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  [No.1242] [再投稿]タイム・リミット 投稿者:紀成   投稿日:2011/05/29(Sun) 09:58:33   33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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「本当ミコトって、恋愛とかしないよね」
クラスメイトによく言われる言葉だ。そう言う彼女らは、しすぎだと思う。数ヶ月前に好きだった男は、今はクラスメイトというレッテルを貼られている。付き合ったと思ったら、別れている。『いい男がいない』は、常套句。
「僕はポケモンさえいてくれれば、それでいいよ」
これは本当の話。男に時間を取られるより、ポケモンに時間を取られる方が良い。というより、取られたい。
「何でミコトってあんなごついポケモン選ぶの?」
「好きな物は好き。それだけだよ」

高校時代、ミスミ以外の子と話す内容はこんなだった。我ながら恥ずかしい。だが思い返そうとするだけ、マシな方なんだろう。
「中学の時とか無かったの?」
「さあね」
ここで話のネタにされるくらいならば、ワルビアルに全て噛み砕いてもらおう。
あの話を知るのは、当時の僕だけでいい。

青すぎて、純粋すぎた女の、哀れな恋の話を。

時は、丁度三年前に遡る。当時ミスミとはまだ知り合っていなかった僕は、普通の公立中にいた。成績も運動も並み。ただ力だけが異様に強くて、皆怖がって近づかなかった。元々バスケ部に入ってたけど、ダンクしただけでゴールネットのリングを破壊し、三日で退部した。
先生すら、僕にプリントを渡す時は手が震えていた。自分が何故こんな力を持って生まれてきたのか。少し考えたこともあったが、結局今でも分かっていない。
「恨むよ、神様…本当にいるならだけど」
時々ベランダに出ては呟いていた。思春期ならではの行動といえよう。
そしてもっと悪いのは、その感情を持ってしまったこと。彼はディベートの授業で相手の論を全て打ち返し、否定に持っていった。別にスポーツが出来るとか、イケメンとか、性格がいいとかじゃなかった。むしろ性格はかなり悪い。根拠の無い夢物語は真正面から打ち砕く。先生の話も何処かおかしければ一刀両断する。
痛い話だけど、そんな彼を僕は好きになった。そしてそれはいつしか担任にばれていた(何故か))
女性だったから…というのは理由にならない。でも時々職員室でインスタントコーヒーを淹れてくれたりした。
「力が強いのは、砂神さんの個性。それを使って何が出来るのか考えてみたら?」
綺麗にネイルされた爪を机に立てて、その人は笑った。
「…本音を言っちゃうと、その力がいつか私に向けられそうで怖いだけなんだけどね」
「僕は、怒ると周りが見えなくなるみたいなんです。親からも、小学校時代からのクラスメイトにも言われました。カッとなって意識が飛んで、気付いたら黒板が真っ二つに割れてて、掃除ロッカーを持ち上げていた―
なんて話が実際に起きていたんです」
まるで何処かの漫画みたいだが、本当の話だ。何年か経った今でもその異常な怪力は健在で、(やったことは無いけど)車をスクラップ状態に出来るような気がする。
先生はそんな僕の話を面白そうに聞いていた。多分彼女なりに僕のストレス解消に付き合ってくれたのだろう。
だから、その話を聞かされた時は、嫌でも信じてしまった。
信じなくてはいけなかった。

「彼は、二日後に転校するの」

彼がクラスで苦手意識を持たれていることは、先生もよく知っていたらしい。だからいきなり皆の前で言うよりかは、彼を思っている僕に一番初めに聞かせた方が良いと思ったようだ。
「親の仕事の都合だって。お母さんから電話があったの」
「…そう、ですか」
僕はコーヒーを飲みながら呟いた。少女漫画みたいな展開になってしまったと思いつつも、まだ言われたことの意味が掴めなかった。

昼休みが終わる前に教室に戻ると、クラス委員の子が怯えた様子で話しかけてきた。プリントを持つ手が震えている。ここまで来ると、逆にこちらが被害者に見える気がした。
「砂神さん、えっと、今度の生徒会選挙のことなんだけど」
『えっと』や『その』が入ってて分かりにくかったけど、とりあえず内容は分かった。うなずいて終わらせようとした時、彼が入って来た。インテリ眼鏡がキュウコン目によく似合っている。
「あの、七尾くん」
彼の名前は七尾 千秋といった。眠そうだった。気持ちよく寝ていたところを予鈴に起こされたようだ。
「今度の生徒会選挙の投票…」
「皆同じだよ。口で綺麗事を言っている奴ほど、皮を剥けば馬鹿で何も考えて無い。誰かに二つ入れてもらって」
「えっと…」
相変わらずの毒舌だ。目が合ったが、いきなり逸らすのも変なのでしばらく窓の外を見つめる振りをしていた。

