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  [No.1941] ポケスコ匿名校正スレ。 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2011/10/01(Sat) 11:29:09   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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1週間ほど伸びたことだし、すでに応募の方等も校正をしてみてはいかがでしょうか?
匿名で作品を貼り付けてください。暇な人が誤字脱字とかを見てくれるかも知れません。
欲しいアドバイスがあったら、それも書いておくといいんじゃないかな。
書きかけ晒してもイイヨ。

書いてる作品がバレるとあれなので、応募してる人がアドバイス送る場合も匿名がいいかもね。
まぁこのへんは自由裁量でよろしく。


  [No.1943] 「P」(10/02-15:33 No.1961まで修正反映) 投稿者:匿名   投稿日:2011/10/01(Sat) 17:45:53   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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自身で校正はしましたが、わかりづらいところあれば突っ込みなどお願いします。


(以下本文)

“10/1が締切なので守れ。”9月30日にツイッター経由でこの連絡が来るのは遅すぎる。
ただいま30日の17時、原稿はなんとかENDマークをつけることができた。いま絶賛推敲作業中。
近年、ポケモン小説の水準が上がり(BWの発売もよかった。あれはほんとによかった)、
“サトシ「いけピカチュウ!」 ピカチュウ「ピッカー」”みたいな小説が投稿されることもなかった。

 今回俺が提出しようとしている小説は、ピカチュウとそのトレーナーの心の交流の物語だ。
ピカチュウをひたすら愛らしく、トレーナーはとにかくフィリップマーロウ並に男らしく書いた。かっこいい。
こんな男は同世代にはいねえよと毒づきながら書いた。でも担当編集者のヤマダには大変好評だった。ヤマダは乙女だからな。
俺も女に夢がありすぎて、どんなのが本物の現実の女なのかわからないぐらい女には夢がある。童貞だから。

 今その小説を印刷してる。チェック入れてデータに反映させて、22時くらいに提出する。あ、ちょっと喉乾いた。
クロックスつっかけて半纏羽織ってアパートのドア開ける。
空気が冷たいよバカ。俺が中学生の時は9月なんて熱中症レベルで暑くて、体育でバタバタ倒れてたのにな。
自販機の前に立つ。なんだよ自販機の中身、全部「つめた〜い」じゃねえかよ、やっぱ最初の予定どおりコーラ(ロング缶)にしよう。ガゴンッ。
早く戻ろう戻って赤入れて寝よう。
レポート含めてもう3日も変な寝方しかしてないから、布団が恋しい。
てか秋葉原見に行きたい。せっかく神田に住んでるのに、徒歩10分の大学にしか行ってない。惨めになりかける。いやいや原稿直さんと。
玄関の扉を開ける。
「ただいまー」「おかえり」一人暮らしの静かな部屋と会話する。あー返事してくれるような彼女ほしい。この際ヤマダでいい。
何かが足元で動いた。何かがいるんだ。下を向いた。




「ピカピ!!」

そこにはピカチュウが居た。ぬいぐるみ持ってたっけ。あれ、動いた動くことも声掛けもできない俺の脚に、ピカチュウがしがみついてよじ登ってきた。
俺はこの光景を一生忘れない。死ぬほど妄想したリアルなポケモンの、ピカチュウの動きだ。腹のあたりがこそばゆい。
ピカチュウは俺の脚を登り切り、半纏と俺の腹の間の空間に入って「ピカピー」と愛らしく鳴く。
ちょっと重くて暖かくて、生き物の肉の柔らかさがTシャツ越しに伝わってきて、赤面した。思わず半纏の袖から手を抜いてピカチュウを支える。
「ちゃあ」俺を見上げて奴はまた鳴いた。俺と目が合う。にっこり笑う。そして俺の胸に、顔をすりすりさせる。
可愛いから止めろ。
あまりのアピールに、ピカチュウが架空の生物だということをしばし忘れていた。なんでこれ生きて動いてるんだろうか。あー可愛い。
マジ可愛い。あまりの愛くるしさにそんなことはどうでもよくなる。
おれ今からピカチュウ愛好家になる。ハートキャッチピカチュウ。
ピカチュウのちっちゃい胴を抱っこして、ベッドへゆっくり移動する。抱きしめすぎて痛い思いさせないように注意する。爪、切っとけばよかった。
そろりそろりと歩く。ベッドまで来て、腰をゆっくり落として、ベッドのスプリングをきしませる。

痛くないかー、ピカチュウ。あ、喉乾いてないか。コーラの缶を太ももで挟んで、開ける。一口飲む。ピカチュウもほしそうだ。
缶の口に残ったコーラをぺろりと舐めて、にこにここちらを見ている。缶を少し傾ける。少しこぼす。半纏で拭く。
これは、口移しであげないといけないのだろうか。ピカチュウにちゅーするのか…… ちっちゃい口元をじっと見つめる。
うん、無理。俺にはハードルが高すぎる。なぜか勃起してきたし。
すると機嫌が悪くなったピカチュウの赤ほっぺがぴりぴり言い出した。
な、なんか代わりになるもの。あ、そうだ、カントリーマアム!! あわててカントリーマアムの袋を歯で開ける。
ピカチュウがちっちゃいお手てをマアムを取ろうと伸ばす。なんでだろう、俺泣けてきた。
マアムを手に取ってピカチュウはもぐもぐしている。涙が零れ落ちてきた。ビデオとか撮りてえ…… でも携帯充電中だ……。

ピカチュウがするりと腕から抜ける。とたんに悲しくなる。暖かい何かが触れているのって気持ちいいと初めて知る。
テーブルの上にちょこんとすわってカントリーマアムをかじってる。

ところでこいつはどうしてここにいるのだろうか。どうでもいいな、うん、ピカチュウはずっと居ていいんだよ。
三食昼寝付きだよ。お前の飯代くらい稼ぐからな。ムヒヒ。
さあ、お前を抱いて原稿に赤を入れようか。そしてヤマダに提出して、今夜は一緒にお風呂に入ろうか。
ところが印刷された原稿を見て俺は青ざめた。
この小説は主人公とピカチュウのハートフルな愛情物語だ。なのに、原稿のすべてのページから“ピカチュウ”の文字が抜けている。
目を疑った。ワードのデータも確認した。間違いなくピカチュウの文字が無い。文字色を透明にしたわけでもない。
そこだけきっちり4.5文字分抜けている。
空欄に“ピカチュウ”と打ち込む。ひらがなで“ぴかちゅう”とすら入らない。ほかのキーを押すんんんんんんん 打ち込める。
驚きすぎて冷静になる。メモ帳でも同じことを試す。入らない。ほかのキーを押すmmmmmmmmmmmmm 打ち込める。
USBにデータを落として漫画喫茶で…… とも考えた。でもピカチュウをひとりにしては…… あれ
ひょっとして、俺の目の前の生きてるピカチュウは、俺の小説のピカチュウなのだろうか。
そうだよな、文字のピカチュウが消えたタイミングと、ピカチュウが現れたタイミングを考えれば、当然、そうだよな。

印刷した原稿の上にピカチュウを置いて一生懸命、拝む。
戻れー戻れー 今お前に期待されてる事は元の世界に戻ることだー。
……戻れェェェェェェェェェッ
戻るんだピカチュウゥゥゥゥゥゥゥ
印刷した原稿の上にピカチュウを置いて引き続き、拝む。
戻るんだ戻るんだ、原稿の中に。早く戻れよ 早くしろ 部誌が落ちる
白い原稿に1字もない ピカチュウの文字 早く戻れよ 原稿に 黄色い悪魔
戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻ってよ!今戻らなきゃ、今出さなきゃ、
部誌が落ちちゃうんだ、部費が出ないんだ! もうそんなの嫌なんだよ! だから戻ってよ! 
……こんなときでもアニソンとアニメからの引用を忘れない自分のオタクマインドに嫌気がさす。
ふっと顔を上げる。ピカチュウと目が合う。
「ピカピ」かわいく鳴かれてしまった。……違う! 早く俺に校正をさせろ!!

ここで俺はとんでもないことに気が付く。ピカチュウと書いたら、ピカチュウが実体化したのだ。
女の子の名前を書けば、女の子が実体化するのではないだろうか。ていうか、俺、女選んでヤリ放題じゃね
童貞捨てる相手を誰にしようか、俺は考え始める。ピカチュウはどうでもいい。

やっぱり芸能人がいい。見目麗しいほうが、いい記念になる。
いや待てよ、俺は芸能人を知らない。和田アキ子とレディガガと黒柳徹子しか知らない。
AKBとか団体名しかわからねぇ。二次元女子とか立体化されても怖いだけで、あれはあのサイズだからいいのだ。
となると普段から知ってる女子だな。その方がエロい。……ヤマダしか居ねえじゃねぇか。

ここで考え直してみる。ヤマダはまあ、胸がそこそこあって尻がそこそこあって髪が黒い。ときどきうっかりブラチラしてる。たぶん処女。
普段からすっぴんの地味女子。背が低い。肌はきれいなんだよなー。脚も悪くないと思う。妥協してやってももいい。

さて、何かを着せたい。脱がせ方がわかんないけど、いきなり全裸の女子はちょっと、引く。
胸元を強調するような服で秋に着る服。
体にぴったりしたタートルネック(白)がいい。服の上からおっぱい揉んだときに手の動きが見えそうだ。
待てよ、タートルネックだと首が見えない。やっぱりVネックがいい。鎖骨がちょっと見えるやつ。ヤマダの鎖骨に水を貯めて舐めとりたい。
下も決めよう。うーん。やっぱ脚は見たいからミニスカニーハイがいいな。ヤマダはいつもジーンズだから、絶対に着ない。
ニーハイはピンクと黒の縞々のにしよう。ミニスカはチェックの赤い制服っぽいやつ。靴はどうしよう。HARUTAのローファーがそれっぽいな。

よし次は下着だ。ブラジャーとパンツおそろいのやつの白いのがいい。縦縞とかかわいいな。水玉もかわいいな。
白地に黒とか控えめでかわいいな。フリルはケバい。
あー、うん、ヤマダの肌は白いから実は黒とかかわいいかもしれん。いいな、黒。あれだけおとなしい感じで実は黒とかいいな。
ときどき見えるブラチラでも紫とか見える。無理しなくていいのに、といつも思う。
黒ならフリルでもかわいいな。白でもいいな黒でもいいな。……白で。最初だから。
脱がせ方がわかんないからフロントホックがいいな。ぷちって簡単に開けられそうだ。


よし決まった。
「白の下着を身に着けた上に、Vネックのセーター着て、
赤いチェックのミニスカとニーハイを履いたヤマダください」とタイプしよう。手が震えてきた。
あっ、でもどうしよう、俺避妊具持ってない。
待てよ。大学に入学したときに先輩からもらったのが、どこかに。捨ててない。どこに置いた。
積みガンプラ箱のむこうか それとも漫画本の山の向こうか それとも雑誌の山の中か
財布の中だ! でも財布の中のは痛みやすいって聞いて、鞄の底に入れたんだっけ。
いつもの肩掛けバッグの中を逆さにしてぶちまける。どれだどれだどれだ。漁る。
あった! よしこれ使おう。つけ方わかんないから、そこはやってもらおう。
そうだシャワー浴びてシーツ取り替えよう。テイッシュはあるから大丈夫。
よし風呂入ってくる。風呂入ったら、さっきの文、打ち込もう。



浴びた。シーツ変えた。今俺は全裸でパソコンの前に座っている。
今、とても緊張している。体が熱いのは期待のためだけじゃない。静まれ俺の体とテンション。今触られたら出る。
だ、大丈夫だ。よし、
パソコンの前で正座して、キーボードの上に両手を構える。ピカチュウがちょこんとパソコン本体の上に座っている。
ひらがな入力になってる。ローマ字入力に戻して、ああくそ、マウス持つだけなのにこんなに震える。

「ピッピカチュウ!」

お前うるさいぞ、と言おうとしてピカチュウを見た。赤いほっぺから電気がぴりぴり出てる。そこはパソコンの上だ降りろ、という前に、
ピカチュウが軽く放電した。聞いたことないような音を立ててモニターがばつんと暗転した。
何が起こったか理解できなかった。「え」
本体から煙が上がっている。本体の光っているべきランプはすべて暗い。モニターも暗い。ケーブル接続箇所はなぜかすべて外れている。
体が一気に静まる。
パソコン、こわれちゃったー。

「ありえねー……」

ヤマダで童貞捨てて、女性声優とかアイドルとチンコ擦り剥けるまでヤる俺の計画が、パーに。
さようなら。女の子たちの体液にまみれるはずだった日々。
さようなら。腰痛めるまで腰をふるはずだった日々。
さようなら。右にヤマダ左にヤマダを抱いて眠るはずだった日々。
さようなら。セブンのかわいいメガネ女子高生店員の処女をもらうはずだった日々。
さようなら。オリジン弁当の巨乳さんの乳首をくりくりするはずだった日々。
さようなら。俺の、愛欲の日々。

パソコンはあいかわらずしゅうしゅう言っている。これはもう、ゴミだ。
腹の立つことに、ゴミになったパソコンの上で、ピカチュウは昼寝を始めていた。
この幸せそうな笑顔で毎晩となりで眠られたら、人類の半分はこいつがどんなことしても許すと思う。
でも、俺は許さないほうの半分だった。ヤマダとの幸せな日々を返せこのボンクラピカチュウ。おっぱいを返せ。
恐らく自力だけでは手に入れられないものを手に入れかけて、それを目の前ですべて失った男の気持ちがわかるか。
俺の幸せと俺の夢と俺の人生の煌めきを返せ。
返してください。

俺はピカチュウなんかもう見たくもなかった。どこへでも行ってくれ。でもどこへ。
近くのファミレスに行くときに、いつも前を申し訳なく思いながら通る“あの会社”に渡すしかない。
アマゾンの空き箱に寝こけているピカチュウをつめる。その上からさっき俺が体を拭いたタオルをつっこんで、ガムテで開かないようにする。
空気穴を適当にぶすぶす開ける。刺さっても知らん。心配するほど愛は無い。
財布持って携帯持って適当に服着て、サンダル履いて外に出て、チャリの前の籠に段ボールを縦にして入れる。
よし、出発。

初秋の冷たさと寒さを足した空気の中を俺はチャリで急ぐ。紅葉ってまだ先の話か。今年があと三か月で終わることにもびっくりしている。
今年の夏もどこにも行かないまま終わった。予定がなかったから。
秋ぐらいはどこかに行ってもいいと思う。あ、紅葉観に行きたいな。春井は暇そうだから呼べば来るだろう。
ファミマの前を通り過ぎた。夜のコンビニはいつみても落ち着く。さらに自転車を漕ぐ。デニーズを通り過ぎた。

“あの会社”の本社は京都にある。でも神田にも自社ビルがあることは知られていない。うちからチャリで25分。
ビル全体が真っ暗だ。ゲーム会社の本社って、もっとゴテゴテキャラクタが飾ってあるイメージだったけど
すごく地味な、黒い色のただのビル。ここにはマリオもピカチュウも飾っていない。そしてありがたいことに、警備員もいない。
自転車から降りて、段ボールを両手で持つ。ちょっと重い。何歩か歩いて敷地内へ入る。警報は鳴りださない。
ガラスの自動扉のわきに段ボールを置いて、振り返らずに俺は自転車に飛び乗った。
不思議なことに、ピカチュウに対する感情は何も、出て来なかった。ごめんね、とすらも思わなかった。

来た時よりもゆっくり自転車を漕ぐ。冷気にも体が慣れたのか、もうあんまり寒くない。コンビニで酒でも買って帰ろう。
1人で飲みたい。疲れた。自転車っていいな、心が癒される。
ファミマに入る。黒霧島がまだあったはず。ツマミとファミチキ買おう、そうしよう。籠を手に取る。惣菜の棚まで移動する。マカロニサラダがいい。
ムーッムーッムーッムーッ。あ、電話が来た。発信者の名前をみる元気もなく、通話ボタンを押す。

「ヤマダです」
「あ、おつかれさまです、ツツイです」一緒に飲みたい。
「原稿、どうですか。締切今日の24時なんだけど」

しまったァ。血の気が一度引いた後、倍になって返ってくる。頭と顔が一気に火照る。ヤバいまずい。しかもパソコン壊れてる。

「あ、はい、今から書きます」無意識に言う。言えることこれしかないじゃないか。
マカロニサラダを冷ケースに戻す。無印良品のノートとボールペンをレジに出す。
俺のあまりの「ヤッチマッタ!!」の権幕にレジの人が半笑いだ。気にならないけど。どっか物が書けるところ、どっか物が書けるところ。
あ、そうだ、デニーズ!
事故だけは起こさないようにチャリで疾走しながら、頭の中ではずっと「うおおおおおおお」だとか「綾波ィィィィィィ」だとか叫んでた。
「間に合え、いま間に合わないと俺はマジで死ぬっ」とか叫んでた。
通行人が今びくっとしながらこちらを見た。どうやら俺は叫んでいるらしい。どうでもいい、間に合いさえすれば。
くそう、信号邪魔だ、どけ!もしくは色変えろ!! よっしゃ青だ行くぜー!ヒャッハァァァァァッ 
車道を風になって走ってる俺、ちょっとかっこいい。今、俺は、風だ! 風なんだ!! 今の俺はかなり! イケてる!!

