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  [No.1366] 最近、サンダーさん来ないね 投稿者:茶色   投稿日:2011/06/25(Sat) 19:05:34   103clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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フリーザー「最近、サンダーさん来ないね」

ファイヤー「そうだね。すっかりぼくたちも忘れ去られたけど、友達から忘れられるのは悲しいね」
フリーザー「そうだよね。忘れられたよね。昔は“こころのめ”と“ぜったいれいど”で引っ張りだこだったんだけど」
ファイヤー「君はまだましだよ。ぼくなんてあんまり使ってもらえた記憶ないし、おうちを2回も勝手に変えられたし。その上忘れられるなんてさんざんだよ」
フリーザー「君は最初から不遇だったよねぇ、」
ファイヤー「みなま言うな。みなまで言うな。言いたまうな」
フリーザー「でも、実際はぼくはフロンティアくらいでしか使われていないなぁ」
ファイヤー「逆にぼくは“だいもんじ”や“ソーラービーム”とか覚えてさ」
フリーザー「あれ? 何かぼくは最初が良いだけだ」
ファイヤー「サポートが必要だからだろうね。上級者じゃないと中々扱いにくい」
フリーザー「ヴィジュアルには自信あるんだけどなぁ」
ファイヤー「スケッチすれば美しく、デフォルメすればかわいらしく。羨ましいよ」
フリーザー「ファイヤー君、設定は温かくて良いと思うよ」
ファイヤー「それってヴィジュアルはいまいちって言っているようなものじゃないかなぁ」
フリーザー「そうじゃなくてさ、シンプルなんだよ。大型鳥ポケのベースって感じでさ、可愛いとかそういう評価は駄目だと思うんだ。唯一神なんだよ」
ファイヤー「皮肉を言われている気がする。サンダーさんみたいにトゲトゲもしていないし、君みたいに雅でもないって言われているってことでしょ」

フリーザー「まあでもサンダーさん来ないってことはさ、用事があるってことだよね。むじんはつでんしょが無くなったときはほんとに困ってたけど良いことだよね」
ファイヤー「ぼくたちのおうちに泊めたりね。誰も知らない幕間劇だよね」
フリーザー「うん。初代伝説同士、困ったときは助け合ってきたよね」
ファイヤー「ぼくたちはほんとに良い友達だと思う」
フリーザー「そうだね」
ファイヤー「ポケモンでもさ、最近は『じゆう』が欲しいってやつがいるけど、それだけじゃ足りないかもしれないんだよね」
フリーザー「難しいことは分からないけど、百獣の王だって一人で生きるのは難しい。それくらいは当たり前のことなんだ」
ファイヤー「でもさ」
フリーザー「ん?」
ファイヤー「ぼくたちって割と気ままだよね」
フリーザー「あははは、そうだね。こんなこと言っても説得力ないや」
ファイヤー「こんな気ままでいられるのも暇だからだけどね」
フリーザー「どうだろう。サンダーさんお仕事あっても気付いたら遊びに来てた」
ファイヤー「あの頃はみんな忙しかったから。ぼくだって色んなところに行ったんだよ」
フリーザー「忙しいから時間が経つのも早かったからってこと?」
ファイヤー「そういうことだね」
フリーザー「言われてみればそうかも。あの頃は毎日が矢の如しだった」
ファイヤー「シンオウに行ったりホウエンに行ったり。でもまだイッシュには行っていないんだよなぁ」
フリーザー「分かる分かる。遠いもんねー」
ファイヤー「君はどこに行ったの?」
フリーザー「ファイヤー君とそんなに変わらないよ。でもホウエンに行った時はちょっと参ったかなぁ。暑いし、だからといって雪山作るわけにもいかないし」
ファイヤー「分かる分かる。ぼくもシンオウに行った時はいつもくたくただった。たとえば山登った時、雪を融かして雪崩れ起こすわけにもいかないしさ。気を遣った」
フリーザー「ファイヤー君とぼくとが一緒にいれるのはカントーかジョウトくらいってことかぁ」
ファイヤー「そうだね。気候もそうだし、気質もそうだよ」
フリーザー「気質?」
ファイヤー「ポケモンとか人とか、動植物とか色々」
フリーザー「ふぅん。でも寒い所の方が君が来るのを待っているんだけどね」
ファイヤー「それは承知しているんだけどね。喜んでくれてぼくも嬉しいんだけど、どうも、駄目なんだ」
フリーザー「んー、ぼくも暑い所の気質ってのは不慣れなのはあるけど」
ファイヤー「ホウエンの平地とかにさ、君がたまに来るとね、喜ぶんだよみんな」
フリーザー「もちろん知っているよ。だから行くけどさ、ここはぼくの居場所じゃないって思う。ぼくは喜ばれて良いとは思っていない」
ファイヤー「君は優しいよ。優しくていて、それでいてやっぱり怖いんだ。そういうことだよね」
フリーザー「うん。ぼくは怖くちゃいけないんだよ。ファイヤー君もそうだよね」
ファイヤー「ぼくの方はほら、エンテイ君がいるから」
フリーザー「やっていることが違うでしょう。エンテイ君は噴火は起こすけど春は呼ばない」
ファイヤー「ちぇ、君は厳しいな。冬のようだよ」
フリーザー「冬だもん」
ファイヤー「冬過ぎて春来るらし。ぼくを見習うべきだね」
フリーザー「春過ぎて夏来るらし、でしょ」
ファイヤー「春も夏も一緒だよ。ぼくが過ぎれば夏になる」
フリーザー「春に動き始めて君が元気になれば夏になる。その間ぼくは休んで、君が疲れてきた頃にぼくがまた顔を出す。それで秋になり、やがて君が休んで冬になる」
ファイヤー「うん。そうやってずっとやってきた」
フリーザー「毎年やっているからね。みんなぼくたちのことは覚えている」
ファイヤー「忘れたくてもじわじわ攻めるからね」
フリーザー「あははは」

