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  [No.1131] 【再掲】コーヒーはブラックで 投稿者:   《URL》   投稿日:2011/05/04(Wed) 00:08:57   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 コンコン。ノックの音に応じて女性が顔を上げた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
 女性――カフェGEK1994のオーナー兼マスターであるユエの呼びかけに応じて、面接室のドアが開かなかった。そして、バイト希望者が室内に入り、ユエに向けて一礼した。

 現れたのは紫の大きなウィッチハットを被り、紫のケープに紅玉のネックレスを身に付けたお嬢様。ユエが向かいの椅子に手の平を向けてから、彼女は椅子に腰掛けた。ケープの下に体がないとか、ドアをすり抜けて部屋に入ったとか、そもそも彼女はムウマージだとかつっこむのは野暮というものである。

「はじめまして。お電話差し上げましたリリ・マードックと申します。お目にかかれて光栄ですわ」
 リリと名乗る女性、もといムウマージ♀は、面接室の机に肘(ひらひらしていて詳細不明だが、曲がっているのだから肘)を付け、手を顎の下にやって、無邪気そうな笑顔を見せた。そしてハッと何かに気付いたような表情をしてから、大判の茶封筒を取り出した。どこから? ケープの下からである。
 カフェのオーナーの女性は、つとめて笑みを返しながら茶封筒の中身を取り出した。封筒はリリに返した。当たり前のように、リリは封筒をケープの中に戻した。
 封筒の中にあったのは、ありふれた履歴書だった。
「わたくし、写真うつりがとても悪いんですの」
 ユエの視線が写真に向けられる前に、リリは素早くそう言った。
 その言葉で、ユエは履歴書の写真をとっくり眺めてみる気になった。写真には、どこかのスピード写真の箱の内側だろう、薄汚れた味気ない白い壁が写っていた。よく見てみると、中心と外側で白の色合いが違う。内側の、薄紫の混じった白い影をじっと見つめていると、それが目の前の面接に来たムウマージに見えてくる……気もしないではない。
 フラッシュがだめで、と言うムウマージの言葉を遮って、ユエが質問をした。
「まず、ここで働きたいと思った理由を聞いてもよいですか?」
 ムウマージは笑みを深くした。そうすると右頬にえくぼらしきものが出来る。中々チャーミングな娘さんである。
「わたくし、ほんの何週間か前に、この町に流れ着いたのですけれど……」
 ムウマージの話ぶりに気を配りつつ、履歴書にも目を走らせる。名前――リリ・マードック。住所はライモンシティの某所。携帯電話の番号が書かれてある。携帯電話をどこにしまっているかは考えないでおこう。学歴――千九百年頃、師○○に教えを乞う。ユエは年月日をもう一度見直す。やはり学歴欄は二十世紀初頭から始まっている。
 このお嬢様、否、ご婦人はずいぶん色んな場所を旅して、様々な人・ポケモンと親交を深めてきたらしい。そして、二千××年、シンオウの某所で進化、とある。
「素晴らしい町ですわね。わたくし、ミュージカルにすっかり夢中になってしまって」
 趣味――ポケモンミュージカル、映画鑑賞、ポケモンバトル。特技――シャドーボール。
「ずっと流浪の旅をしてきたんですけれど、ここに腰を落ち着ける気になったんですわ。それで、このカフェーを見つけて……ひと目ぼれしてしまったのです」
「ひと目ぼれ?」
 リリはこっくり頷いた。「なんと言ったらよろしいのでしょうね」と、数刻目を宙にやった。
「にぎやかで、コーヒーが美味しくて。お洒落で、かわいらしくて。それでいて、いつでも誰でも、静かに受け入れてくれるような。たとえ、悪い噂のあるゴーストポケモンでも」
 リリはそこまで話すと、照れくさそうに笑って「今のは忘れてくださいまし」と言った。
「こんな素敵なカフェーで働きたいと、かねがね思っていたのですわ」
 さっきの言葉を打ち消すように、リリは声を張り上げた。
 そうしてにっこり笑った。えくぼが浮かんだが、なんだか寂しそうな笑みだった。
 勤務時間の希望を聞くと、「お日様ががんばっている時間帯は好みじゃありませんの」それから、「日焼けしますもの」そう付け足した。

 それからまた少し話をしてから、面接は終了となった。リリは、給仕でもレジでも何でもやる、と述べた。
「決まったら、こちらから連絡します」
 リリはひらひらした紫の裾をつまんで、カーテシーのような仕草をした。そして、来た時と同じようにドアをすり抜けて帰っていった。

