もうどうにでもなれ、と思った。
それくらい、ステージは滅茶苦茶だったから。
広い会場の壁のあちこちに大きな切り傷が刻まれているのは、シュンがかまいたちを放ちまくった証拠。
磨き上げられた床が安いスケートリンクみたいにガチガチに凍っているのは、ルナがれいとうビームをぶちまけた結果。
審査員の溜息が聞こえる。
会場は不満げにざわめいている。
司会は顔を強張らせて一言も喋らない。
――こんなの、美しくない。私が求めてるのはこんな演技じゃない。
困った様子でシュンとルナが振り返ってきた。
仕方ない、今回も退場のブザーを待つしか道はなさそうだ。
トップコーディネーター。
私は、旅立つときには既にそれを夢としていた。
小さなキモリをシュンと名付け、隣に連れて、コンテストの開催を耳にしてはすっ飛んで行く。
その繰り返し。
いつしか仲間も増え、一次審査を突破できるようになり、そしていくつかのリボンを手にし―――。
一体いつからだろう。
ぱったりと良い演技ができなくなったのは。
これがいわゆる「スランプ」というやつなのだ、と納得するまでに時間が必要だった。
仲間と心が通じ合えていないのを痛いほどに感じることが何度もあった。
それを認めたくなくて、でも絶対的な現実が私を押し潰していって。
以前では有り得ない量の練習をスケジュールに詰め込み、無理してまで連続してコンテストに出場した。
それでも、一次審査さえまともにアピールできなくて……。
私は自分の笑顔が無くなってしまっているのに気が付かなかった。
そして、それをパートナー達が心配しているのにも。
どんどん無理なパフォーマンスを求めてしまっているのにも。
……そうだ――そういえば、今思えば、切っ掛けはあのときかもしれない。
リオンを新しく仲間にしたとき。
彼女は出会ったときから自分の殻に閉じこもりがちだった。
私はそれを、ただ恥ずかしがり屋なだけだと思っていたが、実はそれだけでは無かった。
しかし、そのとき私はそれに気付いてあげられなかった。
どんどんリオンは閉じこもり、ついには顔を見ることの方が少なくなって。
理由がわからない――いくつかのリボンを手にしていた私には多少なりともプライドがあり、リオンが心を開いてくれないことでそれはじわじわと引き裂かれていく。
コーディネーターとしての自信が欠けていき、演技にも焦りが滲み出てしまうようになった。
そうだ、それだ。
次第に私はリオンに触れる事が怖くなっていった。
私のことを拒絶されそうで。
私のステージを否定されそうで。
一番責めていたのは私だったのに――リオンを苦しめていたのは、紛れもない私自身だったのに。
その海のように澄んだ蒼の殻を、蔑むように見たのは私だったというのに。
気が付いたら、ご飯を与える際にしかボールから出さなくなっていた。
リオンはずっと、何も言わずに大人しくボールの中にいた。
そのまま時は過ぎる……。
手放そうか、とも考えた。
そうすれば私は元に戻れると思ったのだ。
完全に、スランプをリオンに押し付けて。
そんなときだった。
ひとりの少年が私にポケモン交換を申し込んできたのは。
俺、みずタイプのカッコいいポケモンが欲しいんだ。と彼は言った。
私は即座にリオンの名を口にした。
それを申し訳ないとも思わずに。
彼は喜んでそれを受け入れると、早速ポケモンセンターに駆け出し、私を手招きして呼ぶ。
私は――私は、解き放たれる思いだった――。
すぐに自動ドアに駆け込み、ラッキー達が忙しく働く奥にある、大きな転送機械の片方の窪みにリオンのモンスターボールを乗せた。
一度も言葉をかけないで。
少年は一度ボールからケムッソを出して何やら言っていたが。
数分後には、私の手元にはリオンはいない。
代わりにこちらを見つめてきたのは、殻を持たない、大きな毛虫ポケモンだった。
進化したら、美しい蝶か怪しい蛾になるという。
どちらにしてもコンテスト向きだ……ぼうっとした頭で思った。
少年が早速ボールからリオンを出そうとする。
私はちらりとそれを確認すると、逃げるように走ってポケモンセンターを後にした。
リオンが私のポケモンだったということは無かったことにしよう。
これからは、ケムッソ。
ケムッソが私のポケモン。
ケムッソがリオンの代わり。
リオン――リオン!
結局、普段あまり運動をしない私の体力はすぐに尽き、近くの茂みに座り込む。
呼吸を整えようとして、深呼吸を繰り返す。
不意にリオンとの思い出が私の頭に流れ出した。
違う!
リオンはケムッソ。
ケムッソなの!
両手で頭を抱えて思い込もうとする。
そこに、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
茂みから顔を覗かせたのは、さっきの少年だった。
「おい! 言ってたポケモンじゃないじゃないか! 俺のポケモン返してよ!」
少年がモンスターボールを突き出してくる。
つい、私が勢いのまま受け取ると、少年は私が抱えていたケムッソを乱暴に引っ張り、ケムッソのボールを探し当て、引っ手繰って、行ってしまった。
「え、ちょっと!」
叫んでも届かない。
恐怖が帰ってきた――しかし、少年が言っていたことはどういうことだろう?
