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  [No.877] 船鬼始末 投稿者:クーウィ   投稿日:2010/10/29(Fri) 16:17:11   263clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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注:このお話には、テーマがテーマだけに残酷な表現を用いている部分が、幾つか存在しています。

ですので、そう言った表現に抵抗のある方は、この作品をご覧になる事は、予め御控えください――
 
 




昔々のお話です。
 
 
 
それは、或る年の秋頃――村々が今年の収穫を祝って執り行う祭りが無事に終わり、吹き鳴らす笛の音の余韻が、まだ里山から抜け切らぬ頃合の事でした。

事の始まりは、秋津国は豊縁の地、ムロの島に於いて。 
その日の朝、普段と変わらぬ夜明けを迎えようとしている島の沖合いに、突如として数をも知れぬ異形の船団が、水平線の彼方より現れました。

見慣れぬ大船小船に乗り組んでいたのは、異国の鎧兜に身を固めた異人の兵士達と、屈強な船乗り達。  
彼らは静々と島に近付くや、即座に獰猛な軍兵を満載した小船の群れを無数に発し、大挙してムロの島へと上陸すると、折からの変事に驚き騒ぐ住民達に、一斉に襲い掛かったのです。

それは酷い有様でした。
島を守ろうと戦いを挑んだ数少ない武者の一団は立ち所に全滅し、生きている者は人獣の区別もなく矢を射掛けられ、追い立てられます。
辛うじて難を逃れようと舟に取り付いた者は、漕ぎ出した小船諸共打ち砕かれて波間に沈み、情けを乞うて膝を突き、頭を下げて捕まった者達も、一人として永らえた者はいませんでした。

虜(とりこ)は必要な定数を除いて皆、男は刃物の試しとて撫で斬りにされ、女は慰み物にされ、老人は戯れに海に突き落とされ、幼子や獣達は遠矢や投げ槍の的に使われて、小さな島に静かに暮らしていた者達は、僅か3日にして全く絶えてしまいました。
・・・辛うじて逃げ延びることが出来た数少ない生き残りが、何とか海を越えてトウカの町に辿り着き、恐ろしい異国の軍勢が押し寄せて来た事を、在地の番所に告げたのみです。
 
 
しかし、知らせを受けたトウカの町も、すぐに戦乱の巷となりました。  ・・・ムロを落とした異国船が、息もつかさずに豊縁本土に舵を切り、最も近かったトウカの町に向け、凄まじい勢いで殺到してきたからです。

トウカの人々と土地の獣達とは、襲われたムロの有様を逃げ延びた者達から聞き知らされていた為、互いに協力し合い、必死になって戦いました。
豊縁の他の地域に対しても救援を請い、加えて秋津国の時の支配者に対しても、助力を願う旨の急使を派遣して、何とか自分達の故郷と家族とを守ろうと、死力を尽くしたのです。

――この緊急事態に、幾度となく『赤』と『青』と言う二つの陣営に分かれて戦を繰り返して来たこの地の実力者達も、互いの間に長く蟠っていた確執を投げ捨て、共通の敵に対して立ち向かいました。

・・・しかし異国の軍勢は、守る豊縁連合軍よりも遥かに強大で、多勢でした。 
しかも、彼らは豊縁の人々が見た事も無い様な武器や獣達を従えており、守る豊縁側の抵抗を物ともせずに、どんどん粉砕・制圧していきます。

豊縁の人々と獣達は、見た事も無い異国の武器に散々に痛めつけられ、目にした事も無い獣達に追い立てられ、聞いたことも無い様な戦法に打ちのめされながら、なす術も無く自分達の故郷や家族達が蹂躙されて行くのを、ただ傷付いた身を隠し、息を潜めて見つめているしかありませんでした。
 
 
――けれどもそんな中、希望の光も見え始めていました。
急を知った秋津国の支配者の号令により、他の地方から派遣されて来た救援の兵力が、次々とこの豊縁の地に、到着し始めていたからです――
 
 
 
 
 
――ここで一度、物語の舞台は豊縁を離れ、他の地方へと移ります。 
 
 
豊縁より、ずっと東に位置する城都の地――その一角にあるタンバの町の周辺には、無数の島が点在しています。
――渦巻き島を始めとするそれらの島々を領していたのは、この周辺の海をまたに掛けて活躍する、警固衆―いわゆる、海賊達でした。
彼らは古くから、船を自在に操って遠方の地に繰り出し、漁労や交易、時には略奪を繰り返しながら、諸国の海を渡り歩いて生計を立てていました。

