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  [No.1993] 金と黒 投稿者:???   投稿日:2011/10/16(Sun) 01:15:00   125clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 それはは誇り高く生き、何よりも仲間思いの黒の話――。
 


 丘の頂上へと至る道。その道の両脇には見事に育ったイチョウの木が植えてありました。秋になると、全てのイチョウの葉が黄色く黄色く染まります。それは山に金色の筋が出来たかのように美しいものでした。
 けれど、その景色を見たことのある人は多くありません。積み重ねられた石段はあるところは崩れ、あるところは埋もれ、徐々に道としての機能を放棄しつつあります。そう、ここはかつての道。

 この道はずいぶんと昔に作られたものでありました。まっすぐな道でありながら傾斜が険しく、不便な場所へ位置していたため、新しい道が作られました。平らに舗装され、銀色の手すりがつき、夜には足元を照らす街灯があり――。当然のことですが、人々は以前の道よりも新しい道を使うようになりました。それ以来、この道は忘れ去られた道、旧道となったのです。

 それでも私はこの道を、忘れ去られたこの道を歩くのが好きでした。かつての人々がこの道を愛した跡がそのままに残っているように見えるのです。ある一点だけ磨り減った石段や、修理するかのように不自然に積み重ねられた木の枝や――。
 流れてしまった時間の積み重なりが目に見えるようで、時間は流れているということがよくわかるのです。


 そして、私がこの道を訪れるもう一つの理由がありました。それは――


 青々とした緑の葉の間から、私を静かに見つめる赤い瞳。それは老いた鴉でありました。


 彼は老いてなおも、誇り高く、気高く、その丸々とした体を覆う羽はいつ見ても、美しく整えられていました。胸を覆う白い羽は、かつて一族を率いた権力者の証です。もうずいぶんと私と顔を合わせているにも関わらず、私に気を許さず、必要以上に近づこうとすると大きく体を膨らませて威嚇するのでした。

 
 

 私はこの鴉が好きでした。貫禄を持ちつつも、どこか謙虚さを持っていました。いくら権力者の座を退いたといっても元の権力者。彼のもとには毎日、小さな鴉が何かしら贈り物を持ってやってきていました。それは食べ物であったり、光るものであったりと様々だったようですが、彼は決してそれらを受け取りませんでした。絶対に受け取らず、むしろその小鴉に突き返しているようにも見えました。
 普通の権力者であれば、持ってきたものは全て受け取り、溜め込み、さらに持ってこいと命じそうなものですが、彼は決してそんなことはしませんでした。恐らく、彼は『自分に持ってくるくらいなら、今の権力者に持っていけ』と言っていたのではと思います。今の権力者とよくしておけば、群れの中での地位もあがるだろう。と。子鴉が飛び立った後には、鋭い眼光のなかに感謝の意のようなものを感じ取ることもできました。そういうところが私は好きでした。




 彼は今年の春からこの銀杏の小道に住み着いたようでした。私はそれまで、月に1、2度季節の変りを感じるため、軽い運動のためにこの場所を訪れていました。
 最初に彼と対面したとき、私はその鋭い眼光に射すくめられてしまったかのように動くことができませんでした。それはまるで、メドゥーサに睨まれた人間のように、本当に体が石化してしまったかのように、動きませんでした。
 しばらくの間、彼は静かに私の目を睨み続けました。赤い瞳がまるで血の色のようで少し不気味とも、宝石のようで綺麗だとも思いました。彼は納得したように鼻を鳴らし、ケケーと鳴きました。その鳴き声と同時に私の体もかなしばりからとけたかのように動くことができるようになったのでした。つまり、彼は私に何らかの術を使っていたということです。
 よくよく考えれば、あの鴉からしてみれば動けない人間など格好の餌でもあるのです。もしかすると、私はあそこで彼に殺されていたのかもしれないのでした。普通の人であればならばもう二度と近づかないと思うのでしょうが、私は逆に彼に近づきたいと思いました。


 
 それから月日は過ぎ、夏になりました。彼は相変わらず銀杏の小道に住み着いていましたが、立派な羽毛はあまり夏をすごすのには適していないらしく、いつも木陰でじっとしていました。それでも目の厳しさは全くの衰えを見せませんでした。私は彼の体調が不安になり、いくつかの木の実を持っていったりもしたのですが、同属から受け取らない彼が、人間である私の与えたものを受け取るはずがありませんでした。

 そんな中、始まったのが小鴉たちの襲撃でありました。

 珍しいことではありません。きっと今の権力者は小鴉が彼に物を贈っていることを知っていたのでしょう。それはやはり権力者である鴉からしてみれば、元の権力者である彼は邪魔な存在であることはまちがいありません。そこでその鴉は小鴉たちに、彼を殺せと命じたのでしょう。