ファイヤー「ぼくたちこれまでも、これからもこうあるんだよね」
フリーザー「ぼくたち以外にもこういうことは色々あるけど」
ファイヤー「うん」
フリーザー「そういうのも含めて、ぼくたちのことを忘れてほんとに良いのか、ちょっと問いたいね」
ファイヤー「どういう意味で?」
フリーザー「色んな意味で」
ファイヤー「色んな意味で、か。むつかしいね」
フリーザー「どうして?」
ファイヤー「忘れることだって、大事なことだから」
フリーザー「世界は有限だから?」
ファイヤー「世界は有限だから」
フリーザー「有限だから良いこともあるんだけどね」
ファイヤー「ジレンマだね」
フリーザー「じゃあ、無限なものがあるとすれば何があるんだろう」
ファイヤー「有限を突破するという意味で?」
フリーザー「うん。無限にしなくても良い、有限を1から2に拡げるために」
ファイヤー「想像、じゃないかな」
フリーザー「想像、ね」
ファイヤー「一番良い例は精神だよ。有限の精神も、その中にある無限の想像力でいくらでも拡げられる」
フリーザー「でもそれってさ」
ファイヤー「うん?」
フリーザー「想像のベースが必要だよね」
ファイヤー「時間と接触、興味と恐怖」
フリーザー「そのあたり」
ファイヤー「でも、やっぱり入るのかな、忘れることも」
フリーザー「想像は無限でも頭は有限だからね」
ファイヤー「参ったな」
フリーザー「それに誰しも、“自分だけは”と心の奥底で思っている。誰しも災難には遭うし、誰しもその内、死ぬ」
ファイヤー「全てが全てじゃないだろうけど、そうしないと精神を保てないから」
フリーザー「純然たる事実を忘れることて保たれる精神。その精神で無限の想像を得る」
ファイヤー「どんな結果が待っているかは、まあみんなその内分かることなんだよね」
フリーザー「分かったときには大概、手遅れだけど」
ファイヤー「手遅れだね」
フリーザー「過信は破局を招く。破局を免れるためには破局を読み取って動くしかない。でも精神は、本質的にそれを嫌う」
ファイヤー「想像が精神に依存することの最大の問題点ってわけだ」
フリーザー「もちろん、するかしないかを別にすれば、想像することは出来るわけだけど」
ファイヤー「それにしても、サンダーさん来ないね」

フリーザー「来ないね。久しぶりに三鳥で飛び回りたいんだけどなぁ」
ファイヤー「あの人のことだからどこかで良い雲を見つけて暴れているのかもしれないけど」
フリーザー「ありうるね。大いにありうる」
ファイヤー「雲を減らしておけば良かったかな」
フリーザー「ちょっと暴れて来てもらうくらいが良いんだけどね。そうでないと、むじんはつでんしょが無くなってからあの人、びりびりしているから」
ファイヤー「うん。こっちは鳥だっていうのにね」
フリーザー「あの人も鳥だから、鳥が電気に弱いってちょっと認識が足りないんだよ」
ファイヤー「君も氷で攻撃すれば良いのに」
フリーザー「そりゃあ、ぼくとあの人じゃ相性で五分五分だけどさ」
ファイヤー「うん?」
フリーザー「ファイヤー君が仲裁に入っても、炎にはサンダーさんよりぼくの方が弱いんだから。ぼくが損するだけだよ」
ファイヤー「それもそうか」
フリーザー「喧嘩はあまりしたくないしね」
ファイヤー「ドードーがどうしてそらをとべるのか、口喧嘩してからずっと喧嘩してないなぁ」
フリーザー「何年前の話なんだろう」
ファイヤー「“ねこにこばん”はどうしてお金が出るんだろうとかね」
フリーザー「あったあった、そのお金は本当に使えるか試したいってサンダーさんが言っていた」
ファイヤー「人間じゃなくて、鳥なのに」
フリーザー「鳥なのにねぇ」
ファイヤー「鳥、といえばさ」
フリーザー「うん?」
ファイヤー「最近、カントー飛んでると夜暗いよね」
フリーザー「色々大変そうだよね」
ファイヤー「うん」