そんな海の専門家、警固衆達の中でも、タンバ北方地域の島々に根城を置く集団―『瀬戸衆』と呼ばれる一派の実力は、一際抜きん出たものでした。  ・・・何故なら、彼らは代々海の神―翼を持ち、渦巻き島の奥深くに棲むと言う大いなる獣を祭りつつ、その海神と心を通わせ合った術者を、集団の頭目として戴いていたからです。
海の神の声を聞き、気持ちを通じ合わせる事によって、その助力を請う事の出来る人物―『風守(かざもり)』と呼ばれるその巫(かんなぎ)は、例えどれ程海が荒れようとも、率いている船数を一隻も損なう事無しに、嵐を乗り切って目的地へと導き通す事が可能でありました。

この渦巻き島一帯では古より、稀に風のめぐりや潮の変わり目を生まれながらに正確に予知し、感じ取ることが出来る、『風読(かざよみ)』と呼ばれる特別な才能の持ち主が、現れる事がありました。
――その『風読』の中でも、特にその能力に長けた人物は、生まれながらにして獣と心を通わせる事が出来、更に長じるに従って、自然と渦巻き島に住まうと言う海の神とも、心が通じ合うようになっていきます。  

彼らは海上で嵐にぶつかる時、予め不思議な通力によって、海の神からその存在を告げられますし、万が一逃れられなかった時にも、その助力を願えばたちどころに時化が和らぎ、船が嵐に飲み込まれる様な事は一切ありません。
――風の定めを曲げて、共に海で暮らす仲間達や、獣達を守る。  ・・・そしてまたその返礼として―または、代わってその意思を伝える良き友垣として―海風を司る海神を祭り、その生活の場でもある海を護る。

これが、彼らが『風守』と呼ばれる所以でした。


 
豊縁で厳しい戦が続いている一方、東に位置する城都の地では、時の支配者より豊縁地方に救援の遠征軍を派遣するよう号令が下り、その準備に追われている真っ最中でした。

海から攻めて来た異国の兵団との戦いですから、当然戦いの中核となるのは、海上兵力―海の上での働きに慣れた、警固衆達です。
そんな訳で、当代の風守に率いられていた瀬戸衆の精鋭達も、多聞に漏れず着実に戦備を整えて行き、やがて後は、出陣の命令を待つばかりとなりました。
 
 
・・・ところがしかし――その当時瀬戸衆の頭目として戴かれていた風守は、まだうら若い、一人の娘でありました。

流石に急場とは申せども、当時はただでさえ武勇が尊ばれ、戦の作法が重んじられていた時代。
よってまだ若い女性である彼女が、軍船に乗って出陣の勢に加わるというのは、如何にその存在が必要であろうとも、許される事ではありませんでした。

けれども、娘がこれから戦いに赴こうとする者達の頭領であることも、また揺るぎの無い事実。
故郷を離れていく軍船の群れを見守る彼女の心は、ただただ重苦しくなるばかりでした。

出征する船には、娘とも縁の深い、沢山の人達が乗り組んでいました。  ・・・元より数こそ多かれど、小さな島々のこと。
乗り組んでいる者達全員が、一度は娘と顔を合わせた事のある人々です。
親戚縁者に、同じ村の人々。 幼馴染に、親しい友達。 祭りや神事の時に介添えをしてくれた人や、幼い彼女を何時も可愛がって、頭を撫でてくれた近所の小父。
――それに、既に将来を約束し終わっていた、掛け替えの無い思い人。

船端に並んで手を振ってくれる彼らの姿が小さくなっていく中、残された人々と共に浜に並んで見送りつつ、娘は心から祈りました。
――彼らが再び無事に元気な姿で、この美しい平和な島まで、戻って来れるように、と・・・
 
 
  
しかし――娘の願いは、それから3月も経った頃、無残にも打ち砕かれました。

前夜、胸騒ぎが兆してろくに眠れぬままに夜明けを迎えた娘が、居ても立ってもいられずに、夜明けの海岸へと歩み出たところ――折から昇ってきた朝日に照らされ、美しく輝いている海の向こうから、一羽の小燕が息も絶え絶えに、島に向かってくるのが見えたのです。
慌てて近くにあった小舟を丸木の梃子で海上に押し出し、艪を操り迎えに行った彼女の元に、小燕はよろめきながら飛び込んで来て、伝書を括り付けられた自らの足を突き出して、弱弱しく啼きました。

しかし、先ずは岸につけてから、小燕を介抱してやる方が先決です。
獣達の様子が、幼い頃より分かり過ぎるほどに分かる彼女には、小さな子燕の衰弱振りが、嫌と言うほど突き刺さっていたからです。  ・・・それに、無意識の内に文の内容を確かめることを、恐れていたのかも知れません。


