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  [No.1581] 稲妻の道 投稿者:クロトカゲ   投稿日:2011/07/10(Sun) 18:10:56   180clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 空はもうとっくに暗くなっていたが、そこにいる人達は昼以上に活発に動いていた。
 建物にはけばけばしい電飾が飾られ、様々な光を放っている。
 そこに吸い寄せられるように人が入り、出てくる。出てきた者の表情は笑顔だったり絶望だったりと十人十色だ。誰もがドレスやタキシードなど、見事に着飾っている。チップが積まれては崩され目まぐるしく動き、カクテルウェイトレスが熱中する客達に飲み物をサーブする。ディーラー達は殺しに掛かろうという強者達に涼し気な笑顔と鮮やかな手さばきで相手する。
 ここはローラーカジノ。
 元締が後暗い商売でもしているのか、長期の契約をできないのか、建物に車輪がついているものもある移動賭博場だ。サーカスのようにふらりとやってきては草原などに留まりギャンブルを提供する。
 一夜のビッグサクセスを夢見る者、単純にお祭り騒ぎが好きな者、様々な人間が集まってネオンより明るいエネルギーを振りまいている。
 カジノの客の中、少年がいた。大人たちの中で落ち着いた佇まいで歩いている。スリーピースのスーツを身に纏った姿は中々キマっていたが、眠たげな表情が、高くない背に合った歳相応のあどけなさを感じさせた。
 少年はフロアを見回す。スロットマシンやポーカーなどベーシックなカジノゲームがあり、ポケモンを使ったローラーカジノ独自のゲームもあった。
 巨大なルーレットが周り、プリンやピッピ、サンドやビリリダマなど丸いポケモンが弾かれて転がり紅白のマスに落ちてゆく。
 笑い声が聞こえるのはステージだ。ソーナンスとポケモンが向かい合っている。『ソーナンス・ソーナンス』というゲームは挑戦者が技を返されずに当てられるかというものだ。事前申告した技を予想し、オーディエンスもどちらが勝つかベットする。今ステージではモウカザルが『かえんほうしゃ』を『ミラーコート』で返され、トレーナー共々派手に吹っ飛んで笑いを産んでいた。
 確率は二分の一とわかりやすく、何より単純で盛り上がっているのがいい、と少年が参加しようかと近づいたとき、警備員に呼び止められる。

「お客様、IDチェックをよろしいでしょうか」

 トレーナーカードを取り出そうと懐を探り始めたとき、それを見たスタッフが青い顔をして駆け寄ってきた。

「お前! こちらの方はフロンティアブレーンの……」

 耳打ちすると、警備員もスタッフと同じ顔になる。

「これはこれは大変失礼いたしましたネジキ様! カードのご提示は結構ですので! 存分に当カジノをお楽しみください!」
「あ、気にしないでくださーい」

 さらりと言ってのけるネジキに、小太りのスタッフは口をパクパク開いて動けずにいた。ネジキとしては普段通り振舞っているつもりが、その表情や態度は機嫌を損ねたためだと勘違いさせていた。フロンティアブレーンという実力者を怒らせては大変と、スタッフは気が気でない。そのまま立ち去ろうとするネジキを見て、二人は慌て追いかけてくる。

「お、お飲み物をお持ちしましょうかっ?!」
「いらないですよ。ところで」

 ネジキはスタッフ達に背を向け、じっと一点を見ていた。

「僕がチェックされたのって、子どもだからでしょうか?」
「はい! あ、いえ!」
 
 いよいよ滝のような汗を流し始める二人を全く気にかけずに客の一人を指す。

「あの子はチェックされないよねー。何で?」

 その客はネジキと同じ、明らかに子どもだとわかる身長の少年だった。衣装こそタキシードに蝶ネクタイと礼服だったが、大きめの肩掛けバッグはカジノでは少し浮いている。少年が歩くとすれ違うスタッフが軽く礼をするのは顔が知られているからだろう。

「あちらの方は、これから開かれる競技の参加者でして――」
「ああ! そうですとも! 間もなく始まりますからね! こちらのカジノでもそれはもう人気のゲームでございます! 遠方からはるばる楽しみにいらっしゃるお客様もおられるぐらいでございますから! ネジキ様もお楽しみ頂けること間違いなしでございますよ! すぐに素晴らしい席をご用意させていただきますので!」

 スタッフの半ば強引な案内でカジノを出ると、そこは草原だ。ただし、柵でかなりの広さの敷地が分けられてあり、そこを囲むように席がある。乱暴に作られたスタジアムになっていた。

