タカミネさん家のカケルくんが目を覚ますとベッドの上でした。何故なんでしょうか。いまいち記憶にないのですが。うんうん唸って思い出そうとするところに、一人の女の子が話しかけました。
ここ、シッポウシティに住むハトリ家の一人娘、キヨカちゃんです。カケルくんはキヨちゃんと呼んでいます。
小麦色の肌に黒い髪とは対照的な白いワンピース。腰の部分と頭にアクセントとして、瞳と同じ色の明るい青色のリボンが使われていて、とても愛らしいです。
「ジョーイさんが言ってたよ。今日も負けたんだって?」
あぁ、なるほど。頭をぽりぽりと掻きながら、現状を把握。ここはポケモンセンターのようです。それもここ最近、手持ちが全滅するたびに運び込まれているシッポウシティのポケモンセンターです。
「そういえば……ヤグルマの森に行ったんだっけ」
カケルくんはもうシッポウシティのバッヂを手に入れているので次の町へと向かおうとして……
「またオタマロにここまで運んでもらったんだって聞いたよ」
そうです。カケルくんはここ最近、オタマロに手持ちを全滅させられてばっかりなのです。そして、目の前が真っ暗になったカケルくんを運ぶオタマロの姿は、地方新聞に取り上げられるほどに有名になっているのです。キヨちゃんと知り合ったきっかけもこの記事を読んだ彼女が面白がって話を聞きに来たことが最初でしたっけ。
「通算何敗目?」
「確か、八十八敗」
言わなくとも分かるとは思いますが、これはオタマロに全滅させられた回数です。朝昼晩の三回、ヤグルマの森に行くのが日課となっているので、シッポウシティへの滞在日数はバッヂを手に入れてから、ほぼ一か月です。暑気は去りきって、イチョウが色づく季節となりました。
「カケルって弱いんだね」
ポケモンマスターが夢であるカケルくんにとって、弱いという言葉は心を刃で削るどころか、ダイナマイトで粉砕する勢いの口撃でした。
子供はいつだって残酷です。躊躇や迷いなんてどこ吹く風。天真爛漫で無垢だから、オブラートに包むということをしてくれません。
カケルくんだって子供なので、受け入れることなんて全然できません。
「俺は弱くない」
「でも、全滅してるんじゃない」
「オタマロが強すぎるだけだ」
「でもさー、カケルの手持ちってダイケンキ、ドリュウズ、ゼブライカじゃない。それもだいぶ強いってアロエさんが褒めてるぐらいよく育てられてるポケモンなのに。オタマロに全滅させられるっていうのはカケルが悪いとしか思えないんだけど」
ぐうの音も出ないとはこのことですね。いや実際はお腹がすいてるのでいつ鳴りだしても、おかしくはないのですが比喩表現というやつです。
そんな文学的主張はさておき、キヨちゃんの言うことは間違ってはいません。カケルくんの手持ちはジムリーダーに褒められるぐらいの強さを持っているのに、オタマロに全滅させられているのは事実です。オタマロが水タイプだから、ドリュウズは不得手としていますが、ゼブライカは電気タイプなので、絶好の相手ですから、まったくもってその通りなのです。この辺りに出るポケモンのレベルは低いですし、普通に戦えば負けるはずはないのですから、キヨちゃんの発言は全くもってその通りなのです。
「カケルって才能ないんじゃない」
「そんなことないから。ポケモン育てたのは俺だから」
「じゃあ、ブリーダーの才能はあるんだ」
やっぱり黙るしかないカケルくん。仕方ありませんね、古来より口喧嘩で女性に勝てる男の人なんていないのですから。柳に風と受け流すのが一番いいのです。
勝ってはいけない、勝たせないといけない勝負。それが女性との口喧嘩なのですから。
事実しか言われてないから反論できないとかとはまったくもって関係ないのです。
「絶対次の町に行って、強いってこと証明してやるから」
「あはは、それはないでしょ」
「いや、次こそは勝つから」
「遠いところから応援だけはしておくよ」
からかうように笑いながら、そう言うキヨちゃんにカケルくんができるのは憮然とその言葉を受け入れるだけでした。
そんなやりとりをした数時間後、カケルくんの姿はヤグルマの森へと続くシッポウシティの出口にありました。当然、次の町へと行くためです。
今、カケルくんの表情はポケモンリーグ決勝戦に出るトレーナーと同じぐらい張りつめています。町を出るだけなのにこんな表情をしなきゃいけないんでしょうか。
