季節は夏――。
大学も夏休みに入り、私はこのグチャグチャとした腐海とも言える部屋を掃除しろと遂に親からの命令を受けてしまった……ったく、面倒くさいなぁ、と思いながらもサボタージュをしたら後が怖いので渋々と掃除を開始することに。
はぁ……なんで昔のテストってコレ小学校の頃のテストじゃん。五点(百点満点中)って……私、よく大学に合格したよなぁ、とつくづく思う。お、これは中学校の頃の通信簿か……平均成績が二(十段階評価)ってマジか。先生が書く欄には『ゲームをする熱を勉強にも移しましょう』なんて書いてある……確かにそんなときもあったなぁ、と私は頭を掻いた。
この頃はポケモンにハマってたっけ? 小学校の頃もそうだったなぁ……お菓子代を節約してゲームボーイ機の電池代に当てたときがあったっけ。今もポケモンは続けてるけど……なんていうか、あの白黒のドット……本当に懐かしいなぁ。今のDS版も中々面白いが、昔の白黒時代も中々面白かった。バグとかやったりしたっけ、セーブが消し飛んだって泣いていた奴もいたなぁ。
今の時代の子達にはとても想像できないだろうと思う。皆、カラーで目を肥やしちゃってると思うし、試しにこの時代に白黒ゲームを投入してみたらどんな反応するだろうか。やっぱり物足りないと感じたりするのだろうか。少なくとも私は懐かしさで胸がいっぱいになりそうな気がするんだが。
それにしても……この腐海の部屋。一体どこまで掃除したら終わるのだろうか。一応、埃が舞うことも想定してマスクは被ったし……っていうか、この真夏に、しかも窓を開けているのに全く無風、クーラーなんて私の部屋にはないし、このままじゃ私、この部屋で熱中症を起こして倒れるんじゃないだろうか、そう思ったときだった。
私のベッドの下から一本の黒いケーブルが現れた。
これは……もしかしてゲームボーイの通信ケーブルじゃない?
懐かしいなぁ……昔はこれでよく友達と交換しにいったりしてたっけ。中にはハードを二つ買って、一人でポケモン図鑑を埋める作業をしていた奴もいた気がする……くそ、ブルジョワめ。
そんな昔に対して愚痴を放ちながら、私が通信ケーブルの端に手を触れると――。
私の視界がブラックアウトした。
ここは……どこだろう?
私が目を覚ますとそこは灰色の空間だった。右を見ても左を見ても、上を向いたり、下を向いてみたり……何処までも灰色の空間が広がっていた。
え、私、もしかして死んだとか、そういうオチはいらないよ? マジ死んだとかないよね? そんな不安が私の心を覆っていく中、一つの声を聞いた。
「ようやく、会えたな」
「え?」
その凛とした女性のような声に振り返ると、そこにはさっきまではいなかったはずなのに誰かが……いや正確に言うとポケモンだった。蒼い翼と長い蒼い尾を持ったポケモン――フリーザーだった。
「へ、どうしてここにフリーザーが……?」
「なんだ、忘れたのか? まぁ、時間は経ってるし無理はねぇか……でも、よ〜くアタイの顔を見れば思い出せるだろ?」
近づきすぎてフリーザーのクチバシと私の唇が重なってしまう。ちゅっ……という短い音が鳴り響いた。
「って、キスしてどうすんのよ!」
「あ、ワリィ。勢いあまって、つい」
「あんたはキス魔か」
黙ってしまうフリーザー……って、そこは否定しろよ! なんだこの胸の高鳴りは!? ち、違う。私は断じて百合の花園には興味がないわけで――あっ。
「……思い出した。もしかして、リィザ姐さん!?」
「ご名答。ようやく思い出したな」
キスによる衝撃のおかげかどうかは分からないけど、とにかく思い出すことが出来た私にフリーザー、いやリィザ姐さんはニヤっと笑っていた。
リィザ姐さんとは、私が初代の頃にお世話になったフリーザーのことだ。『ふたごじま』で初めて出逢ったときに、その美しい姿に私は一目惚れをしていて……この姐さんにマスターボールを使ったのもいい思い出だと振り返る。そして捕まえた後はもちろん即刻にレギュラー入り、氷と飛行タイプのリィザ姐さんは四天王の(キザ男)ワタルをフルボッコにしてくれたり、続くライバル戦でも大活躍してくれて、興奮した私は何時の間にか「リィザ姐さん!!」とゲーム画面に叫んでいたっけ。
一番好きだったリィザ姐さん、れいとうビームをかますカッコイイリィザ姐さん、ふぶきを涼しい顔で決める素敵なリィザ姐さん、そらをとぶで鮮やかに敵を翻弄するリィザ姐さん……こんなにも好きだったのに、私はなんてアホしたんだろうって……リィザ姐さんとの想い出と共に私はあの日の最悪なポカを思い出す。