「おい、すぐに特等席を用意しろ。……は? 一つもか?! 何とかしろ! フロンティアブレーンをお迎えするんだぞ!」

 携帯に怒鳴るスタッフの様子から、席を準備するのに手間取りそうだった。ネジキは辺りを見て、それなりに空いてる場所を見つけると座ってスタッフに言った。

「ここでいいよ」
「いや、しかしそこは」
「ここがいいんだけど、マズイかなー?」

 スタッフは少々考え込むと、ゼンマイ式のおもちゃのように首を振ると、怒涛のように喋り出す。
 ファンファーレが鳴り、合図とともに一斉にポケモンが走り出す。区切られた線の中、必死で進み、走り続ける。
 ネジキはめんどくさくなって、スタッフを適当にあしらうと、スタッフは「何かご用がおありの時はいつでもお呼びください!」と名刺を渡してやっと去っていった。
 やがて一匹がゲートに辿り着き通過する瞬間、歓声が一際大きく上がり、紙が宙に舞う。
 ローラカジノでも最大の金が動くと言われるポケモンダービーだ。様々なポケモンが速さを競い、それを当てるレース場である。
 一着のポニータは健闘を讃える声援や、富をもたらしてくれた感謝を受け、嬉しそうにいなないた。それを見て、ネジキも嬉しそうに頷く。

「僕はギャンブルより、ポケモンを見るほうが合ってるな」

 ネジキはトレーナーとしては自分の実力に自信を持っていた。しかし、それでも足りないものがある、と感じている。
 自分はまだ子どもだ。知識はあってもポケモンと触れあった時間や経験は圧倒的に足りないと思う。自由になる時間を使っては様々な場所に貪欲に出かけて行っていた。その中である実力者と話す機会があった。彼はネジキにこのカジノを教えてくれた。勝負の勘をここで磨くのも悪くないだろうと言われて来てみたが、紹介されなければ一人で来ることなんてなかっただろう。そしてここにはポケモンがいる。何かを得ることはできそうだ、とネジキはワクワクしていた。
 次のレースのポニータ達が姿を現し競技場をゆっくり行進し始めた。
 最初のレースはスタッフとのやりとりもあり集中して見れなかったので、ネジキは手すりに身を乗り出しポニータを観察する。

「そーいえば、レースなんて見るの初めてだな」

 少年はPDAを取り出し目当てのポニータを観察する。
 スキャンされたポケモンのデータが表示され、そこから何やら数値が計算され始める。それを見てネジキは呟く。

「むー、そーだなー」

 おおよそのステータスは機械でわかった。金を賭けて獣券を買うわけではないが、勝利するポケモンの予想を始める。機械を通したステータスと見てわかるコンディションから一位になるポニータをピックアップする。

「75パーセントってトコかな」

 ファンファーレが鳴り、ゲートが開き、ポニータ達が一斉にスタートした。歓声が上がると同時に砂煙が立ち上り、ゲート付近は見えなくなる。スタート地点付近は猛烈な踏み込みで草も生えていないからだ。
 ポニータ達は抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げる。長楕円のコースを駆け抜けるとほぼ固まった状態でゴール板を通過した。

 少年が目を付けたポニータは惜しくも三着の結果に終わった。

「ワーオ」

 表情一つ変えずに言い放った後、PDAの数値を再確認する。

「素早さは一番高そうだったのに。他に何が作用してるのか……」

 何か飲むものでも買ってきてゆっくり鑑賞しようと席を立ったネジキは先程の少年を見つけた。案外近い席に座っていたようだ。難しい顔をしているところを見ると、競技参加前に緊張しているのかもしれないな、とネジキは思う。

