春。
イッシュには花が咲き乱れ、風はあたたかい。
遠い土地からやってきたスバメがしきりに巣作りに励んでいて、シッポウシティの人は皆それを温かく見守る。
春。
イッシュには雨が降り注ぎ、森はにぎやかだ。
ありとあらゆる生命が、生まれ、育まれ、喜びに満ち溢れた季節。
春。
…私にとっては一番辛い季節。
* * * * *
「ぶえええっくし!!!!」
私は本日何十回目かのくしゃみを盛大にやらかした。
私の鼻腔、口蓋から放たれた音波は、壁を細かに振動させ、ドラゴンの骨格のあばらをすりぬけ、
様々な模型に触れながら吹き抜けの2階にまで、私という人間の存在を知らしめた――
ようするに、だ。
私のくしゃみは、博物館内にめちゃくちゃ響いた。
バクオングとまではいかないけれど、多分、ゴニョニョとタイマンはれるんじゃないかと思った。
今のくしゃみはおそらく「ハイパーボイス」と「ふきとばし」を兼ねているんじゃないか。
その証拠に、私が必死こいて展示物の詳細を記していたはずのメモのページが白く眩しい。
あちこちから突き刺さる視線に、私は小さく頭を下げた。
気の毒そうな顔もいれば、明らかに私を見て笑いをこらえている人もいる。
ちなみに斜め前方にいる、彼氏は前者で、彼氏の足元にいる、彼の手持ちポケモンは後者だった。
彼のポケモン…通称エルルに軽く舌をつきだしてから、
再び展示物に目をやり、メモをとるふりをして顔を隠した。
こっちだってねえ、好きでくしゃみしてるんじゃないんだから。
* * * * *
こうなったのは1年前の春だった。
朝からひっきりなしにくしゃみが続き、あげく鼻水はクマシュン顔負け。
クマシュンなら鼻水たらしてても「かわいいねえへへ」となるところ、大の大人である私が鼻水たらしてたら「帰れ。」となるのである。
差別だ。ポケモンと人間の差別だ。
私がもし、大学の専攻が近代史やら社会学だったら、ポケモンと人間の差別についてレポートを書きあげるところだったのだが。
あいにく、私の専攻は地学である。
私の通う学校はここから遠く離れた、ソウリュウシティの近辺にある。
今回のレポートづくりのために、実家のあるシッポウシティに帰郷したという訳だ。
そうでもなければ私はこんな町まで来ない。
少なくとも、春には、絶対に!!!!
なぜか?
母さんが嫌い?
違う。
父さんが嫌い?
それも違う。
私が嫌いなのは、ヤグルマの森。
というか………モンメンだ!!!!!!
どうやら私は、通称「紋綿症」にかかっているらしい。
紋綿症というのは、その名の通りモンメンにまつわる病気である。
かなり簡単に説明すると、モンメンの綿毛が一種のアレルギー反応をおこし、
粘膜に触れると体が拒絶反応を起こすというものだ。
私の場合はくしゃみがひどい。
目もかゆいし、鼻水もしきりに出る。
それこそ滝のように出るのである。
草木の花粉が、アレルギー反応を起こす人たちは、カントーやジョウト地方だと多いらしい。
しかし、イッシュにはあまりそのようなことはなかった。
カントー地方の天気予報には、季節によっては
「それでは、今日の花粉状況です!」
と言って、その日がいかにくしゃみ、涙が辛いか警戒度を示すらしい。
信じられない話だ。
昔は笑っていたが、今は笑えない。
今すぐにでも遅くない、イッシュにも「それでは、今日のモンメン状況です!」と予報する天気予報を作るべきだ。
しかしながらこの症状、あまり広まっておらず、
なかなか理解されないものなのである。
「紋綿症?なにそれ、おいしいの?」
とかのたまう奴らが世間の大半だ。
そこにいる私の彼氏もその一人。
幼馴染からとんとんで恋人に昇格した。
大学は離れてしまい、今は遠距離恋愛だ。
少々おせっかいなところがタマにキズ…もといビリリダマにキズだが、…まあ、優しいと言えばやさしい。
今回も私が家に「考古学のレポートを書くから、明日辺りそっちに行く」と連絡をつけたら、
次の瞬間ライブキャスターで、
「じゃあ俺のムクホークで迎えにいくよ」
と、本人はキメ顔、実際には満面のどや顔で言われた。
別に悪いヤツじゃないんだけど、…紋綿症には理解度が低い。
* * * * *
「ぶえくし!」
彼の悪いところ。
おせっかいなところ。
「ぶえっくし!」
彼の悪いところ。
私より料理がうまいところ。
「ぶええっくし!」
彼の最大の悪いところ。
……手持ちポケモン。
少し離れたところにいる、彼と、ニヤニヤしているエルフーンを手招きした。
「ちょっと。」
「何?わからないところがある?どれどれ」
「違うって。あのね、お願い。室内にいるときだけでいいからさ、エルル戻してくれない?」
エルルはいやいや、というように首をふった。
とても見目愛らしい彼女(エルルはメスだからね、)がこのようなしぐさをすることは、とても和む光景なのだが、
「ぶぇえええっくし!!!!!!」
私には見える。
エルルが動くたびに、ぽわぽわしたオーラが空気中に飛散し私の体内を侵略しに来るのが!!!
