろん、全て奪うことは無いし、その「獲物」が残りの旅に必要な分を考慮して、何もとらずにおくことだってある。誤解されることが多いようだが、ブーバーンは結構少食なのだ。

 ――そろそろだ。

 あの人間は既に限界のようだ。
 俺が見つけて5分もしないうちに、へなへなと座り込んでしまった。こうなると普通なら、あとは野垂れ死にするだけだ。
 砂漠で迷えば、死ぬ。それこそ、火を見るより明らかだ。
 と、ブーバーンの俺が思って、自分で笑った。

 だが、あの人間は運がいい。
 俺はいつも、迷って体力を切らした人間を獲物にする。その方が圧倒的に楽だからだ。下手に抵抗されれば、相手を傷つけてしまうかもしれないし、体力を切らしていれば、逃げられる心配もない。
 そして俺は、そんな人間から食べ物を失敬する代わりに、助けてやることにしている。俺が、俺じゃない「何か」に、そこまで律儀になる必要はないと思うが、そこはやはり、一度は人間の世話になった身。なかなか無下にできるものでもない。かつて人間に捨てられ、この不毛の土地で一匹生きてきた俺でも、その程度の自尊心は保っている。いやむしろ、今の俺はそれだけで生きている。
 とにかくあの人間は、砂漠で迷ったにも関わらず、生きて次の町へ行けるのだ。
 これ程運の良いことが、他にあるだろうか。

 俺は獲物に近づくとまず、相手の状態を確認した。獲物の方は、もう意識がはっきりしないのか、ぼーっと俺を見つめている。

 ――んー、マズイな。

 俺は一目みて、この獲物がかなり危ない状態だと分かった。長く同じことを繰り返しているうちに、相手が単にくたびれているのか、半分死にかけているのか、すぐ分かるようになったのだ。こういう場合、俺はさっさとカバンだけを貰って、人間は諦める。こんな所で死にかけられても、専門家でない俺にはなにもできないからだ。
 ところが、今日は何となく、このバックパッカーを助けてやりたい気分だった。不思議な気分だ。いつもなら、何の未練もなく切り捨てられるのに。
 仕方ないので俺は、カバンを開ける前に獲物を「古代の城」まで連れていくことにした。

 プカプカと浮いている人間を見ていると、「あいつ」を思い出して気分が悪くなる。
 担いで運べないこともないのだが、俺の特性上、直接触れるわけにいかないので、サイコキネシスをかけて浮かばせている。
 俺はまた、バックパッカーを、見た。
 今度は、このバックパッカーに嫌気がさした。
 俺は、根性論とか精神論とかを、むやみやたらと振りかざす奴をあまり好かない。
 別に俺が、理屈屋のお固い野郎だから、ということではない。むしろ、根性無しは大嫌いだ。
 だが、「考え無し」の奴はもっと嫌いだ。
 このバックパッカーは、本当ならもっと早く倒れていておかしく無かったはずだ。その時に体を休めていれば、ここまで深刻な状態にはならなかっただろう。だのにコイツはそれを無視して、こんな所まで迷って来た。
 全く馬鹿な奴だ。
 理性を持って行動していれば、情けない姿で、ポケモンに助けられることなんて無かったろうに。
 俺のトレーナーだった人間は、良くも悪くも真逆の性格だったから、余計にこの人間の行動が無謀に感じて、腹がたつ。

 やっと、城のすぐ近くまで来た。
 この辺りには、人間を休ませる時だけに来る。俺が普段いる所からは大分離れているし、ここらは野生のポケモンがよく出てくるからだ。実際、ここに来るまでにも何体か出てきて、うち一匹は攻撃してきたので、そいつには文字通り「焼き」を入れてやった。

「あぁ……」
 思わず嘆息が漏れた。
 城の前、入口を塞ぐように「あいつ」が浮かんでいたからだ。

 ――めんどくさい。

 この緊急事態に、「あいつ」はまた俺の邪魔になる。
 俺は今朝と同じように片手を構え、火球を放った。少しイラついていたので、1500度は越えていただろうが。
 ところが「あいつ」は消えない。一瞬、いつもと違う反応を訝しく思ったが、すぐに俺は、バックパッカーの危険な状態を思い出し焦った。
 焦って頭に血の昇った俺は、さらに2、3発放った。だが、それでも「あいつ」は消えない。「あいつ」は、プカプカと浮き続けるだけで、入口の前から消える気配がない。
 いよいよあいつが憎くなった俺は、バックパッカーを地面に降ろし、というか落とし、再び腕に力を込めた。今度は、確実に「あいつ」を倒すために。
 ――あいつは、俺の邪魔を意図してやっている。
 全身を白熱させて、攻撃の準備をしているうち、少しだけバックパッカーのことが心配になった。俺に限らず、ブーバーンは本気になると白熱する。その時、全身がかなりの高温になる。それこそ、人間なんかには近づくのも危険な温度だ。

