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  [No.1930] 糸が切れた僕らの日々は 投稿者:戯村影木   投稿日:2011/09/26(Mon) 22:47:50   102clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 最近毎日がつまらない。
 うちのマスターはどうにも最近やる気がない。たまに思い出したように電車に乗って僕たちを戦わせるけれど、連勝が止まるとそれからしばらく休んでしまう。かと言って、冒険に出かけるわけでも、他の仲間を育てるわけでもない。ただただぼーっとしていることが増えた。レポートを書くことも少なくなってきた。
 おかげで僕たちは時間があって、仲間内でお喋りをする時間なんかが増えた。結構古くから仲が良いメタグロス君が暇そうにしていたので、今日は彼に話しかけてみることにする。おーい、メタグロス君。
「なんだゲンガー」
 なんだか最近暇だよね。面白いことでもないかな。
「ない」
 メタグロス君はいつもさばさばしてるなあ。ねえ、マスターになんとか遊んでもらう方法はないかな。
「話しかけてみればどうだ。反応はないだろうが」
 メタグロス君はそう言って、目を閉じてしまう。あんまりお喋りが好きなタイプではないのだ。けれど、最低限の会話はしてくれるから、きっと優しい性格をしているのだ。臆病者の僕とは違って、メタグロス君は言いたいことははっきり言うし、ちょっといじっぱりなところがあるけど、優しい子だと思う。
 でも、うーん、マスターは話しかけても返事をしてくれない。心ここにあらずという感じ。きっと頭の中ではどうしたら勝ち進めるかということを考えている気がするんだけど、それにしてもちょっと気味が悪いレベルだ。僕は次に、僕らの中でリーダー格のガブリアス君に話しかけてみることにした。おーい、ガブリアス君。
「んー? なんだー?」
 なんか最近暇だよね、と思ってさ。
「ああ、そうだなあ。俺も腕が鈍りそうで心配だ」
 何か面白いことでもないかな?
「組み手でもするか? 俺とお前ならいい勝負だろ」
 確かに相性の善し悪しあんまりないもんね。でもお互い力押しだから、すぐに勝負がつきそうだよ。
「それもそうだな! んー、つっても戦うために生まれた俺たちには、暇の潰し方も分からんよなあ」
 そうなんだよねえ。せめてマスターがもう少し戦いの場に出してくれればいいんだけど。あー、今日も何もしないまま一日が過ぎていくのかなあ。なんだかつまらないね。
「そのうちまた電車に乗せてくれるって。それまでの辛抱だよ。頑張ろうぜ」
 ガブリアス君は陽気に笑う。この明るさが彼がリーダー格である秘訣だった。僕のような臆病ものや、メタグロス君のようないじっぱりな性格をしていると、ちょっと難ありだ。と、そう言えば、まだ話をしていない子がいた。パーティの紅一点、というか、メタグロス君には性別がないから、単純に雌というだけなんだけど。とにかく僕は、ミロカロスちゃんに話しかけてみることにした。ミロカロスちゃーん。
「なあに?」
 なんか最近暇だよね。
「そうね。何かして遊ぶ?」
 うーん、でも、何をしようか思いつかないんだ。
「それもそうね。じゃあ、どこか遊びに行く?」
 えっ?
「ここにいてもやることがないもの。遊びに行くのもいいんじゃないかしら」
 いつも穏やかなミロカロスちゃんなのに、たまにこういうびっくりするようなことを言い出すから驚いてしまう。本当は結構図太いんじゃないかと僕は最近思っている。
「何話してるんだ?」
 僕とミロカロスちゃんの話に、ガブリアス君が割って入ってくる。その後ろにはメタグロス君の姿も見えた。
「今、ゲンガーと、外に遊びに行かない? って話をしていたの」
「はあ? 外に?」
「そう。こんなところにいても、つまらないでしょう? だから、遊びに行かないか、って。あなたたちも行く?」
「マスターはどうすんだよ。勝手に行っていいわけないだろう?」
「でも、話しても応じてくれないのだし……あなたが行かないならいいわ、ゲンガーと行ってくる」
「いや、私も行くぞ」
 声を上げたのはメタグロス君だった。以外な応対に、僕は驚いてしまう。メタグロス君、そういうことしそうにないのに、マスターも驚いちゃうよ。
「だが、少しくらいは驚かせた方が良いだろう。最近の気の抜けようは目に余る」
「んー……まあちっと分からんでもないかな。最近、身体鈍ってるしなあ……地下鉄じゃろくに動けないし、戦う相手もいねーし。あー、ちょっくら外行くか?」
 ガブリアス君まで……だめだよ……。
「あら、じゃあゲンガーはお留守番?」
 えっ? みんなは行っちゃうの?
