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  [No.1062] 三つのクリスマスの物語 投稿者:紀成   投稿日:2010/12/24(Fri) 12:23:18   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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一、ユエの場合


「やっと終わった・・」
ユエは、お客がいなくなった店内を見回して安堵のため息をついた。
今日はクリスマス・イヴ。このカフェでも稼ぎ時ということで、何かそれに相応しいことを出来ないかと考えたのだ。
で、行ったのが。
「まさかあんなに来るなんてね」
表に出していた小さな黒板を中に入れ、文字を見る。

『クリスマス・バイキング
イヴの夜限定、バイキング・ディナーはいかかですか?
九十分で二千円から。素敵な料理をご用意しております』

この看板を出した時から、カフェの中を覗く人が増えてはいるなと思っていたのだ。大体は若いカップル。その次に女性グループ。
高校生くらいの女の子もいたが、今日は来ていなかったようだ。まあ、その年では家族や彼氏と過ごすのが無難だろう。
ディナータイムは午後五時半から。それまでに、従業員達と一緒に準備をする。
料理をのせるテーブルを磨き、その料理を作り・・。
店を開けた時には、既に十組以上が並んでいた。


『すごかったわね』
エンペルトが呟いた。手にはコーヒーカップを持っている。
『まあな。元々コーヒーだけでなくアイデア料理の店で売り出したんだ。興味持って来る人は多いと思うぞ』
マグマラシは今日出した料理のリストを見ていた。サラダ、メイン、デザート・・。全てがユエのアイデアだ。
『ダルマッカとヒヒダルマの激辛パスタ、フリージオのコールドサラダ、クリムガンの温野菜サラダ、コジョフーのガーリックトースト・・』
『デザートに、ゴチルゼルのデコレーションケーキ、ヒトモシカップケーキ、ツンベアーのアイスクリーム・・』
よくもまあ、ここまで考えたものだ。
「皆、今日は手伝ってくれてありがと」
話していると、ユエがやってきた。
「皆のことも凄く評判だったわ。ポケモンが給仕してるのが可愛いって」
マグマラシの顔がボッと赤くなる。エンペルトがクスクス笑った。
「というわけで、これ。私からのクリスマス・プレゼント」
可愛い包み。あけて見ると、ポフィンとポロックの詰め合わせだった。


「オーナー、小包が届いてます」
一通り片付けが終わった後、皆にコーヒーを振舞っていたユエの元に、ダンボール箱が届いた。
差出人は、無し。
「え、誰だろう・・」
少々警戒しながら開けてみる。エアバックに包まれた・・ミニタンス?
手紙も入っていた。
「どれどれ・・」

ユエさん

店を任せてしまってすまない。まだ帰れそうもない。こちらは凄く楽しくてね。
風の噂では楽しくやっているそうだから、安心しているよ。
戻ったときおいしいコーヒーを飲ませてくれ。では。


「マスター・・せめて住所くらい書いてくださいよ!」


二、ミドリの場合

クリスマス。クラスメイト達はカップルで過ごす者が多いらしく、独り身のミドリはあまり街に出ることが出来ない。遭遇したくないからだ。
だが、そんなミドリでも今日は街に出た。昨日公開されたばかりの映画を観に来たのだ。
『キュウウウ!』
つれて来たツタージャが震えている。ジャケットの中に入れているが、草タイプにはこれでも寒いらしい。
「映画館に入れば、あったかいから」
わめくツタージャをなだめ、ミドリは中に入っていった。

「あれ」
チケットを買い、ツタージャにポップコーンを買い与えていると、後ろから声がした。
「ミドリちゃん」
「・・ミスミさん、ミコトさん」
自分の先輩が立っていた。私服なので、一瞬誰だか分からなかった。
「どうしたんですか」
「映画観に来たの。ミコトは付き添い」
「何でこの年でアニメ映画観ないといけないんだ」
「・・」
アニメ、と聞いて思いつくものは一つしか無かったが、あえて言わないでおこう。
「ミドリちゃんは何を観るの?」
「・・推理ものです。ファンなんです」
「っていうか、また眼鏡に替えたんだね」
元々、ミドリは目が悪かった。ステンドグラスの本を読むようになってから、ますますひどくなり、中二の二学期からコンタクトにしたのだ。
だが、今は金縁のインテリのような眼鏡をかけている。
「好きな役者がこれなんです」
「で、その私服も?」
「父親が置いて行ったのを仕立て直してもらったんです」
ネクタイ、帽子、コート。いかにもそれっぽい。
「じゃあ、そろそろ行きますね。では」
「あ、うん」