結局彼女が文を開いて見たのは、自分の住居に帰って、臨時の従者をしてくれている老婆に、伝書を運んできてくれた小燕を託した後でした。
――そして・・・畳まれた文を恐る恐る開き、中身を読み進めていった所――予想通り、それはまさしく凶報以外の、何物でもありませんでした。

その余りの内容に、彼女は幾度も読み進める事を中断し、その度に涙に暮れました。
・・・取り乱ししゃくり上げる有様は、もし周りに他の者が居たとしても、真っ直ぐ彼女を見る事は出来なかったであろう程に、悲痛な悲しみに満ちていました。

それは、この島から出陣していった幼馴染の一人からの走り書きで、出陣して行った軍船の、全滅を告げるものでした。

彼らは幾度と無く戦果を上げて、敵の内陸への進行速度を大幅に抑制、以って異国の軍勢を海岸に釘付けにすると言う成果を上げておりましたが――  2日前に味方と共に夜襲を仕掛けたところ、逆に敵の罠に落ち、海に慣れぬ味方の軍船を逃がす為の殿戦を重ねる内に包囲され、尽く打ち沈められたと言うのです。
――その際、怨み重なる彼らに対する敵の攻撃と追及は苛烈を極め、一党はその大半が共に戦っていた獣達諸共討たれ死んで、討ち漏らされた者は二十が一にも満たない、と書かれておりました。

・・・もう、誰にも会えません。
親戚の人々も、村の友達も死にました。 幼馴染達もこの世にはおらず、神事の時に周りで見守ってくれていた老人達も、言葉を交わすことは出来ません。 
頭を優しく撫でてくれた小父さんは、生きながら捕らえられて拷問された挙句、掌に穴を空けられて船端に吊るされ、苦しみ抜いて亡くなりました。

――それに、ずっと従者として幼い頃から一緒に過ごし、海に出るときは艪を握って、彼女を何処まででも連れて行ってくれた大切な思い人も、もう帰っては来ないのです。

その上、この文を小燕に託して知らせてくれた、数少ない生き残りである幼馴染とその仲間達も、既に乗るべき船を失った状態で、辛うじて泳ぎ着いた岸沿いに隠れ潜み、敵の勢力下、何とか命を永らえていると言うのです。
豊縁では今この瞬間にも、彼女の大切な仲間達以外にも沢山の人々が怯えて逃げ惑い、山野には獣達の骸が冷たく野晒しになって、山を為していると言うのです。 
 

暫くの間泣きはらした後、やがて娘は、静かに顔を上げました。  
前を見つめる表情は、もう泣いてはいません。  ――代わりに浮かんでいたのは、とても固い決意の色でした。

立ち上がった彼女は、小燕の事を老婆にくれぐれも宜しく頼む旨を言い置くと、直ちに島に残っている年寄衆を呼び集めて、この度の凶状を周知させました。
そして更に、今後の善後策について話し合いで決めるよう命じて置いた後、彼らに猶予を与えないまま、一度評定を終わらせて、それぞれの村や周辺の島々へと、回状を回させます。

年寄衆が息を切らせて、それぞれの村や担当の島へと急を告げに、散っていく中――娘は一人住居に取って返すと、一枚の文を書き上げました。
書き上げたそれを評定に使っている部屋に置手紙として残すと、去り際とて、建物の庭に番犬として放されている紅犬に、お別れを言います。
気配を察知してか離れようとしない紅犬に、しゃがみ込んで何とか言い聞かせ終えると、最後に娘は誰にも気取られぬように注意して、浜辺へと続く抜け道を下っていきました。

海辺に着けば、もう既に昼も近い時刻でもあり、居残りの漁師達は一日の稼ぎを得るべく沖へ出て、僅かに浜で作業をしていた者達も、慌てて駆け走って来た年寄衆の言葉を聞くや、急いで村の方へと引き返した為、そこには人っ子一人居りません。


――置いてきた文が読まれれば、必ず村の者が止めにやってくるでしょう。
それを知っている娘は、急いで岸辺に乗り上げていた小舟を押しやって、上手く返す波の合間に浮かべると、素早く船縁を越えて乗り込み、沖に向けて漕ぎ出していきます。

艪を扱う手並みは、戴帯される頭とて、流石に島に生きる者。  ・・・小舟は見る見る沖に向けて滑る様に進んで行き、やがて浜からは点の如き大きさとなり果てて、それも仕舞いにはふっつりと消える。
 