ガラガラの駐輪所にチャリを入れて、デニーズの階段を駆け上がる。「おひとり様ですか」「1人です。タバコ吸いません」で、窓側の二人掛けの席に座る。
席に座る。「おかわり自由ドリップ珈琲ひとつください」「かしこまりました」
さて、何を書こう。正直ピカチュウの心温まるストーリーなんか書きたくない。想い出したくもない。
データは死んだ、アイディアもない。さてどうするかと考えようとしたところで、アイディアが降ってきた。これなら短い。いける。書ける。
ヤマダにメールを打つ“デニーズ23時30分来て”。現在時刻は21時30分。よし、書くぞ。書かないでやっていられるか。



「あ、おかわり自由ドリップコーヒーとバナナブラウニーパフェください」ヤマダが俺の前に座りながら言う。
書きあがったところから無印のリングノートをやぶって積み重ねたのを無言で差し出す。「よかった、校正するものがあるなら大丈夫です」と答える。
無言になる俺とヤマダ。いつもなら怖いこの瞬間もぶっちゃけ、何も思わない。だって俺いま書いてる途中だもん。
ヤマダが笑い始める。当然か。
笑いながら原稿読んでる。いつものことだが、読むの早いな。俺はボールペンをひたすら走らせる。

「いやー、この男、マジでアホでしょう」声が笑っている。こんな大セクハラ小説、よく笑いながら読んでいられるな。
俺はヤマダが冗談で流したBLドラマCDもダメだったのに。

「だって、ヤマダさんのことが好きなら、まだチャンスあるでしょう」声が笑いを含んでいる。
やってきたドリップコーヒーを一口すすって、それでもまだ笑っている。飲み食いしながら笑えるなんて器用な女だ。
俺はひたすらボールペンを走らせる。

「どんな恋愛だってそうだけど、最初の一歩はものすごく勇気いるよー。
ちゃんと告白して、カップルになって、ずっと一緒に居られる男の人と女の人になるには、必要な一歩だけどね」
それが言えれば俺、21年間も童貞引きずってねえよ。くそう、言うぞ、嫌がらせに言うぞ。
産まれて初めて彼氏ができて、右手の薬指に指輪してるのを、すっげえ幸せそうな笑顔で見せてきた女に、
「それと同じの“贈”ろうか」って言うぞ。





「あ、おかわり自由ドリップコーヒーとバナナブラウニーパフェください」ヤマダが俺の前に座りながら言う。
書きあがったところから無印のリングノートをやぶって積み重ねたのを無言で差し出す。「よかった、校正するものがあるなら大丈夫です」と答える。
無言になる俺とヤマダ。いつもなら怖いこの瞬間もぶっちゃけ、何も思わない。だって俺いま書いてる途中だもん。
ヤマダが笑い始める。当然か。
笑いながら原稿読んでる。いつものことだが、読むの早いな。俺はボールペンをひたすら走らせる。

「で、いまファミレスのシーン書いてるわけですね」そうだよ。
「わかりました、じゃあ校正始めるんで赤入れますね。」

で、句読点が少ない。主人公の独白がわかりづらい。地の文だらだら入れたくないのでそうなりました。あとで直します。
ピカチュウの出現シーンをもっとわかりやすく。あ、そこはあとでもうちょっとなんとかします。
ヤマダに対する欲望がちょっとむき出しすぎますね。そこもうちょっとマイルドにします。
こう、女性器とかは名称自体が出てくることがまずいですね。あ、はい、そこ全消しでいきます。なくても大丈夫。
こういうやりとりが一段落ついたところで、ヤマダが笑い始めた。やっぱり気になるか、そこ。

「ところで、なんで僕、作中だと女の子なんですか あと、僕が頼むものの予想がついてるんですか」
「空想の中とは言え女の子いないと俺のテンションが上がらないから。お前が偏食家だから」
「わかりました」不服そうな顔でヤマダがうなづく。偏食は事実だろうが!
誰だって友達の小説に無断で出演させられたうえ、性転換させられて、あやうくレイプされそうになっているとか気分は良くないだろう。
まあそこは、友情出演ということで、ひとつ。すまんな、あとでなんか食わしたる。
「せめて小説の中の話なんですから、ツツイさんも幸せになりましょうよ」
「俺と同じ名前のキャラクターがリア充になるなんて断じて許さん」
ヤマダが爆笑し始める。そうだろうよ、26歳の“おとなのおねえさん”と付き合って2年、真剣に結婚とか考えてる男にはわかんねえだろうさ。

「書き終わったら一度これ、持って帰って、あとで僕の方にメールで“送”っておいてくださいね。」

はいよ。ヤマダのためにやっとやってきたパフェを、奴は旨そうにほおばる。ああ、彼女、欲しいなあ。


  [No.1948] Re: 「P」 投稿者:Anonymous Coward   投稿日:2011/10/01(Sat) 20:47:24   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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>女性声優とかアイドルとチンコ擦り?けるまでヤる
文脈から考えて「剥ける」かと推察しますが、機種依存文字(「剥」の左部分が違う文字)が使われているためか「?」に化けています。


  [No.1956] Re: 「P」 投稿者:匿名   投稿日:2011/10/02(Sun) 05:33:30   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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ご指摘ありがとうございます。修正しました。

> >女性声優とかアイドルとチンコ擦り?けるまでヤる
> 文脈から考えて「剥ける」かと推察しますが、機種依存文字(「剥」の左部分が違う文字)が使われているためか「?」に化けています。


  [No.1950] 脱字発見 投稿者:tokumei   投稿日:2011/10/01(Sat) 21:07:19   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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> 産まれて初めて彼氏ができて、右手の薬指に指輪してるを

 右手の薬指に指輪「を」してる「の」を、でしょうか?


  [No.1957] Re: 脱字発見 投稿者:匿名   投稿日:2011/10/02(Sun) 05:33:48   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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ご指摘ありがとうございます。修正しました。

> > 産まれて初めて彼氏ができて、右手の薬指に指輪してるを
>
>  右手の薬指に指輪「を」してる「の」を、でしょうか?


  [No.1952] 誤字発見 投稿者:ナナシのみ   投稿日:2011/10/01(Sat) 21:51:01   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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> ピカチュウのちっちゃい銅を抱っこして、ゆっくり移動する。
「胴」と思われます。


  [No.1958] Re: 誤字発見 投稿者:匿名   投稿日:2011/10/02(Sun) 05:33:59   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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ご指摘ありがとうございます。修正しました。

> > ピカチュウのちっちゃい銅を抱っこして、ゆっくり移動する。
> 「胴」と思われます。


  [No.1959] 脱字かと思われます 投稿者:名前なんて無かった   投稿日:2011/10/02(Sun) 11:00:39   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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> 初秋の冷たさと寒さ足した空気の中を俺はチャリで急ぐ。

 冷たさと寒さを足した だと思われます。


  [No.1962] Re: 脱字かと思われます 投稿者:匿名   投稿日:2011/10/02(Sun) 22:53:27   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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ご指摘ありがとうございます。修正しました。

> > 初秋の冷たさと寒さ足した空気の中を俺はチャリで急ぐ。
>
>  冷たさと寒さを足した だと思われます。


  [No.1961] 誤字 投稿者:AAA   投稿日:2011/10/02(Sun) 15:33:17   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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近年、ポケモン小説の水準が上がり(BWの発売もよかったあればほんとによかった)、

あれはほんとによかった  なのか
発売もよかった   なのか


  [No.1963] Re: 誤字 投稿者:匿名   投稿日:2011/10/02(Sun) 22:53:39   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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ご指摘ありがとうございます。修正しました。

> 近年、ポケモン小説の水準が上がり(BWの発売もよかったあればほんとによかった)、
>
> あれはほんとによかった  なのか
> 発売もよかった   なのか


  [No.1944] 居候、空を飛ぶ 投稿者:no name   投稿日:2011/10/01(Sat) 17:59:13   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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間違い等ございましたら。




居候、空を飛ぶ




 僕がその黄色い生き物を見つけたのは、メタングに似た掃除機と共に母が二階から引き上げていった後だった。
 電源の少ない僕の部屋で掃除機をかけるには、パソコンプリンタのコンセントを引き抜かなくてはならない。そこで掃除機をかける時になると、一旦、僕がそれを引き抜くのが暗黙のルールだった。かといって母がコンセントを戻すかというとそんな発想は無いらしく、部屋に戻った僕は再びコンセントを豚鼻に刺すことになるのだ。黄色い生き物を見つけたのはそんな時だった。
 毛の生えた黄色饅頭。それが第一印象だった。
 そこにいたのは五匹。五匹のもさもさ饅頭が、コンセントの豚鼻に争うように群がっていた。
 サイズは手の平に収まる程で、四本の足には青い爪があった。最初はポケモンだって分からなかった。僕が「ポケモン」と認識している大きさは、膝乗りサイズからだったから。
 だから最初はぎょっとした。この生き物を脳内で「虫」カテゴリに放り込んでしまったからだ。この場合の「虫」とはもちろん、台所に生息する主婦の黒い敵とかを指す。だから、思わず声を上げてしまった。
「うわッ」
 すると饅頭の青い眼が一斉に僕を見た。そうして文字通りクモの子を散らすように逃げていったのだった。一匹は部屋の壁を走ってカーテン裏に逃げ、二匹は争うように机の裏に逃げ込んだ。後の二匹は追いきれなかったが、ベッドの下とかタンスの裏だろう。
「……なんだ今の」
 気がつくと僕はコンセントを指すのを忘れ、机のパソコンキーボードにワードを打ち込んでいた。少々机の裏に警戒しながら。そうして「黄色 クモ 大きい」で検索した所、正体はすぐに分かった。
 饅頭の名は、バチュルと言うらしかった。
 いわゆる「虫」ではなく「ポケモン」の一種ということも分かった。タイプは「むし」「でんき」。平均サイズ十センチ。エサは電気。家庭の電源から盗み食いするのだという。
 なるほど。豚鼻に群がっていたのはそういう訳だったのか。僕は納得した。
 たぶん母が掃除していた時にでも入ってきたのだろう。
「くっつきポケモン。見た目はかわいいので虫ポケにしては女性にも人気、ね」
 僕はリンクを順々に流し見した。そうして、彼ら正体を知り、おおよその知識を得て落ち着くと、コンセントを指し忘れていた事を思い出したのだった。
「あ」
 僕は再び声を上げた。豚鼻に視線を戻すと、一匹のバチュルが近づいてきていたが、声に驚き逃げ出したところだった。

 窓に映る空が暗くなった頃、僕はSNS〔pixi(ピクシー)〕の日記に書き込んだ。
 居候がやってきました、と。
 七月が半分過ぎた頃だった。


 次の日になった。
 遅い午後に寝返りをうった僕が見たのは、豚鼻に群がる黄色饅頭達だった。音に気がついた彼らはやはり一斉に逃げていった。
 僕はむくりとベッドから起き出し、パソコンの電源を入れた。日記の反応が気になっていたからだ。
 そして僕はその結果に満足した。反応は上々だった。複数のレスがつき、[うp希望][さあ早くバチュルをうpる作業に戻るんだ]などと書き込まれていた。そうして最後に一番の友人――HNロックが[そういうクラスタの為にこんなコミュあるらしいよ]とのコメントと共にURLを貼り付けていた。
 クリックしてみると「居候バチュルの会」というpixiコミュニティだった。トップ絵はてんこ盛りのバチュル。バチュルに居候された人々が集っているらしい。とりあえず入会ボタンをクリックしておいた。ざっと掲示板を見ると住人達がたくさんの写真をアップしていて、なかなか盛り上がっている様子だった。
 そっと横目に豚鼻を見る。バチュルが一匹、近寄ってきていたが、そそくさと退散した。
「お腹、減ったな」
 僕はパソコンをスリープさせると、一階ダイニングに降りることにした。テーブルに用意されたタマゴ焼きを口に入れながら、彼らもまた食事を再開しているのだろうかと考えた。


 居候が転がり込んで二週間が経った。
 パソコンに映る動画を確認し、机の上に広げたノートにシャープペンでカリカリと音を立てながら、文字の羅列を量産する"日課"をこなす僕は、チラリと部屋の隅に目をやった。バチュル達が豚鼻に群がっていた。
 ここ最近、僕が見ているだけと学習したのか、逃げ出さなくなっていた。尤も、机から動くとダメだ。クモの子を散らすように逃げていく。けど、初めて出会った頃より、少しだけ距離が縮んだ気がして嬉しかった。
 再びこっそり視線を投げる。ふさふさとした黄色い塊がおしくら饅頭をするように蠢いている。対になって並ぶ大小四つの青い眼が見え隠れして、稀にバチっと火花が散った。下のコンセントが心配ではあるが、今の所トラブルは無い。
 僕はそっとペンの動きを止める。父の部屋から持ってきたデジカメを手に取ってシャッターを押した。が、大きな動きとフラッシュに驚いたのか、逃げられてしまった。プレビューで不意打ちの結果を見てみたが、黄色いぼんやりしたものが写っただけだった。
 ちえ、と舌打ちする僕を尻目に動画が終わり、テロップが流れ始めた。僕は動画の停止ボタンを押すと、椅子の背にもたれかかる。右腕が持ち上げるデジカメを見上げて、溜息をついた。


