一匹のジグザグマが岩の陰で丸くなっていた。暗く、じめじめと湿った気持ち悪い場所。普段なら日向ぼっこを好む彼がこんなところにいるのは非常に珍しい。ロコンは不思議そうに首を傾け、そうっとジグザグマに近付いた。
「…誰?」
前足を伸ばせば触れられそうな距離まで来たとき、不意にジグザグマが警戒した低い声で呟いた。ロコンはぎょっとして飛び退く。
「今、ぼく、体調が悪いんだ。だからねむって体力を回復してる。起こさないでくれるかな」
「うっうん。体調…ってどこが悪いの? 痛かったりする? 薬草でも探してこようか」
「君はロコン君だね。起こさないでって言ったのにすぐにおしゃべり。優しいんだかおせっかいなんだか」
「えっあっごめん」
慌てて必死に言葉を取り繕うロコンに背を向け続けながらため息をつき、ジグザグマは呆れた声を出す。
「薬草なんか要らないよ。言葉だけ受け取っておく。じゃ、悪いけど帰ってもらえる?」
冷たい響きが隠された言葉に、ロコンはしょ気る。それに雰囲気で気付いたのか、ジグザグマは少しロコンが可哀そうになって、仕方なくさっきから欲しいなと思っていたものを口に出すことにした。
「強いて言うなら…“キノコのほうし”が欲しい」
「“キノコのほうし”? なに、それ」
「絶対安眠の薬だよ。でも、どこでも売ってない。手に入れるなら、キノガッサに頼まなきゃ無理なんだ」
落ち着いた調子でジグザグマは喋ったつもりでいたが、どうやらロコンはそれを、本当に欲しくて堪らないのに手に入らなくて悲しんでる、様に受け取ったらしく、鼻息を荒くした。
「ぼっぼく、その薬もらってくる。大丈夫、すぐに戻ってくるから!」
「え、ちょっと…」
「キノガッサだね? 待ってて、今“ヒノコのほうし”を持ってくるからね!」
いや、ヒノコじゃなくてキノコ…言い掛けた時には既に、ロコンの軽やかな足音は遠ざかっていった。ジグザグマは急に不安になる。あんなおっちょこちょいにこんなこと頼んで良かったのだろうか。この先の森の奥に、キノガッサは住んでいる。しかし、その森には色々なトラップが仕掛けられているのだ。
「はぁ…あいつが無事に戻ってくるまでは寝れないなぁ」
とりあえず楽な姿勢を探して丸くなる。浅くても良い、眠るために、ジグザグマは目を閉じた。
ロコンは、森の前までは来れたものの、そこからどう行けば良いのか分からずにうろうろしていた。元々カントー生まれカントー育ちなので、ここの土地には慣れていない。勿論この森も入ったことが無い。そっと入口から覗くと、茂った葉が誘うようにゆらゆら揺れていた。ジグザグマの寂しそうな背中を思い出す。そうだ、あいつは今風に言うとツンデレって言うか、普通に言うと天邪鬼っていうか。とにかく、痛くても何も言わないし、大抵のことは自分でカタを付けてしまう。ほっとけない奴だ。
「よ…ようし、行くか」
勇気を出すための独りごとは虚しく消えていく。ロコンの隣を、虫取り網を持った少年が楽しそうに歩いて行った。そうか…土地に慣れていなくても、今の少年がどんな存在なのかは知っている。奴は俗に言う『虫取り少年』だ。三度の飯より虫ポケモン。きっと彼の姿に変化すれば、森の中でも虫ポケモンに攻撃されることはないだろう。ロコンはキレの良い自分の頭を誇らしく思いながら、弾みをつけて宙返りを一回した。途中でバランスを崩して尻を地面に強か打ったが、そんなに痛くなかった。おお、人間の身体はまるでクッションのようにできている。坊主頭を恐る恐る触ってみると、思っていたよりゾリゾリしていた。そういえば、虫取り少年には必需品の虫取り網を持っていない。ロコン少年は辺りを見回したが、良いものは無かった。仕方なく近くに落ちていた木の枝を掴む。ジグザグマのために早くしなければ。慣れない2足歩行でよちよちと、ロコン少年は森に入っていった。
「おい」
上から降りかかってきた声にはっとして目を開けると、長い髪の毛を無造作に縛り上げた主人が岩の上から視線を落としていた。どうやら自分は眠っていたらしい、とジグザグマは内心驚く。
「もうそろそろジムに行きたいんだけど。傷、治りそう?」
お前のせいで自分は怪我したんだ、と唸りたくなるが、止めておく。主人は、今風に言うとツンデレと言うか、普通に言えば天邪鬼と言うか。それを一番良くわかっているのは自分なのだから。ジグザグマは、痛くても何も言わないし、大抵のことは自分でカタを付けてしまう主人を見上げ、フンと鼻を鳴らした。
「んん、随分生意気になったじゃないか」
人間からすると、膝ほどまでしかない小さな岩だ。主人はパっと飛び降りると、ジグザグマの横に寝そべった。
「うっわ湿ってる。お前良くこんなとこで寝てられるな」
誰だっけ、小さい頃にジョーイさんに本気の告白して振られて、それがトラウマになってポケモンセンター入れなくなっちゃった悲しいトレーナー。それでポケセンの回復システムを利用できず、怪我したら自力で回復しなきゃならないパートナーって。あれ、あれれ、誰だったかな。
「まー良いや。お前意外とふかふかしてるのな」
主人が腕を伸ばしてジグザグマの腹に頭を乗せてきた。うぐっ傷口の真上だった。刹那、爆音と悲鳴が町中に響いたのは言うまでもない。
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海星 が 這い出て きた! ▼
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