 
遂にただ独り切りとなった娘は、そんな事には構うこともなく、ただひたすらに沖に見える小島―彼ら瀬戸衆が海の神様の住まう場所として敬っている、渦巻き島へと近付いて行きます。
・・・やがて島を守るようにして荒れ狂っている渦潮に、小さな小舟が差し掛かった時――娘は艪を使うのを止めると、艫に歩み出でて真っ直ぐに立ち、静かに目を閉じると、何やら一心に祈り始めました。
祈りはとても長く、漂う小舟はあちらの潮に流され、こちらの流れに捉まりますが、娘は動じる風も無く目を見開きもせず、小舟も荒れ狂う潮の流れを乗り継ぎ走り渡るばかりで、かやる気配もありません。

そしてやがて、半刻も経った頃――不意に彼女は目を見開くと、静かに何か思うところがあるような目で島の方を見つめて、小さく何か呟きました。  ・・・しかしその呟きは、ざわめく潮の流れにかき消され、遂に言葉として誰かの耳に届くことは、ありませんでした。
次いで、次の瞬間――娘はゆっくりと己の利き手を腰に伸ばし、そこに束んでいた短い小刀に手をかけると、スラリと流れるように引き抜いて、あっという間に自分の喉を突き通し、前にのめって船縁を越え、波間に沈んでしまいました。

・・・例えその時側に誰か居ようとも、彼女の行動を止めることは出来なかったでしょう。 
それほどまでに、その一連の動きは一糸の乱れも無く、傍から手を出すことを許さないほどに、不思議な畏ろしさがありました。


そして、娘の姿が波の下に消え、海面を僅かに染めていた血潮が、逆巻く渦潮の中に溶け去ってから、暫くの後に――
時ならぬ悲痛な咆哮が辺りを振るわせると共に、大きな影が海原を割って天へと駆け、急速に雲気が満ち、風が渦を巻き始めつつある空を、真っ直ぐ西に向けて進み始めました。
 
 
 
 
 
その日は、昼の間は一日中晴れており、先だって海上で大勝利を得た異国の兵士達は、勢いを駆って戦線のあちこちで大攻勢を仕掛け、集まって来ていた在地の武者や獣達を、散々に打ち破っていました。
各地で大損害を受けた秋津国側の正面兵力は激減し、分断された戦線の合間に取り残された敗残兵は、地に伏せる事を得意とする獣達と共に山深く逃げ延びて、息を潜めるばかりでした。

しかし、彼らは未だに諦めてはいません。  ・・・故郷を焼かれ、家族を奪われた怒りは余りにも激しく、怒りは憎しみに姿を変えて、彼らの復讐心を駆り立てていたからです。
――最早、敵愾心を煽る必要さえありませんでした。  友を失った者は激情に駆られ、肉親を奪われた者は夜叉となって、敗残の身も忘れ血刀を下げて、異国の兵士達を夜な夜な襲い、脅かします。

そういった襲撃による無用の損害を避ける為、最近は異国の兵士達は、夜になると自らの船に戻って、夜明けまで守備防衛に徹するようになっていました。


そしてそんな中、それは起こったのです。

その日の夕刻が近付くに連れ、何処までも青く澄み渡っていた秋空は、一変して東から流れてくる分厚い雲に覆われ始め、更に闇が濃くなって行くに連れて、冷たく湿った風が、どんどんと強まっていきました。
・・・どんどん急を告げていく雲行きに、異国の兵士や船乗り達も流石に慌て始め、急いで互いの船の間を鎖で繋ぎ、舷側に防舷物をかませて荒天に備えましたが――しかし何分、敵地での事。
作業はろくに捗らない上に、波風はどんどん荒々しくなって、ともすれば作業に従事している小舟共を、軽々とひっくり返そうとします。  
陸地に上陸して難を避けようにも、ただでさえ危険な深夜の、それも極端に見通しの悪くなる嵐の夜の事ですから、とてもではありませんが、無事で居られるとも思えません。

結局彼らは、そのまま船上で嵐をやり過ごすことにして、兵卒水夫一丸となって奮闘し、何とか迫り来る嵐を乗り切ろうと、全力を尽くします。
・・・その間に、一番外側に位置していた幾艘かの船がこっそりと抜錨して、何かに導かれるように沖に向けて脱出を開始したことに気が付いた者は、その付近にいた敵味方両陣営共に、一人も居ませんでした。


