[掲示板へもどる]
一括表示

  [No.1951] おうふくビンタと拳 投稿者:いろは四季   《URL》   投稿日:2011/10/01(Sat) 21:20:57   61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:TEST1】 【TEST2】 【TEST3】 【TEST4】 【TEST5

「父さん、これ、どうかな?」
息子は父親に真新しい帽子を被ってみせた。
父親は満足げな表情で
「よく似合ってるぞ」
と喜ばしげに笑い、息子も少しばかり頬を染めて笑った。

旅立ちの朝は、誰にでもやってくる。
今日の天気は良好。
自分の息子の一生に深く刻み込まれるであろうこの日が、恵まれた日和であったことに父親は感謝した。
が、父親には少し気がかりなことがあった。
「――ウツギ博士にもらうポケモンは、もう決めたのか?」
すると、息子はまるで宝物を見つけたような表情で告げた。
「もちろんワニノコだよ!俺だって、父さんのオーダイルみたいに強く育ててみたいんだ!」
「そうか・・・」
父親の表情は相変わらずの笑顔だったが、内心がっくりと肩を落とした。
――血は、争えんな・・・・・・。
自分がかつて最初に選んだポケモンと同じポケモンを息子が選ぶ――普通の親としては喜ばしいことなのだろうが、彼にとってはそうではなかった。
なにせ、かつて彼はその選択によって酷い目に遭ったことがあり――旅立ちの日は、その出来事と共に苦い思い出として今も心にある。
『あの頃は、俺も若かったからなぁ・・・』
父親は、息子の決断と自分の過去をなぞるように、【あの日】のことを思い出していた。

父親がまだ少年だった頃。
そう、ちょうどこんな風に天気に恵まれた日。
自分の旅立ちの日のことを。


***************************************


「ワニノコ!ひっかく攻撃!!」
まだ幼さを残したアルトの声色で、少年は命じた。
「ワニャ!!」
パートナーのワニノコもそれに応え、相手のコラッタとの距離を一気につめる。
「くっ・・・まだだ!コラッタ、でんこうせっか!」
相手トレーナーの指示が飛んだ瞬間、紫色をした子ねずみポケモンの姿が残像になり、消える。
ワニノコは技を決め損ね、状況が理解できない様子で周囲を見渡した。
と、次の瞬間コラッタはワニノコの懐に入り込み、見事なアタックを決める。
「ワニャーーッ!」
まともに攻撃を食らったワニノコは、数メートル吹っ飛ばされ、その場に倒れこむ。
「わ、ワニノコ!大丈夫か!?」
少年は慌ててパートナーのそばに駆け寄った。
相当なダメージを食らってはいるものの、ワニノコは弱々しく笑った。
「よかった・・・!」
一方、相手トレーナーである短パン小僧は、ニヤニヤと笑いながら
「どうした?それでおしまいかよ!」
と余裕を残し、煽るように叫んだ。
だが、彼の手持ちも残り1体。そのコラッタも随分疲弊している。
呼吸が浅いのがその証拠だ。
『まだ・・・まだ勝機はあるはずだ・・・!』
策を練ろうと思考をめぐらせるが、今日旅立ったばかりの少年にはバトルでの戦術など皆無に等しい。
少年は思わず拳を握り締めた。
――その瞬間。
ワニノコが立ち上がった。
「ワニノコ、お前まだ・・・
「ワニャニャワーーーーーーーッ!!」
信じられないような音量の怒号が辺りに響き渡った。
その声だけで、草むらにいたポッポたちがいっせいに飛び立っていく。
短パン小僧もコラッタも、あまりの驚きで声ひとつ出せない様子だ。
「ワニノコ・・・?」
ワニノコの目は血走り、端から見ても力がみなぎり、溢れている。
先程受けたダメージがまるで嘘だったかのような力強さ。
少年はその様子を見てハッとした。
『これが・・・ワニノコの特性――げきりゅう!』
特性げきりゅうは、体力が危うくなると水タイプの攻撃の威力が上がる効果がある。
『いける!これなら!』
少年は颯爽と立ち上がると、鋭い声で言い放った。
「ワニノコ!みずでっぽう!!」
天を裂く鳴き声と共に、激しい水流がコラッタ目がけて放たれた。
「こ、コラッタ!避け・・・」
短パン小僧の指示も虚しく、特性の発動に怯えきっていたコラッタは一歩たりと動けぬまま攻撃を受け、撃沈した。


