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  [No.1301] 【再投稿】執行人 投稿者:音色   投稿日:2011/06/09(Thu) 22:52:53   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 がじゃりと少しだけ派手な音がするように噛み砕く。しばらく口の中でそれを転がしてみるが、別に味に変化はない。このまま飲み込むには少し大きすぎるので、もう少しだけ口を動かてみる。
 小さくなったそれを飲み込み終えると、手の中に残っていたもう半分の塊を口に投げ込む。
 やっぱり、面倒くさがらずにきちんと研磨してから食えばよかったと後悔するころには、口の中は空っぽになっていた。

 
 暗闇の中で光る両目が近づいてきた。
 軽い足音がして、同僚がやってくる。
「よぉ」
 小さく声をかけてきて、そいつは俺の隣に腰かけた。返事を返す前にそいつが出したのは、労いの言葉だった。
「さっきはお疲れー」
「あぁ」
「しぶとかったんだって?根性あるよなー」
 出来れば、根性も体力もない奴がいいけど。
 腰に下げた袋に手を突っ込んで、握り拳程度の原石を引っ張りだす。爪を立てながら少しずつ削っていけば、やがて綺麗な水色が浮かび上がってきた。
「ヨノワールが言ってたんだけどよ」
 削る音が止まる。
「何を?」
「あいつら、また過去に飛ぶ気らしいぜ」
 そのセリフは何度も聞いた、と返すべきなのか、それともため息をついて見せるべきなのか。
 無言を押し通すと、「あいつら馬鹿だよなー」と同僚はつぶやく。
「過去を変えたら、未来は消える。そしたら俺たちも消える、あいつらも消える。こんな簡単なことがなんで分からないんだろうな」
「分かっちゃいるだろうさ」
 不意に口から出た本音に、ちらりと疑心の目を向けられる。
 取り繕うように「あいつらは自分たちが消えても良いと思ってやってんだろ」
「なんで?」
 ううんと唸って見せて、あいつらが死ぬ寸前まで必死に叫んでいた言葉を復唱する。
「こんな暗黒の未来じゃなくて、本来の時間が流れる未来にする。そのためにはこの未来に繋がる過去を変える。本来のあるべき姿に戻すために、自分たちの命は惜しくない・・ってことだろ」
 けど、その理屈は、おかしい。
 ならば、この世界になってしまって、生まれ出た自分たちは、過去のどこかでこの世界に繋がる要因を取り除かなかったばっかりに、消えてしまう運命にあると言うのか?
 死にたくなど、無い。消えたくなど、さらにない。
 だから、ヨノワール・・メジストは神の意志の代行者を名乗った。


「お前たちが消える必要はない。全ては過去の責任だ。我々が存在を歴史から消されてしまう事は阻止せねばならない!」


 綺麗に削り終わった宝玉は、暗闇の世には無い色を浮かびあがらせた。止まってしまった流水でさえ、これほど澄んだ蒼色はしていない。
「そりゃ、あいつらが叫んでいることだって分からないわけじゃないんだ」
「?」
 同僚が俺の言葉に疑問符を返す。
「あいつらが思っていることは、少なからず、俺たちだって心の中で考えていることだからさ」
 それでも、死への恐怖が大きいものは、みな、ヨノワールの言葉に魅かれていった。
 こうして、この暗黒の世において、命は二つの勢力に分かれた。
 
 まぁ、なんだな。
「過去を変えようとしているあいつらにとって、メジストや、ましてや俺達なんて、飛んでもない“悪”、なんだろうな」
 締めくくって、同僚は立ち上がる。食べ損ねた宝玉を袋に戻しながら同意する。
 確かにその通りなんだろう。
 

 死刑執行人、それが俺たちの肩書だ。


 この暗闇の世界で、幸か不幸か、ヤミラミという種族の俺は、最初は大して不便を感じなかった。
 喰らうものはそこらの鉱石で十分だったし、もともと日光なるものが苦手な種族らしい。もっとも、生まれてこのかた、そんなモノを拝んだ記憶はないのだが。
 だから、それ以外の種族がどんなふうに苦しんだかなんて、知りもしなかったし、この世界が異常と叫び続けるあいつらを冷めた目で見ていただけだった。
 当然のように、真っ先にメジストについていった。
 そして、この役職を与えられた。
 
