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  [No.994] とけないこおり 投稿者:クロトカゲ   投稿日:2010/11/28(Sun) 08:51:02   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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「今日はちょっと調子が悪かったんだもん」

 私の呟きはその部屋に響き、消えた。

「テスト勉強や家の手伝いで、バトルの練習できなかったし」

 言葉は誰も聞くことなく消えていく。震えているのは雪の降る中歩いてきたからだ。それだけだ。
この部屋には私以外誰もおらず、外へは風の音でかき消されるはずだ。誰にも聞こえない。
 私は泣きそうな時、この山の室にやってくる。
 昔、冷蔵庫がなかった時代の夏、偉い殿様に運ぶ氷を保存しておくのに使われていたらしい。その洞窟は今は何にも使われておらず、人が来ることはほとんどない。


そんなに弱っちいんじゃ、トレーナーの旅なんていつまでも無理だな!


 今日もバトルに負け、情けない姿を誰にも見られたくなくて、山にあるここに来ていた。
 ポケモンは出さない。
手持ちのポケモン達はきっと慰めてくれるだろう。だけどそんな優しいポケモンに勝利を与えることができない私はもっと情けなくなってしまう。悲しくて悲しくて泣いてしまうかもしれない。
 だからポケモンは出さない。

膝を抱え、目を閉じた私は、どれぐらいそうしていたのかはわからない。なんとなく気になって顔を上げたのは、風のせいだった。唸るような音がするその風は、外から吹き込んでくるものじゃない。
それじゃあ――

そこには今まで来た時には気づかなかったものがある。
穴、と呼ぶにはちょっと綺麗過ぎる。切り抜いたかのような通路。
いや、ひょっとしてずっとあった?
 そう錯覚してしまう程に静かに、その道はあった。

「……」

 誘われるように、知らず知らずのうちに足を進めていた。
 不気味な風と私の足音を聞きながら、奥へ奥へと進んでいく。
 石の壁が、少しづつ色を変え、音を変え温度を変えていく。次第にはっきりと氷の壁へと変わっていく。
 やっぱり変だ。
室は初めて来たときに隅から隅まで見てまわったはずだ。
見つけられないはずはなかった。でも昨日今日作ったにしては深い。
 何なんだろう。
 引き返そうかと思ったけれど、どうしても足は止まらない。
 普段歩き慣れた雪道とは違い、気を抜くと滑ってしまいそうな氷の床を進んでいく。

 たどり着いた部屋、そこには、

「すごい……」

 巨大な氷が宝石のようにきらめいていた。

 テレビで見たことがある宝石よりもずっときれいな氷。大きなものから小さなものまで静かに光っている。言葉も出ない。しばらく動けなかった。
 どれぐらいの間そうしていたのだろうか、やっと動いたのは私ではなかった。大きな氷が揺れ、それに付いていた小さな結晶が落ちて割れた。

「うそ……でしょ……」

 氷の柱の一つだと思っていたものがゆっくりと動き出したのだ。よく見ると人の形をしたそれが、先の尖った足を床に突き立て、前に1歩、2歩と進んできた。
 さらに、柱の表面には数個の丸い模様が浮かび上がり、チカチカ点滅した。

「ポケモン……?」

 詳しくは覚えてないが、本で読んだことがある。どこかの地方の伝説のポケモンだ。
 そんなポケモンが何で?
 いや、そんなことはどうでもいい。
 二度と起きないこのチャンス、絶対にものにしなくちゃ!
 伝説のポケモンを捕まえるのだ!
 私は腰のポーチに入っていたモンスターボールに手を伸ばすと――

そんなに弱っちいんじゃ、トレーナーの旅なんていつまでも無理だな!