 数日が経った。デジカメにぼんやりとした黄色を溜め込む僕に、情報が入ってきた。
 バチュルの会会員達がうpする写真を恨めしく見つめ、黄色饅頭フォルダに蓄積する日々を過ごすうち、その一人に注目するようになったのがきっかけだった。彼(たぶん彼だろう)はHNナロウと名乗る人物で、バチュル歴十数年だという。上げる写真がとにかくかわいいのと、コメントが毎回ユニークで僕はすっかりファンになってしまった。
 その彼曰く、なんとバチュルは餌付けおよび、手乗りが可能だというのだ。餌付けすれば撮影もしやすくなるらしい。
 彼の弁はこうだった。バチュルは電気だけでなく、普通の食物も摂取する。身体をつくるためには電気だけではだめなのだそうだ。動物性タンパクを好み、肉や魚を与えると喜ぶらしい。
 ちなみに一番好きなのは昆虫類で、ゴキ○リが大好物なのだそうだが見なかったことにした。
 早速僕は次の日に試すことにした。いつもの時間に下りていくと、まるで空気を読んだかのようなものがラップした皿に乗っかっていた。ベーコン付き目玉焼きだった。
 僕は目玉焼きの部分だけを口に運び、最後に残った縞模様の肉切れをラップに包み、二階の自室に持ち帰った。
 土産を置き、距離をとる。すると情報通り。バチュル達がやってきて争うように食べ始めた。一匹が脂身の一部を素早くくすね、そそくさと机裏に退散したが、残りのバチュル達は残った切れを口にくわえ引っ張り合っている。小さな四足で必死に踏ん張って、身体を震わせ、同居人に取られまいとしていた。
 かわいい。
 僕はじっとその様子に見入った。その時間はあっという間だった。
 そして決心した。僕とバチュル達の間は直線にして二メートルと少し。けれど今に必ず縮めてやろう、と。いつかはナロウ氏の様に直接の手からごはんをあげて、手に乗せよう、と。
 それ以来、母が作り置きする朝食兼ランチのみならず冷蔵庫も注意して見るようになった。彼らが好みそうなものがあればラップに包んで持ち帰る。それが僕の日課になった。


 そうして一週間後、遂に当初の目的が達せられる時がきた。
「やった」
 プレビューの鮮明な画像に僕は声を上げた。
 ウインナーに舌鼓を打つバチュル達。あらかじめ床に固定したカメラのシャッターを押し、僕はついにくっきりと写る黄色饅頭らの撮影に成功したのだった。 
 撮影成功! そんな報と同時に添付された黄色写真ににpixi日記とバチュルの会は沸いた。
[かわええ]
[バチュルたんまじ電気]
 様々なコメントが寄せられた。
 友達のロックからもお祝いの書き込みがあった。
〔撮影成功おめ〜!〕
 装飾文字付きでそう書き込んできた。

〔お前、バチュルが来てから楽しそうだよな〕
 その晩にチャットした時、そんな事を言われた。
〔一時は心配したけどさ〕
〔なんか安心したわ〕
 そのように彼は書き加え、他愛の無いおしゃべりが一時間程続いた。


 母が仕事に行ったを確認すると、僕はいつもの様に降りていった。
 今日は何だろうと期待しながら、ダイニングのドアを開き、テーブルを見る。魚のフライが三つほど並んでいたので、一つ持っていってやろうと決めた。
 そうしてキッチンの炊飯器からご飯をよそい、隣の冷蔵庫から野菜ジュースを取ろうとした時にふと気がついた。
 冷蔵庫には一枚の紙が、モモン型マグネットでくっつけてあった。

 "――祭、開催"
 "保護者の皆様も是非お越しください"

 そんな文句が目に飛び込んできた。
「…………」
 数秒の間、その紙に目を奪われた。けど、すぐにテーブルに戻って、淡々と食事を始めた。
 バチュル達が居候してから一ヶ月と半分が経とうとしていた。


「最近、電気代が高いのよねえ」
 不意に母が呟いてドキリとした。
 あれから数日、ひさびさに家族揃っての夕食の時だった。普段はカントーに行っている父が珍しく帰ってきていた。
「冷房のかけすぎじゃない? 今年の夏、暑かったろ」
 グラスのビールを片手に父が言う。ぐびぐびと一気に飲み干した。
「そんな事ないわよ。そりゃカントーは暑かったでしょうけどこっちは全然。蝉が鳴き出したと思ったらすぐ聞こえなくなっちゃったし」
 それにね、と母は続けた。
「仕事の途中に林の近く通るでしょ。いつもなら大きい蝉が、夏の間十回くらいは自転車の横を飛んでくもんだから、ぎょっとするんだけど今年は全然会わないのよ。ま、会わないほうがいいんだけど……えーと、あの大きい蝉なんて言うんだっけ。ほら、忍者みたいな名前の……」
 テッカニン。
 僕は心の中でそう唱えながら味噌汁をすすった。
 懐かしい響きだ。まだ「あいつ」がこっちに居た頃で、僕らが小さかった頃、よく雑木林で追っかけまわしたっけ。どんどん加速をつけて飛んでいくもんだからちっとも捕まらなかったけど。
 確かに今年の夏は涼しかった。冷房をかけることはほぼなかった。家に一番長く居て"日課"をこなすだけの僕がそう思うのだから間違いない。
「買い替え時じゃないの? 冷蔵庫とかだいぶ使ってるだろ。旧い家電は電気代高いから」
「そうかしら」
 二人の問答は続く。そしてとうとう僕に回ってきた。
「ケイスケはどお? パソコンをつけっぱなしにしてない?」
「してないよ」
 僕は答えた。まぁ嘘は言っていない。電気を食う饅頭だったら五匹ほど居るが。
「そう……ならいいけど」
 母は含ませ気味に言った。
「でもケイスケ、勉強は大丈夫なの? ちゃんとやってる? 今度テストでしょ?」
「順調だよ」
 冷めた調子で僕は答えた。これもまあ本当だ。バチュル休憩は挟んでるけど、義務は果たしている。通販で買った参考書。パソコンで見る動画。この国の教育制度が求める学力は自室でつけられる。
 だが、母は一言多かった。
「本当に大丈夫? 動画の先生じゃあ、分からない事聞けないじゃない」
 イラッとした感覚が襲った。
 ああ、もう。また始まった。
「問題ない。この前のテストなら全部見せたじゃん」
 と、答える。少し声に震えが混じった。
「そうだけど……」
 ああ、また始まった。学習しない人だ。一言、二言で終わらせておけばお互いに嫌な思いをせずに済むっていうのに。
「母さん」と、父が止めかけたが、母は続けてしまった。
「でもね、お母思うのよ」、と。
 ああ、うざい、うざいうざいうざい。この先は分かってる。決まってる。
「やっぱりテストだけ受けに外に出るっていうのは……」
 それで張り詰めた糸がぷちんと切れてしまった。
 僕はかちゃんと持っていた箸を器の上に置き、立ち上がった。
「問題ないじゃないか。必要な点はとってるだろ。必要以上にとってるだろ! 学校はそれでいいって言ってんだろ! 何がいけないんだよ! 点はとってる!」
 部屋がシンと静まり返った。ブブブという冷蔵庫の音だけが聞こえた。
 僕は背を向けると、逃げるようにその場を飛び出し、階段を駆け上った。
 部屋の前まできた時に、少し落ち着きを取り戻して、同時にまたやってしまったと後悔した。せめて、居候達を脅かさぬよう部屋のドアはそっと開いた。
 暗い自室。机の上でカリカリと音がする。大小の二対の目が光っていた。
 壁のスイッチを押して照明をつける。居候の一匹がカリカリと講義DVDのケースを爪で引っ掻いていた。
「それ、食えないよ」
 僕はそう言うと、再び照明を落とす。毛布を持ち上げベッドに潜り込んだ。

 コンコンと音がした。あれからどれ位経ったのだろうか。音が耳に入って僕はうっすらと目をあけた。
「ケイスケ〜、もう寝ちゃったか?」
 ああ、このとぼけた声は父だ。
「ちょっと待って」
 僕は答えた。
「おう」と返事が聞こえ、急いでベッドから飛び起きた。照明をつけると部屋を見渡した。バチュルが二匹ほど、豚鼻にたかっていたが、机の裏に隠れてもらった。放置されていたラップもくずかごに丸めて入れた。
「いいよ」
 そう言うと、カチャリとドアが開き、父の顔が覗く。父は手にぶら下げた袋を持ち上げてみせ、
「タマムシデパートで買ってきた。うまいぞ」
 と、言った。
 袋の中から出てきたのは、モーモー牧場の木の実入りミルクタルトといういかにもありそうなお菓子だったが、これが存外に美味しかった。昔からだが、父はこういうのを見つけてくることに関しては天才的だ。タルトをつつきながら他愛の無い会話をぽつぽつした後に父は言った。
「お前、テストの順位、いいんだってな」
「うん、まあ」
 タルトを付属スプーンでつつきながら、僕は答えた。
「大したもんだ。俺の息子にしては出来がいい」
 父はそのように続けた。
「学校つまらんのか」
「……まあ。その……うん」
 曖昧な返事しかしない僕に、父は「そうか」とだけ言った。
 こういう生活を始めてもう十ヶ月くらいになるだろうか、と僕は回想した。
 家に引き篭もっても勉強できる。必要な点をとれば卒業できる。だから、その算段が整った時に僕は外に出なくなった。例外は年に何度かだけ。学校の指定する外部の学力検定テストを受ける時だけだ。
 別にいじめられたりした訳ではない。理由を語るのは難しい。ただなんとなく人との関るのが億劫になり、あの空間にいる必要を感じなくなった。
 きっかけはたぶん、「あいつ」が他地方に引っ越してしまったことだと思う。「あいつ」がいなくなった時、僕はふと思ってしまったのだ。
 ああ、これでここに通う理由は無くなったな、と。
 幼い頃からリアルの世界で「あいつ」とばかり過ごしてきた僕は、他の人間との付き合いに価値を見出せなかった。外に出るのだって、誰かと何かするのだって「あいつ」が行こうやろうと言うからだった。
 会話はできるし、生活に支障も無い。だが、ただひたすらに億劫だった。リアルの人間は僕にとって面倒くさいものでしかなかった。オンラインですれ違うくらいが丁度いい。
 もちろん「あいつ」とは未だに連絡をとりあっている。どこにいても今はインターネットで繋がりがもてるから。「あいつ」のネットでの名前はロックという。
 引き篭もっているのを彼の所為にはしたくないので、この事は黙っているけれど、最近どうもバレている気がしていた。
「……義務は果たしてるよ。果たしてると思う」
 僕はぼそりとそう言った。
「まあ、な」
 と父が苦笑する。
「まぁでも、母さんも母さんなりにさ、心配してるんだからな? そこはわかってやって欲しい」
「……うん」
 僕は生返事した。
 分かってはいる。けれど母が思い描くあるべき学生生活に僕は価値を見出せない。外に出るって事にも。
 それから会話は途切れてしまって、父も僕も黙ってタルトをつついていた。
「まあ俺はさ、どうこう言う気ないから。お前の好きにしたらいい」
 食べ終わった頃に父はそう言った。
「いつかくるさ。誰が何を言わなくてもここを出なきゃいけない。自然にそう思う時がさ。その時になれば身体が動く。俺はそう思ってる」
「その時になれば?」
「お前がいつかはわからんけどな」
 無意味なオウムがえしをする僕に、父は困ったように笑い、言った。
 その時。その時なんて本当に来るのだろうか。ちょっと想像がつかなかった。
 父はデパートで買ったいくつかのお土産を冷蔵庫に突っ込んで、次の日の夕方にカントーへ戻っていった。


 日課がまた始まった。休日に母が掃除に入るたびにバチュルを隠しながら、朝食兼ランチを残しながら、僕は彼らとの距離をつめていった。
 そうして居候から三ヶ月という頃、待ちに待った時は訪れた。
 ついに豚鼻の五十センチ前まで距離をつめた僕は、今日の馳走で彼らを釣った。
 今日はエビフライだった。
 バチュル達が机の裏から、ベッドの下から顔を出して、品定めする。僕は場所を動かない。饅頭らを辛抱強く待った。警戒しながらも、彼らは距離をつめてくる。ついに豚鼻前に正座する僕の前までやってきた。青い瞳は思案しているようだった。僕はひたすら怖くないですよオーラを醸し出すことに専念した。
 そして来た。一匹のバチュルがじりじりと歩みより、ぱっと僕の手からエビフライを奪い去った。すると残りの四匹がぴじょんぴょんと跳ねてきて一斉に飛びついた。
「……やった」
 手からとった。僕の手からエサを。僕は感動に打ち震えた。
 夜になって早速ロックに報告をしたら、呆れながらも祝福してくれた。
〔お前も飽きないね〕
 彼はコメントした。
〔でもあまり慣らすのもどうなのかな。居候とはいえ野生なんだろ?〕
〔それともボールで捕まえるの?〕
 そのコメント妙な感覚を覚えつつ、返事をする。
『いいや。母が許可するとも思えないし』
〔だよなーお前の母ちゃんあんま好きじゃないもんな〕
 今になって思えば彼は知っていたのかもしれなかった。


 一週間経った。
 すっかり手からエサを貰うことに慣れたバチュル達だったが、僕の部屋には異変が起こっていた。
 天井の隅、椅子、机などいろんな場所にバチュル達が糸を吐いて飛ばすようになったのだ。
 母に見つかってはまずいので、クモの巣が出来る度、僕はそれを処分した。手を伸ばして触れた糸はビリビリした。
 同時にバチュルの会にも同様の書き込みがなされるようになった。
[ビリビリする]
[キリがない]
[上に向かって飛ばすよね]
[なんだか練習をしてるみたい]
 次々に書き込みがなされる。
 するとコミュの古株達が待っていたかのように書き込みを始めた。
[今年もきたかー]
[もうそんな時期か]
[早いもんだ]
 さすがベテラン、余裕がある。その中にはナロウ氏の名前もあった。そうして少し時間をおいた後にこんな書き込みがなされた。
[今年もあのスレ立てますか]
[えー寂しい]
[でもしゃーない]
 あのスレ? あのスレって何だ? 僕は首を傾げる。
 そうして一時間ほど経った時、コミュに新規スレが立った。
『居候バチュルお別れスレッド』
 お別れ? お別れってどういうことだ?


