――――ねぇ、知ってる? 雨の時はお化けが出やすいんだって。
は? なにそれ。
――――雨の時はみんな傘差してるでしょ? 傘で顔が隠れるから、お化けは雨の時に出るんだってさ。
……お化けって傘差すもんなの?
――――さぁ? 知らない。
友達とそんな会話をしたのはいつだったっけか。
俺は雨の降る暗い夜道を1人で歩いていた。
右手にはコンビニの安物の透明ビニール傘。左手には漫画雑誌の入ったビニール袋。
何で俺の家からコンビニはこんなに遠いんだろうか。納得できない。
漫画買いに行くだけでも往復30分なんて、ありえねぇよ。何のためのコンビニなんだか。
そうぶつくさ言いながら、俺は傘を透かして空を見上げた。
空は鉛色の雲ですっかり覆われている。星どころか空すら見えない。これだから雨の日は嫌なんだ。
ため息をついて視線を前方に戻した俺は、ふと立ち止まった。
今俺の歩いている道の両端には、等間隔でボロい街灯が立ち並んでいる。
その街灯の内の1つ、とりわけ汚い街灯の下に誰かが佇んでいるのを発見したのだ。
よくよく眼を凝らすと、人影は少女のようだった。
そして頭の上には……どうやらハスらしき大きな葉っぱ。
見間違いかと思ったけど、そうではないようだった。俺はふとガキの頃に見たアニメ映画を思い出した。その中で、主人公の幼い姉妹が雨の降るバス停で親を待っていると、少女の隣にお化けがやってきて同じくバスを待ち始めるというシーンがあった。そういえばそのお化けも頭に葉っぱを乗っけていたっけ。
俺は再度ため息をついた。雨の中で頭に葉っぱを乗っけて1人佇む少女なんて、どう考えてもおかしい。
気にしないでさっさと通り過ぎようかと思った。
だけどその時、しとしとと降っていた雨が急に勢いを増した。ドウッとすごい音を立てて、雨を伴った強風が吹きつけてくる。少女の肩がビクッと跳ねた。よく見ると、少女はすっかり濡れてしまっていた。寒いのか、肩が震えている。
俺はしばし逡巡した。だけど結局俺はその少女の元へ歩み寄っていった。……言っておくが俺にロリコンの趣味はない。
「どうしたの?」
出来るだけ優しい声で話しかけると、少女が驚いたようにこちらを見た(ようだった)。葉の下から、明らかに戸惑いと警戒の入り混じった視線が飛んでくる。俺は慌てて言った。
「あ、どうしてこんな所にいるのかなって思っただけだよ。お母さんは?」
「……今待ってるの」
ようやく口をきいてくれた。か細い声だった。俺はほっとしてさらに聞いた。
「君、傘かなんか持ってないの?」
「……」
沈黙がその答えを物語っていた。すると俺は自分でも驚いたことに、右手に持っていた傘をすっと少女に差し出した。
「あ、あの、風邪ひいちゃうといけないからさ、俺の傘貸してあげようか?」
自分でもアホらしいくらい紳士的な行動だ。馬鹿か俺は。だけど少女はしばらく黙って傘の柄を見つめていると、おずおずと手を出した。俺はその手に傘を握らせてやった。
傘を差すと、最初の内はおどおどしていた少女も、やがて濡れなくなったことにほっとしたのか、張りつめていた雰囲気が緩んだ。少女は小声でつぶやいた。
「ありがとう」
「いいよ」
俺は笑ってその場を離れようとした。その時、小さな手が俺のパーカーを掴んだ。
驚いて振り返ると、少女は空いた片手でワンピースのポケットを探っていた。
小さな手がポケットから何かを取り出して、俺の手に握らせた。わけが分からぬまま俺がそれを受け取ると、少女は不意に背後を振り返って嬉しそうに叫んだ。
「あ、お母さん!」
目をやると、闇の向こうで何かがボウッと燃えていた。ギョッとした俺を尻目に、少女は嬉しそうに駆け出して行った。
その時視界の端で何かが揺れた。
少女のワンピースの裾から覗いていたのは、6本の先が丸まった赤い尾。
そして、駆けだした拍子にずれた葉っぱの先から覗いた、髪の毛を掻き分けて突き出した赤い耳。
それが何なのかを俺の脳が認識する前に、少女の小さな後ろ姿は闇に溶けて消えてしまった。
茫然と突っ立っていた俺は、ようやく手に握らされたものに視線を落とした。
しばらくそれをじっと見て、俺はちょっと笑ってから再び歩き出した。
――――『ねぇ、知ってる? 雨の時はお化けが出やすいんだって』
……まぁ、でもたまにはこういう雨の日もいいもんだ。
俺の掌の中で、雨粒で濡れたチーゴの実が街灯の光を受けて煌めいた。
雨はようやく小降りになってきていた。
―――――――
お題:きつねポケモン
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初めて投稿します、「柊」という者です。よろしくお願いします。
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