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  [No.1933] 画用紙に描かれた憧憬 投稿者:tyuune   投稿日:2011/09/28(Wed) 21:26:34   121clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 男は絵を描く。真っ白なキャンバスに筆が色をつける。踊るように筆は動く。白い部分が様々な色彩に埋められてゆく。一人きりの部屋で、筆が走る音だけが響く。
 彼の背はひょろ長く、もやしのように頼りない。年の頃、三十半ばに見える彼の髪はぼさぼさで手入れの跡がなく、無造作に後ろに結ばれている。服は様々な絵の具の色が染み付いた、元は白であっただろうTシャツ、そして、これまた色が染み付いたベージュのカーゴパンツを着ていた。
 部屋は画材で占められており、足の踏み場も無い。描きかけの絵は壁に荒っぽく立てかけてあり、どれも縦一メートル程の大きな絵ばかりだった。山、花、人物、河など、多種多様な絵は、一つの共通点があった。どれも一様にして、見ているだけで悲しみが伝わってくる、という共通点。それは、雑然としている部屋の印象を、薄暗い物へと変化させていた。
 そんな部屋、その壁際の一角、綺麗に整理整頓された場所があった。散らばった絵の具もバケツもそこには無い、まるで、その場所だけがきれいに切り取られたかのように。
 そこには絵が飾ってあった。他の絵のように無造作に置かれているのではない、きちんと額縁に飾ってある絵。しかし、どこにでもある画用紙に描かれた絵。
 絵の中では少年と一匹のポケモンが、共に並んで、嬉しそうな笑顔で絵を描いていた。その背景は、今男が絵を描いている部屋と同じ間取り。絵はその部屋で描かれたことは間違いないだろう。だが、現在の男の隣にそのポケモンはいない。一人だ。一人きりで一心不乱になって筆を振る。鬼気迫った顔で、何かに取り憑かれたように。
 男は筆を振るう。彼の落ち窪んだ瞳から、涙が零れ落ちた。二滴、三滴、床に滴る。
 今の男とは対照的に、絵の中の一人と一匹は、なごやかな空気の中、筆を自由気ままに走らせていた。本当に楽しくて仕方がないといった風に、笑いながら。



 
 少年は物心ついた時からドーブルと共にいた。ドーブルはいつも絵を描いていて、少年はその横で絵を描く姿を眺めていただけだったが、いつからか少年も絵を共に描くようになった。一人と一匹、並んで絵を描く。それが彼らの休日の過ごし方だった。
 ドーブルの絵は独創的で躍動感溢れるものであった。今にも飛び出して動き出しそうな絵を見て、少年はいつも『僕も、ドーブルのような絵を描けるようになりたい』と思ったものだ。
 それに対して少年の絵は、お世辞にも上手いとはいえないものだったが、感情が多分に篭っていた。喜びを絵に閉じ込めるのが上手かった。
 一人と一匹は並んで絵を描いていた。大きな画用紙に向かって。競う事も無く、難しい事も考えず、ただ、筆の進むままに任せて。
 ドーブルは幸せだった。少年も同じく、幸せだった。
 

 十年が経ち、少年は青年に成長した。青年の絵画の技量は驚くほどに上がっていた。絵のタッチは繊細かつ大胆。細かな塗りむらも無く、色の発色はまぶしいほどに輝いていた。彼はその技術を買われ、小さな美大に通っていた。
 だが、技術の代わりに失われた物があった。感情だ。絵に込められた感情。子供の頃、絵に込められた喜びが、現在の絵からは殆ど見えなくなっていた。
 彼は絵を描くことが、昔ほど好きではなくなっていた。
 純粋で、何も知らなかった子供の頃とは違い、今の彼には絵を描くに際し、邪魔な物が多すぎた。両親の期待、同級生の嫉妬、将来の不安……。それらに押されて、喜びは影を潜めていた。絵を描く事が億劫になったのもそのせいだった。
 ドーブルは、いつでも尻尾の先に付いた筆で、変わらず絵を描く。長年描き続けたせいか、絵を描くことを定められた種族に生まれたせいか、若しくはその両方か……ドーブルの絵は既に、数少ないプロと肩を並べられるほどに成長していた。
 そんなドーブルの絵を見て、青年にある感情が芽生えた。嫉妬だ。労せずして秀逸な絵を描くドーブルに対し、青年は嫉妬を覚えた。嫉妬は、青年の消えかけていた喜びを、完全に押しつぶした。


