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  [No.1458] ホウジョウExpress 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/06(Wed) 17:09:07   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 駅のホームには足音が行きかい、大きなかばんをもった旅行者が行き来する。ビジネスバッグを提げたサラリーマンも忙しそうに携帯電話に向かってしゃべり続ける。そんな中、少女はいた。これからホウエン地方に引っ越すために駅にいる。ホウジョウ急行に乗るために。
「コガネ発カナズミ行き・・・11:13か。」
 発車案内板を見てもわかるとおり、まだ電車は駅にいない。切符を握り締め、少女は待った。この不安と期待の、ほとんどが不安でできた心を落ち着かせるように。車輪が速度を早めて動く音、ドアが閉まる音、それらに耳を傾けて。
「8番線、ヤマブキ行き発車します!」「早くしなさい!」「迷子のお知らせです・・・」「早く行きたいねー!!」
 発車案内板が更新される。次に発車するのが、これから乗るホウジョウ急行。7番線へと少女はゆっくりと近づいた。
しばらくして入ってくる、風の抵抗をもろともしない流線型をした電車が入ってくる。それがホウジョウ急行だというのもすぐわかる。
「電車が到着します。危険ですから黄色い線の内側に・・・。」
 車輪の速度は落ちていき、急行は停止線ぎりぎりで止まる。少女はドアが開くのを待っていた。指定席、窓側の真ん中あたりの席。その切符を握り締め、ドアが開いた瞬間に乗り込む。

 本当を言うと、引越しなんかしたくなかった。父親の仕事が変わるから仕方なしにホウエン地方へと行くだけ。友達とも離れたくなかったし、もちろんのこと、いくのを嫌がった。
「あなた、顔色悪いんじゃない?」
 少女が窓の外の駅を見ていると、隣のおばあさんが話しかけていた。
「いえ、そういうわけではないと思います。」
「じゃあなんだい?」

「ホウジョウ急行、カナズミ行き発車します!」

 発車のベルとともに、気づかないほど静かにドアは閉まる。いつの間にか景色が進行方向に動きはじめ、車掌のホイッスルが駅に広がる。エンジンとともに車輪がアクセルになっていた。揺れもほとんどない。それはどんどん早くなり、今までいた駅は全ていなくなっていた。

「別に、ただ、行きたくないだけです。」
「じゃあなぜ電車にのったね?電車は乗ったら最後、つくまで引き返せもしない。」
「引っ越すから、引っ越さなきゃいけないから・・・。」

 さらに加速は続く。コガネシティのビルの合間をどんどん風を切って進む。見慣れた街は、どんどん遠くになっていった。

「ホウエンに引っ越すんか?」
「はい。お父さんの仕事の都合で。」
「なんでやだね?」
「友達と別れたくないからです。」

 アサギの港が遠くに見える。ホウジョウ急行はまっすぐそこにむかっていた。しかしアサギシティの駅には止まらない。途中、いくつか止まるところはあるものの、ひたすらホウエン地方、カナズミシティを目指して。

「向こうでも友達いっぱい作ればよいね。」
「そんなのできない。だからいきたくなかった。」

 アサギシティを通過し、やがて電車は広い平原にでる。線路のまわりはたんぼだらけで、野生のポケモンも中には混じっている。ピジョンが地上の獲物を狩る時、電車が汽笛を鳴らした。驚いてピジョンは再び空に帰り、獲物は逃げた。獲物を助けようとしたのではなく、ただそれは偶然が重なっただけであるけれども。


「なんでできないね?」
「話せないし、それにホウエンはジョウトとぜんぜん違うポケモンばっかりいる。」
「そりゃそうだね。住むところが違えば、ポケモンだってぜんぜん違ってるね。」
「そんなところに、ひっこしたくない。住みたくもない。」


 景色が一瞬暗くなる。最高速度でトンネルに突っ込んだ。耳がキーンと鳴る。普通なら風の抵抗が強いはずだが、ホウジョウ急行の車体はそれを最大に減らす形をしている。何も受け付けずに、再びトンネルから出てきた。


「いきたくないならそれでもよいんじゃないかね。住まなくてもよいんじゃないかね。」
「どうやって?」
「若いもんにはやっとるね。ポケモントレーナーっていって、家にも帰らず根無し草ってやつね。」
「でも、ポケモンなんて持ったこともないし。」
「そりゃ誰だって最初はそうね。それになんであんたは言い訳ばかりするね。いきたくないならいかなくてよい方法も探さない、その方法もいやだっていってたって、状況は何一つかわらないね。」


 海流の激しい海が見える。海、といってもただの大きな湖がそう見えるだけ。ターコイズブルーの海面に白い波が浮き立つ。このあたりから生息しているキャモメが波に飲まれそうになっても必死で獲物を捕らえようとしている。


