「師匠、どうして俺を認めてくださらないのです?」
一匹の若いストライクが尋ねる。
「馬鹿なことをいうな。お前なんぞにこの『達人の帯』は、100年はやいわ。」
若いストライクの師匠、カモネギが答える。
『いあいぎり』の達人として高名なこのカモネギが、ストライクを弟子にとったのはつい3年程前のことだ。カモネギは、いつか自分の認める「いあいぎり」の使い手になれたら、免許皆伝の証に『達人の帯』を渡すことをストライクに約束している。
「俺は確かに師匠の弟子になってからまだ日は浅いです。でも、今の俺は師匠にも負けない『いあいぎり』の使い手です。」
ストライクがムキになってカモネギに詰め寄る。
実を言うと、確かにストライクの言うとおりなのだ。
このストライク、師匠のカモネギに弟子入りしてからというもの、まるで渇いたスポンジが水を吸うかのように、あらゆる「いあいぎり」の極意を完璧に吸収してきたのだ。
その腕前はもはやカモネギ師匠にもひけをとらないと、もっぱら噂されている。
「青二才が調子にのるな。まだまだお前なんか、ひよっこも同然。私のレベルには程とおいわ。」
言葉は荒いが、普段と同じ穏やかな顔でカモネギが言う。
「それなら師匠!」
まるで相手にされていないことがわかって、ストライクがさらにムキになる。
「俺と『いあいぎり』で勝負しましょう!もし俺が勝ったら、あの『達人の帯』をください。」
ストライクは堰をきったように、一気にここまで言い切った。
「いいだろう。たが、お前が負けたら、これからもしっかり修業を続けるのだぞ。」
カモネギ師匠はこれっぽっちも負けるとは思っていないらしい。余裕の笑みを浮かべている。
ストライクはそれが全く気に入らない。
緑の頬にさっと紅がさしたかと思うと、道場まで来てくださいといってさっさと行ってしまった。
「一つ目の勝負は、速抜き勝負です。」
ストライクが言った。
速抜き勝負とは、帯刀から如何に速く刀を構え対象を切るかの勝負だ。
「始めの合図と、判定はコマタナにやらせます。」
ここで、道場の角で正座していた一匹のコマタナが立ち上がり、ペコリとお辞儀した。
道場はカモネギの弟子達と、どこから話を聞いてきたのか、見物にきた近所の野次馬でいっぱいになっている。
長い事どっちが上かと噂されてきた師弟だけに、みんなこの勝負の結果が気になるのだ。
今ストライクが、道場の丁度真ん中に立った。その前には、細い木が一本立っている。
ちなみにこの道場は『いあいぎり』の修業のため、板敷きの床に40cm四方くらいの穴がだいたい1m間隔ずつ空いていて、そこから俗に言う「きれそうな木」が生えてくるようになっている。練習でどれだけ切っても、次の日にはまた昨日と同じ高さまで成長しているという何とも不思議な木だ。
「ふぅー」
ストライクが呼吸を整え、精神を集中させる。
両手のカマの根本を、それぞれ腰に当てると準備完了。
「始めっ!」
と、言うコマタナの掛け声が言い切るより前に、ストライクは全ての動作を終えていた。
目にも止まらないスピードでカマが動き、「きれそうな木」は真っ二つに切られた。
興味本位で集まった野次馬にはおろか、勉強させて貰うつもりの弟子達にすら、ストライクの太刀裁きは、微かな残像しか見えなかったことだろう。
「師匠どうです?俺はもうあなたにだって負けない太刀裁きができるんです。」
ストライクは自信満々にそう言った。
カモネギ師匠は相変わらず笑みを絶やさない。
「なかなか成長したようだな。しかし、まだまだ達人の域には達していない。」
「強がりはいいですから、次は師匠の番です。位置に着いてください。」
ストライクは自分のベストパフォーマンスをあっさり流され、ふて腐れてしまっている。
カモネギ師匠はもう一本の「きれそうな木」の前に立った。その横にはさっきストライクが切った「きれそうな木」の切り株が、まるでのこぎりで切った跡のような美しい木目を残している。
突然、道場全体にどよめきが起きた。
それもそのはず、なんと位置についたカモネギ師匠が、羽に挟んでいた「ながネギ」を床に置いてしまったのだ。
これでカモネギ師匠は完全に丸腰。木を切ろうにも、どうしようもない状態だ。
「師匠、どういうつもりです?これは、試合放棄ですか?」
ストライクが聞いた。
しかし、カモネギ師匠は反応しようとしない。目を閉じて、木の前で立ち続けている。
「ストライク兄さん、これはどういうことなのでしょう・・・・」
困ったコマタナが、ストライクに聞く。
「分からない。」
同じく困ったストライクが応える。
「それじゃ勝負の方は、師匠の戦意喪失で、兄さんの勝ちということで・・・・」
「ダメだ。勝負はこのまま続行する。」
コマタナの言葉が言い切らないうちに、ストライクが言った。
「勝負は続行だ。コマタナは始めの合図を出せ。もし、それでも師匠が動かなければ、その時こそ俺の勝ちだ。」
コマタナは了解したというように、またペコリと頭を下げると元の場所に戻っていった。
「えー、それじゃ、始めっ!」
コマタナが気を取り直し、合図を出した。
「クワァッ!!」
道場全体にカモネギ師匠の気迫のこもった掛け声が響いた。閉じられていた両目はカッと見開かれ、さっきまでの穏やかな表情は面影すらなく、鬼気迫る形相で木を睨みつけている。
しかし、何も起こらない。
「師匠!なぜ、俺と勝負してくれないのですか?」
ストライクが聞いた。
道場に集まった他の者達も訳が分からず、口々に疑問の声をあげている。なかには、露骨にカモネギ師匠を非難する者までいる。
「だから、お前はまだまだひよっこだと言うのだ。」
ここにきて、ようやくカモネギ師匠が反応をみせた。
「私は今、確かにこの木を切った。ただ、まだこの木は自らが切られたことに気づいていないというだけのこと。」
「気づいていない?師匠、おっしゃることの意味が、よく分からないのですが・・・」 ストライクは、師匠が本気なのか、自分がかつがれているのか分からなかった。
「そのことが分かる日が来れば、お前に『達人の帯』を渡そう。それまでは、しっかり修業することだ。」
それだけ言うと、カモネギ師匠はながネギを拾い道場を出ていった。
「師匠、まだ決着はついていません。待ってください。」
ストライクがカモネギ師匠を追いかけようとしたその時、本日2回目となる道場全体のどよめきが起こった。
ストライクが何事かと振り返ると、すぐにどよめきの原因がわかった。
その「原因」を見てからストライクは、カモネギ師匠に「達人の帯」を貰う日まで、ただの一言も文句を言わず修業を続けたそうだ。
そして、ストライクのカモネギ師匠に対する深い尊敬は、彼の一生を通して貫かれたらしい。
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お題が秘伝技ということで、ポケモン世界で「秘伝」を伝える様子を想像してみました。中島敦「名人伝」という話を参考にしています。ただ、実際の名人伝は弓の話ですし、話に聞いただけで僕はまだ名人伝を読んでいないので、恐らく原形を留めていないかと・・・・すいません。
必要ないかもしれませんが、最後カモネギ師匠の木は切れています。
カモネギ師匠によると、どうやって切ったのかは、修業しないと理解できないそうです。
【書いてもいいのよ】【描いてもいいのよ】【批評してもいいのよ】【修業してもいいのよ】