フリーザー「思うんだけどさ、どうしてぼくたちって忘れられたんだろう」
ファイヤー「色んなポケモンがいるからだろうね」
フリーザー「色んなポケモンがいるから、ね。その通りなんだろうけど、」
ファイヤー「どうしたの?」
フリーザー「何かを忘れて、何かを覚える。それは良いんだ」
ファイヤー「その意味が何か、ってこと?」
フリーザー「うん。忘れるのは自然なことだけど、何かを覚えることは選ぶことだ。どうしてぼくたちは選ばれなかったのか、その意味が何かなと思って」
ファイヤー「新しい何かがぼくたちより優れていたんだろうね」
フリーザー「でもどこまで優れていたんだろうかとは思う」
ファイヤー「どういうこと?」
フリーザー「大した意味はないんだ。でもね、選ぶことは独立していないといけないんだ。その判断に本当に必要なことだけを抽出して選び取らないといけないだ」
ファイヤー「ぼくたちは、ぼくたちの評価だけで選ばれなかったわけではないってこと?」
フリーザー「可能性としてはあるでしょう? ほんとのことをいえば、その評価さえも可変的なものだ。その上で、選ばれなかった意味はどこにあるんだろう、ってね」
ファイヤー「ぼくには分からないなぁ」
フリーザー「ぼくにも分からない。でもさっきからそればっかり考えている」
ファイヤー「想像は無限だから」
フリーザー「うん。時間だけはあるからね」
ファイヤー「時間があると君も理屈っぽくなるんだね」
フリーザー「どういう意味?」
ファイヤー「君のヴィジュアルで哲学するなんて、聞いている方からすれば怖い先生に怒られているように見える」
フリーザー「ひどいなぁ」
ファイヤー「そんなんだから、ふたごじまから引っ越しせずにすんでいるのかもしれないけどね」
フリーザー「ファイヤー君は、口車に乗りやすいから引っ越したの?」
ファイヤー「少なくとも、そんな毒舌をはかないってことは間違いないなぁ」
フリーザー「そうだったかなぁ」
ファイヤー「そうだったよ」
フリーザー「あ」
ファイヤー「うん?」
フリーザー「聞こえなかった?」
ファイヤー「サンダーさん?」
フリーザー「うん」
ファイヤー「でもあの人、最近はぼくたちがびりびりしないように、先に1発雷落とすけど」
フリーザー「それはないけど、聞こえたんだ」
ファイヤー「聞こえなかったな」
フリーザー「本当だよ」
ファイヤー「……本当だね」

フリーザー「サンダーさん、お久しぶり」
ファイヤー「随分顔見せなかったね」
サンダー「うん、久しぶり。ごめんね、ずっと来られなくて」
フリーザー「今日はびりびりしないね」
サンダー「電気使ってきたからね」
ファイヤー「何かあったの?」
サンダー「色々あったよ。で、今さっきまではつでんしょにいた」
フリーザー「はつでんしょ? 昔のおうちのあったところの?」
サンダー「うん、あの谷間のはつでんしょ」
ファイヤー「分かった、また昔のすみかが恋しくなって、中へ入れないのに遊びに行ったんでしょ」
サンダー「違う違う。来てくれって言われたんだ、人間に」
フリーザー「えっと、またあそこを、むじんはつでんしょにするの?」
サンダー「それが一番嬉しいんだけどね、違うんだ」
ファイヤー「そうだよね、建て替えるから出て行けって言われたんだからそんなわけないよね」
サンダー「うん。ずっとあそこで発電の手伝いをしていたのに、追い出されたからくらいだからそれはない」
フリーザー「えっと、じゃあ何なの?」



サンダー「電気が来なくなって足りないから、手伝って欲しい、だってさ」



 最近、サンダーさん来ないね 了

【好きにしていいのよ】


  [No.1903] 受けて立つ(第一段落) 投稿者:りえさん   投稿日:2011/09/22(Thu) 21:59:27   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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目を開けたら見知らぬ天井で、皮膚は暑いし痛いし、不愉快。
ここどこと焦って首を横に振ると、四角い光がまぶしい。
何があるのだろうと目を凝らしたら


サンダーが居た。



寝てる場合じゃない。体が痛い。首を横に向けるので精一杯。いや死ぬ。
サンダーがこっちを向いています。フィルとテトはどこ?
おかあさん
おかあさん おかーさん


迫った死への恐怖に抗えず、私はもう一度意識を失う。


  [No.1995] 受けて立つ(二部) 投稿者:りえ   投稿日:2011/10/16(Sun) 16:35:28   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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肩をたたかれて目が覚める。窓にはカーテンがかかっている。
今度は知らない冴えない服でぼさぼさの頭のおっさんが目に入る。お前誰。
無精ひげと肌荒れとメガネ。薄汚い。

「あ、おつかれさまです、発電所の……」あ、発電所の人か。うんうん、理系って感じ。
「ニシカワです、主任です。凍傷もちょくちょくありますけど、何よりあんな速さでつっこんできたんですから」


「フィルとちゅちゅは無事ですか」自分の声がかすれてるのに驚いて、今日は何月何日なのかが気になる。

「リザードンはたらふくたべて眠ってる。ニビから飛んできたからね。
バチュルとサンダースは放電室にいるよ」力が抜ける。

「発電所の皆様は無事ですか」一般人の見舞もエリートの仕事だからね。

「地震の影響で通常の5割しか送電できてない。人は無事」
「復旧の見込みは……」
「部品があるものはチームを組んで交代で交換中。
メーカーがジョウトに多いから、そのうち届くと思う。食べ物と水はたくさんあるよ」
運ばれてくるおかゆとりんごと水。あるんならさっさと出せよ、研究員。

聞きたいことはまだあるけど、まあどうでもいいわ。その前に、飯。
スプーンの暖かさ。舌のぬくもり。鼻に入るでんぷんのにおい。命が体に入ってくる。
お粥を流し込み終わった。足りない。リンゴをしゃりしゃりかじりながら「もっとありますか」と聞くと、少し待っててと言われ、一人になる。
旅する時間が長いエリートトレーナーをなめるな。
壁の電波時計で日付と時間を観る。3月12日21時。3時間強の睡眠。


っていうか、なんで、ちゅちゅも、テトも、私の指示無しで放電室にいるの? え、おかしいし。途端に足元からぞわっと心細くなる。
内線を切り終わったニシカワがこちらを向く。

「わたしのポケモンを返してください!」予想に関して大きな声が出てしまう。
「ちょっと待ってくださいヨウコさん」
「勝手にポケモン使われるなんて聞いてないです、聞いてたらこなかったです」
このときはじめて部屋の隅に、ゴアテックスのレインコートが干してあるのが見えた。どうでもいい。
「なんで呼ばれたのか教えてください」あ、だめだ、涙声になってきた。