 彼は襲ってくる小鴉達に反撃も威圧もしませんでした。繰り出される攻撃は全て受け、鳴き声一つもらしませんでした。小鴉達もその彼の様子にひるんでなかなか本気では攻撃してきませんし、何より彼らだってこんなことはしたくないのでしょう。かつての権力者に、権力者の座を退いてからも物を送り続けていた彼らなのです。その忠誠心たるものは相当なものであったと思います。けれど、誰も今の権力者に逆らうことができないのでしょう。悲しく歪んだ顔で、彼を襲い続けました。そして反撃せず耐える彼。その光景はとても悲しいものでありました。


 そしてまた月日はたち、秋になりました。

 彼は今まで以上にじっと動かず、いつも鋭い光を放っていたまなざしも時々、どこか遠くを見るように濁っていることがありました。小鴉達の襲撃は夏の終わりにすっと、なくなりました。

 おそらく、今の権力者はもうすぐ彼が死ぬと見たのでしょう。


 群れの権力者は一人いれば十分なのです。群れの中に白羽は一羽でよいのです。今の権力者が小鴉から、鴉へ進化したときに、彼は追い出され群れにいらない存在となるのです。

 けれど、何故でしょう。
 小鴉達の襲撃は止みました。けれど、小鴉達は毎日、毎日ひっきりなしに彼の元へ訪れるのです。果物、木の実、草、様々なものを持って彼の元へやってきました。彼は相変わらず、それらの贈り物を全て突き返していました。しかし、小鴉達も前回とは違ってそう簡単には食い下がりません。頼むから、頼むから食べてください。そんな雰囲気がありました。

 元気のない彼に、小鴉達は毎日、毎日ものを持ってきました。それはまるで、病院に見舞いにくる人のようでした。小鴉達は彼に死んでほしくないというのでしょう。生きてくれと、物を贈るのでしょう。ばれたら今の権力者にどうされるか分かりません。群れを追い出されるかも知れません、殺されるかもしれません。それでも小鴉達は彼に贈り物を続けるのです。

 どれだけ、彼が優れた権力者であり、指導者であったのか――彼らの姿を見れば、分かりすぎるほどに分かりました。

 
 銀杏の葉が色付き始めた頃だったでしょうか。夕方頃、私が自室で昔の文豪の小説を読み漁っていたとき、窓際で羽ばたく音が聞こえました。それはポッポやピジョンといった小さい鳥のものではありませんでした。驚いて振り向くと、そこにいたのは彼でした。

 あっけにとられる私を赤い瞳でにらみ付け、彼は口にくわえていたものをポトリと落とし、去っていきました。なんだろうと近づくとそれは扇の形をした銀杏の葉でした。まだまだ、端の色が変りかけたくらいのものでした。

 また次の日、まったく同じ時間に彼はまたやってきました。そしてまた、にらみつけて銀杏の葉を一枚落としていきました。前回のものよりも、黄色の部分が増えていました。

 これは一体どういうことでしょう。
 彼から私への贈り物なのでしょうか?

 そして、毎日、その行為は繰り返されました。毎日毎日、同じ時間にやってきて、銀杏の葉を一枚落としていくのです。私はわけが分かりませんでした。

 一週間がたちました。今日も彼はやってきて、銀杏の葉を落としていきました。その葉は見事な黄色でありました。彼はその日、初めて会ったときと同じように高く高く鳴きました。





 翌日、彼は時間通りにきませんでした。待っても待っても、きませんでした。あんなに時間通りにきっちり来ていた彼が三十分たっても姿を現しませんでした。なんだか、毎日恒例化していたので、さびしくなった私は自分から彼の元へ訪れることにしました。

 風は冷たさを増し、虫が所々で鳴きだしていました。その日の夕暮れはいつになく美しい橙をしていました。

 散った葉を踏みしめ、訪れたその道は金色に染まっていました。一本の線が山にひかれたようでありました。そして――


 金色の柔らかな絨毯の上に、ぽつりと夕日に照らされた――黒。



 あぁ――。

 彼は、私に、これを求めていたのか。

 

 私はゆっくりゆっくりと彼へと近づきました。少し近づいただけで威嚇してきた彼も今はただ横たわっているだけです。しゃがみこみ、彼の体へそっと触れました。少しだけ、あたたかく感じました。それが本当に彼の体温の残りだったのか、陽に照らされていたからか、それとも私の気のせいだったのかは分かりませんでした。

 羽の付け根に置いた指先を、頭のほうへと滑らします。柔らかな羽毛の感覚、硬いくちばしの感覚、彼の知らなかったことを知ったようで、私は少し嬉しくなりました。閉じられた瞳はもう二度と開くことはないでしょう。血のような、宝石のような、あの彼の瞳をみることはもうないのです。



 ……。 
 風が巣に帰る鴉達の鳴き声を運んできます。




 おやすみなさい。

 私にまかせて、いきなさい。

 他人のことを第一に思い生きた彼は、最後までその生き方を通し生きた。
 残された彼の仲間がどう思うかまで考えて。


 おやすみなさい。

 あとは私がやりましょう。



 おやすみなさい。

 

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