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  [No.1118] 机の中にゾロアがいたら【再投稿】 投稿者:キトラ   投稿日:2011/05/02(Mon) 22:36:32   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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「生きて帰れよ」
黒い影が月明かりの草むらを過ぎて行く。自らの目的を果たすため、気の遠くなる道のりを一歩ずつ。


空は暁、早起きな人間が体操やマラソンの時間。
やがて、何時間もしないうちに目覚ましが鳴った。夏休みに入り、サマータイムと称した朝型生活で、いつもより起きることがつらい。
「ツグミ!起きてるの!?起きたら早く勉強しなさい!」
今年は受験生。だからこの教育ママも気合いが入っている。朝からドリルやら漢字、昼になれば塾へ行く。

教育ママに逆らうでもなく、ツグミは大人しく勉強していた。勉強が出来ないわけではなかったし、できることが楽しいから苦ではなかった。
ただ、一つだけツグミがママに不満があった。それは自分のポケモンを持ってはいけないこと。

「大人になってからでもポケモンは飼えるでしょ、それより今、勉強しないで受験に失敗したら、大人になってポケモン飼う余裕ない生活になるわよ」

それがママの口癖。そうは言われても、クラスの友達がポケモンの話をしていると、嫉妬と羨望まじりの視線を送るだけ。

本来なら塾なのだが、今日は休み。そのかわり学校の図書室へ行って勉強する。3年前に買ってもらった赤い肩掛けカバンに、鋭い鉛筆が入った筆箱を詰めて、ツグミは家を出た。