 
 過去に飛ぼうとするあいつらを、神は察知し、ヨノワールが指示を出し、俺たちが捕える。
 そして、殺す。
 生かしておいても、何の意味もないから。
 両手の爪は、それはそれは鋭く相手の肉を抉り、少しでも長く苦痛が続くように嬲り殺す。
 あるポケモンは死に際に皮肉そうにこう言った。
「死にたくないと願うお前たちは、今日も同じ願いを持つ者を殺しにかかるのか」
 俺はそれにこう言った。
「過去を変えてこの“今”を消そうとするお前らが、命を捨てる気ではないと言うのか」
 止めを刺した。
 そいつは何も言わずに言切れた。


 特に神が敏感だったのは、時を超える力を持つとされるポケモンへの弾圧と排除だった。
 セレビィ。全てを殺害にかかるよう命令が下された。
 はじめて見た時、あれは本当にポケモンなのかと目を疑った。暗緑色しかない森に、生きた宝石が飛びまわる。
 淡い緑色のそいつらは、とてつもなくすばしこかった。逃げまどいながら奴等は歌う。
「どうして色を取り戻さない。私の体と同じ色の、森や大地をみたくはないのかしら」
 そんな奴等を捕まえて、首元を切り裂きながら返事を返す。
「鈍色の大地と空で十分だ。自分が消え去るよりはよっぽどな」
 綺麗な色をしたポケモンは驚くほど華奢でもろかった。

 
 根絶やしにしたと思っていたのに、まだわずかに勢力は残っているらしいと分かって、メジストは神経質そうに招集した俺たちを見回して指令を伝える。
「ディアルガ様よりご命令だ。奴等の最後の生き残りが、過去へ飛ぼうとしているらしい」
 見つけ次第即刻排除せよ。何度聞いた命令だろうか。
 これが最後になるといいんだけどな、甘い考えを持ちながら、その場を離れた。

 
 一体どれほどの数の命を殺めてきたのだろう
 あと何回この腕を他人の血で染めあげれば終わるのだろう

 
 殺すたびに考えた
 答えはいつでも出なかった
 過去に望みを託すものは、俺達なんかよりも、たくさんいた
 死にたくないと思いながら この世界はおかしいと言い続けて 死んでいった
 それを見るたび考えた
 俺はいったい何をしているのかと問うてみた
 最終的にたどり着くのは 俺がやっていることは 少なくとも正義なんてものじゃないってことだ

