目の前に輝く黄色い光。
ああ、これが俺の欲しかったもの、彼はそう思った。
聞いたことがない妙な鳴き声が頭に広がって、彼は目を覚ました。目を覚ましたのはいいのだが、その鳴き声は妙に抑揚があって、聞いているとだんだん眠くなってくる。
「おい、その眠たくなる変な鳴き声は止めろ」
言って体を起こすと前にピカチュウがいた。
そうだ、さっきまでこいつを追いかけていたのだ。彼は睨みつけるが、ピカチュウは怯む様子もない。するとどうだろう、今度は妙な動きで彼の周りを回った。それは今までに見たことがない動きで彼はだんだんクラクラしてきた。たまらず嘴から甲高い声が飛び出した。
「おい、その頭のガンガンする妙な動きは止めろ」
するとピカチュウはその場に立ち止まり、不満そうな声を上げた。
「変な鳴き声じゃなくて「歌」です。それに、妙な動きじゃなくて「ダンス」です」
「そんなことより何で逃げないんだ」
すると今度は体中の痛みを彼が襲った。ひょっとしたらこの痛みを和らげるためにこのピカチュウは歌や踊りをしていたのだろうか、と彼は考えたがすぐに否定する。何といっても敵にそんなことをしてやる義理は無い筈だ。
「そうですか? 私は逃げる必要は無いって、さっきわかりましたから」
尻尾をピンと伸ばして堂々と言うピカチュウに彼は呆気にとられた。一体こいつは何なのだ。
彼は光るものが大好きだった。来る日も来る日も光るものを求めてはヨーテリー達が見つけたお宝を横取りした。
不意打ちや騙し討ちを外したことはなかったし、それを受けて歯向かってくる者はいなかった。ましてや返り討ちにする者などいなかったのだ。
このピカチュウを除いては。
いつものようにお宝を手に入れて巣に帰る途中、森の中で金色の光を見た。それは今まで見たどんなものより明るく輝いていて、美しかった。さぞや素晴らしいお宝に違いないと近づくとミルホッグが数匹逃げていく所で、その場所には一匹のピカチュウがいた。
やつらお宝を奪いそこねたな、と思い慎重に上空から狙ってやろうと羽ばたいたところ、たまたま風向きからか彼の姿を見つけられてしまったのだった。
すぐにピカチュウは逃げる。「お宝を寄越せ」と自慢の攻撃を繰り出すも、ピカチュウは上手く逃げ続ける。そして立ち止まったので観念したのかと急降下で止めを刺しに行ったところ、再びあの光を見て彼は昏倒した。
「何だ、やっとお宝を寄越す気になったのか?」
さっきまで伸びていたというのに、クールを気取ったセリフにピカチュウは溜息をつく。
「飛行タイプが電気タイプにずいぶん強気ですね」
そう言うと彼の前でそれを出した。
金色の玉。その光は常に変化して輝きを変え、まるで生きているようだった。ピカチュウはハート型の尻尾を器用に使い、玉を包み込むように大事そうに磨く。
「これはあげられませんよ。私の大切なものですから」
「俺が大切にしてやるよ。だからそれを寄越せ」
「あなたもわからない方ですね」
毛を逆立て、四本の足で彼に向き合うと、頬の電気袋から稲光が迸った。
「カァーッ!」
空気も震えるその光に彼は仰天して悲鳴にも近い甲高い鳴き声を上げてしまった。それを見るとピカチュウは満足そうに警戒を解き、再び玉を磨き始めた。
「この玉があると元気になるんです」
「綺麗な上に、元気が出る玉なのか?!」
「いえ、この玉はニンゲンに貰ったんです」
「ににににニンゲンだってっ?!」
そこ名前を聞いただけで、彼は飛び上がらん勢いで後ずさった。昔ニンゲンにちょっかいを出した時に酷い目にあったせいで、名前を聞くだけで震えてしまう。実は彼は根っからの臆病者だったのだ。
「あのケチで恐ろしい奴らが、それを気前良くくれたっていうのかっ?!」
ピカチュウは彼の様子を怪訝に思いながらも嬉しそうに頷いた。
「私の住んでいた森ではニンゲンがお祭りをしていて、そこでは楽しい音楽や、綺麗な光や、美味しいもので溢れていたんですよ。さっきの歌や踊りもそこで教えてもらったんです。この玉もそこで貰って――」
そんな素晴らしい所を想像し、彼は夢見心地になっていたが、ピカチュウの呼び声で正気に戻る。
「あなた、ひょっとして、ひとりぼっちですか?」
「ああ、そうだよ。一匹だけで何の苦労もねぇ」
自慢の黒い羽を広げ、さも誇らしげに言う彼を見て、ピカチュウは笑うと球を差し出す。
「これ、見せてあげます。あげませんよ! あげませんからね。見せてあげるだけですからね」
そう言って、彼の前に玉を置いた。彼はそっとそれを拾い上げた。羽の先からピリピリと妙な力が伝わってくる。覗きこむ光はやはり動き続け、表面にうっすらと嘴と目が映っていた。
「ありがとう」
彼はあっさりとそれをピカチュウに返した。返した後に惜しいことをした気がして、何か気を紛らわせようと適当に喋り出す。
「そんな大事なものを何で俺に見せてくれたんだ?」
口に出してから、彼は自分で言ったことに頷きそうになった。
どうしてだ? 自分を襲った奴に。そんな大事なものを見せてやることができるのか?
