ピジョンが住み着いていた。
それは、私にしか見えないようだった。なんとも無い、普通のカメラなのに、私がレンズを覗いて何かを撮ろうとすると、必ず一羽のピジョンが景色の中に映っていた。シンオウ地方の大平原、カントー地方の田舎道、ジョウト地方の紅葉道、ホウエン地方の大海原。
そして私が住むイッシュ地方の大都会の中にも。
普通の人にはただのカメラらしい。以前友人に見てもらったが、特に変なことは無く写真が撮れた。丁度夏休みだったため、一面の向日葵が眩しかった。だが、もう一度私が撮ると必ずピジョンが咲き誇る向日葵の中でこちらを見ているのだ。
ある時は大平原上空で空を飛んでいた。
またある時は田舎道で土をつついていた。
そのまたある時は紅葉道で振り返っていた。
そしてまたある時は大海原で餌を採っていた。
何回『疲れているのかな』と思っただろうか。医者に相談しても、何の解決方法も見出せない。何しろ、『疲れているのだから旅行にでも行ってきなさい』と言われ、すっきりしたところでそのカメラを取り出してみても、やはりピジョンが映っているのだ。
これはノイローゼなのか。いや、もっと別の何かなのか。
私はピジョン恐怖症になりそうだった。否、なりかけていた。
丁度その頃、高校時代の同窓会があり、私は生まれ故郷のカントー地方に出かけた。何故こんな時に限って同窓会なんて開くんだ、と思ったが友人には会いたかった。皆それぞれ仕事に就いていて、その話に花が咲いた。ある者は観光会社に就職し、ある者は保母さんになり、ある者は小説家になっていた。
『こうして見ると、よくあんなにやんちゃしていた自分が社会に出れたなって思うよ』
友人の一人が呟いた。彼は高校時代、勉強せずに部活に専念していた人物だった。
『そうね。大人になりたくない、言いなりなんかになりたくないって言ってた私たちが……』
そういう彼女は不良グループに入っていた。今思えば、それも小さな可愛い物だったのだが。
『知識もついた。金も稼げるようになった。充実しているはずなんだけどな。
でも正直に言えば、あの頃は夢を見ていたんだ』
夢を見ていた。
その言葉が、いやに引っかかった。
『下らない話で笑い転げたり、学年の可愛い子に一斉に告白して玉砕したり、ガキっぽい原因で喧嘩したり……
見えない明日を恐がることもなく、ただ楽しんでいた』
私は同窓会の名簿を見た。一人だけ、いなかった。聞けば、警察官になった者だという。随分今日の同窓会を楽しみにしていたようだが、昨日殉職してしまったらしい。
『おい、記念写真撮ろうぜ』
皆が皆、デジカメを取り出す。私もあのカメラを渡した。さて、今回は大丈夫だろうか。
『撮るぞー』
パシャリ、という音がした。
案の定、写真にはピジョンが映っていた。俺の友人の膝の上に、ちゃっかり座っている。
……
今の生活に、不満はない。それは友人達と同じだ。だが、俺の目にはピジョンが映っている。何を象徴しているのか。過去への執着か、それともこれから先の不安か。
どちらでもいい。
避けて通れる物、通れない物。
退けることが出来る物、できない物。
どうやら俺がいくら退けようとしても、ピジョンは退いてはくれないらしい。
ならば。
『鳩はどけずに、カメラを回せ』