 ――ま、いいか。

 結局のところ、「あいつ」は、俺が全力を込めた「だいもんじ」を放つ前に、しぶしぶといった様子で去っていった。
 ――一体、何だったのだろう。
 何故「あいつ」がいきなり、これまでの態度を変えて、俺に直接干渉するような真似をしたのか分からなかった。

 落としたバックパッカーを拾い、俺達はようやく、「古代の城」の中に入った。
 ここは、人間たちにもまだ知られていない、ポケモンだけの空間だ。「古代の城」という名前も、俺の便宜上勝手に付けただけの名前だ。大昔には、沢山の人間が出入りしていたのだろうが、今はすっかり忘れ去られ、砂に埋もれ、朽ちている。だから、ここは好きじゃない。嫌でも、自分の境遇と重ねてしまう。しかし、「リゾートデザート」でここより、死にかけた人間を介抱するのに、適した場所はない。ただ、普段は邪魔な野性ポケモン達がいるのだが、運よくそれも今日はほとんど見かけない。
 運がいいと言えば、このバックパッカー。なんと、奇跡的に無傷だったのだ。どうやら、サイコキネシスを解いて砂の上に落ちた時、体が少し転がったらしい。そのおかげで、俺との間に距離ができて、火傷せずに済んだのだろう。少し砂で汚れてはいるもの、さっきと変わらない様子でいる。今のバックパッカーだけを見れば、まさかついさっき生命の危険に曝されたとは、誰も思わないだろう。
 俺は急に怖くなった。
 俺は、コイツが嫌いだ。それでも、助けてやるつもりだ。何故なら、いつだってそうしてきたからだ。そうすることでしか、風化し続ける「自尊心」を保てないからだ。
 だのに、俺はさっきコイツを殺しかけた。
 頭に血が上っていたとはいえ、危険過ぎる行動だった。もしも、コイツに何かあったら、俺はどうなっていたのか。
 俺はさっき、俺を殺しかけたのだ。

 バックパッカーを手頃な場所に寝かすと、俺は早速準備を始めた。
 幸いバックの中には、水分と食糧が少し残っていた。さらにバックから、こいつの上着を一着とタオルをとった。
 自慢じゃないが、俺はそこらのポケモンより、ちょっとばかり頭がいい。今ここでこの人間にしてやれることは、最低限分かっているつもりだ。だが、それはあくまでも「最低限」だ。砂漠の真ん中で、こいつにしてやれることは、人間の医者でもそうはないだろう。だから、「最低限」のことをしたあとは、こいつの気力とか、生命力とか、あとは……、そう、「運」に懸かってくる。

 ――だから、こいつは絶対に助かる。

 まずは、水筒に入っている水をホウロウのコップにあける。サイコキネシスでのこういった細かい作業は、何度やっても慣れない。エスパータイプのポケモンなら、手でするより器用にやってみせるのだが、バトルで相手の弱点をつく為だけに仕込まれた俺のサイコキネシスでは、どうにも加減が難しい。大量の貴重な水を無駄にしてしまった。
 次にタオルを小さく焼きちぎり――炎の加減なら任せてくれ――それを水の入ったコップに突っ込んで、タオルにたっぷり水を含ませる。これで水分補給の準備は整った。次は飲む方の準備だ。今こいつは気を失っている。まずは、目を覚ましてもらわないといけない。
 いきなり、「マッハパンチ」というのもアリだが、寝ている奴に不意打ちするようで気分が悪い。「10まんボルト」を使えばコイツを殺してしまいかねない。

