これはとあるポケモンが発見されて、世間的に認証されるまでの過程である。
とあるポケモンとは進化系である。
正確には今は進化系と認められているというのが正しいのかもしれない。
はっきり言って当初それに対する僕の印象は最悪だったと言っていい。
正直気持ち悪いと思ったし、腹が立った。
たぶん周りの連中も同じだったんじゃないのかな、と僕は思っている。
事の始まりはコールセンターに掛かってきた一本の電話だった。
内容はわが社の新商品に関する問い合わせだったという。
コールセンターの職員はマニュアル通りにこう答えた。
「大変申し訳ありませんが、弊社ではそのような商品はとりあつかっておりません。開発も未定となっております」
相手は残念そうに「そうですか」と、答えたという。
この件はそれだけで終わると思われた。
好評と一部の不評を買ったわが社のその製品には時折そのような質問が上がることがあるからだ。
だが、同じような問い合わせが次の日にも数十件あったという。
それは普段よりかなり多い数だったとコールセンター職員は語る。
しかしながらないものはない。
だからコールセンターは前日と同じ答えを返したのだった。
すると次の日に、おかしなクレームの電話がかかってきた。
それはわが社の製品をアップグレードした結果、首がとれてしまった、という仰天の内容だった。
「まったくばかばかしい」
と、開発責任者は怒りを顕にする。
「開発時にどれだけテストを重ねたと思っているんだ! 首が取れるだなんて!」
ひどい妄言だと僕も思った。
きっとトレーナーが相当がさつに扱ったに違いない。
それでなきゃきっとイタズラ電話だ。
けれど「首が取れた」というクレームは次の日も、その次の日もかかってきた。むしろ件数が明らかに増えていた。
もしかしたら本当に致命的なバグがあるのでは……。
まさか、そんな、などと開発チームが万が一を恐れ始めた頃、そのクレームの正体は不意に明らかになった。
「部長、これをご覧ください」
そう言って、同僚のカワベがwebページのコピーを渡したのだ。
コピー容姿に印字されていたのは某巨大掲示板のスレッドの一本だった。
「カワベ君、君は勤務中に151chなんて見ているのかね」
部長は呆れた声で言ったが、次の瞬間にスレのタイトルを見て青ざめた。
スレタイはこうだった。
【新種】ポリゴン2を進化させてみた【発見】
●インストール
コピー用紙の印字を目で追いながら部長の手はワナワナと震えていた。
「カワベ君、これはたしかな情報なんだろうね」
メガネごしに部長はカワベを見上げる。
「部長、私は嘘は嘘と見抜ける人物であります」
カワベは大真面目にそう答えた。
「そんなことは聞いておらん。とりあえず画像はないのか、画像は。なんで151ちゃんねるは画像をうpできんのだ!」
「よく知っておいでですね」
「う、うるさい。いいから画像を」
部長は顔をあからめて言う。
「そうおしゃると思ってポケ速151ちゃんねるまとめをコピーしておきました」
「だったら、最初から出したまえ!」
部長はカワベの持っていたコピー用紙を奪う。
物事には順番が……というカワベの意見は部長の右耳から左耳を通り抜け、聞かれることはなかった。
「……なんだこれは!」
と、部長は言った。
「ふざけているのか!? タチの悪い冗談じゃないのか! 首がとれてるじゃないか!」
部長が声を荒げた。
首がとれている、というキーワードに僕含め部屋にいた全員の首が部長のほうに向いた。
僕達はわらわらと部長の机に集まった。
カワベがコピーしたポケ速まとめの画像に皆の目が釘付けになる。
驚きと怒りの困惑の声が上がった。
僕の第一印象は気持ち悪い、だった。
しばらくしてふつふつと怒りがこみ上げてきた。
僕らが苦労して開発したアップグレード、それによって進化したポリゴン2が見るも無残な姿になっていたからだ。
胴体からは首が離れ、宙を舞っている。
目が寄生虫にとりつかれたカタツムリみたいにぐるぐるしていた。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ!
「部長、大変です」
そのうちに席に戻ったウラシマが言った。
「今度はなんだ」
「スマイル動画のポケモンカテゴリにその……進化の様子がアップされてます」
「なんだと!」
「あとぽけつべにも」
今度はウラシマの席に皆が集まった。
「うわぁ、まじかよ……」
「ぶっちぎりの毎時1位じゃないか」
「おいおい再生数が10万越えそうだぞ」
「うらやましいな、俺の動画なんか再生数三桁なのに」
動画左上に表示された再生数、マイリスト数を見ながらカワベがうらやましそうに言った。
「お前動画あげてたのかよ」
と、僕は思わず突っ込んでしまった。
「ああ、カラナクシ飼育日記を」
「……」
「この前のお盆休みに海で捕まえたんだ……かわいくって。ちなみに西のほう」
カワベは子煩悩な父親の表情を見せた。
するとウラシマの左隣のデスクで唐突に電話が鳴った。受話器をとるとコールセンターだった。
「開発室ですか!? もう動画はご覧になりましたか! さっきから電話がひっきりなしにかかってきて……」
すると今度は右隣の電話が鳴る。
カワベが取った。
「ご無沙汰しております。ヤマブキ通信のスギモトでございます。ポリゴン2の進化系について取材を……」
部長がバンと机を叩いた。
「緊急記者会見の準備だ! ホームページにも説明を出せ!」
カントー地方ヤマブキシティに本社を置くシルフカンパニー。
モンスターボールをはじめとしたポケモントレーナー向けの各種グッズで名を知られる大企業だ。
そうして近年特に注目を集めたのが、わが社の技術の粋を集めて作った史上初の人口ポケモン、ポリゴンだった。
三年後にはアップグレードを開発、ポリゴンはポリゴン2へとバージョンアップ……進化を遂げた。
もちろんさらなるアップグレードへの期待は当初からあった。
だが開発は中断していた。
その理由については後々語ることにするが、そんな時に突如発生したのが今回の進化系騒動だ。
この日わが社はポリゴン2の進化系らしきポケモンのことで対応に追われることになった。
もちろん通常業務なんてままならなかった。
どの部署も仕事場の電話がひっきりなしに鳴って、人があちらこちらを駆け回った。
一番とばっちりをうけたのは製品開発を請け負う我ら開発室の面々であった。
こうして僕らの戦いの日々はこの日に幕を開けたのである――
たぶん続けたい
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お題:自由題
中華街の地元民ご用達のお店、大三元でフカヒレチャーハンを食ったの帰りに思いついた。
ポリゴン2からさらなる進化に使うあの道具。
名前からして明らかに正規品ではないだろう。
それを正規品を開発した企業は果たしてどのように受け取ったのだろうか?
この作品はそんな妄想から生まれました。
……誰かそのうち中華街で飯食おうぜ