「……『Line:3316 未定義のシンボルです』……これ、もう何回目でしょう……」
「まーたそのエラーか。ったく、可愛げがねーなぁ」
名取――エラーメッセージを読み上げた男――と、北川――エラーメッセージに「可愛げがない」と悪態を付いた男――が一つのディスプレイに目をやりながら、それぞれにぼやく。二人は今、ディスプレイに垂れ流された長いプログラム・コードを読みながら、潰しても潰しても際限なく出続けるバグと格闘し続けていた。
名取と北川は、共にとある情報処理技術を扱う企業に勤めているプログラマーだ。名取は二年目の新人、対する北川はこの道十五年のベテランである。彼らはこうしてコードと格闘する日々を続けながら、それでもこの仕事にやりがいを見出すことができていた。この手の仕事は離職率が高い。彼らのようにやりがいを見出すことができる人種は、幸せな人種であると言えた。
「ちゃんとヘッダで宣言してるんですけどねぇ」
「ああ。こりゃ、どっかでヘンな初期化を食らってるな」
「デバッガにかけてみましょうか?」
「いや。printfデバッグでいいだろう」
この部屋の時計は、すでに十一時を指している。無論、本日二回目の十一時だ。だだっ広いオフィスの電気はほとんど落され、部屋にある光源は名取と北川の見ているディスプレイのみ。彼ら以外に、人影はまったく見当たらない。
北川の指示を受け、名取がキーを叩く。
「この辺ですかね」
「おう。とりあえずその辺りの変数をコンソールに出してみてくれ」
「はい」
二人はごく最近チームを組んだばかりであるが、見ての通り、なかなかに息の合ったコンビだった。
北川の指示と、それを受けた名取によるコードの修正という作業が数度繰り返された後、名取が何かをやり終えたような表情で、ゆっくりと息を吐きながら呟いた。
「……とりあえず、エラーは出なくなりましたね」
「とりあえずは、な。またいつ出るか分からんから、ここはコメントアウトして残しておけ」
「ええ。そうするつもりです」
名取はカーソルキーを数度、スラッシュキーを二度叩き、最後にコントロールキーとF5キーを押下した。
「これでよし、と……」