 ――あー、めんどくさい。

 面倒くさいが仕方ない。10ボルト位からゆっくり上げていこう。俺はエスパータイプでないが、でんきタイプでもない。これまたあの男に、にわか仕込みされた「10まんボルト」を、体から溢れ出しそうなまでのストレスを感じつつ、加減しないといけない。
 「あー、めんどくさい。」
 同じことを何度呟いたか。やっとバックパッカーが目を覚ました。覚ましてはいるもの、疲労困憊に合わせて、脱水症状まであるとあっては、喋るどころか、起き上がることも出来ない。焦点の定まらない視線をこちらに向けて、今にもまた気を失ってしまいそうだ。早く、こいつを座らせないと。自力では姿勢を保てないので、上半身を上手く壁にもたれかけさせる必要がある。寝かした状態からでも、水をやることはできるが、それをやるとかなりの確率でこいつは肺炎になる。ここで、こいつの運をもう一度計ってやってもいいが、それは無駄なリスクというものだ。座らせている間に気を失ったら、また起こす。いくら急いでも、肺炎で死なれては、元も子も無い。

 そして、ここからが一番難しい。タオルをサイコキネシスでゆっくりバックパッカーの口元に持って行き、少しずつ滴を垂らしていく。これが本当に難しい。力を抜きすぎれば、タオルを取り落としそうになるし、逆に入れすぎれば、あらぬ方向へ飛んで行ってしまう。そうやって、コイツの口めがけて滴を垂らしていく。さしずめ、クレーンゲームの要領だ。
 俺はバックパッカーの、顔面から胸をびしょびしょにして、水分補給を終えた。口の中には数滴しか入っていないが、これでいい。いきなり沢山やるべきでないのは、経験から知っている。
 あとはコイツの体温が下がらないよう、上着をかけておく。焚火は、俺がいればいらないだろう。俺、燃えているし。

 ここまでが、「最低限」。

 疲れたので、寝る。


 俺が、ようやくウトウトしてきた時。ゴソッという物音がして、目が覚めた。あのバックパッカーが、直立の姿勢をとっていた。物音の原因は、直立したバックパッカーから上着の落ちる音だった。立ち上がる前に上着を横にやればいいものを、と、思うところだが、それはできなかったろう。バックパッカーの意識は、回復していないのだから。では、なぜ直立しているのか。それは、全身にサイコキネシスをかけられて、体の自由を奪われているからだ。ちょうど俺が、ここまでバックパッカーを連れて来た時のように。だが、今俺は何もしていない。さっきまで、この上なくリラックスした状態で、安眠していたのだ。
 サイコキネシスをかけていたのは、「あいつ」だった。

 ――ボッ、ボッ、ボッ。

 弾かれたように立ち上がると、俺は火球を3発、正確にあいつを狙い放った。
 バックパッカーの様子を見る限りでは、「あいつ」が何をしたのか、もしくは、するはずだったのか分からない。だが、さっきから「あいつ」の行動は不審過ぎる。これ以上妙なことされる前に、一度“黙らさ”なければいけない。
 それに、「あいつ」はサイコキネシスを使っていた。そのことは言わずもがな、「あいつ」がポケモンであることを意味している。砂に乗り移ったバケモノならともかく、ポケモンなら勝負して倒せる。

「おい! 何が目的だ? 何がしたい? どうして俺につきまとう?」
 「あいつ」に尋ねながらも、俺は攻撃の手を緩めない。
 明らかに、「あいつ」は、俺に気づかれて慌てている。サイコキネシスを止め、襲い掛かる火の玉を、一つは回避し、一つは手で払い除けたが、一つは「あいつ」の頭に直撃した。しかし、意外とダメージは少なかったらしく、大きな頭をブルッと一回震わせると、「あいつ」はついに行動を起こした。
 両手を広げ、「あいつ」の手の平にある、鮮やかな赤と黄と緑の突起が、輝きはじめた。その輝きはあっという間に強さを増し、俺、バックパッカー、遂には城をまるごと包み込んだ。
 俺は、あまりの眩しさに目を覆った。

 再び目を開いた時、「あいつ」は既にどこかへ消えていた。
 さっきの技は、多分「フラッシュ」だろう。
 が、それだけではない。
 「あいつ」の手の平が光った瞬間、何か分からないが、技を使っていた。それは確かなのだが、何の技かわからない。

 ――気に入らない。

 「あいつ」が何なのか。どうして突然つきまとうようになったのか。何をする為にきて、何をしていったのか。分からないことだらけで、気に入らない。
 俺はもうほとんど死んでいるようなバックパッカーに目をやった。
 この人間に何かあることは間違いないだろう。俺がこの人間を拾ってからだ、「あいつ」が付きまといだしたのは。

 ――さぁ、コイツをどうする?