「君、一人かい? 子どもが一人で珍しいね」
「お前だって子どもじゃんか!」

 怒鳴る少年の良く日に焼けた顔は、誰が見ても怒っていた。

「確かにその通り」

 ネジキは全く動じず、何事もなかったかのように話を続けた。
 少年は毒気を抜かれたようで、芝生のような短髪をボリボリ掻いた。

「しかしまぁ、このポニータレースというのはよくわからないね」
「わからないって? 単純じゃん。一番早くゴールすればいい」
「確かにその通り」

 先ほどと全く同じ顔で同じ言葉を返すネジキに少年は馬鹿にされていると思ったのか、睨みつける。

「でも素早さが一番高いポニータが一位になれてないみたいなんだよねー」

 その言葉に何か感じるものがあったのか、少年はネジキをジロジロ見回した。そして胸に手を当てて少々誇らしげに言う。
 
「説明してやろうか? 俺、一応プロだし」

 鼻頭を指で掻くと、ネジキの返事を待った。
 耳に入った周りの客が怪訝そうな顔で少年を見ていたが、ネジキはあっさり言う。

「それは心強い。是非ともお願いしたいものだねー。よろしく頼むよ。プロの解説なら間違いないね」

 やはり全く同じ顔で軽く頭を下げる。その答えは予想外だったようで、彼は眉尻を下げた。

「お前ってさ……」
「なんだい?」

 何でもないと溜息を付き、少年は席に付き、隣を叩く。ネジキもそれに応じて腰を下ろした。するとまもなく会場に地響きが聞こえた。

「見ろよ、次のレースが始まった。ポニータレースの最終だ」
「へぇ、結構スピードが違うもんなんだねー」

 ネジキが呟く。それは最も盛り上がるハズの最終レースが、今までのレースよりスピードが緩やかなことから自然と出た言葉だろう。

「そりゃあ戦略が違うからな」
「戦略? レースにもバトルと同じように戦略があるのかい?」
「当たり前だよ!」

 声を荒らげた少年に対しこれは失礼、と相変わらずの顔で答えた。おかげでブリーダーは怒鳴ったことが恥ずかしくなり、顔を背けた。そして説明する。

「バトルと同じようにって言ったけど、まさにそれ。このレースはただスピードを競うんじゃない。攻撃技を使ってもいい、技を撃ち合うレースなんだ」
「バトルレースってことか」

 無表情の中にも視線の熱を感じた少年は、少し声を弾ませて続ける。

「戦略ってのは、まず単純に育成傾向だね。スピードが早いのは当たり前として、体力とか。あとは攻撃や防御の重視でも変わる」
「レースしながら技の応戦があるって言ってたからね。なるほどー」
「あとは動きと技ね」
「それを詳しく教えてもらえるかい?」
「このレースなんか、確かにわかりやすい展開だね」

 最初のコーナーを先頭集団が抜けたところ、五頭分以上遅れて後続集団が追いかける。

「簡単に分けると『逃げ切り』『追い上げ』に分けられるんだ」
「それぐらいはなんとなく」

 字面からも、状況からもその作戦がわかる、とネジキは頷く。
 続けて少年は、その役割の傾向を詳しく説明してゆく。

「逃げ切りは大抵オボンの実なんかを持つことが多いね」
「全速力で走ってるから体力の減りも早い、と」
「そうだね。あとは、先頭で走っていると攻撃の的になることも多いからね。体力が減りやすいから、一般的に逃げ切りの方が不利だと言われてる」

 先頭のポニータが尻を突き上げると背中のホルダーからオボンの実が宙を舞った。見事に口でキャッチする。だが、それを食べようとした時、

「あー」

 先頭ポニータのやや後ろ、追いかけていたポニータが追いついたときに接触したのだ。当てられたポニータはコースを譲らず、その体ではじき返す。すると先頭だったポニータがみるみるうちの速度を下げてあっという間に最後尾まで下がってしまった。

「木の実を食べる時が一番危ないんだよ」

 通常のバトルでは相手とそれなりに距離をとっていることがほとんどで、またアイテムでの回復中を狙うというのはフェアじゃないと忌避されることも多い。そのため木の実を食べること自体は何ら危険ではない。それに比べてレースは接触も多く、走りながら木の実を口まで運んで食べるというのは意外に難しい行為だ。

「こういう状況では実を喉につまらせることもよくあるし、急所に当たったようなもんだよね。レースでは致命傷だよ。一度開いた差を縮めるのは簡単じゃないからね。精神的にも堪えるし」
「木の実を出すとき目立つから、そこを狙ったわけかい?」

 その問いには少年は少しだけ考える。

「どうかな。そういうこともテクニックのうちとはいえ、木の実をキャッチするときに大きくぶれたからね。あれは相手の所為じゃないと思うよ」

 最終カーブに差し掛かろうという所、3番手のポニータが大きく嘶いた。背中の炎が大きく膨れ上がり、前方のライバル目掛けてうねりながら広がった。

「『ほのおのうず』だね。うまい。タイミングが良いし、出し所も完璧だ」
「体力をじっくり減らそうってことか」
「いや」

 カーブに入ったが、技を受けたポニータは渦に捕らわれうまく曲がれない。
 外周の柵にぶつかりはしなかったものの、外回りを余儀なくされて先頭を守ることはできない。
 結局ストレートでもあまり大きな動きは起きず、『ほのおのうず』を放ったポニータはあと一歩というところまで迫ったが、攻撃を続けても先頭に並こともできずにレースは終わった。

「うん。君のおかげで少しわかったよ。レースだけどバトルだ」
「そう。早けりゃいいってものじゃない」

 そう言って腕時計を見ると、彼は勢いよく席を立った。。

「そろそろ行かなきゃ!」
「行く?」
「もうすぐレースなんだよ。まぁ、エントリーはとっくに終わってるからポケモンを渡すだけなんだけどな」
「君のポケモンがレースにでるのかい?」
「言っただろ、一応プロだって。ブリーダーでご飯食べてるんだよ」

