【前置き】
この作品は120kb(約60000字)を超えていて、長いので、ゆっくりとどうぞです。
章(みたいなもの)が【1】【2】……といった感じでありますので、もし読み疲れたら栞がわりなどの活用をオススメします。
【1】
月明かり照らされている青い蒼い海。
その深さは百メートル、千メートル……やがて八千メートルを越して、そこは月明かりも届かぬ暗い暗い海の中。
ジーランスやアバゴーラが静かに泳いでいる中、一つの小さな歌がそこに響いています。
まるで、その暗い海の中に明かりを灯すかのような優しい歌声でした。
ふわり、ふわりと柔らかく漂う音色――しかし、その音色は、はたと止まってしまいます。
一体どうしたのでしょうか?
「あーー! 恋したいですわ!!」
優しい歌声から一変、色欲の叫びが暗い世界の中に吸い込まれていきました。
「あーー! もう、こんな暗いところじゃ、ロマンチックも何も欠片もありませんし……あぁ、どうしたら、素敵な恋が出来るのでしょうか……あぁ……」
優しい声から一点、凛とした女性を思わせる声がブツブツと愚痴を奏でていきます。
それは一言で済む呟きではなくて、三十分、一時間を越えたものとなっていきました。
「あぁ……アオ君とか、モモちゃんとか、他の皆も全員、他のポケモンとイチャコラして、ここにはもう戻ってきませんですし……いいかげん、ジーランスのじじいとアバゴーラおばちゃんのイチャコラにもイライラしてきましたし!」
その呟きはいわば欲求不満の気泡みたいなもので、声の主が呟く度に、その気泡は徐々に膨らんでいき、その膨らみはやがて臨界点を突破して――。
「あーー! もう我慢ならないですわ! こうなったら、行動あるだけですわよね! うん! この際、今まで何をしていたのかという野暮なツッコミはナシでいきますわ!」
そうやる気を爆発させた、声の主は、とりあえず上に泳いでいくことにしました。
すいすいと泳いでいき、徐々に海面に向かって浮上していきます。
泳いでいく途中ではネオラントやママンボウの姿が見えたり、テッポウオの群れやハリーセンの群れに圧倒されたり、マンタインとテッポウオがイチャコラしたり、ラブカスのカップルがイチャコラしていたり――。
「あーー! もう! どうして、わたくしの周りにはこんなにリア充ばかりですの!?」
一体、この声の主がどういった経緯でリア充という言葉を知ったのかは不明なのですが、モヤモヤしながらも、ようやく海面の近くまで浮かんできました。
最初は海底という漆黒から、深い群青色、そして、徐々に鮮やかな蒼、そして爽やかな青へと海のグラーデーションを通っていくと、海に差し込んできている月光の淡い光が声の主を包むようになりました。
桃色の体に長くて平べったい薄いベール腕みたいなものが二本、そして、細い長い体は途中で二本に分かれていて足みたいな感じであった――プルリルの姿がようやく映って見えてきました。
その赤い丸模様の中に秘められている空色の瞳は通常のプルリルよりも大きめで、よりスカイブルーに染まっており、まるで宝石をはめ込んでいるようであります。
そんな可愛らしいプルリルがまさか彼氏持ちでないとは……いやはや、世の中、分からないものですね。
「とりあえず……ここまで浮かんできたのはいいけれど、これからいかがいたしましょうかしら……?」
そう思いながら、海面から約五、六メートルの深いところで宛てもなく、プルリルが泳いでいたときのことでした。
何やら、近くでザブンという入水した大きな音が鳴り響き、小さな水泡が海中に舞いました。
プルリルは顔を見上げ、その入水したと思われる音の方へと視線を向けますと――。
なんと、それは一人の人間ではありませんか。
プルリルもすぐにそれは人間だということに気がつきました。
ちなみに人間のことや、その容姿は物知りだったジーランス・アバゴーラ夫妻から聞いたことがありますから分かりました。
しかし、初めて人間が目に映ったプルリルは興奮しているようですが、その人間の方はどうやら様子がおかしいようです。
「…………って、ちょっと!? あの子、気を失っていません!?」
興奮したプルリルもようやくその人間の異変に気が付きますと、考えるよりも先にその人間のところへと急ぎ泳ぎました。
その人間を優しく腕に抱き寄せると、すぐに海面へと頭を出します。
近くにはどうやら一隻の木製の小船があり、どうやら、何かが原因でその人間は海の中へとダイブしてしまったようです。
プルリルはとりあえず、その人間を小船に乗せますと、月明かりに照らされたその人間の容姿を眺めてみました。
身長は百七十後半で、服装はなにやら漆黒の長ズボンに上着は生地が厚い漆黒の長袖で、煌びやかな黄金のボタンや、金銀らしい粒がその服には散らばっています。
とにかく、豪壮な服装をし殿方でした。濡れている髪は肩までかかっており、瞳の色は残念ながら閉じている為、分かりませんでした。
とりあえず……その殿方の膨らんでいるお腹をプルリルが押して水を吐き出させてあげると、殿方は少し落ち着いた感じで息をし始めました……どうやら命には別状なさそうでありました。
月明かりに照らされたその顔をどれだけ覗いていたことでしょう。
長い時が流れていたような気がします。
プルリルの桃色の頬は薄紅色が乗っていました。
「いけませんわ……なぜかドキドキしますわね……あうう……」
そんな困ったかのような顔を浮かべながら、プルリルは暫く、殿方の顔を覗いていましたが……いつまでもこうしていても仕方ないと、やがて判断しますと、プルリルは一旦、海の中に戻りました。
ひとまず近くにいたコイキングに話かけ、岸はどっちに向かえばあるのかを訊いてみることにしました。
「それで……岸の方に行きたいのですが」
「お譲ちゃん可愛ええなぁ」
「あの、岸がある方角は」
「いやぁ……おじちゃんといいことでもしないか――」
プルリルがイライラを乗せたナイトヘッドをコイキングに食らわしますと、ようやく(たちの悪い)コイキングから情報を得ることが出来ました。
それから前方に押すような形でプルリルは小船を海から動かしていきます。
雲一つもない満点な星空の下、黙々とプルリルは小船を動かしていく中、彼女の脳裏に浮かんでいるのは先程助けた殿方のことでした。
あのスラっとした顔つきに、ガッシリとしていそうな体格……思い出す度にプルリルの鼓動は一層、早くなっていました。
そういえば、いい香りもしたような気が……と更にプルリルの頬が赤く染まっていきました。
この気持ちは何でしょうと、プルリルは自分の心に問いてみましたが、比較的鈍感ではないこのプルリルにとってはソレはただ答えを確認する為のものでありました。
本当はこのまま自分の住処に連れて帰りたい気持ちで山々だったプルリルなのですが、自分が本来住んでいる世界は約八千メートルの深い深い深海。
『ダイビング』という技の力を借りれば、その八千メートル時点でかかる圧力などから殿方を守ることは可能でした。
しかし、その技も永続的に使えるというわけではありません……力を失ったと同時に殿方は一瞬でペシャンコになってしまいます。
それに……その暗い世界には殿方は似合いそうになかったという気持ちも少なからずありました……この明るい外の世界で殿方と共にいたい――。
「あ、岸に着きましたわ」
一目惚れから始まった甘いモモンの実のような妄想はあっという間に終わりを向かえ、気が付けば、プルリルは岸に辿り着いていました。
浜では何匹かのクラブが夜の散歩でしょうか、カニカニ横歩きをしています。
とりあえず、プルリルは小船を浜の上にあげ、それから、殿方を持ち上げると、適度な岩場に寄りかかるように置きました。
ちょっとばかり名残惜しいのですが、このまま一緒にいると、どうにかなってしまいそうな自分に恐れたプルリルは殿方を置いてその場を離れました。
もう一回だけ――そう思いながら殿方の方に振り返って、困ったような微笑みを向けると、海の中へと戻っていきました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【2】
はぁ……という溜め息の気泡が浮かんでは消えていきます。
忘れられない殿方の姿、まさか一目惚れから始まった恋心がここまで自分を惑わせているとは、プルリルも想定外でした。
というのも、プルリルの中での恋愛観はお互い好きになって楽しく過ごして、悩みごとなんかなくなるほど、幸せになれるだろうなぁと、そんな風に考えていたのです。
しかし、いざ恋心が芽生えると、思いもしない苦しみや戸惑いなどが自分を襲ってきて、プルリルは思わず舌打ちしました。
周りではバスラオ達が暴走族よろしく海の中を駆けていました。温度差の違いが半端ありません。
「はぁ……まさか、恋がここまで大変なものだったとは思いもしませんでしたわ」
しかも、このプルリルの場合、一目惚れから始まったので片思いの恋でありますから、その辺のもどかしさがあります。
そんな悩んでいるプルリルに可愛いらしい声が聞こえました。
「あっれー? サクラちゃんじゃないですか? お久しぶりですね〜」
「え? あ、モモじゃないですの! 久しぶりですわ!」
同じプルリル――モモが天真爛漫な笑顔を、プルリル――サクラに向けていました。
このモモというプルリルはサクラの幼馴染みで最近、ふと海面の方にふらりと旅をしていった際に彼氏――イケメンなオクタンを手に入れたようなのです。
久しぶりのモモとの再会でしたが、サクラは尚も悩みのおかげで顔色があまりすぐれませんでした。
そのサクラの様子に気が付かないモモではありませんでした。
「ねぇ、サクラちゃん。どうしたのですか〜? 何か悩みがあるなら相談に乗りますよ」
「え? でも、あなた、彼氏の方はいかがするの?」
「ん〜。大丈夫だよ。今、わたし散歩の途中だったから。それに友達の悩みをほっとくわけにもいかないよ〜」
「うぅ……その優しさに甘えてもよろしいのかしら」
「もっちろん!」
心優しい友のおかげで、少し、肩の力が抜けたサクラは自分に起きた恋心に関することを、勢いよく語りだしました。
モモは時々頷くだけで途中で口を挟むことなく、サクラの話を聞いていました。
やはり、心を許せる友だからでしょうか、サクラの口は一向に止まる気配を見せませんでした。
そして、一通り話終えると、喋りすぎたからか、ハァハァと息が上がっています。
「そうだったんですか〜。へぇ、サクラちゃんにも春が来たんですね〜」
「ま、まぁ、そうですわね。でも、どうしたらいいか全く分からなくて困っていますの」
「うんうん。わたしたちポケモンと人間じゃ、言葉も違いますし〜。直接伝えることが出来ないのは辛いですよね〜。それにしても……人間の殿方に恋に落ちるなんて、サクラちゃん、ロマンチックです〜」
「ロマンだけではお腹いっぱいになりませんわ……どうしましょう」
「あ、そうだ。それだったら白魔女さんに相談してみたらいいかもです〜」
モモの口から唐突に零れた重要そうなキーワードにサクラはもちろん、疑問符を頭からぽぽぽぽーんと出しています。
「白魔女さん?」
「うん、ここらの海ではちょっと有名なジュゴンさんで、かなりの物知りさんでもあるようですから、何かヒントが得られるかもしれませんよ〜。まぁ、わたしは一度も会ったこともなくて、あくまで噂話で聞いた情報なんですが〜」
正体がほぼ不明な怪しげなジュゴン――白魔女さんの存在に一見、不安になってしまいそうですが……しかし、今の自分にあるこのモヤモヤとした状況を打破するにはそのジュゴンさんに頼る他、方法はないようです。
サクラが会いにいきたいと答えると、モモは快く白魔女さんの場所を教えてあげました。
「では、早速、会ってみますわ。モモさん、ありがとうございます」
「いいえ〜どういたしまして〜」
「それでは、わたくしはこれにて、ごきげんよう!」
「あ、サクラちゃ〜ん」
「はい? なんですの?」
「なんか種族が全く違いますし、前途多難な恋になりそうですが……頑張ってくださいです〜」
「ええ、ありがとうですわ」
サクラは微笑みながらそう答えると、今度こそ白魔女さんの元に向かって泳ぎ出しました。
それを今度は黙ってモモは見送りました。
自分も成就した恋……幼馴染みとして、そして一匹の女として、応援していきたいとモモは思っていました。
これから相談役に乗ったりしたら更に忙しくなるかもなぁと、しかし、それでも、モモは楽しそうな顔をしてました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【3】
とある海の中にある大きな洞穴。
そこには数匹のチョンチーやランターンが泳いでいて中は明るくなっているようです。
モモが教えてくれた通りの場所に辿り着いたサクラは出入り口で一匹のチョンチーに声をかけられました。
「待つでし!」
「な、なんですの?」
「ここからは白魔女様の住処でし! アポイントがない者はお引取りお願いしたいでし!」
どうやら白魔女さんの下僕であるチョンチーはくわっと険しい顔をずいっとサクラの前まで近づけさせました。
その勢いに圧されるかのようにサクラは一旦、体を後方へと傾けましたが、すぐに空色の瞳をキッと引き締めて、チョンチーをにらみつけました。
「な、なんでしか……こ、怖いでしよ……」
「いいから! 白魔女さんに会わせてくださいな!!」
「あ、でも、そのでしね……あのぉ」
腕を曲げ、臨戦態勢を取ると、サクラはもう一度、ハキハキと告げました。
「もう一度しか言いませんわよ? 白魔女さんに会わしてくださいな!!」
間違いなく文字フォント大きめな、その力強いサクラの言葉に、ついにチョンチーの心が折れました。
……このチョンチー、元々、臆病な性格みたいです。
しょうがなく、泣きながらチョンチーはサクラを白魔女さんのところに案内することにしました。
洞穴の中に入りますと、サクラの鼻に何かツンとしたものが突き刺さります。
何か怪しそうな雰囲気漂う香りだなという感じが伝わってきます。
更に進んでいきますと、何やらグツグツという妖しい音がサクラにも聞こえてきました。
白『魔女』さんですからね……何をしているのかというのは想像がつきやすいのですが、事情の知らないサクラの頭からはますます疑問符がぽぽぽぽーんと飛び出していきます。
「し、白魔女様〜」
「あん?」
サクラの目にもようやく映ったのは、褐色の大きな体。
胸元には十字架をあしらったタトゥー。
そしてその体に巻かれているのは複数個の骸骨(本物かどうかは不明)が付けられている飾り物。
そして隣にある大きな妖しげなツボ。
「お、桜餅でも持ってきたってカンジィー? 気がきくじゃん」
「え、いや……違うでし〜。白魔女様にお客さんでし〜」
「白……っていうか、黒に近いですわね……って、サクラモチってなんですの、まぁ別に呼び方に関しては何とでもいいですけど」
「きゃぴ! し、白魔女様に対して、失礼でし! 頭が高いでし、ぷぎゃ!?」
白魔女さんがその手ひれに持っている、恐らく、ツボの中身をかき混ぜる為の杖を思いっきりチョンチーの頭にクリーンヒットさせました。
「こ、れ、は、バカンスで焼けた結果なだけなんですけどぉーってカンジ? それと桜餅知らないなんて、マジ時代遅れなんですけどぉ」
それから、白魔女さんは品定めするかのようにサクラを眺めました。
その視線がまるで、舌で舐められているような感じがして、サクラは一瞬、鳥肌が立つ感覚に捕らわれました。
しかし、これが恋をする女の力なのでしょうか、今からでも逃げ出したくなるような気持ちを気合で押さえ込み、白魔女さんの目を真っ直ぐに見返しました。
自分よりも大きい体躯、色は褐色、胸元には十字架をあしらったタトゥー、体には骸骨の飾り物、そして大きい漆黒の瞳。
このポケモンだ、このポケモンこそ、自分の悩みを解決してくれるような気がする!
