――タタタタタッ
――ジュージュー
ここはキリキザンとコータスのトンカツ専門の定食屋「切り切り亭」。知る者ぞ知る、言い換えれば、常連ばかりの、もっと言い換えれば、あんまり賑わっていない、定食屋だ。
ここのトンカツは一度食べたら忘れられないと評判なのだが、あまり流行っていない。それと言うのも、この店の店主――キリキザンのせいだ。
「お客さん……、キャベツ喰わねぇのかい?」
ドスの効いた、まるでヤ〇ザのボスのようなキリキザンの声がする。
「ご、ごめんなさい。食べます、ちゃんと食べますからっ!」
今にも泣きだしそうな声で、客席のタブンネが言う。
カウンター越しにぬぅっと顔を近づけられ、キリキザンのあの斧のような額がタブンネの目の前に迫る。
「おう、ならいいんだよ。残さずちゃんと喰いなよ」
キリキザンはそう言うと、キャベツの山の前に戻って行った。
このキリキザンはキャベツの千切りに並々ならぬこだわりを持っている。
昔はそのようなことは無く、この店を始めたころはごく普通に、トンカツを揚げキャベツの千切りをしていた。それが、どうにもキャベツだけを残す客が多い事に頭を悩ませ、キャベツもきちんと食べてもらえるようにと、千切りの方法にこだわり始めた。
このキリキザン、こだわり始めると止まらない節があり、以来ずっとキャベツの千切りばかりに注力して、トンカツ作りに手を抜くようになってしまったのだ。
ある時は肉が生焼けだったり、ある時はとてつもなく大きかったり、もしくは小さかったり、差し出された皿にキャベツしか乗っていなかった、なんてこともあった。
そういう訳で次々と客が減り、一時はあわや店じまいという所までなっていたのだが、それはもったいないと常連の一匹であるコータスが立ち上がった。
彼はこの店のトンカツの味を守るべくと、長年食べてきた味覚を頼りに、自分がトンカツを作るとキリキザンに申し出た。キリキザンはその申し出をあっさり受け入れ、今の店のがある。
今の切り切り亭は、コータスが揚げることのできるよう、特別に改造したカマド(床より下に火を焚くところがあり、コータスが火を吹き入れることで火力を調節できる)で、彼がトンカツを作り、出来上がったらキリキザンがそれをキャベツの千切りと共に皿に盛りつける。
キリキザンにしてみれば、自分がキャベツの千切りに集中できて、なおかつ店も続けられるのなら、それ以上のことは無かったから、コータスのことは大歓迎だった。
強すぎるこだわりもそうだが、キリキザンには生来頑固なところがある。言葉づかいも荒いし、無愛想だから客が怖がってしまう。そのせいで、なかなか一見客が寄り付きづらいのだ。
「キリさん、あんまりお客さん怖がらせないでおくれって、いつも言っているじゃないか」
タブンネが店を出て、厨房でトンカツを揚げていたコータスが、困ったようにこぼす。キリさんとは、店主のキリキザンの事だ。コータスは常連時代から彼をそう呼ぶ。
「キャベツを残すようなガキぁ、あれくらいビビらした方がいいんだ。いつもそう言ってるだろ、コーさん」
コーさんとは、トンカツを揚げるコータスの事だ。
「まったくキリさん、ホント頑固だねぇ……」
「余計なお世話だってんだ。ほら、さっさと次揚げねぇか、客が待ってんぞ」
「はいはい承知いたしましたよ、店長様」
キリキザン店長は一度ふんっと鼻息で答えると、次のキャベツに手を伸ばした。
こんな感じでこの店の毎日は進んでいる。
ある日の事、昼過ぎ。コータスはかまどの火の番をし、キリキザンは丸椅子に座って両腕のナイフをこすり合わせて研いでいた。この時間帯はヒマである。
――ガラガラガラ!