 その言葉には揺らぎはない。そして先ほどの言葉は事実として受け入れたのに対し、その言葉は真実なんだなとネジキは同じ言葉に重みを感じて受け止めた。

「もし時間があるならこのままレースを見るのを進めるよ。なんてったって、これから始まるのは、ポケモンレースの中でも一番手に汗握るゲームだからね」
「一番……」
「ジグザグマレースさ」

 ネジキは想像する。ジグザグマ達が一斉に走り出す姿を。それは確かに見どころのあるレースになるだろうなと思った。

「新しいものに触れられそうだ。ここに来てよかったよ」
「ん?」
「もし暇があるのなら、是非そのレースの解説もお願いしたいね」

 ネジキの言葉を聞き、ブリーダーの少年はニッと歯を見せる。人懐っこい、笑顔を誘うような顔だ。

「すぐ戻ってくるよ」




 しばらくすると、ブリーダーが両手にカップのドリンクを持って現れた。ネジキは一言礼を言うと、カップを受け取ってストローに口を付ける。
 ブリーダーは溜息を一つ、大きくついてネジキの横に腰を下ろした。

「ジグザグマが走るのは見たことある?」
「もちろん。あの走りでレースをするというのは目で追うのが大変そーだなー」
「そこが一番面白いんだよ! 最後のデッドヒートなんてカメラ判定じゃないと一着がわからないぐらいだから!」

 興奮してブリーダーはペラペラ語りだすが、半分ぐらいは専門用語で分からない。しかし、熱意を持てることがあるのはいいことだ、とネジキは思った。

 やがて、ジグザグマレースの時間になった。レースに出場するジグザグマがフィールドに現れる。
 
「君のジグザグマはどの子なんだい?」
「ああ、黄色いリボンをつけたのだよ。イダテンマルっていうんだ」

 ネジキはイダテンマルを見るが、他のジグザグマとの違いはあまりわからなかった。外見での明らかな違いは無いようだ。ただ、その動きを見ていると元気がいいことはわかった。隣のブリーダーは今日のためにしっかりとコンディションを合わせてきたのだ。そして大衆の中でも緊張している様子はない。勝負慣れしているのだろう。
 そして、レース場に設置された巨大な電光掲示板に各ジグザグマの名前とオッズが表示された。イダテンマルの番号は5番。倍率は真ん中というところでなんとも言えない位置づけだった。

「あの倍率ってのはどうしてあんなに分かれるんだい?」
「レース前にはパドックってところで出場ポケモンの様子を見れる場所があるんだ。それを見て客は予想をするんだけど」
「じゃあ、見ておけばよかったなー」
「いや、あそこでわかる情報なんてほんとに少ないから。君はポニータのレースでステータスがなんとなくわかってたみたいだけど、それでも当てられなかっただろ?」
「じゃあ他の人はどうやって予想してるんだい? そんなに偏るものなのかなー? 6番のオッズが相当低い。他より随分人気があるみたいだけど」

 ネジキの疑問に対し、ブリーダーは唇に拳をつけながら考え込んだ。

「ここのレースは情報の公開はあまりされてないんだ。ステータスや技とか。持ち物はたまにオープンはあるみたいだけど。『純粋にポケモンから読み取って予想する』なんてのが名分みたいだけどね、一応」
「むー」
「でも、公開を禁止してるわけじゃない。多分情報戦は行われている。虚偽を織り交ぜたやつが」
「そんなことしていいものなのかねー? それともギャンブルってのは普通なのかな?」
「ただの推測だよ。どこかで得してる奴がいるんだと思う。でも……6番か」

 6番のジグザグマは緑のゼッケンをつけたジグエルメス。ゆっくりと、毅然とした態度で歩いている。他よりやや毛のボリュームがまとまっているためか小さく見えるというぐらいで、やはりネジキには特別なポケモンには見えなかった。

「あの名前の下の太線は?」
「ああ、普通はあそこにアイテムが表示されるんだよ。でもこういうレースでは表示が無い場合がほとんどだよ。普通のバトルだってそうだろ?」

 ポニータレースの時はベルトで身につけられたアイテムホルダーがあった。ジグザグマ達も付けてるはずだが、フサフサの毛に隠れて見えない。そして身に付けているのがわかるようなアイテムを所持しているものもいなかった。

「頼むよ、イダテンマル」

 静かに呟き手を組み祈りを捧げるブリーダーを、ネジキはいつもと変わらぬ表情で見る。フィールドは違えどやることは皆同じなのか、という僅かな関心もあった。
ファンファーレが鳴り、歓声が上がった。ジグザグマ達がゲートに入る。
 レースが開始された。
 大きな音と共にゲートが開き、ジグザグマ達が一斉にスタートを切る。左へ右へ忙しなく進む群れは何だか奇妙で笑ってしまいそうになるが、同時にネジキは感心する。

