ピンポーーン
がちゃ。
「はいー?」
「お届けものですーー」
玄関で交わされる、ごくごく日常的な会話。
お届けものの受け取り主は、ダダダダダッと箱を抱えてリビングのテーブルまでひとっ走り。
そぉっと、さっきの足取りとは打って変わってやさしくその物体をテーブルに置く。
「ついにきたきたきたきたあぁ!!!」
オルカの奇声が聞こえて、まあいつもの事だと思いながらシェノンは向かってみる。
彼の主が小説や絵のしょうもないアイデアをひらめき、よく奇声を上げるところを見ることがあるのだ。
見てみると、テーブルに置いた何か……紙箱を見つめて、にやけているオルカの姿があった。
「オルカ? ……なんだそりゃ」
「チョコケーキ♪」
「すっげえいいにおいしてんなあ」
「そりゃそうでしょ。なんたって予約して、来るのに半年かかるんだよ? 誰が人に渡すかと」
(なるほど、情報通りだ……)
オルカには分からなかったが、シェノンは口の端に微かな笑みを浮かべていた。
「話は聞いたなおまえら!!!」
「了解っ!」
「!?」
物陰から、待ち構えていたナイトとカゲマルが飛び出し、オルカを三匹で囲む。
「オルカからそのチョコケーキをうばうんだーーー!!!」
「な、なんでそんなに準備万端なのっ?」
慌てふためくオルカ。
「昨日、チャットできとらさんと話してるのを一匹見てたやつがいてな。」
「影に隠れて見てたんだ。すっげーにやけてたよなあオルカ?そんなに評判なのかそのケーキ?」
そう言ったのはナイトだった。
「そのケーキは俺たちで三等分だ!! かかれぇ!」
シェノンの掛け声とともに、二匹が飛び出し……なんと表現しようか、歴史ドラマの『盗賊に襲われる旅人(?)』のような雰囲気である。三匹がそれぞれ武者と騎士と忍者モチーフなので、いささか変な図だ。
「ええい!!ヤケクソだあ『絶対零度』!!」
シェノンには あたらなかった! ▼ ナイトには あたらなかった! ▼ カゲマルには あたらなかった! ▼
「命中率どうかしてるだろおお!!」
叫ぶオルカに、カゲマルが持ち前のスピードで接近し、抱えられていた箱をさっと奪う。
「いただいたでござる!」
「よし、目的達成! トドメを刺して逃げるぞ!」
シェノンとナイトがオルカに向き直る。
「食らえっ! ダブルメガホーン!!」
見事な連携攻撃。左右からオルカは挟み打ちにされ、そのまま二匹の容赦ないトドメを刺された。大丈夫だろうか、と心配したそこのアナタ。結論から言うと、大丈夫だ。オルカはとてつもない、もしかしたらポケモン以上かも知れない生命力を持っている。それに、オルカがメガホーンを食らったりするのは、ここでは日常茶飯事なのだ。床は血の池状態だが、いつの間にか復活するだろう。
「よし、復活する前にさっさと食べるか!」
シェノンが箱の取っ手に器用に手を掛ける。
……と、その瞬間飛んできたのは、朱色の『気合球』と青白い『波動弾』。すさまじい爆音と共に、辺り一面に粉塵が舞い上がった。
「リーダー!」
「な、何事でござる!?」
しかし、驚く二匹をよそに、粉塵の中から姿を現したシェノンはあわててもいない。いつの間に抜いたのか、アシガタナでさっきの攻撃をガードしていた。むしろ、予想通り、というような表情。
舞い上がった粉塵の向こうから現れたのは、二匹のコジョンド。そして、奥にはウルガモスが六枚の羽を赤く輝かせ、今まさに『熱風』を繰り出そうとしていた。
「お前ら、俺の後ろに隠れろ!!」
彼が叫び、二匹が間一髪で隠れると同時に、熱風が吹いてくる。虫タイプの二匹が食らったらひとたまりもない威力のその風を、シェノンはすばやく抜いたもう一本のアシガタナを交差させ、真正面から受け止める。その表情には、明らかな余裕が見えていた。受け止めきり、口を開く。