 日はまだ照っていた。
 リリはケープの中から赤いパラソルを出した。黄金色の、煮詰めた蜜のような甘い黄昏時。ネオンがパチパチと点滅して、灯る。カラフルな飴のような明かり。この町の夜が目を覚まし出す。
「甘い夢の後には、とびっきり苦いコーヒーがいいわ」
 ムウマージは誰に言うともなくそう呟くと、薄暗い路地の向こうへ溶け込んでいった。

 カフェの看板息子がその後ろ姿を見送って、店内に戻ってきた。
「あのポケモン、雇うかな?」
「さあ、どうだろう」
 常連のピカチュウと数語交わし、奥へ進む。話し相手を探すポケモンがいないかどうか、店内の様子に気を配る。窓の外にムウマージが見えた気がした。ガラスに映った自分だった。

「あ−、次のバイト志望者の面接まであと五分しかない! ライザくん、三番テーブル片付けて!」
 ユエは従業員たちにテキパキと指示を出しながら、厨房に回る。仕込みを手伝い、時間を見て再び面接へ。今度のバイト志望者はドアを開けて入ってきた。面接を終え、「忙しい」と口走りながら店に出る。
 カフェ『GEK1994』は今日もにぎわっている。


【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【本文は大丈夫だけどタグと後書きは再現できないのよ】


  [No.1132] 【再掲】夢魔語り 投稿者:   《URL》   投稿日:2011/05/04(Wed) 00:10:29   76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 紫の帽子に紫のケープ。赤いパラソルを差したムウマージ、リリ・マードックはアルバイトの為、駅前のカフェに向かっていた。リリは肩からパラソルを浮かせてくるりと回し、再び肩に乗せる。彼女は心持ち暗い、裏通りと言える道を選んでいた。しかし、それでもこのライモンシティは明るい。眠れない程に。

 白く眩い光は砂糖菓子、暖かな橙の光はカラメル。曲がりくねったネオンの文字が色とりどりの飴細工なら、向こうに見える観覧車は何かしら? カラースプレーのたっぷりかかったホールケーキ。黒っぽいチョコレートに覆われて、柔いスポンジが眠っている。
 観覧車は様々な色に光りながら、ゆっくり回転していた。様々な色、様々なパターン。観覧車は目まぐるしく衣替えして、まるでそこだけ季節が早回しで過ぎていくみたいだ。
 あの観覧車は夜中じゅうずっと回っている。観覧車だけではない、この町では多くのものが――不休を売り文句にする店や、娯楽施設、誰かが働いているビル、家までもが――夜遅くまで起きている。丑三つ時、草木が眠ってしまってもこの街は起きている。

 必然、夢を見る時間も、少なくなる。

 なら、この街の人たちは現(うつつ)を生きているのかしら、とリリ・マードックは呟いてから、古い呪文を口ずさみ始めた。



 昔々、百年以上前のことだ。リリ・マードックはイッシュ地方から海を越えた遥か向こうの、とある深い森で生を受けた。その頃はまだ、リリでもマードックでもなかった。

 彼女たちの一族は、少し変わっていた。普通のムウマよりも、夢に対する造詣が深い、とでも言おうか。夢魔としての属性を強く持ち、人やポケモンに夢を見せることを慣わしとしていた。悪夢に迷い込ませて、その恐怖を自らの生きる糧とする者もいれば、わざと明るく楽しい夢を見せて、夢から覚める時の一瞬の寂寥を捕らえて食す者もいた。

 どんな夢を見せ、いかに心を負の側へ、虚軸の上へ触れさせるか。彼女の一族はそういうことばかり研究していた。
 そんな彼女らの中で、リリは特に変わっていた。夢を追う一族の中で、彼女だけは現を追い求めた。彼女だけが故郷の森を離れ、旅に出た。旅に出て、色々なものを見聞きすれば、自分の見せる夢は色彩豊かで豊潤なものになると考えたのだ。

 そうして、世界中を回って、五十年後に戻ってきた時。故郷の森は消え、一族の血脈はほぼ絶えていた。生き残った数少ない仲間は四散し、深く暗かった森は明るく、すぐ傍まで人家が迫っていた。もう、リリを知る者もいなかった。