「行くわよね?」
「ああ」
「一度決めたからには行くぜ! ゲンガーも来いよ!」
 でも……。
「じゃあ、ゲンガーはお留守番ね。私たち行ってくるから、マスターをよろしく」
 あっ、待って待って! 僕も行くよ! 置いて行かないで!
「そう。じゃあ、一緒に行きましょう」
 でも、外に出て大丈夫かな……外の世界は危ないって聞いたことあるし、強い子がいて、襲われちゃうかもしれないよ?
「俺たちなら大丈夫だろ」
「ガブリアスの言う通りだな。私たちのレベルなら、少なくとも野生で出てくるような者たちに負けることはない」
「それもそうね。ゲンガー、安心した?」
 え、うん……じゃあ、行ってみようかな……。
「そうと決まれば出発だ! 何、今日中に帰れば大丈夫だろ。マスターだってあと何日ぼーっとしてるか分からんしな!」
 ガブリアス君の発言で、僕たちは地下鉄を出ることになった。実を言えば、僕たちが外の世界を見るのは、ほとんど子どもの頃以来だった。僕とメタグロス君はこの世界に来た時、少しみんなの成長のお手伝いをしたけれど、ガブリアス君やミロカロスちゃんに至っては、本当に、子どもの頃以来のことだと思う。
 僕たちは、こっそりとマスターの元を離れて、地下鉄を出て行くことにした。
 どきどきする。
 でも、なんだかとても楽しい気持ちだった。


 地下鉄を出た僕たちを待っていたのは、とても賑やかな外の世界だった。
「さて、どうすっか」
「何をするかを決めるべきだな」
「んー、俺は戦いがしてえなあ! どっか、草むらに行こうぜ」
「その前に、この辺の地理が分からないわ。ゲンガーは分かる?」
 うーん……ちょっとだけ覚えてるよ。最初に来た時に、連れてこられたから。メタグロス君も分かるよね?
「ああ、記憶しているぞ。他に覚える景色もないからな。こっちだ」
 僕たちはメタグロス君についていく形で、場所を移動し始める。多分これが、南下っていうやつだ。
「確か……ライモンシティだったかしら」
 うん。そんな名前だったよね。あ! そう言えばここ、遊園地もあるんだっけ!
「遊園地ぃ? おいゲンガーお前ほんとガキだなあ。そんなことより戦おうぜ。そっちの方がおもしれえって」
 でも、遊園地も面白いと思うよ?