ニシカワさんはおろおろしながらうろちょろしている。無様。

「ヨウコさん落ち着いてくださいええと、あの、ここは安全ですから!」
「外にサンダーもいるしそんなの聞いてないですよ!」もう導眠剤くれ。それで寝るから。起きたら働く。

ところがニシカワはぴたりと止まった。
そして「うへえあ」などと奇声を発して椅子にガタンと音を立てて座った。おいどうしたニシカワ。
しっかりしろおっさん。サンダーがそんなにまずいのか。そして私はやっと理解した。サンダーを捕まえて発電させるために、私は呼ばれたのだ、と。
大地震で北の地域が大変なことになって、カントーでも主要施設が止まって、
買占めとか暴動寸前とか、津波とか、野生ポケモンとかの暴走とか
とにかく心配しなきゃならないものしかないようなときに、ジム所属のそこそこのトレーナーをわざわざ呼び出して、
こんなところまで休憩も無しにブッつづけで飛ばせるわけがない。
ニビシティも被害がひどかった。博物館デートしてたのに! 相手ほっぼりだして、避難誘導して、ジムで眠った。
エリートなんだからもう少しマシなところで寝かせろと思った。

はつでんしょのまわりにサンダーが住んでるのは有名な話で、
この建物が無人発電所になる前から、このあたりではサンダーの目撃情報が耐えなかったらしい。当然、それを狙うトレーナーもごまんと来た。
だからあんなところにポケモンセンターがある。
落ち着きを取り戻したニシカワがぼそぼそ言う。

「なんにも無いときに、リーグの四天王も、その上のチャンピョンも呼んでるんです。
でもどんな技もボールも“かみなり”で蒸発させられてしまって」物理的にはありえないことでもできてしまうのが、伝説系のおそろしさよね。

「今まで誰がどうしても、サンダーを捕獲することができなかったんです。いままではそれでもよかったんです。
でも、今現在のような状況が長く続くと、死者も出かねません。
そこで、ヨウコさんとヨウコさんのサンダースに協力を要請できないかという話が持ち上がりました」
確かに私とテトにしかできないわね。

「わたしとテトのコミュニケーション能力で、なんとかサンダーにタービン回してもらえないかって話?」
「そうです!それです!!」

“捕獲されなくていいんで人間の役に立ってもらえませんか”とお願いしにいく役だ。
私たちにしかできない。面白いねえ確かに、四天王だってできないよ。
ドアががちゃりと開いた。醤油ラーメンのにおいがする。
持ってきたのはメガネの研究員。と、足元にテトとテトの背中に乗ってるちゅちゅ。ちょっとみんな疲れてるな。
ラーメンを奪って食い始める。旨い。

「おつかれ、ありがと、戻って」

ちゅちゅはボールに戻る。ラーメンをすする。おっさんとメガネの会話を聞いても意味が分からない。
テトに「みんな知ってるからしゃべっていいよ」と声をかける。驚いてる。

「今日のわたしらの仕事は、表にいるサンダーになんとか発電してもらうことです」
「無理だろ」麺がなくなった。

テトの声質は普通におっさんなのでちょっと引かれる。サンダースなのにね。
最初に会った時からおっさんのイーブイ(ただしレベルは低い)だったので私はなんとも思わないけど、たぶん、引く。

「ていうかマチスはどこだ」
「地震でクチバから出られないって。で、かわりにそこのサンダー捕まえて発電室に入れる簡単なお仕事です」
「さてはお前じゃなくて俺になんとかしろという話だな フッフーン」
「……ヒーローはわたしよね。優秀なポケモン育てたトレーナーだし」
「ヨウコさんが呼ばれるのはたいてい俺のおかげだもんな! 俺いなかったらただのでんきタイプ使いのおんなのこだもんな!」
「うっさい死ね」
「ハッハーン
ハッハーン
そんな口のきき方してもいいのかな、俺に。今日、わざわざ!ヨウコさんは糞寒い思いしてニビから飛んできて!
そう、俺をわざわざ運ぶために!ここまで!糞寒い思いしてタクシーしたんだね、ヨウコ。ドンマイ」
「今はやってるじゃん、タッグ組んでるヒーロー」

超めずらしいしゃべれるポケモンが、わたしの手元にいる理由はもう一つ。
こいつは廃人の手元にいるとき、唖のフリをしていた。
廃人の手元にいたとき、イーブイを買いに来る客を観察して心底キモいと思ったそうだ。
だから、客以外のトレーナーに使われたくて、鳴き声ひとつあげなかった。そして廃人の好物のソフトやりいかと柿ピーだけを食べていた。あと焼酎。
唖でおっさんじみた嗜好の雄のイーブイ。
そしてそれでも買い手がつきかけたので、テトはストレスでハゲた。そして、私のところへ来た。

「ヨウコ、お前作戦あるのか」
「んー」
「本当に喋るんですね…… 頭も悪くないですね……」メガネが好奇心あふれる表情でテトを見ている。テトがんばれ。
「コンニチハ ボク サンダース!!」妙に甲高い声でテトが話し始める。オカマっぽく。キモい。
「初めて見ました。外のサンダーより珍しいかもしれませんね、テトさんは。研究機関とかに回収されないんですか」
このへんの事情は割愛したい。曖昧に笑う。身の回りはキナくさいけど、テトはわたしのポケモンだ。