 面倒は嫌いだ。俺はまだこの砂漠を出る気はないし、これから先、「あいつ」がまた来たら勝負は避けられない。

 ――あー、めんどくさい

 こんなことに頭を使うことすら、面倒だ。不必要だ。考えるまでもない。

 ――コイツは、俺が次の町に送る。

 俺は、迷った人間を拾う。拾った人間は、助ける。助けた人間は、送り届ける。
 余計なことを考えて迷うのは、それこそ、このバックパッカーのような「考え無し」のすることだ。俺は、そんな馬鹿なことしない。
 俺は純粋な、俺の意思によって行動する。

 それからは一時間おきに、バックパッカーの様子を確かめ、それ以外の時はあいつが来ないか見張り続けた。
 バックパッカーの容態は、なかなか良くならなかった。上手くいけば、翌朝までには回復すると思っていたが、この分だと本当に危ないかもしれない。

 俺は無理をした訳ではない。確かに、最初は拾うのが躊躇われるほど悪かったが、拾った以上は助けるつもりだったし、助かるとも思った。実際、バックパッカーは今も生きている。
 しかし、一向に回復しない。
 最低限のことはした。それでダメなら仕方ない。
 俺は、諦める時はすぐに諦める。いつまでも問題を宙ぶらりんにしているのは、疲れるだけで意味が無い。
 だが、今俺は迷っている。
 コイツを拾った時から感じていたが、何か俺を、捨て置かせない物をコイツは持っている。
 なにより、悔しい。
 これまでに拾ってきた人間は、全て無事にライモンシティへ届けてきた。それは、何も俺の能力が凄いという訳ではない。ただ、俺が今まで、助かる奴だけを拾ってきただけのことだ。
 死ぬ奴は、死ぬ。
 死ぬ奴を拾ったことはない。俺はどいつの時も、助かる見込みを持っている。無理はしない。
 俺はこのバックパッカーとは、違う。

 こんな「考え無し」とは、違う。


 そうなると問題は、今のこの状態をどう抜け出すかだ。
 俺は、バックパッカーの額に浮かぶ、不気味な脂汗をタオルで拭ってやった。
 水分補給をさせ、適度な気温と湿度の中で十分休ませた。限られた最低限のことしかしていないが、これでバックパッカーは回復するはずだった。
 ――どうすれば、バックパッカーを助けられる?

 実を言うと、原因はわかっている。

 回復もせず、だからといって、悪くもならない状態。

 ポケモンが使う技で、全く同じ症状を引き起こす物がある。

『かいふくふうじ』

 バトル中に相手ポケモンの「じこさいせい」や、「ねむる」といった再生技を使えなくし、「ギガドレイン」のような、相手の体力を吸い取る技の効果まで無くす技だ。
 結果、使われた相手は、体力を回復できなくなる。
 さっき「あいつ」が最後に使った技は、「かいふくふうじ」で間違いないだろう。人間に使って、どれだけ効果のあるものか知らないが、バックパッカーを見る限り、事態は深刻だ。

 だが、どう対応すればいいか分からない。このままでは、バックパッカーは、死ぬ。状態が悪化しなくても、体力が持たない。

 いまさら気づいた自分の無知にイライラする。
 考えてみれば、なんともマヌケな思い込みだ。砂漠で自分一匹暮らしてきて、自分一匹で頭が良いと思ってきた。それが今、ポケモンの技の対応一つ分からずに追い込まれている。
 奢っていた、ずっと。

 ――こんなだから、俺は捨てられたのだ。

 今回のこととは、関係無いと分かっていても、そんな思いが頭の中で、まるでガンのように増殖していた。

 俺が捨てられる原因になったあのバトル。今でも、忘れたいのにハッキリと覚えている。
 あれは、「あの男」のイッシュ地方8個目のバッヂを賭けたジム戦だった。


 あれは、完全に俺のミスだった。
 俺が犯したミスは致命的な物だった。結果俺達は負けた。
 「あの男」が、負けた。
 「あの男」にとって、初の敗戦だったと思う。タマゴから育てられた俺だが、あの男が負けたところは見たことがなかった。