白魔女さんから受けた一瞬の恐怖を、この自分の悩みを打破してくれる力だという意味にサクラは変換しました。
その気持ちをサクラは開口一番に――。
「わたくしの恋の悩みを聞いてくれませんこと?」
一瞬、気後れしたかもしれないが、それでもすぐに立ち直ったサクラの一言に白魔女さんの目が大きく見開かれました。
そして、直後には白魔女さんの大笑いが洞穴中に木霊しました。
心底、楽しそうな顔をしていますね、この白魔女さんは。
「ちょーウケるんですけど! っていうか、ひとんちズカズカ入り込んで言うこと? ってカンジィー?」
「いきなり、来たことには非礼を詫びますわ」
「まぁ、いいや。面白くなりそうだね。それで? 桜餅の恋の悩みっつうのは何?」
ニヤリと口元を上げた白魔女さんがそこにいました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【4】
一通り、自分の身に起きたことをサクラが話すと、(ガングロな)白魔女さんはまた大笑いをあげました。
「ちょ、マジで言ってんの? どこの人魚姫の話なんだよ、それってカンジィー」
「わ、わたくしは本気ですわ!!」
「ちょ、マジ切れされても困るしっ」
「……っていうか、本来なら立場逆じゃね?」
どこ向いて呟いているのですか、そりゃあ、ジュゴンは人魚のモデルとかなんとか言われているポケモンですが。
「まぁ、いいや〜。んで? 簡単に落とせる薬が欲しいの? それともフェロモン全開になる媚薬とか? 好きな子とイチャコラできるえっちぃ薬とかもあるってカンジ?」
なんでこんなにもいかがわしい方向の薬しか挙げないのでしょうか、この白魔女さんは。
サクラは顔を横に振りました。
「媚薬なんて……そんなズルイ真似はしたくありませんわ。わたくしはその、あの殿方と恋ができれば」
「でもさぁ、質問あるんだけどぉ、最終的にその殿方とどうしたいワケ? 結ばれたいワケ? まぁ、人間とポケモンがイチャコラしてゴールインしたっつうムカツク話ならあるこっちゃあるんだけどさぁ」
「……嫌いなんですの?」
「なんつーか、そういうロマンチック? めっちゃ苦手なんですけどぉ、ってカンジ? ってか、アタシの質問に応えてくれないとマジ困るってカンジ〜?」
「え、いや……その……一緒に暮らせたらいいなぁって思いまして」
「ふ〜ん。だったら、あの殿方のポケモンになりゃいいじゃんって話じゃない? そしたらいつでも一緒にいれるし、ちょっと深いことをしたかったら、アンタ、ゴーストタイプなんだし適当に金縛りとかして、やっちゃえばいいっていう〜?」
声を上げた嘲笑の如くの笑い声に、サクラの顔付きが険しくなりました。
「わたくしは! あの殿方と恋をしたいんです!!」
そう叫んだ後、しばし訪れる沈黙。
険しい顔を解かないサクラと、じぃーっとサクラのことを見ている白魔女さん。
いつの間にか気絶状態が溶け、とりあえずその場に黙って控えていた下僕のチョンチーはなんだかその空気に居づらいような感じに陥りました。
「ガキが……」
そう誰にも聞こえないほどに静かに呟きの後、白魔女さんが口を開きました。
「まぁ、いいや。そんなにその野郎に想いを伝えたいのなら、桜餅、いっそ、人間にでもなってみる?」
「え?」
そうサクラが声を上げたのと、白魔女さんが近くの棚から何やら探し始めたのは同時のことでした。
がちゃり、がちゃりとガラス製のビンが動かされる音がちょっとの間、場を占めた後、「あぁ、これこれ」と白魔女さんが取り出したのは小さな純白色をしたガラス製の小瓶でした。
「これを飲めば、人間になることができるっちゅう『ふしぎなくすり』ってやつ〜?」
「人間に……?」
「その野郎のことを知りたかったら、人間になって、近づいてみるっちゅうのも悪くないんじゃな〜いってカンジぃ?」
白魔女さんがニヤリと口元を上げました。
「た・だ・し、この薬は人間になることが出来る代わりにポケモンであったときの能力はもちろん消えるっていう、まぁ、桜餅の場合、弱々しい人間の女の子になるってカンジィ? あぁ、それと」
「?」
「三日以内に異姓の人間とキスしないと、泡になって消えてしまうから、マジ注意ってカンジ? まぁ、こういう薬ってなんかしらの訳ワカメな副作用は避けられな〜いってカンジなのはあしからずってことで4649ってカンジィー」
確かに、白魔女さんの言う通り人間になってお近づきになるという案は一理ありましたが、同時にリスクも大きいものでありました。
しかし、それだけ、魅力のある白魔女さん提案でもありました。
そして、やがて答えを出したサクラは手を差し伸ばしました。
「なるほど〜受けるのね〜。分かった。この薬持ってって〜、でも、どうなろうともアタシは知らないからね?」
「それは承知しておりますわ」
「ったく、桜餅、いい顔してるってカンジじゃん。まぁ、現実を知ってくればいいと思うってカンジィ?」
「ご忠告、感謝いたしますわ。薬……ありがとうございます。それでは御機嫌よう」
「ふん。チョンチー、出入り口まで案内してやってー」
「は、はいでし!」
白魔女さんから薬を手に入れたサクラは白魔女さんに一礼すると、チョンチーの後についていき、やがて、白魔女さんの視界から消えました。
「……なんか、もらえばよかったかな。あの瞳とかマジ綺麗だったんですけどぉ……っち、チョーもったいないっし。チョベリバ」
白魔女さんの手ひれにあった杖からメキメキと悲鳴が上がりました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【5】
「そうか〜。人間になるんですね〜……色々と危険そうなんですけど……まぁサクラちゃんは昔から、こう決めたことは貫くタイプですからねぇ。が、頑張ってくださいです〜」
モモからエールを受け取った、サクラは例の岸のところへと泳いでいきました。
モモは優しいポケモンでした。自分の意志をいつも優しく見守ってくれるところがあるし、相談には丁寧に相手してくれるし、モモの彼氏は幸せ者だとサクラは思いました。
なんとかモモにいい報告ができればいいなと思いながら、サクラは手元にある小さな純白色のガラス製の小瓶に視線を移しました。
人間になれるという『ふしぎなくすり』
この薬を飲めば、人間になることができ、あの殿方に近づくことが出来る……しかし、ポケモンの能力は一切消され、更には三日以内にキスをしなければ泡となって消えてしまう。
しかし、この恋はそのようなリスクを被る価値はあるとサクラは考えていました。
そのリスクの先にはきっと幸せがあると信じて、幼馴染みのモモやアオのようにきっと、今度こそ、幸せに――。
まぁ、サクラのその想いはロマンチック大嫌いな白魔女さんにとってはモモンの実よりも甘すぎると一蹴されそうですが。
「あ……着きましたわね」
ようやく、あの殿方を届けた岸まで辿り着いたサクラは早速、その小瓶のフタを開け、ぐいぐいっと一気に飲み干しました。
「なんだか甘苦い味ですのね……うぅ?」
その味の余韻に浸る暇なく、サクラの意識が真っ黒に染まっていきました。
満月の夜、その月光は優しく浜辺で倒れている一匹の桃色のプルリルを照らしていました。
ここはどこなのでしょう。
穏やかなさざ波の音が耳の中へと入り込んでくる感覚がサクラにはしました。どうやら意識が戻って来たようです。
そこでサクラがゆっくりと目を開けると……そこは浜辺でした。
近くではクラブの群れがカニカニと横歩きしており、空には何匹ものキャモメが飛んでいました。
「えっと……あ、そうですわ、わたくし、あの薬を飲んで、それから気を失いまして、それで……」
そこでハッと、サクラは目を見開きました。
「そうですわ! わたくし、人間になったのでしたわ!」
そこには百五十前半で華奢な体つきの娘がいました。
髪は腰まで伸びている桃色で、瞳は空色に染まっていました。
……まぁ、近くに鏡みたいなものはありませんから、サクラ自身、その容姿を確認することができないようですが。
しかし、目に映る肌色の体で、自分が人間になれたことを確認したサクラは興奮しました。
これが人間!
ポケモンのときにはゴーストタイプだったからか、軽かった体の感覚は、人間になると若干重く感じられるようでした。
ゆっくりと立ち上がろうとして、よろめきます。
直立に立つ、という経験のないことだったからでしょうか……けれど、なんとか近くにあった岩場を手すり代わりにして、なんとか立ち上がることが出来ました。
立ち上がってみると、サクラにはまた世界が変わって見えました。
足場がなくふわふわと浮かんでいた頃とは違い、しっかりとした足場があるというのも、サクラに新しい刺激を与えているようでした。
「よぉ〜ねぇちゃん、可愛いなぁ♪」
「ヒュー☆ 見せ付けちゃって、オレ達と一緒に遊ばねぇ?」
興奮したサクラの耳に下品な笑い声が響きます。
サクラの目の前にはいかにもチンピラよろしくな男二人組がニヤニヤ品定めするかのようにサクラを見ていました。
あ、忘れていましたが、サクラは今、すっぽんぽんの全裸状態であります。
「ちょっと小さいじゃねぇ?」
「貧乳はステータスだ、希少価値なんだぞ」
「おま、その台詞って」
「けど、実際、オレ結構、胸はなんでもありだぜ?」
これだから男という生き物は胸に弱いという面識が生まれていくのですよね。
と、そんなことを言っている間にも、その男達はサクラに近づいていって行きます。
このままでは掲載不可能領域突入です。
しかし、サクラは退かずに叫びました。
「ナイトヘッド!!!」
……サクラがそう叫んだ後に残っていたのはキャモメの鳴き声だけでした。
「ハハハ! なにやってんの? ポケモンごっこでもやるの? お譲ちゃん? アハハハハ!」
その下品な笑い声のおかげかどうかは分かりませんが、サクラの顔が一瞬にこわばりました。
『ポケモンであったときの能力はもちろん消えるっていう、まぁ、桜餅の場合、弱々しい人間の女の子になるってカンジィ?』
「しまったですわ……! ポケモンの技は使いませんでしたわ……!!」
「ははは! そんなポケモンごっこやりたいなら、そうだなぁ、オレがグラエナになろうかなぁ? ははは!」
「じゃあ、おれ、ヘルガーで、へへへ。アオオオオンってな」
「まさしくケモノってやつ?」
「だな。あははは!」
何をされるのかという具体的なことはサクラには分からなかったのですが、しかし、自分の身に危機が迫っていることは感じ取ったようで、ちょっとずつ後ずさっていきます。
「へへへ……じゃあ、遊んで――」
直後に何か殴られたかのような音が鳴り響きました。
「いってぇ! 一体何を、グオ!!??」
「おい、てめぇ、何しやが――グワッ!!??」
一人目は鳩尾に思いっきり殴られダウン、二人目は股間を思いっきり殴られダウンしました。
そうしてサクラの目の前に現れた人物は――。
「おい、大丈夫か」
「あ、あああああ!」
サクラが悲鳴を上げるのも無理もありません、なんだってサクラの目の前にいるのは、例の殿方でしたから。
「あ、その、えっと」
「なんというか……海水浴と言ってもここはヌードビーチではないぞ、それともあれか、痴女ってやつか」
「違いますわ!!!」
全力で断固拒否しました。
「まぁ、ともかく、俺の目のやり場には困らないが、他の者達には困るかもしれぬから、とりあえずこれでも羽織っておけ」
殿方はそう言いますと、乱暴そうに上着を脱いでサクラに投げました。
「っぷはぁ。乱暴ですわね」
「全裸痴女に言われてもピンと来ないぞ」
「だから違いますって言っているでしょう!」
緊迫とした状況から一変、なんだか騒がしい雰囲気が浜辺に漂い始め、近くを通っていたクラブたちは「うるさい、うるさい」と言いたげに横走りの速度を上げていました。
「ところで、お前はどこの者だ。ここでは見かけぬ者だが」
「わたくしはあの日、あなたを助けた者です!!」
前置きなしで勢い全開のカミングアウト。
これで一気に距離が縮まると信じながら、積極的にサクラは告げました。
しかし、いざ期待しながらサクラが殿方の顔を見てみると、殿方の顔が俗に言う「は? 何言ってんの?」という顔付きに。
「あの日とはいつの日のことだ」
「あなたが溺れた日のことですわ!」
「おかしなことを言う娘だな、言っておくが俺は生まれてこの方、溺れたことなど一度もない」
「なっ!? 嘘を言わないで下さる!? あの日、あなたはちゃんと溺れて――」
「だから、俺は溺れていないと言っているであろう」
断言されてしまいました。
しかし、サクラの目に狂いはなく、今ここにいる殿方は間違いなくサクラが助けた者のはずです。
おかしい、どういうことなのだろうと懐疑的な気持ちがサクラの胸の中を漂っている中、殿方は黙ってサクラを見ていたままでした。
今、このまま、真実を告げても信じてもらえなさそうにない状況だと、信じられないものの、そう判断したサクラはなんとか喉を絞りまして――。
「わ、わたくし、記憶喪失なのです! それで記憶があやふやになって、それで、その……おかしなことを……申し訳ありませんでしたわ」
サクラ自身、大変苦し紛れだというのは自覚しています。
しかし、この場を切り抜けるにはこれしかないと、咄嗟に考えついたのがそれでした。
一方その言葉を聞いた殿方は一旦、考え込むような顔付きになりました。
そのまま時がいささか程、流れていく頃に殿方の口が開きました。
「そうか……それは可哀そうなことだな……」
「え、ええ……」
サクラの背中からは冷や汗が止まりません。
「このまま放っておいてもアレだしな、また突発的に全裸になられても困るしな」
「だからわたくしはそんなんではありませんわ!」
「ともかく、俺の城に連れていくことにしたから」
突発なのはどちらのことを指しての言葉なのでしょうか、もはや全く分かりません。
サクラの悲鳴にも似た甲高い声が浜辺の空を駆けていきました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【6】
腰まで垂れていた桃色の髪は見事にツインテールにまとめられ、服の方は黒を基本に、腕の裾には白いヒラヒラした薄い布にスカート部分の裾にも白いヒラヒラが使われている――俗に言うメイド服をサクラは身につけていました。
改めて、自分の姿を鏡を見たサクラはその可愛らしい姿に興奮していましたが、すぐにモップとバケツを手渡されると、サクラの意識は現実に引き戻されました。
『とりあえず、暫く城に住まわせてやるから、記憶を取り戻しつつ……城の給仕係に入れ。働かない者、食うべからずってな』
という流れでサクラは浜から徒歩十分程にある城下町に建立してある大きな城に向かい、サクラはめでたく給仕係となりました。
……いや、めでたくないのですが、まぁ、でも、なんとか話は前進しているので、よしということで。
とにかく、サクラの新しい生活が始まりました……しかし、三日間の間にキスをしなければいけないという厳しい条件の下ではありましたが。
サクラが給仕係になって最初に命じられたのはトイレ掃除でした。
城のトイレですから、というか城ですから、何処を掃除するとしても規格外の広さです。任されたトイレは真っ白なタイルが縦長に続いていて、部屋は八、九つ程ありました。
「じゃあ、とりあえず、ここの掃除をして欲しいのだけど……」
「えっと、これはなんですの?」
「何って……モップとバケツだけど?」
「モップとバケツ……?」
「………………もしかしなくても、分からない?」
「はい」
「いや、そんなハッキリとした声で応えられても困るんだけど……まぁ、事情がアレじゃあ仕方ないか、いい? まずモップっていうのはね――」
こんな感じで手取り足取り、給仕係の先輩に教わってもらいながら、サクラは掃除をしていきます。
モップをバケツに溜めた水に入れて濡らし、そこから床のタイルをしっかりと磨いていくの繰り返し。おまけにバケツの水がある程度濁ると、水の入れ替えをしていきます。
サクラは元々、器用だったのかどうかは不明ですが、中々吸収力がよく、最初はぎこちなかった動きが徐々に滑らかになっていきました。
人間になって、なすことすること全てが初めてだったからか、それらの刺激が吸収力増加に繋がったのかもしれませんが。
まぁ、それは置いといて。
今日一日、サクラはその先輩に付き添ってアシストをするといった感じであった……というか暫くはそうなるようですが。
それにしても、本当に今日一日は激動の一日でした。
サクラが人間(スッポンポンの全裸)になったかと思えば、いきなり二人組の不良が現れて、掲載不可能領域突入になる寸前にサクラが探していた殿方が現れて不埒な二人組を撃破、その後、サクラはお城で給仕係をすることになって――本当に色々と展開した一日でした。
その一日でサクラが驚いたことはというと、特筆すべき点はもちろん人間になったこと、殿方に再び逢えたこと、それと――。
殿方が王子様だったということでした。
サクラがいる城下町は海に近い為、魚関係で有名な街で、王様は大の魚好きのようでございます。
まさか、あの殿方が王子様だったとは、そのことを聞いたときのサクラは驚きを隠せないでいました。
あの殿方――王子様と再会して、初めて会話を交わしたことを思い出すと……まぁ、会話の内容は少しばかり残念なものがあったような気がしますが、それでもサクラの頬がまた薄紅色に染まっていきます。
口が悪いところもあるし、自分が助けたことは信じてもらえないし、色々と不服なところがありましたが、やはりあの王子様が大好きという気持ちは変わりませんでした。
「わたくしって……あんなにマゾだったかしら……」
それはともかく、あの王子様と会話できて満足満足……で終わらせるわけにはいきません。
一体どうやって、あの王子様ともう一度会えばいいかという話も浮上してきています。
今、こうやって給仕係の仕事をしているというわけなのだが、忙しくて中々抜け出せる気配はなさそうでありました。
さて……どうしたものかと、サクラが考えている間にも時間は過ぎていき――。
「はい、今日はここまで! お疲れさん! それにしても、あんた覚えいいね! もしかしたら昔はどこかで給仕係をしてたんじゃない?」
あっという間に日は沈み、夜になってしまいました。
仕事は順調に進めど、サクラの恋自体は中々進めずじまいです。
このままではあっという間に三日間が過ぎ去っていってしまいます。
なんとか、なんとか……あの王子様に逢える方法はないかと、アラビアン風の模様があしらわれているカーぺットが敷かれた長い廊下を早歩きで進みながら、サクラが頭を抱えていたときのことでした。
「あ、サクラさん、こんなところにいたっすか。ちょっと話があるんっすけど、いいっすか?」
「………………」
「あの、サクラさんっすよね? サクラさん?」
「………………」
「え、あの、サクラさ〜〜〜〜ん!?」
サクラと同じくらいの身長で、焦げ茶色の髪を持ち、その小顔にはそばかすがある給仕係がようやくサクラを呼び止めることができたのは、それから約十分後のことでした。
「あら、何か用ですの?」
「だ、から……そう、言ってる、じゃないっすか……はぁはぁ。サクラさん、歩くの早いっす……」
「やだ、わたくしったら、考え事していたみたいで、ごめんなさい」