「ずいぶん早いな。僕が知るジグザグマと全然違うなー」
「レース用の走りだからね。野生のポケモンや、普通のバトルで見るのとはスピードは違うだろうね」

 ジグザグマは敵の攻撃を避けるためにジグザグに走るが、もう一つ代表的な特性を持っている。それが「ものひろい」だ。ジグザグマはアイテムを探すために鼻を地面に擦りつけるようにして走る。それが最もアイテムを見つけやすい走り方だからだ。それをブリーダーたちは一から矯正してスピードの出る走り方へと育てる。そのためスピードを早く感じたのだと彼はネジキに教えた。

「イダテンマルは逃げ切りなんだね。前の方にいる」
「うまく先頭集団に入れた。ちょっと外目だけど、まぁ攻撃も受けづらいし、最初はこんなもんだよ。ここからここから」

 戦略があるのかポケモンを信じているのか、その表情は数々のトレーナーを見てきたネジキにとってやはり見慣れたものだった。やっぱり同じなんだな、とネジキは思った。フィールドではその戦略が徐々に輪郭を帯びてくる。逃げ切りがトップを奪い合い前へ進む。そして追い上げがその後ろからターゲットを吟味しているように見えた。その中の一匹がネジキの目に留まった。

「あの後ろの7番のヤツは? 追い上げとはいえ少し離れすぎてない?」
「そうだね。少し不気味だ」

 スタートミスをしたものは一匹もいないように見えた。7番のジグザグマであるキタカゼゴーゴーは後ろで様子を伺うというよりは引き離されているように思えた。少しづつ後ろに下がっている様にも見えるが、わざわざ後続で下がる戦略というのは彼には思い当たらない。単純にスピードについていけないのだとしたら、運営の見込み違いのジグザグマが紛れていたことになり、それも絶対ではないがほぼ無いだろうとブリーダーは思った。
 そして7番の試みをすぐに知ることになる。
 出遅れていたキタカゼゴーゴーが鈍く光ったかと思うと、先頭を走る3番はがくんとスピードを落とす。そのスピードを奪ったかのように7番は加速する。

「何だよおい?! 3番頑張れよ! チクショウ! 呪いでもかけたってのか?! ふざけんな!」

 観客の怒号が聞こえた。

「『トリック』かー」

 気の抜けた声で鋭い答えが飛んだせいで、あっけにとられた顔で周りの客がネジキを見ていた。もちろん、ネジキにとってバトル技はどれも見慣れたもので分かって当然のものだ。注目されるようなことを言った自覚は全くない。
 トリックはポケモン同士の手持ちの道具を入れ替える技だ。相手の有利な道具を奪ったり不利なアイテムを押し付けるのに使われる。明確な戦略をもった技だ。

「『トリック』でアイテムを入れ替えたんだ。『くろいてっきゅう』か『こうこうのしっぽ』とかを」

 それぞれが加速していく中で3番はみるみるうちに引き離されていく。勝利は絶望的だろう。すでに券を投げ捨てている客もいる。
 キタカゼゴーゴーの攻撃は続く。ふさふさした体をブルブル震わせたかと思うと、前に走っていたジグザグマ達の走りがおかしくなる。よく目を凝らすと、白いモヤのようなものが吹き出している。

「『こごえるかぜ』だねー。へぇー」
「そんな技をジグザグマが覚えられるの?!」

 ブリーダーが驚愕の声を上げた。周りの客もいつの間にかネジキの言葉に耳を傾けその続きを待っていた。
 こごえるかぜは広範囲を攻撃する技で、当たった相手を確実にスピードダウンさせる技だ。ジグザグマのレベルが上がっても覚える技ではない。

「教え技で『こごえるかぜ』を覚えられる場所もあるからね。そう考えると普通の技だけど、通常のバトルでもあんまり教えるよーな組み合わせではないからねー。君のようなジグザグマのブリーダーが知らなくてもおかしくない」