その後、短パン小僧がなけなしのおこづかいを少年に泣く泣く渡したのは言うまでもない。


***************************************


気分は上々だった。
先程の勝負での起死回生は逆転サヨナラホームランに等しい。
満面の笑みで空を見上げると、爽やかな青い空。時折流れる白い雲は穏やかに。
「最高の旅立ちだなぁ!」
思わず声を上げて叫ぶと、突然、ソプラノの声が少年を呼び止めた。
「あなた、トレーナーね?私と勝負しなさい!」
相手は、ミニスカート姿の少女だった。セミロングの栗色の髪が、艶めいている。
両腕には、少年にはこれっぽっちの縁もないシュシュやアクセサリーを身につけ、爪にはマニュキュアまで。
いかにもチャラチャラしたオンナノコだな、と少年は思った。
とても可愛いのだが――出来れば友達にはなりたくないタイプだ。
しかし、勝負となれば話は別。
「もちろんだ!受けてたつぜ!」
少年は余裕たっぷりと答えた。
「そうこなくちゃぁね!行くわよ、マリル!」
ミニスカートが放ったモンスターボールから、水球のようなポケモンが現れる。
みずねずみポケモン、マリルだ。
ジョウト地方では珍しい部類に入るポケモンで、なるほど可愛らしさは抜群。
いかにもミニスカートのトレーナーが手に入れたがるようなポケモンだ。
『何から何までチャラチャラしてんなぁ』
心の中だけでミニスカートをあざける。
これなら苦労もせずに勝てそうだ。何せ今のワニノコは特性の発動で強いのだから。
「いくぜワニノコ!」
少年の背後をついて歩いてきたワニノコが素早く前に出る。
「ワニャニャニャーー!!」
先程までの、燃えるような戦意がまだワニノコにみなぎっていた。
鼻息を荒くし、しきりに地面を蹴っている。
「先手を取るぞ!ワニノ――
「ちょっと待ちなさい!」
ミニスカートが少年の指示をさえぎる。というよりも、ぶった切る、と言ったほうが正しいか。
彼女の瞳は真剣で、先程までのわくわくした表情から一変、心なしか冷徹な面差しをしている。
「なんだよ!ビビってんのか!?」
ミニスカートは挑発の言葉にも顔色を一切変えなかった。
「・・・あなたのワニノコ・・・随分息が荒いみたいだけど」
「へへっ、こいつは今特性が発動してるんだ!今なら誰にだって勝てるぜ!」
彼女の表情が徐々に曇っていく。
「その子とは、戦えないわ」
そう言うと、ミニスカートはマリルをモンスターボールに戻してしまった。
「なっ?なんで?そっちから勝負を仕掛けてきたくせに、何やってんだよ!」
まるで、困惑や疑念をすべて見通したような彼女の冷たい視線だけが、少年を捉えた。
「あなた、自分のパートナーの様子も見てないの?」
一瞬、問われた意味が判らず、少年は言葉を失う。
その時だった。

ワニノコの身体がぐらりと傾き、地面に伏す。

「ワニノコ!?」
少年は、パートナーの突然の異変に慌てて駆け寄り、そっと地面から抱き上げた。
ワニノコは浅い呼吸を繰り返していて、苦しげな表情を浮かべている。
「今すぐこれを使ってあげて」
ふと顔を上げると、ミニスカートがきずぐすりを差し出してくれていた。
今にも泣き出しそうな表情に見えたのは――気のせいだろうか。
「え、あ・・・」
突然の出来事に、突然の申し出。
少年が更に困惑するいとますら与えない勢いで
「いいから早く使いなさい!!!!」
ミニスカートが怒鳴った。
自分より少し年上に見える外見ということも相まって、少年は大いに萎縮しながらも彼女の指示に従った。
そして倒れてしまったワニノコの身体をよくよく見れば、引っかき傷や打撲の跡がたくさんある。
『こんなに傷ついてたなんて』
少年は自分の未熟さを呪った。