テトがこちらをちらちら見ている。おしゃべりするなら女の子(できればage嬢)だっていつも言ってるよね。
話すなら若い女の子がいいと言ってやまないガチおっさんなテトは、自分以外のおっさんが嫌いだ。
よって研究員のメガネもおっさんも嫌いなはずだ。テトのSOSは無視する。すこしは苦労しろ。





やっぱ山の中は寒い。借りた冬登山用のもこもこジャケットが暖かい。たいてい暖かいものはゴアテックスだ。
いつもの三倍ぐらいの胴回りのわたしをテコは爆笑する。息が白い。クソ寒い。マスクしてきてよかった。
なぜかニシカワとメガネもついてくる。てか研究所のいろんなところから視線を感じる。

そしてやっぱり、研究所の中庭に、ドンと、サンダーは居る。
1.6メートルの53キロ。威圧感とぴりぴり震える空気のせいだ。正直帰って寝たい。無理。
だって、ゲットされるどころか、餌付けすら嫌がっているサンダーがなぜここから動かないのかがまったく分からない。
サンダーには翼がある。どこへだって行けるはずなのに。なんでここにいるんだろう。ああ、寒い。帰って酒飲んで寝たい。

「ヒーロー、がんばってね」
「え、俺ひとりなの」
「最初は、人間いないほうがいいよ、こういう時」

離れたところでテトとサンダーを見つめる。テトがサンダーに話しかけた。サンダーも無視はしてない。
当然か、いままで話しかけてくるトレーナーなんかいなかったはずだから。会話らしきものは続いてる。うまくいかせてよー。
ただ飯ただ宿は肩身が狭いのよー。

こうなると私は暇なので、うろうろしている。
発電所の裏手に回る。ぎりぎり人が通れるくらいの隙間が岩肌との間にある。「ちゅちゅおいで。フラッシュ」
バチュルを頭の上に乗せて、前を照らす。狭い。わたしも入れない。
奥の方で何かがきらりと光った。ちゅちゅも気になったらしく、建物の壁に張り付いて、カサカサ進む。
きれいなガラスとか好きだもんね。宝物増えるといいね。寒い。ほんっとに寒い。
サンダーもテトもあったかいところで話し合いしてくれないだろうか。

光が突然私の顔に当たる。顔をそむける。「きゅー!!」って嬉しそうな声が聞こえる。きらきらした素敵なものなんだろうね、きっと。
とりあえずフラッシュをわたしの顔から外してくるとうれしいけどな。ちゅちゅが近づいてくると光はだんだん足元だけを照らすようになる。
きゅっきゅ言いながらごきげんなちゅちゅは私によじ登ってくる。いいからフラッシュを私以外に向けて。お前の新しい宝物を見せて。
きれいな雷の石、だ。雷の石はたくさん見たけど、こんなにきれいなのは初めて見た。
あ、中に何か入ってる。羽かな? ちゅちゅのフラッシュに透かして見る。えーっと…… 羽の入った、雷の石、だ。
何の羽だろう…… ポケモンの羽だと思うけど、よくわからない。
建物の影から体を出して、サンダーとテトの方を向く。テトがこちらに走って来ていた。

「ヨウコ!」
「なによ」
「サンダーはそれとりに来たんだって」
「え」私はテトを見る。サンダーも見る。そして手元の雷の石も見る。
「なんでも、その羽、サンダーの昔の、ほんとに昔のつがいの羽らしくて」
「あの石欲しさに、この発電所が壊れてなくなるのを、ずっとぼんやり待ってたんだと」意外とかわいいところがあるサンダーさん。
「グェッグェッ」
「ずっとって、この建物って、建ってから150年は経ってるよ。それに雷の石の中に入ってるよ、羽」
「だから、本当にこの建物が邪魔で、でも人がいるし、ずっと待ってたんだと」テトが寄ってきた。

サンダーの性格…… おっとり、だね。いくら寿命が長いポケモンとはいえ、150年間待ってるなんて。
あたらしいつがいは見つからないのかな。そうなのかな。あれ、つがい?

「サンダーって性別無いんじゃないの」
「無くてもつがいはつくるんだよ、さみしいから」そうか。
「てかサンダーってどうやって増えるの」
「竜の巣で生まれ変わるんだって」「アニメ脳め」

「ギャッ」
「クワァッ グァッ」テトとサンダーが何かを話している。

「あのさ」ギヤゴギヤゴ会話しているテトとサンダーが私を見る。

「あ、わたし、テトのトレーナーのヨウコです。寒いから中に入りませんか」
「ギャァァァ」
「いいよって言ってるぞ」
「ちょっと待ってて」

ここは山の中だ。寒さが限界だった。サンダーのために窓を少し開けておくとしても、ここよりか部屋の中の方が暖かい。
研究所の一階角部屋の仮眠室。さっきはいろいろ考えたり食べたりで忙しくて気が付かなかったけど、
ベッドが四台ある。窓を開けて、サンダーに入ってもらう。テコが棚をあさってる、手伝ってよ。ベッドを少しずらして、サンダーの居場所を作る。
イノリウムの冷たさが気に入ったらしく、サンダーはへやの隅っこで、座っている。


  [No.1996] 受けて立つ(三部) 投稿者:りえ   投稿日:2011/10/16(Sun) 16:37:29   49clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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ここは山の中だ。寒さが限界だった。サンダーのために窓を少し開けておくとしても、ここよりか部屋の中の方が暖かい。
研究所の一階角部屋の仮眠室。さっきはいろいろ考えたり食べたりで忙しくて気が付かなかったけど、
ベッドが四台ある。窓を開けて、サンダーに入ってもらう。テコが棚をあさってる、手伝ってよ。ベッドを少しずらして、サンダーの居場所を作る。
イノリウムの冷たさが気に入ったらしく、サンダーはへやの隅っこで、座っている。

