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  [No.1775] 噂話 上 投稿者:moss   投稿日:2011/08/21(Sun) 21:54:22   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 始まりはただの噂話。


「知ってる? 火曜日夕方に町の外れのごみ捨て場にごみを捨てに行くと、おっきなごみ袋が
置いてあって、そのまま知らんぷりして捨てて帰ると、後ろからそいつに食べられるんだって」

「いやあきらかにおかしいでしょその話。食べられたのになんでそんな話が広まってんのさ」

「んー、誰かが見たんだって。ていうかウチも友達に聞いただけだからよくは知らないし」

 ほら。所詮噂話なんて友達に聞いたとか、友達は友達の友達に聞いたんだってとか曖昧な情報だけ
じゃない。あたしは曖昧なものが嫌いだ。白黒はっきりして欲しい。
 ようやく授業も四時間目が終わり、昼休みに突入したばかり。あたしはいつもと同じように、
クラスメイトの七瀬朱美とお弁当を広げていた。窓側の一番後ろの席。夏にここの席だと窓から
風が入ってきて涼しい。それでもまだ暑いけど。
 ひょんなことから今朝からクラスで妙な噂話があちこちで飛び交っていた。朱美によると、
どっかのクラスの女子生徒が噂話と同じような光景を見たのだという。
あたしは自分でいうのもなんだが、現実主義者だから、そういう噂話や都市伝説といった曖昧な話を
信じない。というか信じることじたいがあほらしいと思えるのだ。

「後ね、こんなのも聞いた。えっと、学校から出てすぐに交差点あるじゃない?あそこを右に
曲がると公園あるのわかる?」

「あぁ。あの大きい滑り台とかブランコがあるところでしょ? 確か双葉公園だっけ」

「そうそう、そこなんだけど。その公園の入り口に小さいどぶがあるんだって。で、そこから
ヘドロの手が伸びてるのを見たんだって。掴んだらどうなるかとかは知らないけど」

「ヘドロの手って、嫌だわぁ。つーかそんなの誰も掴もうとしないし、掴まれたら腐りそうだし」

 適当に相槌を打ってお弁当の中から卵焼きを箸でつまみ、口の中に放り込む。
どぶからヘドロの手って……どうせ誰かがゴム手袋かなんかを棒に引っ掛けておいたのを見間違
えたんじゃないの?どう考えてもあほらしい。うん、卵焼きうまし。

「でも実際誰かが見たんだってばぁー。いい加減信じなよー、そのうちクラスの男子が見たって
騒ぐかもしんないよぉ」

「男子の言うことなんて信じられっかっつーの。あんなびびり集団が噂話を検証できると思う?
それに誰かって誰よ。はっきりしなさいよっての」

 言い捨てた勢いで弁当を突く。ぶすぶすと突く。穴だらけになった可愛そうなたこさんウィンナー。

「もー、あんまりそういうこと言わないのー。可愛そうでしょお、男子が」

 ぷーと頬を膨らませてサンドイッチをかじる朱美。彼女の容姿はどちらかというと、かわいい分類
に……っていうか明らかに誰が見ても愛らしいといえる幼い顔立ちだ。
いかにも良いところで育ちましたよという雰囲気を漂わす波打った栗色の髪。実際彼女はなかなかよい
ご家庭で育ったようで。たしかパパかママが弁護士だとか公務員だとかなんとか。
背も学年平均よりはかなり小さめ。平均よりも少し高いあたしと並ぶと姉妹のようだと言われる。
 それと同時にこのほんわかしたマイペースすぎる性格である。ここまでお嬢様要素がそろっているの
もなかなかあることではない。めずらしいっちゃめずらしいが、やはりお嬢様要素のせいで世間知らず
なところが多々あり、正直危なっかしくて困る。まあ、もう慣れてしまったけれど。

「あんたその顔で男子に可愛そうとか言わないであげなよ……」

 すっと人差し指で斜め前を指す。指を指すことはいけないけど気にしない。
 向かい合っていた朱美は「えー?」と言って、お嬢様らしく優雅に振り返る。
そこには何とも言えないような顔でこちらを見つめている。中にはぽかんと口をあけたままの者もいる。
 朱美が振り返る。

「ねぇ、有紗ぁ。なんで男子はこっち見てるの? きしょくわるーい」

 忘れてた。朱美は男嫌いだった。

「……あのさ。」

「え? なーに?」

 再びサンドイッチを頬張り始めた朱美。頭に? がたくさん浮かんでいる。こりゃ何言っても意味が
なさそうだわ。ため息をつく。

「……やっぱ何でもない。早くご飯食べて屋上でも行こうね」

「えぇー、何よそれぇ。もぉー」

 朱美が不満げな声をあげる。あたしはそれを聞かないフリ。

 穏やかに昼休みが過ぎていく。





 いや、別に信じたわけじゃない。気になっただけ、気になっただけよ。そう自分に言い聞かせる。
 朱美から聞いた話が気になって、部活をサボったのだ。今来ているのは例の公園の入り口。
入り口の横の、溝のようなどぶが異臭を放って、異様な威圧感を出していた。覗いてみると、何かどす
黒い物体がところどころに詰まっていた。汚い。
 公園には、小学生と思わしき男の子たちがサッカーボールを蹴り、走り回っている。滑り台では、小
さな子供が滑り、近くで親が見守っている。何の変哲もないこの公園。果たして本当にヘドロの手なん
て伸びるのだろうか?