 巣立ち。一言で言うならそういうことだった。
 バチュル達は一定期間を民家で過ごした後、ちょうど今の季節に旅立っていくのだとスレッドにはあった。風の強い日を見計らって彼らは屋根に上っていく。そして、空に向かってエレキネットを飛ばし、風に乗る。風を捕まえ上昇した彼らは、"運び手"を得る。
 画面の文字を何度も何度も追いながら、僕の目の前はぐらぐらと揺れていた。

 そんな。そんな。せっかく仲良くなったのに。
 これからなのに。これからだと思っていたのに。

 それからしばらくは日課が手につかなかった。


「お前達も行っちゃうのか? あいつみたいに」
 豚鼻に群がるバチュル達に問いかけた。彼らはしばしこちらを向いたが、すぐに電気代を増やす作業に戻ってしまった。

 ああ、どうしてなんだろう。
 どうして僕に近しい者はみんな離れてしまうのだろう。
 人も。ポケモンも。 いやロックのことはまだいい。連絡はとれているし、会うのだって全く不可能じゃない。
 けれど彼らは違う。このバチュル達は違う。確率からしたってもう僕らがこの先出会うことは無い。
 ああ、風なんか吹かなきゃいいのに! "運び手"なんて来なければいい!
 いっそボールで捕まえようかとも考えた。だが、母が許すとも到底思えなかった。

 ああ、そうだ。
 巣立ちを阻止すればどうだろう? 窓を閉め切って出れないようにすれば?
 けれど週に一度は母が掃除に入る。そうしたら窓は開いてしまう。
 ならば掃除を自分でしたら? いやだめだ、怪しまれかねない。

 追い討ちをかけるように部屋にクモの巣が増えていく。
 彼らは訓練している。"運び手"を得るその訓練を。
 日増しに巣が増えていく。取っても取ってもキリが無い。母に見つかるのももう時間の問題だ。

 ……行かせるしか、無いんだ。
 悩みながら一週間を過ごした僕は、一面クモの巣だらけになって電気を帯びる部屋の惨状を目の当たりにして、とうとう認めざるを得なかった。
 バチュルの会に巣立ちの報が書き込まれ始めていた。


 その休日は風の強い日だった。
 母が上がって来る前に急いでクモの巣を片付けた。痺れるとかそんな事は言っていられない。
 そうして僕は観念するように窓を開けた。母に引導を渡されるくらいなら自分でと思ったのだ。
 何より予感があった。外の天気がよく風が鳴っていた。巣立つならば今日こそがタイミングのように思えた。
 それに掲示板に書き込みがあった。昨日"運び手"を見たって書き込みが。投稿者の住んでいる街はここから北へ数十キロ地点。北から南へ渡る"運び手"は今日この町を通過する可能性が高い。
「たぶん、これが最後だ」
 僕は昨日深夜、冷蔵庫からくすねてきたハムを一枚、机の引出しから取り出した。バチュル達が寄ってくる。バチュルの体毛が僕の手に触れた。
 いよいよ風が強くなった頃に母が階段を上ってくる音がして、
 それが合図だった。

「入るわよ」
 そう言って、母がドアを開けたとき、もうバチュル達の姿は消えていた。
 壁をつたい窓から彼らは出て行った。
 あっけない別れだった。
「掃除機かけるわよ」
 母が言った。


 ダイニングに下りても落ち着かなくて、大きな窓から空を見上げ続けていた。
 風が強い。上空の雲がすぐ上を流れて、通り過ぎていく。
 母が降りてきた。それでも部屋に戻ろうとせず窓に張り付いている僕を見て、窓に映り込んだ顔が怪訝な表情を浮かべた。
 その時だった。
「あっ」
 思わず僕は叫んだ。北から無数の鳥影が、V字の隊列を組んで現れたのだ。
 しかも一つじゃない。隊列が三つ、四つ、五つ。高度はそれぞれ異なるが相当の数だ。
「あら、スワンナじゃない。秋も終わりねぇ」
 同じように空を見た母が言った。ついに運び手がやってきた。

 行くんだ。
 あいつらが、 飛ぶ。

 飛ぶんだ。

 窓を開いてもいないのにびゅうっと風が吹いた気がした。


「母さん、自転車貸して欲しい」
 気がつくと僕はそんな事を口走っていた。そして母の返事を聞かぬままに靴を履いて、家を飛び出していた。
 この時期に南へ渡るしらとりポケモン、スワンナ。
 その白い白い大きな身体につかまってバチュル達は遠く遠く旅をするのだという。
 僕が家を飛び出したその時、隊列が上を通り過ぎた。

 ――いつかくるさ。誰が何を言わなくてもここを出なきゃいけない。自然にそう思う時がさ。

 不意に父の言葉が蘇った。


 びゅうびゅうと風が顔を撫で、通り過ぎる。
 自転車に乗った僕は、ペダルをがむしゃらに漕いで追いかけた。距離はどんどん離れていく。
 居候の姿は見えない。けれどこのどこかに彼らがいる。

 走った。
 ペダルをがむしゃらに漕いで、僕は走った。
 走って、走って。もうペダルが漕げなくなるまで走って。
 街のはずれの河川敷に到達したとき、僕は自転車を止め、草むらに投げ出した。
 服は汗でぐっしょりで、風が吹いて身体を冷やしてくれた。

 南を仰ぐ。
 空の向こうにまだ小さく鳥影が見えていた。





『今日だった。見送ってきた』

 すっかり暗くなってから戻った僕は、そうロックに伝えた。
 豚鼻に目をやる。もうそこには何も居なかった。僕は続けてタイプする。
『実は俺、あれからずっと家に居た』
〔知ってる〕
『出る必要も感じなかった』
〔うん〕
『でも今日は出た』
〔ん、そうだな〕
 画面の向こうの彼は全部分かってると言いたげに、短い返事をただ返し続けていた。


 随分と寒くなってきた。
 居候が旅立った空には冬の星座が輝き始めていた。


  [No.1946] 脱字かな……? 投稿者:tokumei   投稿日:2011/10/01(Sat) 19:21:46   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 ポケスト掲載時から気になっていたので、二つ指摘させていただきます。
 久々に家族で夕食を、の場面。
 
> 「でもね、お母思うのよ」、と。

 お母「さん」? それとも、「おかあ」読みでしょうか。


 もう一箇所は、手からエサを取ったことを報告した場面。

> 〔でもあまり慣らすのもどうなのかな。居候とはいえ野生なんだろ?〕
> 〔それともボールで捕まえるの?〕
>  そのコメント妙な感覚を覚えつつ、返事をする。

 そのコメント「に」?  

 
 ※間違ってなかったらごめんなさい。


  [No.1974] Re: 脱字かな……? 投稿者:no name   投稿日:2011/10/07(Fri) 18:56:10   53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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ご指摘ありがとうございます。直して再提出しまっす!


  [No.1947] ウィズハート 投稿者:名無し   投稿日:2011/10/01(Sat) 19:24:36   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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誤字が見つけられない。
「、」が大発生していないかどうかを聞きたいです。



 ここから見える景色は変わらない。白い波、キャモメの鳴き声、吹き付ける潮風。なのに一番いて欲しいものはここにない。
 赤いバンダナを海風にたなびかせ、乱れる髪もそのままに、遠くを見つめていた。魂が抜けたような顔で。頭の中に浮かぶのは、ここにいない人のこと。
「どこ行っちゃったんだろう」
 机の上の手紙が風に飛ぶ。物音に後ろを振り返り、手紙と一緒にあったモンスターボールを取る。自分の代わりに、と置いていったもの。ボールを握りしめた。手紙の差出人、ダイゴのことを思い出して。
「ダイゴさんに、会いたいよ」
 育ちの良さを感じさせる綺麗な字で書かれた手紙を拾う。ここへ来るであろうハルカという少女に戻らないと告げた文面。二度と触れることの出来ないその人の表情、しぐさ、声まで会ったばかりのように蘇る。


 ハルカがダイゴに初めて会ったのは、石の洞窟という真っ暗なところだった。奥で明かり一つで採掘作業をしていたダイゴに、頼まれていたものを渡した。その時は不思議な人だという印象しか持たなかった。こちらには目もくれず、ひたすら作業をしている彼を特に気に留めることもなかった。
 次に会った時は、道の真ん中。明るいところで見たダイゴは印象が違っていた。薄く青い髪が風に揺れている。その動きはやわらかく、ふんわりとしたダイゴの髪。その時はまじめで冷静な顔をして、それなのに口調は情熱的に育成論を語っていた。
 それから偶然会うことが多くなった。その度にいいバトルセンスをしているとダイゴは言う。どうしてなのかハルカには解らない。それでも、つぼみをつけた花を眺めるようにダイゴは話しかけてきていた。集めたバッジを見せながらたくさん話しても嫌な顔一つせずに聞いてくれる。
 マグマ団とアクア団の抗争に巻き込まれてしまった時は手助けしてくれた。いつの間にかハルカはダイゴに感じていた。他の誰にも感じたことのない感情。ダイゴだけが特別だという想い。
 テノールの声を聞けばすぐに解るし、その後ろ姿を見ただけでハルカは駆け出した。驚かしてやろうと思っても、その数歩前に必ず振り向く。いつも失敗していたけれど、ダイゴは優しく迎えてくれた。
「ハルカちゃんは解りやすいからね」
 そんなダイゴの側にいることが出来るだけでハルカは幸せだった。海に囲まれた島の街、トクサネシティにあるダイゴの自宅に何度も遊びに行った。突然行っても嫌な顔一つしなかった。特別な存在ではないけれど、少なくとも嫌われてはいない。ハルカは時間が許すかぎり、ダイゴに会いに行っていた。
 それに負けたのか、ダイゴはカギを預けてくれた。もし、留守中に来た時に入ってていいよ、と。まさかそんなことをしてくれるとは思わず、嬉しくてその日は眠れなかった。迷惑にならないように、なるべく在宅中の時間を見計らって訪ねる。なので、カギを使ったのはほぼなかったけれど。

 ついにジムバッジが八つ揃った。そのことを報告すると、ダイゴは笑うこともなく、まじめな顔をしていた。
「楽しみだね」
 ダイゴからはそれだけ。おめでとうとも何もなく。次はサイユウシティのポケモンリーグに行くんだね、とこちらの予定を見抜いたかのように。あまり喜んでくれないことを不思議に思ったけれど、それは今考えれば当たり前だったのかもしれない。
 チャンピオンロードを越え、友達とも再会する。元気そうな彼に、思わず最近のこととしてダイゴのことを話す。とても不思議そうな顔をして聞いて来た。
「その人と、付き合ってるのですか?」
 そう聞かれて気づいた。そんな関係ではない。ハルカが一方的にダイゴが好きなだけ。それを子供だから仕方ないとダイゴが追い払わないだけのような。ダイゴが直接言ったわけではないけれど、急に不安になる。すぐに確かめたかった。けれど次に会う時はポケモンリーグのチャンピオンに勝った後だと約束した。ダイゴからそう言って来たのである。
「そういうのじゃないけれどね」
「そうなんですか? とてもその人のこと好きなんですね。初恋は実りにくいっていうけど、ハルカさんなら大丈夫ですよ」
「ありがとう! チャンピオンに勝ったら報告しなきゃ! じゃあね!」
 すぐ目の前はポケモンリーグ。南国の花々が鮮やかな彩りで迎えた。この先のチャンピオンを越えたら、ダイゴに会える。一刻も早く会いたい。そんなハルカの気持ちが、ポケモンリーグの挑戦を急かす。

 四天王との戦いは激しかった。悪タイプのカゲツ、ゴーストタイプのフヨウ、氷タイプのプリム。そしてドラゴンタイプのゲンジとの戦いに、ハルカは終結させた。よくやったとほめてポケモンを戻す。そしてゲンジは言った。次はチャンピオンだな、と。
「ありがとうございます!」
「ただし強いからな」
「はい! でも負けません」
 チャンピオンに勝てばダイゴに会える。そうしたら話したい事、聞きたい事。たくさんある。奥の階段を登り、チャンピオンとの戦いに備える。どんな人なのか、そしてどれくらい強いのか。けれど負けない。そのためにここにきた。ポケモンたちのボールを握って、ハルカは階段を駆け上がる。そして……。
「やっぱり来たね」
 待ち構えるのはダイゴだった。何がなんだか解らないハルカのために、ダイゴは最初から噛み砕いて説明する。ホウエンのチャンピオンなのだよ、と。
「初めて見た時から君はただ者じゃないとは思っていたけどね。ここまで来れるかどうか楽しみだったんだよ」
「じゃあ、チャンピオンに勝ったらっていう約束は……」
「そういうことだよハルカちゃん。さて、長々話していても仕方ない。ホウエンリーグチャンピオンとして、挑戦者に全力でぶつかるのだからね」
 ダイゴはポケモンを繰り出した。ハルカも応えるようにポケモンを出す。チャンピオンに勝てるまでと言ったダイゴが、目の前で勝負をしかけてきている。トレーナーとして、ダイゴの約束を果たすためにも勝たなければならなかった。
「行け、ライボルト」
 ハルカの指示で、ライボルトが電気を溜め始める。全身に電気を帯びて毛が逆立っている。そして目の前のポケモンに激しく電気をぶつけた。けれどダイゴのポケモン、エアームドは倒れる気配もない。相性だけではない。今までの相手より数段格上の相手。
「手加減はしない」
 勝てる気配は全くない。けれど勝たなければ。焦る気持ちがライボルトにも伝わるのか、静電気がたまっているのか。ぴりぴりとした空気がそこにある。この重圧にも勝てないと、チャンピオンを倒すには難しい。
 エアームドが動いた。あの動きはエアカッター。風を刃にして攻撃する技だ。そしてその技を使った後に一瞬の隙が生じる。それを逃さずハルカは命令した。電気タイプの最高レベルの技、雷を。閃光と轟音が室内に響き、エアームドが倒れる。
「さすがだね。けれど次はどうかな?」
 試すようなダイゴの言葉。答える余裕もなく、ハルカは次の命令をライボルトに伝えた。ダイゴのポケモンはどれも別格だ。集中しなければ、的確な状況判断が出来ない。
 こちらもライボルトを倒され、ダイゴのポケモンも何匹か引き出した。ハルカの手持ちは出ているポワルンと、砂漠の精霊フライゴン。どんなにレベル差があっても、フライゴンはその素早さで翻弄して来た。けれどダイゴのポケモンは格が違う。いつものように行くかかどうか解らず、出せなかったのだ。
「こちらも最後のポケモンだ」
 ダイゴの出したポケモンは見た事もなかった。メタグロスという種類だと教えてくれたが、それ以外は何も解らない。太い四つの足が体を支えている。そこからどう攻撃が出るのか、ハルカには想像もつかない。
「ウェザーボール!」
「遅いよ」
 メタグロスの攻撃が早かった。流星のように煌めく拳が、ポワルンをとらえる。小さなポワルンは、それだけで気絶してしまった。こんな強い攻撃は見た事がない。ハルカはポワルンを戻して、フライゴンのボールを見る。あんなに強い攻撃は見た事がない。もし、今の攻撃がもう一度きたら、フライゴンとて無事で済まない。
「フライゴンか。そうか、そうだね」
 ダイゴは笑う。メタグロスを待機させて。
「砂漠の精霊。その羽ばたく音が鳴き声だとずっと思われていて砂嵐の中も飛べる。相手にすると厄介なポケモンだよ」
「そうです。たいていのポケモンの攻撃は受け流せます」
「その通りだ。ハルカちゃん、次の行動は賭けだ。君の思ってる通り、僕は次の攻撃も同じ指示をする。ハルカちゃんはきっとフライゴンに一番強い攻撃を命じるだろう? メタグロスの攻撃が貫通するか、フライゴンが先に攻撃するか」
「解ってるんですね。でもそれ以外を命じたらどうするんですか?」
 ダイゴは何も言わなかった。ハルカもフライゴンに取るべき行動を伝える。そしてメタグロスが動いた。煌めく拳。フライゴンの翼をかすめた。
「いっけぇ!」
 フライゴンは羽ばたく。メタグロスが離れる直前、フライゴンの体が今までにないほど大きく動いた。近づいた隙を狙った。ハルカに指示された技を、至近距離でメタグロスに放つ。バネのように返されて、メタグロスの重い体が軽々と飛んだ。
「なるほど、勝利の女神はハルカちゃんについていたんだね」
 メタグロスのボールを戻す。そしてダイゴは両手を上げた。もうポケモンがいないことを示す合図。
「おめでとう! 君が新チャンピオンだ」
 まだ勝負の熱が冷めきれないハルカ。ダイゴに勝ったからといって、チャンピオンと言われても実感が湧かない。フライゴンを戻しても、何か違和感が残る。
「約束を守ったよ」
「何か違いません? 私、ダイゴさんとこうなるなんて思ってもなかった」
「参ったね。じゃあ後でトクサネの自宅においで。お祝いしてあげよう」
 勝負の場から去って行くダイゴ。後ろ姿も見慣れたものなのに、ハルカには何か違って見えた。ダイゴがチャンピオンだったという事実なのか、それとも見間違いなのか。解らなかったけれど、後で会いに行けるという予定だけがはっきりとしている。それだけでハルカは嬉しかった。
 すでにチャンピオンになったことなんてハルカの頭の中にはなかった。リーグ関係者に囲まれても、頭に浮かぶのはダイゴのことだけ。テレビ報道もインタビューも、何を言ったかなんて覚えてない。ここから早く抜け出して、行くべきところにいって。話すことなんてたくさんある。何から話題にあげようか、順番を考えて。
 しかし順番なんて考えても仕方ない。言いたいことは一つだけ。ダイゴにずっと抱いていた気持ちを伝えること。それだけだった。