「ティラとレッセにナスカか。お前らも、これが目当てなんだろ?」
「言うまでも無く、ね」
二匹のコジョンドのうち、一匹がそう答える。声色は紛れも無くレッセのものだった。ティラたちゾロアークは幻影を操る種族。変装などたいしたことではない。人に化けて、買い物をする事もあるのだ。さらに、ティラは変声術を使う事ができ、鳴き声までそっくりに操る。これがかなり厄介なのを、旅を共にしたシェノンはよく理解していた。
「そのケーキは私達がいただくわ」
同じ仕草で、同じセリフを発する二匹。普段のバトルから鍛えられた二匹のコンビネージョンは半端ではない。決定的な違いが一つ、と言えば、それは二匹の技の種類。
だが、それを見破るには猛スピードで動き回る二匹を目で追えるほどの動体視力が必要であり、しかも、彼女らが最も得意とするのは、『とんぼ返り』を使った入れ替わり戦法。これを見破る事のできる者は、かなり限られる。
「いつもみたいに、決めるか?」
シェノンの赤い目に、燃える闘志が揺らぐ。普段はなかなか見る事の無い、リーダーの貫禄ポケモンとしての威圧感がにじみ出る。それを見て、戦闘体勢をとる周りの五匹。
ピン、と張られた緊張感がつかの間、音の無い空間を造りだした……。というか、ケーキ一つでこんな事態になるとは、オルカも予想していなかっただろう。いろいろな意味で凄いポケモンたちだ。七等分にする、という選択肢は無い。単に喧嘩好き、というのが一番の原因だろう。
(久しいな、この感覚……。最近動いてなかったからな……)
六匹が目を閉じ――ほぼ同時にカッと見開く。
「いざ!三対三のケーキ争奪戦を始めるとするぞ!」
ガキンッ。
次の瞬間、レッセの『燕返し』がシェノンの目にも止まらぬ速さで振り上げたアシガタナに防御された。それでも傷一つ付かないアシガタナ。
「おまえは、本物の方だな?」
ニヤリ、とレッセ(本物)は笑みを浮かべる。そして、腕の体毛をムチのように使い、ものすごいスピードで連続の『燕返し』を繰り出し始める。
それに合わせてアシガタナを操り、攻撃を受け流すシェノン。風のひゅうひゅうと鳴る音と、攻撃を受け止めるキン、ギャンという金属音のような音が響き始めた。そしてそのわきでは……
ナイトとカゲマルが、ナスカとレッセの姿をしたティラに苦戦していた。
彼らは虫タイプ、シュバルゴのナイトに至っては鋼も入っているため、もともと相性的に分が悪い。カゲマルが素早く動く事で、ナスカの得意とする『熱風』が出されるのは抑えていたが、ティラがその動きを妨害する。そのティラが動きを止めたところを、ナイトが『シザークロス』で狙う。お互いに決定打を打つことのできない、ぎりぎりの攻防だった。
「熱風は打たせないでござる!」
「相変わらず素早いわね、カゲマル」
ナスカの羽は、さっきからずっと光り続けている。『熱風』は、いつでも繰り出すことが可能なのだ。二匹が同時に技の射程範囲に入ってしまえば、なすすべも無く焼き尽くされるだろう。
ナイトとカゲマルは、お互いの位置がかぶらないよう常に考えて動いていた。
突然、ティラがカゲマルの目の前に飛び出す。
「ナイトバーストォ!!」
ティラを中心にして、暗黒の衝撃波が発せられた。目の前にいたカゲマルはこの距離では完全に回避する事ができず、衝撃で後ろに吹き飛ばされる。
「ぐあっ!?し、しまったでござるっ!」
「カゲマル!」
ナイトが素早く後ろに回りこみ、飛ばされたカゲマルの身体を空中で受け止め、かばった。しかし、二匹の身体がもろに重なり、
「隙あり、ね」
二匹同時に『熱風』の射程範囲に入った。
「畜生っ!」
「ここまででござるか……」
覚悟を決めた二匹に向かって吹いてくる、灼熱の風。避けることもできない。