突然、店の扉があく大きな音がした。
「い、いらっしゃい!」
キリキザンが上ずった声で客を迎える。その理由は二つある。一つは、こんな時間に人が来るとは思っていなかったのだ。もう一つは――
「あ、あの〜……」
小さな体から、今にも消え入りそうな声が聞こえた。
「驚いたな。オメェさん達みたいなガキが来るなんて、開店以来じゃないか?」
そう、彼ら客はまだ幼いヒノアラシとチュリネだったのだ。一見はおろか、子供がやってくることはこれまで一度も無かったことだ。
「キリさん! また口が悪いよ、『ガキ』だなんて」
コータスも内心驚きつつ、キリキザンをいなした。
「おっと悪い悪い。で、お客さんたち、注文は?」
キリキザンが聞く。
「あの〜……。そうじゃないんです……」
「ん、そうじゃない?」
「ねぇ……やっぱりやめようよぉ……」
ヒノアラシの隣に立つチュリネが今にも泣きだしそうな声でささやいている。
「やめない! 一緒に決めたことだろっ」
ヒノアラシがささやきつつも、必死の声でチュリネに言う。
「お客さん、早く要件言ってくれますかねぇ、営業中なんですよ」
キリキザンが例のあの恐ろしい声で言う。
とたんにチュリネはキッと口を結び黙った。見開かれた両目からは今にも涙がこぼれ落ちてきそうだ。
「あ、あの〜……、その〜……」
「さっさと言わねぇかっ!」
しびれを切らしたキリキザンが怒った。待たされることが何より嫌いなのだ。
その声に我慢できなくなったチュリネがとうとう泣きだした。ヒノアラシも恐怖で全身をこわばらせている。
「キリさんっ、いい加減にしてください! 何を子供相手にムキになっているんですか! ……ごめんねぇ、君たち。驚かせちゃって。さっきの話の続き、聞かせてもらえるかな?」
コータスがキリキザンをたしなめて、ヒノアラシ達に優しく声をかけた。
「おっと……、すまん、悪かった。俺はどうにも短気でいけねぇ。坊主たち、怖がらなくていいから続き聞かせてくれや」
キリキザンがおとなしくなって謝ると、ようやくヒノアラシが話始めた。
「そのですね……、僕とこのチュリネはこの間まで人間と一緒に旅をしていたのですが……、この間、リゾートデザートを抜ける最中に、その人間からこっそり別れたんです」
「ほぉ! そりゃまた大胆な坊主たちだ」
「本当かい!? そりゃまたどうして……?」
キリキザンが驚きで合いの手を入れる。コータスも目を丸くしている。
こんな子供がトレーナーから自ら抜け出すなんて、にわかに信じがたい事だ。
「本当です。それというのもこのチュリネなんですが――」
「ここで働かせてください!」
ヒノアラシの説明が終わるか終らないうちに、チュリネが叫んだ。
「え……」
キリキザンは言葉をなくしてしまったようだ。
「一体どういう……?」
コータスも訳が分からず、困惑している。
「チュリネ! きちんと説明してからお願いするって言っただろ」
ヒノアラシが焦っている。
「あ、ご、ごめんなさい……」
周りの様子に、チュリネは一気に勢いを失ってしまった。
「僕たち、このチュリネの母親を探しているんです。この子の母親は、昔この店の常連で、ここの料理が大好きだったそうで……ここに来れば会えるんじゃないかと」
「母親を探してるって……、その子は人間に着いていたんだろ?」
コータスが聞いた。
「そうです。ヤグルマの森で捕まえられて、家族から離れてしまったそうなんです」
「よく分からねぇんだが、普通人間につかまったポケモンってのは、そんな家族に未練をもたねぇんじゃねぇのか?」
キリキザンが納得できないという風に聞く。
「そうじゃないポケモンだっています! この子は幼いうちから、母親と引き離されてしまって、ずっとさびしがっているんです」
ヒノアラシはちょっとムキになって言った。
「ふぅん、で、ウチの常連だったからここに来てみたって訳か」
「そうです」
コータスの言葉にヒノアラシがうなづく。
「ほぉ……。ウチの常連ねぇ……。けど、チュリネの常連なんていたかぁ……」
キリキザンは誰の事か思い出せずに、顔をしかめている。
「このチュリネの母親……。まだ、私がいなかった時代の客じゃないかなぁ」
「あの〜……、お母さんはドレディアなんですけど……」
チュリネが蚊の鳴くような小さい声で言う。
「ドレディア……? あ! あのドレディアか!」
