『ねえ、お父さん、どうしてこんなことをするの?』
『そりゃあ、何年経ってもお前を忘れたくないからだよ』
『これで撮ってたら忘れないの?』
『ああ。壊さない限り、一生残るんだ。そしてお父さんが死んでも、それはお前の子供に受け継がれる。
メモリーは消されない限り、ずっと後まで継ぐことが出来るんだ』
『へえー』
これが、五歳の時。
『あ、お父さんまた引っ張りだして来たの?』
『ああ。前のメモリーチップもきちんと残ってるぞ』
『なんか恥ずかしいな。僕がまだ右も左も分からないような状態だった時のメモリーだろ?』
『とんでもない。これは成長の記録となるんだ。さあ、質問に答えて』
『はいはい』
これが、十歳の時。
『…今度はお袋かい』
『お父さんがね、送ってきて欲しいんだって。貴方の声を聞きたいって』
『電話があるじゃないか』
『電話できないくらい忙しいのよ。今大きなプロジェクトに関わってるとかで、昼も夜も無いんですって』
『なら尚更電話にした方がいいと思うけど…』
『はいはい、えっとね、貴方が思う幸せとは何ですか?』
五年毎、それぞれ一時間ちょっとの質問と答え。それが僕にされた両親からの問題だ。後で分かったことだけど、僕が産まれた時からそれは撮られていたらしい。…もっとも、ゼロ歳の時はただ姿を撮られているだけらしいけど。
最初は父親の役目だった。僕が十歳の時に何処かの巨大なコーポレーションの研究室に抜擢されて単身赴任するまでは。あの後父親からの連絡は一度も来ていないが、手紙だけがたまに届く。
五年後との僕の記録を送って欲しいらしい。
「何だかな」
仕方無いので僕は質問に答えていった。
『最近嬉しかったこと?やっぱポケモンのタマゴを貰ったことかな』
『つまらないことか… ポケモンが孵るまでは、退屈だろうね』
『幸せ?その時によって違うと思うよ』
『怒りや憎しみ?怒りは分かるけど、憎しみって何?』
これが、五歳から十歳くらいの時。で、十五歳の時。
『友達って何か?かなり分けられると思う。親友と仲間の間じゃない?』
『愛って何か?…ちょっと、恥ずかしいこと言わせないでよ。誰かを守りたい、大切にしたい…かな』
『哀しみって何か。誰かを失ったり、大切な人が死んだり』
これを記録したチップは、母さんから父さんへと渡された。その後の行方は分からない。
「対象者への挿入、完了しました」
「よかろう。心拍は」
「安定しています。…あの、これで本当に目覚めるのでしょうか」
「今までどんな情景を挿入しても目覚めなかった。私達が考え付く術は、これしかない」
何故俺を起こそうとする?俺は眠たいんだ。邪魔しないでくれ。
俺はここで眠っていたいんだ。人の声は悲鳴ばかり。音は痛々しい物や、色は赤や黒、茶色と華がない。
『ねえ、お父さん、どうしてこんなことをするの?』
頭の奥で声が聞こえた。今までとは違う。優しい子供の声だ。歳は分からない。トーンからして…女か。
また新しい記録が入ったのか…
『最近嬉しかったこと?やっぱポケモンのタマゴを貰ったことかな』
『つまらないことか… ポケモンが孵るまでは、退屈だろうね』
『幸せ?その時によって違うと思うよ』
『怒りや憎しみ?怒りは分かるけど、憎しみって何?』
嬉しさ。怒り。憎しみ。幸せ。つまらない。彼女はこれらを知っているらしい。孵る?孵るって何だ?
そんな情報はまだ入ったことが無い。
『友達って何か?かなり分けられると思う。親友と仲間の間じゃない?』
『愛って何か?…ちょっと、恥ずかしいこと言わせないでよ。誰かを守りたい、大切にしたい…かな』
『哀しみって何か。誰かを失ったり、大切な人が死んだり』
愛。哀しみ。友達。愛って何だ?誰かを守りたい、大切にしたい…
よく分からないが、重要なことのように思える。今まで見てきた物とは正反対に感じる。
男の声が聞こえた。
『お前がどうしてここにいるのか。それは望まれているからだ。お前はお父さんとお母さんとの間に出来た、かけがえの無い命だ』
いのち。俺もその中に入るのか… お父さんとお母さんとは、誰だ?俺は気がついたらここにいた。
そんな存在が俺にもいるのか?
『―だから、命。ミコトと名づけた』
みこと。さっきの女の名前はミコトというのか。今入ったメモリーは、ミコトという女の記録なのか。
「私の娘の十七年を撮ってきたんです。十歳からは妻に頼んで。彼のプログラミングに必要な情報を質問することで、彼にとっての答えを見つけ出そうとしたんです」
ミコト。命という文字でミコト。綺麗な名前だ。もしかしたら、ミコトが俺のルーツなのかもしれない。
会ってみたい。会いたい。どうすれば会える―
何かが、動き出そうとしていた。ミコト本人の知らないところで、何かが。
そしてそれが全てを揺るがすような大事件になるとは、本人はおろか、この『彼』すらも知らなかった。