 
 さっき殺した奴を思い出す。
 俺より少し若いくらいの、緑色のトカゲだった。
 捕えるまでに随分と抵抗したらしい、少し色の悪い体中に、無数の浅い傷が見て取れた。
 こいつがいったい何をしでかしたのか、聞かされていない。俺たちのところには、いつも命令と殺す対象がやってくるだけだから。
 分かっているのは、こいつは、この未来を変えようとしている奴等の、一人である。だからここに殺されに運ばれた。
 幼さの中に虚勢を張って、そいつは柱に縛りあげられながらも、俺を睨みつけていた。そうしていれば、自分が恐れを知らない強者であるかのよう見せられると信じているようだった。
 特に命令がなければ基本的に殺す方法は、執行人に一任される。
 中には殺し続けるうちに、自分の趣味をぶちこんで仕事を私刑化する奴もいたが、そんな殺害マニアになれるほど、俺は壊れちゃいなかった。
「これから始まることは」俺はそいつに言ってやる。「拷問でもなければ公開処刑でもない。俺がお前を、殺す。それだけだ」
「処刑には変わりないだろ」
 震えた、しかしどこか拗ねたような声だった。
「お前たちは世界の命と自分たちの命を秤にかけて、自分たちを優先したんだ。この世界が死んでいく重大さなんて、考えもしないで!」
「公開はしていないから公開処刑ではない、というつもりだったんだが」
 俺の言葉に、どこかそいつは一瞬、間の抜けた表情を見せた。そこかよ、と呟いて「ふざけるな!」激情した。
 ふざけたつもりなど毛頭ない。むしろ、真面目腐って答えたつもりだった。
「早く殺せよ」
 急に声に覇気がなくなった。
 張り続けていた緊張が、どうやらさっきのセリフで消し飛んだらしい。随分もろいものだ。
「悪いがその願いは叶えられない」否、叶えてはいけない。相手を楽にしてしまう。だから、苦しめて苦しめて、殺す。それは、執行人すべてに最初に叩きこまれた命令だからだ。
「俺がお前を殺す間に、お前は生きる以外の全てができる。喚いてもいい、泣き叫んでもいい、助けを求めてもいい、何をしゃべるのも何を考えるのも勝手だ」
 ただし、何をしても生きること以外は絶対にできない。
 そう言って俺は静かに爪を研ぎ始める。
「お前、変だな」
 予想外の言葉が飛び出す。
「いまから命を一つ消すっていうのに、変も普通もへったくれもない」
「そうじゃなくて、何も聞かないんだな」
 言葉の意味を取りかねてマジマジとそいつを見据える。
「遺言を聞いても伝えてなんかやらないぞ」
「そういう意味じゃない」
 じゃあなんだ。俺はこいつの相手をするのがだんだん面倒くさくなってきた。さっさと殺して黙らせたいが、しかしどうもこの先が気になってしまう。
「もっと、仲間のいどころを吐けとか、そう言うの聞かないのかよ?」
「聞いてほしいのか?」
 そうじゃないけど、と口ごもる。おかしな奴だ。
 これは拷問じゃない、故にお前が何をしゃべっても俺はそれを聞き流すだけだ。答え終ると同時に、俺の処刑道具が研ぎあがった。


 喉笛を切った感触はまだ残っている。闇色の肌は当の昔に赤黒い液体で塗り替えられた。元の色に戻ることはおそらく二度とあるまい。
 全ての色を黒で割ったような配色の世界を走る。
 探し出す対象がどこにいるのか、ましてやどんな種族なのか、情報一切よこさずに、見つけて殺せとのご命令、こんな無茶振りどうしろって言うんだ。
 途中でサボってやろうかと、足を止めて先ほど削った青色の宝玉を取り出そうとして、手が滑った。
 食い物として惜しいという気持ちはあまりなかったが、思わずそれを追いかけはじめる。
 するりと抜け落ちたそれは、灰色の大地を転がっていく。
 段々とそれに追いつくことばかりに集中し始めて、他のことが頭から抜けていく。
 あと少しで追い付く、とばかりに手をのばして、俺は地面が嫌に不安定なことに気がついた。しかしもう遅い。
 宝玉は空中へ転がり落ちて、俺はそれを掴みにかかる。
 そこで、ぶっつりと意識が途切れた。
 