帰り道、一人で歩いていると、コンビニ前から嫌な声がした。聞き覚えがあるが、誰かは分からない。
横を見ると、二、三人のうちの男子生徒が七尾に絡んでいた。その三人の制服がぐちゃぐちゃに着崩されているのに対して、彼の方はシャツを第一ボタンまでしめ、セーターはベストタイプ、ズボンも何もつけていなかった。
相手はこちらにまだ気付いていない。おおかた、コンビニ前でたむろしていた三人が、真面目な彼が通りかかった所に目をつけた、というところだろう。その気になれば走って逃げることだって出来ただろうに、彼は逃げなかった。
相手を論破しようとしたのだろうか。どちらにしろ、危険な状態であることには違いない。
「何してんの」
四人がミコトを見た。男子の一人の目が恐怖の色に染まる。
「お、おい、コイツ、砂神じゃねーか。俺達と同い年の」
「女だろ。何ビビッてんだ」
「お前しらねえのかよ!?コイツ、めちゃくちゃ怪力で、その気になればあそこにあるゴミ箱さえ片手で投げられるって―」
いつの間にか噂に尾びれが付いていた。多分本気になれば投げるどころかスクラップにできる、とミコトは思ったが黙っていた。
一番ガタイのいい男が前に出た。
「面白れえ。ならオレが直接やってやらあ!」
「…」
話の状況が読めていない七尾は、ミコトと不良三人を交互に見つめていた。ミコトはため息をつくと、鞄を七尾に渡した。
「え?」
「持ってて」
両手を胸の前で合わせる。深呼吸。ゆっくり吸い、吐く。
「男が女に守られるのは素敵な響きなのに、男が女にやられるのは、どうして哀しいんだろうね?」


数分後。
ミコトはスカートの埃を払っていた。目の前で不良達が伸びている。七尾は目を丸くしていた。
「鞄、ありがとう」
「砂神さん、だよね」
苗字を呼ばれた。微妙に嬉しい。
「…ありがとう。僕、本当はポケモン持ってるんだけど、まだバトル慣れしてなくて。強いね」
「…」
どう返していいのか分からず、ミコトはベルトに付けたモンスターボールをギュッと握り締めた。そして慌てて離す。壊れたら大変だ。
「ねえ、今度ポケモンの育て方教えてくれないかな。砂神さんなら、きっとポケモンも強いと思うんだけど」
「…ごめん」
ミコトは走り出した。後ろから七尾の声が追って来たが、気にする余裕が無い。恥ずかしいという思いと、嬉しいという思いがゴッチャになって、よく分からない鼓動を醸し出していた。
「今更教えてって言われても…」
彼はあと二日でいなくなる。その前に、何か進展があれば少しは気持ちの整理もつくだろうか。


次の日。
「…彼、休みかい?」
学級委員の子は、ミコトを見た途端震えた。だがきちんと内容は話してくれた。
「なんか、家の用事だって」
「そう」
荷造りでもしているのだろうか。いずれにしろ、今日は何も無いだろう。いや、何も出来ないの間違いだろうか。
自分がこうして授業を受けている間にも、タイムリミットは刻一刻と迫っている。昨日、彼は自分のことをどう思ったか。怖いと思っただろうか。強いと思っただろうか。
色々考えて頭がゴチャゴチャになったミコトは、放課後に職員室へ行った。
「恋は盲目。砂神さんを見ていると、本当にその通りだと思うわ」
「何か他の教科の先生から言われましたか」
「うん、数学の時間にずっと机に突っ伏してるから、具合が悪いんじゃないかと思ったそうよ」
すみません先生。多分貴方にとっては下らない病気です。でも僕にとっては重要です。…多分。
「砂神さんのポケモン達って、今の貴方をどう思ってるのかしらね」
三匹を思い浮かべた。(一匹を除いて)厳つい奴ら。頼りになるし、良いポケモン達だ。ただ最近はバトルには出していない。食事をあげる時、僕の表情の変化に気付いていたような気もするが、ポケモンが人の感情に入ることはまず無い。
「…先生」
「何?」
「僕は、勉強もスポーツも並みの人間です。いやに怪力なことを除けば、普通の人間なんです。別に少女漫画のヒロインみたいな涙を誘うような考えも持ちません。
…でも、何ででしょうね」