一通り薬を与え終わると、ワニノコの表情がほんの少し緩む。が、依然ワニノコの意識は戻らない。
それでも、ワニノコの苦痛を少しでも軽減できたことに少年は感謝した。
「良かった・・・ありがt――
パァン!!
いっそ清々しいほどの破裂音。
少年は、自分の身に何が起きたか理解するまでたっぷり10秒は消費した。
「なにすんだよ!!」
左の頬がビリビリと痛みを訴えていた。
簡潔に説明するなら――少年はミニスカートに力いっぱいのビンタをまともに食らったというだけのことなのだが。
「あんた、バカじゃないの!?」
噛み付くように彼女は怒鳴った。
「げきりゅうが発動するような体力でこんな何もない道を延々歩いて連れ回して、その状態でバトル?傷だってこんなにたくさんあるじゃない!!あんたの脳みそどうかしてるわ!!」
彼女の言い分が正論すぎて、言い返す言葉が見当たらない。
「その上きずぐすりのひとつも持ってないなんて!!この辺りには毒状態にする野性ポケモンもいるのに!!その様子だと、毒消しも持ってないんでしょう!?」
「それは・・・」
バシッ!
二回目のビンタも右の頬にクリーンヒット。
「言い訳なんか聞かないわ!!」
せめて毒消しはひとつ持っているということは聞いて欲しかったのだが。
「見たところ新米トレーナーよね?ポケモンに関する知識は一通りセミナーで習ったはずじゃないの!?」
「お、俺はそんなもん・・・」
バシィン!
左に再び。痛みが増した。
「そんなもんですって!?あんた、その程度の軽い気持ちでトレーナー修行に出たわけ!?」
『その程度』の一言で、少年の理性が焼き切れた。
「ふざけんなよ!!俺はチャンピオンになるために今日旅立ったんだ!!ミニスカートでチャラチャラしたお前に指z
ガンッ!
ボキャブラリーのなさを責めないでいただけるだろうか・・・。
ついに彼女の拳が出た。それも、顔面に。
「そうやってね!!見かけで人を判断するような奴も最低よ!!人を見た目で判断するような奴はね、人を大切になんか出来ない!!そして人を大切に出来ない人間がポケモンを大切に出来るはずなんてないわ!!」
「は、はなひ・・・(訳:は、鼻血・・・)」
当たり所が悪かったのか、少年は両方の鼻の穴からポタポタと血を垂らして――
もう泣くしか選択肢はなかった。
「何よ!鼻血くらいで!小さい男!!」
少年が泣きながら、そして鼻血を出しながらわめいている間に、ミニスカートは彼のモンスターボールを素早く奪い取って、ワニノコをボールに戻した。
更に少年の髪の毛を強引に引っ張ると、鬼のような形相で言う。
「モンスターボールってのはね、ポケモンが本来丸くなって体を休めるっていう本能を元に作られてるの!!」
そして次に少年の腕を掴む。白い肌が鼻血で汚れることも厭わずに。
「ついて来なさい!!次の町はすぐそこよ!!まずはポケモンセンターにワニノコを預けなさい!!ついでにその町に私の家があるから、うちで最低でも1週間はみっちり猛勉強することね!!私のパパはポケモンドクター、ママはベテラントレーナーだから!!」
もはや少年には、異論もプライドもなく。
泣きじゃくりながら、ガミガミと説教を垂れ流すミニスカートの彼女に腕を引かれて歩く他はなかった。
「あたしのママはよくこう言ってるわ!すべてのポケモンは愛されるべきだって!!そして、すべての人間もね!!みんなみんな、すべての生き物は愛されるために生まれてくるのよ!!」
そう言われて、少年はひとつだけ思った。

――じゃぁ、俺のこと、殴らないで欲しかったなぁ・・・


*********************************


「じゃぁ、行ってきます!」
「おっと、待て待て。お前に教えなきゃならないことがある」
いよいよ玄関での見送りになって、父親は息子に切り出した。
「何?」
「いいか、ポケモンが傷ついたらすぐに回復させてやるんだ。あと、きずぐすりは多めに買っておきなさい。毒消しや麻痺治しなんかもそうだぞ。なにより、ポケモンに無理をさせちゃぁいかん」
かつて自分の未熟さを厳しく指摘したミニスカートの教えを、息子に教えておきたかった。
それが、彼が父親として、息子に送る何よりのプレゼントだ。
彼女に会わないままだったら、自分は一体どんなトレーナーになっていたのだろうか。考えそうになるだけでも恐ろしい。
しかし息子は当然のことのように
「そんなこと、セミナーでちゃんと習ったよ」
あっけらかんと答えた。
「・・・そうか・・・」
息子は父親に似ず、まじめでしっかりした男の子だ。
若かりし頃の自分のような過ちは犯すまい。
きっと優秀なトレーナーになるだろう。父親にはその様子が容易に想像できた。

しかし、まだ。
何より重大なことを伝えていない。
父親は真剣な表情でこう告げた。
「だがな、一番気をつけなくちゃならないのは、トレーナーだ」
息子は疑問符を頭の上に浮かべるような表情をした。
「特に、ミニスカートのトレーナーには気をつけるんだ。そして、出来れば戦わないほうがいい」
「どうして?」
「それはだな・・・」

「随分楽しそうなお話をしてるのねぇ?」

背後からかかった声に、父親の背筋が凍った。
「母さん!」
息子が明るい笑みを浮かべたので、父親も恐る恐る後ろを振り返る。

そこには、花のような笑みをたたえたエプロン姿の美しい妻が立っていた。

ミニスカートをはいていたあの頃より、ずっと穏やかになった彼女の微笑みは、けれど、あの時少年だった自分にとってのおうふくビンタと拳という凶器と同じであるということは、今になっても変わらない。


Fin.




【描いてもいいのよ】
【お手柔らかに批評してもいいのよ】

人もポケモンも、愛されるべきなのよ