そして、その日の深夜――異国の兵士達と水夫達の努力を嘲笑うかのように、凄まじい烈風と打ち付けるような豪雨が、豊縁地方を襲いました。
あれ程力を尽くして被害を押し止めようとしたにもかかわらず、船団はまるで玩具の様に時化の海に翻弄され、互いにぶつかり合って揉みくちゃにされながら、次々と沈んで行きます。

僚船にぶつかられた軍船の船腹は障子紙の様に破れ、船倉に大量の海水を飲み込んだ船は、縛り付けてある僚船も道連れにして、怒り狂う白い泡(あぶく)の狭間へと、飲み込まれて行きました。
甲板を右往左往する人影や獣達は、時折気まぐれに襲ってくる突風に煽られ、木っ端の様に舞い上げられては、悲鳴さえもかき消されたまま、逆巻く波に飲まれて見えなくなって行きました。
帆柱を吹き折られた小型船は苦も無くひっくり返され、乗り組んでいた者達は他の船の同僚達に気づいてすらもらえぬまま、ぶつかり合う大船の間に挟まれて、押し潰されて行きました。
 
 
 
 
――際限なく沈んで行く異国の船と、なす術も無くただ海底に引きずり込まれて行くだけの、船上の兵士達や獣達。


彼らの末期の悲鳴と断末魔を感じ取りながら、天空に羽ばたく大きな獣は、自らの引き起こした惨禍の程を、ただ黙って見つめていました。

――確かに彼らは、この地に於いて大きな罪を犯してきました。  
略奪と殺戮を欲しい侭にし、抵抗する術も無い者を嬲り殺しにし、平和な村々を焼き尽くし、獣達を狩り立てました。

しかし彼らにもまた、故郷がありました。  ・・・親兄弟を持ち、愛する人を待たせ、主人と獣達との間には、お互いをいたわり合い思い合う、紛れも無い絆がありました。
彼らは日々故郷を偲び、縁もゆかりも無い土地で果てていく同僚達を哀れみ、帰郷を待ち望んでいる家族への思いを募らせながら、一刻も早く戦を終えて故郷に帰ることを、何よりも強く願い続けていたのです。

・・・そんな彼らが発する末期の叫びは、心無きけだものの呻き声などでは、決してありません。
みな絶望の中にも張り裂けるほどに故郷を思い、愛する人の名を叫び、共にある大切な仲間を呼び合いながら、無慈悲に荒れ狂う嵐の海へと、無力に消えて行くのです。
 
 
大きな獣には、それが全て『聞こえ』ました。  
彼はこれまでずっと、その生まれ以って備わっていた『通じ合う力』で他の多くの命と触れ合い、互いに心を通わせる事によって、その絶大な力故に伴う隔絶と孤独とを、慰めていました。

この能力のお陰で、大きな獣は何時でもずっと、大切な友人達と繋がっている事が出来ました。
幼く無邪気な頃から、優しく純粋な若草の時――  
凛として情け深い駿馬の時代より、思慮行き届き懐深い熾き火の季節まで――
何人もの友人達と、その成長を見守りつつ、やがて訪れる別れの時まで・・・神と呼ばれし孤独な獣は、何時だってそうやって、互いに絆を深め合う友人達と共にある事で、幸せでした。

しかしその時ほど、彼は生まれ以って備わっていたその能力(ちから)を、悔いた事はありませんでした。
――耳を塞ぎ、心を閉ざす術は心得てはいましたが、自らの運んだ災厄から目を背けることは、どうしても出来なかったのです。

けれども、自らの命を絶ってまで、彼にこの地に住まう者達を助けて欲しいと願った友の思いに心を馳せれば、この苦痛に満ちた災厄の火種も、消すことは許されませんでした。

耳の奥底に響いてくる、哀しみの叫び。 魂を突き刺す、絶望の祈り。
引っ切り無しに心を切り裂く眼下の悲痛な渦に、思わず彼の頭は救いを求めて大きく揺れ、最早何も見ることも叶わぬ沖合いへと、その苦悩に満ちた双眸を打ち振ります。

・・・その方角は西。 異国の者達の生まれ故郷がある、広大な大陸が広がっている方角でした。
   
 
 
  
やがて、夜明けが訪れた時――

すっかり風雨の収まった、台風一過の空の下――豊縁の人々が目にしたのは、トウカ周辺の海岸一帯を埋め尽くしている、膨大な量の船材の破片と、異国の人と獣の亡骸でした。 

色とりどりの原色に染め分けられていた異形の船団は、僅か一晩で無残な残骸に成り果て、水面を覆う水死体は河口を埋め尽くして、数も知れません。
・・・そしてそこかしこには、未だに死に切れなかったり九死に一生を得た異国の兵士や獣達が、重い傷の痛みに呻吟したり、助けを求めて手を振ったりしています。