 それから、青年の絵は上達しなくなった。いくら小手先の技術は上がろうと、彼の武器であった喜びが消え去った今、青年の絵は薄っぺらで、誰も見向きもしなくなった。
 美大での成績も右肩下がりに落ちてゆき、ついには、あわや留年直前とまで追い詰められていた。彼は焦っていた。次のコンクールで一次審査を通らないと、留年する事が確定してしまったのだ。将来への不安は、その姿を徐々に肥大化させていった。
 そんなある日。彼はある愚かな選択をする。

「なあ、ドーブル、頼むよ」
 青年はドーブルに、手を合わせて頼み込んだ。
「お前の絵なら、コンクールの一次審査なんて余裕だから、な、頼む!」
 彼はドーブルの絵を、自分の絵であると騙ってコンクールに提出しようとしたのだ。
 初めのうちは頑なに首を横に振っていたドーブルだったが、青年の強い押しに耐え切れなくなってきたのか、少しずつ首を振る力が弱まって。
「頼む!」
 青年の声に、ドーブルは悲しげに頷いた。


 それから数週間後、コンクールの結果が届いた。青年は狂喜した。
「やった! やったぞ! 入賞だ!」
 青年は賞状を嬉しそうに見せびらかしながら、ドーブルに結果を話した。
 彼はドーブルの絵を提出した。その結果、入賞。ドーブルの絵は、一次審査を余裕で通り抜け、二次、三次審査を軽く突破し、他の作品を大きく引き離しての入賞。
「俺が必要なんだってよ! あのお偉いさん方!」
 さらには、彼はその入賞で、とある有名美大にスカウトされた。誰もが羨む程の輝かしい経歴を持つ美大。そこを卒業できれば、将来は安泰であるといえた。
 青年の嬉しそうな顔とは対照的に、ドーブルの顔は暗く落ち込んでいた。


 そして、青年は深く考えず、有名美大に転入した。それだけで青年は喜んだが、そこがゴールではない。卒業するためには、青年の絵では明らかに力不足だった。
 当然、青年の絵は成長していない。ドーブルの絵を借りただけである彼の化けの皮は、すぐさま剥げそうになっていた。 
 転入したはいいものの、青年は授業の内容についていけない。実技テストでは散々な結果に終わった。
 必然的に……
「お願いだよドーブル、もう一度だけだからさ」
 青年はドーブルに再び頼み込んだ。ドーブルは嫌だと首を横に振ったが、前回と同じく、最終的には首を縦に振る事となった。