 ボールを握った右手が凍ったように動かない。ピクリともしない。
 私には無理だ。でんせつのポケモンと戦うなんて無理だ。
 動けない
 目に入ったのは氷のポケモンの右腕。そこには大きな亀裂が入っていた。

「怪我……してるの?」

ポケモンは動かない。
 
「傷薬とか効くのかしら?」

 そもそも、そんな伝説なんていわれるポケモンは普通のポケモンと同じなんだろうか。どうしていいかわからない私は、とりあえず手持ちの回復アイテムを使うことにした。が、たいしたアイテムを持っていない。

「効果があればいいんだけど」

持っていたいい傷薬を三つ、普通の傷薬を五つ使いきった。木の実も何個か持っていたがどこが口なのかもわからない。そもそも木の実を食べるのだろうか?
ポケモンはされるがままだった。時が止まったように動かない。

「ごめんね、元気の塊とか持ってたらよかったんだけど」

 残念ながら私はまだ子どもだ。それに弱い。お小遣いだって少ないし、バトルで賞金を稼ぐこともできない。普段持ち歩くことはおろか、買いに行くことすらできやしない。


 図書室で調べてみると、意外にあっさりと見つかった。
 レジアイス 氷山ポケモン
 ホウエン地方の伝説のポケモンだという。
 そんな遠くに伝わるポケモンが何故いるんだろうか?
 結局その本にも、他の本にも私の知りたい情報はない。

 それからレジアイスに会いに行くのが私の日課になった。別に何をするわけでもない。ただレジアイスを見て、そばにいるだけだ。あいかわらず右腕は直らない。

「ねぇ、触っていい?」

 レジアイスも模様が優しく光り、消えた。
 それが肯定なのか否定なのか確かめようはない。ましてや私の言葉に反応したのかさえわからない。
 私はレジアイスの前に立ち、そっと手のひらを氷の体に当てた。
 
 
 ――それはとにかく冷たくて――
 

 レジアイスに抱きつくように両手を広げ、体を預ける。
 
「やっぱり冷たいのね。ちょっと痛いかも。でも――」

 私を包んでくれるような、そんな優しさを感じる、と思うのは感傷的なんだろうか。

「ねえ、あなたはどこから来たの?」

「どうしてここに来たの?」

「何を考えているの?」

「      」

 突然の出来事に私はすぐにレジアイスから離れた。
 模様が突然強く光りはじめたのだ。
 ぱらぱらと氷りの粒が天井から落ちて、私の体に乗った。
 次の瞬間、私は氷の床に滑って倒れた。
 まるでポケギアの振動のように、私の周りの空気ごと、体がブルブル震えて立っていられない。

 妙な震えはすぐに納まり、体を起こすと前にレジアイスが立っている。しかし、今まで見慣れた氷のポケモンとは様子が違う気がした。

 機械みたいな、壊れたラジオのような妙な音が鳴り、レジアイスのひび割れた腕がこちらに向けられた。
 驚いて身動きのできない私を見つめながら、その腕の前に光と風が集まり始める。
 室に入っていったときのように、私はそこに吸い寄せられて、目を話すことが出来ない。

(れいとうビーム?! れいとうパンチ?! こごえるかぜ?!)

 私の脳裏に最悪の光景が広がった。




 その日、私は風邪を引いた。


「まったく、あんなに吹雪いてるのにずっと外にいて。風邪を引くにきまってるじゃないの」
「ん〜〜……」
「それ食べたら早く寝るのよ」
「ん〜〜……」

 レジアイスと別れてから四日経った。信じられないぐらい熱が出て、一日寝込んだままだった。二日目・三日目も熱は引かず、だるさが続き、食欲も全然なかった。今日はやっとだるさも少し和らいで何とかお粥をお腹に収めているが風邪は治らない。
 曇りガラスを拭いてみても外はどうなっているかわからない。とにかく真っ白だ。レジアイスはどうしているのだろう。

「全く、あんな吹雪の日に何してたのよ。山にはなんにもないでしょ」
「危ないから雪が降ってる日は山に行くのはやめなさい」

私、伝説のポケモン見つけたのよ。

父さんは笑うかしら。母さんは熱がひどくなったと心配するかもしれない。きっと信じてはくれないだろう。絶対。
 それに私はあの後のことをよく覚えていないのだ。光った腕。それしか覚えていない。そのあと自分の足で山を降り、家まで帰ったのはなんとなく覚えている。それだけだ。

