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  [No.1931] 写本の綴じ紐 投稿者:戯村影木   投稿日:2011/09/27(Tue) 21:00:57   82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 一番目は、少年だった。六根という、六つの尾っぽを持った小さな生物は、少年によって、誕生させられた。親が誰かも分からないのに、卵から孵った。朱い体毛。四本の足。とても弱い身体。鏡もないのに、六根には、自分の姿がよく分かった。同じような姿をした六根が、周りにたくさんいたからだ。その空間が、とても暖かかったことだけは、記憶している。しかしその暖かさや、何匹もの六根との時間は、あっと言う間に過ぎた。まだ自我もきちんと芽生える前に、六根は外に放り出された。愛のない放出ではないことだけは分かった。六根を手放す時、その少年は確かに、ごめんねと言った。言葉の意味は分からなかったけれど、その言葉は、ずっと六根の頭の中に残っていた。

 二番目は、少女だった。野生に放り出され、生きる術も知らず、他の生き物も恐ろしく思っていた六根に、一人の少女が近づいてきた。少女は何か、球体を持っていた。六根は少女が恐ろしかったが、逃げることも出来なかった。少女が球体を投げると、それは六根に当たり、六根を吸い込んだ。六根は恐ろしかったが、抵抗するということが出来なかった。気づいた時には六根は少女の手の中にあった。それが、実質、初めての主と読んで良かったのかもしれない。少女はとても優しい人間であった。人間の善し悪しが分からない六根にも、それはよく分かった。しかし、そういう人間に限って、欠点がある。少女は身体が悪かった。外を走り回るなんていうことはほとんどしないし、六根を連れて草むらを駆け回るということもなかった。六根は大抵、その少女と一緒に、家の中にいた。そして時折庭に出されては、少女の代わりをするように、たくさん駆けた。少女はそれを見て喜んでくれた。六根は、誰かに必要とされることが嬉しくて、少女の役に立とうとした。少女の両親も、優しかった。六根はとても幸せな時間を過ごしていたが、しかし、まだ幼かったからだろう、少女の身体が悪いことに六根が気づいたのは、少女がいなくなってからだった。

 三番目は、青年だった。六根が飼われていた家に、今まで見たことのない量の人間が押し寄せた。みんな黒い服を着ていた。少女の姿が見えなくなってすぐのことだった。六根は何がなんだか分からなかったが、なんとなく、あの少女とはもう会えないんだな、と気づいた。人間たちは大勢集まり、色んな話をしているようだった。六根は、そこに来ていた一人の青年に、構ってもらった。そして、青年が帰る時に、六根は青年に連れて行かれることになった。六根に拒否権はなかったし、誰かと一緒にいられるなら、それで良かった。青年はとても人の多い場所に住んでいたが、家は狭かったし、家族もいなかった。時折、女性が来ることがあったが、彼女と一緒に住んでいるわけではないようだった。六根は、青年と一緒に暮らすようになってから、初めて、戦いというものを覚えた。六根はとても愛されて育ったように思う。青年は優しかったし、時折来る女性も、優しかった。けれど、それは六根に対してであり、青年と女性の関係は、あまり良好とは言えなかった。六根に時間感覚はなかったが、きっと、一ヶ月くらいの出来事だっただろう。青年と彼女は別れることになったらしく、六根は、女性に連れられて、その家を出ることになった。

 四番目は、女性だった。つまり、二人は恋人だったのだろう。六根を気に入った女性が、青年から、六根を引き取ったのだ。女性は六根に優しかった。けれど、部屋の中には寂しさが充満していた。若く美しい女性ではあったけれど、それでも、どこか焦りや寂しさに満ちていた。彼女が仕事に行っている間、六根は孤独だった。そして、女性が家に帰ってくると、出来るだけ喜び、出来るだけ主の帰還にはしゃぎ、邪魔にならないように、主を気遣った。少しの間撫でられ、彼女のために心を削った。そして、彼女と共に眠った。そんな生活も、青年と同じくらい、いや、それよりもっと長く続いたのだろうか。主に新しい恋人が出来た時に、六根は彼女との生活を終えた。

 五番目は、中年の男性だった。人の良さそうな男性で、木訥としていた。四人目の主の隣の部屋に住んでいた、大人しい男性だった。どういう理由で押しつけられたのは分からないが、六根を嫌悪することもなかったし、最低限の餌は与えてくれた。それだけでも六根としては満足だったが、物足りないのも、やはり事実だった。男性は、六根が外を出歩いても何も注意しなかったし、部屋の中にいても、これと言って、構ってくれたりはしなかった。ただ、最低限の生活を約束してくれるだけだった。六根はそこで初めて、命の意味について考えた。自分は何のために生まれ、何のために生きていくのか。こんなところでただ生きて、ただ餌を食い、排泄をし、眠り、生きていくというのだろうか。そこに何か意味があるのだろうか。六根はそして、自分の意思で、その男性の元を離れることにした。最後の夜、六根は男性に甘えてみた。男性は、緊張したように、六根の頭を撫でてくれた。それが、彼との、最初で最後の触れあいだった。

 六番目は、自分自身だった。野生に帰った六根は、三番目の青年に教え込まれた知識のお陰で、戦うことには困らなかった。それに、青年に、ある程度の育成を施されていたのだろう、野生に帰っても、圧倒的に強かった。もしかしたら、最初の少年に産まされた時から、六根は強かったのかもしれない。次第に六根はある森の中で強者となった。己の自由に従い、行動してきた。六根を止めるものはいなかったし、六根に逆らうものも、またいなくなった。六根はそこで自由のすばらしさを知ったが、同時に、温もりの優しさを失った。