僕、彼のこと、泣きたくなるほど好きなんだ。誰かが彼を悪く言ったとしても、彼が元々性格悪くても、それでも彼が好きなんだ。
好きになった時から…晴れの日も雨の日も、僕は視界の隅で彼を見ていた。馬鹿らしいと頭を振って考えを否定しようとしても、それでも必ず最後はその感情が頭を支配していた。このままだと僕はおかしくなるかもしれない。そう考えたりした。
「僕は…馬鹿ですかね」
グダグダになった僕は、先生から見れば使い古した雑巾のようだっただろう。

頭を抱えた僕は教室に戻った。教室には誰もいなかった。…一人を除いては。
「…」
七尾が何故が自分の席に座っていた。休みと言っていたのに、きちんといつもの通り制服を着ている。
「休みじゃなかったの」
「ちょっと用事があって」
七尾は立ち上がった。僕は何故が足が竦んで動けない。
彼は言った。

「砂神さん、僕のこと―好きだよね」

頭の中が真っ白になり、そこから否定とも肯定ともいえない言葉があふれ出してくる。多分パニックを自分なりに押えているんだろう。何だよこの少女漫画みたいな展開は。昔あったぞこんな話。僕はヒロインか。どっちかって言うと少年漫画のサブキャラにして欲しいんだけど。
「…僕、砂神さんが好きだ」

時が、止まった。



「ずっと前から好きだった。ずっと僕は、特異な力に悩む君を見てた。皆に怖がられていても、君が影で誰にも相談できずに苦しんでいるのを知ってた。
でもそんなことは関係無い。好きになった後だった。力を知ったのは。でも止めることなんて出来なくって―」
駄目だ。もう聞いていられない。恥ずかしい。恥ずかしくて死にそうだ。黙ってくれ黙ってよ黙って黙れだまれダマレ―

バキン、という音がした。右手の甲が赤く染まる。驚く七尾の顔が、僕の目に映っていた。
「砂神さん!?」
窓ガラスが飛び散る。そのまま教室を出た。畜生神様なんて大嫌いだ。何で僕の体にこんなオマケをつけたんだ。


結局、僕はガラスを割ったことで三日の停学をくらった。校長はまたかという目で僕を見た。もう慣れっこだ。
次の朝に、先生から電話があった。七尾の転校を皆に伝えたらしい。教室がざわめいたという。
それが普通の反応なんだろう。

で、夕方。

ワルビアル達と一緒に散歩から戻ると、玄関で誰かが母親と話していた。
「あ、ミコト。この子、アンタをたずねて来たのよ。表で話しておいで」

七尾はうちの学校の生徒がいないところまで僕を連れ出した。不安になったのか、ポケモン達も付いてきた。
「いきなりごめん。元はと言えば僕がいきなりあんな事言ったから」
「いいよ。慣れてるし」
「砂神さんの好みがよく分からなかったんだけど…」
そう言って七尾が取り出したのは、紫と黒色のピン止めだった。そしてもう一つ。
「これ、僕の引越し先の住所と電話番号。携帯はまだ持ってないんだ。高校に合格するまでって」
「電話、すると思ってるの」
「そう思ったから、渡したんだ」
紙を受け取った。何故か破りたい衝動に駆られるが、耐える。
「大丈夫だよ。砂神さん強いし。きっとこの先何があっても大丈夫だよ」
「希望的観測かい?」
「ううん」


「確信してるんだ。だって、その目が少年漫画の主人公みたいだから。澄んでて、中が燃えてる。
比喩表現を使うのはあんまり好きじゃないけど、本当にそう見えるんだ」


彼はタイムリミットなしで、僕の本心を見抜いて行った。あれから何年も経つけど、連絡を取ったのは数えるだけだ。
僕は青かった。そして寂しがりやだった。寂しがってちゃこの世界は生きてはいけない。
それを知ったのは、皮肉にも本当に愛するべき者を知った後だった。

僕は、愚かだろうか。


だがそれは、きっと別の意味で愛になるのだろう。