「おいヨウコ、いいもの見つけたぞ」

テコがベッドの脇の棚の下から琥珀色の液体の入った瓶を取り出す。ニヒヒヒヒ。マッカラン17年だってフフフフ。
「よくやった」ニヒヒヒヒヒ。眠いし寒いし、やっぱりここで飲んで待ってよう。ニヤニヤ笑顔が止まらない。サンダーがおびえた目でこちらを見ている。
とりあえず一口。自前の平皿にマッカランを入れる。もうストレートでいいよなウフフ。
あー、鳥ポケモンって水分摂取どうやるんだろうな。ずかんを見る。なるほどなるほど、くちばしに垂らせばいいんだなウヒヒ。
平皿からテトが皿をなめている。顔なんて見なくてもわかるこの酔っ払いめウッフフ。

「サンダー、良く眠れるお水を上げよう。体も温まるし、今日は寒いからね」
「ギャア」だいぶ警戒されている。
サンダーの目を見ながら、ボトルからコップにマッカランを入れて、わたしは一気に飲み干す。大丈夫よー、ちょっとなら毒じゃないよー。
テトの平皿にも継ぎ足す。目を細めて舐めている。
「ギャァ」サンダーがテトに寄ってきた。テトがサンダーのくちばしで、自分の口を拭う。そのくちばしをサンダーがなめとる。
そうだね、それなら安心して飲めるね。フヒヒヒヒヒヒ。

「ツマミほしいな」

ちゅちゅあんたなんていい子なの。ソフトさきいか持ってるなんて! あ、塩もあるじゃん。
なんてすばらしい発電所なのかしらフッフフ。サイコ―ォォォォ。
塩ぺろぺろ。テトの平皿に酒だばだは。サンダーがテトの平皿の直接くちばしを突っ込みはじめた。
くちばし舐めないと水が飲めない種族は大変だねよしもっと飲め。ちゅちゅが私から遠ざかっていく。ちゅちゅはお酒嫌いだもんねー。
でもヨウコさんのことは好きだもんねー手がかわいいよねちゅちゅたん。くりくりくりくり。前足くりくりくりくり。
すりすりしようとすると逃げるもん。酒の匂いが嫌いなんだって。

ちゅちゅをすりすりしてるあいだも、サンダーは狂ったように平皿にくちばしいれてばちゃばちゃ言わせている。
そうかお前いけるクチかぁヤッフゥゥゥゥゥゥゥ飲めぇぇぇぇぇ
口を開けろぉぉぉッ
サンダーの口に少しマッカランを垂らす。上を向く。ヘイ! またサンダーが口を開ける。垂らす。ヘイ!
テトのかじるやりいかを一本にちゃにゃ食いながら、サンダーの口に垂らす。ヘイ!
もうラッパでいいや。ウッヒィィィィ。

「酒がそろそろ尽きそうね」

サンダーにせっせと飲ましていた。気が付いたらテトが転がっていた。ちゅちゅも爆睡。
酒が回りすぎているサンダーは、羽を床に広げて口だけ開け閉めしてマッカランを待ってる。
サンダーはでかいので、それだけで部屋の端から端まで翼で埋まる。ウッヒャアでっかいのはいいことだ!
「お前ら酒弱すぎだからな……」棚をごそごそ。やった、まだハーパーあるじゃんウッヒィィィ。

「おいサンダーまだあったぞちょっと待ってろ」

サンダーの口に少し垂らす。お、これもいけるかヒヒヒ。

「お前顔怖すぎなんだよ」
「ギェッ」少し垂らす。
「でかいんだよ」
「ギェッ」
「普段何食ってんだよ」
「ギェッ」少し垂らす。
「あー、そうそう、今日のコレな、お前、電気とかだせんだろ、ちょっくらバイトしねえって話だから」
「ギェッ」
「地震あったろ、なんかな、野性の子たちも怪我して、助けてあげたりしてんだけどよ」
「ギェッ」少し垂らす。
「人間も死にかけてるし助けに行けねえしで」
「ギェッ」少し垂らす。
「あとお前目つき悪すぎだしちょう受ける。ちょっと写メとらせろ」パシャッ
「うーけーるーちょううけるマジ目つき悪すぎなんだけど」床をこぶしでたたきながら爆笑。
サンダーもグエグエ笑ってる。
ウッヒヒィ。あったけえ、マジ部屋あったけぇ。
「ギャッ」
「あー、ごめんごめん」少し垂らす。
わたしも一口。
「あんた強いねぇ」少し垂らす。
「私も強いほうだと思ってたけど、だめねぇ」少し垂らす。
「ギャァ」
「悪い悪い」少し垂らす。

ハーパーが空になるまでサンダーに飲ませた。だめだ眠いもう寝る。
てか寒いしそろそろ窓閉めて、寝るね。




ニシカワからの大説教タイムだった。朝日もまぶしかった。私は、仕事でこの発電所に来ているはずだ。
なのに、私はサンダーを酔いつぶし、なおかつ自分も酔いつぶれていたのだ。面目なさ過ぎて何も言えない。
エリートトレーナーじゃなきゃ死刑だよ死刑。