 七番目は、老人だった。その腰の曲がった老人は、何度もその森にやってきた。散歩をしていたのだろう。六根は、その老人を、草木の陰からよく観察していた。不思議な魅力を持つ老人だったのだ。森に生きる生物に対して敵意を向けなかったし、捕獲しようともしなかった。たまに餌を持って来ては、そっと地面に置いて去って行く。六根は、その老人が気になった。何度目かの時に、六根は老人に姿を見せた。老人は一瞬だけ驚いたが、すぐに表情を和らげた。そして、六根の身体を優しく撫でた。六根はすぐに気づいた。自分は、この老人が好きなのだろう、と。帰ろうとする老人のあとをつけた。老人はそれを咎めようとはしなかった。六根はその日、老人を飼い主とした。そして、老人と一緒に暮らし、森にやってきてはそこにいる生き物と触れあい、日が沈む頃に家に帰った。とても穏やかな生活が続いた。まったく、まったく途方もないほど長い生活だった。今までのどの飼い主との生活よりも長かったのではないだろうか。一年、二年、三年、四年……その関係は、老人が死を迎えるまで、続いた。

 八番目は、老人の家族だった。特に誰が飼い主だったということもない。老人の死後、なんとなくその家に居座った。六根はそれからも毎日のように、森と、老人の墓を行き来する生活を送った。家族に餌を与えられ、それを食べ、散歩に出かける。きっと六根の人生の中で、もっとも穏やかな時間だっただろう。二人の飼い主の死を経て、六根は命の儚さと大切さを知ったのかもしれない。そして、それを自覚し、受け入れ、このまま孤独に生きていくのではないだろうかと思った頃だ。六根は老人の墓で、一人の老婆と出会った。

 九番目は、老婆だった。彼女もまた孤独な人間だった。夫に先立たれ、暮らしているのだという。六根はこの頃になると、なんとなくではあるが、人間の言葉を理解するようになっていた。喋ることは出来ないが、老婆の言葉を聞き、態度で示した。老婆は六根をとても可愛がってくれたし、愛してくれた。たまに彼女の家族が顔を出すことはあったが、基本的には大きな平屋に一人で暮らしていて、とても寂しそうだったので、六根はずっと彼女と共にいた。彼女が掃除をすれば六根もそれを手伝ったし、出かける時には必ず一緒にいった。ある日、家にある倉を掃除していた時、老婆と六根は紅く煌めく石を見つけた。老婆は少しだけ迷ってから、それを六根に与えた。六根は、自分の身体が変化したことを知った。それは、誰にも教えられていないことだったが、何故か知っている変化だった。六つの尾っぽは九つの尾っぽになった。六根は、九根へと変わった。けれど、老婆はそれまでと同じ接し方をしてくれたし、少し力が強くなり、身体が大きくなり、体毛の色が変わったというだけで、本質的には、変化はなかったように思う。むしろ変化があったのは、周囲の環境だった。老婆の家族が平屋を訪れることが多くなった。どうやら、老婆と一緒に暮らすために、老婆をこの家から引き離そうとしているようだった。あれは老婆の息子だろう。顔がよく似ている。九根はそうした観察力も身についていた。そして、どうやら老婆がこの家を離れない理由が、自分にあるような気がしてきた。九根は家族が泊まり込んだ夜、こっそりその家を抜け出した。主の幸せを願い、姿を消すことにしたのだ。

 十番目は、小さな家族だった。行く当てもなく、そろそろと彷徨っていた九根を、ある家族の子どもが捕まえた。九根には野生生物としての矜持はなかったし、捕獲を拒むほどの気力もなかった。人間と接することが、楽しくさえあったのだ。九根はその小さな少年に捕まり、家庭に迎えられた。父、母、子、の三人家族。そこに、動物のように飼われた。九根はその時、その家族の父親に、誰かの面影を見ていた。忘れることのない面影だ。しかし、その面影に、九根は怒りを覚えるでも、憎悪を感じるでもなかった。ただ、何か、もしかしたらここが終着点なのかもしれない、という気がしていた。その父親も、九根に対して、なんらかの特別性を感じているようであった。しっくり来る、とでも言うのか、あるいは、この九根のおやは、自分であると、思っているのだろうか。お互いに、知らないところで、成長したんだね。そのような意味のことを、父親は言ったかもしれない。気のせいだったかもしれない。しかし、その次に言った、ごめんねという言葉だけは、聞き間違えることのない、確かな言葉だった。そして、全ての飼い主のことを記憶し、忘れないまま、九根は今、主の膝の上で、眠っている。


  [No.1932] Re: 写本の綴じ紐 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2011/09/28(Wed) 07:36:39   21clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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誰も書かないから感想つけてみる。

ロコンからキュウコンになる間に最初の飼い主と思われる男と再会するストーリー。多分十数年は経っているでしょう。関わりはどうあれ、今までに出会った飼い主との記憶は大切なものである。そのように感じました。他の何かも入っているのでしょうが、私には上手く表現できません。

ちなみに、少し気になったのですが、ロコンの生まれた直後の尾っぽは1本で白いはずです。周りが普通のロコンでも、生まれたばかりなら自分が何者かわからないのではないかと思いました。単に私の思慮不足かもしれませんけど。