「思い出してもらえましたか」
ほっとしたようにヒノアラシが確かめる
「だいぶ昔の常連だ。野良のくせにやたら綺麗な花つけててなぁ、しかも、草ポケモンの割にトンカツばかりよく食うから物珍しいって、あの頃は彼女目当ての客も結構来てたなぁ。……だがよぉ、もうここには十年以上来てないはずだぞ?」
キリキザンの言葉を聞いて、嬉しそうな二匹の顔が一瞬曇ったが、すぐに気を取り直してヒノアラシが続けた。
「その事は分かっています。ですから、僕たちをここでお母さんが見つかるまで、住み込みで働かせてはもらえませんか? どんな仕事でもしますから」
「そういうこと……。けどねぇ……、ここにいたってお母さん見つかるとは限らないんだよ」
コータスはやんわり断ろうとした。正直子供がいても邪魔なだけだ。
「分かっています。それでも、僕たちはもう帰る場所がないんです」
「ん〜……そう言われてもなぁ……。ねぇ……キリさん?」
なかなか断りづらくなり、キリキザンに話を振る。
キリキザンはずっと渋い顔をして目をつむっていた。う〜ん、と唸っている。
「ダメだ。悪いが、おめぇさん達を預かる訳にはいかない」
キリキザンはキッパリと言った。
「お願いです。僕たちここで雇ってもらえなかったら、行く場所がないんです!」
ヒノアラシが懇願する。チュリネは再び、今にも泣き出しそうな顔でキリキザンを見ている。
「ダメなものはダメだ。帰る場所が無いってたって、オメェさん達はここに来るまでだって野宿を続けてきたんだろ。それにオメェさん達はトレーナーから外れた野良だ。それが一番ふさわしい生き方ってもんだろ」
「キリさん……そんな言い方しなくても……」
コータスは気が悪そうにしている。キリキザンの言うことは、自分がまさしく言いたかったことであり、言い出せなかったことでもある。彼らは彼らで生きなければならない。母親さがしもまたそうだ。
それだけ言うと、キリキザンは黙ってしまった。
「キリキザンさんのおっしゃることはもっともです。けど、僕たちはどうしても、彼女に会いたいんです!」
ヒノアラシが必死に頼み込む。
「悪いが、そんなこと俺達には関係のないこった。オメェさん達のようなハンパもん預かっても、商売の邪魔になるだけだしな」
「僕達がハンパな気持ちでここまで来たって言うんですか!」
ヒノアラシはキリキザンの言葉に憤慨して言う。
「ああ、ハンパだね。俺達と働こうって覚悟がちぃとも感じられねぇな」
「このぉ……!」
背中の炎をバッと燃え上がらせ、今にも逆上しそうな勢いのヒノアラシだったが、突然火を収めて踵を返した。
「チュリネ、行くよ」
「えっ、でも……」
チュリネは困惑している。
「キリキザンさん。僕達まだ諦めてないですから! また明日お願いに参ります」
それだけ言うと、彼らは店の出口へと向かっていった。
「どうする? キリさん?」
店の外まで彼らを見送ったコータスが、困った顔をして、丸椅子に座ったままのキリキザンに言った。
「どうもへちまもあるか! あんなガキども何度来られてもお断りだ」
「でもねぇ、あんな小さな子供なんだよ。もともとは人間に着いてたって言うし……。これからずっと野性で生きるのは厳しいと思うけどなぁ……」
「何甘いこと言ってんだ、コーさん。野良になったのはあいつらの自身の意思だろうが。いつ野垂れ死のうが、それは全部あいつらの責任だ。コーさんだって、分かってんだろ?」
「まぁ……」
コータスは渋い顔して黙り込んだ。
キリさんの言うことは最もだ。私だって本当は、あの子たちを預かる訳にいかないことくらい分かってる。でも、やっぱりかわいそうだと、思ってしまう。
翌日、彼らは宣告通り、また同じくらいの時間にやって来た。
キリキザンは相変わらず、コータスも気の悪そうな顔をするだけで、一切相手にしなかった。
その翌日も、そのまた翌日も、ヒノアラシとチュリネはやって来た。しかし、その度にキリキザンもコータスも、相手にせずに帰していた。
ある日の事。
「キリキザンさん、今日こそお願いします」
ヒノアラシ達がやって来た。
「オメェさん達もしつこいねぇ。何度来られても、お断りだよ」
キリキザンが呆れたように言う。
「そう言わずに、もう一度考え直してください。僕達一生懸命働きますから……」
ここの所毎日こんな調子だ。しかし、その日は少し違った。
――ガタッ!