 目が覚めるとそこは暗闇だった。両目に圧迫感があることで、目隠しがされていると判断する。
 両手は後ろ手に縛られていて、両足も動かせない。左足は何かに固定されているようで、少し動かすと痛みが走る。座らせられているのは分かるが・・
 一体何がどうなっている?
「あぁ、起きたのか」
 知らない声が聞こえた。随分と落ち着いていて、穏やかな声だった。
 同僚にこんな声の奴はいない。いたとしても俺を拘束なんてしないだろう。とすると、声の持ち主は限られる。
「おい、むやみに話しかけるな」
 別の声が諌める。冷静だが、どこか怒りを含んでいた。
 そりゃそうだろうな。目の前に憎むべき悪がいるんだから。
「空から落ちてきたときは驚いたぞ。お前、空を飛べるんじゃないよな?」
 穏やかな声が冗談交じりに俺の方へ向けられる。諌めた声の内容など、耳に入っていないようだった。
 そんなわけはない、と返すと、「じゃあなんで崖から飛び降りる様な真似を?」 
 宝玉を追いかけていた。正直に答えると、笑われた。石ころを追いかけて片足折ったのか!
 どうやら、俺の足が使えない理由の一つが分かった。しかし、固定されているという事は・・手当てがなされている。
「何故助けた?」
「助けたくなんて無かったんだけどな」
 先ほどの諌めたほうの声が飛んでくる。どうやら穏やかな方とは違い、明確に俺に対して敵意を向けている。
 となると、穏やかな方が俺を助けた、という事か。頭の中で 冷静<穏やかという図解が出来上がる。
 助けた、という事は。
「殺さないのか?」
「殺してやりたいとも、だがな・・」
 感じた疑問を口に出すと、怒りを押し殺した声が答えた。では何故そうしない?
 すると、穏やかな声がこう言った。
「だって、お前は悪くないから」
 ・・・。意味が分からない。
「俺はたくさんのお前らの同胞を殺してきたし、お前らの敵だ。お前らにとって、俺は悪の象徴みたいなものだろう?」
 ディアルガが闇の神でメジストが悪の権化であるならば、死刑執行人である俺たちは、さしずめそんなものだろう。
 かなり昔にそんなことを喚いていた奴を殺した記憶がある。
「いいや」
 声は否定する。
「悪なのは、ボク達の方さ」
 だって
「お前は何一つ間違っていないもの」
 穏やかな声は言う。
「この世界を、何処かで歴史を踏み間違えた世界だと言い張るのはとても簡単だ。でも、それは真実であるかどうかなんて、分からない。この未来が、本来の歴史の姿だと言うのであれば、お前がやっていることは、至極真っ当なことなんだ」
 

 当惑を通り越して、何を感じていいのか分からなくなった。
 生まれて初めて、自分が悪ではないと言われた。 
 たくさんの奴が俺たちを否定しながら死んでいった。なのに、どうしてこいつはこんな簡単に俺たちを肯定してのける?
 
 
「お前、なんなんだ?」
 絞り出すように出てきた疑問に、穏やかな声は答えた。
「ボク?ボクは・・人間だよ」
 にんげん。
 そんなポケモンがこの世にいたのか?
「人間は、牙もなければ爪もない、空も飛べなければ泳ぐことが得意なわけでもない、壁をすり抜けることもできないし走るのが早いわけでもない、植物を操るわけでも炎が吐けるわけでもない、電撃を放出することも、なにもできない。そんな、生き物さ」
 できるのは、生きることだけさ。
 声はそう言って、立ち上がる気配がした。
 じゃあ行こうか。
 殺していかないのか?
 別に、見られてるわけじゃないんだし。
 そんな会話が聞こえてきて、足音が去っていく。

 奴等は過去に行くんだろうか
 そこはココより綺麗なところなんだろうか
 過去とは、そんなに素晴らしいところなんだろうか
 
 握りしめている宝玉の色を思い出す
 この色の無い世界は 果して幸福なんだろうか


 数時間後、俺は同僚に発見された。
 他の奴らも結局取り逃がしたらしく、メジストは苛立ちのあまり俺たちに労いの言葉一つかけずに神のところへ向かったらしい。
 俺はあいつらのことを言わなかった
 相手がどこに行ったのかも、どんな姿をしているのかも分からないし、そんな情報が役にたつとも思えなかった


 足が使えない、という理由で、俺はしばらく仕事からはずされた。
 それをいいことに日々石を削る。
 色の悪い奴は口に投げ込んで、それ以外を寝床の隅に並べてみる。
 さまざまな色を眺めて、俺はそれに一応満足する。

 あいつらが過去で何をしているのか、もちろん、この未来を変えるためのことなんだろう。
 それが功を成し遂げて、この未来が変わるとすれば、俺たちは消えるんだろう。
 それはそれで、もう良いんじゃないだろうか。正義の味方のやることなら、それがきっと正義なのだろう。
 あいつらがいかに自らを悪だと称しても、俺達から見ればやはり悪なのは俺達なのだから。


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余談  御題【悪】で趣味に突っ走った作品
キモリ殺すシーンがなんか微妙な気もするけどもうどうでもいいやと投げた。
久方様の作品に影響されて書きました。いやほんと。

【好きにしていいのよ】
【プレゼントフォー久方様(迷惑】