私たちが酒盛りをしている間に、発電所の人たちは真っ青になって山の中を探そうとしていたそうだ。
ヨウコもテトもいない! サンダーにさらわれたか。殺されたか。そう考えたら真っ青になったそうだ。
エリートトレーナーとはいえ女の子なのに、守ってあげられないなんて! とパニックを起こしていたそうだ。
となり、せめて見られる範囲だけでも探そう! と、見える範囲の捜索をしている最中、研究所の職員の方が、
明かりのついていた仮眠室を見つけ、明かりを消そうとドアを開けたところ、
酒のにおいしかしないバカでっかい黄色い鳥と、酔いつぶれてるアホがひとりと一匹。眠りこけているちゅちゅ。
その人が悲鳴を上げて、わたしたちは発見された。本当にごめんなさい反省してます。

私たちが飲んだくれてた間に、物事は進んでいた。
まず、琥珀はグレンタウンに転送された。ポケモン転送システムが生きていたのか、と思いきや、フィルが飛んで行ったらしい。
トレーナーの命令でもないのに、とちょっと凹んだけれど、フィルに「ここ何日か、私以外の人が指示を出すかもしれないから頑張ってね」とは言ってあった。
そして指示を出したのはここの発電所一番のトレーナー(らしい)の、メガネだった。
バッジも6個持っていた。なるほど言うこと聞くわけだ。
で、フィルが発電所からグレンまで、あの子がちょくちょく休みながら飛べば2日〜3日で着く。
サンダーに琥珀の件はきちんと説明するのも難しいので、テトが今「羽をきれいに使える形にするために整えてる」と説明している。
おっとりのサンダーは納得している様子。
発電所職員さんたちは、徐々に届く物資を組み立てるのに忙しく、私たちはあまり相手にされていない。

「ねえサンダー」

私はサンダーに改めて話しかける。サンダーは少しは人慣れしたみたい。
噂の不機嫌なサンダー、はどこにもいなかった。というか、いきなり見知らぬ人が襲い掛かってきて、自分にその力があるのなら、反撃する。
簡単なことだった、それなりに頭がいいポケモンに、いきなり襲いかかったらアウトだ。
それだけのことが分かってもらえずに、この頭のいいおびえたポケモンは、いったいどれだけの恐怖を味わってきたのだろう。

「酔っぱらいながら言ったことだけどさ。条件はウイスキー飲み放題で、一日四時間で、バイトしない?」

優しく、サンダーをじっと見る。まだこの子は触ったらダメだ。
怖くないよ、怖くないよってわからせてあげないと。

「人間の時間で12時から4時まで。仕事内容は、全力で放電すること。それが終わったらここに居てもいいし、どこに行ってもいい」
「嫌だったら断ってもいいから。七回太陽が昇るあいだなら、わたしもテトもいるから」

テトが言葉を翻訳するまでもなくわかっていたみたい。聞くだけ聞くと、サンダーはふらりと窓から出て行ってしまった。翼がばさばさ言う。
途端に広くなる部屋。黙って窓を閉めて、部屋の片づけを始める。ベッドを元の場所に戻す。なぜだかわたしもテトも無言だった。
何も話したくなったし、何かを話したくもなかった。ベッドだけが重たかった。部屋もなんだかちょっと寒かった。
部屋の隅で待機中だったお掃除ロボットの電源を入れて、わたしとテトは部屋を出た。



やることもなかった。できることは終わった。帰りたい。
なんでこの建物に仮眠室があるのかなと考えたり、久しぶりに昔の友達にメール出したりしてた。回線もまだ混乱してるみたいで、電話は通じなかった。
あまりにも暇だったので、発電所の前で釣りをした。ニョロモが釣れた。
ニシカワにあげたらすごく喜んで、名前を付けていた。ミンメイだって。娘のいい友達になってやってほしいってにこにこしてた。
ひたすら紙に絵を描いて過ごした。絵がすげえ苦手だけど描いてた。ようするにそのぐらいやることがなかった。
テトとちゅちゅは発電のし過ぎで疲れて、今は、ボールで休んでいる。

「というわけでニシカワさん、わたし、そろそろ帰ります。」
「サンダーはどうするの」
「来ると思いますよ。」

昔のつがいを亡くして苦しんでるサンダーに、「あんたが発電誰か助かるかもね」って言った。
150年もこんなところで待ってるぐらいに大事な相手を亡くした相手の心の傷に触れたんだ。来るよ、絶対に来る。

「なので、来たら、ウイスキー用意して待っててやってください」
「呑兵衛みたいだものね」
「わたしはこの長雨が終わったら、クチバに戻ります。そろそろカビゴンたちも来ちゃうかもしれないんで。」
「そろそろ産卵月だものね」

それに只飯食いはそろそろ居づらい。長雨が終わったら、わたしはイワヤマのポケモンセンターに行って、
転送システムの復旧を待って、ハナダ側からクチバへ戻る。

「もうちょっと居てくれてもいいのに」
「そろそろ帰って仕事しないと、マチスさんに叱られますから」

 雨音がひどい。それにとても寒い。被災地は大丈夫なのだろうか。
知り合いが多すぎて誰が今無事なのか確認しきれなくてとても不安になる。メールもギアでの呼びかけも帰らない人が何人もいる。
不安すぎて泣きそうだ。誰か死んじゃってたらと考えるだけで、足元からぞわぞわ寒気が襲ってくる。だから仕事がしたい。逃げたい。
ニシカワは残念ですとかもごもご言いながら、仮眠室から出て行った。
 本当に雨音がひどい。自分しかいないのに、自分の血液の流れる音も自分の心臓の音もしない。
窓に当たるのは雨粒だけではなく木の葉や枯枝、たまに吹く強風がドゴォと窓を揺らす。怖い。研究所には雨戸がないから少し怖い。
寒い。
そして素敵な、旅先で出会った人たちのことを考える。
一緒にいた時間なんて20時間ほどだろうに、なんであの人達のことをこんなに「生きててください」と願っているのか。
反芻するように「楽しい楽しい」と考えていたあの愛しい時間たちの外しがたい登場人物たちだからだ。
何度も何度も何度も心の中で繰り返して、あの人たちの顔を想い出して、
本当に一緒にいた時間よりも長くあの人たちを思っているからだと思う。

