「もし、もし、そこのナックラー君、ナックラー君や」
「やぁやぁ、すりばちをのぞき込むとは物好きな。
いったい誰かと思ったら、タツベイさんじゃぁありゃせんか。
今日も砂漠はカンカン照りよ。いったいなんのご用です?」
「いやなに、大した用ではないさ。ちょっと悩みを聞いてほしい。さして深刻なものでなし、身構えなくても結構さ」
「ほうほうほほう。深刻でなしときたものか。そうは見えねぇもんですが、悩みたいったいなんですか」
「うぅん、いつも思うんだがね、ナックラー君。
君はいつも穴から空を見てばかり、ひとつ、お空に憧れるなど、1度や2度ではないんじゃないか?」
「こいつは異なことを言う。あっしの手足をご存じで?
頭に比べて短い手足、ヨチヨチ歩きが関の山。見上げるお空に憧れたとて、どころか走ることさえままなりませぬ。
ときたま何か、お空を通り過ぎてきますが、これほど空しいことも、ございませんってもんでさぁ」
「あぁあぁ、悪いことを聞いた。そう気を悪くしないでおくれ。
聞いた理由は他でもない、自分が空に憧れるからだ。
空を見上げて、どう思う? おもしろいとは思わないか?
夜明けの藍に昼の青。夕暮れ時の紫に、夜には星がちりばめられて、毎日毎日繰り返し。しかし時には雲に隠れて、見上げる自分に雨落とす。
そこで自分は思ったんだ。
雲の向こうを見てみたい。
星を、日を、雲が隠すは何ゆえか。ひとつ、あばいてみせたいと」
「ははぁ、そいつは立派な夢でして。
しかし翼もなしに、なんとして?」
「そうそうそれが問題だ。
翼は自分の背にあらず。遠いお空を見上げたものの、頭が重くて転ぶだけ。
悩みはつまり、それなんだ」
「おやまぁそりゃまた、厳しいもんだ。
できなきゃつまり、諦めろとしかございません。
飛ぶもできなきゃ走るもできず、そんなあっしは穴の中。あっしに他はございません。
それでも空を目指すなら、いっそ誰ぞに運んでもらえと、言い捨てるほかありゃぁせん」
「あぁそうか。やはりそうかと思ってた。
しかし何とて誰かを求めるか。できれば自分で飛びたいものよ」
「翼も無しになんとしますか。
それでも飛びたい言うのなら、いっそ未来を信じましょう。
いずれ翼が出てこよう。その背の翼で空を飛ぼう。信じて今は待ちなせぇ」
「信じて待つか。そうなるか。ならば自分は急がない。
いずれ来る日とひた信じ、自分は空を見続けよう。空へと向かって跳んでみよう。
いやはやしかし、ありがとう。おかげで先が明るくなった」
「お役に立てれりゃぁなによりでさぁ。せいぜいご無理はなさらんように。
しからば、あっしは獲物を待って、ひとつ昼寝としゃれ込もう」
「そういうことなら長居は邪魔か。ここらで自分も失礼しよう」