 かくして青年はドーブルの絵を提出した。無論、一度だけで終わろうはずも無い。何度も何度も、青年はドーブルに頼み込み、同じ数だけドーブルは頷いた。
 青年は絵を描く必要が無くなった。自分が絵を描いても、教授には溜息を吐かれ、大学の友人には嘲笑される。だが、ドーブルの絵を見せればたちまち評価は一変する。天才だと持てはやされ、コンクールには当然、入賞。苦労して描いても嫌な思いをするだけだというのに、どうして描く必要性があろうか。
 そうして、青年が絵を描く事は無くなった。
 新品に近い青年の画材を、ドーブルは横目で見、次に、昼間だというのに寝転んでいる青年の背中を見た。
 ドーブルは、絵を描くことが好きだった。だがそれは、少年がいたから。少年がドーブルの絵を見て感嘆符を漏らす事に、喜びを覚えた。そして共に肩を並べて絵を描くことが、彼は心の底から好きだった。
 少年が青年となり絵を描かなくなっても、ドーブルが絵を描き続けている理由は、過去への憧憬に他ならない。いつかきっと、いつかきっとまた、あの頃のように共に絵を描ける日が来る、そう信じていたからだった。
 だが、ドーブルは気付いてしまった。自分が絵を描き続ける限り、青年が絵を描くことは無い、という事に。
 ドーブルは絵を描いている少年が好きだった。嬉しそうな顔をして画用紙に筆を走らせる少年の姿が。
 ドーブルは自分と共に並んで絵を描く少年が好きだった。画用紙いっぱいに描いた空を、河を、樹を見せ合いながら描くのが何より好きだった。
 だが、そんな少年はもう、どこにもいなかった。目の前にいるのは、自分を利用する事しか考えていない醜い青年。絵を描く事をやめ、ただ怠惰に生きる愚かな青年。
 ドーブルが好きだった、幼い頃から共にいた少年。彼はもうドーブルの空想の中にしか存在しなかった。  
 だから、ドーブルは……。




「んー、ふああ」
 青年が目を覚ます。ひょろ長い身体を大きく伸ばして、上体を気だるげに持ち上げた。
「ドーブルー?」
 青年は相棒の名を呼んだ。だが、声は部屋の中に反響するだけで、返事は聞こえなかった。
「ドーブルー、毎度悪いが、頼みがあるんだー」
 立ち上がり、相棒の姿を探す。だが、探せど探せど姿は無い。
 青年は怪訝に思いながらも、そのうち帰ってくるだろう、と結論付けて、ベッドに入り、二度寝する事にした。


 数日が経った。しかし、いつまで経ってもドーブルは帰ってこなかった。
 コンクールの日は近い。青年は焦燥感に冷や汗をかいた。
「糞っ! どこに行ったんだ! ドーブルの奴!」
 早くドーブルに絵を描いて貰わなければ、大変な事になる。自分の絵ではダメだ。ドーブルの絵でなければ、入賞どころか門前払いされるに違いない。
 彼は自分の事しか考えていなかった。
 青年は家中を歩き回った。もちろんドーブルはいない。そんな中、部屋の片隅に、ある物が目に付いた。
「画用紙……?」
 青年もドーブルも、キャンバスかスケッチブックに絵を描いていた。画用紙を使っていたのは、はるか遠い昔。技術も知らず、ただ筆の赴くままに描いていた頃。
 彼は何の気なしに画用紙を拾い上げ、裏返した。
 瞬間、息を呑んだ。
 そこに描かれていたのは幼き頃の少年とドーブル。西日が優しく窓から照る中、少年は筆を、ドーブルは尻尾を持ちながら、大きな画用紙に向かって絵を描いていた。夕日の赤が少年とドーブルの横顔を、朱色に染めあげていた。
 彼らの表情、在りし日の彼らは、笑っていた。絵を描くことが嬉くて、楽しくて、幸せだったあの頃。絵を描ける。それだけが全てだったあの頃。あの瞬間が、時間を越えて画用紙の中に閉じ込められていた。
 ありったけの喜びと幸せを詰め込んだその絵に、滴る物があった。それは、涙。
 青年はいつの間にか泣いていた。涙が瞳から溢れて止まらなかった。
 彼は理解した。ドーブルの喜びを、幸せを、悲しみを。今まで自分の事しか考えていなかった青年自身の愚かさを。そして、ドーブルがもう戻ってこないという事を。
 青年の嗚咽は部屋の中に空虚に響いた。同じ部屋の中、画用紙の中にいる少年とドーブルは笑っているのに、青年は泣いていた。後悔に打ち震え、悲しみにむせび泣いていた。