「いいっすよ。事情はお聞きしてるっす…………そりゃあ、考え事の一つや二つ、ありますよね。すいませんっす、ウチの方こそ邪魔しちゃったすかね?」
「いいえ、そ、そんなことはないですわ」
サクラの考え事とその給仕係の考え事がずれていることは言うまでもありません。
「それで、わたくしに何か、ご用がおありで?」
「あぁ、そうっす。サクラさん、この城に住むに当たって、メイド寮の方に入ることになったんすよ。すいませんっす。連絡が遅れてしまって」
「あら、そうでしたの?」
「そうっす。それで、サクラさんは今、ウチが使っている部屋で一緒になることになったんで、よろしくお願いしまっす」
なんでも、その給仕係が話すことには、同部屋だったもう一人の給仕係がサクラの来る少し前に結婚を果たし、城下町から離れることになって辞めたのだそうで。
それで、一人分空きができたその部屋に新たに給仕係として参上したサクラを入れようという話になった、ということでした。
「あ、遅くなってすいません、ウチの名前はマロニカっす。マロニカ・ヴェルブラン。マロマロでも、オタマロでもヴェルでもなんでも呼んでいいっすよ♪」
そばかすの給仕係――マロニカはハニカミながらそう自己紹介したのでありました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【7】
何処かでグラエナが遠吠えを月に捧げている夜。
サクラが人間になってから一日目の夜です。
マロニカに案内されてサクラがやってきた、給仕係のメイド寮は王様達が住まう居館から少し離れた四階立ての別棟となっています。
約五十名ほどの給仕係がそこでお世話になっていて、大浴場の風呂とトイレ、それから食事も共同で、各寝室にはベッドが二つの二人部屋となっています。(ちなみに風呂とトイレ、そして共同の食事スペースは一階、二階からは給仕係の寝室の部屋が並んでいます)
とりあえずサクラがマロニカに入れてもらった三階の一室は約八畳の広さで、両脇には一つずつベッドと小机に椅子、それと燭台が備え付けられていて、後、暇をもらった時に着る服の為のタンスがあり、給仕係の生活面がしかりと配慮されている部屋のようです。
軽く食事を取ってから、部屋に入ってすぐにマロニカが木窓(押し引きタイプ)を開けますと、今宵もいい夜空の風景と適度な涼しい夜風、そして月明かりが部屋の中に入り込んできました。
「あ、そっちのベッドを使って下さいっす。ウチはこっちのベッドを使いますから」
「分かりましたわ」
「あ、それと、部屋着がなかったんすよね、ちょっと待って下さいっす……確か、え〜と、ウチ結構余分にあったりするからな〜」
そう言いながらマロニカは近くの自分の使っている服ダンスの中を漁り出しました。
「なんか、申し訳ないですわね……どたばたさせてしまいまして」
「大丈夫っすよ、全然。給仕で先輩にコキ使われるよりかはよっぽどマシっす」
マロニカが一回振り返って、サクラに笑顔で応えますと、再び服ダンスの中を漁り始めました。
「それに、困ったときにはお互い様っすから」
「……マロニカはいい人、なんですわね」
「い〜や、全然っすよ! よくドジ踏んで先輩に怒られちゃったりしてるっすから、ウチ。アハハハハ」
それから、マロニカが探し続けること数分が過ぎ去ると、サクラの両手には色々なものが積まれていました。
「とりあえず、これでいいっすかね。この白いやつが部屋着っす。それとこっちの二着が城の外に行く用っす、それと、これが大浴場用のタオルっすね。どうぞっす」
「あ、ありがとうございますわ」
「へへへ。どういたしましてっす。あ、それとここでの一日の大体の流れを話しておくっすね」
そのマロニカの話によりますと、まず六時に起床し、その三十分後にはまず自分達の朝食を軽めに取り、七時には城の居館の方へと移動して、料理を準備したり掃除をしたりします。
他にも皿洗いの仕事や、掃除、そして客人や王様達の身の回りの世話などなどをこなし、ようやくメイド寮に戻れるのは早くて夜の九時、遅くて十時になります。
それから、遅めの食事を取り、風呂に入り、就寝は大抵夜中の12時か、1時になるようです。
この予定を聞いて、サクラは少し青ざめました……というのも、あの王子様に逢える余裕なんてその予定表にはなかったからです。
このままでは三日間、働くだけで泡になって終わってしまいます、それだけはゴメンでした。
「大丈夫っすよ! 確かに最初は大変かもしれないっすけど、慣れると結構、いけまっすよ」
顔色の悪そうなサクラに対し、マロニカはそう励ましましたが、残念ながらサクラは仕事がきつそうだと思って顔色を悪くしたのではありません。
とりあえず、サクラは一つ溜息をもらしますと、マロニカがタオルを持って立ち上がりました。
「……ま、まぁ、一風呂、浴びに行きましょうっす、サクラさん。色々おありで疲れてるようですし、ここはゆっくり、ね?」
「…………そうですわね」
ひとまず、マロニカの提案を受けることにしたサクラもタオルを持って立ち上がりました。
ここでの一日の流れが分かっただけでも、とりあえず良しという風に考えないとやっていけそうにありません。
この予定表からいかにして、王子様に逢う時間を手に入れるかというのは自分の責任だからと、そうサクラは考えました。
というわけで場所は変わりまして、大浴場。
壁はクリーム色、床には黒に近い灰色のタイルが敷かれているここには十人程が余裕で入れる大浴槽があり、今は誰も入っていませんでした。
どうやらマロニカがサクラに服をあげたり、給仕係での生活を説明している間に他の人が入った感じであります。
「ウチらが最後っすかね〜。あ、サクラさ〜ん、こっち、こっちっすよ」
「すごい……暖かいんですね、ここ」
「浴槽の方がもっと暖かいっすよ〜。早速、入りましょうっす!」
初めてのことに若干戸惑っているサクラをよそに、マロニカが先に入ろうとしたところ――。
滑る音がいい感じに入り、それから派手な音と共に大きな水しぶきが空を舞いました。
「ぶくぶく……ぷっはぁ! おおう、尻をちょっと打ったす……イタタ」
「ふ、ふふははははは!」
「あ、笑ったっすね! あ、でも、確かにおかしな滑り方で……あはははは!」
マロニカの間抜けとも言える滑り方がツボに入ったのか、王子様とどう逢えるかという悩みはどこへやら、サクラが腹を抱えて笑い、マロニカもつられて笑い出しました。
そういえば、サクラが声を出して笑ったのは、この城にやってきてから初で……なんだかサクラはスッキリしたような気分がしたようです。
「あははは、はぁはぁ、笑いすぎて、腹筋崩壊しそうっす……さぁ、サクラさんも」
「えぇ、そうですわね」
マロニカに促され、ゆっくりと足から湯に入り、そして太もも、お尻、腰、胸、そして肩……頭まで――。
「ちょ!? サクラさん? いきなり、頭まで浸かるんすかっ?」
「プハァ! はぁはぁ……私としたことがついクセで」
「クセなんすか」
「いつもは海にいたからかしら……」
「え?」
「……あ、わ、わたくし、ちょっとだけ何かを思い出しましたようですわ! 多分、海に近いところに住んでいたのですわ! きっと!」
「おぉ! 記憶がちょっと戻ったんすね! そりゃあ、良かったっす!」
ありがとうと答えながら、人間というのは面倒くさいところもありますわねとサクラは心の中で呟きました。
それにしても、アバゴーラ・ジーランス夫妻から暖かい湯の存在を聞いたことがありましたが、実際入ってみると不思議な感じだったようです。
いつもはどちらかというと冷たい(それでもサクラにとっては適度な)水の中でしたから、そのような感覚が生まれてもおかしくはありませんでした。
なんだか海のときとは違って、この湯というものは本当に疲れが溶けて無くなってしまいそうな、そんな感じがサクラにはしました。
どうやら、落ち着いたようであるサクラの口が開きました。
「そういえば、マロニカさんはここで何年、働いていますの?」
「自分っすか? そうっすねもう今年で三年目になるっすかね。ウチの家、貧乏で苦しかったんで、ウチも働くことになったんすよ。いやぁ、最近の不況ってやつっすかね、それをモロバレルに受けましたから、ウチの家も」
「た、大変だったですわね……それは」
「そうっすね、ドジ踏んでばかりで先輩にはよく怒られますし、後輩には追い抜かれている感ありまくりっすけど」
マロニカがサクラの方に笑顔を向けた。
「まぁ、それでも、なんとかやっていけてるっすから」
「ポジティブな方なんですね」
「よく言われまっす。ハイパークレイジーポジティブ野郎ってよく言われまっすね」
「まぁ、ふふふ」
「こんなお馬鹿なヤツっすけど、よろしくお願いしまっすね」
「……えぇ」
不思議とマロニカと話しているからか、それとも湯の力は定かではありませんが、サクラの肩の力が抜けていくようでありました。
でも、マロニカには何か心に活力をくれるみたいなものがあるかもとサクラは考えました。
確かに先程披露したドジっぷりからでも、マロニカは仕事中にも色々と失敗しそうだけど、前向きで心が強そうだなと、なんだか、マロニカからエールをもらっているような不思議な感じがサクラにはして、それがおかしくなって、つい笑っていました。
いきなり笑い出したサクラに一瞬、驚いたマロニカでしたが、彼女もその笑い声につられる形でまた笑っていました。
もしかしなくとも、サクラに心強い仲間が出来たかもしれません。
……ドジっ子のようですが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【8】
大浴場から再び寝室に戻りまして、裾も丈も長い白いワンピース型の部屋着に着替えたサクラと、同じ服を着ているマロニカはそれぞれベッドに入り込んで、今日はまた寝ることにしました。
マロニカは「お休みなさいっす」と言った後、十秒後にはあっという間に夢の中に入って行きました。
サクラの方もどうやって王子様に逢うかということは一旦、置いといて、体力回復を図ろうと、ウトウトしてきたときのことでした。
何やら、木窓を叩く音がしてきたのです。
何だろうとサクラが眠そうな眼をこすりながら、木窓を開けると、そこにいたのは茶色とクリーム色で配色された鳥ポケモン、ポッポでした。
「…………」
「ん? 何かくわえていますわね…………」
ポッポのくちばしがくわえていた一枚の折られた紙。
サクラはとりあえず、それを取り出しました。
「ぽっぽ。ぽっぽぽ。ぽっぽ、ぽっぽぽ、ぽっぽ。ぽぽぽっぽ」
「ん? 何と言っているか分かりませんわ…………あっ……そうでしたわね」
どうやらポケモンの能力を失うというのはポケモンの言葉も分からなくなるということでもあるようでした。
今、自分は仮にも人間であるのだから。
任務を終えたようであるポッポはやがて、夜空に向かって、消えて行きました。
そのポッポの姿を見送ると、サクラはその折られた紙を開きます……すると、そこに書かれていましたのは――。
『(サクラは人間の字を読めませんでした)』
人間の書かれた文字に関しては全くの皆無であったサクラは、もちろん困惑しました。
マロニカは寝ていて起きそうにもないし、どうしようかと思っていたサクラでしたが、結局、マロニカに聞くことにしました。
「マロニカ、ねぇ、起きて下さいですわ、マロニカってば!」
「むにゃ……はひ……? なんっすかぁ……? サクラひゃん……」
「……寝ぼけているけど、大丈夫かしら……まぁ、ともかく……この手紙に書かれていることを読んで欲しいのですわ!」
「うみゅう……はひゃい……えっとぉ、『メイド寮のぉ、外でぇ〜……待っているぅ〜』と、書かれてますぅ〜……バタン、キューー……すぅ、すぅすぅ……」
「お休みのところ、申し訳なかったですわね……ありがとうですわ、マロニカ」
サクラがそう呟くと、マロニカが寝返りを打ちました。
恐らく、マロニカはこの手紙のことは覚えていないでしょう。
とりあえず、自分が何をすべきか分かったサクラは(持ち運び式)ロウソク台に火を……。
「ごめんなさい、マロニカさん、これに灯りをつけてくれません?」
この後、寝ぼけながらも、しっかりとロウソクに火をつけたマロニカでした。
「さてと……あまり物音を立てない方がいいですわよね……」
部屋を出る前に、ちょこっと、扉を開けてその隙間から廊下の様子を伺います。
マロニカの話によると、この大浴場で一浴びした後の時間帯は原則、部屋の中にいるもので、給仕係のメイド長に見つかってしまったらタダでは済みません。
進んでも良さそうだと判断したサクラは慎重に、落ち着いて部屋から出て、メイド寮の出入り口を目指していきます。
もう他の皆も寝ているのか、やけに静かで……その静けさがまたサクラに緊張感を与えます。
そ……っと
そ〜〜……っと。
そっと……。
抜き足差し足忍び足の技法は人間になってから間もないサクラには無理で、廊下に足を擦るような形でサクラは先を進んで行きました。(……本当は床を擦る音も目立ちそうなのですが……今のサクラに無理は言えません)
時々、階段を下りるときなど、ギィ〜ッと誰かにモロバレルフラグが立ちそうな、軋む音が立つときがありましたが、ようやくサクラは誰にもばれずに出入り口までたどり着きました。
そして鍵(ターン式)を「こうかしら……?」となんとか開け、なんとかサクラは無事に外に出ることに成功しました。
サクラを出迎えるかのように夜風が全身に吹いてきて、いい感じに桃色の髪が宙を舞っていきます。
「おい、扉をちゃんと閉めておけ」
「え?」
声のする方にサクラが向きますと、なんとそこに立っているのは、あの王子様ではありませんか!
上下漆黒の服に、襟部分には白く目立つファーみたいなものがついており、風に吹かれる度にふわりふわりとなびいていきます。
「え、あ、あの……もしかして、王子様が私のことを呼んで…………?」
「ともかく、ここで立ち話してもアレだ。場所を移動するぞ」
「そ、そうですわね、ひ、人が来たら大変ですしぃっ」
「……噛んだな」
「しょうがないでしょう! ここにまさか貴方がくるなんて思いもしませんでしたし!」
「騒ぐな! 喚くな! ばれたら、どうするつもりだ!?」
「そ、それは貴方こそ、ですわ!」
「とりあえずっ、ここじゃあ、ちょっと場所悪い。移動するぞ」
「移動って、どこに」
「ついてくれば分かる」
王子様の左手が強引にサクラの右手を絡め取り――「ひゃあ!」「変な声をあげるな」
サクラの手に伝わって来る王子様の手に宿る熱さがサクラの胸の鼓動を速めていきます。
無理もない話です……いきなり誰からか呼び出しを受けたかと思えば、それは愛しの王子様からのもので、そして手を握られて……。
果たしてサクラの心の臓が最後まで持つかどうか心配になってくるのですが――。
ドクン。
ドクンッドクン。
ドクンッドクドクンッ。
ドックンッ!!
サクラの意識がどこかに飛んで行きそうなのですが。
そんな頭に血が昇ってボーっとしてきているサクラをよそに王子様はグイグイとサクラを引っ張りながら歩いていきます。
とりあえず王子様は城から抜けてサクラと話がしたい為、抜け道を使うことにしました。
城の居館から少し離れたところに一つの小さな小屋があり、そこには地下に続く階段が造られています。
小屋に入ると王子様はモンスターボールを取り出し、ポケモンを出すと、漆黒の体に輪の模様を刻んだポケモン――ブラッキーが現れました。
どうやら色違いのブラッキーのようで輪の模様は青色に染まっていました。
「すまないブラッキー……道を照らしてくれないか?」
「きゅい!」
「よし、行くか……んで、コイツはまだボーっとしているのか」
「…………」
「……まぁいい。とにかく行くぞ」
「きゅい!」
外では月明かりを元に行動出来ていましたが、その光が届かない地下ではブラッキーの発する光が頼りとなりました。
タンタンと階段を下っていく音が浮かんでは、静寂漂う地下の空間に消えていきます。
この階段は元々、城の避難経路として造られていたもののようで、降りていくと徐々に潮の香りが漂ってきます。
この階段が繋がっていた場所は――。
「おい、着いたぞ」
「…………」
「聞こえてるのか? 着いたぞ?」
「はっ!? ここは一体…………?」
王子様の手が離れると、まるでスイッチが入ったかのように今までボーっとしていたサクラの意識が元に戻りました。
階段を降りた先に繋がっていた場所は潮の香りが漂い、さざ波の音色が優しく辺りを飛び交う場所――そこはサクラが王子様と出逢った浜辺でした。
「ご苦労だったな、ブラッキー。少しの間、浜辺で遊んでていいぞ」
「きゅ〜い♪」
ご主人の許可をもらったブラッキーは嬉々として浜辺を走って行きます。
その後ろ姿を目で追いながら王子様は口を開きました。
「……どうだ? 城での生活は。不自由なことはないか?」
「え……べ、別にどうってことはありませんわ。まぁ……疲れましたけど」
「そうか……何事もなかったのか……」
「え?」
「………………別に、新人は失敗話を作るのが得意だからなと思って、楽しい話を聞ければと考えていたのだが」
「それ、どういうことですの!?」
流石に好きな人とはいえ、言われて嬉しいことと、我慢ならないことがあります。
サクラはキッと険しい視線を王子様に向けますが、王子様の顔は海に向かっているままでした。
「……お前、記憶の方はどうなんだ?」
「記憶……?」
「……お前、自分で言ってただろう。自分は記憶喪失で困っていると……まさか、それまでも記憶が――」
「そ、それはないですわっ!」
「……そうか。それで?」
「…………も、戻っていませんわ」
空色の瞳が大きく泳いでいるサクラでしたが、その挙動不審な行動は幸いにも海の方に顔を向けていた王子様に映ることはありませんでした。
サクラのその言葉を最後に、二人の間(厳密に言うと一人と一匹ですが)に沈黙が流れました。
王子様は相変わらず顔を海に向けたままですし、サクラの方は王子様の横顔を見つめているだけで、ただその場には引いては流れるさざ波の穏やか音色が漂っていました。
後、時々、「きゅいきゅい♪」とクラブを追いかけて楽しそうなブラッキーの声が夜空に溶けていました。
「……」
「……」
沈黙は流れ続けるままで、一向にどちらかが口を開くという雰囲気はないままです。
このままサクラが王子様を襲いこんでキスすれば……泡にならずに済んで、めでたしめでたし……という展開にはならず、サクラはただ王子様を見つめては考えていました。
一体、どうすればこの王子様と距離を縮めることができるのか?
王子様と二人っきりという折角の機会を無駄にするわけにはいきません。
しかし、考えれば考えるほど、どうすればいいか、なんと話していいかと悩みの渦に囚われてしまいます。
王子様の好きなことでも訊けばいいのか?
王子様が気になることを訊けばいいのか?
王子様はどういった人なのか?
「あの――」「なぁ――」
サクラと王子様の声が重なりました。
サクラは目を丸くし、王子様も今度はサクラの方を見て目を丸くしています。
「なんだ」
「いえ、その、王子様が先に――」
「いや、お前から言え」
王子様に促され、頷いたサクラはようやく搾り出した質問を口にしました。
「お、王子様の名前は……なんと言いますの……?」
「……なんだ、いきなり何を訊かれるかと思えば、平凡な質問であったか」
しょうがないでしょう! 他に思いつかなかったのですから!