「『絶対的な正義がこの世にあると思ってるの?』かあ・・」
ミドリは帰り道、先ほど観た映画の台詞を口に出し、フウと息を吐いた。


三、カオリの場合

「insolt boy!
slave of fashion
basking in your glory!」

『懐かしいな。『オペラ座の怪人』のファントムの最初の台詞か』
デスカーンが言った。聞こえているのかいないのか、カオリは右顔につけた仮面を外す。
「丁度・・この時期だった」
『皆怯えていた。カオリの存在感と、演技力に』
「演じている側は分からないよ」
外は雪が降りそうな雰囲気だ。ホワイトクリスマスになるだろうか。
「クリスマスの舞台に、それをするなんて、あの学校も変わってたよね」


数年前の話である。
当時カオリは、まだ火宮の家にいた。といっても、その数日後には全て灰になってしまったため、カウントダウンをしてもいいくらいだった。
中学のクリスマス会のようなもので、クラス対抗で舞台をやることになったのだ。
「私のクラスは、オペラ座の怪人をすることになったんだ」
もちろん、カオリは脇役を取った。下手に目立ちたくなかったからだ。女子は皆、そのクラスで一番人気のあった男子をラウルにし、自分がクリスティーヌをやりたがった。
そして、嫌われ者の男子をファントムにした。

稽古が始まったが、カオリの目から見れば、皆下手だった。
『カゲボウズ達が喜んでいたが・・。ファントム役の男子をいじめる感情が食べられると』
「幻影役の感情なんてそうそう食べられるものじゃないしね」
だが、その虐めもかなり酷かった。元々がそういうポジションだったため、台詞を聞こえないと言ったり、わざと転ばしたり・・。
見ていて目が腐りそうだった。

『それ以前に、カオリは許せなかったんだろう』
「何が?」
『ファントムを侮辱されるのが。推した人間にも、それを引き受けた人間にも、お前は負の感情を持っていた』
「・・・」

だから、公演前日、ファントム役の男子を呼び出した。

『私にあの人の役をやらせて欲しい』と。

当日、カオリは脇役を演じる振りをして舞台から抜け出した。そして、体育館の舞台上に登った。仮面をつけ、衣装を着て。
そして、男のような低い声で言った。

『insolt boy!
slave of fashion
basking in your glory!』

(私の宝物に手を出す奴、無礼な若造め!)

『皆が一瞬硬直した。会場が静まり返った。舞台に登場した時、誰もお前だと思っていなかった』
「最後の方の仮面をはがすシーンでばれたけどね」
中学生ともなると、さすがに仮面をしていても男女の区別はつく。
だがカオリは低い声を出し、しかもファントム役は男子がやっているという・・先入観により、女だとは思わなかったのだ。

『特殊メイクをしていたのだろう』
「火傷の痕を作ったんだ。あのヒロインの怯えた顔がおかしかったよ」

会場が本当にパニックになる前に、カオリは自らメイクをしていたマスクを破った。
女だと分かった瞬間、皆の顔が驚きの色に変わった。

『カオリ、あのときのカオリはすごくかっこよかったー』
『よかったー』
カゲボウズ達が集まってくる。
「あの時の仮面が・・これだ」

ファントムになりたかったわけではなかった。
ただ、侮辱されたくなかった。
それだけだ。

「さあ、街のツリーでも見に行こうか」

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紀成です。クリスマスイヴだということを忘れかけていました。
年々物忘れが酷くなっている気がします。
幻影シリーズもそろそろ佳境な気がするので、どうか見守ってやってください。

では、merry christmas!