しかし勿論、彼らに助けの手が差し伸べられるような事は、ありませんでした。

日が昇りきり、再び戦備が整えられるや否や、今までずっと怒りと憎しみに駆られて戦って来ていた地元の人々を中心とした秋津国の軍勢は、既に抵抗の術も殆ど残っていない異国の軍勢の生き残り達を、まるで手足を縛られた家畜を殴り据えるが如く、次々と打ち殺して行きました。
――元より大切な家族を奪い、故郷を荒らし、共に戦っていた同胞や、罪も無い善良な隣人達を殺し続けて来た、憎(にっく)き『鬼共』です。  抵抗も出来ない彼らを狩り立てるのに、躊躇う者は殆ど居ませんでした。

そしてやがて、それから2ヶ月も経った頃――豊縁に攻め入った、数十万にも及ぶ異国の兵隊と獣達からなっていた侵略軍は、最早ただの一人・一匹として、この秋津国の中に残ってはいませんでした。
 
 
 
 
 
・・・ところで一方、大きな獣が嵐を伴って豊縁へと現れる少し前、密かに抜錨して沖合いに逃れた異国船は、その後どうなったのでしょうか?
 

大きな獣が西の沖合いに暗い目を向けた、丁度その頃――先に船団から離れた数隻の異国船からなる船団は、荒れ狂う雨風に揉まれながらも、自分達の故国に向けて必死に舵を取り、激浪を掻き分けて戦っていました。

時折天空を走る稲光が、船上で奮闘する大勢の船乗りと兵士達の姿を浮き彫りにし、彼らの必死の形相を、互いの視界の隅に刻み付けます。
――浮かび上がったその顔色は幽鬼の如く青ざめており、必死に生きる為に立ち働くその姿からは、ここ数日侵略者として振舞って来た残酷さや傲慢さは、何一つ見出すことは出来ません。
しかも良く見てみれば、あか汲みを持って必死に船倉から水を掻い出している者共の中には、どう見ても虜囚であるとしか思えない、襤褸布の様な布子を纏った者達も、幾人か混じっていました。

しかし今、立ち働く者達の間には、恨み事も互いに対する敵意の程も、一切存在してはいません。
・・・今の彼らには、敵味方を演じて憎み合うよりも、差し迫った事態を乗り切る事の方が、大切だったからです。

そんな一団の船団を、荒れ狂う時化の海は容赦なくいたぶって、ひた走る箱舟を一塊の材木に変えてしまおうと、猛威を振るい続けます。
――しかし、何故かそんな絶望的とも言える状態であるにもかかわらず、数隻の船は互いにバラバラに離散する事すらなく確実に前に進み続け、徐々にではあるものの、荒れ狂う暴風域の外側へと、抜け出で始めつつありました。

やがて波飛沫が徐々に小さくなって行き、次いで風が弱まって、空を切り裂いていた稲妻の轟音が、遥か後ろに過ぎ去った時――  漸く顔色を改めた船上の者達は、やがて面上に喜色を現すと誰彼構わず抱き合って、互いの無事を喜び合い始めました。  
・・・兵士達は既に海に捨てていた鎧を惜しむ事も無く、水夫達は船倉から残っていた酒樽を引っ張り出して来て蓋を叩き壊し、虜囚達も漏れる事なく回された欠け茶碗でがぶ飲みして、互いに肩を叩き合い、通じぬ言葉を交し合って、命を永らえた喜びを、共に分かち合っています。


――そんな船上の光景を確認した後、彼らを無事にここまで導いて来た獣達は、自分達が生まれ育った故郷に向け、前方に広がる暗黒と風雨の帳も眼中に無いかのように、悠然と反転し始めました。

それに気がついた船上の男達が船縁に並び、声を涸らして心からの感謝の気持ちを伝えるのに答えるかのように、彼らは数匹で見事な編隊を組むと、体を傾け傾け、東の空へと飛び去って行きます。
煌々と輝く月が西の空に傾き、夜明けの到来が近い事を告げようとしている中、未だ日の昇る気配の遠い東の空に向けて消えて行く竜達の背中を、彼らは何時までも何時までも、見送り続けるのでした。
 
 
 