……というのはサクラの心の声でありまして。
とりあえず、一歩を踏み出せた感じで一瞬、サクラの内心は安堵感で溢れましたが、肝心の質問を王子様が答えてくれなければ、折角の質問も水の泡であります。
「……エルフェだ」
「え?」
「エルフェーヤ・リッド・フィッシュスター……呼び方は別に何とでもよい」
王子様――エルフェは再び顔を海の方に向けながらそう言いました。
一方、王子様の名前を聞けたサクラは――。
「エル、フェ…………エルフェ……エルフェ様」
そう何回も繰り返しながら喜びを噛み締めていました。
これで距離を縮めたかどうかは不明ですが、サクラにとっては大きな一歩に繋がった瞬間だったのです。
「…………」
「えへへ……」
エルフェが顔の向きを変えて、じーっとサクラのことを見ていますが……サクラは自分の世界に入っているのでしょうか、頬を赤らめて笑顔のままエルフェの視線には気付いていないようで――。
「きゃっ!?」
案の定、ようやく気が付いたときには短い悲鳴を上げていました。
「大丈夫か? 一人でニヤニヤ何を考えていたのかは分からないが」
「べべべ、別に変なことは思ってませんわ!」
「……どうだか」
「……(まぁ、確かにちょっと調子に乗っていた感じはありましたけどっ)そ、それよりもエルフェ様も、わたくしに訊きたいことがあったですわよね?」
確かにエルフェもサクラに対して何か質問があったようだったのは先程のやり取りでも知っての通りのことです。
エルフェはまた海の方に顔を向け、幾分か口を閉じた後、答えました。
「……いや、今日のところはもう遅い。そろそろ戻らないとな」
そう言いいますとエルフェはゆっくり立ち上がり、ズボンのお尻のところをパンパンと音を立てながら砂を払いました。
もうこの時間とも終わりと思うと、少し寂しい思いもあったサクラですが、エルフェに続いて立ち上がり、同じように砂を払いました。
「ブラッキー! そろそろ行くぞ!」
「きゅ〜い♪ きゅい! きゅいきゅ〜い♪」
クラブと戯れていたブラッキーは主人の声を聞きますと、遊び相手のクラブに挨拶してから嬉々と戻ってきました。
「さぁ、さっさと戻るぞ」
「わ、分かりましたわ」
ブラッキーが足元に来るのを確認しますと、エルフェが歩き出し続いてサクラが歩き出しました。
腕を伸ばせばすぐに届く距離を置きながらサクラは歩きます。
それだけでも胸がドキドキしてきて……顔を下にうつむいたままサクラは歩き続けます。
月明かりは何時までも二人と一匹を照らし続けていて、海風が優しく包んでいました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【9】
「はぁ……」
「どうしたんすっか? サクラさん」
「わたくし……とんだバカですわ……」
「何言ってんすか。サクラさん、しっかりモップを使えているじゃあぁああ!?(ドッテン☆ バッテン☆ ゴッテン☆)……いつつ、またやってしまったっす」
「はぁ……」
「サ、サクラさんがこっちを見てくれないっす……ウケを取る為に転んだっすけど、あは、あはははは」
いや、マロニカ……あなたの場合、これは素で転んだでしょう。
昨日と同様に城の居館にあるトイレをマロニカと掃除しているサクラでしたが、手つきはテキパキとしていたのですが、その顔色は少々暗い影を落としているようでした。
というのも、昨日のエルフェと過ごした時間の中で自分が肝心なところで抜かしてしまったものがあったのに、サクラが気付いたからです。
「(どうしてエルフェ様はわたくしを呼んでくださったのかしら?)」
いきなり自分を呼び出したエルフェの行動は一体どこからきたものだろうかと……考えても結局はエルフェから答えを訊かないと分からないとはサクラも承知だったのですが、どうしても考えてしまって……そして考える度にどうしてあの時、訊かなかったのだろうかとサクラは自分自身を責めていたのでした。
こんな感じでサクラが人間になって二日目の時間は容赦なく進んで行き、あっという間に日が沈んでいきました。
「……すいませんっす……ウチのせいでまた遅くなってしましたっす……」
「……はぁ……」
「サ、サクラさんっ? い、今のは何かの悩みに対しての溜め息っすよね? そうすっよね? うぅ、お、お願いっすから、そうと言ってくださいっす〜!」
マロニカによるドジイベントは今日も絶好調のようで、結局、サクラとマロニカはまた最後の方にメイド寮のところへと戻ってきました。
一階で軽めの食事を取り、部屋に戻ると、マロニカの提案で風呂に向かうことにし、着替えを準備して大浴場に行きますと、サクラとマロニカの二人だけで他には誰もいないと思われていたところに、湯煙の向こうから影がちらつきました。
どうやら湯船に先客がいるらしく、二人が湯船に向かいますと――。
「あ、ぬーさん! ぬーさんじゃないっすか! お疲れ様っす!」
「ぬー」
「……ぬーさん?」
「あ、この子はヌオーのぬーさんって言って、いつもメイド寮でお手伝いとかしてくれる、頼れるポケモンなんすよ〜」
「ぬー?」
「あ、この人っすか? この人はサクラさんって言うこの前、城の給仕係に新しく入ったワケありの人っす」
「ぬー」
「ど、どうもですわ」
水色の体を持ち、その胸元には何か生き物のツメがついてある首飾りをつけたポケモン、ヌオーのぬーさんがサクラに向かって手ひれを挨拶よろしく挙げますと、サクラがぺこりとお辞儀をしました。
やはりポケモンの能力を失った彼女にはヌオーの言葉さえも分かりませんでした。
とりあえず、ぬーさんを挟んでサクラとマロニカも肩まで浸かりますと、ぬーさんがサクラの方に顔を向けました。
サクラも思わず、ぬーさんの方を見ます。
「な、なんですの……?」
「ぬー」
「…………そ、そんなに見られますと、恥ずかしいですわっ」
「ぬー」
「え、えっと……」
「ぬー」
「…………」
「…………」
最初こそ、ぬーさんに見つめられて顔を背けたくなったサクラでしたが、徐々にその気持ちは和らいでいき、果てには、サクラがぬーさんから視線を外すことはありませんでした。
別に、ぬーさんには『くろいまなざし』があるわけではありません。
「ぬーさんはウチらの癒しっすからね〜。『癒しのぬーさん』って言われるほど、ぬーさんの癒し力は半端ねぇっすよ〜。それと……」
そこまで言いますと、マロニカは後ろから、ぬーさんをぎゅうぅっと強すぎず弱すぎず適度な力で抱きしめました。
「ぬー」
「……こうやって、ぬーさんを抱きしめるとすごい心が落ち着いてきて、気持ちいいっすよ〜……サクラさんもどうっすか?」
マロニカが気持ち良さそうな、ふにゃっとした笑顔を見せており、そして、ぬーさんが一回マロニカから離れてサクラに背中を向けますと……サクラは思わず喉を鳴らしました。
なんて抱きしめたい背中なんだろうか……!
サクラもぎゅうぅっと、ぬーさんを抱きしめました。
「ぬー」
「…………」
適度な柔らかさに感触、不思議と肩の力が抜けていくような感じがサクラに広がり、安堵の一息をその小さな口から漏れていきました。
なんだか今日一日、自分に愚痴を吐いていたことが馬鹿馬鹿しくなってきて、けれどそれは窮屈になっていたような身が解放された気分で悪いといった感じは微塵もありませんでした。
流石、癒しのぬーさんと呼ばれることだけはあります……まさか初めて会ったサクラに対してもその能力を存分に発揮していましたから。
ちなみに抱きしめられている、ぬーさんも気持ち良さそうな顔をしていました。
一気に場の雰囲気は和んでいき、ネガティブな空気はどこかに飛んでいっていました。
和やかな一時も過ぎていき、再び部屋に戻ったサクラとマロニカはそれぞれのベッドに入り込み、マロニカはあっという間に寝息を立て始め、遅れること数分、サクラからも寝息が立ち始め――。
昨晩と同様、また木窓からトントンと短い音が鳴りました。
サクラは身を起こし、ベッドから降りますとすぐに木窓の方に寄ります……昨日のことを思い出したのでしょう、その顔はとても活き活きしているようなものでした。
サクラがその木窓を開ければ、そこには彼女の予想通り、一匹のポッポが昨晩と同様に一枚の紙をくわえていました。
そこに書かれていることは彼女には理解できませんでしたが、次に行動することは決まっていました。
昨晩、マロニカにやってもらったロウソクに火をつける行為をサクラは見様見真似で挑戦してみます。
近くに置いてある小さな箱に手を伸ばしますと、そこからマッチ棒を一本取り出して箱の側面に赤い部分を擦っていきます。
慣れない作業に中々、火がつかなかったのですが、ようやく短い摩擦音がいい感じに鳴るのと同時に火がつき、「あちち!」と言いながらも燭台にある一本のロウソクには灯りがつきました。
マッチの火を消し、サクラは燭台を持って部屋を出て行きます……周りには常に警戒を払って、ばれないように、ばれないようにと、昨晩と同様にサクラは慎重に歩を進めていきます。
この調子なら今晩も問題なくメイド寮を抜けられるとサクラが思った矢先でした。
一階からぼんやりとした明かりがサクラの目に止まりました。
階段は一階の出入り口から向いて真っ直ぐ昇って左に九十度曲がる、直角タイプの階段で、直角からは壁が置かれている為、外からは覗けません。
とりあえず、サクラは直角ポイントの前で立ち止まると、一階からは話し声も聞こえてきました。
「……でさ……で……」
「……マジ…………それ……?」
「本当よ…………だから」
サクラのいるところまではハッキリと会話の内容は届いていませんでしたが、それでも話声がするのは確かで、このまま行けば確実にばれてしまいます。
さて、どうしたものかとサクラが困った顔をしながら思案を練ろうとしますと。
何やら肩に柔らかく触れるものが――。
「――――!!??」
なんとか声は出さなかったものの、ばれてしまった? とサクラが振り返り、その手にある燭台を後ろにいるであろうものを照らしました。
胸にあるのは何か生き物のツメがついてある首飾り、そして体は水色に染まってある――。
「ぬー」
「……ぬーさん?」
サクラのその言葉に、ぬーさんが手を挙げますとそのまま手ひれでサクラの腕を掴み、グイグイと引っ張ります。
一方、サクラは誰であろうと秘密の行動がばれてしまって本来なら慌ててしまう状況だったはずなのですが……ぬーさんの顔を見ると不思議と気持ちが落ち着いていました……ぬーさんの癒し力はいつでもどこでも発揮するようです。
しかし、和みっぱなしというわけにもいきません。
「あ、あの……ぬーさん」
「ぬー、ぬー」
ぬーさんは相変わらずグイグイとサクラの腕を引っ張っています。
「……え、えっとぉ……部屋に戻れということですか?」
「ぬー」
仕方なくサクラはぬーさんの行動を訳することになりましたが……ぬーさんが顔を横に振る限りこの答えは違うようです。
「ん……もう寝ろということですか?」
「ぬー」
「えっと、これから説教ということですわよね?」
「ぬー」
「じゃあ……ついてこい、ということかしら?」
「ぬーぬー」
ようやく、ぬーさんが頷きました。
ポケモンの言葉が分からないなんて本当に不便だと、元プルリルのサクラはやはり思ってしまうところでしたが……この今、自分に置かれている状況は自分が望んでなったもの。ならば、それに屈しないようにしなければとサクラは思いました。
ひとまず、ぬーさんについていくことにしましたサクラがそのまま歩いていきますと、一番奥の一室に案内されました。
ぬーさんが慣れた手つきで扉を開け、サクラがそこに入りますと……そこは何もない殺風景な部屋でした。
サクラが辺りをうろうろと歩いていますと、ぬーさんに呼ばれました。
「ぬーぬー」
「なんですの……?」
ぬーさんが手ひれを床にぽんぽんと軽く叩きますと、なんと、その床を抜きました。
目を丸くしているサクラをよそに、ぬーさんは抜いた床をその辺に置くとその開いた空間の中に消えています。
とりあえずサクラが燭台をその開いた空間に近づけますと、そこにはハシゴらしきものがありました。
「えっと……進めばいいのですわよね……?」
しかし、ハシゴのことを知らなかったサクラですから、ハシゴには手をつけずにそのまま思いっきり開いた空間の中に身を投げました。
その後にボールが軽く跳ねたかのような柔らかい音が鳴ります……ぬーさんがサクラをキャッチしてくれたようです。
「ぬー」
「あ、ありがとうございますですわ」
ぬーさんにお礼を言ってからサクラは降り、奇跡的に火がついたままの燭台を元に、ぬーさんが先にそしてその後にサクラが続いて歩いていますと……そこには一つの扉がありました。
「……まさか、ここから外に?」
「ぬー」
どうやら、ぬーさんはサクラの為に抜け道を教えてあげていたようです。
サクラは再び、ぬーさんにお礼を言いますと扉の鍵を開けて、外へと繰り出しました。
そこはどうやら裏口のようで、眼前にはまた綺麗な夜空が続いており、夜風もいい感じに吹き抜けていきます。
「ぬーぬーぬー」
ぬーさんが恐らく正面口に待っているであろうエルフェの元に走りに行ったサクラの背中を見送りながら、片手ひれを挙げて振っていました。
それにしても、ぬーさんはどうしてサクラが外に出たいということが分かったのでしょうか?
ポケモンならではの勘とか鋭さといったものからなのでしょうか?
そして、サクラのことを手助けしたのは一体……?
そのような疑問は目的を果たして満足なサクラの心には浮かびませんでした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【10】
寄せては返す海の波は留まることなく、今宵も二人――サクラとエルフェの眼前で行われていました。
昨晩と同じく、浜辺に到着した二人は白い砂浜の上に座っていて、道中明かりの役目を果たしてくれた色違いのブラッキーは主であるエルフェから許可を得て、夜の浜辺を闊歩(かっぽ)していたクラブと遊んでいます。
ブラッキーの楽しそうな声が聞こえてくる中、サクラの口が先に開きました。
緊張はしていましたが、昨晩ほどひどくはないようで……もしかしたら、ぬーさんの癒し力には高い持続性があるかもしれません。
「あ、あの……エルフェ様」
「……ん? なんだ?」
「その……エルフェ様はどうしてわたくしをお呼びになられたのでしょうか?」
その言葉を聞いたエルフェ様がちょっとの間、何かを考え込むかのように黙りますと、やがてポケットの中から物を取り出しました。
桃色の皮をかぶったものに何やら葉っぱが一枚巻かれています。
「それは……?」
「桜餅」
「さくら……もち?」
「知らぬか? 和の国から急いで取り寄せてもらったやつなのだが」
「ええ、初めて見ますわ」
興味津々に桜餅を見つめているサクラの顔に、エルフェは訝しげな顔をしました。
「……お前の名前、サクラだったろう? ……もしかしたら桜餅と関係があったかもしれないと思ったのだが、違ったか」
「え?」
「…………桜餅みたいにほっぺたは伸びるのにな」
何を思ったのか、エルフェがサクラの頬をつねってむにむにと伸ばしたりして弄んでいました。
この王子様が取った、いきなりの行動にサクラの目は点になっていきます。
「ひゃ、ひゃの……? ふぇふふぇしゃま……?」
「サクラと桜餅……何かしら関係があったかもしれないと思ったが、うむ……俺としたことが、このような単純なことで記憶が簡単に戻るなど……まだまだ甘いな」
「ひゃひゃう、ひゃの。ひゃって、ひゃひゃおう」
「……それにしても、よく伸びるほっぺただな……」
この後もエルフェはサクラのほっぺたを伸ばしたり、戻したりを繰り返していき、ようやく終わった頃にはサクラの頬は赤に染まっていました。
サクラは頬をさすりながら、不服を唱えようとしましたが、エルフェの口が開く方が早かったようです。
「まぁ、折角だからそれでも食っておけ。うまいぞ?」
「……え、えぇ。分かりましたわ」
手に乗せられた一個の桜餅を見て、サクラはゴクリと喉を鳴らしました。
柔らかそうな桃色の丸い物体がサクラの胃袋を刺激しているようで…………やがて、サクラからお腹の虫が鳴き声をあげ、エルフェは笑い、サクラは恥ずかしそうな顔になりました。
「い、いただきますわ!」
「うむ、食べろ食べろ。おかわりならあるからな」
頷きながらサクラはもぎゅもぎゅと食べ続けます。甘くてよく伸びる皮もさることながら、中に入っている餡も甘くてサクラの舌を興奮させていきます。もちろん初めて食べるものですからその興奮度はかなり高いものです。目をらんらんと光らせながら桜餅を食べているサクラをエルフェはただ微笑みながら見ていました。
「むぎゅ!?」
いきなりサクラが握り拳の右手で喉元を強くたたき出したのでビックリしたエルフェですが、サクラが餅を喉に詰まらせたということをすぐに把握しますと、ズボンのポケットから小さい樽状の水筒を取り出し、サクラに飲ませました。
「ぷっはぁ……た、助かりましたわ」
「まったく、そんなに急がなくても桜餅は逃げん。強情な奴だな、お前は」
「は、初めての食べ物でしたから! な、慣れていなかっただけですわっ」
強情な奴……サクラはエルフェのその言葉に思わず自分のことを重ねていました。確かに、自分は大好きな人に逢う為に、距離を縮ませたい為に、ポケモンの姿を捨て、人の姿を手に入れた……エルフェの言う通り強情な女かな、とサクラは思いました。
「……とまぁ、お前を呼んだのはそういうことだ。記憶をさっさと取り戻してくれないと、色々と困るからな」
「……! あ、ありがとうございます」
顔を再び海の方に顔を向けたエルフェにサクラの顔が明るく、そして同時に申し訳ない気持ちが芽生えていました。
自分は記憶喪失でもなんでもなく、プルリルというポケモンでしっかりと記憶もある…………ふと、サクラはエルフェに正体を明かそうかと思いましたが、止めました。
今は、なんとなく、そのときではないと。どちらかと言えば、隠したままでは悪いし、いつかは明かさなければいけないかもしれないとサクラは思っているのですが、タイミングが今ではないと感じていました。
……しかし、サクラはもしかしたら、タイミングが合わないというよりも恐れている気持ちが強いかもしれません……もし、正体を明かしたら怖がらせてしまうのではないだろうか? という見えない不安要素がサクラの心の底にうずくまっていそうでした。
「さて……そろそろ戻るか」
「……はい」
エルフェの掛け声に「きゅい!」と返事しながらブラッキーが戻ってきますと、二人と一匹は城に戻るべく、歩き出しました。
これで今宵のエルフェとの触れ合いは終わり……明日が終われば、サクラは泡になって消えてしまいます。
果たしてエルフェとキスすることができるのでしょうかという不安もありましたが……その後、エルフェと一緒にいることができるのだろうかという不安もサクラの中に芽生えていました。
こんなにも近くにある背中が遠いような感じがするのはきっと気のせい、きっと――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【11】