1人でいる時間が長いポケモントレーナーは、1人で居なかった時間を大事に大事に繰り返して、
心の中で誰かのことを考えていたりするのだ。
そうしないと、くたくたに疲れてクソ寒くて眠れない夜なんて耐えられないから。
どれだけポケモンたちが大事でもあの子たちだけでは埋まらない。
友達なんてレストランのウエイターのように私の人生に出入りするものだといくら言われても
そのレストランのウエイターの顔と声をひとりひとり覚えているだけで、1人の夜に耐えられるのなら、
わたしはいくらでもウエイターの顔を覚えて、少しでも幸せであってほしいと祈る。関わった人の幸せぐらい祈りたい。
だから思う、誰一人として死なないでください。
あの幸せな宝物の登場人物たちが居なくなってしまうことに私は耐えられそうにない。吐きそうだ。

生きててください。涙が止まらない。あの幸せな時間があったから、辛い苦しいことがあってもトレーナーは続けられた。
おなかの底からじわじわ体が冷えてくる。体と心が端っこのほうから、削られてるような、原因不明のキツさ。
幸せな時間と楽しいことと美しいものをたくさん、たくさん揃えて今まで生きてきた。だから生きてこられた。

風が窓に吹き付ける。窓が派手な音を立てる。私は今おびえている。
助かっていてください、みんな、お願いだから。
わたしがポケモンだったらいいのに。わたしが電気ポケモンだったらいいのに。わたしがサンダーだったらいいのに。


唐突に、私はサンダーを妬んでいることに気が付く。
人を助けられる手をたくさん持っていて、たくさんの人を幸せにできる能力があるのにふらふら飛び回ってる。
あいつがちょっと頑張れば助かる命や笑っていられる人、幸せになれるポケモンたちがいっぱいいる。
あいつはヒーローになれるのに、それを放棄している。
そして自分だけは地震なんて関係のないところで、雲や風や太陽と戯れている。
死んだ相手のことなんて捨て置け。死んだ相手のことなんか忘れろ。相手の命も相手の記憶と一緒に捨ててしまえ。
目の前の生きてるポケモンや人を助けろよ。
死んでしまえ。
死んでしまえよ。
死んでしまえ。
シーツを握る手に力を込める。なんであいつだけ無事なところにいるんだ。
なんで無事なんだ。なんであいつだけ何もいま失っていないんだ。無くしてしまえ。お前も何かを失うかもしれない恐怖に直面しろ。
あいつだけなに余裕ブッこいてクソ昔のことだけねちねち気にしてるんだよ。
いまのことだけ考えろよ。


 あっ
電気が消えた。雨粒と風が窓をがたがた揺らす音も止んだ。音が私から遠ざかった。世界が終わる錯覚に陥る。おかあさん助けて、とちょっとだけ思う。
発電所の人の声が遠くで聞こえる。寝床から這い出て、廊下に出る。人がたくさんいるところへ行きたい。毛布をかぶったまま壁沿いにゆっくり歩きだす。
目が慣れてくる。非常用の緑のランプが点灯する。
調理場出入り口に、ニョロモの影が見える。ニョロモがぺちぺちしっぽを床にぶつけながら歩いてくる。

「ロモモ、ニシカワは?」
「ニョ」

調理場の奥で、ニシカワが倒れていた。緑の明かりの下でもわかる、ひどい隅に荒れた肌。
あわてて非常ボタンを押す。でも誰も来ないだろう。停電でそれどころではない。
弱いが脈はある、でもたぶん、眠れていない。救護の医者も交代要員もいない。誰かが休めばそれだけ作業は止まる。
食料だけはある。掃除の人だって家族が心配だと帰ってしまった。誰もいないこんな世界の果てで、世界なんか救えるか。
ニシカワの頬をぺちんぺちんとたたく。ニシカワはうっすら目を開けるだけで何の反応もしない。

落ちてるニシカワの奥さんと娘の写真。
私たちはヒーローじゃない。ヒーローになれるとしたら、それは手の届く範囲の人たちにとってのヒーローだ。
それも助けられてせいぜい、一人か二人。そして、その人たちに目いっぱい助けてもらわないと、そもそも活躍すらできないヒーローなのだ。
あーあ、みっともない。
サンダー、人を助けようとがんばってる奴くらい、助けてやってくれ。




唐突に、サンダーが調理場の暗闇から現れた。いままでそこに居たなんて気が付かなかった。
暗闇から出てきたサンダーは、なぜか一緒に飲んでいた時よりも大きく見えた。


「ギャッ」

サンダーが優しい目をしてこちらを見て鳴く。でも私はサンダーの目を、羞恥のために見返すことができない。
あれだけ自分勝手なことを言ってお願いごとをした。それでやってきた聖獣の目なんか、見られない。
何がエリートだ、何がヒーローだ。最終的には、聖獣に頼るしかなかったじゃないか。

ロモモに「発電室まで案内してあげて」とお願いする。
わたしが初めてサンダーを見ることができたのは、サンダーの目がこちらから逸れたときだった。


それ以来、発電所には行っていない。