突然、ヒノアラシが倒れたのだ。
「あっ!」
慌てて、チュリネがそばへ寄る。
「おいっ! どうしたんだ?」
キリキザンも顔色を変えてヒノアラシの様子をうかがう。厨房の奥で火の番をしていたコータスも、後からのっそり、彼なりの全速力でやって来た。
「……お、お……」
「あん、何だ? もっとはっきり言いな!」
口をパクパクさせて話すヒノアラシに、キリキザンが聞き返した。
「……お腹すいた……」
やっとヒノアラシからこぼれ出た言葉はそれだった。
「はぁ? 腹減って目ぇまわしてんのかコイツは……」
キリキザンは呆れたように言い、コータスはクスっと笑った。
「まったく、しょうがねぇ坊主だなぁ」
ぶつぶつ文句を言いつつ、キリキザンは厨房に立った。コータスも、新たな肉をかまどの鍋に入れた。
「キリさん、野垂れ死ぬなら勝手に、なんて言ってたくせに、やっぱ気になってたんじゃないっすか?」
コータスがニヤニヤ顔でキリキザンに声をかける。
「目の前で倒れられてほっとく奴があるか! こんなことはこれっきりだ」
そういって、キャベツの山にキリキザンが手を伸ばす。
「まったく……キリさんは素直じゃないなぁ」
「バカ野郎! 無駄口叩いてる間ぁあったら、手ぇ動かしやがれ!」
いつも以上に声を張るキリキザン。黙々とキャベツを千切り続けるおかげで、兜のような頭の下で真っ赤になった顔は誰にも見られることは無かった。
――パクパクパク……ごっくん。
「おいおい、もうちょっとゆっくり喰いな。あんまり空きっ腹に突っ込みすぎると、腹壊すぞ」
「分か――り――ました」
口いっぱいにトンカツをほおばりながら、ヒノアラシが言う。
キリキザンはやれやれと言った様子でヒノアラシを見ていた。
「おい、そこのチュリネ」
横から物欲しげにヒノアラシを見ているチュリネにキリキザンが声をかけた。
「は、はい……?」
突然、ぶっきらぼうに呼びかけられて、またチュリネは恐々と小さな声で返事する。
「オメェさんの分だ。食べな」
そういって、キリキザンはトンカツとキャベツの盛られた皿を差し出した。
「え、いいの? でも……」
予想外のもてなしに驚くチュリネ。
「けっ、年端もいかねぇガキが、いっちょまえに遠慮なんかするんじゃねぇよ。どうせオメェさん達、ずっとろくなもん食ってなかったんだろ?」
と、キリキザン。
「そうだよ。遠慮なんかしないで食べて。自分で言うのもなんだけど、おいしいよ」
と、コータス。
「う、うん……」
なお、申し訳なさそうにして、チュリネは皿に顔を近づけた。
「おっと、君にはちょっと食べづらいかな」
コータスが言う。チュリネは小さな口でトンカツが噛みきれずに四苦八苦していた。
「トンカツをちょっと戻しな」
キリキザンはそう言い、皿に戻ったトンカツを厨房まで持って行った。
――サク、サク、サク。
軽快な音とともに、トンカツが切り分けられた。
「ほらよ」
サイコロ状にまで切られたトンカツが差し出された。差し出したキリキザンの手刀はまだ、油と衣で汚れていた。
「ほぉー! キリさんがキャベツ以外の物を切るなんて、一体何年ぶりだろう? 今日は雪でも降るんじゃないかな?」
コータスが驚く。
「よ、余計なこと言ってんじゃねぇ! 俺だってこれくらいのことすらぁな」
ムキになって否定するキリキザンを見、コータスはクスクス笑った。
「分かってますって、キリさん」
キリキザンはなおも恥ずかしげにぶつぶつ言っていたが、コータスは破顔を戻さずにただうなづくだけだった。
「ところで、どうだった? 味は?」
コータスが、食べ終えたチュリネとヒノアラシに聞く。その様子を少し離れた厨房からキリキザンも見ていた。
「とても美味しかったです! こんな……こんなトンカツを……僕も作りたい!」
トンカツの味に感激してヒノアラシが叫ぶ。