 ここは変わらない。沖の白い波、野生のキャモメの鳴き声、涼しげな潮風。それなのにもう、ダイゴの姿はいなかった。置き手紙とモンスターボールを残して。
「僕の一番大切にしているポケモンをあげる。チャンピオンおめでとう!」
 何かが違うのだ。ダイゴは。ハルカが欲しいのはそんな言葉ではない。チャンピオンとして健闘を讃える言葉でも、大切なポケモンを送ることでもない。何が欲しいのか、そんなの解りきっていた。
「いつものように、ダイゴさんがいればそれでよかったのに」
 気づいた時には遅い。もう会えない人のことを想っても仕方ないのは解っている。けれど、そんなもの慰めにもならない。胸の中心が苦しい。初めての恋というのは実らないと言われても、こんな形で終わるなんて誰が予想できたのか。
 薄い青の髪、凛とした顔、テノールの声。忘れることなんて出来ない。ハルカはダイゴのことを一つずつ思い出す。強く吹き付ける潮風がハルカの髪を乱していった。


  [No.1949] Limbo 投稿者:Anonymous Coward   投稿日:2011/10/01(Sat) 20:47:55   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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更新履歴

2011/10/01 - 初稿

-----------------------------------------------------------------------------------

 ダウンロードが始まる。
 真新しさの残るスマートフォンを手に、家へと繋がる道を歩く。九月を迎え、方々の木々が緋色の衣替えを始める中にあっても、暑気を伴う夏の匂いは未だ消えることなく、あたしに纏わり付く。
(ダウンロード中……識別ID:0001765 名前:アニモ)
 ダウンロードの状況を示すプログレス・バーが、左から右へじりじり伸びていく。回線が混雑しているのか、いつもに比べて速度が出ない。
(ダウンロード中……識別ID:0001765 名前:アニモ)
 ディスプレイに目を向けるたびに、識別IDと「アニモ」の名前が瞳の奥へ飛び込んでくる。視線を注ぐ毎に、繰り返し繰り返しあたしの中に入り込んでくる。
 入り込んでくるばかりで、何を伝えたいのかは分からなかったけれど。

 *

 アニモがあたしの家にやってきたのは、あたしが生まれて一ヶ月も経たない頃のことだったという。
「これからは情報化社会だ。頼子には子供の時分から最新技術に触れてもらわなきゃな」
 新しい物好きだったお爺ちゃんが、ピンク色と水色のベニヤ板を貼り合わせて作ったような妙なデザインの「ポケモン」を買ってきて、あたしの傍に置かせたのだ。
 ベニヤ板、ではなくプログラムでできた体を持ち、電子空間に自由に入り込むことができる。情報通信企業のシルフ社が持てる最高の科学力を使い、ポケモンとしての仕様をすべて盛り込んだ、人類初の”人工のポケモン”。普通のポケモンとは、生まれも育ちもまるで違う。
 その名を「ポリゴン」という。
 お爺ちゃんはポリゴンをあたしに与えて、いわゆる情操教育に使おうと考えていたようだ。もっとも、それからも何に使うのか分からないモノをひっきりなしに買ってきていたから、大方ポリゴンも勢いで買って、情操教育という万能な理由をつけてあたしに押し付けたのだろう。そう考えるほうが自然だった。
 情操教育の名目で我が家にやってきたポリゴンだったが、お母さんもお父さんもそしてあたしも、一度も「ポリゴン」と呼んだことはなかった。あたしが物心付いて、記憶をしっかり残せる歳になった頃には、もう既に別の名前で呼ばれていた。
「おはよう、アニモ」
 ――「アニモ」。「アニモ」が、我が家のポリゴンの名前だった。

 *

 夏は去っていったはずなのに、日差しは未だ強いままだ。夏が終わったことを認めたくない、それは間違いだとでも言いたげな、噎せ返るような熱気。
 手の平で日差しを遮りながら、道の向こうに目を向ける。
「やれやれ、またヘソを曲げちまったか。待ってろよ、すぐ直してやっからな」
 ボンネットを開けて、エンジンを弄くり回している男の人の姿が見える。時折流れ落ちる汗をタオルで拭いながら、工具を中に差し込んだり、水を注いだりしている。
「こいつにゃ魂が宿ってるからな。そう簡単に潰すわけにゃいかねえぜ」
 車を修理する男の人は、生き生きとした表情を見せていた。

 *

 アニモの見てくれは、はっきり言っておもちゃみたいだった。カクカクだらけで、色合いはちょっとどぎついピンクと水色。目はボールペンで点を一つ打ったみたいな適当さ加減だ。
 だから、あたしはアニモをおもちゃと勘違いして、よく叩いていた。
「アニモー、いっしょにあそんでー」
「……」
 あたしに幾度となくぺちぺち叩かれても、アニモは無表情なままだった。遊んで、と言いながら叩いていたんだから、我ながら結構酷い。遊んで欲しいなら、せめて叩くべきじゃないだろう。
「こらこら頼子、アニモを苛めるんじゃないぞ」
「だって、アニモあそんでくれないんだもん」
「自分を叩くような子と、頼子は遊びたいか?」
「ううん。あそびたくない。やだもん」
「そうだろう? アニモだって同じさ。頼子やお父さんと同じように、アニモも生き物だからな」
「いきもの?」
「そうだ。見た目はおもちゃみたいだが、アニモは立派なポケモンだ。ピカチュウやプリンの仲間なんだ」
「バンギラスとかリザードンと、おなじ?」
「ああ、同じさ。妖精や怪獣のようなポケモンがいるなら、おもちゃのようなポケモンがいたっていいじゃないか。だから、アニモを叩くのはやめるんだぞ。アニモだって、痛いはずだからな」
 アニモが痛がっていると言われて、あたしは急に不安になってアニモを抱き上げた。
「アニモ、いたかった?」
「……」
 うんともすんとも言わなかったけれど、アニモから送られる視線は、いつもより少し寂しげだった。
「たたいてごめんね、もうたたかないからね」
「よしよし、それでいいぞ、頼子。これからはアニモと仲良く、な」
 叩くことを止めたあたしがアニモを抱くと、アニモはほんの少し体を傾けて、あたしに体重を預けた。

 *

 カツン、と乾いた音が聞こえた。
「羽が折れちゃった。これじゃ、もう飛ばせないな」
 路地で遊んでいる男の子がいる。足元には、ぽっきり折れた竹トンボの羽が横たわっている。
「いいや。またじいちゃんに作ってもらおうっと」
 男の子は壊れた竹トンボを迷わず側溝に投げ捨てて、そのまま向こうへ駆けていった。
 あたしが横を通り過ぎる様を、泥水を被った竹トンボが見つめていた。

 *

 定位置だったソファで、アニモは目を閉じたまま、いつものようにじっと座っていた。
「アニモ……もう、起きてくれないの?」
「……」
「あなた、ただ寝てるだけみたいじゃない」
 外から見ると、何も変わりないように見える。実際、何も変わらない。
 けれど、それは違う。アニモは変わった。変わってしまった。
 ”変わらないように、変わってしまった。”
 アニモはもう、変わることはない。どんな言葉にも、どんな動きにも、アニモは反応しなくなった。
「起きてよ、アニモ……あたし、寂しいよ……」
 予兆はあった。半年くらい前から、アニモの反応が鈍くなっていたのだ。動きも頼りなくて、右へ逸れたり左へ曲がったり。正確だった動きが、どんどん精彩を欠いていった。
 だから、覚悟はしていた。
 ──アニモは、もうじき”死ぬ”んだって。

 *

 それほど段数のない階段の先、乾いた砂の敷き詰められた境内から、白い煙が立ち昇っている。
 あたしはいつものように近道をするために、階段を上って境内を通り抜けていく。
「随分大切にされていたようですねえ」
「ええ。五つの頃に、母がくれたものなんです。いつも側に置いていました」
「いい心掛けです。人形も、貴方のような持ち主に会えて仕合せだったことでしょう」
 三十代前半くらいだろうか、落ち着いた風貌の女性が、神主と一緒にぱちぱちと音を立てる火の前に立っている。
 おかっぱ髪の日本人形が、赤々と燃える火に焼べられていた。
「人形はこうして供養してやるのが一番です。捨てるなど、もってのほか」
「捨てられた人形は、ジュペッタに生まれ変わると言いますから」
「さよう。かつて大切にされた人形ほど、手に負えない嫉妬を抱えるものなのです」
 炎が人形の体を焼き、魂を天へ送る。持ち主が、灰燼に帰していく人形をじっと見守る。
「最期まできちんと供養してあげる。それが、我々の務めなのです。人形にも、魂がありますから」
 人形供養の光景だった。

 *

 アニモが動かなくなったとき、あたしはちょうど一年前に先立った、お婆ちゃんのことを思い出していた。
 あたしが動かなくなったアニモを見て、目を腫らして泣きはすれど取り乱すことはなかったのは、昨夏にお婆ちゃんを先に亡くして、”死に別れる”ことがどんなものかというのを心に刻むことができたからだと思う。
 新しい物好きのお爺ちゃんとは対照的に、お婆ちゃんは古風な考え方だった。
「頼子、ものを粗末にしてはいかんよ」
「粗末になんかしてないもん。牛乳パックは生協に出してるし、あたし大根の葉っぱ好きだから」
「いい心掛けだね、頼子。古今東西、森羅万象には魂が宿ってるからね」
「何? シンラバンショって何?」
「し・ん・ら・ば・ん・しょ・う。この世にある、ありとあらゆるすべてのもののことだよ」
 森羅万象には魂が宿る。何度も何度も聞かされた、お婆ちゃんの口癖。
「どんなものにも、魂があるってこと?」
「そう。お婆ちゃんの割烹着にも、頼子の鉛筆にも、このちゃぶ台にも、それから──」
 皺の刻まれた指先の指し示した先、座布団の上に鎮座する小さな影。
  
「あーちゃんにもね、魂はあるんだよ」

 *

 河原沿いを歩く。斜面には、夏の日差しを浴びて背を伸ばした雑草がひしめきあっている。
 目線を落とした先に、鮮やかな緑と対をなす、黒と錆色の塊が転がっていた。
「粗大ゴミを捨てないでください!」
 白板に赤文字で大きく描かれた標語のすぐ後ろに、幾重にも積み上げられた”亡骸”が見える。
 テレビ・戸棚・冷蔵庫──かつて家で使われていた”家具”たちが捨て去られ、”粗大ゴミ”として河原に横たわっている。
 風雨に晒され錆びつき黴に塗れた姿で、ただ自然に還る時を待ち続けている。
「不法投棄厳禁! ゴミは自然を破壊します!」
 ……けれども、自然は彼らを受け入れてはくれないみたいだった。

 *

「お受けすることはできません」
 電話越しに聞かされたこの言葉を、あたしは今も鮮明に思い出すことができる。口調も声色も、そして受けた衝撃も。
「お気持ちはお察し致しますが、当方としては受理することはできかねるのです」
 アニモが動きを止めてから二日後のことだった。あたしは受話器を持ったまま、呆然と立ち尽くしていた。
「送り火山では……機械であるとか、ロボットであるとか、そういったものは受け付けられません」
「でも、ポリゴンは……」
「ポケモンであると仰られる方もいます。ですが──」
 先に大往生したお婆ちゃんは、さっきも言ったようにとても古風な考え方をしていた。けれど不思議なことに、最新技術のカタマリであるアニモのことは、しきりに「あーちゃん」「あーちゃん」と呼んでとても可愛がっていた。アニモもお婆ちゃんによく懐いていたから、一緒にいられるようにしてあげれば二人とも喜ぶ。あたしはそう考えて、送り火山の受付に電話を掛けた。アニモを、送り火山に葬ってあげたかったからだ。
 アニモにも魂がある、れっきとした「森羅万象」の一員だと、命を持った生き物だと、お婆ちゃんはいつも言っていた。
「ポリゴンも、人の手が入った『無生物』だと、こちらは解釈しております」
 その電話の結果が、これだ。アニモを送り火山に葬ることは、決められた方針でできない、とのことだった。
「申し訳ありませんが、受け付けることはできません」
「……」
 無言で受話器を置く。しばらく、言葉が出てこなかった。
 ようやく出てきた、喉の奥から絞り出した言葉は、
「アニモは……生き物じゃないって……っ」
 熱い雫を、伴っていた。

 *

 ダウンロードは終わらない。
 スマートフォンの背中が熱くなるのを感じながら、ディスプレイの上で紙をめくるようなジェスチャーをする。ダウンロードの進捗画面が引っ込み、アイコンの並ぶメイン・メニューの画面へ遷移した。
 二段目右端にある、手帳を象ったアイコンにタッチする。
「【週末★プレミアム】架空の人物のお葬式?!」
 インターネットで配信されるニュース、それを丸ごとスクラップして、端末に保存できるサービスがある。日付は今日から起算して十日前になっている。
「亡くなった方の冥福を祈るお葬式。実在した人にだけ行われると考えがちなんですが──」
「実は、架空の人物のお葬式が行われたことがあるんです。皆さんご存知でしたか?」
 親指を繰って、記事を下へ滑らせる。
 記事は、漫画や映画に登場した架空の人物の葬儀について書かれていた。ボクサーや拳法家、それに軍人。多くの人が参列して、実際に弔辞が述べられたという。
「──今となっては不思議かもしれませんけど、当時はそれほど大きな影響力があったということなんです」
「架空の人物にも、魂があるってことですね。なんだか夢のある話じゃありませんか?」
 架空の人物にも魂はある。この記事はそう伝えている。
 末尾に、漫画の広告が添えられていた。

 *

 あたしは、またしても電話口で固まっていた。
「では、手順をご説明いたします。お手元にマニュアルは──」
「ま、待ってください。今、なんて……」
「はい。お客様のポリゴンの、『再起動』の手順をご説明させていただきます」
 アニモが動かなくなって四日後、あたしはお母さんに「シルフのカスタマーサポートに電話してみたら」と言われ、朝から電話をつなげていた。
 カスタマーサポートの担当者は、あたしから二、三事情を聞き出すと、いきなりこう切り出した。
「でしたら、ポリゴンを再起動なさってください」
「再……起動……?」
 再起動、という無味乾燥な言葉に面食らっていると、電話口の担当者はさらにこう続けてきた。
「停止したポリゴンは、一旦中のプログラムを初期化して、再起動する必要があります」
「簡単な手順で、クラッシュしたシステムの復元が可能です。製品出荷時の状態にリセットされます」
「ただ、お客様の蓄積されたデータは、申し訳ありませんがすべて削除されます。バックアップをお持ちであれば、そこから復元することも可能です」
 停止。プログラム。初期化。クラッシュ。システム。リセット。データ。削除。バックアップ。復元。畳み掛けられるように耳へ投げ込まれる味のない単語が、アニモを”亡くして”まだ癒えきっていないあたしの心に、面白いように突き刺さっていく。
「もしよろしければ、弊社にて初期化作業を代行させていただきますが、いかがでしょうか?」
 そうか、そうなんだ。きっと、そういうことなんだ。
 ポリゴンを生み出した──あるいは作り出した人たちは、こう思っている。
 ”製品”。シルフの人たちにとって、ポリゴンは”製品”に過ぎない。
「……すみません。いいです、結構です」
 それ以上の言葉は、カケラも出てこなかった。

 *

 あと数分で、住み慣れた家に辿り着く。目に焼き付いた辺りの光景を確認するように眺め、あたしは歩き続ける。
 頃合いかな。そう考えて、カバンのポケットに押し込んでいたスマートフォンを引っ張り出す。
「Welcome to D.C.S.」
 タッチしたディスプレイに、流麗なセリフ・フォントで書かれた文言が映る。ダウンロードが終わったみたいだ。
 中央に配置された扉のアイコンに触れると、画面にワイプが掛かった。

