幼い記憶―
母さんは料理ベタだった。チキンを焼けば脂っこくなり、ケーキのクリームはいつも甘すぎた。
それでも、欲張って食べていた。たとえ次の日の朝、胸やけで起きることになろうとも・・
父さんは毎日仕事が遅くて、帰ってくる時間は大体日付を過ぎてからなんだけど、その日だけは六時くらいに帰って来てくれた。
大きな荷物を抱えて。
中学に入るまでは、毎年そうだった。
でも、今は違う。家族が一つの場所に集まるなんて、絶対無い。
なぜって、母さんも父さんも外国にいるから。いつもスケジュールがパンパンだから。
特にこの時期は年末のため、休みを取るなんて不可能に近いこと。
だから、時々他の月の子が羨ましくなるんだ。
寒さを感じて、私は目を覚ました。ベッドの上でツタージャが丸くなっている。
どうやら、ステンドグラスの歴史の本を読んでいてそのまま寝てしまったらしい。窓が開いている。
私は窓を閉めると、暖房を入れた。続いてツタージャに毛布をかけてやる。こんな時期に何もかけないで寝たら、風邪を引いてしまう。
「・・」
窓の外を見る。闇に包まれた空に、星が少し。
空がいやに遠く見えた。
小さな館で知り合ったツタージャは、最近では私の家で一緒に過ごすようになっていた。
私もそれが嬉しかった。一人は流石に寂しかった。誰にも言ったことはなかったけど、話し相手がいないことは、なかなか辛いものがある。
今日学校であった出来事も、嬉しいことも悲しいことも誰とも分かち合うことが出来ないのだから。
でも、ツタージャに出会ってからはすごく楽になった。寂しくないし、温かいし。
何より、話し相手がいるのが幸せだった。
携帯電話にはメールも着信も入っていない。両親が外国に行くときに買ってくれた物だ。ほとんど登録していないけど。
そんなディスプレイを見つめていた時だった。
「!?」
手の中で携帯電話が震えた。着信だ。メロディは、チャイコフスキーの『弦楽セレナード』。
ディスプレイに出された文字は、六つ。
『カミヤ カオリ』
カミヤカオリ。漢字で書くと『火宮香織』うちの私立学校の高等部一年生だ。私は中二なので先輩に当たる。
とにかくミステリアスな人で、意味深なことを言っては周りの人を疑問の渦に叩き込む。だけど悪い噂も多い。彼女に悪意を持って接した人は、必ず学校を去るらしいのだ。
「はい」
冷静な声が聞こえてきた。
「ハロー。元気?突然なんだけど、今から家の前に来てくれないかな」
カミヤ先輩の家は、この街の外れにある。知る人は少ないが、大きなお屋敷だ。
「今から、ですか?」
「寂しいならポケモン連れて来てもいいよ」
この時間に一人で行くなんて無理がある。電話を切った後、私はツタージャを起こした。
そして鍵をかけ、家を出た。
「デスカーン、ヒトモシ達を呼んで来て」
カオリは電話を切った後、指示を出した。側に置いてある袋には大量のクラッカーが入っている。
『人を呼ぶなんて初めてじゃないのか』
「普通なら呼ばないよ。でも、何か放っておけなくて。親がいないのは同じだし」
一人で寂しくそれを向かえる点が、共通していた。
共通していないのは、ゴーストタイプを扱えることと・・
親に会おうと思えば会えることだろうか。
「喜んでくれるといいんだけど」
カオリの手には、小さなステンドグラスがあった。
端っこの方に名前が書かれている。
『MIDORI』
と。
ミドリがカオリの家に来るまであと一時間。
ミドリがカオリの家のドアを開けるまであと五十分。
カオリがミドリをクラッカーで迎え入れるまであと四十分。
ミドリの驚く顔が笑顔になるまで、あと・・
[HAPPY BIRTHDAY MIDORI!]
ーーーーーーーー
12月4日。
ミドリの誕生日のついでに、紀成の16年目の歴史も祝ってやって下さい。