  
やがて戦災による傷跡も徐々に癒え、豊縁地方には、また静かな日常が戻ってきました。

派遣されて来ていた他の地方の援兵も随時引き上げて行き、更に半年も経った頃には、秋津国の各地方はほぼ全て落ち着き終わって、嘗ての戦乱を感じさせるようなものは、何も残ってはいませんでした。
炊事の煙が絶えていたムロの町も、逃げ延びていた僅かな人々が小さな村を再興しましたし、多大な損害を出して悲嘆に暮れていた瀬戸衆支配下の島々でも、居残っていた者達や無事に生きて帰ってきた少人数の者達を中心として新たな舟手方を編成し、空座となっていた頭領の座を埋めることは叶わぬまでも、新造船を次々と舟入させて、再建の道を歩み出し始めていました。
 
 
 
 
・・・しかし、以前とは変わってしまった事も、無かった訳ではありません。


先ず一つは、あの嵐の夜が過ぎて後――タンバ周辺に於いて稀に見られた『風守』の能力者が、一切現れなくなってしまった事です。
――それは、海の神様が彼ら人間達に対して、心を閉ざしてしまった事を意味していました。

それは、今までずっと海の神様と共に歩んで来た瀬戸衆の人々にとっては、本当に衝撃的な出来事でした。
彼らは様々に手を尽くして、再び海神との絆を取り戻そうと苦心しましたが、『風の守人』が再び現れるような事は、もうありませんでした。

――それでも諦め切れなかった彼らの一部は、海の神様との絆を取り戻す為の掟を定め、それからずっと幾世代にも渡って、それを守り抜いて行く事になります。
 

もう一つの変化は、まだ中央の権威が及んではいない新奥を除く、秋津国の全ての地域に於いて、異国を意味する『ムクリ・コクリ』と言う鬼の名前が、子供達に対して囁かれるようになった事です。

「良い子にしないと、ムクリ・コクリの鬼が来る」――大人達の口からそう言って脅される度に、子供達はピタリとむずがるのを止めて、大人しくなります。
――それほどに恐ろしい、『ムクリ・コクリの鬼』。  ・・・しかし、果たしてあの時波間に消えて行った者達の内どれだけの者が、本当に『鬼』と呼ばれるに相応しい蛮行を、嬉々として行っていたのでしょうか?

けれどもそれを知る術は、最早永遠に失われたままでした。

 
そしてもう一つ――最後の変化は、豊縁地方で起こりました。

同じく、あの嵐の夜以来――豊縁地方の全ての池や湖、そして周辺の海域から、水竜の眷属・一族が、全く姿を消してしまったのです。
それはあの恐ろしい夜、生来船乗り達を見守る性(さが)のある彼ら水竜の一族が情に負け、嵐が訪れる前に異国の船団の幾艘かにその到来を告げて、無事に故国へと送り返した事への、自責の念の現れでした。

共に生きている人間達や獣達の思いを余所に、敵である筈の彼らに情けをかけて、永らえさせてしまった事への面目無さ――
後悔こそはしていないものの、自責の念は拭えない――そんな彼らなりの責任の取り方が、豊縁からの一族総退去でした。

――故に今でも豊縁の地では、水竜の一族を見ることは出来ないのです。
 
 
 
 
 
 
 
・・・さて――では、その後心を閉ざしてしまった海の神と、彼を慕う瀬戸の船乗り達との絆は、一体どうなったのか・・・?


それはまた、別の物語――。
 
 
 
 
 
 
 参考書籍 『蒙古の槍』
―――――

我がメモ帳にのたくられし妄想、其の一


・・・何故か仕事中急に書き進めたくなって、帰宅後、深夜二晩かけて完走。

しかし最後の方は完全失速気味の中、人力操舵と自転車操業で無理矢理書き切った為、最早何を書いていたのかちょっとうろ覚えと言う罠・・・(爆)

突貫作業だった為に幾つかシーンを割愛したり、ろくすっぽ推敲作業してなかったりですので、日本語的に意味不明な部分もあるやも知れませぬが、もしそう言う所を見つけましたなら、この哀れな生物に是非一言、お叱りの言葉を頂ければ幸いです。
・・後、多分細かい修正がひたすら入るかも・・・(爆)


それでは・・・。  
末尾になりましたが、日頃から様々な作品をお書きになって、この活字中毒者を大いに喜ばせて下さる皆様に改めて御礼を申し上げて、とっととメイクマネマネに行って参ります・・(爆)


【批評していいのよ】

【と言うか、お好きになさって下さいまし】


  [No.882] Re: 鬼始末 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2010/10/29(Fri) 21:56:34   239clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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読んでいて、蒙古襲来がモデルになっているのかな?
と思っていましたがやっぱりそうでしたか。
二晩でよくぞここまでの量を……!
クーウィさんて打鍵魔でいらっしゃるのね。フフフ