学校に着くと、誰もいない教室に入る。荷物は何もないけれど、ちょっと寄ってみたくなったから。最後に大掃除したっきり、何一つ変わってない。換気しない部屋の空気は立てこもる一方だった。
少しの間だから、と自分の机に触る。前から2番目の席。教師もツグミを出来る子と見ていて、あまり関わらない。残りの出来ない子を指導するからだ。それがツグミには「先生にも相手にされないつまらない自分」と受け止めている節がある。
勉強が出来る、大人しくて良い子。優等生。でも存在薄くて消えても気付かないかも。本当に消えてしまったら…
椅子に座り、うつむいた。しかし、そこで思考が止まる。違う生物と目が合っている。しかも机の引き出しから覗いている二つの目。しばらく黒い狐のような生物と黙って見つめ合う。
「人間、だよな?」
驚くべきことに、黒い子狐は小さな男の子のような声で喋る。有り得ないことなのに、突然過ぎてツグミも真面目に答える。
「うん。あなた誰?」
「おっと、用事がある方から名乗らないのは非常識だって父上が言ってたな。オレはゾロアってんだ!」
身のこなしは軽く、ツグミの机の上に音もなく着地する。黒い毛皮に赤いたてがみのような毛が、引き出しに入っていたにしては豊かに整っていた。
「オレがここにきたのは頼みを聞いて欲しいからだ。」
「頼み?私でよければ。」
ゾロアの表情は喜んだように見える。やわらかそうなしっぽをゆっくり振る。
「オレの父上は群れ
の中でも最も強いゾロアークだ。しかも強いだけじゃなくて、一番正しいかったんだ。だけど、あいつらがオレの父上を…」
ゾロアの足が震え、目から涙が溢れる。怖いのか悔しいのか、違いは解らない。ただ、ツグミにも父親がどうなったのかは想像がつく。
「すまない、あの鳥のような竜みたいな大きなヤツらが、父上を殺した。そのことに抗議した母上もやつらは笑いながら殺した!オレは仇を取りたいんだ!でもオレは強くない。人間の元で修行したら強くなれると聞いた。お前は人間だろう?オレを強くしてくれ!そしてオレと一緒に仇をとってくれ!」
「えっ…」
今の生活や受験のこと、何よりママのことが引っかかる。ツグミは言葉が出なくなった。
「それに誰でも良いってもんじゃない。ムクホークの占いで、この建物にいて、最初に会った人間こそ、最適な人間だと言われた。頼む、力を貸して欲しい。」
「ごめん、私ね、受験だから勉強しなきゃいけないし。それに仇討ちなんて危ないよ。」
ゾロアは世界中の絶望を集めたような顔した。小さく、どうしてもダメか、と言ったがツグミの耳には入らない。
「…わかった。では他をあたる」
ゾロアは机から降りて教室の入り口に行く。もの惜しげにツグミを見つめると、外に出た。
「うわっ、なんだ?ポケモン?」
夏休みだというのに学校に来るのは他にもいたらしい。クラスで一番、ポケモンが強い男子だ。今日も取り巻きを連れて何しにきたのか。3人の男子に進路を塞がれ、ゾロアは教室内に押し戻される。
「これお前の?マジで?ポケモン持ってたのかよ。じゃあ勝負しようぜ」
「ゾロアは私のじゃなくて…」
男子によりゾロアがポケモンだと気付いたのだが、さらにそのポケモンが喋ったことは何と説明しよう。上手く説明できず、黙っている。業を煮やした男子がツグミの腕をつかんだ。
「結局、お前のポケモンなんだろ?なんでもいいから俺が一番ってこと教えてやるよ!」
「いたいっ、放してよ!」
ツグミの腕を引っ張り出す。抗議の声をあげると、それまで黙っていたゾロアが男子に飛びかかる。顔に張り付かれ、ひるんでツグミの腕を放した。
「なんだってんだよ!」
ツグミの前に立ち、威嚇のうなり声を上げるゾロア。怒り狂った男子は、クラスで一番とされるポケモンを出した。モンスターボールから飛び出したのは、精神的な力を操るポケモン。黄色く、人間のような容姿を持つのは確かユンゲラーと言った。
「あんな狐、サイコキネシスでやっちまえ!」
ユンゲラーのまわりの空間が七色のオーラに包まれ、それが全てゾロアへ向かった。ツグミも見たことがないわけではない。この攻撃を食らったポケモンたちがどうなるのか。
「ゾロア!」
足はふらつき、息もまともに出来ず、そのまま死んでしまったポケモンもいた。ゾロアもそうなるのではないかと、ツグミは見た。
ところが、ゾロアはふらつくどころか、全く変化がない。うろたえる男子を後目に、後ろ足でユンゲラーに飛びかかり、鋭そうな牙で噛みついた。ゾロアの体格も力もそんなに強い方ではなかった。しかし、今までダメージというものを食らったことがなかったため、ユンゲラーが酷く混乱し、男子の言うことなど聞かなくなっていた。そして、ゾロアは追い討ちをかけるように低い声で吠える。ユンゲラーは消えるように逃げ出した。もちろん取り巻きも。

「ゾロアって強いんだね」
おそるおそる声をかける。振り向いたゾロアは先ほどとは違っていた。その目は怒っている。
「お前、いつもああやっていじめられてるのか?」
ツグミの心臓が止まりそうになる。たいして暑くもないのに、汗が止まらない。
「いじめられて、それでもやめろって言えなくて、ただ黙って、それでいいのか!変えたいと思わないのか。受験だってなんだって自分がやるんじゃないのかよ!」
意味が解らん、とゾロアは廊下に出て行く。ふさふさのしっぽが見えなくなった。
「ゾロア!」
ツグミはすぐに追いかけた。黒い影は振り向き、足を止める。
「ゾロアの言う通りだよ。いじめられてるけど、言い返す勇気も、変える努力もしなかった。」
「だろうな」
「ゾロア行こう。私も強くなる。一緒に仇を討とう。」
「いいのか?いつ終わるか解らないし、父上よりずっと強くなるには何年単位かかるかもしれん。」
ツグミは大丈夫、とだけ言った。カバンを取り、家に帰る。ママはいなかった。


「ママへ。ゾロアと一緒に旅に出ます。強くなって帰ってきます。心配しないでください。」

服を着替え、家を飛び出す。足元にはゾロアがついていった。