「何かいやなら自分でなんとかせんといかんね。」

「まもなく、モミジシティ駅に到着します。お降りの方は忘れ物のないよう、ご注意ください。ジョウハン線、トウコ線、ジョウサイ線はお乗換えです。」

「あたしはもう降りるかんね、あんた少し考えた方がいい。なんたってまだ若いんだ、がんばれるね。」

 まだ早すぎるにもかかわらず、荷物をまとめ、客席を出ていった。一人取り残され、少女は何を考えるべきかすら混乱している。
「私は・・・いきたくない。」
 思えば、引越す時にそういった。それでも、意見は聞き入れられずに引っ越すことになっていた。ホウエン地方で、新しい暮らしに慣れれば、ということで。そんなことあったとしてもずっと先。それなのに、なんでこんな楽観視できるのだろう。


 頭の中で回る思いを見上げると、すでに電車は駅を出発し、加速していた。ここで乗ってきた乗客がいつの間にか席に座っており、それぞれ思い思いの作業をしている。二つ隣のサラリーマンはノートパソコンを広げてたたいているし、その隣の人は旅行にいってきた帰りのようで、たくさんの紙袋を、棚にしまいきれずに足元においている。



「おべんとうはいかがですか?」

 車内販売のワゴンがゆっくと移動してきていた。不安で緊張していた少女は自分の空腹に気づくと係員を呼び止めた。朝もほとんど食べていなかったせいで、お弁当の包み紙を開けた瞬間、今まで経験しなかったくらいの空腹に襲われた。そして振動で少しゆれる車内で、人目など気にせず、食べるに食べた。






 エネルギーが満たされ、食後のお茶を一口含んだ瞬間、少女は涙が出た。何かをするためのエネルギー、それが今の自分には足りなかった。何かも人のせいにして言い訳して流されたツケ、それが今の状態だと。隣の席が空席のために、誰一人として少女が泣いていたことに気づかなかった。

 今まで何一つしてこなかった。学校にいってもただ授業にでてノートを書いているだけで、それしか知らなかった。遊ぶときも失敗するたびに言い訳して他人のせいにして。

「ポケモン、トレーナー・・・。」

 今の状態がいやなら、抜け出す方法があるなら、それを試すしかない。少女はそういった。窓からたまに見える野生のポケモンたち。彼らとともに歩むのがポケモントレーナー。

「できるかな・・・。」

 誰だって最初はできるかどうかわからない。やってみなければ。さらなる不安が少女を覆う。


「わぁ、ピカチュウだー。かわいいー!」
 野生のピカチュウは警戒することなく寄ってくる。そして腕に抱かれ、気持ちよさそうだ。そうしている間に、ゴマゾウやネイティ、ナゾノクサもよってくる。
「わたし、ポケモントレーナーでよかったぁ。みんなと仲良くなって、強くなるから。」


 揺れる車内に起こされ、少女は窓の外を見つめた。さっきと景色が違う。あれは夢だった。
「違う、夢じゃない・・・私・・・。」

 すでにホウエン地方に入っているようで、ここにしかいない野生のポケモンが多数見える。それはしがらみのない、自由な姿。
「やるよ。ポケモントレーナー。なるよ。なるから。」

「まもなくー、終点カナズミ駅〜カナズミ駅〜。」

 荷物をまとめ、いつでも降りられるように支度する。そして窓の外をみながら完全に止まるのを、すでに不安ではなく楽しみとして待っていた。これからこの地方で待つ、輝く未来が待っている。そう信じて疑わなかった。


「終点カナズミ駅〜。この電車は折り返しコガネシティ駅に向けて出発します。」

 車内アナウンスを全て聞き終わるころにはすでに電車から降りていた。少女は迎えにきたはずの父親と母親との待ち合わせ場所に向かう。
「パパ!ママ!」
 人ごみの中に二人を発見し、荷物をかかえたまま駆け寄る。大きな荷物は揺れるたびに振り回されそうだった。
「お、一人でこれたな、えらいじゃないか。」
「大丈夫!だって私これからポケモントレーナーになるんだから、これくら一人でできるよ!」
「そうかそうか、よし、これから新しい家にいくぞ!そうしたらいろいろ整えよう!」
「いくー!!!」
 嫌だという気持ちはすでにない。カナズミシティから遠く離れた田舎街、ミシロタウンについたころには、どこをどうやっていこうかと考えていた。新しい家の前につき、車を降りると、ふと視線を感じた。振り返ると、男の子がこちらを見ている。
「あ、こんにちは。」
「あ、こんにちは・・・って新しく引っ越してきたのって?」
「あ、うん、初めまして。これからポケモントレーナーになろうかなって思ってるんだ。よろしくね。」
「トレーナーになるならライバルだな。俺はユウキ、お前は?」
「私?私はハルカ。ユウキ君もなら、私負けないよ!」



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参考音源:スパーク作「オリエント急行」http://www.youtube.com/watch?v=3dNH4U73C24&feature=related
音楽から話を作ろうとすると、リニアよりも長距離を行く列車のがいいかと思って。
ポップスと違って、ピアノになるところが多いので、音量あげて見てみるのがいいかもしれません

【鉄道大好き】【何しても良いのよ】【でもモデルは新幹線】【モミジムが見える】