「あれ、ユエさんは?」
開店真際のカフェ。今日も今日とて宿題に追われる学生達のたまり場となる。本当はいけないのかもしれないが、ゼクロムやレシラムをおかわりしてくれるので文句は言えない。
「さっき携帯に着信が入って…『聞いてないわよそんなこと!』って言って切って…少し経ってから『ごめん、行ってくる』ってカフェを出て行ったけど」
「何があったんだろうね」
「よおー!ユエ姉!ひっさしぶりやなー!」
「…」
ギアステーションに響くコガネ弁に、過ぎ行く人達がぎょっとしてユエの方を見る。ユエはふうと息を吐いて相手を見た。
茶髪を上でお団子にしている。背丈はユエを少し下回るくらい。前見た時の髪形とは打って変わって女性らしさが出ている。
「聞いてないわよ、今日いきなり来て、しかも私の部屋に泊まるなんて」
「父ちゃんはキッチリおばちゃんに言ったで?そちらの伝言がなっちゃいなかったんや」
はっきりした物言いが正にコガネ人だ。今はホウエン地方に住んでいるが。
「参ったわね…私これからカフェに行かなきゃいけないんだけど」
「なんならウチも手伝ったる」
「は?」
「この暑い中観光してもブッ倒れるだけや。ウチが手伝ったるで!」
目の前の少女――ミツキがニッと笑った。
ミツキはユエの従姉妹である。元々ジョウト・コガネシティに住んでいたが、元々父の体が弱かったため、ここでは空気が悪いということで水と緑豊かなホウエン地方に移ったのだ。
そこで高校に通いながら実家の食堂『森川食堂』を切り盛りしている。
「なんかなー、この前トウカの森を仕切るダーテング一族の長の息子を助けてなー、そしたらその父ちゃんにえらい懐かれてなー、よく木の実とか持ってきてくれるよーになったんや」
「ミツキ」
「んあ?」
「その髪の毛…どうしたの」
前に会った時はベリーショートだったのだ。服さえ着替えればパッと見て誰もが男だと思うくらい、ミツキは男勝りな少女だった。本人もそれを気に入って、『絶対伸ばさへんからな!』と豪語していたほどだ。
それが、今では…
「あー…中二の時、部活辞めたんや。それでもうええかなーと思って」
「野球部よね?」
うなずくミツキ。
「ここだけの話、ウチ中学の時周りから男やと思われてたんや。ほら、中学は制服やのーて私服登校やったからな。そんで最初の体力テストの時、砲丸投げで記録更新してもーて」
「それでスカウトされたの?」
「断ったんやけど、しつこーてなあ」
ミツキは食堂を切り盛りしているせいか、同学年の女子生徒の中では肩ががっしりしている。それが顧問の目に留まったのだろう。
「ここよ」
話をしている間にカフェに着いていた。ミツキが目を輝かせる。
「ほー、モダンやな」
「ごめんね、任せちゃって」
冷房の効いた涼しい店内で、見慣れた子達が宿題とにらめっこしている。バイトの一人が顔を上げた。
「お帰りなさい、マスター。…後ろの子は?」
「ウチはミツキ。ユエ姉の従姉妹や」
「従姉妹!?」
叫んだのはバイトだけではなかった。宿題をしていた子達までもが目を丸くしている。ミツキが頬をかいた。
「…なんか驚くようなこと言ったか」
「おー、ユエ姉のマグマラシがバクフーンになっとる」
もふん、という音がするくらい勢いをつけてお腹に飛び込むミツキ。バクフーンの顔が困惑の色に染まる。
「ええなあ、もふもふ。ウチもこんなポケモン欲しいわ」
「ホウエン地方なら、チルットとかチルタリスがいるじゃない」
「可愛いのはどうもな…そんならダーテングの髪をもふる方がええわー」
というか仕事しに来たんじゃなかったの、というユエの言葉を無視してミツキはバクフーンとじゃれあっている。
そんなミツキを睨む宿題組。
「ねえミツキちゃん、暇なら手伝ってくんない?宿題」
「おー構わんぞ。ところで何年生?」
「高三」
「ウチは高一や。分からん」
一瞬で終わる会話。その時。
『友達から電話だよ』
ミツキの携帯の着ボイスが流れた。バクフーンのお腹に乗っかりながら携帯を開く。
「シグか…」
「誰?」
「彼氏」
「いつの間に!?」
「もしもーし」
続けてスピーカーから流れてきたのは誰かの叫び声。
『ミッキー!僕を置いて何処へ行っちゃったの!?』
「あー…すまん。今ライモンにいるんや」
『二次元!?二次元にいるの!?』
「そのライモンやない!イッシュ地方や」
ネタが分かる人にしか分からない会話を繰り広げる二人。続いて泣き声。
『うう…早く帰ってきてよミッキー… ミッキーがいないと僕死んじゃう』
「これは重症ね。ミツキどんな彼氏と付き合ってんのよ」
「シグは代々続く家の坊ちゃんで、あんま人から離れたことないから、いきなりいなくなると中毒症状みたいに叫びまわるんや」
「迷惑な子ねえ」
バックから地の底を這う獣のような声が聞こえてきた。
「あー、シグのラグラージやな。いつもウチを敵視しとる」
「もしかして…♀?」
「♂や」
「それはそれで嫌」
『ミッキー二日以内に帰って来なかったら僕死んじゃうからね。本当だからね!』
「うるせ」
『うわああああああああミッキーが怒ったあああああああああ』
ミツキは口を押えた。ユエが背中を擦る。
「分かった分かった。お土産買ってくるから泣くなや」
『ミッキーが帰って来てくれれば僕は何もいらない』
「あーはいはい」
騒がしい電話が切れた。ユエがボソッと。
「ミツキって彼氏から『ミッキー』って呼ばれてんのね」
「恥ずかしいからやめろって言うてんやけどな」
「ちなみに彼氏の名前は?」
「シグレや。ほれ」
ミツキが携帯の待ち受け画面を見せた。どれどれ、と見た全員の顔が固まる。
そこには、髪の毛をツインテールにしてワンピースを着た、ミツキよりも可愛い少女の姿が映っていた。
「え?女の子同士のカップル?」
「ダボ!シグはれっきとした男や。ただ、家の都合で高校を卒業するまでは女として生きてかなきゃいけないんやと」
「ほー…」
「街歩いとる時もナンパされんのはいっつもシグやし、スカウトされる時やって…」
確かに可愛い。ミツキより女の子らしい。
「ただな、バトルはシグの方が強いねん。一度ヨシツネとバトルさしたらコテンパンにされてもーたんや」
「ヨシツネって?」
「トウカの森のダーテング一族の頭領。ちなみに息子はウシワカマルや」
もう一枚写真を見せてくれた。普通のダーテングより遥かに大きなダーテングと、その息子であるコノハナが映っていた。
「ほー」
「本当はシグはイケメンなんやで。髪下ろしてズボン穿いとる時とかドキドキするもん」
「爆発しろ」
残り少ない夏休み。ユエの元でバイトすることになった従姉妹のミツキ。
この娘、嵐を呼ぶような、呼ばないような…
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ちゃんと書いてみた。ミツキは一度消えちゃったかんなー
[会いにきてもいいのよ]