私は彼に確かに「パールル」と告げたのに。
恐る恐る、私はボールを開いた。
そして出てきたのは。
今、私はステージに乗っている。
二次審査、それもファイナル、決勝戦。
まだまだグランドフェスティバルには遠いけれど、今の私には自信がある。
相手のトレーナーは、ドンメルとジュペッタを繰り出してきた。
最近、ここホウエンのコンテストでも、ボールに特別なシールを貼ったカプセルを被せる、「ボールカプセル」が流行っている。
シンオウが発信源らしいが、それにより、ポケモンは登場時に様々な効果を浴びてアピールをすることができるようになった。
実際、ダブルパフォーマンスが増えたのもシンオウの影響だろう。
今も、バトルでいうと「ダブルバトル」の形式で、決勝戦が始まろうとしている。
ドンメルはカラフルな炎を纏い、ジュペッタは弾ける雷を飛ばしながら、ステージに降りた。
さあ、今だ。
私のポケモンを一番輝かせる方法を散々に考えてきた。
それを今!
「Let’s fascinate! ルナ、リオン!」
ルナ――ポワルンが、白い煙と小さな星に包まれて登場する。
回転しながら空中に留まると、煙は溶けるように消え、星は弾けた。
そして、リオン――サクラビスは、昔の殻の色のような蒼の泡を渦巻かせながら空に飛び出し、身体をくねらせて泡を自在に操った。
会場の盛り上がりを感じる。
そう、そう、この感じ!
決戦の始まりの合図が出される。
司会の声が高々に響く。
相手のポケモンが動き出す。
「ルナ、あまごい! リオン、ルナの下まで移動、うずしお!」
ルナがふわりと浮きあがり、身体を震わせた。
そしてその下へとリオンが滑り込んでくる。
空にいるルナへの攻撃は後回し、と考えたのか、相手の攻撃はリオンに向けての集中攻撃だったが、リオンはそれをするりと美しく避けた。
相手のポイントが下がる音がする。
雨粒が、ぽたり、ぽたりと降ってきた。
そしてリオンが首を持ち上げ、ルナに向けてうずしおを起こし始める。
回転しながら徐々に大きくなるうずしおは、すぐにルナを巻き込んだ。
司会を中心に、疑問の声が聞こえる。
しかし、これが新しい私達の技。
焦りを露わにしながら、ドンメルのかえんほうしゃやジュペッタのシャドーボールがうずしおに飛んでくるが、圧倒的な水の威力に掻き消されてしまう。
いや、寧ろ、取り込むように巻き込んでしまう。
これも狙いの内だった。
うずしおが雨を吸い込む。
巨大化を始める。
「今よ! リオン、うずしおを放って! ルナ、回転しながられいとうビーム!」
リオンがいっぱいに溜めたうずしおを力に任せて解き放った。
そして、その中で、何やらクリアブルーの物体が動いたと思うと、高速回転をし始め、気圧で鋭く尖り始めるうずしおの最先端部分に向けてれいとうビームを発射した。
ルナだ。
雨の姿になっている今、ルナはみずタイプであり、うずしおの中でも目が見える。
高速回転することでうずしおの動きを調整しつつ、れいとうビームで凍っていく反動を生かして外に脱出した。
今や、うずしおは巨大な弾だ。
鋭い氷の弾。
しかもうずしおは、ルナが水中に残してきた回転の力で更に尖っていく。
「行っけー!!」
力の限り叫ぶ。
勿論、これで倒れなかったときの為の技の構成も考え済みだ。
しかし大技が決まらなければ、今までの練習の成果が無い。
練習よりも、一段と大きく綺麗な出来だった。
渦氷の銃弾は真っ直ぐにドンメルとジュペッタに衝突した――!
白い煙が辺り一面に広がり、事態がわからなくなる。
それでも、不思議と、私にはルナとリオンの居場所と気持ちがわかる気がした。
やりきった感じだ。
まあ、終わってはいないのだが。
さあっと煙が晴れた時、雨の中で、ドンメルとジュペッタが目を回して倒れていた。
「ドンメル、ジュペッタ、共にバトルオフ!」
司会が叫ぶように伝える。
バトルオフ――勝った、私は勝ったのだ。
ルナとリオンが抱きついてくる。
久しぶりに感じる確かな感触。
勝利の快感。
喜び――。
抱き合いながら、きゃあきゃあと燥ぐ。
歓声が私達を包む。
二か月後のグランドフェスティバルまで、リボンは、あと四つ。
――――
コンテストものを書きたくて…ただ、それだけなんですorz
「fascinate」とは、魅せる、魅了する、魔法をかける、のような意味があるそうです
シュン→ジュプトル
ルナ →ポワルン
リオン→サクラビス
多分続きます。
でも多分です;
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【批評してもいいのよ】