それはカケルくんの目の前にいる一匹のオタマロが最大の原因です。
「ンーフフフフ。ダーリン、こんにちは。とうとうあちしを引き取りにきてくれたのね〜ん」
はい、こんなことをほざくオタマロさんが最大の原因なのです。
ちなみにめちゃくちゃ流暢に喋ってます。微妙にお姉口調な気もしますが、ぺらぺらです。
そう、このオタマロ(名前未定)こそがカケルくんを八十八回もの全滅に追いやっている張本人だったりします。
なぜか喋れたりもするハイスペックなオタマロです。
なぜ喋るかについてなんですが、よくわかりません。ただ、
◆ ◆ ◆
「ていうか喋れるんだね」
「オタマロのアルファベットで勉強したのよ〜ん」
自信満々に胸……はないので体全体を心持ち反らすオタマロさん。顔は当然ドヤ顔です。
なかなか向学心溢れるオタマロさん。そんなことどうでもいいことではありますが。
それにしてもオタマロのアルファベットってなんなんですかね。もしや、オネエ口調の原因なんでしょうか。
「貴方は私を愛さなければならないのA!」
ちなみに、オタマロのセリフ”あなたは私を愛さなければならない”を英訳すると、”You must love me”となるのでどこにもAは使われてません。きっと超次元的にAが混入したんですね。
◆ ◆ ◆
というようなやりとりがあったということだけをここには書いておきます。
こんな些細なことなんてどうでもいいのです。
今重要なのは、どうやってこのオタマロを回避して、次の町に行くかなのですから、別にいいのです。
「誰か、他の人にお願いしてください。ちょっと急いでるんですから」
とりあえずはいつも通り言葉で希望を伝えます。話し合いって重要ですよね。
「逃げるのはダ☆メ☆よ」
バチーンとウィンク飛ばして、甘ったるい口調でカケルくんへの警告。流し目は標準装備です。
アウトです。このセリフはアウトです。女の子が言わなきゃ……オタマロさんは女の子でしたね。じゃあ、OKということにしておきましょう。
「あなたがこの町を出れるのは、あちしをゲットしてからよん」
その言葉を皮切りに、近くの石、木の陰といったありとあらゆる場所から、オタマロがあふれ出てきます。戦うたびに見ているのですっかり見慣れた光景です。しかし、見慣れたとはぞっとしますね。
あまりの恐ろしさに思わずカケルくんは右の方を向きました。現実逃避ですね。
しかし、逃避した先に広がっていたのは、より大きなカオスでした。
なぜなら、そこには見渡す限り、
オタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオクマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマコオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロが並んでいたからです。
…………その数の多さは文字列にするとちょっとオタマロでゲシュタルト崩壊が起きそうなので逆方向へと視線を向けてみます。
やっぱりそこには、
オタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオサマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオラマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロオタマロが並んでいた。
…………予想通りというか織り込み済みというか、オタマロゲシュタルト崩壊現象が起きそうな光景が広がってました。ここの生態系はどうなってるんでしょうね。オタマロ多すぎです。絶対亜種とか混じってます。
後ろなんて怖くて見れません。同じような光景だと精神が崩壊しますけど、きっとそうでしょうし。
目の前見ても悪夢というかカオスな光景には変わりありませんがね。
そして、これがカケルくんがオタマロ相手に何度も全滅している理由です。
レベルの低いオタマロと言えども、塵も積もれば山となると言えばいいのでしょうか。この数では流石に倒しきれないのです。今だって、この数を見れば、折れてしまいそうです。
「んーフフフフ。あちしの彼氏になってくれる覚悟はできたようね」