 *

 デジタル・セメタリー・サービスをご存知でしょうか。お客様に是非お薦めしたいサービスとなっております──。
「先日は弊社にご連絡いただき、まことに有難うございました。至らぬ点が多々あり、申し訳ございません」
「あ、はい……」
 ……カスタマーサポートに連絡をして二日後、今度はカスタマーサポートの方からあたしに電話が掛かってきた。
「お客様のご愛顧を頂いたポリゴンについては、心よりお悔やみ申し上げます。お客様のもとで過ごした時間は、ポリゴンにとっても素晴らしいものであったと確信しております」
「はあ……」
 以前の担当者から引き継いだという別の担当者は、いきなり恭しく挨拶したかと思うと、続けざまに「デジタル・セメタリー・サービス」なる聞いたこともないサービスについて口にした。
「デジタル……なんですか、それ」
「はい。弊社の提供する『電子霊園』サービスです」
「電子霊園……?」
 担当者が言うには、”亡くなった”ポリゴンをシルフの管理するサーバに送り、そのサーバをポリゴンの霊園にするサービスらしい。
「お客様のポリゴンを『送信』していただき、弊社のサーバで管理いたします」
「インターネット接続が可能な電子機器があれば、世界中のどこからでも、二十四時間三百六十五日、いつでもお参りが可能です」
「維持費等は一切不要です。弊社が責任を持って、ポリゴンをお預かりします」
 次々に謳い文句を並べる担当者と、判断に迷うあたし。
「今の姿を永遠に留めたまま、お客様のポリゴンに安らかな眠りをご提供いたします」
「お客様以外にも、多くの方が当サービスを利用されております」
「いかがでしょうか?」
 感情にまるで整理がつけられない。何が正しくて、何が間違っているのか、判断ができなくなった。
 ……そして。
「……わかり、ました」
 言われるがまま、あたしは──

 *

 田園に沿って道を歩いていると、門扉の近くに微かな黒い燃え滓のある家があった。
(送り火、かな)
 送り火。お盆の最後の日に、霊界から訪れた親族の魂を、再び霊界へと送るための儀式だ。魂はお盆の間親族と共に過ごしたあと、送り火によって霊界へ送られていく。
 生き物の魂は、死後霊界へと”送られる”。老若男女、人間であるかそうでないかは問わず、例外なく魂はそこへ送られる。
 肉体から解き放たれた魂は霊界へと送られ、永遠の安息を迎える。お婆ちゃんからも聞かされた話だ。だから、きっと間違いない。
 だけど。
 だけど、どうしても分からないことがある。
「アニモ……」
 ……アニモは、これに当てはまるのだろうか。

 *

 お母さんにこっぴどく怒られて、あたしが落ち込んでいたときのことだった。
「……」
「アニモ……」
 アニモがふわふわと近づいてきて、あたしのすぐ隣に降り立った。三角座りでしょげているあたしの後ろへ回り込むと、アニモはすっくと立ち上がる。
「(とんとん)」
「……肩?」
「(とんとん)」
 後ろに回り込んだアニモは、前足であたしの肩をとんとん叩きはじめた。肩が凝っていると思ったんだろうか。よくお父さんの肩を叩いていたから、同じことをあたしにもしようとしたらしい。
「違うよ、アニモ。あたし、別に肩が凝ってるわけじゃないの」
 違う、とあたしに言われたアニモは、一旦前足を下ろして座り込んだ。
「(ぐいぐい)」
「……腰?」
「(ぐいぐい)」
 今度は腰をぐいぐい押し始めた。これはお婆ちゃんによくやっていることだ。いつも気持ちいいって言ってもらえるから、あたしにもしようと考えたみたいだった。
「腰も痛めてないよ。どこか、体が痛いわけじゃないから」
「……」
「いいよ、アニモ。肩も腰も、お父さんかお婆ちゃんにやったげて。今はいらないから」
 腰を押すのを止めると、アニモはあたしの隣へふわふわ移動し、そっと床に座り込んだ。

 *

 すべてのダウンロードが完了し、今のアニモの様子がスマートフォンのディスプレイに映し出されている。
 そこにいるアニモは、かつてとまったく変わらぬ姿で、あたしを見つめている。
(……分からない)
 ポリゴンは無生物であるという。プログラムでできた存在であるから、生き物ではない。そう考える人がいる。その一方で、ポケモンとしての要件をすべて満たしているから、生き物だと主張する人もいる。
 生物であるなら魂を宿しているし、生物でなければ魂はない。そう考えることもある。かと思えば、車や人形、架空の人物にも魂が宿ると言う人もいる。
 生き物か、生き物でないか。魂はあるのか、それとも無いのか。すべてが中途半端でどっちつかずなポリゴンと。
(生き物なのか、プログラムなのか、あたしには分からない。分からなくなっちゃった)
(どっちつかずなのは、あたしも同じなんだ)
 無数の声に振り回されて、はっきりと答えを出せない中途半端でどっちつかずなあたしの姿が、静かに重なり合っていく。

 *

 ――隣に座ったアニモが、無表情な、けれどどこか温かみのある瞳で、じっとあたしを見つめる。
「アニモ、どうしたの? さっきから、ずっとあたしにくっついて……」
「……」
 体をすり寄せ、時折首を揺らしながら、アニモはあたしから離れようとしない。
 しばらくアニモの様子を見ていて──あたしは、やっと気がついた。
「心配、してくれてるの?」
「……」
 アニモは何も言わず、あたしの体に体重を預けた。
「アニモ……」
 脇腹に伝わる、アニモの確かな重み。硬くて、無機質で、角張っていて……けれどそこには、アニモの強い思いがある。
 魂が、宿っている。
「ありがとう、アニモ。心配してくれてたんだね」
「……」
 アニモが、あたしにそっと寄り掛かる。あたしはアニモが愛しくて、その硬い体をぎゅっと抱きしめた。
「そばに、居てくれるんだね」
 こんなに安心したのは、初めてだった。

 *

 アニモはあたしの傍に居た。確かな重み、確かな存在、確かな思いを持って、あたしの傍にあり続けた。
 あの瞬間、アニモは生きていた。魂を宿して、あたしの側に居てくれた。ずっと、そう思っていた。
(そう、アニモは生きてた)
 ……けれども、今は。
(でも、あたしは分からなくなった)
 サーバへ送られたポリゴンは、カスタマーサポートの言った通り、動いていた頃の姿を留め、永遠にその存在が失われることはなく、サーバで終わりのない時間を過ごし続ける。
 もし、そこに魂が宿っているなら――肉体を葬られることで解き放たれるはずの魂も、体と一緒に永久の時間を過ごすことになる。
 天国にも、地獄にも行けないまま。
「……教えて。教えて、アニモ」
 壊れそうになるほど強くスマートフォンを握り締め、あたしがアニモに問いかける。
  
「あなたは、生きていたの」
「あなたに、魂は宿っていたの」
「あなたをそこへ送ったことは、本当に正しいことだったの」
  
 安定を失い、左右に揺れ続ける中で声を振り絞ったあたしの問い掛けに。
「……」
 アニモはただ、いつもと変わらぬ、変わらないように変わってしまった視線を、あたしに送り続けるばかりだった。

-----------------------------------------------------------------------------------

上記に対するCheckをお願いいたします。


  [No.1955] まみや 投稿者:けいと   投稿日:2011/10/01(Sat) 23:41:26   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 恋をすれば日常はがらりと変わる。誰かが言ってた。誰かって俺の叔父さんだけど。恋ってのは麻薬みたいなものだ。一度知れば、普通の日常は送れない。そんな叔父さんは職業ギャンブラーでいつも新しい恋とギャンブルに手を出してはいつも酷い目にあっていた。俺が中1に時に遂に行方知れずになった。
 叔父さんの迷言を俺は覚えてはいたが、それだけで、普通に毎日を送っていた。

「彼女に振られた」
「そいつはおめでとう」
「何故祝うんだ親友。あんなに俺に彼女ができた事を喜んでくれたのにいざ俺が彼女に振られるとその態度なんだ」
「うるさい。誰がいつお前に彼女ができたことを喜んだ」
「リア充死ねリア充死ねと笑いながら祝福してくれたじゃないか」
「してねーよ。全く祝福してねーよ。あー清々した。お前が彼女に振られて清々した」
 昼さがり、弁当を食ってうとうとしていたら前の席でそこそこ大きな声で会話しだした。あぁ、誰かと思ったら勇次と健太か。二人とも俺の小学校時代からの腐れ縁だ。この間、勇次の奴が『彼女できましたメール』を送りつけて着て健太と二人で『この抜け駆け野郎』と呪いの言葉満載の祝福メールを送り返してやった記憶がある。そのあと『窓を見たらカゲボウズが張り付いていた!マジビビったww』と健太からメールが来た。さすがポケモンは敏感だなぁと感心した。
「嘘だ―。拓郎だって俺の事祝福してくれてたよなぁ」
 俺に話題が降られた。とりあえず「黙れお前なんか全国の彼女無し男にリンチにされてしまえ」と健太の援護射撃をつとめる。
「ひどい、拓郎まで俺の傷に塩と唐辛子をすりこんでくるぅぅ」と泣き真似をしながら笑っている様子を見ると、立ち直りが早いのかそれとも演技なのか、多分演技だ。演じる余裕があるなら大丈夫だろう。
「で、何故振られた」
「やっと聞いてくれたな。分からんのだ」
「なんだそりゃ」健太と同じ感想を持った。なんだそりゃ。
「実はな、昨日、はじめてデートしたんだよ」
「死ね」健太は容赦ない。
「いきなりそれか」勇次は苦笑している。
「まぁいいや、続けろ」
「で、振られた」
「だからそれだけだと分かんないって。結果じゃなくて過程を話せ」
 そこでチャイムが鳴った。また後でな、勇次が離れていく。前の席の健太と顔を見合わせた。
「原因なんだと思う?」
「多分デート中に別の女の子でも口説いたんじゃないの」俺の叔父さんみたいに。
「そりゃないだろう」
「やっぱり?」
 先生が教室に入ってきて会話はそこで終わった。

 好きな女ができたらまずは贈り物を用意する。なるべく相手の意表をついて且つ好みを抑えた奴が効果的だ。頼みもしていないのに叔父さんはよくポケモンと恋の手ほどきをしてくれた。女って言うのはサプライズに弱い。バトルも一緒だ。どんな奴だって自分の予想していない事態には判断が遅れるもんだ。意表をつけば隙ができる。そうやって俺は勝ってきたんだ。げらげら笑ってそう締めくくっていた。別にその様子は格好よくはなかったがやたらと印象には残った。
 恋のアドバイスは全く活用する機会がないが、バトルのアドバイスは俺のポケモンバトルに大いに影響を及ぼして、そこそこの成績を収められるようにはなっている。

「ぶちまる」
 相棒であるパッチールは名前を呼ばれてこっちに来た。相変わらずどこを見ているのかさっぱり分からない渦巻き模様。じっと見つめると気持ちが悪くなってくる。車酔いする感じで。ぼふぼふと耳に軽くジャブを打つとぐらんぐらんと揺れる。おもしろい。
 放課後のバトルクラブで勇次の失恋話の続きを聞こうと待ち構えていたのだが、肝心の勇次が掃除を連続でサボった罰として居残り掃除をさせられているらしく姿が見えない。健太の奴は塾があるといって先に帰った。後で俺にメールで経緯を教えてくれと念を押してさっさと自転車で去っていった。そんな健太の頼みがあるため俺は帰るに帰れない。早く勇次の掃除が終るのを待つだけというまことに無駄な時間を持て余していた。ていうか、部長も顧問もいないこの運動場の隅のバトルフィールドで俺一人ぶちまるにジャブをかますだけのこの場でどうしろというんだ。暇だ。
 構ってくれるのが嬉しいのか、ぶちまるはされるがままにジャブを受け続けてぐるんと後ろ向きにそっくりかえった。あ、やりすぎたか。手を止める。ぐるんは一回きりですぐに立ち上がった。体柔らかいなこいつ。そのままこちらに歩いてきて元の位置までやってきた。何が面白いのかへらへらしている。こいつの表情はぐるぐる模様の目とへらへら笑いばっかりで、時々ぶちまるは何かを本気で考えることなんかあるのかと思ってしまう。多分ない。きっとない。あっても俺には分からないだろう。恋とかするのかな、こいつ。それ以前に俺は恋ができるのか。
 勇次の彼女できましたメールに対する呪いの祝福メールはぶっちゃけてしまえば健太の悪乗りに便乗して適当に恨み辛みをそれっぽく送りつけてやっただけに近い。現に、健太の所にカゲボウズは来たらしいが俺の所にはただの一匹だって来なかった。奴等の好物である怨念がこもってなかったからだろう。だって、俺は彼女欲しいかと言われたらよく分からないとしか言えないからで。そりゃいたら幸せなんだろう。ただその幸せという奴が恋という感情を挟んで得られるものだとしたら現時点で恋をしていない俺には彼女が出来ても幸せかどうかという自信がない。いや、自信とかいう問題じゃないと思うけど。要するに、俺は叔父さんが語る恋というものがなんとなく気にくわないわけで。あー上手く言えない。ぶちまるに対して延々とそんな感じの愚痴もどきをこぼす。
「なにやってんの」
 後ろから声をかけられた。振り返ったら田代さんがいた。

 リードされるかリードするか。基本的に女はリードされる方が多い。それが何故か判るか。昔からレディーファーストの精神があるからだ。女心は繊細かつ気難しい、時に嫉妬深く扱いに苦労する。女を怒らせたらいつも恐ろしいだろう?昔の男どもはそれを知っているから何事も女性に対して紳士的にふるまっていたんだ。嘘か本当か、半分は多分その場の思いつきであろう叔父さんの自論によると女の子というものは丁寧に扱うべきものだという事らしい。決してこちらからあれやこれや押し付けるべきではない。ちなみにこの自論は「要するにバトルは自分の流れに巻き込んだ方が勝ちだ!」という締めくくり方をされた。レディーファーストとバトルの流れがどこでつながるのかは未だによく分からない。

 スポーツドリンクを片手に帽子をかぶった田代さんは「日陰にくれば」と言って俺とぶちまるに手まねきした。秋が近いにもかかわらず残暑厳しいこの時期に日向でぶちまるをジャブしている俺が奇妙に映ったらしかった。お言葉に甘えて立ち上がる。ぶちまるがふらふらしながらついてきた。
 木陰は確かに涼しかった。
「誰もいないバトル場で何してたの」
「ぶちまるをジャブしながら愚痴を聞いてもらってた」
「なにそれ」
 くてんとさながらぬいぐるみのように木にもたれかかっているぶちまるをちらりと眺めた田代さんは「まぁ、ぽかぽか殴りたくはなるね」とジャブに関して同意してくれた。そんな田代さんのポケモンは確かクロバットだった。最終進化しているポケモンを連れている様子が珍しくて一時期クラブ内で噂になっていた。
「ニックネームなんだったっけ」
「カ―ミラ」小説知ってる?俺にそう聞いて、答える前に俺の反応を見とったらしい。「吸血鬼の小説」とざっくりとした説明をしてくれた。要するに、ズバットやゴルバットが『きゅうけつ』を覚えることから性別を含めて名前を頂いたらしい。
「物騒だな」
「こけおどしにはなるよ」意味を知っている人にしか効果ないけどね。けらけら笑っていた。
 その点、俺のぶちまるなんて見たままのぶち模様から取っただけでウルトラ安直だ。そう言ったら「分かりやすさが一番だよ」と田代さん。そうかもしれないとすぐ思いなおす。
「前田は絶対、特性は『たんじゅん』だね」
「かもしれない」
「否定はしないんだ」田代さんは楽しそうだ。そういう田代さんの特性は何だろうかと考える。思いつかなかった。
 本人に聞いてみる。
「『あまのじゃく』とか?」
 別に天邪鬼な要素が見つからなかったので多分違うと言っておいた。
「えー、なんか憧れがあるけどな。天邪鬼」
「どこに」
「響きに」不思議な憧れだ。感心してしまった。
 ぶちまるがいつの間にか俺の後ろに来てぐいぐいと服のすそを引っ張ってきた。なんだよ、と言うと田代さんを指差す。
「これ欲しいの?」
 ほとんど空っぽに近いスポーツドリンク。あぁ、喉が渇いたのか。そういえば俺も何となく喉が渇いた。自販機がここから少し遠いのが面倒くさい。
「買ってこようか?」
「え」
 田代さんの申し出に面食らう。
「向こうまで買いに行くのが面倒くさいって顔に出てたよ」やっぱり単純だ。帽子をかぶり直す田代さんをおもわずまじまじ見てします。
「でも、それはちょっと」
「スポドリの1本や2本、おごったげるよ?」
「いや女の子に買いに行かせるって」
「いーのいーの、ご褒美だと思いなさい」いつも頑張ってるんだからさ。ぽーんと肩を叩かれて、田代さんは走りだした。
 へ。
 ご褒美って、どういう事。

