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  [No.1307] お題:雨 投稿者:渡邉健太   《URL》   投稿日:2011/06/10(Fri) 22:25:36   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 近所のバーレストランでナシゴレンを食べ、一番安いバーボンを飲んでいる。ジーンズの尻ポケットから取り出した癖のついた文庫本を開く。
 ふいに「好きだ」と彼女にメールをしたくなった。けれどもそれは手遅れのような気がした。

 腰かけたカウンターの目の前にサーバーがあり、店員の女は何度も俺の前を行き来した。そう、動物園で見たマレー産のヒメグマのように勤勉に。
 その七分袖の黒いカットソーを着たメスのクマは、丁寧にビールを注ぎ、とても上手に泡の蓋をした。彼女は数席離れたカウンターに腰かけた飼育員から「よその店よりずっと旨い」と褒められていた。最近のクマは愛想笑いも上手い。

 奥の厨房から料理を受け取ったり、カクテルを作るために、彼女はカウンターに背を向けるように立った。ゆったりとしたスカートを履いていたが、それでも腰の下には健康そうな花柄の丘陵が見て取れた。
 何度かそれを眺めたあと、残りの酒を煽って、文庫本をまた尻ポケットに突っ込んだ。笑顔の女から釣り銭を受け取る。飼育員に見せたものよりは、ずっと素朴な笑顔だった。

 店を出ると細かい雨が降り出したところだった。手を差し出してもさほど感じないが、歩道は少しずつ濃いグレーへと変わっていった。
 俺は携帯電話を開き、彼女にメールを送った。
__

一杯飲んで来たら、雨が降り出したので。
帰ってきて見たら、お題が雨だったので。

なんかタグ、よく分かんなかったんだけど(笑)。
俺は特に加筆とかする気ないんで、書いたり描いたり批評したりどうぞ。


  [No.1308] Re: お題:雨 投稿者:渡邉健太   《URL》   投稿日:2011/06/10(Fri) 22:43:33   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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なんちゅーか、バーレストランの描写少ないよね。
お店の雰囲気が分からん。
時間帯とか、他のお客さんの雰囲気とか、お店の薄暗さとか。
(……と、自分で難癖付けてみる。)


  [No.1319] 喪失について 投稿者:渡邉健太   《URL》   投稿日:2011/06/13(Mon) 03:14:29   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 夜にはよく雨が降って、少し開けた窓からシュウウウ……と車の走る音が聞こえた。俺はあの音が好きだ。どこか知らない場所へ連れ去ってくれる、ありとあらゆるしがらみから俺を解き放ってくれる魔法の音のような気がするのだ。ライク・ア・トリップ。そして鳥の鳴き声とともに夜が明けると、昨日と何も変わっていないことに少しうんざりする。
 期待は幻想であり、幻滅もまた空想だ。身勝手な思い込みに過ぎない。

 日曜日の朝、数えるほどしか客のいない喫茶店でトーストを囓りながら思った。いや、気が付いたといった方が正確だ。
 俺はもっと徹底的に傷付くべきだった。そして徹底的に傷付けるべきだった。命をひとつかふたつ失う程度に。公園の蟻などではなく、野良猫か、ポッポか、或いは友だち。それはプラモデルのパーツを切り損ねて、カッターナイフで指先に一日で塞がるような傷を付けるのとはまるで違うことだ。
 俺はずっと守られてきた。そして自分の足で十分に速く走れるようになってからは逃げてきた。他人を傷付けないように上手くやり過ごしてきた。だから本当の痛みを知らない。ああ手遅れなんだと、ただ呆然とそれを眺めるような無力感や、頭が痺れて何も考えられないような混乱。ぼたぼたと音を立てて個体のごとき赤黒い血を落とすような深い傷が、俺の人生には欠けていた。
 知らないで済むのならその方がいいという人もいる。それもひとつの知恵かもしれない。けれども俺には必要だったのだ。より高く立ち上がるための、大いなる喪失が。