「わたし、ねる。おやすみ」
「暖かくするのよ」

ベッドに潜り込むと私は目を閉じる。ドアの向こうから二人の話し声が聞こえる。

「じゃあ誰かに会ってるのかしら?」
「彼氏か? 父さんは許さんぞ」
「じゃあ本人に聞いてみたら? 彼氏はいるのかって」
「別に俺は気にならん。だからお母さんが聞きなさい」
「まあ」

 そして窓を叩く風の音で、話し声は聞こえなくなった。
 吹雪は続いている。
 一向におさまる気配がない。

 次の日、空はどこまでも一面の青。晴れ渡る空を見たのはずいぶん久しぶりな気がした。
氷の室は閉ざされていた。
 解け始めた雪が落ちてきたようで入り口は塞がっていた。

一週間もすると、続いた陽気で雪が解け始めた。山の銀世界も狭くなり、やがて緑の姿を取り戻すのだろう。
 そしてあの室を塞ぐ雪も解けていた。

「あんれまぁ、こんなところに何かようかよぉ?」
「あ、はい。ちょっと」

 室の管理のおじさんが、なにやら作業をしていたので、私はその場を離れようとした。

「ちょっとまってけろ。おめぇさん、冬の間ここで何かやってただろ?」
「ええ、ちょっと」

 勝手に出入りして起こられるのかと思い、私は曖昧な返事しかできなかったが、そういうことではなかったらしい。
ヒゲ面を笑顔に変えておじさんは言った。

「別に汚してたわけでねぇし、だぁいじょうぶだで。それより忘れ物取りに来たんでねぇのか?」

 忘れ物? いったい何のことだろう?

「あぁ、ワシ、でりかしーっちゅうもんがねえから。ごめんな」
「いえ、別に。ところで」
「ん?」
「ここって奥に続く道というか、奥に洞窟とかありませんでしたっけ?」
「んなもんねぇよ。ワシャ40年以上ここ使っとるが、んなもん見たことねぇなぁ」

 じゃあ、あの部屋は何だったんだろうか。熱が見せた幻?

「ほれ、まだこん中は冷えてるから溶けてなかったよ。これ作ってたんだろ?器用な娘っこだなぁ、おめは」

おじさんが差し出したのは氷。人型にも見えるそれをおじさんは私が作ったと勘違いしたのだ。

「ありがとう」
「んじゃ気いつけてなぁ」

 私はその氷はレジアイスが作ったのだと思った。あの光はきっとこれを作るため。あの空気の揺れは不思議な力で私の型でも取っていたのかもしれない。

「それともあの時本当に――」

 ――レジアイスはどこに行ったのかしら?

 本格的に春が訪れたら私は旅に出よう。それでレジアイスを探しに行くのだ。旅をしながらあの腕を直す方法も探そう。

 ――レジアイスは今何をしているのかしら?
           
 ひんやりした氷は太陽に照らされても溶ける様子がない。だから、きっとあのレジアイスが作ったに違いないのだ。
 
 私は何度も読んで、もう覚えてしまったそれを、歌みたいに詩を読むように口に出した。ホウエン地方の伝説のポケモンについて書かれた石盤の一文だ。 


わたしたちはこのあなでぽけもんとくらしせいかつし、そしていきてきた。
すべてはぽけもんのおかげだ。だがわたしたちはぽけもんをとじこめた。
こわかったのだ。ゆーきあるものよきぼうにみちたものよ。
とびらをあけよ。そこにえいえんのぽけもんがいる。


 風が吹いた。もうすっかり暖かくなったはずなのに、北風のように冷たい風が。

「寒いな」

 私はさっきまで氷を持って冷え切った手に息を吐きかけ、擦り合わせた。
 そして体をぎゅっと抱きしめる。
 震えはしばらく止まらなかった。 


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【書いてもいいのよ】 【描いてもいいのよ】 【批評してもいいのよ】