しかし、二匹に命中する寸前、横からアシガタナが一本飛んで来、『熱風』を防いだ。シェノンが片方のアシガタナを投げて、床に突き刺したのだった。
しつこいようだが、これは『ケーキ争奪戦』である。そして、戦っているのは、オルカの家のリビングなのである。当然床は傷だらけ。辺りは散々な状態である。そしていつの間にか生き返ったオルカは、その光景を眺めてため息をつくしかなかった。当然ながら止められる気なんて微塵もない。
その騒ぎを見ていたのは、オルカだけではない。過去累計一番出番の少なかったドレディア、サワンと、くだらない争いには首を突っ込まない性格のペンドラー、ファルも戦争を見ていた。こんな喧嘩はよくある事、の一言で済ませることができるこの二匹。出番をもらえないのはその性格のせいかもしれない……。
「あらら、刀が一本になっちゃったわね、お侍さん」
「まだ一本残ってる、と言った方がいいんじゃないか?」
そんな会話をしていても、二匹の攻撃はお互い止むことはない。『燕返し』は相手に必ず当たる攻撃なので、ガードしていなければあっという間に倒されてしまう。アシガタナが一本になったシェノンは、さっきと比べて少し劣勢にあった。風の音が止むことはない。しかし、受け止める金属音も、途絶えることは無かった。
「リーダー、流石ですね。一本になっても受け止め続けるなんて」
まるでテレビでバトルを観戦でもしているかのような、サワンの感想。
「いい加減、止めないか? サワン」
ファルはもはや呆れながらその一連の戦いを見ていた。
少し目を逸らすと、シュバルゴとアギルダー、そしてウルガモスの脇で動き回る、変身も解けたゾロアークが見える。
そのゾロアークはシュバルゴに接近するやいなや、
「今日の夕飯はシチューよ〜!」
「そんな挑発に乗るかよっ」
どこかの名探偵のアニメのセリフを思わせる……。ちなみにサワンの声。
本物の彼女はそれを見て、はぁとため息を吐いた。
「今晩シチュー作ってやれば?」
苦笑いしながら、ファルが言う。
「止めないといけないみたいですね……」
サワンはうなずくと、テーブルの上に置きっぱなしのケーキを持ってきた。
すぐそこでは、戦争が展開しているのだが気にも止めないサワン。よほど慣れていることが仕草から分かる。そして、台所へ……。
そして、サワンは六等分されたケーキを皿の上に載せ、戻ってきた。
時計の針は午後三時。
「おやつの時間です〜」
ピタリと、戦争が止まる。
シェノンは、しばらくサワンを見ていたが、やがて振り返ると率直に、食べるか? と五匹に聞いた。
「はーいっ」
「もちろんでござる」
「腹減ったー」
「賛成ね」
「食べましょ食べましょ」
緩む空気に、微笑むサワン。ファルも、安堵の表情を浮かべていた。
「それじゃ、食べるか!」
「いただきまーす!」
いつもの事だったなー、とオルカは思う。
いつも通り。一回喧嘩して、誰か(大体の場合ファルかサワン)が、止める。そして一件落着。そんなこんなで、このメンバーは成り立ってきたのだ。
ただ……おいしそうに食べる六匹を見ていると、やっぱり……。
(……頼んだ私の分は……?)
虚しく、アイスを舐めた。やっぱりチョコケーキは惜しい。命と比べたらまだ軽い方だったとは思うが。
独り占めしようとしてたとはいえ、容赦無い。
(今度、ポフィンとかポロックでも作ってみようかな)
……きっと、一個足りなくなる。
――――――
やっとこさ完成しました、きとらさんからの無茶振り、『ケーキ争奪戦』です。
……次回はパーティメンバー以外のを書きますよ。そろそろまともなのも書かなければですので。
ちなみにどうでもいいですが、ティラの「シチュー」のセリフの元ネタが分かった方は挙手を。
あ、誤字脱字報告は見つけたら是非お願いします!
【書いてもいいのよ】 【描いてもいいのよ】 【批評してもいいのよ】