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  [No.2038] サイハテ 投稿者:紀成   投稿日:2011/11/05(Sat) 21:21:45   25clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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僕の乗る電車に、駅は無い
僕の見る風景に、サイハテがある


目を覚ました。窓に切り取られたような黒と、降り注ぐ無機質な光の対比が、眩しい。
僕の隣に人はいない。目の前にも……いや、むしろこの空間に僕以外の人はいない。右に巻いた腕時計を見る。銀色の長針と短針がそれぞれ12と9を指していた。
ごわごわした座席の感触に顔をしかめ、僕は立ち上がった。どうやらこの列車はまだ動いているらしい。黒の中に黄色、白の光が左から右へと流れていく。
遠くの光に照らされた風景が、影絵のように浮かび上がった。下弦の月がナイフのようだ。
「……」
ゴトンゴトンという無機質な音の中で、僕は確かに誰かの泣き声を聞いたような気がした。


11月の夜は、冷える。
ミドリはマフラーを持って来なかったことを後悔した。授業と部活を終わらせ学校を出たのが二時間前。
最寄駅のギアステーションに向かい、乗ろうとした矢先のトラブルだった。
「参ったね」
隣に座っている少年――ウチノが顔をしかめた。彼も同じ部活の部員で、文学賞に出すための作品を仕上げていてこれに巻き込まれたのだ。
「ウチノ君、寒そうですね」
「どうってことないよ」
「風邪を引かないように。お母様に迷惑をかけるようなことはしない方が……」
「そうだね。今日はなるべく早めに寝た方がいいかもな」
地下鉄に掛けられている時計が9時15分を指した。アナウンスが入る。
『お客様にお知らせいたします。只今より○○線の電車の運転を――』


列車が停まった。僕は窓の外を見た。停車場の灯りは見えないし、アナウンスも聞こえない。それでもドアは開き、冷たい風が入ってくる。
乗って来たのは一人の少女だった。なんというか……儚げという言葉が形を成したような雰囲気だ。長い黒髪に白いワンピース。太陽の光を一度も浴びたことがないように見える肌には、痛々しい痣が首輪のように張り付いていた。
彼女は僕の目の前に座った。裸足だ。何かで切ったのか、赤い切り傷が走っている。
僕は彼女の姿から目を離すことが出来なかった。


「死因は圧迫による窒息死、死亡推定時刻は夕方五時から六時の間。待ち合わせしていた友人が時間になっても来ないのを不審に思い訪ねたところ、この状態だったと」
ヒメヤは話を聞いた後、部屋を見渡した。お世辞にも綺麗とは言い難い部屋だ。埃が積もり、本や雑誌が散らばり、ベッドメイクもされていない。
「物盗りの犯行じゃなさそうだな」
サクライが巨体を揺すって入って来た。スラリとして背の高いヒメヤは、自然と彼を見下ろす形になる。部下としてあまりいい行いとは思えないが、それほどサクライは背が低いのだ。
「何故、物盗りではないと?」
「机の上に財布が置きっぱなしにしてあるだろ。さっき中を見たが、札がぎっしり詰まっていたしカードも残っていた。物盗りならこれごと持っていくはずさ」
「……」


「君は、どうしてここに乗っているの」
「部屋に戻ったら、知らない男の人がいて―― それから先は覚えてないわ」
「その痣は?」
「多分その人に付けられたんだと思う。すごく苦しくて、吐きそうだったから」
また電車が停まった。ドアが開き、何匹ものポケモン達が乗ってくる。皆が皆、傷だらけだった。中には血を流している者もいる。
彼らは思い思いの場所に座り、まどろみ始めた。


「……死んでる」
月明かりが差し込む廃墟。人のいなくなった闘技場。一人の女と、死神。
『魂が見当たらない』
「とっくに何処かに行ったんじゃないのかい?」
女が倒れているナゲキの頚動脈に触れた。やはりこちらも死んでいる。
「ここで何があったんだろうね」
『分からない。だが、何らかの賭け事で彼らが戦わされていたことは間違いないようだ』
電気の切れた掲示板。得点板。それらが何があったかを知らせていた。


列車は海の上を走っているらしい。港町の灯が流れていく。
「何処に行くんだろうね」
「さあ」
「でも不思議と恐くないんだ」
「ええ」
吊り輪が揺れた。少年は少女の隣に座ると、目を閉じた。