ポッポやマメパト達が騒がしく目覚めの運動がてら青空を飛んでいる――サクラが人間になってから三日目の朝がやってきました。
本日も給仕係として慌ただしい一日がサクラを待っているかと思いきや――。
「給仕係のサクラだな? 貴様を牢に入れることになった」
「ど、どういうことですの、これは!」
「サ、サクラさん!? あ、あのこれは一体なんなんすか!?」
さて、本日も給仕の仕事に取り掛かろうとメイド服に着替え、寮から出た矢先にサクラとマロニカを待っていたのは頭から下まで鎧をまとった城の兵が五、六人でした。兵達は皆、槍を持ってその刃先をサクラに向けていました。
もちろんこの唐突の出来事にサクラもマロニカも混乱していて、兵達に訳を尋ねますが、その説明は後だと一蹴されてしまい、最終的には「早くついてこなければ、この場で串刺しにしてやってもいいのだぞ!」と脅されてしまいました。
「…………分かりましたわ。とりあえず、従いましょう」
「!? サクラさん!? サクラさんは何もやってないですよ!? 一体あなた達は――」
「うるさい! お前も牢にぶちこまれたいのか!?」
一人の兵が槍をサクラからマロニカの方に向けるのを見て、サクラが叫びました。
「用があるのはわたくしでしょう!? マロニカには何も危害を与えないで欲しいですわ!」
何が原因なのかは見えてこないものの、とりあえず自分が兵達の指示に従わないでいるとマロニカに怪我をさせてしまうと、サクラは思いました。
「サ、サクラさん……」
「マロニカ、わたくしは大丈夫ですわ…………わたくしが戻るまでにはお仕事を殆ど終わらせていると助かりますわ」
自分も何が起きているか分からない、だけれども、マロニカには心配させまいようにサクラは努めて微笑んで言いました。たった二日間とはいえ、マロニカとは給仕仲間であり――友達でもあるのですから……その友達を傷つけるわけにはいかないと。それに何も知らなかった自分にあれこれ教えてくれたりと世話になったのにここで怪我をさせてしまっては申し訳ないとサクラは思いました。
その後は「よし行くぞ」という兵の声に合わせて、サクラが歩き出し始めました。兵に囲まれ、背中には槍の刃先をつきつけられ、逃げることはできません。少しでも怪しい動きを見せたら串刺しにする所存のようです。
牢屋に向かって歩き続ける中、サクラは嫌な胸騒ぎがして仕方ありませんでした。この先何かが起きそうな気がして――ポケモンの本能は消えようとも、その感覚はサクラの中にありました。顔色が悪くなっていくサクラの耳には兵達の鎧が擦れる音しか届いていませんでした。
「さぁ、さっさと入れ!!」
「きゃっ!? な、何をするのですか!?」
兵に背中を強く押され、よろきめきながらサクラは牢の中に入れられました。
城の居館の隣に地下に続く階段が一つあり、その地下には罪人達が捕らえられている複数の牢屋が連なっていました。衛生面は決してよくなく、時々漂う鼻を曲げたくなるような臭いに、ドブコラッタなどがあちこち走るなどは日常茶飯事であります。
更には――。
「おい、女が入ってきたぜ」
「女だぁ……!」
「へへへ! お譲ちゃん! こっちの牢屋で遊ばねぇか? 牢屋はつまんねぇとこだぞ? ぐへへ!」
野郎共の下品な言葉が交う始末、まさに地獄という言葉が似合う場所です。ちなみに、サクラが入った牢屋の中には幸いといっても大丈夫かどうか保証しかねますが、一人の寡黙そうな老人がいるだけでした。
とりあえずサクラはこの嫌な空気に吐き気を覚えそうになりながらも、自分を牢屋の中にぶちこんだ兵に尋ねます。ちなみに、牢屋という言葉はマロニカから教えてもらっており、またその意味も知っています。
「どうして、わたくしをこんなところに入れましたの?」
「どうしてだと?」
顔を隠すことができるタイプのヘルムなので、サクラからその顔を覗くことは叶わなかったのですが、兵は眉間にシワを寄せて言い放ちました。
「自分が何をしたのかも分からないのか!? この悪魔!」
「分からないからこうして訊いているのでしょう!?」
確かにサクラの言葉にも一理あります。
「な……! なるほど流石は悪魔だ。みなまで言わせようとは、いいだろう、だったら改めて教えてやる」
兵の言葉が力強く――。
「お前は昨晩、そして一昨日の夜、王子様を浜に連れていき、たぶらかし、悪の道を説こうとした悪魔なんだよ!」
サクラの目が大きく見開かれたのは言うまでもありません。
自分が王子様をたぶらかそうとした悪魔? 何を言っているのかサクラには全く理解できませんでした。自分はただ単にエルフェに恋をし、お近づきになりたくてここまで来ただけなのに。
「そ……そんなこと……」
ようやくサクラの喉から絞って出てきた声は弱々しく、覇気は微塵もありませんでした。
「お前は今日の夜、火刑に処することになった! 今から、懺悔でもしとけば神なら許してくれるかもな? アハハハ!」
兵の「ざまぁ見ろ」と言った感じの笑い声も、周りの囚人達が巻き起こすブーイングも、全て、サクラの耳には届いても頭に入っていくことはありませんでした。ただ、信じられない言いがかりに気が動転して、まるでグルグルと目が回るかのような錯覚に陥っていました。
空を閉ざされたこの空間では時間の経過など分からず、しかし、確実に時は流れており、サクラが火刑にされてしまう時間も刻々と近づいて来ています。
ようやくサクラの意識が元に戻ったときには、外の世界では夕日が空を橙色に染めていた頃でした。
「どうして……こんなことになってしまったのかしら……わたくし、何もやっていませんのに」
兵達の信じられない言いがかりに悲しみとショックを乗り越えて、悔しいという気持ちが膨らんできていているようで右の拳が力強く握り締められ、震えています。
目頭から大きな涙の粒が一つ、二つ、三つ……地面に落ちては跡を残していきます。
悔しい、自分のやってきたことがまるで否定されたかのようで、この恋は最初から駄目だったって言い聞かされているような気がして――。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、そんなに泣かないでおくれ。どれ、わしのタオル……は汚いから止めた方がよいな。まだそのメイド服で拭いたほうがええ」
「……?」
涙を零しながらサクラが顔を上げると、そこには一緒に牢屋の中に入っていた老人が立っていました。
肩まで伸びた白髪はボサボサな毛並みで、前髪は見事に目元を覆っていて白いヒゲもたくさん蓄えています。
とりあえず、サクラはその老人の言う通りにメイド服の裾で涙を拭うと、老人は「ほほほ、お嬢さんには涙も似合うが、あまり泣いていてものう」と笑いながら語りかけてくれました。その優しそうな雰囲気にサクラは不思議と導かれるように立ち上がりました。
「ほ、ほ、ほ。座ってていいんじゃぞ、お嬢ちゃん」
「あ、は、はい」
「ほほほ、なんか大変そうなことになっておるのう。こんな可愛い子が悪魔じゃと、あやつらも目がないのう。こんなに可愛い天使じゃというのに。あやつらのほうがよっぽど悪魔じゃ」
そうだ、そうだとサクラは力強く首を振ります。
「じゃが、あやつらは自分の言うことをこれでもかというぐらいに正当化にしてくるからタチが悪い」
今度は周りの牢屋の中の囚人達がそうだ、そうだと叫びます。
「すまぬが、わしらでは何もすることができん。助けることもできん。じゃが、お嬢さんの未来を占ってしんぜよう」
「でた! じいさんのインチキ占い!」
「ねぇちゃーん、このじいさんの占いは多分、あたらないぞ〜」
「捕まっても、こりねぇな、あのじじいは。というか、これから死ぬ子に未来を占うって」
「とにかくじゃ! 外野の言葉はスルーして、始めようかのう? すまぬが左手を出してくれんか?」
「は、はいですわ……」
恐る恐ると淡雪のような白くて小さな左手をサクラが出しますと、老人は手に取り、顔を近づけます。どうやら手相占い系のようで、老人はひたすらサクラの手の平を見ているようです……前髪が両目を被ってしまっていて必死にサクラの手相を見る老人の瞳を覗くことはできそうにないのですが。しばらく「う〜ん、う〜ん」と唸りながらサクラの手相を真剣に見ていた老人でしたが、やがて唸り声は止まりますと、サクラの方へと顔を見上げました。
「ふぅ……確かに悪い相が出ておるのう」
確かに、牢屋に入れられた上にその日の内に火刑にあうのですから、悪い相が出てきてもおかしくありません。サクラは心配そうな顔で老人を見つめます。そのサクラの心情を背中で察したのか他の牢屋から「コラーじじい! お前、何、泣かしてんだよ!」「おい、クソじじい、いじめてんじゃねぇぞ!」と言ったヤジが飛んでいます。
「外野は黙っとけ!」
ここで老人は一つ咳払いを入れて、整い直しますと、話を続けます。
「全く……人の話を最後まで聞かんやつめ……。いいかね、お譲ちゃん? まだ終わりじゃないんじゃよ」
「え?」
「きっといいことがある。きっとのう」
「いいことってなんですの?」
「それは分からぬよ。わしは預言者ではないからのう……ただ」
表情を伺うことはできなかったのですが、サクラには老人が微笑んでくれたような気がしました。
「きっと、この先のう、いいことがある。自分自身を信じてやってのう?」
「自分自身を……信じる……ですか」
「うむ」
「…………ありがとうございますですわ」
なんだかよく分からなかったというのがサクラの見解でした。一体いいこととは何なのか? 具体的なものを知りたいということも正直思いました。しかし、もう一回、自分の手の平を見てから老人の方を見ると、不思議とサクラの気分は落ち着いていました。なんだかこの老人の言うことがとても嘘じゃないような気がしたからです。
老人に手相を見せてもらって、それから少し経つとまた兵が牢屋前に現れ、サクラにメイド服を脱ぐようにと言い放ちました。
このまま刃向かっても仕方ないと判断したサクラは嫌な顔をしながらもメイド服を脱ぎ始めます。周りの牢屋からは「ヒュー!」と何かを期待しているかのような歓声が沸きあがりますが、サクラが生地が薄くて白いワンピース姿になったところで兵が待ったをかけました。どうやらこの姿でサクラは火刑にあうようです。もちろんと言ってはアレですが周りの牢屋からはまたブーイングが起きました。
そして、兵に手首をロープで巻かれ、そして「歩け」という命令に嫌々ながらも従います。サクラに逃げられないように今朝と同様、四人の鎧をまとった兵達がサクラを囲み、一本の槍の刃先がサクラの背中に向けられていました。
がしゃん、がしゃんという兵達の歩く音と共にサクラも歩いていき、牢屋を後にしました。周りの牢屋からは「悪魔兵〜!」「お前たちの方が悪魔だクソ野郎〜!!」といった罵詈荘厳(ばりそうごん)が飛び交いますが、兵達は歩みを止めることなく歩き続け、サクラも歩き続け、ついにその背中は階段の奥へと消えていってしまいました。
「……おい、じじい。お前も悪魔だなっ。もう死ぬのが確定な子にいいことがあるよって。なんだ? あの子は死後、救われるとか、そういうことを言ってんのか!?」
老人が入っている牢屋に向かい合った他の牢屋から、一人の男が声を上げました。
「占いは当たるもはっけ。当たらぬもはっけ……絶対ではないんじゃよ。あの子の死後なんて分かるわけあるか、馬鹿もん。さっきも言ったが予言じゃないんじゃよ、占いは」
この老人――実は捕まる前には占い屋をやっていたらしく、でも全然当たらないことに腹を立てた貴族が「インチキ占いだ!」と断言し、牢屋の中に入れられた者でした。老人はその貴族のことを思い出したのか一瞬、溜め息を漏らしましたが、すぐに……穏やかな声音で不思議そうに語りました。
「予言ではないが……あのお譲ちゃんの場合、きっと当たりそうな感じがするんじゃよ……なんとなくのう。不思議じゃがな」
「はぁ!?」
ワケ分からないといった感じに眉間にシワを寄せた男に対し、老人は笑っていました。
「ほ、ほ、ほ。老人のカンをなめるでないぞ、若造よ」
「ボケただけじゃねぇの? じじい」
「ボケてなんぞおらんわ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【12】
外の世界では夕日はもうとっくのとうに沈んでおり、城の広場では人だかりが出来ていました。この城下町の中央広場でどうやらサクラは火刑――公開処刑にされるそうで、広場には火刑台一式が設置されていました。
ちなみにこの城下町はレンガ造りの家が主で、周りを見渡しますと赤茶色の民家を始め、教会などがぐるっと大きく円状に囲むように建っています。その開いた空間が中央広場で、他にも数箇所広場がありますがこの城下町では一番の広さを持つ広場です。祭や、また超有名な罪人の公開処刑などに使われていることもあります。
ランプのほのかな明かりが周りを漂っている中、兵達と共にサクラが現れると、中央広場に集まって来た人達の騒ぎ声が一層高まります。
「ねぇねぇ……あの子が王子様をたぶらかした、っていう悪魔?」
「……可愛そうに。まだ子供じゃないか」
「な〜に言ってんだよ。悪魔なんだから実年齢は分かんねぇぞ? 意外と千歳を超えた超ババァだったりしてな」
「幼女に化けた男の悪魔だったりしてな」
「オイオイ、なにそのホモ悪魔は」
「ねぇ〜ママ? あくまさんってキバとか生えてないの? ツバサとか、シッポとか生えてないの〜? あのおねえちゃん、生えてないよ〜?」
このような感じで中央広場に集まってきた人達はサクラに興味津々でした。
さて、いよいよ火刑台に到着したサクラはまず台の上へと進まらされます。火刑台の造りは下にワラを束にしたものが敷き詰められ、その上には歩く為のの板、そして人間の身長をはるかに超える長い鉄の棒が刺さっていました。サクラはその鉄の棒まで歩くと兵に止まるように言われ、そこからしめ縄で鉄の棒に張り付けられる姿になってしまいます。
もう死ぬ……というときに限ってサクラの表情は険しいものの、心の中は落ち着いているものでした。初めて見る火刑台、そして信じがたい処遇……しかし、あの老人の言葉を思い出すと不思議と落ち着くことができるのです。一体どうしてなのかはサクラにも分かりません。火刑の意味は教えてもらったし、このままだと自分がどうなるかということは理解しているはずなのに。もう諦めた、という色はサクラの瞳の中にはなかったのです。
「さぁ! ここにいるのは、王子エルフェーヤ様をたぶらかしたとされる悪魔! 今ここに――」
処刑準備が終わり、いよいよとばかりに一人の兵が声をあげた瞬間のことでした。
ポツリ、ポツリとサクラの鼻に何かが当たりました。
それは、やがて中央広場に降り注ぐ雨になりまして――。
「ぬーさん! ハイドロポンプっす!」
「ぬー!!」
「なっ!?」
直後に一人の兵が強力な水流に吹っ飛ばされました。そして、サクラの前に現れたのはヌオーのぬーさんと、焦げ茶色の髪と顔にそばかすをもった――。
「ぬーさん、マロニカ!?」
「大丈夫っすか!? サクラさん!」
「ぬー」
サクラのところに駆けつけたマロニカとぬーさんはなんとかサクラを巻きつけているしめ縄を外そうとしますが、中々外れません。そうこうしている内に、呆気にとられていて動けずにいた兵達の意識が元に戻ります。
「コラ!! 何をやっているのだ!? キサマ!!」
「はひっ! や、ヤバイっす!! は、早く解かないと、これがこうで、あれで……」
「マロニカ!? わたくしのことはいいですから早く逃げないと――」
「嫌っす!!」
マロニカが声を荒げ、サクラは驚きました。ちなみにサクラ達に近づいてくる周りの兵達に対し、ぬーさんがハイドロポンプなどで対抗し始めました。これで少しは時間は稼げそうです。
「サクラさんはウチの友達っす! おまけにこんな急に処刑を行うなんて絶対おかしいっす! 絶対何か裏があるっすよ!」
「マロニカ……」
「く……中々、解けないっすね、この縄。すいませんっす、自分、不器用なもんっすから」
「……今日の給仕の仕事は殆ど終わらせられたの?」
「えへへ。途中で抜け出しちゃったっす」
そう苦笑しながら必死にサクラを捕らえているしめ縄を外そうと必死なマロニカを見て、サクラの涙腺が熱くなりました。一緒にいたのはたったの二日なのに、ここまで自分のことを思って……。クビにされる覚悟で駆けつけてくれたマロニカにサクラは胸がいっぱいになっていました。
「それにしても……マズイっすね。このまま、ぬーさんに時間稼ぎしてもらうのも――」
マロニカが舌打ちを打とうとしたのと、炎をまとった大きい白い馬――ギャロップが人だかりの後ろから飛んで、一瞬で火刑台の前にたどり着いたのはほぼ同時のことでした。そのギャロップには人が乗っていたようで、その人物は――。
「無事か!!??」
「エルフェ様!?」「王子様!?」
ギャロップから飛び降りて、二人に駆け寄ってきたのは漆黒のスーツに身をまとい、赤いマントを羽織ったエルフェでした。その腰には剣が携えられています。
「とりあえず、この場から退くぞ!」
そうエルフェが叫びますと、鞘から剣を取り出し、しめ縄を素早く切りますとギャロップを呼び、まずサクラとマロニカを乗せ、続いて「ぬーさん!」というマロニカの声にぬーさんがギャロップのところへ足早に向かい乗ると、最後にエルフェが乗り込みました。その後、ぬーさんが目くらましの為の『くろいきり』を放ちますと、人間三人とポケモン一匹を乗せることができる大きくてたくましいギャロップは、エルフェの指示と共に走り出しました。
雨が降り注ぐ中、ぬーさんが放った『くろいきり』がやがて晴れますと、そこにはもうサクラ達の姿はありませんでした。
集まった人達がざわざわと騒ぐ中、一人の兵が叫びました。
「黙れ黙れ! お前達、黙れ!!」
その兵の叫び声は轟音のように響き渡り、周りの人達が口を閉じ、辺りは水を打ったかのように静まりかえりました。その兵はハァハァと肩で息をしていて、心臓の音もかなり高鳴っていました。それは火刑者のサクラを逃してしまったという意味で――。
「計画がちょっとズレちまったが……テロを始める!!」
不穏な叫び声が雨空へと響いていきました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【13】
雨が世界に降り続く中、サクラ達を乗せたギャロップは城に飛び込み、居館には向かわずにエルフェの指示で向かった場所は小さな小屋――あの日サクラとエルフェが通った、例の抜け道があるところでした。そしてギャロップから先に降りたサクラ、マロニカ、ぬーさんはその小屋の中へと入っていき、最後にエルフェが降り、ギャロップをモンスターボールの中に戻します。炎タイプであるがゆえに苦手な雨の中を全力疾走で駆け抜けたギャロップの疲れはピークを達していました。
「お疲れだったな……ギャロップ。ゆっくり休んでくれ」
モンスターボールに――ギャロップにそう微笑んで語りかけた後、エルフェも小屋の中に入ると例の色違いのブラッキーを出し、その場が少し明るくさせます。続いてエルフェは肩掛けタイプ鞄からマッチとランプを二つ出し、灯りをつけますと一つはサクラに、もう一つはマロニカに持たせました。