 そして、リリは再び旅に出た。
 各地を回り、人やポケモンの夢の中に入り込んで、様々な夢を見せた。リリの作る夢は好評だった。まるで旅行に行ったみたいだ、と喜ばれもした。いつか、夢で見た景色を現実に見に行きたいとも。一方、そうした明るい希望の裏側に去来する寂寥は、この上なく美味であった。
 彼らの中には思い通りに行かない現実に嫌気が差して、リリが作る夢の中に逃げ込んだ者もいた。ただ、自分の記憶にないものを夢に見るのはエネルギーを浪費するし、リリもひと所に留まることはなかったので、彼らの逃避はすぐに終わりを迎えてしまったのだが。

 そうやって、長いこと、夢を見せて回っていた。リリはムウマージに進化し、いつの間にか、夢を見せることも少なくなっていた。

 夢魔――リリスの末裔と言われる彼女たちの存在を知る者が減っていったこともあるかもしれない。けれど、それ以上に、世の中がバトル主流になっていったことが影響していたように、リリには思えた。
 ムウマやムウマージはもう、夢に入り込んだり、人の寂しさ切なさを食らうポケモンではなく――バトルで使われうるポケモンの一匹、トリッキーな技で相手を撹乱したり、そこそこの火力で相手を攻撃するポケモン。ポケモンを摩訶不思議な隣人として捉える人もいたが、それでもリリの一族のみならず、ポケモン全体への見方がどこか変わっていくのは、逆らえない時代の流れのように感じられた。


 だからだろうか。

 リリは明るすぎる、街の明かりに目を凝らす。
 ネオンサインが、ミュージカルホールの英文字綴りを蒼い夜に描き出す。戦うでもなく、競うでもなく、ただ軽やかな音楽に乗って拙い舞を舞うだけのポケモンミュージカルにひと時の安らぎを覚えた。惹かれるようにここに居着いた。

 それに、この街は明るいから、とリリは小さく呟いた。

「光が強ければ強い程、影も深くなる」
 この言葉は、古い言葉で呟いた。古より続く理。



 カフェGEK1994に着くと、真っ先にカウンターの上で客の寵愛を独り占めにしている小さなポケモンが視界に入った。
 白い体に、赤い角が五つ生えたポケモン。太陽の子どもとも称されるメラルバだと、すぐに思い当たった。ただ、このメラルバは平均サイズより遥かに小さい。恐らく生まれたてだろう。カフェの看板息子であるマグマラシの体温が心地いいのか、しきりに彼に擦り寄っている。
 けれど、とリリは首を傾げる。
 このカフェにメラルバはいなかったけれど、どこから来たのかしら?

 オーダーを受ける合間を縫って、カフェのマスター兼オーナーであるユエに話しかけた。
「ああ、あのメラルバはカクライさんのよ」
 いつもと変わらず、屈託のない笑顔で客をさばいていく彼女に、リリは剣呑さを隠した声音で質問を重ねる。
「カクライさん、とおっしゃいまして?」
「うん」
 そこで会話は終わった。

 短い十分休憩の間に、リリはメラルバの持ち主の「カクライ」について考えた。
 マスターは「カクライさん」を「コーヒーが似合う人」だと言っていた。……ということは、少なくとも彼女には――いや、普通の人間には「カクライ」は「人」に見えるらしい。
 しかし、カクライと呼ばれる家は、もう血が絶えていたはずだ。数十年前の、火事によって。
 ならば、このカフェに来た「カクライ」は、何者だろう。幽霊だろうか。

「まあ、実際に会ってみたら分かることですわ」
 休憩を終え、リリは再びカフェの表側に出た。注文を取りながらテーブルを回っていると、カウンターにいるマグマラシに呼び止められた。
「どうなさいました?」
 マグマラシは無言で、自分に身を摺り寄せる小さな子どもを見下ろした。
 さっきのメラルバだ。マグマラシに背をさすられながら、しきりに泣きじゃくっていた。

「急に寂しくなったみたいでさ」
 母親であろうウルガモスに体温が近い、という理由で子守を任されたマグマラシは、対処に困っているようだった。
「失礼」
 マグマラシの腕の中にそっと手を伸ばし、メラルバの額に手を近付ける。
 そして、古い呪文を使ってメラルバを眠らせると、片目だけ閉じてメラルバの夢を覗き込んだ。