 記憶というのは、古新聞をぐしゃぐしゃに丸めたようなものだ。例えば「赤」と脳に入力があると、皺を辿って台風で落ちた青森のリンゴの記事を見つけ出す。
 俺が初めて煙草を吸ったのは十七になる前の夏のことだ。そのころ付き合っていた一級上の女が咥えていたキャスターを毟り取って、盛大に咳き込んだ。どうしてそんなことを思い出したのか。たぶん、村上春樹を読んでいるせいだ。

 読書ほどままならないものもない。どんなに必死に読もうとしても、三行と過ぎないうちに流れが途切れる。かと思えば、時間が過ぎるのを忘れて読み耽ることもある。
 この週末は後者だった。俺は浴槽の中で、バーレストランで、喫茶店で快調にページをめくっている。そしてその1992年に刷られた定価280円の文庫本は、他を圧倒するナイジェル・マンセルのウィリアムズ・ルノーと、高校時代の恋人を思い出させた。

 そう、記憶は古新聞みたいなものだ。

 最後のキャスターに火を点ける。さあ、これで最後だ。俺は十分に失ってきた。それを認められずにいるだけだ。認めろ、ともう三分の一ほどが灰になった紙巻きが言う。お前が言うんじゃ仕方ないな。もう十七年の付き合いか。どうだい、俺は上手く踊ってこられたかい? キャスターは少し考えるように黙り、答えないまま燃え尽きた。
 さよなら。いままでありがとう。
__

完徹で寝ぼけながら、喫茶店で朝食を取ったときの話。

「喪失と再生」っていう純文学のテーマへのアプローチとして。
自問自答するテキストの試作として。
台詞や改行の少ないテキストの試作として。


  [No.1323] ちゃんと書いてみた。 投稿者:渡邉健太   《URL》   投稿日:2011/06/13(Mon) 23:35:00   67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 近所のバーレストランでナシゴレンを食べ、一番安いバーボンを飲んでいる。ジーンズの尻ポケットから取り出した癖の付いた文庫本を開く。
 ふいに「好きだ」と彼女にメールをしたくなった。けれどもそれはもう手遅れのように感じられた。

 土曜日の午後八時過ぎ。元より暗い店内は、節電を謳って照明を落としていたせいで、俺はカウンターに辿り着くまでに二度躓いた。他に客はテーブル席に二組のカップルと、三人のグループがいた。酒の勢いでボリュームの壊れた女が所帯について愚痴を言い、あとの二人がぼそぼそとそれをなだめている。ひとりは妻帯者で、ひとりは妊娠中だった。声の大きな女がそう言っていた。そしてカウンターに男がひとり座っていた。どうやら常連のようで、店の女に馴れなれしく絡んでいる。
 腰かけたカウンターの目の前にサーバーがあり、その女は何度も俺の前を行き来した。それは動物園で見た、檻の入り口と世界の果ての壁の間を行ったり来たりするマレー産のヒメグマを思い起こさせた。七分袖の黒いカットソーを着たメスのクマは、丁寧にビールを注ぎ、とても上手に泡の蓋をした。彼女はカウンターで見守っている飼育員から「よその店よりずっと旨い」と褒められていた。最近のクマは愛想笑いも上手い。
 奥の厨房から料理を受け取ったり、カクテルを作るときには、彼女はカウンターに背を向けるように立った。ゆったりとしたスカートを履いていたが、それでも腰の下には健康そうな花柄の丘陵がくっきりと盛り上がっていた。何度かそれを眺めたあと、残りの酒を煽って、文庫本をまた尻ポケットに突っ込んだ。笑顔の女から釣り銭を受け取る。それは飼育員に見せたものよりは、ずっと素朴で好感の持てる笑顔だった。

 店を出ると細かい雨が降っていた。手を差し出してもさほど感じなかったが、歩道は少しずつ濃いグレーへと変わっていった。そして部屋へ戻るほんの二、三分の間に世界は完全な灰色に染まり、俺は引き返せない場所に追いやられていた。繰り返しだ。薄暗いアパートの入り口に立つ俺は、木登り遊具の下で雨に濡れ細った小さな黒いクマのように見えたかもしれない。