「どっちにしても、私たちが遊べる施設ではないと思うわ。人間のために作られた場所だもの」
 そっかー……残念だなあ。
「ぼさぼさするな。こっちだ」
 メタグロス君の一喝を受けて、僕らはまた歩き出した。賑やかでキラキラしているライモンシティから、僕たちはあまり面白くなさそうな場所に出た。砂嵐が吹いている。歩いている道も、近代的なところから、だんだん、自然に還っていくようだ。
「こっち側に、たくさん敵がいた気がするな」
「へー、よく覚えてんなあ。俺の覚えてる景色なんて、すっげーザコの犬がいるところか、湖だけだぜ」
「私はもうあんまり覚えてないわね。ほとんど電車の中のことだけ。新鮮でいいわね……出て来て良かった」
 メタグロス君のあとをつけて歩いて行くと、砂嵐が一層強まった。辺り一面砂漠のようで、砂嵐の向こうに、少し、生き物の気配を感じた。
「この辺に沸くはずだ」
「……ちょっと砂嵐が強すぎない? 私、歩いているだけで辛いわ」
 僕もだよ……こんなところじゃ、戦いにくい。
「これでかあ? 全然気にならんけどなあ。メタグロスはどうだ?」
「影響はない」
 僕たちは、ガブリアス君とメタグロス君を先頭に、進んでいくことにした。時折現れる敵がいても、ほとんどガブリアス君が一人で倒してしまった。ガブリアス君の威力は驚くほど強かった。電車の中では負けてしまうこともあるガブリアス君なのに、この野生の世界では、敵なしだった。ばっさばっさと薙ぎ倒して、ざっくざっくと進んでいく。僕はそれがなんだか頼もしくって、思わず笑ってしまう。
「なんだ、てんで歯ごたえがねえな……野生ってのはもうちょっと獰猛なんじゃなかったのか?」
「私たちが育てられすぎたのよ。戦闘に特化しすぎているの」
「へえ? そういうもんなのか。これじゃあ面白くねえな。電車で戦ってた方がまだマシだぜ」
 ねえ、あれなんだろう。
「ん?」
 僕は砂嵐の向こうに見える建物みたいなものを指差した。建物というより……なんだろう、大きな岩みたいなものだった。
「あれは……遺跡のようだな」
 遺跡?
「大昔に人間が作った、家みたいなものだろうか。あの中に、もう少し歯ごたえのある者がいるかもしれないな」
「お、そいつは良さそうだ。おいミロカロス、ゲンガー、大丈夫か?」
「あの中なら砂嵐も防げるのかしら? それなら、あそこに入った方が良さそうね……」
 僕たちはいそいそと、遺跡とやらに向かって歩き出した。途中に出てくる敵を、ガブリアス君が簡単になぎ払う。僕たちはとっても強いんだってことが分かって、なんだか面白かった。


「歯ごたえなんかねーじゃねーか」
「まあ、強すぎるんだ、お前が」
 メタグロス君が呆れたように言った。
 ガブリアス君の前には、惨劇が広がっていた。砂嵐に隠れて気づかなかったけれど、今まで歩いてきた道にも、こういう景色が広がっていたのかもしれない。僕は少しだけ、怯えてしまう。臆病な僕は、こんなものを見るだけで、怖くなるのだ。
「それにしても、外はあんなにひどい砂嵐なのに、中は結構静かなのね」
「そうだなあ。でも中まで砂だらけってことは、風向き次第で中にも砂が……うおっと!」
 え!
 次の瞬間には、ガブリアス君は僕の視界から消えていた。慌てて僕たちはガブリアス君のいた場所に駆け寄る。そこには、大きな穴が空いていた。
 ガブリアス君! 大丈夫!
「いってて……なんだ、穴が空いていやがったのか。ああ、大丈夫だ! でも、どうやって登ればいいか分かんねえぞ」
「多分、階段があるはずだ。私たちも、こちらから降りられる階段を探す。そこで待っていろ」
「待っていろって言われても、俺が登ればいいだけだろう? お前こそ待ってろよ、すぐ行くから」
 そう言うと、ガブリアス君は僕たちの視界から消えてしまう。なんとか顔を穴に突っ込んでガブリアス君の動向を探ろうとしたけれど、床が砂だらけだから、つるっと滑りそうであぶなかった。
「ゲンガー、ミロカロス、そこで待っていろ。ガブリアスを連れてくる」
「一緒に動いたら、危険じゃないかしら」
「どうせ階段も一つだろう。私が探してくるから、お前たちはそこにいるんだ」
 メタグロス君は少しだけ強い口調で言って、遺跡の奧へと向かって行った。僕とミロカロスちゃんは、ガブリアス君の落ちた穴の前で、じっと待つことにした。
「やっぱり外は私たちには危なかったかしら」
 え、うん……僕、ちょっと怖いな。なんだか、早く帰りたくなってきちゃった。地下鉄の方が安心だし、楽しくはないけど、外に出てもみんなと一緒にいるだけなら、あんまり変わらないや。
「それもそうね。やっぱり私たちには、あの場所が似合っているのかしら」
 なんかね、操り人形みたいに、僕たち、操られてるんじゃないかって思ってたんだよね。ううん、マスターだって、そうなのかなって。ほら、たまに電池が切れたみたいに、マスター、動かなくなっちゃうでしょう? だから、マスターも、僕も、実はそうなんじゃないかって思ってたんだ。でも、そんなことないんだね。僕たちは、僕たちなりにこうやってここまで冒険出来たし、それは似合ってないんだって思ったんだ。
「そうね。私たちには、野生は似合わないのかもしれない」
 ガブリアス君とメタグロス君が帰ってきたら、すぐに地下鉄に戻って、マスターにごめんなさいしなきゃ。勝手に出て来ちゃったんだからさっ。
 僕はそう言って、すくっと立ち上がった。
「ええ……あっ、ゲンガー、危ない!」
 えっ?