「じゅ、準備万端なんっすね」
「備えあれば憂いなしという言葉もあるからな」
「こ、この後はどうするつもりなんですの……?」
「とりあえず、一旦浜まで逃げるか。さっき来た道を戻るには雨に濡れながらは嫌だろ?」
「すいませんっす。ぬーさんの奇襲攻撃作戦を確実にする為に、ぬーさんには『あまごい』をしてもらったんっすよ」
「ポケモンの技で降らした雨は通り雨のようなものだ。この抜け道を抜ける頃には晴れてるだろう。それに俺はラプラスも持ってるからな、万が一の場合はコイツの力を借りればいい。そう考えると浜辺の方に向かった方が得策だな…………よし、行くか。ブラッキーも頼むぞ」
「きゅい!」
「ぬーさんもよろしくお願いしますっね」
「ぬー」
それからブラッキーを先頭にエルフェを先頭にサクラ、ぬーさん、マロニカという順番に抜け道を通り抜け始めます。ランプの灯りにブラッキーの発する灯りで明るさに関しては問題ないようです。
「それにしても……驚いたぞ。まさか遠征の途中で緊急の呼び出しがあって、帰ってみればサクラが処刑されるところであったしな」
「サクラさんが王子様をたぶらかす悪魔なんて、アイツら絶対おかしいっす! それに真夜中に王子様とサクラさんが会っているという噂まであるっすけど」
「………………」
サクラは申し訳なさそうな顔になりながら黙ってしまいました。助けてくれて嬉しいという気持ちはもちろんあるのですが、なんだか迷惑をかけてしまっているところもあると思っているようです。
「……俺とサクラがここ二日、浜辺で落ち合ったのは本当の話だ」
「えぇ!? そ、そうなんすか!?」
「え!?」
噂話が本当だったことにマロニカが驚いたのと同時に、サクラも驚きました。まさか本当のことをここで告白するとは思わなかったのです。一体どうして何を思ってここで告白したのでしょうかとサクラは訝しげにエルフェのことを見ます。
「だがな……勘違いするな。俺は決してサクラにたぶらかされたのではない。俺は――」
刹那――足元のブラッキーが「きゅーい! きゅーい!」と前方を見定めながら威嚇し始めました。
「お〜う? こんなところに王子様発見〜」
「ラッキー♪ コイツらが逃げそうな場所に張っといて正解、正解♪」
その言葉と同時に、サクラ達の前方に灯りが一つ、二つ点き、やがて声の主が現れました。
一人は体格が横に広がった堅そうな男、もう一人はのっぽでやせている一見弱そうな男、二人とも黄土色の半袖の上着に、下は黒と白のボーダー柄の長ズボンの出で立ちでした。また二人とも片手には松明(たいまつ)もう片手にはサバイバルナイフを装備しています。
「何者だ、貴様達は」
そう尋ねながらエルフェは片手を剣の柄に置きました。どう考えても相手は敵意しか向けていない雰囲気のゆえにエルフェは鋭い目付きで相手を睨みながら警戒しています。
「おいおい、そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃん?」
「そうそう、こうやって感動の再会を果たしたわけだからさぁ」
「御託はいい、質問に答えろ」
足を一歩、すり足で相手の方に近づけるエルフェに、男二人はしょうがないなぁといった顔で答えました。
「まぁ、オレたちはいわゆる泣く子も黙るテロリストってやつ? ちなみにオレはジャン」
「一回、会ったこともあるはずなんだがなぁ。あ、おれはクーね」
「あははは! おっまえ、そりゃあ覚えてないよ」
あわわと口元をわたわたさせるマロニカに、なんだか恐ろしい感じを受け取ったサクラも冷や汗をタラリと垂らしました。
「だって、コイツ寝てたもん」
この瞬間、エルフェは目を大きく見開かせて、それから一瞬だけサクラの方に視線を移しました。どうやら何かに気がついたような顔付きであります。
「おいおい、王子様よぉ! 感動の再会の挨拶といこうかぁ!?」
「!!」
エルフェが一瞬視線を外した隙を突いたかのように男二人組がいきなり襲い掛かってきました。エルフェは「下がれ!」とサクラとマロニカに指示しながら、剣を抜き、相手の刃を止めました。キーンという甲高い金属音が抜け道の中に響き渡ります。
「く、ブラッキー細い男に噛みつけ!」
「そうはさせるかよ! グラエナァ! 出番だぜ!!」
ブラッキーが細い男――クーと名乗った男に噛み付こうとした瞬間に、ブラッキーの体が斜め上に吹っ飛ばされ、天井に叩き付けれました。「きゅい!!!」という短い悲鳴が鳴り響き、やがて地面に落ちそうなところをサクラがなんとかキャッチしました。そして、灯りの中に現れたのは一匹のグラエナで、荒い鼻息を一つし「どうだ!」と言わんばかりの顔をエルフェ達に向けています。
「……ほう、中々、速いグラエナだな」
「へへへ、大人しく死んだ方が楽じゃねぇの? 今ならグラエナの餌になれるぜ? ハハハハ!」
エルフェの刃とジャンとクーのサバイバルナイフの押し合いの最中、ジャンの下品な笑い声が抜け道を木霊していき――。
深く重い殴打音とグラエナの悲鳴が聞こえました。
「きゅい!!」
「なんだと!?」
いきなり後ろからブラッキーが現れたことにジャンとクーは驚いています。なんとかよろめきながら立ち上がったグラエナも動揺を隠せないままでいます。
「……まさか、みがわりか!?」
ジャンがそう答えを出したのとエルフェがニヤリと口元を上げたのはほぼ同時でした。実はグラエナが最速の『たいあたり』を決める前にブラッキーが『みがわり』を使って後ろを取っていたのです。グラエナが相手を倒したと慢心した隙を突いてブラッキーが『でんこうせっか』をグラエナの急所目掛けて、ぶつけた、ということです。しかし、急所に当てたとはいえ、まだ体力が残っている様子のグラエナは気持ちを切り替えてブラッキーに立ち向かっていきます。
「く、中々やるブラッキーじゃねぇか」
「ふん。貴様達に褒めてもらっても嬉しくもなんともないがな」
「……それより、こっちばかりに気をかけてもいいのかい? 王子様よ?」
依然と剣とサバイバルナイフの押し合いをしている中、クーがニヤニヤと嫌らしい笑みを見せながらエルフェに問います。
エルフェが「何?」と言った次の瞬間、悲鳴が一つ響き渡りました。
「マ、マロニカ!!」
「おっと、動いちゃダメなんだぜ? お譲ちゃん。動いた瞬間にこの子の首をキリキザンにしちゃうんだぜ? ヤッハー!」
いつの間にか、後ろを取られていたのでしょうか? 一番後ろにいたマロニカが一人のサングラスをつけた男に捕まってしまいました。その男の服装もジャンとクーのものと同じといったところから、どうやら仲間のようです。
「く……いつのまにっすか」
「へへへ、気配を殺すなんて朝飯前なんだぜ? ヒャハハハ!」
そのサングラスの男は右手でマロニカの右手首を強く握り、ナイフを持った左手をマロニカの首元に置いています。刃先が喉に軽く当たっていて、マロニカは恐怖で思わず喉を鳴らします。
「く……卑怯な」
「へへへ、なんとでも言え」
「あの子を助けたかったら、武器を収めるんだな」
しかし、エルフェがその誘いに乗ったところで果たしてサクラもマロニカも無事であるのか? というのは火を見るより明らかでした。大抵、こういう奴らは女を犯すものですし……仮に命が無事でもこの先の人生真っ暗です。
「く……ぅ」
「ぬー」
「ヒャハー! そこのヌオーも動くんじゃねぇんだぜ? 動いたらこの女はクビチョンパなんだぜ?」
刃先を軽くマロニカに当てていたサバイバルナイフを一旦、サングラスの男が自分の口元に持っていき、ソレを舐めた――。
刹那、ぬーさんが消え――。
「!?」
サングラスの男が目を見開いた瞬間――。
「ぬー」
背後に現れたぬーさんのギガインパクトがサングラスの男の頭部に炸裂しました。
「うぎゅうううう!?」上から下へと振り落とされた、ぬーさんのギガインパクトの威力にサングラスの男は悲鳴を上げながら倒れました。命に別状はなさそうでしたが、口から泡を吹いており、恐らく脳震盪(のうしんとう)を起こしている可能性もあったので、暫くは目を覚まさないでしょう。
「なんだ!? あのヌオー!?」
「すげぇ、スピードだったぞ!?」
ぬーさんの尋常ではないスピードにジャンとクーの驚きによる一瞬の隙をエルフェは見逃しませんでした。まずジャンのスネ辺りを蹴り、あまりの痛さにジャンのサバイバルナイフが押し合い勝負から離れたところで、残ったクーのサバイバルナイフを力強く押します。クーがのけ反った、その間にエルフェは一気にジャンへと詰め寄り一撃、そしてクーの方へは――。
「!! ブラッキー! 『おんがえし』だ!!」
「きゅい!!」
どうやらグラエナに勝ってクーの後ろを取っていたブラッキーがエルフェの指示を受けると、まばゆい光を身に包んでクーに体当たりをかましました。『おんがえし』はパートナーとの絆が深ければ深いほど威力が増す技――イーブイの頃から一緒だったブラッキーとエルフェの絆はクーに絶対的な一撃を与える力となりました。クーが「ぐぎゃあ!?」と悲鳴を上げながら倒れますと、エルフェは戦いが終わったことを感じて刃を鞘の中に戻しました。
「ぬーさん、すごいっす!! なんでそんなに速く動けたんっすか!?」
「確かに速かったですわね……」
「あの攻撃がなかったら……今頃、どうなっていたことだか……」
「ぬー」
ぬーさんが手ひれを腰に当てて、その声に応えていると、その胸元にある何かの生物の鋭いツメがついたペンダントが揺れました――実はそのツメは『せんせいのツメ』というもので時々、持ち主に先制攻撃する力を与える不思議なツメだったのです。まぁ、その場にいた者達はその存在に気がついていないようですが。
さて、その後ジャンとクー、そしてサングラスの男は、ぬーさんのれいとうビームで暫く氷付けにしておいておくことにし、一旦ここは戻るかという提案も出ましたが、ここで戻ったところでまたジャンやクーの奴ら――テロリストと名乗る者に会わない保証はありません。
「……ここは進んでいくしかないな」
エルフェが出した答えにサクラもマロニカも、ぬーさんもブラッキーも頷き、一行は浜辺に向かって歩き出しました。抜け道の中に響き渡る靴音からは不安感が漂っていました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【14】
一旦、場面は変わりまして城下町の中央広場。
そこでは一人の兵――いや、厳密に言えば兵に扮したテロリストの男、テロ男がテロ決行を宣言した後、銃声音が響き渡り、集まってきた人達がパニックに陥りました。撃った人にとっては威嚇の為の発射だったのですが効果てき面だったようです。このままパニック状態で街の中を逃走する民達、それを楽しそうに追いかけるテロリスト、城下町は火の海に溺れるかと思われるや否や――。
「へぇ〜。すごい楽しそうなことしてんじゃんってカンジー!? アタシも混ぜて欲しいじゃん!?」
民達の反応にニヤニヤと楽しんでいる最中、そのテロ男に降り注ぎましたのは雨ではなく、どこか若者めいた言葉でした。テロ男が上から声がするというのに気がつくのはそれ程、時間はかからず、声の主を調べようと顔を見上げますと――。
そこにはホウキに手ひれを置き、座っている白色のポケモン――ジュゴンが数匹のランターンと一匹のチョンチーを引き連れて空を飛んでいました。
もちろん見上げた男を始め、その場にいた皆が口をポカンと開けながらその空飛ぶジュゴン達の姿を凝視しています。ポケモンが、空を飛ぶはずのないポケモンが空を飛んでいる……! その信じられない光景に地上にいる皆、言葉もできないようでした。
「さぁさぁ! 白魔女様のお通りだよ! ケガしたくないヤツはさっさと逃げるでヨロシク〜!」
そう言うなり、ジュゴン――白魔女さんは頭上にある純白な角に冷気を集め、それはやがて大きな氷塊になります。そしてその氷塊よりもちょっとだけ高い場所までホウキで移動しますと、白魔女さんはニコリと口元を上げ、右手ひれを空手チョップの要領で思いっきり氷塊に振り落としますと――。
刹那――氷塊は割れ、何本もの小さいけど鋭利な氷柱が地上に降り注ぎます。風を切ったかのような音と共に一瞬で地面にはたくさんの氷柱が咲き乱れていました。どうやら誰も刺さってはいないようですが、たださえ空飛んで人間の言葉をしゃべるポケモンで頭がいっぱいなのに、この凶器とも言える氷柱の雨まで頭が回りそうにはなかったようです。
「なになに〜? ビビって動けないってカンジー? マジ受けるんですけどぉ」
「!?」
その男の前にいきなりホウキを急降下させ現れた白魔女さんは、ニヤリと楽しそうにまたは馬鹿にしたような笑みを見せます。その男にとって白魔女さんの笑みはまるで頬を蛇の冷たい舌にちょろちょろと舐められているかのような、品定めをされているかのような……ついでに何か寒いような気が――。
「しばらくお寝んねしてればいいじゃん。ヘッポコな野郎には興味ないしぃー」
その男の寒気は気のせいではありませんでした。突如、甲高い金属音のような音が響いたかと思ったら、そこにはビビリ顔で氷付けになっているテロ男の姿がありました。白魔女さんがテロ男に手を触れてたったの五秒後のことでした――圧倒的で瞬間的な『ぜったいれいど』はその場に居合わせた人達を更に恐怖へと駆り立たせました。
「さぁ……次はどいつが氷付けにされたい?」
白魔女さんが本当に笑っているかは不明の笑顔になりながらそう言いますと、周りにいた人達は一気に足早にその場を去っていきます。あの白魔女という奴に何されるかたまったもんじゃないと我先に駆け出していきます。その様子を見やった白魔女さんはランターン達とチョンチーに集合をかけます。
「ふぅ……よし、アンタら、この男の仲間を死なない程度にイジってきてってカンジー」
「ウィッス! 白魔女様!!」
「はいでし! 白魔女様!!」
「ただしチョンチー、テメーはダメだっつうの」
「ぎょぴっ!?」
ランターン達を出動させ、チョンチーを手元に残した白魔女さんは目的の場所に向かって再びホウキで飛ぼうとしようとした瞬間に、すぐそばに子供が来たことに気がつきました。身の丈は百三十程の金色の髪をした少女でした。その顔は白魔女さんを前にしても怖がってはおらず、むしろニコニコと笑顔のものでありました。
「ジュゴンのおねえさん! このひとわるいやつなんでしょ? たおしてくれてありがとうなの!」
「へぇ…………分かる子もいるもんじゃん。まぁ、もう大丈夫かもだけど、あんまりうろつくなよ〜?」
「うん! おねえさん!」
目を丸くさせて驚いているチョンチーをよそに、そう言いながらその少女の頭を白い左手ひれでなでなでと撫でてあげた後、白魔女さんは再び空を舞いました。少女は手を振りながらその姿を最後まで見送っていました。
「ヒーロー気分も悪くないでしね白魔女さ――ぎゃぴぃい!!?」
「うっさい。黙ってろってカンジー」
近寄ってきたチョンチーに頭突きをかましながら、だけど……悪い気分はしないなぁ……と心の中で呟いた白魔女さんは上機嫌な様子でした。
「……まぁ、これからまた不機嫌になるって感じで嫌なんですけどぉ」
「……?」
中央広場から再び夜空を舞っていた白魔女が向かった場所は大きな建物――例の城で、居館の方にあるテラス……王様の寝室のテラスの方に向かいますと、そのテラスには一人の男がいました。身の丈は百七十後半程で立派なあごひげを蓄えており、その身には真っ赤なマントで包まれており、また頭には黄金の中に宝石を散りばめられた冠が乗ってありました。
その荘厳と例えてもいい男――つまり、この城の主である王はいきなり空から舞ってきたジュゴンの白魔女さんとチョンチーに目を丸くさせています。
「ふ〜ん。久しぶりじゃん。王様。中々渋い顔になってんじゃん。てか公開処刑にアンタ出席してないとマズいんじゃないのってカンジィー?」
「……誰だ? 貴様は?」
「そういや后さんは……あ、そうか。確か療養中だったねぇ。帰ってくるのはもう少しかかりそうってカンジィー?」
「誰だと、訊いている……!!」
流石は一国を治める王様といったとこでしょうか、白魔女さんに対しても臆することなく、その険しくて鋭い瞳を向けてきます。その王様の様子に白魔女さんは溜め息を一つ漏らしました。
「やっぱ、覚えてないかぁ……」
「……さっきから一体何を――」
「まぁ、いいやってカンジィー? ねぇ王様、少し昔話を聞いてよ。そうすれば分かるからさ。ア、タ、シ、の、こ、と♪」
「そんな話を聞いている暇は――」
「ここで氷付けになるのと、話を聞くのとどっちがいい〜? ちなみに話を聞いてくれたらここからは出て行ってやるし〜」
王様も氷付けは嫌なのでしょうか。それとここは王様の寝室で他に誰もいない為、とりあえずここはそのジュゴンの言う通りにした方が身の安全を確保できるだろうと判断したようです。王様が頷きますと、白魔女さんは「さっすが話がわっかるぅ!」と手ひれを打ってから語り始めました。
昔、昔のことです。
海にはそれはそれは美しい人魚がいました。
その人魚は美しい白い髪を腰まで垂らし、鱗も純白に光り輝いている人魚。
その美しさゆえに周りからは白雪の人魚姫と呼ばれていました。
さてさて、ある日のことでした。
白雪の人魚姫がハート型の水ポケモン、ラブカスの群れと一緒に海の中を散歩していたときのことでした。
突如、海に溺れて沈んできた一人の人間の殿方を白雪の人魚姫は見つけました。
急いで、沈んでくるその殿方を受け止めた白雪の人魚姫は、そのまま浜辺の方へと殿方を運びました。
その途中で改めて白雪の人魚姫が殿方の姿を見たとき、胸の鼓動が一瞬強くなりました。
そう、白雪の人魚姫は人間の殿方に恋に落ちたのです。
しかし、下半身の尾ひれでは地上を歩くこともままなりません。
そこで、白雪の人魚姫はなんでも願いごとを叶えてくれるという魔女に会いに行きました。
厚化粧で怖そうな顔をしているその魔女に、どうか自分を人間にさせて、王子様に会わせて欲しいと申し出ました。
魔女はその願いを叶えてあげました。
しかし、その願いと代償に白雪の人魚姫は一週間以内に殿方と結ばれないと泡になってしまうという呪いをかけられました。
こうして足が生え、人間になれた白雪の人魚姫は浜辺で愛しの殿方と再会することが叶いました。
その殿方はなんと城の王子様で、行き先のない娘を可愛そうだと思った王子様は白雪の人魚姫を城へと招待します。
なんとか、王子様とコンタクトを図っていく白雪の人魚姫でしたが、その殿方と接している内に知ってしまいました。
その王子様には想いを馳せている幼馴染みがいるということを。
その幼馴染みとも触れ合った白雪の人魚姫はその恋路を邪魔したくないという想いが沸き、この恋を諦めようとしたときに声が聞こえてきます。
このままでは泡になって消えてしまうぞ、それでもいいのか? という魔女の言葉でした。
しかし、王子様とその幼馴染みの恋を願う道を選んだ白雪の人魚姫は――。
「白雪の人魚姫は……泡にはならなかったんだよね〜」
「なに?」
「白雪の人魚姫はポケモンになったんだよ」
「?」
「このジュゴンにね!」