実際の蒙古も嵐がきっかけで撤退しますが、
そことポケモンをうまくあわせたなぁ、と。

それにしてもここの人達はカゲボウズとキュウコンと伝奇・歴史系好きですよねw

【いいぞもっとやれ】


  [No.886] Re: 鬼始末 投稿者:クーウィ   投稿日:2010/10/30(Sat) 04:08:16   232clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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どうもです、No.17さん。  コメントありがとう御座いますです。

・・あれですな・・・近頃皆さんがお書きになられている様々な作品を拝見させて頂いているお陰で、この大根のミイラが詰まった頭を戴いているやつがれも、不思議なぐらい作文意欲を刺激されて、今まで止まっていた幾つかの妄想話が、少しずつ進み始めて参りました。

・・・これもみな、作品を投稿なされておられる皆様方のお陰です。  ありがたや・・・
 
 
> 読んでいて、蒙古襲来がモデルになっているのかな?
> と思っていましたがやっぱりそうでしたか。

やっぱりそうなのです。
・・まぁ元々このお話は、別のお話を構築している最中に、背景を固める過去の出来事の一環として思い付いた物ですので、捻りも何もありは致しません(爆)

ですので、先ずは元にしているテーマを出来るだけ分かり易く伝えられる事に、重点を置いています。  ・・・残念ながら、やっぱり出来栄えの程は怪しいものですが(爆)   

 
> 二晩でよくぞここまでの量を……!
> クーウィさんて打鍵魔でいらっしゃるのね。フフフ

お褒めの言葉を頂きながらも、残念な事に・・・元々このお話は、5割弱ぐらいは出来てたんですよ・・(爆)
ですので、実際に二晩かけて打ち込めた量は、たったの半分程度なんです・・・

元々書き始めた当初から、構想は既に完全に纏まっておったのですが・・・いざ書き始めると、国語能力の貧しさと文才の乏しさ故に、すぐにドン詰まりになりがちで・・・
それで半分近く書いた時点で、半年近くお蔵入りとなってました(爆)

・・・こんな感じで書き途上で放置されているのが、メモ帳の中で怨念を伴って溜まっている状態ですね(苦笑)


> 実際の蒙古も嵐がきっかけで撤退しますが、
> そことポケモンをうまくあわせたなぁ、と。

どちらかと言うと、先にポケモンから入った感じですね。

ルギアの図鑑説明に、『羽ばたくと40日間嵐が吹き荒れる』・・的なヤツがありましたので・・・
「それじゃ仮に何処か行こうにも、空も飛べねぇじゃん」――とか思った所で、大まかなあらすじが浮かび上がりました。
 
 
> それにしてもここの人達はカゲボウズとキュウコンと伝奇・歴史系好きですよねw

自分もガチンコで大好きですよー!

だからこそ、『豊縁昔語』や『野の火』なんかの作品が、頭から離れないんですから・・!

・・と言うか、実際昔にキュウコンが主人公でグダグダ語る形式のお話も、書いた覚えがありますし(苦笑)  ・・・だってあのポケモン、ネタにしやす過g(爆)
 
 
 
個人的に文学的な題材としての『ポケモン』は、人と対比させるに当って非常に容易な形で、『自然』の擬人化として機能させる事が出来るものだと感じています。

・・故に、物語の中で『人』と言うものを浮き彫りにしようとした場合、普通は周囲の自然を描きこむ事によって、間接的に対比関係を強調せねばならないものですが・・・これがポケモン小説だと、最初から『人とは違う価値観を持った存在としての自然』が、『ポケモン』と言う明確な『個々の意思』を伴った形で描き出せるため、結果として『歴史』と言う、人の営みそれ自体を描くテーマに、生かしやすいのだと思います。

・・なんか、何言ってんのか分かりませんよね・・・  御免なさい。

・・まぁ一言で言えば、『ポケモン』と言うソース自体が、『人と自然との対比』、『人と歴史』と言うテーマを描写する能力に、非常に優れていると思うのですわ。  ・・・個人的にはですけども。


> 【いいぞもっとやれ】

まぁ時間がある時は、またきまぐれに頑張らせて頂きますよー

・・・とは言っても読み専の言う事ですから、当てにはしないでくださいね(笑)

あくまで自分は気長にねちっこく、皆さんの作品を待ち受けて、読ませて頂く方が専門ですから。  ・・これだけは、絶対譲りませんぜっ!()


・・では。  ありがとう御座いました・・・!


  [No.2687] あげてみる 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/10/16(Tue) 23:44:11   140clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

先生! 改行の幅をコントロールしたら
クーウィさんの小説が超読みやすいです!