「あはは、ちょっとガーディ止めてよ、くすぐったいってば」
楽しそうに弾む女の子の声に振り向くと、しゃがんでいる少女がガーディに舐められて笑っていた。
止めてよ、という台詞とは裏腹な笑顔。
まるでスポットライトが当たっているように眩しく感じる二人を見て、僕は心が震えるのを感じた。
そしてベルトのボールにちらりと目を遣った。
もうすぐ日が暮れようとしていた。
緋色に染まる地平線を眺め、ベンチに腰掛ける。
カタリとも鳴らないボールを手に取り、そっと放ってみる。
しかしボールは開くことなく地面にぶつかった。
揺れることすらない。
「……なあ、出てこいよ」
もう慣れた、重い沈黙とボールからの冷たい視線。
あれは僕が悪かった。
君の具合が悪くて体内エネルギーが漏れ出ている状態なのはわかっていたのに。
つい、熱に唸った君に触れてしまったが為に。
「……ピカチュウ」
腕を差し伸べようとして、右腕が無いことを思い出す。
寂しく残った左手が痙攣する。
「俺が悪かったんだよ。感電しちまったのは俺のせいなんだ。右腕なんかどうでもいいよ」
毎日呟いてきた言葉は、味気なく零れていく。
「だから出て来いって……」
君の身体はとても熱かった。
ポケモンセンターの寝台で横たわる君に触れた次の瞬間から僕の意識は途絶えている。
ただ右掌に君の熱を感じたのだけ覚えている。
気がついたらポケモンセンターではなく人間の病院にいて、右腕が無かった。
むしろ、それだけで済んだことに感謝しなければならない。
静かなボールの赤を見つめていると、ふと昼間のガーディを思い出した。
そして君を肩に乗せて笑っていた自分も。
無意識に頬が濡れる。
「出てきてよ……」
空が青黒く夜に塗り替えられていく。
「もう我慢できないんだ……君がいない生活に。もしかして君は僕が君を恐れているとか思ってるのかもしれない。自分が僕を傷つけてしまったことで僕に触れること自体が怖いのかもしれない。でも……」
視線を左手からボールへ戻す。
「僕は……僕は、ピカチュウがいないと、もうどうにもならねえんだよ」
立ち上がる。
「何で僕は生き残ったんだ。それは君と一緒にこれからも冒険を続ける為だろ? 肝心の君がへそ曲げてどうするんだよ。右腕の責任とれよ」
ボールが震えた気がした。
膝の力が抜ける。
「寂しいよ……」
涙がボールに落ちた。
弾けたそれはボールを伝って流れていく。
確かに、ボールは震えていた。
「ピカチュウ」
その時、突然ボールのボタンが光って開いたかと思うと、黄色い物体が飛び出してきた。
それが何なのか、僕の目では確認できない速さ。
だけど僕はわかっていた。
泣きながらしがみ付いてくるピカチュウを一本の腕でしっかりと抱きしめながら、僕も泣いた。
久し振りに感じる髪の毛が浮くような静電気が懐かしかった。
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感電して右腕だけで済むというのは素人の完全想像ですのですいませんでした触れないでください。
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