白魔女さんが自分の手ひれで自分の方に指し示しますと、そう叫び、無論、王様の目が丸くなっていきました。そして昔のことを思い出して、いかにも忌々しいといった感じの顔になった白魔女さんが更に続けます。
「っていうか、なにあのクソババア!? 散々、泡になるぞ〜泡になるぞ〜って脅しながら、最後には嘘かよ! マジふざけんなってカンジなんですけどお!! まだ泡になって消えたほうがはかないながらもロマンチックってカンジなのに、あのクソババア見事に裏切りやがって、マジイラつくんですけどお! 声まで戻ってきて情けのつもりか、あのクソババア! 急いで住処の方に行ってみたら、ものの見事にもぬけの殻だしぃ!? 置き手紙に『バァ〜カ』ってアホすぎっしょ!? 人の恋心弄ばれた感でマジム、カ、ツ、ク〜! そんなクソババアに頼み込んだ自分にもムカツクってカンジィー!!」
苦い昔話を語り続けている内に、溜まりに溜まってしまった苛立ちなどが白魔女さんの中で爆発しました。勢いつけてガンガンと愚痴を連射してくる白魔女さんに流石の王様も退き気味で、王様の顔には白魔女さんのツバが少々かかっています。そして、白魔女さんの方はハァハァと息が少々上がっていましたが、やがて晴れ晴れとした笑顔になりました。
「あ〜。なんか吐いたら吐いたらで、なんかスッキリしたわぁ」
「…………」
「さぁ〜て、と」
白魔女さんがホウキで王様に更に近づき、白い右の手ひれを王様の左肩の上に置きました。
「まぁ、長い昔話に付き合ってくれてありがとさ〜ん、それと」
そして向けたその視線は王様ではなく――。
「(一応アタシの中では)元カレが世話になったってカンジィー?」
「むぅーー!?」
口元をニヤっと上げた笑みの先には先程までいなかったはずの縦長い紫色の体をもったポケモン――ムウマージが姿を現していました。
「ま、まさか王様に憑いていたでしか!?」
「そのまさかっしょ」
憑いていたという証拠に王様が気を失い倒れ、バレてマズイと、慌てて逃げようとするムウマージを白魔女さんが逃しませんでした。すぐにムウマージの周りに冷気が集まったかと思えば、甲高い金属音のような音が鳴り響き、次の瞬間にはムウマージの氷の彫刻が出来上がっていました。
「……このムウマージもアイツらの仲間だったんでしかね……あれ? 白魔女様?」
氷付けになったムウマージを見ながら言うチョンチーをよそに、白魔女さんは倒れた王様をベッドの方に運びました。流石、王様のベッドはキングタイプのベッドで広々としています。とりあえずベッドの上に王様を置きますと、自分はベッドの上に座り少しの間、王様の顔を覗きこみました。あのとき、自分が愛した……初めてでそして恐らく最後だと思っている恋の相手、その男の顔を眺めてから白魔女さんは微笑みました。それは他人には滅多に見せない寂しそうな微笑みでした。
「……じゃあね」
ロマンなんて嫌いなハズなのに――別れの挨拶に、白魔女さんの唇が王様のおでこに軽く触れました。
ぬーさんが『あまごい』で呼び寄せた雨が降り止み、雲が切れ切れとなって、少しずつ星を覗けるようになっていく夜空の中をホウキに乗った一匹のジュゴンとチョンチーが飛んでいました。
「あ〜……本当に馬鹿だと思うじゃん。男も女も」
「いきなりどうしたんでしか? 白魔女様」
「だってさぁ、好きな人の為に自分の体を張ってたって、その恋が叶うとは限らんっしょ?」
「まぁ、例が目の前にいるでし……」
誰にも聞こえないぐらいの呟きだったはずなのに、直後、白魔女さんに頭突きされたチョンチーは「ぷぎゃあああっ!?」と悲鳴を上げました。そのおでこには赤くはれたタンコブが一つできあがっていました。
「……ったく。聞こえてるっつうの」
「す、すいませんでし……」
あまりの痛みに涙目を浮かべるチョンチーの隣で白魔女さんは夜空を見上げました。その眼差しはどこか遠いもので、まるで昔の日々――人魚姫だった日々に重ねているかのように。
「アタシ……白ってどっちかと言うと嫌いってカンジィー」
「……そうなんでしか?」
「ロマン臭がするから」
「そんな臭いがあるんでしか……」
「ホント……馬鹿じゃん。男も女も――」
白魔女さんが馬鹿馬鹿しいと言いたげに微笑みました。
「もちろん、アタシも」
雲が切れて流れて、広がる星空の中にまるい満月が一つ現れて、その月光に照らされた白魔女さんの微笑みはキラキラと光っていました。白くキラキラと美しく輝く体を見ながら白魔女さんは苦笑混じりで溜め息を一つ漏らしました。
「……そろそろ、また焼きにいかないとってカンジィー」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【15】
場面はまた変わりまして、浜辺に続く抜け道。
先程の戦いから警戒をしながら進んでいたサクラやマロニカ、エルフェに、ぬーさんとブラッキーはその後何ごともなく、無事、抜け道を通過しました。
そこには雨雲が綺麗サッパリ消えていて満月が顔を出している夜空に、寄せては返す波、サラサラと肌色の砂が続く世界でした。
「わぁ……ここ、プライベートビーチってやつっすか! いい眺めっすね……!」
どうやらここには初めて来た様子のマロニカは目をキラキラさせながら、浜辺を見渡します。そしてブラッキーは、ぬーさんにここがどんな場所なのかを語っているようで、それとサクラはその満月を眺めながら、いよいよ時間がなくなってきたことを感じていました。このまま今宵が終わってしまうと泡になって消えゆくと結末に、胸が詰まっていました。
唯一、エルフェだけは鋭い目付きになって、前方を睨みつけます。
「……招かれざる先客がいるらしいけどな」
「へ?」
エルフェが剣の柄に手を置いたのと、何者かが一行の目の前に現れたのはほぼ同じでした。
「逆になんでワシの存在に気がつかなかったのかが気になるんじゃが……」
「……存在感がないだけなんじゃないですの?」
「サクラさん! それは言っちゃダメっす!」
ゴホン! と咳払いを一つ入れ、苦虫を噛んだような顔をしているその者は身の丈百八十を超えた男で、歳を食っているからか顔にはシワがたくさん切り刻みこまれています。切れ長の群青目が鋭く光っています。服装は先程のジャンやクーと同じく黄土色の半袖に黒と白のボーダー柄の長ズボン、そしてこの男に関しては漆黒のブーツを履いていました。
「王子……エルフェーヤ・リッド・フィッシュスターとお見受ける」
「そういう、アンタは……」
「部下が世話になったようだな」
「!!」
「我が名はシャルイン……いざ!」
そう言いながら、その男――シャルインの腰元にあった細い剣――レイピアを鞘から抜き出しますとエルフェに向けます。エルフェも一旦サクラを見やった後、柄を握り剣を取り出します。
それから両者睨み合うと、一気に間を詰めるべく駆け出します。浜辺の砂が蹴られ空に散り、次の瞬間には剣とレイピアが交わる音が甲高く、まるで夜空を裂くように鳴り響きました。 エルフェの振りかざした剣をシャルインがレイピアで弾いていきます。弾いた瞬間にシャルインが一歩前に踏み込んで、エルフェの胸を貫こうと一気に突きを放ちます。しかし、それをしっかりと読んでいたエルフェは右に飛んでうまく避けます。
このように両者一歩も退かない、そしてまだ有効な一撃も与えられていない戦いは続いていきます。サクラもマロニカもブラッキーもぬーさんも、固唾を飲み込みながらこの戦いを見守っています。どうか無事で……そうサクラが強く願った頃――。
「中々やるな、若き王子よ」
「年寄りはそろそろ隠居生活した方がいいんじゃないのか?」
「生憎、歳をとるごとに刺激が欲しくなってきてな」
「……愉快犯か貴様」
ここで甲高い金属音が鳴り響き、お互いに一旦、後方へと飛びます。エルフェはそのまま着地、シャルインは着地時に片手が砂浜につきました。
「愉快犯! 大いに結構! このまま黙って死ぬような男にはなりたいものよ」
「この野郎……! 老人の戯れで、人を勝手に巻き込むな!」
再びエルフェ、シャルインの両者が駆け出し、一気に間合いを詰めて、甲高い金属音が鳴り響き――。
シャルインが砂をエルフェの顔向けて投げつけます。
「!?」
「隙アリ!!」
飛んできた砂粒に思わず目をつぶりながら顔を背けたエルフェに、シャルインがニヤリと口元を上げながら思いっきりエルフェの剣を弾き飛ばしました。繰り返されてきた甲高い金属音、しかし今回の音は勝負が決まったかと告げるように鳴り響きました。
あの時、後方へ飛んで着地した時、シャルインは砂を掴んでいたのです。そこまで気が回っていなかった自分の甘さに舌打ちをしたい気分でしたが、この言葉を言えずにはいられませんでした。
「卑怯な……」
「これで終わりだ! エルフェーヤ・リッド・フィッシュスター!!」
のけ反ったエルフェの胸元にトドメを刺そうとシャルインがレイピアで思いっきり突きを放って――。
その後に響き渡りましたのは、耳に刺さるような肉を突き通すブスッという音。
その場にいた皆が目を丸くしていました。
何故なら、そのシャルインのレイピアを受け止めていたのは他ならぬサクラだったのですから。
「く……!」
「サクラ!! お前、何をしているんだ!?」
「何って……見ての通り、ですわ……攻撃を受け止めた……それだけの話ですわ……」
エルフェとシャルインが一旦後退し、再び駆け出したとき、嫌な予感で胸がざわついたサクラはそのまま足を動かしていました。そのサクラの嫌な予感は見事に的中し、エルフェがシャルインの目つぶし攻撃でひるんで、レイピアによる一撃を受けようとしたとき――。
サクラが二人の間に入ってシャルインのレイピアの一撃をエルフェから守ったのです。
「ほう……勇ましい娘がいるものだな……」
「あまり、舐めないで……いただきたい、ものですわね……」
レイピアはサクラのわき腹を突き通していて、その傷口からは紅い雫がポタポタと垂れています。その中、肩で息をしながら苦しそうに、でも、サクラは口元を上げてシャルインを睨みつけました。
「そういう目ができるものは中々いないものだ」
「くっ!!」
シャルインが思いっきりサクラの体からレイピアを離しますと、痛みがまた走り、サクラがうめき声をあげました。抜き取られたレイピアの動きとともに、サクラの傷口から血が噴き出します。そのままサクラは倒れ――。
「さて……致命傷ではないが早めに治療しなければ――」
「……キサマァアアアア!」
エルフェの中で何かが切れた音が響き渡りました。その瞬間、エルフェが思い切り振り上げ、そして振り落とされた拳をシャルインは軽くかわしました。
「ほう、中々いいパンチをする」
「うるさい! 黙れジジイ!!」
一方、サクラは傷口を押さえながら、うずくまっていました。血が止まらない、このままでは死んでしまうと思いながら、悔しい気持ちで胸がいっぱいになっていました。自分が今ここでポケモンに戻れたのなら、エルフェを助けることがもっとできそうなのに、攻撃を止めるだけじゃ駄目……あのシャルインという老人を叩き伏せるような何かを……!
エルフェを守りたい――。
その想いがサクラの体を光らせていました。
「怒りで力は上がっているみたいだが、動きが雑だぞ?」
「なっ!?」
飛んでくるエルフェの拳を軽くよけたシャルインは同時に、エルフェの足首に蹴りを入れゴミを払うかのように、エルフェを転ばせました。そしてこれで終わりだとシャルインがレイピアをエルフェの心臓を貫こうと――。
何かが抱き締められるような音が響き渡りました。
それはシャルインが何者かに抱き締められていました。
それは桃色の体に長くて平べったい薄いベール腕みたいなものが二本、細い長い体は途中で二本に分かれていて足みたいな感じであった――プルリルに。
「ぷぅー!! ぷるぷる!!」
「な……!? 何故ここにプルリルが……!?」
プルリルに戻ったサクラから、もう人間の言葉は出てきません。何故、プルリルに戻ったのかというのも気になるところなのですが、今のサクラはそれどころではありませんでした。エルフェを守る為に今この姿でできることはただ一つ。
「まさか……先程の娘が……!?」
「ぷるぅー!!」
「ぐお……!?」
エルフェを守りたいと、サクラは叫び、そして繰り出した技は――。
「う……!? この……ぐおおおおおお!!??」
ぎゅっぎゅっと雑巾を絞るかのような音がこれでもかという程、鳴り響き、シャルインの口からもそして骨からも悲鳴が上がりました。サクラの繰り出した技は『しぼりとる』という技で、相手を思いっきり締めつけるだけに留まらず、相手の生命力を奪うこともできる技で、やがてサクラの拘束から解かれたシャルインの顔色はげっそりと血の気を抜かれたかのように悪いものでした。
そして、はぁはぁと苦しそうに肩で息をしているシャルインに向かって、サクラは一気にトドメを出すべく、大きく息を吸い始めました。すると、サクラの頬は大きく膨らみ始め、やがて何かが詰まっているようで頬がたぷんたぷんと揺れていました。
「ま……さか……!」
「ぷるぅぅぅ!!」
渾身のハイドロポンプがシャルインに向かって一直線に飛んでいき、もちろんシャルインはその激流に耐えることはできず、吹っ飛ばされました。派手な衝突音がした後、砂煙が立ちまして……それが晴れたときにそこに現れたのは完全にのびているシャルインの姿でした。
さて、ここで悪い奴を倒してめでたしめでたし……という展開になりそうなのですが、どうもそうはならないようです。
シャルインを倒してから幾分が経った後、エルフェは目を丸くさせながらもサクラの方へと歩み寄っていきます。サクラの方も夢中でシャルインを倒しにいくという意識は消え、エルフェの方へと意識が移っていきました。すると、ドキドキとサクラの胸に打つ鼓動が強くなっていきました。それはあの夜、エルフェと一緒にいたときのドキドキとは違う意味で――。
エルフェに自分の正体がばれてどうしようかと困惑している意味のドキドキでした。
どうすればいいのか、事情を話せばいいのか、しかし人間の言葉を話すことができない今の姿では伝えることもできない。ましてや、エルフェに怖がらせてしまったかもしれないという不安と、嘘をついた自分を嫌うかもしれないという心配と、もうエルフェとは一緒にいれないのかという悲しい気持ちがせめぎあっていました。
「サクラ、お前は――」
「!!」
エルフェの呼びかけの言葉にさえもビクッと驚いたかのように反応する程、サクラの中では気持ちの葛藤が起きていました。そしてエルフェが手を伸ばそうとした瞬間のことでした。
「あ、サクラ!?」
エルフェがそう声を上げたとき、もうそこには思いっきり上がった水しぶきが残っているだけでした。サクラの葛藤が爆発してしまい、海の中に逃げ込んでしまったようです。
満月が照らす海の浅瀬にて、サクラは泣いていました。もうこのまま元住んでいた深海に戻ってしまおうかとも思いました。今回の想い出などは全て深海に沈めてなかったことにでもしようかとも考えていました。恋がこんなにも苦しいなんて、思いもしなかったサクラは自分の甘さに悔しさを滲ませています。全てがうまくいくなんて、なんであのとき、安易に思ってしまったのだろうか。この恋はきっと成就できるとどうして考えることができたのか……その他諸々、考えれば考える程、涙がぽろぽろと海に溶けていっていきます。
もう、帰ろう……エルフェもきっと自分のことなんか――やがてそう思い、サクラは元住んでいた深海へと戻ろうと泳ぎ始めたときのことでした。
「あ、サクラちゃん! こんばんはなのです〜!」
「え……?」
泳ぐ方向を深海の方に向けたサクラの視界に飛び込んできたのは、自分と同じプルリルのモモでした。
どうして、モモがここにいるのだろうとサクラは口をポカンと開けていましたが、モモはニッコリと微笑んで近寄ってきます。
「サクラちゃん、泣いてたのですか〜?」
「な……泣いてなんかいませんわっ」
「目が真っ赤ですよ〜?」
「えっ!?」
「へへへ、サクラちゃんって相変わらず分かりやすいですね〜」
そう言って笑うモモに、サクラは苦虫を噛んだような顔になります。先程まで傷心していた気持ちの中にいたのに、そこでいじられるようなマネをされても困ると、サクラは頬を膨らませました。
「あわわ! ごめんなさいです、サクラちゃん。だからそんなに怒らないでくださいです〜? ね?」
「……べ、別に怒ってなんかいませんわよっ」
モモは良かった、とホッと安堵の息を漏らします。
「それで……サクラちゃんは元の姿に戻っているわけですが〜」
「あぁ……そういえばそうね。どうして元に戻ったのかしら……? 泡になって消えるんじゃなかったのかしら……一時的に元の姿に戻ってそれから――」
「サクラちゃん? あの殿方さんとは――」
「もう、いいのですわ! …………ごめんなさい、怒鳴ってしまいまして……でも、もういいのですわ。どうせ、もうエルフェ様には嫌われているのですし……」
サクラが暗い顔をしたのと同時にモモは首を傾げました。
「あのぉ……サクラちゃん?」
「なんですの?」
「その殿方さん、エルフェさんと言いましたっけ? その人がサクラさんのことを嫌いと言ったのですか〜?」
「……言ってませんわ。けど、もう嫌われたのも同然で――」
ここでモモがサクラの腕を取って力強く握りました。いきなりのモモの行動にサクラは目を丸くさせています。
「逃げちゃダメです。サクラさん」
「え……」
「まだ、エルフェさんからその言葉も出ていないのに自分で勝手に答えを出して、逃げちゃダメです〜」
「でも、わたくしはエルフェ様に嘘をついたりとかしましたし……」
「確かに、本当はプルリルだったとか、サクラちゃんはエルフェさんに対して嘘をついてきたかもしれませんけど〜、でもエルフェさんに何も訊かずに終わらせたら……それこそサクラちゃん、後悔すると思います〜」
モモの言葉にサクラの心は動きました。
そして、改めて自分がなんで人間になったのかをサクラは考えました。
エルフェに近づき、恋をし、可能ならば結ばれたい。最初はその想いにそのまま従って人間になり、そして運よくエルフェと再会を果たしました。その人間生活の中でエルフェに対して自分は嘘をついていたりとか、そういった勝手な罪悪感でサクラは自分自身を知らない間に追い込んでいたのです。モモのおかげでサクラは今、自分が何をしているのかが分かりました。それは自分を勝手に心の中で閉じ込めて何もかも捨てようとしていたこと……そんなことをしたら本末転倒です。覚悟があって、エルフェへの想いがあって、人間になろうと思ったときの自分を思い出したサクラの空色の瞳にはもう、曇りはありませんでした。
「……ありがとうございますですわ、モモ」
「どういたしましてです〜」
「モモの彼氏は幸せものですわね、こんな素敵な彼女がいるのですから」
それから、サクラは上を見上げ、エルフェがいる場所の方に体を向きました。
「それじゃあ……行ってきますわ」
「えぇ、行ってらっしゃいませです〜」
モモに挨拶をした後、サクラは思いっきりエルフェに向かって泳ぎ始めました。そのサクラの背中を見送りながら、モモは微笑んでいました。
「わたしも幸せですよ……」