できてません。あと一億と二千年待ってもらっても多分無理です。やっぱり彼女は同種族がいいですよね。できれば、色気溢れる年上のお姉さんがベストです。
カケルくんは頭が痛いを通り越して、脳みそがミキサーで磨り潰されてる感じがしています。主に常識が。
「すいません。未来永劫あなたの彼氏になる気はありません」
「んーフフフフ。あちしの伴侶になってくれる覚悟ができたようね」
なんだか、段階が一段上がってますね。なんでなんですかね。トリックルームでも発動してるんでしょうか。カケルくんは確かに断ったんですがね。
「何が起きても、あなたとこれいじょう距離は縮めるつもりはありませんのでそれでは」
そうして、無視して通り過ぎようとします。いや、あれですよ? カケルくんも分かってるんです。オタマロを無視して進めないことぐらいはね、分かってるんです。世界の意思がオタマロを無視してはいけないと命じていることぐらいは八十八回もオタマロに全滅させられていたら、自ずと悟るものなのです。
でも、無視したいじゃない。人間だもの。
「ダーリン、私を置いて、どっかに行っちゃうなんてひどいじゃないの〜。そんなことゆるさないんだからね」
もうツッコミが間に合いません。恐るべし、恋するオタマロ。
カケルくんLOVEなオタマロから距離を取ろうと一歩後退するとそこには彼女の取り巻きのオタマロがいつの間にか回り込んでいました。というか、周りの地面がオタマロで足の踏み場もないぐらいです。
その多さたるや……本気で精神が崩壊しそうなぐらいの数がいるので文字列に表わすのはやめましょうか。気持ち的には十万三千匹ぐらいいそうです。
オタマロと言えど、流石に踏み潰そうとは思えません。逃げるのを諦めました。現実に向かい合います。現実は辛いよ。でも、それが現実なのです。
「大体、あちしはお買い得よ〜ん、イッシュでは数少ない水タイプのポケモンだし」
「ダイケンキがいるんで間に合ってます」
「おしゃべり、ゆうわく、メロメロっていう普通のオタマロじゃありえない技構成してるし」
「その技構成なら、普通の女の子がいいです」
宇宙の真理ですよね。
「もう、ダーリンのイ☆ケ☆ズ! わたしの 全身から 溢れる あなたへのLOVE を受け取りなさいよ」
「ごめん、無理です」
これもまた宇宙の真理ですよね。
「今日こそは次の町へ向かって見せる」
確かな意思を見せるカケルくん。それを見ていたオタマロは今までのドヤ顔から一転、どこか寂しさとむなしさを感じさせる表情へと変わると
それは変わることのない強い意志。オタマロを手持ちに加えずして、次の町に行くという強い意志。腰にぶら下げたボールから相棒たちを呼び出せば、彼らはやる気満々。オタマロ大群に恐れてなんかいません。伊達に八十八回も全滅させられてません。意気揚々とオタマロの群れへと向かってきます。千切っては投げ、千切っては投げと彼らを倒していけます。そして――
そして――気が付けば、ポケモンセンターです。どうやらカケルくんはまたもや倒しきれず、全滅してしまったようです。
目を開ければ、そこにはキヨちゃんがいました。
「ていうかさー、カケルはなんでオタマロに求婚されちゃってるの?」
「それが分かれば苦労してないよ」
本当になんでなのか。それさえわかれば、先に進めるのに。カケルくんは内心でそう思いながら、キヨちゃんに笑いかけました。思えば、彼女とは意外と長い付き合いになっています。
ベッドに腰掛けた彼女はからからと笑っています。カケルくんが出れなくて困ってるというのに、いい気なものです。はやく次の町に行って、ジムリーダーと、まだ見ぬライバルたちと戦って、強くなりたいのに。こんなところで足踏みはできない。躓いてばかりじゃいられない。それが分かっているのに、オタマロに勝つことができない現実はカケルくんを悩ませます。
いつになれば、カケルくんはここから抜け出せるのでしょうか。
「まあまあ、焦んなくてもいいんじゃない?」
表情に出ていたんでしょうか、キヨちゃんはそういうと、カケルくんの焦りを解すように頭を撫でました。
「どこにいても、強くなることはできるかな」
「そうそう」
一生懸命に伸ばされるキヨちゃんの手で撫でられながら、しばらくはいいかと思ってしまうカケルくんなのでした。
――――
間違いなく、マサポケ内で一番オタマロって書いた小説だと思う
【オタマロなのよ】
【カオス】
【好きにしていいのよ】