 珍しーけどね、と呟く。
 ネジキもその知識はあったが、実際に見たのは初めてだった。

「ふむ。レースねー、うん。バトルとは違うなー」

 頬杖を付きながらレースを見るネジキは、自らの体が熱くなっているのがわかった。
 7番は先頭集団からの遅れを完全に取り戻していた。追い上げ型としての作戦は完全に機能し、逃げ切りの一匹を潰し、集団との差を取り戻す。
 先頭は、3番が消えて繰り上がった4番がキープしていた。4番のカゼノマッハは『スピードスター』を撃って後続を牽制している。発射された煌めきは宙に流され確実に命中する。後ろに攻撃できる技というのは意外に少ない。しかし、二位との差はほとんどなく、それ以降も常に入れ替わるほどの混戦で、4番はターゲットを絞れずに『スピードスター』は拡散する。当然決め手にはならない。すぐに追いつかれて『どろかけ』や『きりさく』の応酬が始まった。
 最後のコーナーは近接技による乱戦が繰り広げられていた。バトルに耐えきれず、1番が先頭集団から脱落していった。
 さらに、2番も集団の後ろへと抜けてゆく。
 
「実におもしろい。これがレース」 

 その言葉にブリーダーは横をチラリと見る。ネジキは相変わらずの寝惚け眼だったが、その左の口角が上がっている。悪戯をして、まだそれに自分しか気付いていないとでもいうような悪魔の微笑みにも見えた。その視線は2番に釘付けだ。走りが乱れてついて行けなくなった1番と違い、2番のデラサンダーは変わらぬ足取りで、一見攻撃からの退避で下がった様子見にも思えた。
 だが、その直後だ。

 何かが光った気がした。

 間髪入れず観客が叫び声を上げた。

「バカがいやがった! あれは――」

 金色の光が2番の体を突き破って飛び出した。ほぼ同時に光の槍は先頭集団を襲う。
 客の叫び声は閃光と炸裂音にかき消されたが、辛うじて聞こえた音から浮かぶのは、

 『でんきのジュエル』

 2番の放った威力増大の『かみなり』。
 単体を狙う技だがジュエルにより威力も上がった最大級の攻撃、ダメージを与えたのは一匹に留まらなかったようだ。
 直撃を受けた8番は煙を上げてひっくり返っていた。
 運の悪いことに8番の近くを走っていた5番もいくらかダメージを受けていた。
 5番、つまり、イダテンマルだ。
 コーナーも終わり、ゴールの待つロングストレート。トップを争うのは二匹のジグザグマ。5番と6番だ。それを追いかるのは2番と7番。逃げ切りと追い上げがしっかりと分かれる形になった。

「イダテンマル!」

 歓声にかき消されて聞こえるはずもないが、それでもブリーダーは自分のポケモンの名を叫んでいた。拳が血の気を失う程に、痛いぐらいに握り締められている。
 2番と7番はもう攻撃ができないようだった。キタカゼゴーゴーの『こごえるかぜ』は決め手にならず、スキを生むのでデラサンダーの『かみなり』を受けることになる。対してデラサンダーの『かみなり』も目立つ上に命中が高いくない技なので、奇襲でもなければ逃げ切りの二匹には当たるようには思えない。追い抜く実力や技を持っていなければ、もはや手詰まりだった。協力すれば一位も狙えたのかもしれないが、残念ながら相性が悪いのか牽制し合っていた。
 勝負は一騎打ちになっていた。
 相手もさすがは人気最高のジグザグマで見事な俊足だ。
 イダテンマルとジグエルメス、二匹の大きな違いは体力だった。ジグエルメスは『かみなり』のダメージは無い。

「ゴールまで体力は持つはずだ! お前ならいける!」
「さっき『かみなり』のあとに木の実を食べてたみたいだからHP切れはないと思うけど、相手も木の実を持ってるだろうから」
「わかってるよそんなこと!」

 ジグエルメスはイダテンマルを潰しに来た。
 ジグエルメスの「きりさく」攻撃をイダテンマルは「でんこうせっか」で回避する。走る場所がずれるように高速で進んだイダテンマルの体。しかしそれに食らいつくように、相手のジグザグマが突撃してきた。電光石火よりもはるかに早い、高速を超えたスピードの攻撃だった。

「イダテンマル!」
「なんてこった、あの技は普通ジグザグマが覚えられる技じゃないぞ」

 ネジキも驚く技は「しんそく」だった。ウィンディなどが得意とする技で、ノーマルタイプの俊足技。単純に言ってしまえば「でんこうせっか」の強力版であるが、威力もスピード桁違いだ。
『しんそく』は普通のジグザグマは覚えられない。しかしそれは存在した。『なみのり』を覚えたピカチュウなど、レベルや技マシン、教え技でも覚えられない技を身に付けたポケモンは見つかっているのだが、その方法は謎に包まれている。
 どこかで『しんそく』の情報が流れていたのだろう。そのためにジグエルメスは一番人気になっていたのだ。

 イダテンマルは応戦をすることに決めたようだった。何度も『きりさく』や『でんこうせっか』で果敢にアタックを始める。ジグエルメスはそれに対応し、確実に反撃を当てようとしていた。
 そしてジグエルメスが一瞬ぶれる。それに続いてイダテンマルも妙な挙動をして間を取った。

