あの子と出会ったのは、今月の頭のことだった。
去年や一昨年に比べて随分と蒸し暑い夕暮れ。日が沈むのもずいぶん遅くなった。
家への道を歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。
「ぼうがいっぽんあったとさ はっぱかな」
懐かしい絵描き歌が聞こえる。
5、6歳くらいの子供がひとり、白墨を使って道路に絵を描いている。
こんな時間に子供がひとりで、しかも今時白墨を使って道路にお絵描きなんて。珍しいなぁ。
まあ、あんまり関わらない方がよさそう。そのまま通り過ぎようと思ったんだけど、その子がくりくりとした目でこちらをじっと見てくるものだから、負けた。かわいい。
「はっぱじゃないよ かえるだよ」
私が続きを歌ってあげると、その子はきゃっきゃと楽しそうに笑って、絵の続きを描きはじめた。
「かえるじゃないよ あひるだよ」
「6がつ6かに あめがざあざあふってきて」
そこまで描くと、その子はこっちを見上げてきた。
「6月6日は雨が降るの?」
さあどうだろうね、と言うと、その子はまたかわいらしい目でこっちをじっと見てくる。ううん、南の方はもう梅雨入りしたっていうし。
「多分、降るんじゃないかなぁ」
そういうと、その子はまたきゃっきゃっと嬉しそうに笑った。
気がつくと、いつの間にかその子はもうどこかに行っていた。
塀の上で、ニャースが顔を洗っていた。
+++
翌日、友人の男の子に話をした。
すると友人は何やら複雑そうな顔をしてきた。
「どうしたの?」
「いや……そいつ、人間じゃなかったんじゃないかなぁって」
前に聞いたことがあるけど、友人は生まれた時から普通に幽霊が見える体質らしい。「幽霊なんてそこら辺にいる普通の人間と同じだよ」と常々言っていた。
なるほど、幽霊。それならいつの間にかいなくなったのも、あんな時間にひとりでいたのも納得いく。
「まあ多分大丈夫だろうけど、でも……」
「あっ、やばい、午後の授業始まっちゃう」
腕時計を見て、私は急いで講義室へ向かった。
+++
6月6日。
朝からいい天気だった。6月にしてはものすごく蒸し暑い。
夕焼けに染まる道を歩いていると、声が聞こえてきた。
「ぼうがいっぽんあったとさ はっぱかな」
この前と同じ子が、道路に白墨で絵描き歌を描いていた。
「はっぱじゃないよ かえるだよ」
「かえるじゃないよ あひるだよ」
「6がつ6かに あめがざあざあふってきて」
そこまで歌うと、その子は突然私の方を向いた。
この前はくりくりしたかわいい目だと思ったけど、目が合った瞬間にぞうっとした。
「6月6日、雨降らなかったね」
その子はとても子供とは思えない、低い声でそう言った。
怖くて、足が動かない。
「雨、降らなかった」
その子がゆっくりと近づいてきた。
1歩踏み出すごとに、ぴちゃ、ぴちゃ、と水の音がする。
その子が私の首に両手を伸ばしてきた。
氷のように、冷たい感触。
「やつめくん、『あまごい』!!」
いきなり、土砂降りの雨が降り始めた。
声のした先には、この路地では少し狭そうにしているミロカロスと、友人の男の子。
子供は私の首から手を離して、嬉しそうに笑い、消えてしまった。
友人はミロカロスをボールに戻した。雨はすぐに止んだ。
「間一髪、だったな。よかったよかった」
友人は、恐怖で動けない私の頭をぽふぽふと撫でてくれた。
+++
それから友人は、私を部屋に呼んで、いろいろと教えてくれた。
幽霊は基本的に普通の人間と何も変わらないけど、まれによくない奴もいるらしい。
私が出会ったのも、そういうののひとりだったんだろう、と。
今回私が会ったのは、おそらく、雨の日に事故にあった子供なのだろう。
ひとりでいるのが寂しくて、優しくしてくれる誰かを探しているのだと。
雨が降れば、自分と同じところに来てくれる人がいるんじゃないか、と思っているのだと思う、とのことだった。
友人はあんまり異性に見せるものじゃないけど、と言って、シャツをはだけて胸元を見せてくれた。
ちょうど心臓の上あたりに、痛々しい古傷があった。その昔、よくない霊にやられたとか。
時には洒落にならないこともあるから、気をつけろ、と友人は言った。
テレビでは天気予報が流れている。
明日もすっきりとした晴天だそうだ。
++++++++++The end
年に一度の6月6日なことに気がついた午後4時過ぎ。
せっかくなので即興で1本書いたよ!
今日がすごく暑かったからぞわわっとするのを書いてみたかったけど、自分で書いてもちっともぞわわっとしない。
突発的に書いたけど、それにしてもポケモン色薄い。
【お好きにどうぞなのよ】
【涼しい小説募集中】