 メラルバの夢の中には、淡く輪郭のぼやけた色彩と、ムウマージのリリには暑いくらいの熱が存在していた。
 狭い夢の世界の中心に、形をなさない意識がひとつ。言葉にはなっていないが、寂しさを感じているらしい。リリは胸の宝玉を光らせ、メラルバの寂しさを吸い取ると、小さなメラルバの見る夢の世界を軽く探った。
 幼さゆえ自我も、それ以外の認知もはっきりしていない。しかし、嗅覚は大体のポケモンで発達している。リリはメラルバが好ましく感じている匂いを二つ、記憶の中から引き出して、メラルバの夢の中に満たした。と同時に、夢の中心にいる意識が少し、安堵したようだ。
 リリは目を開けた――


 しばらくメラルバに手を近づけていたリリは、そっとその手を離し、マグマラシに向かってとりあえずは大丈夫だと頷いた。

 リリはまた給仕の仕事に戻った。
 しばらくして起き上がったメラルバは、先程と変りなくマグマラシとじゃれ合っているように見える。
 リリはその様子を横目で見ながら、先程覗き込んだメラルバの夢の意味を考えていた。
 認知の乏しい、ぼやけた夢の世界であっても、見方を知っているリリにははっきりと意味をなすものになる。それに、リリはそれなりにキャリアもある。夢に入り込めば、直結する記憶の領域にアクセスすることなど、朝飯前なのである。
 それによると、メラルバはバトルトレインで生まれ、主のカクライの所用の為にカフェに一時預かりされたらしい。所用、の内容が気になるところだ。リリは空いたテーブルを拭き上げて、入り口を見た。
「ありがとうございました」
 まだカクライの姿は見えない。


 それから二人程の客を見送って、夜の客の波が収まった時――
 やっとリリのお目当ての人物が現れた。
 マグマラシが小さなメラルバを抱き上げ、その足元に走る。
 彼はこのカフェの常連らしく、ユエもリラックスした笑顔を向けていた。
「リリちゃん、こっち来て! ――こちら、うちの常連のカクライさん。メラルバの人よ」
「はじめまして。リリ・マードックと申します」
 リリはいつものようにカーテシーの仕草をしながら、じっとカクライを見る。そう、そういうことですか。
「カクライと申します。こちらこそ、以後お見知りおきを」
 魅力的な笑顔を浮かべ、リリに挨拶する男性。
 彼は、人によっては歳若い青年にも、年老いた翁にも見えるのだろう。けれど、リリはその奥の、儚い炎でしかない彼の姿をはっきり見てとっていた。

 リリはえくぼを浮かべた。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
 小さなメラルバを受け取った彼の隣で、シャンデラがクルクル回る。
 二三、言葉を交わして、カクライは店を出た。

 あの姿では、到底夢は見られまい。
 その背中を見送って、リリは残った仕事を片付け始めた。


 飽きる程に明るい街に、今宵も砂糖の光が灯る。リリ・マードックは赤いパラソルを差し、薄明かりのライモンの裏路地を通る。
 リリの一族しか知り得なかった古い言葉で呪い(まじない)を紡ぎながら、進む。
 旭はずっと遠いのに、この街は目を開いている。
「このくらいの明るさがちょうど良いわ。なんとなく、眠れないくらいの方が」
 と、リリは小さく呟いた。


 それにしても、とリリは独りごちる。カクライのあの状態を維持するのは、少々骨折りのはずだ。恐らく他人の命を食らっているのだろうが、昨今の失踪事件と、何か関係があるのだろうか。
 まあ、それはそれ、とリリは思う。カミヤやカクライの家につくことにも毛程の興味も覚えないし、もうしばらくは傍観者でいようか。誰かリリの大事な人が傷付けられる段になったら腰を上げるだろうが、カミヤにしろカクライにしろ、GEK1994の若いマスターに危害を加えるようなことはあるまい。今まで通り、カフェの仕事と夢魔としての仕事を続けていけばいい。

 帰り着いたアパートの、薄いカーテンの向こうから日が差し込む。リリはひと息にカーテンを引くと、明るい太陽の光を浴びて、思いっ切り伸びをした。
「光が強ければ強い程、影も深くなる」
 古の言葉で呟きながら、いつまでも眩い陽光を見つめていた。



【何してもいいのよ】
【ムウマージは催眠術覚えないとか言っちゃいやなのよ】
【お題:眠りと偶然合ってたのよ】

リリさんはこんなポケモンに違いないと書いてみた。眠たくなった。