「『ものひろい』か!」

 ジグエルメスが食べた回復の木の実。その食べかけをイダテンマルは狙っていたのだった。かじって捨てられた木の実を拾い、安全に食べるために距離を開けたのだ。特性を利用することによって、レース中で再度回復することに成功したのである。そしてイダテンマルは勝負に出た。おそらくトップスピードと思われる速度で無理やりわずかに前に出た。もちろんジグエルメスの後ろからの攻撃が待っている。だが、『しんそく』は万能ではないようだ。技の特性なのか使いこなせていないのか、攻撃が直線的で、距離もイダテンマルの「でんこうせっか」よりやや短いようだった。おかげで何度か攻撃を避けることができた。

「イダテンマル!」

しかし体力は確実に減っていく。

「イダテンマル!!」

 我慢比べだった。もはや一着以外はいらぬとイダテンマルは茨の道を進む。星の数ほどバトルを見てきたネジキも、奥歯を噛み締めるような硬い意思に体が震えた。

「イダテンマル!!」

 ブリーダーはその声が背中を押すと信じているように、絶叫に近い大きさで名前を呼び続ける。

「止まるな!」

 ネジキが叫んでいた。

「進め!」

 渾身の力で握られた拳が、振り上げられた。

『勝て!』

 イダテンマルのスピードが上がった。
 『こうそくいどう』などの技ではない、純粋な前へ進む力。
 先ほどまでとは違う体勢、ひたすらに前へ前へ進むため真っ直ぐ体を伸ばしている。
 右へ左へ曲がる間隔が狭まり、先頭との間隔も広がってゆく。
 それが一瞬しなる。体を捻ったジグザグマは光に包まれた。
 そして変化は一気に表れる。
 引き絞った弦が弾かれるようにその身が跳ねると、放たれた矢の様に一直線に、白い輝きに包まれてゴールを貫いた。

「ワーオ」

 ブリーダーが横を向くと、ネジキが目と口をまんまるく開けて突っ立っていた。
 なんだか珍しいものを見た気がして、それでいてネジキに似合い過ぎている気がして彼は声を上げて笑ってしまった。それは観客の声にかき消されてネジキの耳には届かない。最も、それが聞こえたからといってネジキは何も変わらないだろうと思うと、さらに笑えて涙が滲んだ。

 フィールドでは一番最初にゴールラインを駆け抜けたイダテンマルが、流線型の体でゆっくりとウイニングランを楽しんでいた。

「進化だ!」
「すげーっ!」
「どうなるんだ?!」
「あれってアリかよ?!」

 観客の声で会場がめまぐるしい音と感情に包まれていた。
 どれぐらい経ったか、残りのジグザグマが全て走り抜けたあと、ポーンと間抜けな音が城内に鳴り響いたあと、放送が流れた。

『審議に入ります』





 ほとんど人がいなくなっている観客席を二人は歩いている。

「むー」

 ネジキはずっと唸り声を上げていた。最後の失格の判定がどうしても気に入らないらしい。もらったスタッフの名刺に連絡しようか真剣に悩む程だった。対してブリーダーは少し顔を伏せているが、あまり感情を出さずにいつもの表情を保っていた。
 結局、イダテンマルは失格になってしまったのだ。レース中の進化ということで順位は最下位扱いとされた。

「ジグザグマレースだからね。マッスグマになったら失格なのは仕方ないさ」
「悔しーなー。僕は納得いかないなー。進化はしたけど、ゴールの瞬間まではジグザグマの体型を保っていたと思うし」

 何で録画しておかなかったんだとPDAを弄りながら、文句や後悔をブツブツ言っていたかと思うと、急に真っ直ぐ顔を向ける。

「これからどうするんだい?」
「どうするって……。まぁ、イダテンマルも進化しちゃったし、マッスグマレースの育成を始めるよ。それに別のジグザグマも育てるつもりだけど」

 また一から再スタートだね、と笑う。ネジキはその笑顔に清々しさを感じた。それを見てあるアイディアが浮かんだ。浮かんですぐさま口にする。

「じゃあ、よかったら僕の依頼を受けて欲しいんだけど」
「依頼?」
 
 二人は立ち止まり向き合った。

「面白かったよ。それに僕は君や君の育てたジグザグマが好きになったんだよね。あー、今はもうマッスグマか。とにかく僕は君に頼みたいんだ」

 懐から名刺を取り出すと、ブリーダーに手渡す。彼は名前の上にある肩書きを見て目を丸くした。

「ジグザグマとマッスグマ、僕の注文通りに育てて用意して欲しい。それでいて、みんなが好きになってくれるようないい子をね。報酬は――まー、結構な額を約束できると思うよ」
「え、いや、そんな」
「君もそんな顔をするのかい? もうその顔はこの場所では見飽きたよ。みんなそんな顔をする」
「お前だって同じ顔をしてたじゃんか!」