それは友達とポケモン交換するときだった。私の赤いゲームボーイポケットと、友達の緑色のゲームボーイポケットを私の通信ケーブルで繋いで、さぁ、交換しようとしたときだった。
私は操作をミスってリィザ姐さんを選んでしまって――。
そして交換の際――。
途中で友達が操作をミスって電源を落としてしまった。
その後、急いで電源を入れてリィザ姐さんの無事を確認したら……そこにリィザ姐さんはいなかった。
友達の方のポケモンは奇跡的に無事だったようだったが、私のリィザ姐さんはどこにもいなくて……。
泣いたなぁ。
アレはマジ泣きしてた。
その日一日はこれでもかというぐらい泣いた。
リィザ姐さんの名前を呼びながら、ずっと呼びながら、謝りながら。
泣いていた。
……数日後、なんとか落ち着いた後は私は初代を止めていた。なんか心の中がポッカリと開いてしまったようで……手が止まってしまったのだ。
それからもっと時間が経って、金銀が発売された頃には立ち直っていて、それからまたポケモンを再開していた。
でも、完全に立ち直ったというわけではなかったと思う――。
金銀からは交換をしなくなったし、大好きなフリーザーも使わなくなった。
それはきっとあの事件がトラウマ的な感じで記憶に埋め込められちゃったというのもあったし、フリーザーを見つけてもそこにリィザ姐さんはいなかったから……。
「おいおい、再会して感動しちまったか?」
「うん、それもあるけど……」
「あるけど?」
「ごめんね、ここに、閉じ込め、ちゃって……本当に」
気がついたら私は嗚咽を出していた。
リィザ姐さんは消えたんじゃない。
ずっとここにいたんだ。
あの事件からずっと、こんな暗い場所の中、一匹だけで。
涙が零れそうな私に、リィザ姐さんは微笑んでから、その大きな蒼い翼で私を包んでくれた。心地良い温もりが私の涙腺を熱くして――。
「このお馬鹿っ」
私のおでこにリィザ姐さんの『つつく』がヒットした。
「ぎゃあ!?」
「ったく……そんな昔のことを今まで引きずっていたのかい?」
「そんなこと……って、リィザ姐さんは、気にしてないの?」
私がおでこをさすりながらリィザ姐さんに尋ねた。本気の『つつく』ではないし、多少は加減してくれたと思うけど……痛かった。今、私のおでこは真っ赤に染まっているかもなぁ……。それより、リィザ姐さんは私を恨んでいたりとかはしていないのだろうか? ここに閉じ込めやがって、この野郎とか言われるかと思っていたのに、そのことに関しては全く気にしていないとリィザ姐さんの顔には書いてあったような気がする。
そんなことを考えている私に向かってリィザ姐さんはニヤリと笑った。
「今、アンタとこうして再会できた。帰ってこれたことを喜んでいるんだよ。それなのに恨みとか苦情とか、そんなもの、野暮ってヤツだろ? なんで再会できたのかっていう細かいことを気にするのも野暮だな」
やばい、私、本当に泣きそう――いや、もう涙がこれでもかというぐらいポロポロ零れていた。昔、初代の頃、リィザ姐に惚れた熱が一気にまた蘇った瞬間だったと思う。カッコイイよ、リィザ姐さん。やっぱり大好きだよ、リィザ姐さん。
「泣き虫だな〜。アンタは」
「リィザ、姐さんが、カッコイイ、ことを、言うから」
「アタイのせいかい?」
「うんっ」
やれやれといった顔で覗き込んでくるリィザ姐さんに、私は泣きながらも笑顔を見せた。なんか胸のつっかえが取れた気分で、心の底からの笑顔だったんじゃないかって思えるほどの笑顔だったと思う。そんな私の顔を見たリィザ姐さんは大きな蒼い翼を私から離したかと思いきや、いきなりリィザ姐さんの体が光り始める。私は何ごとだろうかと目を丸くさせた。
「ふぅ、この世界ともようやくサヨナラか」
「え、リィザ姐さん、消えちゃうの!?」
私は慌てて声を出した。まだ再会してそんなに時間は経っていないのに、もっと話したいこととかあるのに、これまでのこととかリィザ姐さんにとったら関係ない話かもしれないけど……いや、違う。本当のところはリィザ姐さんとこんな風にもっと一緒にいたかったというのが一番だった。だって、ゲームでしか逢えなかった、そしてもう逢うことはできないと思われたリィザ姐さんが目の前にいるから。それと何故だか分からないけど、多分、伝説ポケモンの力ってやつかもしれないけど、人間の言葉も話せるし……初代の頃を語るっていうのもいいなぁとも思ったのに。もうお別れなの? そんなのナシだよ。子供みたいな我がままと言われようとも、まだ一緒にこのままリィザ姐さんと一緒にいたかったよぉ……!