 誰かの知らないところで誰かが誰かのためになることをしていたとする。学生のお前に分かりやすく例えるなら、当番が運んで行かなかった提出物を全然関係ない人が親切で運んで行ったり、他人が捨てたゴミを当たり前のように拾ったり、そんなところだ。で、そんなことをする奴らってのは基本的にその行為が誰にも知られてないと思ってる。だから、いざその事を褒められると慣れてないからこれが女だったらここから先はちょろいもんだぜー、とここから先の叔父さんの教育上よろしくないと思われる女性の口説き方は聞いていなかった。どうでもいいし。

 木陰でぼんやりとぶちまるの耳を引っ張っていたら普通に田代さんが帰ってきた。
「あれ、ジャブじゃないんだ」
「飽きたから今度はどこまでこいつの耳がぶよぶよするか遊んでるんだ」
 嫌がっている様子は見られないので思いっきり引っ張ってから手を放してやるとみよよよんと妙な効果音がした。田代さんが口で言っていた。
「はいこれ」
 ぺと、といきなり首筋に冷たいものが当てられて「ひやぁぁぁ」と変な声を出してしまった。「ぴやぁぁぁ」とぶちまるまで似たような声を出す。同じことをされていた。
「あっはっは、そっくりだねぇ」
 元凶は声を出して笑う。冷たいスポドリをこんどこそ手で受け取る。ぶちまるは気持ちが良かったのかもう一回やってくれと頼んでいるらしかった。
「ぴやぁぁ」
 田代さんが爆笑した。たぶん、ツボに入った。「飼い主にそっくりー」失礼なことで笑っていた。
「ポケモンはトレーナーに似るって本当だねー」
「じゃあ、田代さんのクロバットは」思いついた事を言ってみる。「後ろから噛みついてきたりして」
 吸血鬼みたいに、と付け加えると「それはないない」と軽く否定されてしまった。
「もしかして、さっきの怒ってる?」申し訳なさそうな声になった。「いや、そういうわけじゃないけど」と言ってから、手の中の開けてないペットボトルにようやく意識が回った。
「やっぱり、おごってもらうのは悪いよ。金出す」
「だ―めだって。日頃から頑張っている人にはおごられる義務があるのだ」
 そんな義務聞いたことないよ、ぼやいてから「頑張ってる人?」聞き直す。「そういえば、ご褒美とか言ってたけど」
「ほら、前田っていっつも最後まで残ってバトル場ならしたりしてるじゃん。他にも審判の数が足りなくなったらすすんでやったりとか。そうやって頑張ってるんだから、今日は素直におごられなさい」
 妙な説得力のある言い回しで押し切られた。俺は「はぁ」と間の抜けたような声を出した。別に俺のやっている事は別段特別なことではないし、俺以外の人もやっているんだが。そう言ってみた。
「うん、その人たちにもおごったことあるよ」余裕の笑み。死角はないらしい。けど、その返事に何故かちくりとした。
 そっか、俺だけじゃないのか。安堵すると同時に、妙なざわつきも覚えた。なんというか、よく、わからないけど。
「じゃあ、頂きます」そう言ってスポーツドリンクに手をかけた。「それでよろしい」田代さんは満足そうだった。

 特別って思わせる事が大切だ。人間ってのは不思議なモノで、チビッ子の頃は何だって『あれも俺の』『これも俺の』って自分の、自分だけの、ってこだわる。大きくなっても心のどこかにはこれがしっかりのこってるもんだ。相手は自分だけには優しくしてくれる、とか、二人だけの秘密、とか要するに微妙なバランスの独占欲の満たし合いなんだな。で、恋っていうのはこれに気付いたら始まってるもんなんだ。叔父さんがそのバランス感覚が敏感だったかどうかは知らない。けど、少なくとも俺は意識した事はない。

 そのあと、田代さんは「今日は多分誰も来ないと思うよ―」といって去っていった。妙に、清々しかった。
 ぶちまるはすっかりスポドリを飲みつくし、のんびりしている。俺はまだすこしきつい日差しの方に目をやった。木陰から見る日向はどうしてこう眩しいんだろうとぼんやりしてみる。
 早く勇次の奴が来ればいい。そして振られた原因を聞きだしてとっとと帰りたい。ぶちまるの耳を引っ張る。「ぷぎゃ」変な声を出した。
 家に帰ったら健太にメールで報告して、飯食って、課題して、テレビでも見て、寝よう。日常っていうのはそういう事だ。別に今は恋はいらない。いらない、とかいう問題じゃないかもしれないけど。
 ペットボトルを握りしめた。これも、特別ってわけじゃない。ただの、そう、彼女流にいうなら「ご褒美」って奴。
 何故か帽子をかぶった田代さんの後姿がずっと脳裏にある。俺はこれから普通の日々が送れるのか。ちょっとだけ、心配になった。

 ぺし、とぶちまるが寄ってきて膝を叩いた。
 悩みなんてなさそうなうずまきがこちらを見ている、多分。
 ……まぁ、心配したところでこれが叔父さんのいう恋とやらを自覚したのかどうか、それすらも分からない。ただ、田代さんから普段俺が当たり前だと思ってやっている事を思いがけず褒められて、叔父さん流に言うなら『慣れてなくて』嬉しかった、だけだ。まさに『たんじゅん』だ。。
 きっと叔父さんにあれこれ言われ過ぎて俺が勝手に気にしてるだけだ。心配になってどうする。もはや、こう考えることもある種の言い訳にも見えてくる。思考までぶちまるのふらふらな動きのせいで混乱してきた気がする。気持ち悪い。日々の送り方に悩むとか、わけわからん。
 
 いまのところ、それだけ。考えるのをやめる。
 むぎゅうとぶちまるを抱っこしてみる。
 暑苦しい。早く来い、勇次。
 ペットボトルの中身はまだ半分くらい残ってた。


――――――――――――――――――――――――――――――――
誤字脱字等が見つかりましたらご報告よろしくお願いします


  [No.1960] まんまるふくろう、タマネギを待つ。 投稿者:匿名   投稿日:2011/10/02(Sun) 14:56:22   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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間違いや分かりにくいところがあれば、ご指摘していただけると幸いです。


まんまるふくろう、タマネギを待つ。



 広くなったり、狭くなったり、伸びて縮んで忙しい奴。
 タマネギさんいわく、普通は「長くなったり短くなったり」って言うんだと力説していたけれど、そんなの人それぞれ。
 長い一区切りを送ったり、短い一区切りを送ったとしても同じものだったなんて、ざらにある。
 ボクとキミと他の人と、感じ方が違ったっていいと思うんだ。 
 キミに言っても、待ち合わせが面倒になるから統一した方がいいって怒られちゃうけれどさ。
 次第に夜の帳も下りてきて、ウバメの森の木々が影を濃くしだした。
 うっそうと茂る木々の間に、祠のある小さな広間がぽつんと浮かんでいる、ほのかに光るその祠は、人間が催す祭りの主役であるべき奴が現れる予定の場所。
 あくびをかみ殺して町のほうに首を傾げれば、微妙に聞こえてくる祭囃子が木々の間から漏れて聞こえてきた。
 いきなりの衝動に負けて、「ぽー」と自動的にくちばしが開いて鳴くこと七回。    「ぽー」が七回ってことは、七時かな、わざわざ朝から待っていたのに、もうそろそろ夜だ。
 いつも寝ている時間からキミを待っているせいでボクは寝不足。 
遅いなあ、キミ。
ボクの乗っかっていた枝も少しぬくまってきてしまったので、近くて太い枝を見つけてぴょん、と飛び移った。
衝撃でゆれる木と視線の斜め下辺りにはほのかに光る祠がある。
 いまさらだけど、ボクのこの「ぽーぽー癖」はどうにかならないかな。 
人間は体内時計がなんたらかんたらだとか言い出して、とれーなーとかいう人たちの中には僕らの「ぽーぽー癖」を目当てにボクの仲間を捕まえる奴らがいるみたいだけど、ボクにはこんな難癖、必要ないんだ。
こんなボクに言わせてみれば、人間達の方がせかせかしすぎなんだよ。 
見ているほうは飽きないし、面白いからいいけれど。
でもさ、森でばったり会ったときにはいきなり人間の仲間をけしかけて攻撃してくるのには閉口するよ……せかせかしているせいかは分からないけれど、やたらと強いし。
そんなことは放って置いて、ゆさゆさ体をゆすって、クックックって言いながらリズム取りをして遊んでみる。
まだかな、まだかな? 毎年のことではあるけれど、タマネギの来る時間はばらばらすぎる! 去年は朝だったし、一昨年は夜になってお祭りが始まってからだった。 
いつから待っていればいいのかわからないし、遅いときはいつになっても来やしない!
揺れる尻尾と丸い体でリズムを取りながらぷんすか愚痴を言っていたら、いきなりガサガサーって音が聞こえ出した。
空気の波がうねっては葉っぱを揺らして、あっちこっち行きかいだせば、ガサガサーって言いながら空気の波がぶつかった木が、葉っぱも枝もゆさゆさ揺れる。
木々の間からこぼれた波はそのまま風に変わって、どっか遠くへさようなら。
「ばいばい、またね」
そう言って、吹き抜ける風にくちばしでご挨拶。 
挨拶を送った風は、あっという間に消えていった。
いつだったかな、「今」ってものは風みたいにあっという間に過ぎ去るものなのに、横を見れば過ぎ去ったはずのものがそこに在るものなんだって、タマネギが言っていた。
 ガサガサーという音はいつの間にかザザザーという音に変わって、古い祠の周りに空気の波がいくつも当たる。
 毎年のことだからだんだん慣れてきた、タマネギの登場は大げさすぎると思うけど。
「今年は祭りに間に合ったね、タマネギさん。」
 一昨年なんて、祭りが終わりかけてからのご登場だったんだもん、祭りに参加することは出来なくても、祭りのBGMを一緒に聞くのはすごく楽しいのに終りがけに来られちゃゆっくりと聞くことも出来ない。
そのうち祠が放つ光がいっそう強くなり、空気の渦がぱっと散った。
 中から出てきたのは、タマネギ。
 もちろん、ただのタマネギじゃない、緑色だ。 
ボクの仲間はタマネギじゃなくてらっきょだといっていたけれど、タマネギが一番似合ってると思うんだ、そうでしょ? 頭の形とか、頭の形とか。
このタマネギは自分で「時間も渡っちゃうんだぜー」っていつも自慢してくる。
時間飛び越えるのって、そんなにいいことなの? 
とにかく、時間も渡れるすごい奴だけど、ボクはあえてタマネギって呼ばせてもらっているんだ。
なんかよくない?
「よくない、やめやがれ」
 大きな目を半分閉じてじとーとボクをにらむタマネギさん。
「おかえり?」
 そんな目をしてても、口元は笑っているから怖くないよ、一年ぶりだね、タマネギ。
 言ったつもりは無いのに返事があったって事は、ボクはまた独り言を言っていたのか。 
 この癖も、直したいのになかなか直せない。
 一年ぶりに会ったタマネギは相変わらず、小さい羽を一生懸命動かして……
「念力で飛んでいるんだ、羽なんて動かしてはいないからな」
「じゃあ……頭、重そうだね」
「ほっとけ、他に言うことはないのか」
 緑のスペシャルタマネギは手をのばして頭をかこうとするけれど、微妙に届いていない。
 やれやれというしぐさなんだろうけれど、ちゃんとしぐさが出来ていないのに気づく気配はここ数年、まったく無い。
 何で分かるかって? 
毎年最初は、同じような軽口を言い合って、タマネギは毎年同じしぐさをするからだよ。
単純に、同じ話題が無いからそうなるんだけど、これが楽しいんだ。 
「やっぱり、頭でっかちは大変そうだね」
「頭でっかち言うな、これでも一応神様に近いって言われる種族なんだぞ、オレ」
 細かいことは気にするなよ、それにそんなことばっかり言っていると剥げるよ。
 それに、神様にしては言葉遣いが悪いような気が……タマネギの視線が痛い。
 タマネギの大きな目で見られると、目が大きい分迫力があって怖いけど、やっぱり口元は笑っているんだね。
 くあーと、くちばしからあくびが漏れてしまった。
 それに気づいたタマネギが大丈夫かよと一言。
「タマネギ、来るのが遅い」
 祭りがある日にくるのは分かっても、何時に来るのかは分からないからいつだって待ちぼうけだ。
「別に待っていてくれと頼んだ覚えは無いけどな」
「毎年ボクが待っているのを期待しているくせに」
 そんなわけ無いだろうとつぶやくタマネギの声は少し震えている、ようなきがする。
 ボクもタマネギみたいにエスパータイプだったら、もっとキミの気持ちが分かるのかな。
「そもそもさ、なんでホーホーがオレのことをタマネギって呼んでいるんだ。 ちゃんとセレビィって名前で呼べよ」
「やだね」
お前なあ、とタマネギの悪態をつく声が聞こえるけれど、知らん振り。
 そんなことをしたら、一気に遠い存在になっちゃうじゃないか。 
 キミは、カミサマに近い存在なんだろ? ただのふくろうには手が届かない存在になってしまうじゃないか。
 毎年キミをこの場所で待っているのはボクぐらいなんだから、そのときぐらい種族の違いとか気にしなくてもいいじゃん。 
だから、キミのニックネームはタマネギ。
「まあ、毎年律儀に待っていてくれるのはお前ぐらいだけどな、立派になったな……老けたか?」
「最初に会ってから何年たったと思っているのさ、タマネギは全然変わらないね」
「オレにとっては、ついさっきお前に会ったばっかりだったのにさ。 ここに来るたび何もかもが変わっていやがる」
 さびしそうにふにゃんと垂れ下がったタマネギの触角はしおれた花みたいだ。
 そんなさびしそうな顔するなよ、だから毎年ボクはここでタマネギが来るのを待っているんだから。
 ボクは、キミの時間旅行にはついていくことが出来ないからね、ここで待っているんだ。
 時間を渡れるのはすごいと思っても、うらやましいと思えなくなったのは何時ぐらいからだのことだろう?
 「……さて、今年は何か変わったこと、あったか?」
 さっきと同じ口なのに、そこから出てくるのは軽口ではなく、真剣な声と話。
 あっという間にしょんぼりタマネギは居なくなったけれど、その触角は垂れ下がったまま。 バレバレ、分かりやす過ぎるよ。
 声だって、元気が無くなっちゃってるしね……。
 カミサマに近いって大変だ。
 来ると淋しくなるって分かっているのに、祭られているからには毎年この森と町を元気にしに来なくちゃいけないんだ。
 知っているのに、知っているはずのものが一瞬で変わっていくのはどんな気持ち?
 たとえば、去年まであったヤドンの井戸の看板とか。
 もうすぐ新しい看板が生えてくるみたいだけど、こんな小さな違いから、そこにいる生き物の変化まで、ちょっとずつ、時々たくさん変わっているんだ。
 タマネギにどんな気持ちかなんて聞くつもりは、一生無いけれどね。
ボクにはどうしようもないからと自分に言い聞かせたら、しょんぼりタマネギは見なかったことにして今年の現状報告。
「タマネギの今年の仕事は、白ぼんぐりをたくさんとる人がいたせいで元気をなくしているのを元気にすると、森の入り口、人間がいつもいあいぎりで倒す木も切り倒されすぎて流石に弱ってきているみたいだから、それもかな。 まだまだ一日で生えてくるぐらいは元気だけどね、来年までは持たないと思う」
  話しているうちにリズムに乗ってくちばしに体、尻尾までぴょこんと揺れるのはご愛嬌。
 うれしくてもそうじゃなくても思わずゆれちゃうんだ、癖って本当にいやだね。
 分かっていても直せないし、なかなか気づくことも出来ないんだから。
「またかよ、去年もぼんぐり弱っていただろ。 オレが元気にさせに来なくなったらどうするつもりなんだよ」
 また、届かない手で頭をかこうとしている。 
手が届いていないことにはやっぱり、気づいていない。
でも、しょんぼりタマネギは消えちゃって、口元にはあきれたような苦笑い。
変わらないんだな……ってつぶやいてるタマネギ、おもいっきり去年と違うのに気づけ。
「毎年弱るものは、変わらないな」
「そうでもないよ、少しずつは変わってる。 去年はいあいぎりの木、元気だったし」
 変わらないのはキミの力をもってすれば、元気になるのもあっという間って所だと思う。
 そうか? と返すタマネギの顔は、相変わらずの苦笑い。
ボクが始めてキミに会ったときは、人に聞かずに自分で弱っている木たちを探して、元気にさせて、その顔は余裕なんてあるはずもなくしかめっ面。
ボクが話しかけても、迷惑そうに無視をしていただけなのにさ。
しつこく話しかけ続けてたらいきなりクイズを出されたけど。
答えが分からなかったボクをからかいながら、来年も来ると告げられたのは何年前で、次の年に仕返しをしてやろうと待っていて驚かれたあの日は、キミにとってのどれぐらい昔なのだろう?
 あたりはすっかり暗くなって、人間達の祭りも盛り上がりを見せているようだ。
 お祭りの騒ぎようはボクらの耳にも届いている。
 参加できないのは分かっているけれど、一度あんなふうに騒いでみたいな。
 それじゃあいつものクイズ、確認だよ?
 キミが始めてボクを見てくれたときの、このクイズ。
 もし、このクイズにボクが答えられていたなら、この奇妙な関係はどうなっていたんだろうね。
 そんなこと、誰にも分かりはしないんだろうけれど。
「いっせーのーでっ」