「――――」

 最後にあの男は、俺のことを呼んだ。
 その時の顔は、まるで頭の中に写真が残っているかのように、鮮明に覚えている。

 怒り、悔しさ、悲しみ、俺への失望。

 そして、俺は捨てられた。

 そのことについて、初めは「あの男」が恨めしかった。「あの男」のことを思い出す度に、悔しくて涙がでた。だが今はもうなんとも思わない。きっと慣れたのだろう。随分昔、この砂漠に来てからは、「あの男」も所詮、俺以外の「何か」だったと諦めている。だから、何も感じない。


 感じなくても、反省はする。同じ失敗を繰り返す気はない。
 確かに俺は馬鹿だ。それについて、今はどうしようもない。いつか、バックパッカーを助け終わったら、ポケモンの技を勉強し直そう。
 しかし、今そんな余裕はない。一刻を争う、という程ではないが、こんな状態が続けば、いずれバックパッカーの体は持たなくなる。
 こうなると、残された手段は多くない。
 バックパッカーをライモンか、ヒウンの、医者の所まで運ぶのは無理だ。あの不安定なサイコキネシスで、そんな遠くまでコイツを運ぶ体力が俺にないし、バックパッカーの体力も持たない。運ぶ途中にまた「あいつ」が現れれば、さらに時間を取られるだろう。
 俺だけで町へ行って、医者を連れて来られればいいのだが、それも難しい。ポケモンの俺は人間に対して言葉を持たない。さらに、往復でかかる時間を考えるとやはり、バックパッカーの体力が危ない。
 数少ない手段がさらに減っていく。俺に思いつく手段は残り一つだけ。
「あいつ」と直接勝負する。
 話をして解決するなんて期待もしない。「あいつ」には、バックパッカーを消そうとする確かな意思を感じるからだ。
 これだけは避けたかった。「あいつ」がポケモンだと分かったのはいいが、今だに「あいつ」には得体のしれない恐怖を感じている。何より「あいつ」は強い。俺の火球を受けて、平気でいられる奴は少ない。普通のポケモンバトルなら、強い相手はむしろ大歓迎だ。だが今からするのは、絶対に勝たなければいけないバトル。相手がどんなポケモンか、タイプすら分からない。さっきサイコキネシスを使っていたからエスパータイプかもしれないが、使う技のタイプと自分のタイプが対応しないのはよく知っている。俺がまさにいい例だ。運が良ければ、有利な相性かもしれないが、苦手なタイプかもしれない。もしかしたら、伝説と呼ばれるポケモン位強いのかもしれない。
 それ対して、向こうがどれくらい俺のことを知っているのかも、未知数だ。タイプは確実に分かっているだろう。もしかすると、それ以上にたくさん知っているのかもしれない。
 考えれば考えるほど情報が少ない。「あいつ」が怖い。もう二度と会いたくない。バトルなんてもっての他だ。こんなバトルをするのは、よほどの「考え無し」しかいない。

 それでも、しなければいけない。吐き気がするほど嫌だが、しなければバックパッカーは死ぬ。
 それは、許されない。俺の意思がそれを許さない。
 俺は城を出た。




 全身を真っ白に燃え上がらせたブーバーンが、出口を目指し歩いていく。
 黒く焼けた足跡だけが、その「意思」を照らし、ポツリポツリと続いていた。
















 ――きれいな朝。

 砂漠は珍しく晴れていた。近頃の、最悪の毎日を考えれば、似合わない朝だ。
 きちんと覚えてきたはずの地図が、間違っていたのが始まりだった。おかげで、一日でライモンに着くつもりが、一週間も砂漠で迷い続けることになった。さらに、遅れを取り戻そうと焦るあまり無理をし、あげく熱射病で死にかけた。
 慣れとは怖いものだ。一年も旅をしてきた自信が、地図を忘れるというミスを引き起こした。覚えてきたはずの道のりさえ、間違っていた。これでは、10歳の私が親に言われたことそのまんまだ。

 ――考え無し。

 あの時の父の言葉がよみがえる。危険の程を十分に理解していない、お前は考え無しだ、と父は言った。

 バックパッカーとして旅に出たのは、去年のことだ。理由は、大学にいる間にすこしでも外の経験を積んでおこう、と思ったのと、親への反発。10歳の時、女だからという理由でポケモントレーナーになることを親から許されず、大学に入るまで家の中で勉強ばかりさせられた。そのことについて、私自身の意思を無視した親にはもちろん、あの時自分の意思を大切にできなかった自分にも腹が立つ。だからこそ、大学では猛勉強した。今では、いつか自分の研究所を建てて、新米のトレーナー、特にかつての自分のような者を応援するのが目標だ。それには、外の経験が必ず必要になる。
 そう思って旅してきた結果が、これだ。

