ひっそりと、それは始まっていた。
来るはずの何かが来ない。そこにあるはずの物が無くなっていく。
空は黒に染まり、白の星はそれに包まれて光も届かない。
気温は常に冷たく、冬のように凍り付く。
朝も昼も夜も来ない。その忙しさの中で、人々は気付いていない。
コンクリートジャングルからカラフルなネオンが消えた。
光の色が消えた。赤は黒に、黄は白に、青は灰色になっていく。
それでもまだ、人は空を見上げることはない。
・・モノクロの世界に気付くことはない。
小高い丘のベンチで、ミコトとダークライはチェスをしていた。相手は白、こちらは黒。
「君の望むような世界になった。満足かい?」
『どういう意味だ』
「この世はもう終わりだよ。色が無くなった。朝も、昼も、夜も分からない。常に曇天みたいな天気だ」
ミコトが騎士を置いた。これで王の逃げ場は無い。
「チェックメイト」
駒はもう動かない。ミコトはチェス盤を片付けはじめた。
「僕の目に映っている世界は本物?」
『そうだ』
「この世界は現実?」
『紛れも無く』
「この世界を生きるのは誰?」
『・・お前だ』
風が吹いた。木々の葉がざわざわと揺れる。
「安心したよ。夢じゃないんだね。本当なんだね」
『黒と白が混ざり合った世界。嘘も本当も、悪事も全てごちゃまぜだ。
何が正しくて何が違うのかをこれからは自分で判断していかなくてはならない』
街の方には光がある。白い光が。
「悪いことか良いことか、判断しないといけないんだよね」
『ああ』
「じゃあ聞くよ。そうだなぁ・・」
ミコトはダークライの目を覗き込んだ。
「僕が望んだことは、正しかったのかな」
『私に聞くのか』
「答えてよ」
『どちらとも言えない』
ミコトは立ち上がった。
『何処へ行く』
「ここにいてもね。っていうか、頭がおかしくなりそうだよ」
乾いた声が響く。雫が頬を伝う。
「これは確かに僕が望んだ世界だ。モノクロの世界にしたのは君だけど、それは僕が望んだことだ」
雨が降り出した。服に黒い点がついていく。
「これから何処へ行こうか。モノクロになった芸術品も、きっと綺麗だよね。ああそうだ。フランスに行こう。エッフェル塔を見て、セーヌ河のほとりを散歩するんだ」
ミコトは歩き出した。
「・・僕にはもう何もいらない。このモノクロの世界で永遠に生き続けるんだ」
(私は彼女に出会い、彼女は私を受け入れた。そして願いを叶えた。
その事実は変わらない)
『だから、私も付いて行こう』
(彼女は幸せですか)
(さあ)
(彼女は不幸ですか)
(さあ)
(彼女は後悔していませんか)
(・・はい)
モノクロの世界を、一人と一匹が巡る。
永遠に。
電池が切れないオルゴールのように。
そのオルゴールの上で踊る、踊り子の人形のように。
『モノクロワルツ』
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[描いて欲しいんだぞ]
[幻影電話も描いて欲しいんだぞ]
幻影電話にタグを付けるのを忘れてたので、同じような雰囲気のこれに付けます。