 夜が更けると雨は強くなり、少し開けた窓からシュウウウ……と車の走る音が聞こえた。俺はあの音が好きだ。どこか知らない場所へと連れ去ってくれる、ありとあらゆるしがらみから俺を解き放ってくれる魔法の音のような気がするのだ。ライク・ア・トリップ。けれども鳥の鳴き声とともに夜が明けると、昨日と何も変わっていないことに少しうんざりした。
 期待は幻想であり、幻滅もまた空想だ。身勝手な思い込みに過ぎない。

 日曜日の朝、数えるほどしか客のいない喫茶店でトーストを囓りながら思った。いや、発見したといった方が正確かもしれない。
 俺はもっと徹底的に傷付くべきだった。そして徹底的に傷付けるべきだった。命をひとつかふたつ失うくらいに。公園の蟻などではなく、野良猫か、ペットのコラッタか、或いは友だちか。それはプラモデルのパーツを切り損ねて、カッターナイフで指先に一日で塞がる程度の傷を付けるのとはまるで違うことだ。
 俺はずっと守られてきた。そして自分の足で十分に速く走れるようになってからは逃げてきた。他人を傷付けてしまう予感に襲われたときには、浴槽に身を隠してひたすらそれが過ぎ去るのを待った。だから俺は本当の痛みを知らない。ああ手遅れなんだと、ただ呆然とそれを眺めるような無力感や、頭が痺れて何も考えられないような混乱。ぼたぼたと音を立てて個体のごとき赤黒い血をおとすような深い傷が、俺の人生には欠けていた。
 知らないで済むのならその方がいいという人もいる。それもひとつの知恵だろう。けれども俺には必要だったのだ。より強く立ち上がるための、大いなる喪失が。



 記憶というのは古新聞をぐしゃぐしゃに丸めたようなものだ。例えば「赤」と脳に入力があると、皺を辿って台風で落ちた青森のリンゴの記事を見つけ出す。

 俺が初めて煙草を吸ったのは十七になる前の夏のことだ。そのころ付き合っていた一級上の女が咥えていたキャスターを毟り取って吸い、盛大に咳き込んだ。
「私ね、ずっと神秘体験をしたいと思ってたの。空から天使の羽が生えたみたいに、ふわあって、何かが私に舞い降りてくるの。こんな風に。」
 そう言って彼女は、三階の窓から赤点の答案用紙を投げ捨てた。それが神秘体験とどう関係があるのかは分からなかったが、彼女は何人かの男とセックスをして、そのうちの子どもができた相手と結婚をした。
 どうしてこんなことを思い出したのか。たぶん、村上春樹を読んでいるせいだ。

 読書ほどままならないものはない。どんなに必死に読もうとしても、三行と進まないうちに流れが途切れる。かと思えば、時間が過ぎるのを忘れて読み耽ることもある。
 この週末は後者だった。俺は浴槽の中で、バーレストランで、喫茶店で快調にページをめくっている。そしてその一九九二年に刷られた定価二八〇円の文庫本は、他を圧倒するナイジェル・マンセルのウィリアムズ・ルノーと、高校時代の恋人を思い出させた。
 そう、記憶は古新聞みたいなものだ。

 俺は冷めた珈琲を飲み干し、最後のキャスターに火を点けた。さあ、これで最後だ。俺は十分に失ってきたじゃないか。それを認められずにいるだけだ。認めろ、と既に三分の一ほどが灰になった紙巻きが言う。お前が言うんじゃ仕方ないな。もう十七年の付き合いか。どうだい、俺は上手く踊ってこられたかい? キャスターは少し考えるように黙り、そして答えないまま燃え尽きた。
 さよなら。いままでありがとう。
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加筆する気ないって言ってたわりに、なんかちゃんと校正とか増補してしまった。