 別に砂漠を舐めていた訳ではない。きちんとルートを確認し、十分に計画を練ってきたつもりだった。それでも私は、「考え無し」なのか。

 私は、再び遺跡の中へと戻った。体に感じる気温が、一気に上がる。朝の砂漠が寒かったのもあるが、それ以上に、あのポケモンがいることが大きい。

 ――ブーバーン。

 イッシュには生息しないポケモンだ。普通の人ならまず知らないポケモンだろう。野生で見つかるなんて話は、イッシュどころか、他の地方でもなかなか聞かない。どういった経緯で、こんなところにいるのか。どうして全身ボロボロの状態で、遺跡の前に倒れていたのか。研究者として興味深くもあり、得体のしれない怖さも感じる。
 不思議なのは、このブーバーンだけではない。私が倒れる前日、なんとリゾートデザートにオーベムまで出てきた。オーベムはまだ発見されてから、40年も経っていないポケモンだ。その生態についてはまだまだ謎が多く、その生息地と言われるところでも発見された数は多くない。特に、最近指摘されだしたオーベムの「ブレインコントロール」の能力については、私も気になっていたところだ。
 ついでに言うと、私が今生きているのも不思議だ。熱射病で体力を完全に切らし、動けなくなっていたはずだった。それも近所の公園での話じゃない。砂漠の真ん中で、だ。生きたいと思うほうが、間違っている。実際、私が座り込んだその時、本気で死を覚悟した。
 なのに、今私は生きている。気が付いたらこの中にいた。横に投げ出された私のコップやタオル、水の少し残った水筒を見れば、誰かが私を看病してくれていたのは分かる。しかし、気が付いた時には誰もいなかった。
 まぁ、それも助かった以上、気にすることもないのだが。できれば、お礼が言いたかった。

 昨日はずっとこのブーバーンの看病をして過ごした。本当なら、すぐにも次の町へ向かいたい所なのだが、満身創痍のポケモンを見てはそうもいかない。それ位、このブーバーンは酷い状態だった。一体、何をしたらここまでボロボロになれるものなのか。昨日の朝見つけた時は、正直助からないかと思った。
 そう考えると、このブーバーンは運がいい。
 あそこまで傷を負えば、それも砂漠の中で、普通は死んでしまう。私が、たまたまここにいて、なおかつ携帯獣学を専攻する学生で、さらに臨床携帯獣学の講義を毎回真面目に受けていたからこそ、今あのブーバーンは生きている。

 ブーバーンの傷は、すでにほとんど癒えている。初め見た時は動くこともできず、城の中へ入れるのに苦労したが、今はもう大分元気になった。ところが何故か、私と常に距離を置いたまま、顔すら合わせようとしない。
 失礼なポケモンだ。
 ポケモンに礼儀を求めるなんておかしな話だとは思うが、このブーバーンは、命の恩人に対する態度を考えなおすべきだと思う。

「ちょっと、あなた!」
 ブーバーンに声をかけた。

「何むすっとしてるのよ。せっかく助かったのに、もう少し嬉しそうにできないの?」

「…………」
 反応無し。相変わらず、座ったまま、あらぬほうを見つめている。

「はぁ、まったく。何をしたのか知らないけど、とにかくこれからは、無茶しないこと。自分のすることについて、やる前によく考えることね。そうしないと、次は助からないかもよ。」
 ポケモンに説教なんてバカらしい、と思ったが、これが案外効いたようで、ブーバーンがさっとこちらを振り向いた。

 ――もしかして、怒ってる?

 ブーバーンの体が、強く燃え上がり、気温がさらに2・3度上がったようだ。表情もなぜだか、険しく見える。

 ――説教されて、逆ギレするなんて。

 呆れて何も言う気がなくなってしまった。


 ――人の気も知らないで。
 私は、最後に一度だけため息を吐き、次の町へ向かう準備を始めた。













 ――人の気も知らない。

 人間の使う慣用句で表すなら、ここまでピッタリな状況はないだろう。
 まさかあのバックパッカーに、「考え無し」扱いを受けるとは。不本意も不本意。酷い侮辱だ。
 俺が、どれだけ苦労してバックパッカーを助けたのか。
 分かってもらおうなんて、カケラも期待しないが、あそこまで言われる筋合いはない。