「「過ぎると来るの、なーんだ?」」

 今日の祭りは、人間達のタマネギを祭るお祭り。
 何故か主役はこんな森の中にいる、変な祭り。
 でボク達はポケモンだから、その中には混じれないけど、人間もポケモンも変わらないよ、お祭りは一つのきっかけだから。
 普段とは違う特別な時間。
 でも、主役ぐらいは入れてあげてもいいと思うけれどなあ?
ボク?
 ボクは入れなくても楽しい気分になるのは一緒だから満足。
聞いていられるだけで充分だ。
 うん、充分なんだ。
だってさ、人間の集まる所は怖いらしいし!
 仲間に聞いたらおいしそうなのとかは「お金」とかいうのが無いと貰えないっていうし。
 「お金」あっても、人間つきのポケモンじゃないと攻撃されるって聞いたし・・・・・・。
人間のバカ、ケチ、お祭りのときぐらいおいしそうなの分けてくれてもいいじゃんか。
 そ、それにあんなまぶしいところになんか行ったら、目が痛くなりそうなんだ、一度は入ってみたいけれど……人間、こんなときぐらいボクらも混ぜてよね!
 ……はっ、違う、ボクは祭囃子を聞いているだけで満足だよ、そうだよねタマネギ!
 勢いよく隣を見たら、タマネギが自分の祠を掃除してた。
 静かだと思ったら……!!
「オレはやることがいっぱいあるんだよ、お前の考え事は長すぎる、付き合ってられるか」
 そういいながら自分の祠を掃除するカミサマってさ、なんかいろいろと間違っている。
 このタマネギ、放っておいたらずっと掃除やら、森の手入れやらしてそうな勢いだ。
 せっかく来たんだから、何時ものせかせか忘れてさ、やるべきことも後回しにして遊ぶのに夢中になってみたらいいのに。
 時間に振り回されてばっかで自分の事は気づけないキミも、変な癖だらけのボクだって、お祭りの今日ぐらい、時計の時間はしまっておいて、僕らの作った時間の区切りで遊ぼうよ。
 祭りには参加できないけどさ!!
 ボク、今いいこと言ったよね?
「おいおい何言ってるんだよ、って」
 タマネギさんのぴよんと出た触角をくちばしで挟んで飛び上がる。
 今日の祭りが終わって、明日になったらタマネギ、キミは別の時間に行ってしまうから、
そのときはちゃんと笑って送り出してあげるし、来年も待ってる。
 だからさ、ちょっとだけでしょ?
タマネギ専用にいたずらの罠も仕掛けたりと準備万端なんだから、去年連れまわした場所とは別に、きれいな場所も見つけておいたんだから、付き合ってよ。
「ちぎれる、ちぎれる?! 引っ張るなこのフクロウ! 」
触角ぐらい千切れてもいいじゃんか、掃除なんか始めるのが悪いんだからな!
「いだだだだ、飛ぶから、自分で飛ぶから離せ! 」
 ばたばた暴れるものだから、思わずタマネギの触角を離してしまった。
 すでに森の木々を下に見ることができるぐらいに飛び上がっていたのが災いしてか、いきなり放すなーとかいいつつ落下していくタマネギ。
 もちろん、木々の塊に突っ込む前に自力で浮かびなおしたけれど。
 空から見ているとさらにはっきりと聞こえてくるお祭りの音。
 今日すごす時間が何時もよりもずっと広く、長く送れるように。
 きらきらと光る空の下で、精一杯飛びまわってみせるよ!


  [No.1965] 誤り……かと 投稿者:John Doe   投稿日:2011/10/04(Tue) 17:00:59   31clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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> 前に大きなフナの木が見えてきました。
>このフナの木は、オレたちオニドリルのなわばりなんだ。」

ひょっとして、ブナの木でしょうか?


  [No.1973] 記念日 投稿者:閲覧   投稿日:2011/10/06(Thu) 23:01:15   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 誤字脱字などありましたら。


(以下本文)


 ある町の通りをのんびり歩くあなたの肩を、誰かが叩きます。誰が何の用だろう、とあなたが振り向くと、女の人が小さな手帳を持って何か尋ねたそうにしています。深紅の長い髪に優しい浅葱色の目をしています。知らない女の人です。
 あなたが立ち止まって待っていると、彼女は手帳のあるページを開いてあなたに差し出しました。そこにはこう書かれています。
『仲良しの女の子にプレゼントを贈りたいのですが、どんなものがいいのでしょう? その子はおてんばだけど素直な、小さな女の子です』
 それから女性はボールペンを取り出して、こう書き加えました。
『今日は私とあの子が出会った、記念日なんです』
 あなたはしばしの間考えます――こういうことは目の前にいる女の人の方が詳しそうなのにと不思議に思いながら――そして考えた末、あなたはこんな風に答えます。
 小さな女の子なら、ぬいぐるみやお人形でしょうか。
 おてんばなら、外へ持って出て遊べるおもちゃもいいかもしれませんね。
 おもちゃでなければアクセサリーなどどうでしょう。
 そうだ、小さな子どもなら絵本もいいんじゃありませんか。
 それから、誕生日やクリスマスみたいに、美味しいケーキを食べるというのはいかがでしょう。
 女性はあなたの言葉にうんうんと頷きながら(彼女は喋れないけれど、耳の方は問題ないようです)熱心にメモを取ります。そして、手帳に『ありがとうございます』と書いてあなたに見せました。今からもう仲良しの女の子の喜ぶ顔を想像しているような表情で、そこからも彼女の感謝の気持ちがうかがい知れます。
 あなたはどういたしましてと述べ、別れの挨拶をしてその場を去ります。女性に背を向けて歩きかけたその時、あなたは一言付け足そうと思い立ってくるりと振り返ります。
 けれどあなたに見えたのは、通りを風のように駆けていくゾロアークの後ろ姿だけでした。
 あなたはぐんぐん小さくなるゾロアークを見送ります。そして、あなたは言い損ねたことをほんの少し気にするけれど、再び通りをのんびりと歩いて行きます。

 ここであなたとゾロアークの気まぐれな出会いは終わり、この続きに書いてあるのは、あなたと出会った後のゾロアークのお話です。


 ゾロアークは店がたくさん並んだ通りに着きます。遠目にもキラキラしたアクセサリー屋にカラフルな看板を掲げたおもちゃ屋、落ち着いた佇まいの本屋に甘い匂いのするケーキ屋、さっき尋ねたものが全部この通りに並んでいます。ゾロアークはとりあえず順番に巡ってみようと、通りの店の一つへ入って行きました。
 彼女はまずアクセサリー屋に入りました。入った途端、ゾロアークは途方に暮れました。なぜって、種々様々なアクセサリーがあちらの壁にもこちらの棚にも飾られていて、一体どれを選べばいいのかゾロアークには見当がつかなかったのです。
 すっかり弱った彼女はこう考えました。これだけたくさんのものを売る人間という種族は、たくさん売っていっぱい買うのが好きなのでしょう。ならここでもいっぱい買うのが正解のはずです。そう考えたゾロアークは、店にあったアクセサリーをひとわたり買ってしまいました。髪飾りを一つ、首飾りを一つ、ブレスレットも一つ、ブローチも一つ……という具合に。
 アクセサリー屋の店員に目を丸くされながら買い物を済ませ(お金は幻影ではなくてちゃんとした本物です)、彼女は急に膨らんだ荷物を抱えて次は本屋に向かいました。本屋でも彼女は同じことをしました。つまり、目ぼしそうな絵本を全部買っていってしまったのです。
 すっかり重くなった荷物を両腕に提げて、今度はおもちゃ屋に向かいます。おもちゃ屋に入った途端、ゾロアークは腕が抜けそうな感覚を味わいました。なぜって、おもちゃ屋は本屋やアクセサリー屋よりもずっと広くて、売ってあるものの種類も比べものにならないほど多かったのです。けれど彼女はここでも買い込んで、重たい重たい荷物を両腕と背中で支えて店を後にしました。ぬいぐるみに人形にボールに水鉄砲にフラフープ……とにかく色んなものを買ったとだけここに書いておきます。

 重い荷物を抱えたゾロアークは最後の店に向かいます。甘い匂いのする、こぢんまりとしたケーキ屋です。そこでもケーキをひとわたり買おうとしたゾロアークの目に、あるものが目に入りました。それは、ケーキではありませんでした。それはケーキが乗っていたトレイに置かれた、ケーキの説明の紙でした。もう説明するケーキは全て買われてしまってそこにはないのですが、そこに何があったのか、小さな紙がしっかりと説明していました。
『きのみをふんだんに使った、ポケモンも食べられるケーキ……大好きなポケモンと一緒に』
 写真も付いていました――ふわふわのスポンジにきのみがたっぷり乗った、見るからに美味しそうなケーキです。
 これだ、と彼女は思いました。このケーキなら女の子とゾロアークが一緒に食べることができます。普段、女の子とゾロアークが食べるのは別な種類のものです。けれど、これなら女の子とゾロアークで同じものを味わえるのです。同じ味のものを食べて、美味しかったかどうか感想を言い合うのです。それはとびっきり、いい思い付きに見えました。けれど、そうしようにも肝心のケーキが売り切れてしまってありません。ゾロアークは店員に新しいケーキはいつできるのか聞いてみました。返事は芳しくなくて、明日――つまり、今日はもう作らないと言うのです。ゾロアークはアクセサリー屋に入った時よりも、おもちゃ屋に入った時よりももっとずっと途方に暮れました。力が抜けて、気分も沈みました。明日ではもう間に合いません。ゾロアークはずっかりしょげかえって、ケーキ屋では何も買わずに、重たい荷物を背負って家に帰りました。

 ゾロアークが家(普通の人間が住むような家です)に帰ると、先に上がり込んでいたらしい仲良しの女の子が奥から飛び出して来ました。
「きつねさん、おかえりなさい!」
 ゾロアークは荷物を降ろして手帳でただいまを伝えます。女の子は今にも天まで舞い上がってしまいそうなほどはしゃぎながら、ゾロアークにこう言います。
「ねえきつねさん、今日何の日か知ってる?」
 ゾロアークはどきりとしました。もちろん、ゾロアークがその答えを知らないはずはありません。けれど、いっとう欲しかったケーキを買い損なったのと、自分が山ほど買ってきたものが急につまらなく思えてきたのとで、ゾロアークは返事に詰まりました。
「今日はね、わたしときつねさんが出会った日だよ」
 女の子は気にせず続けます。
「あのね、だからね、お小遣いでちょっと買い物してきたの」
 続く彼女の言葉にゾロアークは驚きました。女の子は冷蔵庫から箱を抱えて持って来て、ゾロアークの目の前でちょっぴり手こずりながら開きます。すると中から、きのみの甘酸っぱい匂いが立ち昇る、ふわふわのスポンジケーキが一切れ現れたのです。
「あのね、これはポケモンもにんげんも食べられる特製ケーキなんだって。きつねさん、一緒に食べよう」
 ゾロアークは驚いた表情のまま女の子を見つめました。思いがけない贈り物を貰って嬉しいやら気恥ずかしいやら、二人して同じものを欲しがった偶然が喜ばしいやらで、感情がないまぜになって上手に表現できません。ゾロアークはやっとのことで『ありがとう』を女の子に伝えました。
 それから、ゾロアークは自分が運んできた贈り物を申し訳なさそうに見ます。女の子はゾロアークの視線に気付くと、こう言います。
「あのね、わたし、きつねさんの贈り物、すごく嬉しいよ。大事にするよ。でもね、たくさんもらったから嬉しいんじゃないよ。きつねさんの贈り物だから嬉しいんだよ」
 ゾロアークはとっても恥ずかしくなりました。いまさらながら自分が闇雲に買い物していたのが自覚されたのです。それに比べて、たった一切れのケーキの美味しそうなこと。
 ゾロアークはケーキを半分こして、女の子と食べました。自分が食べるのと同じケーキを口に運ぶ女の子の弾けるような笑顔を見つめながら、ゾロアークは今日、自分がとびっきりの贈り物を貰ったことに気が付くのです。


 ここでゾロアークと女の子の記念日のお話はこれで終わり。
 最後にあなたがゾロアークに言い損ねた言葉を書き足して、このお話はおしまいです。

                                         』


  [No.1975] ■注意事項 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2011/10/07(Fri) 19:13:32   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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校正中の諸君および格闘中の諸君、順調かね?
ここに投稿しても 私にメールを送らないと投稿したことにはならないから注意してくれたまえ。

未提出の諸君らの健闘を祈る!


  [No.1981] こなゆ。校正 投稿者:ナナシのみ   投稿日:2011/10/10(Mon) 21:53:40   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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> 面白おかしそうに、実に愉快な顔を浮かべながらキュレムをトドメを刺す為に氷柱をもう一本作り出した――。

キュレム「は」では?