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ」
ニヤニヤとしてコータスが言う。それと一緒に、ある心境の変化が彼の内にあった。
「すっごくおいしかった!」
チュリネが初めて、元気のいい声を出した。
「うんうん、ありがとうねぇ。そう言ってもらえると、こっちも嬉しいよ」
コータスが言う。
「こんなおいしい、千切りキャベツ初めて!」
ニコニコとチュリネが続ける。
「…………え?」
と、コータス。
「新鮮で、すっごくみずみずしい! 長さも均等でこの細さ……、とっても食べやすい。切り口はなめらかで、そのおかげで線維が壊れてないからほのかに甘みがある。どんな切りかたしたらこんなキレイにできるんだろう……。しかも、トンカツに押しつぶされてもまだ、こんなに千切りの一本一本が見事にシャキッと立ってるなんて、感動しました! お母さんは、こんなおいしい千切りキャベツ食べてたんだぁ……」
一瞬誰かと思うような勢いであったが、間違いなく全てあのチュリネが言ったことだ。
「お、おう……。そんなに美味しかったか……」
まさかのベタ褒めに、厨房からこれまた一瞬誰かと思うような、キリキザンの声がした。
「キリさん。そんな所からじゃなくて、もっとこっち来なよ」
今だ困惑気味のコータスだったが、キリキザンを呼び出した。
珍しくキリキザンが素直に厨房から出てきた。
キリキザンがやってくるとまたチュリネは、少し顔を引きつらせた。どうにも彼が苦手らしい。
「あ……そのだな……、気に入ってもらえたみたいで、うん、よかった」
歯切れの悪いキリキザン。
「う、うん……。おいしかったです……」
先ほどまでの勢いはどこへやら、またチュリネはボソボソ声に戻ってしまっていた。
「まぁ、その……、なんだ……、オメェ達の頼みの件の事だが……、うん、そうだな、好きにしていいぞ」
「本当ですか! 僕達をこの店で働かせてくれるんですか!?」
ヒノアラシが歓喜して言う。チュリネの顔も輝いた。
「キリさん、本当に良いの!?」
コータスも突然のキリキザンの変化に驚いている。
「ただし! 当分は雑用だぞ! ガキに厨房うろつかれたら邪魔で仕方ねぇからな! それに、そのチュリネの母親が見つかったらまたすぐに出て行ってもらうぞ!」
キリキザンが念を押す。
「やったー!」
ヒノアラシとチュリネが大喜びではしゃいでいる。キリキザンの念押しも聞こえていないみたいだ。
「やれやれ……」
キリキザンは呆れながらも、そんな彼らを見て、自分も心はずむのを感じていた。
本当は彼も、野生を知らない幼い子供達を放って置きたくはなかったのだ。しかしこの「切り切り亭」は万年閑古鳥と付き合っているような小さな店。彼らを預かった所で、安定して食わせてやれる保証がない。彼らを思えば、野生に慣れたほうがよっぽどその後の将来が楽なはずだった。
しかし、彼らはこの店に通いつめ、食に飢えてもなおそんな素振りを微塵も示さず、ただ「働かせてくれ」ということだけを頼みに来た。
その心意気にキリキザン、そして実はコータスも、心動かされたのだ。
しかしキリキザンが彼らを預かる気になった理由はまだある。
「キリさん、どうして急に気を変えたんだい? あれだけあの子たちを預かるの嫌がっていたのに」
店の奥の生活スペースにヒノアラシとチュリネを案内した後、2人で厨房で仕込みをしている中、コータスが聞いた。
「あいつら、俺達に初めて、ウチの料理が作りたい、って言っただろ。今までずっと、『母親に会いたい』ばかりだったってのによ」
「キリさんもやっぱりそこかぁ」
「コーさんも分かってたか」
「まぁね。ウチで働こうってのに、『母親に会いたい』はちょっと動機がよくないよね」
