22番道路はニビシティに隣接する道で、様々なトレーナーが訪れる。駆け出しのトレーナーから、セキエイ高原に向かうベテラントレーナーまで様々だ。
そんな中で、彼女は黙々とポケモンを追う。手のひらに収まる端末をポケモン一匹一匹に向けて、生息数を調査していた。
「パパなんて大嫌い!」
甲高い叫び声が聞こえて、草むらからポッポやオニスズメ達が飛び立った。
声の方に進むとなんということはない、女の子が雌のニドランと一緒に野生のコラッタと戦っていた。
「大嫌い!」
叫びに後押しされ、というか無茶苦茶な勢いに急かされてニドランは攻撃を繰り出す。指示もなしに攻撃するのは意を汲んでるというよりは、ポケモン自身が考えて攻撃しているだけのようだ。具体的な指示を待っていてはサンドバックにされてしまうだろう。困ったような顔で技を受けやっつけられたコラッタは、これ以上付き合っていられない、もうたまらんと草むらに消えていった。
「もう! パパのバカ! バカーッ!」
怒りが爆発して背高い草をなぎ払ったり、地団駄を踏んだり、挙句金切り声を上げてと大忙しだ。遠くからマンキーが仲間でもいるのかと身を乗り出して様子を伺っているのも見えた。
「どうしたの?」
彼女は自然に声をかけていた。
声をかけてきた女性に女の子ははっとして振り向いた。トレーナーになるにはまだ幼い。しかし、早期教育化が進む中でポケモンを扱い始める年齢も低くなっているのかもしれなかった。
女の子は見知らぬ人にも物怖じせず、思いの丈をぶつける。
「パパったらわからず屋だから! メグミのミミちゃんが進化しちゃダメだっていうの!」
両の手をぎゅっと握りながら少女は叫んだ。
二三目蓋を開け閉めすると、それだけじゃわからず気になって、観念したように微笑みながら彼女は質問をした。
「よかったら、私にきちんと最初から教えて貰えるかな?」
すると待ってましたとばかりに少女は話し始める。
「ユウト君のニドマルはもうニドリーノになったの! こないだまでミミちゃんに一回も勝ったことなかったんだよ!」
「ミミちゃんとメグミちゃん、強いんだ」
「でも、ニドマルが進化してから勝てなくなっちゃって」
だんだんとメグミの声が震え、目が潤み始める。
「メグミとミミちゃんなんて弱っちい! 弱っちいって!」
「だからミミちゃんを進化させたいのね」
頷きながら目を擦るメグミの頭をポンポンと撫でるながら、彼女は続きの言葉を待った。
「でもそのこと話したら」
そこまで言うと、うつむいたまま何か彼女の目前に突き出した。その手に握られているのは小さな石だ。
「そっか」
彼女はしゃがみ込み、メグミと目線の高さを合わせると尋ねる。
「パパは何でダメだって?」
「パパは私がすること何でもダメダメっていうの! あれもダメこれもダメ! そのうち息を吸うのもダメって言いそう!」
求めたような答えは返ってこなかったので、彼女は内心困っていた。ひょっとしたら怒っていたせいで父親の言葉を聞いていなかったのかもしれない。自分にもそういうことをした覚えがあった。そして、そういう時は何を言っても素直に聞けないこともわかっていた。
「メグミちゃんはニドランが進化したら何になるか知ってる?」
彼女は父親の話は止め、質問をする。すると元気な声で、ニドリーナ! と飛び上がりながらメグミは言った。
「そう! よく知ってるねぇ」
メグミはエヘヘと照れくさそうに手を背に組んだ。
「じゃあニドリーナが進化したら」
「ニドクイン!」
言い終わる前にメグミが答える。
「そうだね。じゃあ、ニドクインがどんなポケモンか知ってるかな?」
「えーとね! えーと、えーと」
「こーんな大きいの! それでー、すっごーく強いの! それで、月の石で進化するんだよ!」
そうしていくつか知っていることを誇らしげに言う。そのうち月の石は食べさせればいいのかと疑問を口にして、ニドランに月の石って美味しいの? と聞き始める。
「メグミちゃんはポケモン図鑑は読んだことある?」
少し考え込むと、幼稚園の頃に読んだ、と言う。
「今度お家にあるポケモン図鑑でミミちゃん達のことを調べてみたら? ニドランやその進化系についてもっとよく知ってたら、もっと強くなれるかもしれないよ」
「うん! もっと知って、メグミもミミちゃんももーっと強くなる!」
生え変わりの途中なのか、ニカッとすきっ歯を見せてメグミは笑った。
「あっ! 早く帰んないと『ピィつけた!』が始まっちゃう!」
振り向いて肩にかかる草をかき分けながら、メグミは走り出した。ニドランが慌てて後を追いかける。そして、一度振り向くと、跳ねながら何度も手を振った。
「おねーちゃん、バイバイ!」
手を振り返し、小さな二つの影が見えなくなるのを見届けると、彼女は思った。
親というのは大変だ。