 「……あるわけ無いわ、ありえないわよ。ヘドロの手なんて、ありえない」

 でも、そのあるわけ無いを信じてしまったからここに来たという事実は変わらない。気になっただけ
と言いつつ、やっぱり本当は気になるのだ。仕方ない。それが人間というものだと、再び自分い言い聞
かせる。
 三分くらいそこで立っていたが、今は手は伸びていないので、とりあえず中に入り、目に付いたベン
チに座る。入り口に近いので、ここからでも辛うじて見える。ただ手が見えるかどうかはわからないが。
 一応、普段部活が終わる時間まで座って待ってみることにした。あと一時間程ある。それまでは携帯
でもいじっていれば、いずれ何かしらの変化はあるだろう。きっと。別に無かったらやっぱりそれはそ
れで寂しいとか無くて、ただ自分の考えが当たってただけ。別に信じてるわけじゃないし。
 座りながら足を組む。時折携帯をいじりながら、ちらちらと入り口のほうを覗く。変化は無い。
 七月でも半ばになれば、そりゃむしむしするし、ねっとりとして暑い。蝉も五月蝿い。座っているだ
けでこんなにも暑いのに、サッカーボールで遊んでるあの男の子たちはどんなに暑いだろう。しかし、
額から滴る汗はそんなことを感じさせないのか、彼らの表情は楽しそうだ。
 息をつく。携帯を閉じる。入り口を見る。変化は無い。
 時計を見ても、時間はさっきから五分ほどしか経っていなかった。暇な時間ほど長いものは無いわ。
再び深く息をつく。
 汗が顔を伝った感覚に、あたしは鞄からピンク色のタオルを取り出した。軽く顔を拭き、暑い暑いと
文句を垂れながら、もう一度携帯を開こうとしてなんとなくどぶの方を見た。
 その時だった。

「え? うっそ。……えぇ?!」

 どぶに、何か手のようなものが突き出ているではないか。色はここからじゃはっきり見えないけど、
確かに何か、ある。
 そこからの行動は早かった。ベンチに放っておいた鞄を引っつかみ、携帯を片手に走る。何故携帯を
持ってるかというと、証拠を写メる……のもあるけど、都市伝説みたいな珍しいものを撮りたいという
好奇心もある。ともかくまずはこの目で見ることが大切だ。入り口まで一気に走る。
 だが、しかし。

「……あれぇ?」

 どぶを覗く。しかし、求めていたものはそこには存在しなかった。あるのはひたすらに伸びるどぶのみ。
 あった! そう確信に近い感情を抱いていたのであまりにも……というのは大げさだが、ショックは
大きかった。ショックというよりも、喪失感の方がしっくりくるか。なんというか、こう、体から力んだ
力がふっと抜ける脱力感。
 あたしは笑う。

「なぁんだ……やっぱりヘドロの手なんてないじゃない……。さっきのは気のせい。所詮噂程度でしか
ないんだわ……。ふん、やっぱ噂は嘘ね」

 踵を返して歩き出す。黒い鞄を肩にかけ直す。どぶは見ない。見たってどうせ嘘なのだから意味が無い。
だから早く帰ろう。帰って夜ご飯を食べて、お風呂に入って寝よう。そして明日学校に
行ったら朱美に言ってやろう。昨日のどぶの噂は嘘だったって。絶対に言ってやる。
そして噂話なんて嘘だってことを証明してやるんだから。……証明なんてできないと思うけど。
 夕日が傾き始め、子供が家に帰る姿が見受けられる。普段部活から帰る時刻よりもだいぶ早いが、
まあ、別にいいだろう。親も何も言わないだろうし。


 足早に去っていく少女。その少女は振り返らなかったために知ることができなかった。
彼女の後ろで、例のどぶから何か手のようなものが伸びていることに。
  



――――――――――――――――――
久々に書いた。一ヶ月以上前から溜まってたネタ。

上ってことは下とかもあるの?って感じですが、下まできちんと書き終えられるか……。

少なくとも今年中には書き上げたいですが、まあ遅くても一年以内には(爆)

誤字脱字等ございましたらどうぞお気軽に。