「それは良かった。コーさんの言い分無しに、勝手に決めちまったからなぁ」
「何言ってんですか、店長様。私はあなた様のおっしゃるままに――」
「バカ野郎! ふざけてねぇで働かねぇか!」
「はいはーい、ただいまー」
どんな時でもキリキザンをからかいたくなってしまう、コータスだった。
――それから二年。
「お客さん……、キャベツ喰わねぇのかい?」
いつものように、ドスの効いたキリキザンの声がする。
そしていつものように客のタブンネは顔を引きつらせ――とは、今ならない。
「タブンネさん。このキャベツの千切り、とっても美味しいですからぜひ食べてくださいね」
タブンネの足元から声がする。チュリネだ。
キリキザンの声で凍った場の空気が、一瞬で溶けた。
「ふぅん、そうなの? なら、ちゃんと食べようかなぁ」
キリキザンの言葉に戦々恐々としていたタブンネが、チュリネのどこか気の抜けた柔らかな声を受けて、楽しげにキャベツを食べ始めた。
「レタス! そんな所で油売ってねぇで次のキャベツ用意しな」
「はぁーい! ……では、私行きますから、きちんとキャベツ食べてくださいね」
最後に少し言うと、チュリネ――こと、レタスは厨房へ戻って行った。
しかし、逆に変わった者もいる。
「こらっ、カマド! いったい何度言ったら分かる!? 油の温度が低すぎだ! こんなんじゃ衣がベタってなってしまうだろうが」
これはコータスの声だ。
「す、すみません」
ヒノアラシ――こと、カマドが必死にかまどに火を吹きむ。トンカツ作りを教えると決まった日から、コータスはまるで鬼のように厳しく毎日教えている。
今「切り切り亭」は以前とは大違いで、大繁盛している。
固く重苦しい雰囲気の店だったのが、まだまだ幼いカマドとレタスがいることによって、柔らかく賑やかで、誰でも入ってきやすい店になったのだ。
今の所、レタスの母親がやってくる様子も、また、彼女を目撃したという情報も全くない。しかし、店が盛り上がっているということは、彼女の耳に「切り切り亭」の事が入ってくる可能性も高いということだ。
キリキザンをからかうコータスの話を聞いたり、常連客から愛称を着けてもらったり、今の生活も楽しくはあるのだが、やはりレタスはその可能性に期待しないではいられなかった。
トンカツ定食屋「切り切り亭」。ここには毎日大勢の客がやってくる。
その客たちをもてなすのは、
弟子に指導するときは厳しいけど普段は調子のいい、コータス。
店の紅一点で、キャベツを運んでは間違えて切り刻まれかける、大人しいチュリネの、レタス。
師匠の下、日々トンカツ作りを学んでいる、しっかりもののヒノアラシ、カマド。
そして、この店の店長。口が悪くて気の短い、けど、とっても情に厚くて周りに優しい、キリキザン。……キャベツ残す奴は許さないけどね。
イッシュ地方のとある場所、知っている者は知っている、知らない者は……、風の便りにいらっしゃい。
ここは「切り切り亭」、おいしいトンカツと、
千切りキャベツが売りの定食屋。
一度食べたら忘れられないあの味と、わいわいがやがや楽しい雰囲気を、あなたも一度どうですか?
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まず初めに、音色さん申し訳ない。
さんざん待たせてしまったあげく、キャラの名前もいただいたのにまったく生かせていないこの状況。
我ながらヒドイ
(
ストーリーもなんかオチなくなって(
うぅむ…… 反省です
ただ、これだけは!
キリキザンをばっちり書けたと思う! それだけは、嬉しい。 それと、自分の執筆一周年に一つ上げられたのもよかった。
……結局、俺しか得してないけど(爆
【書いてもいいのよ】【描いてもいいのよ】【批評も……ください!】【キャベツ残したら許しまへんでぇ!】