 青年はかつて純粋だった。純粋ゆえに、喜びが大きかった。だが、成長するにつれ、純粋ではいられなくなる。優越感、劣等感、不安、そして嫉妬。それらを目の当たりにした彼の喜びの割合は押され、小さくなってゆき、終には自らの嫉妬によって消え去った。
 代わりに彼を支配したのは怠惰。怠惰により、彼は楽な方へ、楽な方へと流れ落ちた。相棒であるドーブルを利用した。ドーブルの喜びも幸せも知らず、ただ自分が楽をするために利用した。
 その結果、彼の前からドーブルが消えた。遠い思い出の彼方にある、少年とドーブルとの幸せだった日の情景を絵に書き残して。物心付いた頃から共にいたドーブル、自らの半身とも言える相棒を失った青年の心に、芽生えた感情は……。


 青年は茫然自失として、ベッドに腰掛けていた。その目は虚ろで、何も写してはいない様。食事ものどを通らず、もう何日も飲まず食わずだった。
 彼の心にはぽっかりと穴が開いていた。もう考えるのも億劫で、このまま死んでしまっても構わない、という思いが去来した。
 そんな彼だが、瞬きした拍子に、ある物が目に入った。絵だ。テーブルの上に置かれた、大きな画用紙いっぱいに描かれた、ドーブルが残した絵。
 その絵を見て、青年の心にある感情が芽生えた。後悔、自己嫌悪。そして、何より一番大きな感情、それは、悲しみ。
 悲しみに背を押されるようにして、彼は立ち上がり、筆を手に取った。



 青年の悲しみは絵に現れた。自らの過ちにより、相棒を失った。その苦痛、絶望、悲しみ。彼の絵は負の感情に満ち満ちていた。彼の長所であった、感情を絵に現す力。幼き日は喜びに溢れた絵を描いた。楽しくて仕方がないといった気持ちを、絵に閉じ込めた。そして、今は悲しみに淀みきった絵を描く。悲しくて胸が張り裂けそうな気持ちを、青年は絵に刻み込む。
 皮肉にも、その絵は評価された。入賞とまではいかなかったが、最終審査まで残った。
それからも、青年は一心不乱に絵を描き続けた。いくら絵を描いても、胸中の悲しみは薄れる事は無い。だが、彼は絵に吐き出すことをやめなかった。
 昼夜問わず青年は絵を描き続けた。一日の大半をキャンバスの前で過ごす。血反吐を吐くような日々。いくら肉体が悲鳴を上げようとも、心の痛みよりははるかにマシだった。
 画風がいきなり変わったこともあり、一時は才能が枯れた、などと噂された。だが、徐々に彼の描く悲しみに魅せられる人間は増え、彼はドーブルが築いた地位を取り戻した。しかし、今の彼には、それはどうでもいい事だった。
 彼は、ドーブルが描き残した画用紙に目を遣る度、胸を引っかくような悲しみに苛まれた。そして、在りし日に憧憬を覚えた。過去への憧憬。それは、かつてドーブルが抱いた物と同じだった。
 ひたすら絵を描いていた幼き日、ドーブルと共に絵を描いていたあの頃。嫉妬も悲しみも知らず、喜びに満ちていた幸せな日々。青年は、過去に対し、気が狂うほど恋焦がれた。
 青年は絵を描く。絵を描き続けたら、いつかドーブルが戻ってきてくれる。そして、あの頃と同じように、笑いながら絵を描ける日が来る。そんな淡く儚い期待を、胸に抱きながら。