「あなたもひとりぼっちなら、これで元気になったらいいな、と思って」
照れくさそうに前足で耳を掻くピカチュウ。それを見て彼は鳴く。
「カァッ!」
ぎょっとするピカチュウを見て、彼は近づいて背中を見せる。
「そんなものより俺はもっとすごいものを持ってる」
「もっとすごいもの?」
「乗れ。見せてやる」
「えっと」
自慢のヘアースタイルを綺麗に整えてから、ずいっと背中を押し付ける。
「いいからグズグズするな」
彼はそれまで背中に誰かを載せたことがなかったので、飛び立つのに随分時間が掛かった。飛んでいる時も辛そうにカァカァ鳴いていたが、やがて巨大な木にある彼の巣に着いた。
「さぁ……どうだ……すごいだろ」
息を切らしたまま、羽をバッと広げて誇らしげに示すそこには、様々な光るものがあった。それは金の玉だったり貴金属だったり、珍しいモンスターボールやガラクタだったりした。
「凄いですね」
ピカチュウは言った。しかし、それは彼の納得のいく言葉ではなかった。感想が伝わってこなかったし、無理やり彼に合わせて行ったことがバレバレだった。生涯を賭けて集めた品々を馬鹿にされたようで、彼は腹を立てた。
「乗れ」
「え?」
「これは本の序の口だ。ずべこべ言わずにとっとと乗れ!」
その剣幕に負け、黙って背に乗ると、再びヤミカラスはゆっくりと飛び立った。
「あの、大丈夫ですか? ちょっと休憩した方が――」
「黙ってろ。それでいいと言うまで目を閉じてろ」
「わかりました……」
目を閉じて感じる空は風が強い。そして彼の羽ばたきが頼りなく思えてピカチュウは何度も目を開けそうになるが、じっと堪えた。しばらくしてヤミカラスの鳴き声も聞こえなくなり、今度こそ不安で声をかけようとした時、
突風が吹いた。
強烈な風で飛ばされそうになりながら、ぎゅっと彼の黒い体に捕まる。すると体が突然軽くなる。
「もういいぞ」
そういう彼の声は先程までと違い、辛さを感じない軽快な声だった。風に乗っているので体力を消耗しなくなったのだ。
「どうだ?」
声に急かされて慌てて目を開くと、目の前には光が広がっていた。
どんな木よりも大きく、山にも匹敵する程高い、黒い建物がいくつもいくつも天に向かってそびえ立っていた。その建物は彼の巣のお宝よりも何倍も煌めいていて、まるで地上にも星空が広がっているようだった。地面にはいくつもの機械がアイアントの様に行列を作って輝きながら動いていた。
「凄い……。ほんとに……」
それ以上何も言わないピカチュウに彼は言う。
「ここから見えるものは全部俺のものなのさ。どうだ、俺のお宝は凄いだろ」
「まるで」
「ん?」
「まるで貴方の羽みたいに黒く美しいですね」
「お前の電気みたいに黄色く光ってるだろ」
一面に広がる夜景を見ながら、彼は背中のピカチュウの顔が見れないことだけがひどく残念に思えてならなかった。
「ニンゲンはケチだから、いつかこの景色も俺から奪うかもしれないから、せっせと綺麗に光るものを俺は集めるのさ。そうすればニンゲンがこれをなくしちまっても、俺は悲しくならないからな」
「ありがとうございます。元気出ました」
「そうだろ。俺のお宝は元気も出るんだよ」
「凄いですね。あなたのお宝は」
「だから、その玉は当分お前に預けといてやる」
「これは私のですってば」
ブラックシティを眼下に一羽と一匹は優雅に飛んでいた。
気分が昂揚してピカチュウは歌いだす。それは何だか景色と気分にあっていて、見えないものでもキラキラ光っている気がして嬉しくなった。
しかし彼の嘴から出る言葉は違った。彼は根っからのへそ曲がりなのだ。
「ああ下手くそだ。下手くそ過ぎて、欠伸が出らぁ」
怒りのあまりピカチュウの頬から電気が流れる。闇の夜空に一羽と一匹の悲鳴が響いた。
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8月3日はヤミカラスの日、ということで某所の企画に書いた話。
今の時期に「うたうピカチュウ」も配っているのでコラボ。
二匹は何らかの理由でイッシュにいるはぐれものみたいな感じで一つ。
お読みいただきありがとうございました。
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】