まだ正式にトレーナーとして認められない、それ以上に人として余りにも幼い自分の子どもになんと説明するのか。見知らぬ女の子にはできたが自分の子どもだったらそれができたかというと自信がない、と首を振る。
気づけばもう日が暮れていて、夜行性のポケモンも現れ始める時間だった。彼女はこのまましばらく調査を続けるか、それとも美味しいものでも食べに行こうか考える。
翌日、調査の続きを行なっているとガサゴソと草むらを忙しなく動き回る音がした。ドードーでも走り回ってるのかと思うと見覚えのある顔が現れた。メグミだ。小さな顔に不安が浮かんでいた。
「おねーちゃん」
しゃがみこんで、ニドランを抱え込みながら言った。
「おねえーちゃん、ミミちゃん進化するとタマゴ産めなくなっちゃうの……?」
ニドランは腕の中でもぞもぞと動いている。くすぐったいのか窮屈なのか、抜け出そうと藻掻いている。
「そうね」
彼女は少しだけ小さな声で言った。
「どうして?」
「それはまだ誰も知らないのよ」
「誰も?」
「そう。偉い博士とか、頭のいい人がみんなで調べてるの。何でなんだろう? 不思議だなって、メグミちゃんみたいにみーんな思ってるのよ」
「へーえ」
ニドランを見ながらメグミは呟く。その表情は彼女からはよく見えない。
「でも、男の子のニドランはタマゴ産めるんでしょ?」
「そうね。男の子のニドランは、進化しても子どもを作れるわね」
内心微笑ましく思いつつ細かい言い方には目を瞑って、彼女はメグミの言葉に頷く。
「何で? それっとずるいよ男の子だけ! オーボーだよオーボー!」
確かにもっともだ、と彼女も思った。
ニドランはオスとメスで姿も違えば進化も異なる。それぞれ違った名前もつけられている。そんな中でも最大の違いは、メスが進化すると繁殖能力を失ってしまうことだ。長年研究されているが、未だに解明されない謎の一つとして、多くの研究者を悩ませている。
「それで、メグミちゃんはどうする? ミミちゃんを進化させるの?」
メグミは首を横に振った。
「じゃあ、そのまま育てるの?」
「でも、でもぉ……」
子どもだから納得できず、また、上手く答えまで導き出せないのかもしれない。
「じゃあさ」
彼女はポケットに入っていた自分の石、かわらずの石をニドランに与えると、メグミの目を見ながら言った。
「慌てて決めることはないんじゃないかな? 答えは今すぐださなくてもいいのよ。それに、進化させちゃったら元には戻せないから。進化させようって心の底から思った時に進化させればいいんじゃないかな? メグミちゃんとミミちゃんで相談して」
「うん」
「それに、ミミちゃんに好きな相手ができて、子どもを産んでママになってから進化させれば、進化もできるしタマゴも産めるよね」
「うん! そうだね!」
ニドランは石を両手で持っては滑り落とし、何度も何度も拾い直す。そんなニドランを愛おしそうに撫でると、メグミはすきっ歯を見せて満面の笑顔を見せた。
最後に、彼女は人差し指を立ててメグミに言い聞かせる。
「あと、パパにはちゃんとお話しなさい。もし喧嘩をしたままだったら、ちゃんと謝ること! いい?」
はぁいとやや不満そうに言うメグミの足元で、ニドランはヒクヒク耳を動かして一鳴きした。
「なんとまぁ、我ながら随分と偉そうなことを言ってしまったものね」
昨日と同様、元気に駆け出すと振り向いて、両手を大きく振っていた。走り去るメグミをニドランが追いかけるのも一緒。しかし別れの挨拶は、再開を約束する言葉に変わっていた。
彼女の研究は一日二日で終わるものではない。今日の調査が終わっても再びここ22番道路に来ることもあるだろう。
その時は少し成長した姿が見れるかもしれない。ひょっとしたら、八つのバッジを誇らしげに見せて通り過ぎていく、なんてこともあるかもしれない。
「それじゃあ、次にあったときに偉そうなのが言葉だけにならないように、お仕事お仕事、調査調査!」
その鳴き声と草の揺れる音に耳を手向け、静かに緑へと足を進めた。
「各地方でニドランの生息数の調査が続けられているが、××××年現在、各性別の生息数に目立つような大きな変化はない。またポケモン協会に、野生のニドラン♀の保護やトレーナーによるニドラン♀の進化系のライセンス制を求める声も上がっているが、実現に向けた動きは今のところ見られていない。」
『携帯獣現代進化生態論 第3章―進化による生と死―』より抜粋
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ポケモン世界ではトレーナーになれる年齢が決まっているようですが、それより早くポケモンバトルを始める子ども、始めさせる親はいるんじゃないかと思います。ふたごちゃんだって相当幼いしですし。
お読みいただきありがとうございました。
【批評してもいいのよ】