 暖かい夕日が窓から差し込む。雑然として散らかった部屋に、一人の男がいた。キャンバスに向かって筆を振る男の顔には、年月を感じさせる皺が深く刻まれていた。
 男は絵を描いていた。かつて青年だった男は、変わらず悲しみに浸りきった絵を描く。
 ドーブルが出て行った日から、二十年が経っていた。あれから男は大学をトップの成績で卒業し、画家となった。それでも慢心せず、男は朝から晩まで絵を描き続けた。
 絵を売って出来た金は、最低限の生活費を残し、殆どを宣伝費に使った。タダで美術館に寄付した事もあった。小学校、市役所、ありとあらゆる公共の機関に、自分の作品を展示してもらうよう頼み込み、幾度となく無料で個展を開いた。それらの目的は、ドーブルに自分の絵を見てもらうため。そしてあわよくば、自分の下へ帰って来てもらうため。
 だが、それは二十年間叶う事は無かった。しかし、それでも男は絵を描き続けていた。彼は諦める事を知らない。色褪せる事の無い悲しみを絵に叩きつける。
 ドーブルが帰ってきた後のことを、男は幾度となくも思い描いた。悲しみは、きっと喜びに変わるだろう。不安も嫉妬も悲しみも、強い喜びによって見えなくなるだろう。そうするならば、きっと、悲しみが無い彼の絵は売れなくなる。だが男は、それでもいい、ドーブルが帰ってきてくれるなら。そう思っていた。
 彼にとって、絵は既に欠かせない存在である。現在の地位も、名誉も、全ては絵によって培われた物である。だが、男には、それよりも遥かに大切なものがあった。
 かつて男は自分の選択により、最も大切なものを失った。何者にも変えがたい大切な相棒。彼が自らの元へ帰ってくるならば、他の全てを投げ打ってもいい。命を棄てようと、構いはしない。だから、帰ってきてくれ。男はそう願い続けた。
 男はキャンバスいっぱいに悲しみを描く。差し込む夕日の朱が、男の横顔を照らす。額縁に入ったドーブルの絵も一緒に照らし出され、額縁にあるガラスの装飾が光を乱反射した。男は眉間に皺を寄せながら、筆をパレットに押し付け、色を染み込ませた。
 そんな時、物音が後ろの方から聞こえた。
「おい、私が絵を描いている時は、入ってくるなと言った筈だが」
 男は苛立ちつつ、吐き棄てるように言った。
 また絵を高く買いたいとか言う画商でも来たのだろう。それか、記者か。彼らは遠慮を知らない。こちらの思う事など知らず、ずかずかと家の中に踏み込んでくる。
 大抵はアポイントを取っているのだが、たまに飛び込みで取材に来る者、営業に来る者もいる。 そういった輩なのだろう。彼は溜息をついた。
 ひたひたとした足音が、彼の後方にある廊下から響く。
「おい! 聞いているのか!」
 息を吸い、もう一度怒鳴りつけた所で、男は違和感に気付いた。
 彼の家は土足である。リノニウム製の床は、カツカツと靴の硬質な足音を響かせるはずだ。だが、今聞こえている音は何だ。ひたひたという音が耳に届く、まるで靴を履いていないかのように。
 もしや……。
 後ろから、ゆっくりとドアの開く音がする。懐かしい香りがした。足音は止まる。
 男は、破裂しそうな自らの心臓の音を、まるで他人事のように聴いていた。早鐘のように心臓が鼓動をうるさく刻む。筆を握る手が、凍えているかのように震えた。
 彼は期待と不安、悲しみがない交ぜになった表情で、振り返った。
 そこには。


 
 ある画家がいた。彼の絵は、見る者に深い悲しみを与える。一目見るだけで、涙が溢れるほどの悲しみに包まれるのだ。彼の絵は反響を呼んだ。彼の家に記者が詰めかけ、その理由を聞いた。画家は、理由を頑として答える事は無かった。
 画家は数え切れないほどの多くの絵を世に発表した。何としてでも、絵を大衆に見せるよう働きかけた。
 だがある日を境に、画家の絵は喜びと幸せを見る者に与えるようになった。彼の絵は驚くほど暖かくなり、悲しみは姿を消した。彼の絵を見ると、穏やかな気持ちになり、ついつい頬が緩んでしまう。
 彼は、一番大切なものを取り戻せたのだ。