モンメンの綿毛もだめなら、エルフーンの綿毛もだめなのである。
むしろエルフーンのほうが綿の面積が広くて私にとっては害悪ポケモンだ。
彼はしぶしぶ。といった感じでエルルをボールに戻した。
全く。
紋綿症の患者の半径10m以内に、モンメンおよびその進化形を近付けるなと何回言っても通じない。
「エルル、ごめんな。」
カタカタと揺れて抗議しているようだ。
エルフーン自体に罪はないので、エルルがしゅんとしているなら私も罪悪感を感じただろう。
しかしボールの中であからさまに私に威嚇してきたので、
私もちょっと睨みつけてやった。
私の最初のポケモンはチュリネ、リリア。
エルルとリリアは、私たちが5歳の時、一緒に捕まえたポケモンだった。
エルルは小柄で、最初の内は慣れない環境で元気がなかったので、
つきっきりで彼に看病されていた。
その甲斐あってか、エルルは今や非常に(彼曰く)わんぱくな性格で、彼になつきまくっているのだ。
…そのくせ私には生意気な一面しか見せず、
リリアに対してもライバル視しているところがあり、ちょっと憎たらしいヤツだった。
あいつに何度、彼氏とのデートを邪魔されただろうか。
あいつに何度、リリアの髪の毛みたいなはっぱをくるくる巻きにされただろうか。
「いたずらごころ」の名はだてではない。
かわいい顔して悪魔のようなやつである。
エルルがたとえ綿毛を発さないポケモンだとしても、私は仲良くなれないだろう…。
うっかり「害悪ポケモン」と書いてしまったところをぐしゃぐしゃ消して、
私は再びレポートのためのメモ書きを始めた。
* * * * *
薫風香る5月。
ヤグルマの森から新鮮な空気が流れ込み、シッポウシティの春風は、
私たちに命の喜びと、綿毛を運んでくる。
(綿毛さえなければ。)
これがもう少し経てば、しっとりと湿り気を含んで、また違った風になるのだろう。
雨上がりの土の香りも、洗い流したような空の色も、町にもたらしてくれるだろう。
シッポウシティは本当に美しい所だと思う。
(モンメンさえいなければ。)
…紋綿症は非常に精神的にもじわじわと攻め込んでくる。
博物館を出ると空はもう夕暮れだった。
やわらかな風が吹いてくる。
私たちは風の中で伸びをした。
後ろから風がきもちーなーとか、彼が言っているのが聞こえる。
先ほど、博物館で戻されてしまったことがご立腹なエルルも、
しばらく風とたわむれたらすっかり機嫌を直して一人で遊んでいた。
博物館内では出さなかったリリアも、私は出してやった。
彼女も故郷の風に吹かれて楽しそうだ。
「ユリ。」
振り向くと、彼氏が何やら真剣な面持ちで立ち止まった。
私もつられて姿勢を正す。
「あの、さ」
「何?」
少し、風が強い。
彼はそのせいか語気を強めた。
「お前、モンメン病…だろ?」
「うん。」
正確にいえば「症」だが、まあいい。
「っていうことはさ、カントーとか、ジョウトに住めばさ、」
「大丈夫なんじゃない?」
「だよな?だよな、だったらさ」
ざあ、とひと際強い風が吹く。
彼の瞳に、夕時の朱色と意志の光が宿っていた。
…もしかしたら?
リリアは空気をよんで、どこかへ立ち去った。
エルルも、エルルにしては珍しく気を回したようで、どこか離れたところにいるようだ。
「お前が大学卒業して、俺もひと段落ついたらさ、」
そこで何故か急に照れ出す彼氏。
…言い忘れていたが、こいつはシッポウきっての草食系男子といわれていた。
いつもならこういうとき、私が言葉をひきとってフォローするのだが…。
大人しく言葉を待つ。
「俺と一緒に、カントーの…そうだな、マサラとか。
そういう静かなところで、一緒に暮らさないか。」
返事はゆっくりで、いいから。
その声は高鳴る風に、かき消されそうで、彼は吐き捨てるように、
しかし私の目をしっかりと見て言いきった。
「それって…。もしかして、」
私の声は震えていなかっただろうか。
鼻声でなかっただろうか。
鼻水でなく今なら涙があふれそうだ。
恋人になって、この言葉がまだかまだかと待ち続けた3年間。
「……ユリ!」
名前を呼ばれて頷いた。
先ほどから止まない風が、また一層強くなる。
彼はそれに負けない声で、
力強く言った。
「――――――俺と、結婚しt「ぶぇええええええっくしっ!!!!!」
風が強く、吹いていた。
……その後。
ひたすら、自身の体をわさわさ揺らしながら「ぼうふう」を起こしていたエルルは。
そして、つかつかとエルルに歩み寄る私を見守っていた彼は。
未だかつて、前代未聞、史上最強、歴史初の、
私とリリアの「本気怒りモード」を見ることになるのであった。
終わって
* * * * *
ここまで読んで下さり、ありがとうございました…!!!
はじめまして、しじみです。
初投稿にこのような起承転結のないギャグなのかよくわからんものを送ってしまって…(滝汗)
しかも、花粉症にしては、時期ずれてるよねっていう…本当に…謎の作品になりました。
一週間程前に、ここの存在を知ってからというもの、入り浸っている暇人でございます。
ここ最近、ずっとあとちょっと…ここの存在を知るのが早かったら…!!!と悔やんでいます。
これからもちょぼちょぼ投稿していくかもしれません。
よろしくお願いします。
感想など書いておりましたら、かまってやってくださいませ。
だらだらと失礼しました。