「なぁ……なんか勘違いしてないか?」
「え?」
再び、私のおでこに軽く、リィザ姐さんの『つつく』が当てられる。
「アタイは消えるんじゃない。帰るだけだよ。さっきも言っただろう? やっと帰ることができるって」
「帰るってどこに」
すると、リィザ姐さんは自分の翼で私の胸を指して――。
「アンタの心の中に」
そう言って、リィザ姐さんはニヤリと笑った。
「アンタ、フリーザーは使っているかい?」
「え、いや……使ってないけど……」
「なら、またアタイをアンタの旅に連れていってくれよ」
「え……?」
「アタイはまたアンタと旅をしたいからここに待っていたようなモンさ」
リィザ姐さんを包む光が徐々に力を増していく、もう消えるまで時間はなさそうだった。
「アタイを信じろ。なんでもいいから、フリーザーに会うんだ。そこにアタイがいるから」
リィザ姐さんの蒼い翼が私の頭の上にそっと置かれて、そしてその顔は頼もしい笑みで――。
「また一緒に旅をしようぜ、相棒――」
その言葉を最後にリィザ姐さんの体は全て光の粒子に変換されて消えていった――いや、リィザ姐さんの言葉を借りるのなら、リィザ姐さんは私の心の中に帰ってきたんだ。なんだか心なしか胸の辺りがすごい温かい感じがした……きっと、気のせいなんかじゃない。
「お帰りなさい、リィザ姐さん」そう私が両手を重ねて胸におきながら、呟くと、また私の視界はブラックアウトした。
長い時間をかけて日は沈んでいき、辺りはあっという間に真っ暗。今夜も熱帯夜だぞとでも言いたげな、生暖かい風が部屋に入り込んでくる。
「お〜い、もうすぐご飯だけど、もう片付けは終わったの〜!?」
部屋の外から母親の声が聞こえて来る。一階から発せられた声だと思うけど、掃除の為に部屋の扉を全開に開けていたので私の耳には余裕で届いたのであった。私はとりあえず「もうすぐ片付け終わるから待ってて〜!!」と廊下に顔を出し一階に続く階段に向かって大声で言っといた……なんか「嘘だぁ〜」っていう声が聞こえたような聞こえなかったような……まさか私って地獄耳、なんてね。
あの通信ケーブルの中から帰ってきた私はまるで人が変わったかのように、テキパキと片付けをやっていき、ものの二、三時間で部屋をスッキリとした感じに衣替えすることに成功した。私って、やればできる子! なんて思ったけど、嘘。本当は早くリィザ姐さんと一緒に旅をしたかったからだ。なのにここで晩飯コールとは……まぁいい。食べ終わったら、ファイアレッドで『ふたごじま』に行ってみよう。まだあそこのフリーザーは捕まえていない――そこにリィザ姐さんが待ってるんだ。そう思うとワクワク感が止まらなくて。
あ、そうだ。今度、久しぶりに交換とかもやろうかな。
これからのことに楽しみを膨らませながら、私は比較的小さなお菓子の空箱に、通信ケーブルを大切に閉まった。
新しい旅の始まりを告げるかのように、箱の閉じる音がした。
【書いてみました】
とある日、チャットで通信ケーブルの話とかが出てきたのを拝見したときに思いついた物語です。
リィザ姐さんに惚れた方がいらっしゃいましたら幸いです。(ドキドキ)
(話変わって)今じゃ、ワイヤレスでポンっと簡単になんでも出来る時代になりましたねぇ……通信ケーブルは昔、記憶が合ってれば、姉が持っていたのを拝借してもらったような気が。勝手にですが(コラ
それと友達のゲームボーイと銀を借りて、通信ケーブルで繋いで、一人でボチボチと交換していって図鑑を完成させたのもいい想い出ですなぁ。(ドキドキ)
あ、後……昔、ポケモン交換時に通信ケーブルを抜いたらポケモンが出てくるのではないかと思ったのは私だけではないと信じていま(以下略)
ありがとうございました。
【何をしてもいいですよ♪】