 窓から入る西日の光が部屋を朱色に染める。部屋は相変わらず画材で散らかり、独特の饐えたような匂いが漂う。
 男は絵を描いていた。キャンバスに向かい、筆を走らせる。夕日で朱色に染まった横顔は、何とも嬉しそうで、口元が緩みっぱなしだった。
 その傍らにはドーブルがいた。ドーブルも尻尾の筆を自在に操り、自身の背丈と同じくらいの高さを持つ、広いキャンバスいっぱいに尻尾を踊らせる。ドーブルは目を細め、幸せそうに尻尾を握る。
 一人と一匹の絵には、ある共通点があった。喜びだ。喜びが波の奔流の様に、絵の中でざわめいている。
 ふと、男の瞳から涙がこぼれる。二滴、三滴、床に滴る。ドーブルはそれに気付き、筆を止めて心配そうに男の顔を見上げた。
 男は何でもないよ、と言うようにドーブルの頭を撫でた。彼の涙は、嬉し涙。幸せすぎて、感情が瞳から溢れだした。
 その時、微風が窓から吹き込んだ。風は一人と一匹を優しく撫で、部屋の一角へ辿り着いた。そこには画用紙に描かれた憧憬があった。少年とドーブルがにこやかに笑いあい、並んで絵を描いている。喜びに満ち溢れた表情の一人と一匹。過去の情景。彼らが恋焦がれ、あこがれ続けた姿。幾年もの悲しみを経て、ついに今の彼らと重なった。
 一人と一匹は、なごやかな空気の中、筆を自由気ままに走らせていた。本当に楽しくて仕方がないといった風に、笑いながら。


  [No.1934] ドーブル! 投稿者:Teko   投稿日:2011/09/29(Thu) 10:15:56   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 はじめましてtyuuneさん!
 ここでたまにたむろしている屍……もといてこです。よろしくお願いします。

 僕はこういう作品が好きです、大好きです。

 有名な画家。しかし、彼の作品は全て彼の手ではなくドーブルによって描かれていたものであった!!とかってありそうですもんね

 自分よりも上手いがゆえに、嫉妬し、ドーブルの絵を自分のものとして出してしまう主人公の気持ちも非常にわかります。それに傷つくドーブルの気持ちも痛いほど……ああぁぁ。なんか切ない。心理描写っていうか心がすごい表現されててすごいなと思いました。

 そして、ちゃんとハッピーエンドで終わってくれた……わぁぁぁあ、よかったなぁああ!!”

 なんか創作意欲を刺激される作品でした。自分も頑張ります!
 なんか散文な感想でごめんなさい、次回作を楽しみにしてますー!


  [No.1937] 遅ればせながら 投稿者:tyuune   投稿日:2011/09/30(Fri) 07:43:46   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 遅ればせながら、感想ありがとうございます。tyuuneと申します。てこさん、こちらこそよろしくお願い致します。
 いやはや、感想をいただけるとモチベーションが上がりますね。とてもありがたいです。
 まだまだへっぽこながら、精進していく次第です。

 さて、この度、このような小説をこの場に投稿させていただいたのには、ある理由があります。五日ほど前まではこのポケモンストーリーズという板の存在を知りませんでしたが、ツイッターにてその存在を知り、投稿された小説を読み、強い感銘を受けました。
 そして、「私もこのような短編を書いてみたい!」と、やる気が急上昇し、勢いのままにこの短編を書きました。
 その為、このポケモンストーリーズという板のおかげで、この作品が書けたと言っても過言ではありません。
 なので、こちらに感謝の意味も込めて投稿させていただいた次第です。

 私は、ポケモンストーリーズの小説を読み、創作意欲が刺激されました。そして、貴方は私の作品を読んで創作意欲が刺激されたとおっしゃる……。素晴らしい好循環ですね。この調子で、このポケモンストーリーズ全体がさらに賑わって頂ければ幸いです。

 蛇足ですが、私がハッピーエンドを書くのは、珍しい事です。はてさて、次回作はどうなる事やら。あまりハッピーエンドに期待しすぎると、衝撃を受ける事になりかねないので、ご注意をば……。