 ミロカロスちゃんの視線を追って後ろを振り向くと、そこには敵がいた。僕は咄嗟に後ろに退いて、ミロカロスちゃんがさっと僕の前に出た。それがいけなかった。僕の前に滑るように現れたミロカロスちゃんは、あろうことか、そのまま身体を滑らせて、穴に落ちてしまったのだ!
 ミロカロスちゃん!
「ゲンガー、私はいいから、その敵を!」
 僕の目の前にいたのは、見たことのない敵だった。電車で会うことのない敵。僕が見たことのない敵。何かの進化前の敵なんだろうか。形状からはまったく想像がつかない。顔みたいなものがあるけれど、鋼で出来ているってわけじゃなさそうだ。
 ど、どうしよう……。
 何が効くんだろう。
 僕はマスターの指導で、攻撃しかすることが出来なかった。力尽きる前に相手を道連れにすることは出来るけど、マスターも、仲間もいない今それをしたら、ここで野垂れ死ぬだけだ。
 敵が何か攻撃をしようとしている! 僕は咄嗟に両手で気弾を練った。そして、シャドーボールを、その敵目掛けて放った!
 先に攻撃出来たのは僕だった。マスターに速く動けるように育てられていたからだ。そして、僕のシャドーボールは敵に命中して、敵はその一撃で倒れた。
 良かった……。
 とっても怖かった。僕は思わず尻餅をついた。でも、たまたま運が良かっただけだ。次の敵にも同じ攻撃が通るとは限らない。
 ミロカロスちゃん!
 僕は慌てて穴の中を覗き込む。でも、そこにミロカロスちゃんの姿はなかった。もしかして、階段を探しに行ったんだろうか。僕は慌てて、メタグロス君が向かった遺跡の奧へと走って行った。けれど、階段なんてどこにもない。
 え。
 え……。
 どうしちゃったんだろう。みんな、どこに行っちゃったんだろう。あの穴に落ちるしかないのかな? それとも、みんな敵に倒されちゃったのかな……。
 僕は不安になって、けれどあんなに高い穴から落ちる勇気もなくって、穴の前に座り込んで、ぼーっと誰かを待つことにした。
 じっとしていれば、敵が近づいてこないことが分かった。
 短い足を抱えて、僕は誰かが迎えに来てくれるのを待つことにした。壁によりかかって、じっと待つことにした。穴を落ちて行く勇気もない。一人で帰る勇気もない。みんなを探す勇気もない。だから、出来るだけ無茶をしないように、じっと片隅に座り込んで、待つことにした。
 あ。
 まるでマスターみたいだ。
 糸が切れたお人形さんみたい。
 そう気づいたけれど、
 そう気づいた頃には、もうほとんど遅かった。
 僕はまるで最初からいなかったように、影に潜んでしまった。あの明るかったガブリアス君の声も、メタグロス君の落ち着いた声も、ミロカロスちゃんのおっとりした声も、聞こえてこない。僕は膝を抱えて、じっとみんなを待っていた。
 人の言うことを聞くしか能がない操り人形。
 でも、糸が切れたところで、何も出来ない。
 言われるがままに生きてきたから、言われた通りにしか、生きられなかった。
 操り人形の糸が切れたら、床に真っ直ぐ落ちていくだけだったのに。