 自分が、バックパッカーを助けたことを、傘に着る気はないし、助けてもらったことは純粋に感謝している。
 ただ今は、久しぶりに楽しいバトルができた、その余韻に浸っていたかったのだ。

 「あいつ」との勝負は、熾烈を極めた。バトルをして恐らく分かったのは、「あいつ」がエスパータイプということ、「あいつ」もまた捨てられたポケモンということ。
 エスパータイプと言うのは、「サイコキネシス」を主体で攻撃してくるバトルスタイルと、俺の「マッハパンチ」が殆ど効かないことから、予測がつく。「あいつ」が捨てられたポケモンということは、そのレベルが野性クラスのそれを圧倒的に凌駕していることや、戦い方に今だ、人間といた時の名残を感じたからだ。
 同時に、その名残を振り払いたいという意思も伝わった。
 俺そっくりだった。

 結局バトルは俺が勝ち、「あいつ」は消えた。確信はないが、もうリゾートデザートにはいないだろう。根拠はない。戦った者の勘だ。
 バックパッカーもついさっき、ここを出た。案内するつもりだったが、道を知っている者に、案内はいらないだろう。
 これで、また俺は砂漠に一匹。元通りだ。
 俺は立ち上がり、大きく深呼吸をした。












 外に出た。砂漠は珍しく凪いでいた。
 俺は、自問を始めた。


 
『俺はいつから、この砂漠にいるのか。
 ――ずいぶん昔からだ。正確な年月はもう忘れた。
 
 俺はどうして、この砂漠にいるのか。
 ――いるからいるのだ。理由なんて必要ない。
 
 俺はいつまで、この砂漠にいるのか。
 ――俺がこの砂漠を出るまでだ。追い出されることも、引き止められることもなく、純粋な俺の意思によってそれは決められる。


 俺は誰だ。
 ――俺は……。』

 ――俺は誰だ?

 ――ブーバーン?

 そう確かに俺はブーバーン。でも、それだけか。何か違う気がする。いや、そのことに違いはないのだが、正しくもない。
 気が付けば、その場に座り込み、当たり前のことを疑うのに必死になっていた。


 分かっていても、やめられない。自分の記憶をひたすら手繰っていく。何かを思い出せそうで、思い出せない。

 どれだけ必死に記憶を手繰っても、結局行き着くのは「あの日」のこと。「あの男」が負けた日のこと。
 俺のミスで「あの男」は負け、最後に俺のことを呼んだ。忘れもしない、あの顔。そして、俺は捨てられた。

 手繰っても、手繰っても、手繰っても、思いだすのは、あの顔。



 ――…………心配?

 違う、違う。あの顔は確かに、俺に失望してた。心配なんかしていなかった。



 ――…………労い?

 何故だ! 違う。俺は「あの男」を勝たせられなかった。俺への労いなんかあるはずがない。


 ――…………………はっ!!


 思い出した。「あの日」のこと。バトルの後の、あの表情。あの顔は、俺のことを心配して、励ましてくれていた。
 忘れていた。「あの男」がどれだけ、俺のことを心配してくれていたか。自分だって、冷静でいられないほど悔しかったはずなのに。俺の失敗が原因なのに。一切批難するような顔せず、自分のポケモン達が負けたことで傷ついていないかだけを心配していた。それを俺は誤解して、「あの男」から逃げ出した。捨てられたんじゃない。俺が、「あの男」を、裏切ってしまったのだ。


 そして、俺には名があった。「あの日」、最後に呼ばれた俺の名前。今までずっと忘れてきたが、今やっと思い出した。ブーバーンなんてどこかの学者が付けた名前じゃない。「あの男」がくれた、俺の、俺だけの、たった一つの名前。

 ――もう一度、その名で呼ばれたい。もう一度、「あの男」と旅がしたい。一緒にバトルがしたい。


 俺は今日、砂漠を出ることにした。純粋な、俺の「意思」によって。

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またまた、やたら時間がかかってしまった。
こんなブーバーンを書いてみたかっただけです。

Bとは、Boobarn・Backpacker・o-Bem のBです。もともと、タイトルは別のものを考えていましたが、BWに掛けてみたくなり変更、これが失敗でないことを祈ってます。

あと、これの時代設定は今のBWより約10年昔で、バックパッカーはアララギ博士のつもりです。念のため。


【書いてもいいのよ】【批評してもいいのよ】【描いてくれたら嬉しいなぁ】