 二人の笑い声が重なった。そしてどちらとなくその手を差し出すと、強く強く握りあった。





「僕の負けですねー。あー、悔しーなー。悔しーけど新しい知識が増えたし君と勝負できてよかったよ」

 勝利の感動に震えるトレーナーに、いつも通り飄々とネジキが声をかけた。

「でさー、レンタルしたポケモンのこと好きになった? なってくれるとファクトリーヘッドの僕としても嬉しーけど。じゃあ次はまた別のポケモンをレンタルしてよー!」

 ステージの奥に退場しながら、彼は相手のトレーナーの手持ちにいたマッスグマを見て、友人のとの出会いを思い出していた。そしてケータイを取り出すと相手が出るのを待つ。

「やあ。久しぶり。そんなに嬉しそーな声を出さなくていいよ。今どこにいるんだいローラーカジノは? 今日はジグザグマレースはやってるかい? ついでに出場者のリストも送ってほしーなー」



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いかがだったでしょうか。レース展開など、ちょっとわかりづらい部分もあるかと思いましたが、私が考えるポケモンレースを書いてみました。楽しんで頂ければ幸いです。実は「とけないこおり」より先に書き始めた話だったんですが……(笑)

フロンティアブレーンが好きで、今回ネジキを登場させましたが、原作のキャラって難しいですね。ブレーンはセリフも少ないですし。

以前チャットでギャンブルのアイディアをいただいたんですが、「バリヤードのビリヤード」は書けませんでした(笑)
面白いとは思うんですが、ギャンブルじゃないですよねビリヤードは(笑)
ソーナンスの方は丸々使わせていただきました。アイディアをくれた方々、ありがとうございました。ローラーカジノやギャンブルは少ししか出てこないので、いつかメインの話も書いてみたいなーと思います。




それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

【書いてもいいのよ】 【描いてもいいのよ】 【批評してもいいのよ】


  [No.1584] 汗、なにより手に汗 投稿者:しじみ   投稿日:2011/07/11(Mon) 11:09:19   53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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はじめましてしじみです。

猛暑のためすでに全身に汗をかいていたのですが、
レースの展開によりいっそう手に汗をかきました!
読ませる文才とスピード感があいまって、
一気に読めるのに、読んだ後、息をついてしまうような充足感がありました。

あまりのリアリティに、レースが実在しないのが不思議なくらいです。
ここまで作りこめるのってすごいなあと思います。

とにかくこの手の汗をどうにかしたい。


  [No.1587] 汗と涙 投稿者:クロトカゲ   投稿日:2011/07/11(Mon) 16:42:05   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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どうもはじめまして。感想ありがとうございます。

楽しんで頂けたようで何よりです!

褒めすぎだという程褒めていただいて、もう嬉しいです!
情報詰め込み過ぎとか、独りよがりな設定じゃないかという不安もあったので、そういうもやもやが吹っ飛びます!

私のせいで汗をかいたのはもうしわけないですが、ほら!手だけなら、ね(汗)

暑い日が続くので、熱中症にならないよう気を付けてくださいね。
節電が叫ばれてますが、健康のために扇風機やエアコンを使うのは無駄ではないので我慢をし過ぎず夏を乗り切りましょう!


  [No.1594] なぜか風のシルフィード思い出した 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/07/13(Wed) 20:22:31   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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技つかいながら走るのは、大量のPPを使いそう。
持ち物のベストは、きのみジュースが一番なんじゃないかとちょっと思った。

最後のイダテンマルと叫ぶのは、タイトルのマンガでアラブ人かのおじさんが自分の馬の名前を叫び続けて応援するシーンを彷彿させた。
そのおじさん、馬のことどうでもいいと思ってたのに、ケガしてもがんばる馬のために柵から身を乗り出して叫ぶのだが、そこがまた燃えるレースのシーンを描いているようでした。

だから、そんな感じでイダテンマルは走っていたのではないだろうか


  [No.1602] 色々ありそうですよね 投稿者:クロトカゲ   投稿日:2011/07/13(Wed) 23:05:54   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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感想ありがとうございます。

確かにPPも多く使ってしまってもおかしくないかもしれないですねー。

この作品では一応、スピードスターの様な必中技以外は通常より当てづらいイメージで書きました。
他にももっといいアイテムや、面白い戦略はありそうですよね。想像が膨らみます。


そんな面白そうな漫画あったんですねー。書く前に読んでれば……(笑)
そういうのって声は届かなくても、主人のことを走りながら感じたりするんじゃないかなと思いますよね。