そういえば、サクラは訊くのを忘れていたのですが、モモがどうしてここにいたのかというと……それは白魔女、と名乗るジュゴンに今日の夜、ここに来た方がいいかもと声をかけられたからでした。どうしてなのかとモモが尋ねると、その白魔女さんは占いでそう出ただけだから何が起こるか分からないと悪戯っぽい笑みを見せながら答えていました。なんだか胸騒ぎを覚えたモモは白魔女さんに教えてもらった通り、この日の夜、ここに訪れてみると、そこに現れたのはなんとサクラだったではありませんか。おまけに何か困っていたようで……モモはサクラを見送りながらここに来て本当に良かったと思いました。
「きっと、サクラちゃんも――」
満月の光が海へと届く中、モモの微笑みが照らされていました。それはまるで――いやきっと、友人の恋の成就を願っての微笑みでした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【16】
満月が顔を出している夜空の下、サクラという言葉が飛び交っています。
サクラが海の中へと戻っていってしまった後、エルフェとマロニカは浅瀬に入り、サクラの名を呼んでしました。ぬーさんもブラッキーも「ぬー、ぬー」「きゅいきゅーーい」とサクラの名を呼んでいます。
しかし、いくら呼んでもサクラが出てくる気配がなく、エルフェはそのまま前方へと進んでいき、そして水位が胸元まで達したところまでやってきたことのときでした。エルフェの目の前で水しぶきが少し上がり、何かが現れたと思ったら――それは一匹のプルリルでした。
「サクラ……なのか?」
「……ぷるぅ」
目を丸くさせながらそう尋ねるエルフェにサクラは頷きました。元のポケモンの姿になっている今、人間の言葉がサクラの口から出ることは叶いませんでした。しかし、それでもなんとかなると、サクラの空色の瞳は弱気な光ではありませんでした。
「お前……さっき刺されていたよな? 怪我は大丈夫なのか?」
「ぷるぅ! ぷるぅぷるぅ!」
サクラは海から出て空中に浮き、体をゆっくりと一回転させて無事だということをエルフェに伝えました。そのことがしっかりと伝わったエルフェは安堵の息を一つ漏らしながら、サクラに微笑みます。
「そうか……それなら良かった。それにしても、どうしていきなり消えたんだ? お前に色々と言いたいことがあったというのに」
「ぷるぅ……ぷるぅ、ぷー」
それはエルフェに嫌われてしまったと自分が勝手に決めつけてしまって……とサクラはバツが悪そうな顔をすると、エルフェは「……ったく」と溜め息をもらしました。
「その姿……本来のお前の姿なのだろう? 別にお前が嘘をついていたと怒るというわけでもない」
「ぷるぅ……?」
「お前には感謝してるんだ」
今度はサクラの目が丸くなりました。
「覚えてるか? 俺とサクラが最初に会ったときのことを」
「ぷるぅ」
「お前は俺が溺れているところを助けたと言ったよな……それは嘘じゃなかったって、ようやく分かったんだ。恐らくあいつらは寝ている俺を捕まえて……そして海に落ちて溺れ死ぬように船に乗せた。なんであいつらがこんな回りくどいことをしたのかは分からないが……少なくともお前が俺を助けてくれたのは本当のことだ。それに気付くのに時間がかかりすぎた、すまない。それと……ありがとう」
あのとき、ジャンとクーが放った言葉からエルフェの中で全てが繋がったのです。先程のシャルインとの戦いのみならず、そのことでも自分を助けてくれて――二度も命を救ってくれたサクラにエルフェは心から礼を述べていました。サクラはなんだか照れてきて、頬を赤く染めています。
「それと、サクラ。もう一つ、お前に言いたいことがある」
「ぷるぅ……?」
エルフェの視線がサクラから離れないまま、まっすぐに見つめていきます。その視線にサクラはなんだか緊張してきて――。
「俺はサクラのことが好きだ」
その言葉を聞いた瞬間のサクラは一時何が起こったか分からないという感じでしたが、やがて、エルフェの言葉を心の中で繰り返したサクラの顔は桃色から真っ赤に早変わりしました。サクラの胸を打つ鼓動が早くなっていきます。
「あの夜、お前を呼んだときだって……あのときも、その……第一にお前のことが好きだったからだ」
あの夜、サクラの記憶を取り戻そうと試みる為に呼んだ……というのは口実作りみたいなもの(まぁ、サクラの記憶喪失に関しては心配していたようですが)で、本当は好きになってしまったサクラと一緒にいたかったからだということでした。つまり、エルフェはサクラを見たときに恋に落ちていて……それはお互い様な一目惚れをしていたということでありまして。
「ぷるぅ……」
「お前がプルリルでも人間の姿でも、俺はお前に……これからも傍にいて欲しいんだ」
よく見ればエルフェの顔も真っ赤に染まっていて、どうやらエルフェはこの言葉を言うのに相当な勇気を払ったようです。そして、その王子様のプロポーズにサクラはもちろんのこと、マロニカもブラッキーも口をポカンと開けていて、ぬーさんは両の手ひれを合わせて自分の顔のところに持ってきて顔を赤らめています。
エルフェのプロポーズにドキドキという音がサクラの心の中で強くなっているときに――。
エルフェはサクラの腕を取り、引っ張り――。
大きな満月の夜空の下、海で一目惚れ同士の唇が重なり合いました。
「!!」
たださえプロポーズにも驚いているというのに、それからキスだなんてズルい……けれど、サクラは嬉しい気持ちでいっぱいでした。人間の姿でも、プルリルの姿でも自分を受け入れてくれたことにサクラの涙腺は熱くなっていきました。やがて空色の瞳には大きな涙粒が溜まってきて、そしてポロポロとビー玉が転がっていくように涙をこぼしながらサクラもエルフェの背中に腕を回し、抱き締めました。
すると――。
いきなりサクラの体が光り輝いて――。
「…………」
「…………」
「……お前はどうして、裸が好きなんだ?」
「しょ、しょうがないでしょう!? プルリルのときは服なんて着ていませんものっ!」
「それと……なんで俺にしがみついたままなんだ?」
「あ、う……あ、足がつかないから仕方ないでしょうっ!?」
エルフェの目の前には桃色の髪を垂らした空色の瞳を持つ娘が一人いました。
もちろん、すっぽんぽんの全裸はお約束です。
そして、(全裸の)サクラに抱き締めれられたままのエルフェは「じゃあ泳げばいいじゃないか」というツッコミは喉元に閉まっておいて、そのまま浜辺の方に向かって歩き始めました。
一方、サクラはそのままエルフェを抱き締めたままでいて、彼から感じる温もりを感じながら、恋して良かったと、改めて噛み締めることができたのでありました。
満月の光が二人を照らし続けていました。
まるで、二人の恋路に幸あれと語りかけているかのように。
その後、テロリストと名乗る者達は全員捕まったようで、なんでも城下街の方で暴れる予定だった奴らは全員、ランターンという頭に灯りをつけているポケモンに電気で黒こげ、おまけにビリビリとしびれされたようです。もちろんエルフェ達が対峙した三人の男やそして彼らを束ねるシャルインも無事に捕まったようで、牢屋の中に入れられました。すると、牢屋部屋が連なるその地下室では賑やかな声が絶えていないとかなんとか……一体、どんな会話を繰り広げているのかは謎のようです。
そして、エルフェが弁明で王様がムウマージで操られていたことや、サクラはあくまでもなんでもないということを力強く全ての民達に伝えました。更に自分とサクラは番(つがい)になることも宣言し、それとサクラが自分のことを助けてくれたと説明したところから、サクラは一躍、悪魔から天使とかエンジェルと(一部では)呼ばれるようになりました。
こうして色々と問題の後片付けも終わり、サクラとエルフェの結婚式が近づいてきたある日のことでした。
エルフェとの婚約に伴って、もうじき給仕係を終えることになったサクラは、仕事後、メイド寮の部屋で「また、一人部屋になるのが寂しいっすね」というマロニカの泣きそうな声を聞いたり、これまでのこと、そして、これからのことを語り合って寝ることにしたときのことでした。マロニカがすぐに夢の中に落ち、続いてサクラも夢の中に落ちようとして――。
木窓からノック音が聴こえてきました。
サクラが寝ぼけ顔をしながら窓を開けますと、すぐに眠気を覚ますことになりました。何故ならそこにいたのはホウキで浮いている日焼けしてガングロな白魔女さんと僕(しもべ)のチョンチーでしたから。
「おひさ〜ってカンジィー? どう気分の方は?」
「えぇ……お久しぶりですわね。気分は今、眠いといった他には特に悪くもありませんわ」
「そう、平気みたいじゃん」
「あ、白魔女さんに一つ訊きたいことがありますの」
「ん? な〜に?」
「わたくし、あの薬を飲んでから三日後の夜に元の姿に戻りましたの。あれは一体……?」
「さぁね。アタシにも正直分からないってカンジィー? 適当に作った薬だしぃ? そういう訳ワカメな作用があってもおかしくないっつうの」
そんな危険な薬をサクラに飲ませていた、白魔女さんはやがて真剣な顔付きになってサクラに尋ねました。
「それよりも、桜餅。アンタはいいの? もう元にはきっと戻れないってカンジィなんだけど。このまま人間としてちゃんとやっていけるかっつうの?」
「確かに、わたくしにはもうポケモンの力はありませんわ。だけれど……エルフェ様が一緒にこれから強くなっていけばいい、もっと色々なことを知ればいいと言ってくれましたから。今も人間の言葉の読み書きの勉強をしておりますのよ」
もう退かないし、逃げない。そんな意志がサクラから伝わるようで、白魔女さんはやれやれといった感じで溜め息を一つ漏らします。
「ったく……もう愛しの男とイチャイチャしているってカンジィー? 見せ付けてくれるようなカンジィでアタシ妬きそうだっつうの」
「白魔女さん……」
「もうアタシ帰るわ。まぁ、あの男とイチャつくなり、修羅ばるなり、なんでもすればいいじゃんってカンジィー」
ふわっと、そう言葉を残しながら白魔女さんとチョンチーが木窓から離れていきます。サクラは慌てて白魔女さんを呼びました。
「白魔女さーん! 本当にありがとうございましたですわー!」
そう手を振りながら見送るサクラに白魔女さんはとりあえず、右の手ひれを上げて応えておきました。サクラにとって、白魔女さんはエルフェと自分を繋げてくれた恋のキューピッドみたいな方でしたから、感謝せずにはいられなかったのです。サクラから覗くことは叶わなかったのですが、白魔女さんはかゆそうな顔をしながら、頬を若干、紅く染めていました。
「白魔女様、もしかしてでしが……」
「ん?」
「本当は泡になるようじゃなくて、ただポケモンに戻るだけの作用だったんでしか――ぷぎゃっ!?」
「アタシが薬の配合を間違えたということ? マジで嫌みなカンジィだっつうの」
白魔女さんの頭突きを喰らって、チョンチーの頭からタンコブが一つ、煙を出しながら現れました。チョンチーは「痛いでし……ひどいでし……ぐしゅん」と泣きながら不服を唱えていました。
「はぁ……ロマンっつうのは嫌いなんだけどぉ……」
星空の方に見上げ、白魔女さんはそう呟きました。
最初は、サクラというあの桜餅なプルリルに厳しい現実を知ってもらって、それで『はい、お終い。アンタもこれからは夢だけじゃなくてちゃんと現実を見て生きていきなよ』と(嫌みたっぷりで)教えてやろうという計画していたのに。まさか、あの桜餅なプルリルが現実を知りながらもそれになんとか立ち向かっていき、そしてあの男とゴールインした。そういえば、あの桜餅なプルリルの友達というプルリルに気まぐれで占いをしてあげたんだっけ、と思い出し、白魔女さんは余計なことをしたなぁと自分に嘲笑したくなりました。
しかし、悪い気分ではありませんでした。あのとき、自分が人間になったのも、そしてその恋路を蹴ったのも、自分が選んだことなのですから。それと風の噂で聞いたテロリストから王様を守ることができたのだし、後悔、という二文字は白魔女さんの中にはありませんでした。
「……でもやっぱ悔しいってカンジィー」
「ま、まさか白魔女様」
「ん?」
「あの桜餅に復讐するとかやるのでしか――ぷうぎゃあ!?」
チョンチーの頭にはタンコブの三段重ねができあがりました。
「バッカじゃないの? アタシがあのクソババァがやりそうなことをするわけないっつうの」
……後悔はしてないものの、あの魔女と名乗る存在に対しては恨みがたっぷりあるようですが。
「久しぶりに遠出するってカンジィー? ……今回は数年は住処に戻らない勢いで、あげぽよ〜ってなればいいカンジィー?」
「え、え、え? どこに行く予定なんでしか?」
「え、知らね」
そう言いながら夜空に浮かび上がっていたのはどこか楽しそうな白魔女さんの姿でした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【17】
「ふぅ……準備は出来たか? 入るぞ?」
ここは城の居館の隣にある教会(城下街にもあるのですが城の方にも一つあるのです)の婦人側の更衣室。そう確認を取ってからではなく、取りながら入ってきたエルフェにサクラは苦笑しました。
「エルフェ様ったら、まだわたくしの返事がないですのに、入ってくるなんてズルいですわよ」
「あ、それはすまなかった」
「緊張していますの?」
「……している」
真白のタキシードに身を包んだエルフェの前にいましたのは、白いウェデイングドレスを身に包み、白いベールを被ったサクラの姿がありました。桃色の髪の毛は縛ってまとめずに垂らしており、白色の生地によく映えています。純白で煌びやかなドレスを身にまとい、それに胸元は開いているわで、これで意識するなという方が難しいです。
「あらあら……うふふ」
「そういうお前こそ、緊張しているのではないか?」
「……ええ、してますわね」
「ほら、見てみろ」
「お互い様ということですわね」
サクラの方も真白のタキシード姿で決めているエルフェに胸がドキドキしていて……サクラが言った意味とは違うと思われますが、本当にお互い様でした。
「今、まるで夢の中にいるような感じがいたしますわ――っていひゃいひゃ!?」
「ほら、夢じゃないだろう?」
「だからって、結婚式前の乙女の頬を引っ張りますの!?」
「それにしても、相変わらず桜餅みたいに伸びる頬だな……」
「人の話を……ハッ、まさか……大量に桜餅を用意したとかじゃありませんわよね?」
「おぉ? よく分かったな。あれ……今更だが、もしかして桜餅が苦手だったということは――」
「ありませんわよ! もちろん、エルフェ様がわたくしの記憶を取り戻そうと桜餅をくれたことも覚えていますわ」
「あぁ、そんなときもあったなぁ……あのときは我ながら単純な思い付きだったと笑える」
「うふふ、そうですわね」
二人がこのような会話を進めていますと、外から準備の方はいかがという言葉が聞こえてきます。エルフェとサクラはお互いの手を取り合って、二人一緒に進んでいきます。
「これからもよろしくな、サクラ」
「えぇ……こちらこそ、エルフェ様」
式を挙げる堂内は新郎新婦の為に真紅のカーペットが敷かれており、それを挟む形で木製の長椅子が縦に並べられています。そして、その椅子には貴族達やもちろんエルフェの両親も出席しています。それとマロニカも後方でぬーさんとブラッキーと一緒に座っていました。王子様を助けた者として、特別にこの場での出席を認めてもらえたのです。
さて、その真紅のカーペットにようやくサクラとエルフェが姿を現しました。一歩一歩、お互いを感じるように歩く中、サクラはマロニカにウィンク一つ投げました。マロニカもそのお返しにと「末永くお幸せに」という意味を込めたウィンクをサクラに投げました。それを受け取りましたサクラは再び前を向きエルフェと共に歩いていきます。やがて、太めな司祭の前にたどり着きますと、司祭が祈りの言葉を述べ、その後に――。
「汝、エルフェは妻、サクラを愛し、健やかなるときも、死せるときも、永遠に愛することを誓いますか?」
「誓います」
「汝、サクラは夫、エルフェを愛し、健やかなるときも、死せるときも、永遠に愛することを誓いますか?」
「誓いますわ」
それからエルフェはサクラの左手の薬指に婚約指輪をはめ――。
誓いのキスを交わしました。
熱く熱く、二人の愛は本物だと告げるかのように深いキスを交わしました。
その後、サクラとエルフェが教会の外へと出て行きますと、二人の祝福を祝おうとたくさんの民達が出迎えてくれました。
「サクラ……」
「ん? なんですの?」
「共に生きよう」
「えぇ! もちろんですわ!」
そう笑顔で言いながら、サクラは手に持っていましたブーケを投げ飛ばしました。
そのブーケは大きな孤を描きながら、青空へと舞っていき、それに合わせて鐘が歌い始めました。
それは物語の終わりではなく、また一つの始まりの歌でした。
マロニカにはまた新しい後輩がつくことが決定したり。
いつの間にか、ぬーさんとブラッキーがカップルを始めていたり。
白魔女さんはどこか気ままに旅を始めていたり。
そして、サクラとエルフェの新しい生活が始まったり。
鐘の歌はその者達の背中を押すかのように長く、長く、歌い続けていました。
【後書きなるもの】
始まりは七月の下旬頃でした。
某テレビ局の27時間テレビなるものに「じゃあ24時間執筆とかしてみようぜ?」という謎の発言が今回の契機でした。
勢いよく書き始めたのは良かったのですが、結局、途中の朝頃で寝落ちしてしまい、実質15,6時間執筆で終わってしまい、おまけに完成までこぎつけることは叶いませんでした。
当時、25kbだった作品が「よし、ここからはゆっくり」とやっている内にあれよあれよと膨らんでいき、最終的には120kb超えという数字が出てきたということに……自分がポケストに投稿した中では一番長いものになりました。口がポカンと開いています(苦笑)
繰り返し使いすぎている表現とかがありそうで、質と量が反比例していないか、心配している今日この頃です。(ドキドキ)
さて、今回のこの話なのですが……これはよろず版の他力本願レスにありました、ラクダさんの『プルリルで人魚姫』というネタを使わせていただき、驚かせようと思いまして、今回このように予告なしで【サプライズ】という形で出させていただきました。
ラクダさんは鬱たっぷりの話をお書きになろうとしていた、ということなのですが、すいません、この話、多分、鬱がなかったと思われます。(汗)
お気に召してくれましたら幸いです。
素敵なネタ、ありがとうございました!
ちなみにサクラが火刑にあうというシーンは……昔(なので、ちょっと記憶が曖昧で申し訳ないのですが)、古本屋で立ち読みした本の中に『人間になった人魚姫は(魔女裁判みたいなものを受けて?)火刑を受け、死んだ』という泡にならない結末がありまして、そこからきています。
改めて、素敵なネタを提供してくださったラクダさん。
そして、ここまで長い物語に付き合って下さいました、皆様。
ありがとうございました!!
それでは、失礼しました。
【書いても、描いても、何をしてもいいですよ♪】